常盤 新平 著 『熱い焙じ茶』

 さて、今回図書館で借りてきた常盤さんの本はこれで最後になる。基本的に発売順に読んできたつもりだが、今回は気負いもなく、わりとのびのびと書かれていたんじゃないか、と思えた。開高健さんがよく「心が遊ぶ」と言っていたが、それに近い感じになってきている。もっとも晩年のエッセイはもっとそれを感じられて、常盤さんのエッセイを読んでみたくなったのだが。


 いやなことにかぎって忘れないし、それは一生ついてまわるのだろう。年齢をとるというのは、身体にも心にもごみがたまってくることじゃないかと思う。(オフへの誘い)


 歳をとると様々な弊害が出て来て、時に身動き出来なくなる。これまでいろいろ歳をとった弊害を表した言葉なり文章を引っ張り出してきたけど、この言いまわしがいちばんピッタリくる。そうなんだ。その人にとってのそれまでの人生のごみが、歳をとってままならなくするのである。


 べつに行かなくてもよかったのであるが、生まれ故郷を見ておきたいという気持があった。そういう気持になるのは、年齢をとった証拠だと思った。(出身地について)


 自分の生まれた場所を見てみたいと、ある時ふと思い、先日行ってみたが、まさに常盤さんと同じ心境だった。これも歳をとった証拠なら、それはそれでいい。


 ものを調べるというのは面白いものだ。エキサイティングなものだということである。これを勉強と呼ぶのは気が引けるけれど、そう言っていいだろう。(怠け者のアメリカ)


 常盤さんはアメリカについて、特にマフィアについて興味を持った。それを雑誌などから読んできた。それをここで言っている。
 自分もいくつか調べていることがある。それを図書館で調べたり、実際に見に行ったりしている。やはり自分が興味があることなので、楽しいものだ。本を読んだりしていると、これって勉強じゃないかな、と思ったりしたことがある。けれど大きな声で言うのはどうかな、と思うので、深く考えないことにしている。


 好奇心だけは若いころのままにしておきたい。いまもニューヨークにのこのこ出かけていくのは、知らないことがまだまだたくさんあるからだ。(ただ好奇心で)


 なぜアメリカなのか。先に読んだ本にも書いてあったが、今もその好奇心を持ち続けていることがうらやましい。


 ニューヨークでは古本屋がつぎつぎに消えていくと聞いていた。原因は家賃の暴騰である。西五十四丁目ではとても古本屋など営んでゆけなかっただろう。そのころ不動産ブームで、ドナルド・トランプのようないわゆるディヴェロッパーがハバをきかしていた。それを苦々しく思っていた。五番街にそびえたつ金ピカのトランプ・タワーなど悪しきアメリカであると思う。(つつましいアメリカ)


 その悪しきアメリカの代表であるトランプが今やアメリカの大統領なのである。常盤さんが生きておられたら、どう思ったのだろう?


 好きな作家、好きな本はなんど読んでも、新しい発見がある。本を読むのは、何かが得られるということもあるが、好きな著者、好きな本を見つけることでもあるだろう。一生手もとにおいておきたい本を無数の本のなかから見つけだすことだ。探検みたいものである。

 もともと、辞書にかぎらず、本とはそういうものである。自分一人のものだ。
 ほかの人には無用である。そこが本のよいところだ。そういう本がいま書棚に並んでいる。これは本人にとってとても仕合わせなことである。けれども、それこそ腐れ縁だという気がしないでもない。(本とのつきあい)


 自分の好きな作家の本、好きな本が並んでいる本棚を見ると幸せな気分になるし、落ち着く。けれどこれだけ抱え込んでしまうと、確かに腐れ縁だという気がしてくる。


常盤 新平 著 『熱い焙じ茶』 筑摩書房(1993/09発売)


# by office_kmoto | 2018-02-20 05:25 | 本を思う | Trackback | Comments(0)

常盤 新平 著 『うつむきながら、とぼとぼと』『門灯(ポーチライト)が眼ににじむ』

d0331556_03551002.jpg 『うつむきながら、とぼとぼと』は「THIS IS 読売」に掲載されていたものらしい。そして先の『そうではあるけれど、上を向いて』は「NEXT」に掲載されていた。いずれの雑誌も今はない。
 「THIS IS 読売」は総合雑誌というのかな。サイズも文藝春秋みたいなやつだった。「NEXT」は「プレジデント」みたいなビジネス誌だった。私の本屋時代に創刊された雑誌で、いずれも二番煎じで、うまくいかなかったようだ。

 さて、

 今回は前回のような屈託した感じはだいぶ薄れている。このくらいがいい。


 恥をかけば、私は東と西に住む二人の女のあいだを行ったり来たりしていたのである。
 それで、仕事場は一種の緩衝地帯になっていた。ここにいると、なんだか雨宿りでもしている気分だった。早く時間が過ぎるのを願っていた。こういう問題を解決してくれるのは、時間しかないと信じていた。(今年の桜)



 たぶんこれが常盤さんの屈託の一つだったのだろう。また言葉を拾う。厄介な人生を送った人だから、言っている言葉が悩ましい。


 そういう、人生の好ましい時期はなんて短くはかないのかと汗を拭きながら思った。(夏の暑い終り)


 気に入ったものがどんどん減ってゆき、気に入らないものがどんどん増えていくというのが、この世に暮らすということらしい。それで前途をいっそう悲観することもあるまい。ほそぼそとやってゆければまんぞく、まんぞくである。(ほそぼそと暮らす)


 仕事も難しいし厄介だけれど、生活も難しく、また厄介だと父親は感じている、何をやっても、どうもうまくいかないという苛立ちがある。(ある休日)


 『門灯(ポーチライト)が眼ににじむ』はアメリカの雑誌から拾った話をここで紹介しているが、その中でニューヨークはハンバーガーが美味しいらしいことがわかった。
 この本では常盤さんの父親、兄弟のことが書かれる。
 常盤さんの父親は気難しい人だったらしく、それでも、


 どんな父親でも父親であり、父親というのは有難い存在である。(親父の話)


 ここのところ父親からあちこち誘われる。「一緒に行こう」と。
 父は今は後妻を失って犬と一人で暮らしている。一人娘がいるが、こいつはほとんど家にいない。そこで近所に住んでいる私たちに声を掛けるのだろう。私も気になるから、散歩の途中、週に一回程度実家へ行く。行って何を話すわけでもないが、父の話を聞く。父は必ず曾孫の状況聞き、私のからだのことを心配する。いつまでたっても私は子供なのである。ただ今は出来るだけ父の誘いに乗ることにしている。


 いわきの病院で療養する次兄は退屈していたが、血色がすこぶるいい。みんな元気かと兄は私の家族の安否をたずねた。みんな元気、と私は答えた。
 みんな元気という言葉が心に沁みた。二月には、みんな元気であることを願っている。みんな元気)


 こういう形でエッセイを終えるが、それを読んでいると心が温かくなる。


常盤 新平 著 『うつむきながら、とぼとぼと』 読売新聞社(1992/06発売)


常盤 新平 著 『門灯(ポーチライト)が眼ににじむ』 作品社(1993/05発売)

# by office_kmoto | 2018-02-18 03:58 | 本を思う | Trackback | Comments(0)

常盤 新平 著 『そうではあるけれど、上を向いて』

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 私は常盤さんの晩年に書いたものを最初に読んできた。この時期にはもうどっしりとした、ある程度の諦念みたいなものがあって、それが人生の哀愁を感じさせた。私はそれが好きだった。
 しかしこうなるまでには紆余曲折が当然あるわけで、特に作家として独り立ちする時期は、やはり迷いがあったんだ、と感じることができる。

 小説はどうやって書くのか親しい編集者に愚問を発したことがある。ちっともすすまなくワラをもつかみたい心境だったのだ。その編集者は、君が大いに恥をかくのはいいが、他人を傷つけてはいけないと忠告してくれた。(小説を書いた事情)

 編集者にこのように言わせるのは、そこに何かがあったことを窺わせる。それらが常盤さんの精神面でも影を落としているようだ。

 私はもう人を傷つけたくないと思っているのだが、傷つけられた人の呻きがいつも聞こえている。それは鉄橋をわたる電車の轟音も消してくれない。(忍ぶ恋)

 この「人を傷つけたくない」という気持ち実によくわかる。人生一度立ち止まってしまうと、自身のこれまでの人生でいつも誰かを傷つけていたのではないか、そんな気持なることがある。これは結構こたえる。
 自分は人を傷つけていたのではないかと自覚した時のどうしようないやるせなさは、もしかしたら“償い”として受けとめなければならないことかもしれない。

 さて、

 常盤さんはサラリーマン生活をやめ、翻訳業に専念する。さらに作家としてデビューし、直木賞を受賞する。私生活においても離婚をしている。ここにたまに描かれる私生活もどこかギクシャクした感じがある。
 いずれにせよ、生活面、精神面において波風が立っていた時期のようで、それが文章にも表れ、晩年の落ち着いた感じはここでは見出すことが出来ない。言葉も感傷的である。

 会社に勤めて、無事に定年を迎えるということは大変なことである。それもまた大事業だと思ってきた。(忍ぶ恋)

 彼女がどんな顔をしていたか記憶にないが、お金を稼ぐのは大変なことだと思ったのをおぼえている。とくに人に使われて、働いて金を得るのは。(ガマン、ガマン)

 いまは、強引であることが美徳の一つのようになっている。声が大きくて、舌がまわることも尊重される。(ガマン、ガマン)

 人しれない苦労が山ほどあるはずである。(ニューヨーク)

 食あたりみたいに人にあたってしまって、夕方には人と口をきくのが億劫になり、ましぐらいは一人で黙って食べたくなる。(定年している男)

 年齢をとると、何ごとにも深入りするのがためらわれる。ちょっと深入りしすぎたために、失うものがあまりにも大きい。(定年している男

 この洋食屋のおばさんも客もほそぼそと生きている感じがして、そこが気に入ってきたのである。そういうつつましさが好きだった。(行きつけの洋食屋)

 ほかに、やりようがないではないか。こつこつと、ほそぼそと、そして、とぼとぼといまは行くしかないのである。(臍曲がりの十一月)

 みんな、ままならないのだ、あなたも私も。だから、落ちこんだり、急に浮かれたりする。出世や金儲けや成功のための本がいやになるほど出ているけれど、いぜんとしてままならない生活を送っている。だから、そういう本がいっそうよく売れるのかもしれない。(長すぎた助走)

 気をつけなければならないことが、たくさんある。それが年齢とともにふえてくるようだ。(頑張ってください)

 ところでこんな文章あった。

 地下鉄は冷房がないから、すわっているだけでも、頭のうしろあたりから汗が出てくる。(夏の終わりの一夜)

 そう昔は地下鉄には冷房がなかった。高校時代に地下鉄を使って通学することになったが、確かにあの頃は地下鉄は冷房が効いていなかった。窓を開けてあっても、ちっとも涼しくはなかった。ただ駅に入るとそこだけは冷房が効いていて、駅に止まったときだけ窓から涼しい風が入ってきた。

 三十七年といえば、そのあいだに何があってもおかしくない。私の場合でも、じつにいろんなことがあって、その応対にいとまがなかった。彼はその間、私の知るかぎり、ときどき名刺の肩書が変り、住所が変ったにすぎないが、肩書も住所も少しずつのぼっていくという感じだった。おおむね平穏無事だったといっていいだろう。(長すぎた助走)

 かつて持っていた名刺の肩書きはいくつ変わっただろうか、とふと思った。名刺の肩書きや住所が変わることはその人の立場の変遷を語ることになるのだろう。

 なぜイギリスやフランスじゃなく、ロンドンやパリじゃなく、アメリカやニューヨークなの、ときかれたことがある。そういうとき、冗談に答えてみた。会っちゃったんだよ、好きになっちゃったんだよ、しょうがないだろう、と。それが一生を決めちゃったんだよ。
 そのことを文章にしてみたかった。若いころの私とアメリカとの関係を書いてみたかった。ただ、理屈をこねるのはいやだったから、自分の気持をそのまま書こうと思った。それは一個のラヴ・ストーリーになるはずだったが、私自身の恥をさらけだすようで恐ろしくもあった。(昭和ヒトケタのアメリカ)

 これは常盤さんが直木賞受賞作『遠いアメリカ』を書いた理由である。なんか読みたくなった。

常盤 新平 著 『そうではあるけれど、上を向いて』 講談社(1989/02発売)


# by office_kmoto | 2018-02-16 06:04 | 本を思う | Trackback | Comments(0)

常盤 新平 著 『冬ごもり―東京平井物語』

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 江戸川区平井を舞台にした連作短篇集である。
 この連作物語は、平井という町に住むお節介で噂好きの人々が応援する若い、あるいは訳ありの男女の物語であり、時に妙にもの悲しい。

 常盤さんは平井が好きで、江戸川区の葛西に住んでいる頃から、この町に通った。この町を愛していたことがこれまで読んだエッセイでよくうかがえた。

 雑然とした町が好きになるとは自分でも思っていなかったのだ。町に惚れるとは思いがけないことだった。(町の仲間)

 平井を江戸川区の地図で確認してみる。確かにここに描かれているように荒川と旧中川に挟まれた地帯だ。川が近い。
 この連作の一つ「町の匂い」が好きだ。川の匂いがこの町の匂いでもあることが描かれている。

 店は突然忙しくなった。五年前のことなど考えていられなかった。

 カウンターにも客がすわるようになった。こういう居酒屋は客がぽつんぽつんと来るところがいいのに、こんなに客が来ては、加代子ひとりではさばききれない。
 だが、加代子は夢中で働いた。汗が落ちているのも忘れた。瀬川は二杯目の焼酎を飲み終えると、勘定を払おうとしたが、加代子は受けとらなかった。
 「このつぎにして、瀬川さん、今夜はてんてこ舞いだから」
 勘定をもらったら、来なくなると心配したわけではない。そのかわり、ガラス戸を開けると、瀬川を送って外に出た。熱気がこもった店のなかとちがって、気持ちがよかった。川から吹いてくる風が火照った頬を撫でた。かすかな匂いもした。
 「川の匂いがするね」
 別れるときに瀬川が言った。それはこの町の匂いでもある。ちょっと生臭く、ちょっと甘い、加代子の好きなグレープフルーツの匂いに似ていた。

 同じ江戸川区に住んでいても平井はほとんど行かないが、それでも昔何度か行ったことがある。今はどうなっているのか。もしかしたら再開発でもされて駅前も昔と変わっているかも知れない。
 昔は駅前も通りも狭いと感じたものだ。

 祐造は銀行の前を過ぎて、駅前通りの狭い歩道を行った。すぐうしろから千津子がついてくる。向こうからも人が来るので、歩道を二人並んでは歩けない。(遠くに富士)

 確かにこんな感じだった。
 この連作のいわば中心となっている喫茶店ワンモアである。ネットで調べてみると今も盛業のようで、銅板で焼いたホットケーキが美味しいらしい。

 「こいつは銅でできているんですよ、杉山さん。これ、ドラ板っていうんです」
 「ドラ板って――」
 「菓子職人が皮を焼くのに使うんです。ドラ焼きの皮をこれで焼くからドラ板。漢字だと金銀銅の銅。鉄板だとね、なかなか熱しない。銅だとすぐ熱くなるし、冷めるのも早い」(毎度どうも)

 常盤新平ファンとしては一度行ってみなければならない。

 大友がまたからかったが、謙二ははあいかわらずにこにこしている。二十三歳だと聞いていたが、童顔なのでもっと稚い感じがする。高校を卒業して浦和の鉄工所に就職したが、高校時代には一之江のハンバーガー・ショップでアルバイトをしていた。
 そのあと、日比谷の店に移ると、卒業したら社員にならないかとすすめられたそうだ。しかし、就職は自分で決めた。ハンバーガーの店はあくまでもアルバイトだったのだ。(ひとり暮らし)

 東京の散歩番組が好きで、いろいろなものを見る。特に好きなのは地元近辺の特集、行ったことがある、あるいは通っていたことがある街の特集はついつい見てしまう。
 昨年、「出没!アド街ック天国」で地元の船堀の特集をやっていた。その前はBSで!『大杉漣の漣ぽっ』で大杉漣さんが一之江を散歩していた。こういう地元の特集をやるとちょっと嬉しくなる。これと同じで、地元のことが本に出て来ると「ん?」と思う。
 常盤さんのこの本にも地元が出てきたので、嬉しくなり、書き出してみた。駅前のハンバーガーショップといえば、マックかモスだが、どっちだろう?
 こんなどうでもいいことでも詮索するのは楽しい。

常盤 新平【著】『冬ごもり―東京平井物語』祥伝社(1996/01発売)


# by office_kmoto | 2018-02-14 05:49 | 本を思う | Trackback | Comments(0)

2月12日 月曜日

 晴れ。

 去年と同じようにここのところ仏間の窓ぎわに椅子を置いて、障子を開け、外の光りを浴びながら本を読んでいる。
 寒い日が続く。今年は例年になく寒さが厳しい。まだ窓を開けるわけにはいかないが、それでも陽の光は以前より明るく、暖かさを感じるようになった。
 読んだ『山頭火句集』(筑摩書房1996/12発売ちくま文庫)の中に「窓あけて窓いっぱいの春」という句があるが、窓を開けるまではもう少し時間がかかりそうだ。ただ暖かくなると花粉が飛ぶので、窓を開けて春を感じたくてもできないところがある。
 その『山頭火句集』には山頭火のエッセイも収録されているのだが、その中に、


 季節のうつりかはりに敏感なのは、植物では草、動物では虫、人間では独り者、旅人、貧乏人である。


 とあった。私はこれに暇人を加えてもいいんじゃないか、と思う。
 間違いなく季節は春にむかっているいるようである。庭に埋めてある水仙がちょこっと芽を出してきている。昨年孫と一緒に植えたチューリップも同じように芽を出している。一昨年植えたユリのうちまた一つ葉を少し開いて出ている。
 平成27年10月に種を蒔いたシクラメンがやっと蕾を持ち始めている。種を蒔いてかなりの数が発芽したが、2回の夏を越して、2年半近く経った今、6株が残った。素人が種から花を咲かせるまでは難しい。特に夏を越すのが難しく、こうして6株残り、やっと蕾を見つけると嬉しくなる。


# by office_kmoto | 2018-02-13 07:03 | 日々を思う | Trackback | Comments(0)

言葉拾い、残夢整理、あれこれ


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