私の引き出し

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吉行 淳之介/山口 瞳 著 『老イテマスマス耄碌』

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 対談集を読むのは久しぶりだ。まして対談の名手と言われる山口さんと吉行さんである。この二人の対談が面白くないわけがない。
 読んでいて、山口さんの「男性自身」の裏話みたいなことがわかって面白かった。

 吉行 「男性自身」を読むと、なんだかんだ言っているけど、言ってるわりにはずいぶん食うし、よく動いているね。

 これは吉行さんの言うとおりだ。

山口 あなたは全然いかないね。階段がつらいから?

吉行 階段もだけど、チャックをおろすのが面倒でね。

山口 むかしは何度もおろしたくせに(笑)。

吉行 これが老いたということよ。あなたは、警戒していることってある?僕はまず、階段を慎重に昇り降りする。

山口 だけど、まだ階段はいいんだってね。ある種の警戒心が働くから。このぐらいの段差がいけないんだ。

吉行 料亭の座敷の入口とかね。

山口 そう、あれでかえって大怪我する。

 山口さんは前立腺肥大だから、トイレによく行く。それに対して吉行さんはトイレに行かない。それがどうして?というところから始まる会話だ。吉行さんが昔よく女性のところへ通ったことを山口さんが茶化している。
 で、段差の話になるのだが、これね、山口さんの言う通りで、最近妙につまずくことがある。自分ではちゃんと足を上げているつもりでも上がっていないんでなあ、これが。やんなっちゃうし、情けない。

山口 前にね、「入れ歯の十徳」というのを書いたことがあるんです。まず、胃カメラね。僕、どうしても出来なかったんだけど、入れ歯をはずしてやると、とっても楽です。

吉行 僕は、三度やったら、なんか好きになっちゃってね。

山口 じゃ、吉村(昭)さんと同じだ。あの人、大好きなんですよ、胃カメラが。

 これは大笑いした。吉村さんはエッセイで胃カメラを飲むことなどなんてことない、と書いていたし、まめに胃カメラの検査を受けている。胃カメラの歴史も書いているし。

山口 僕は、慶応の神経内科ですけどね。待合室で新潮社の重役さんと一緒になるです。僕らがかかっているのは、日本で五本の指に入る名医なんですが、ここへ来て、「もう治りましたから、来月から来なくていい」と言われた人は、一人もいないとその重役は言うのよ。その点、歯医者は「もう、今日でおしまいです」っていうのがある(笑)。

吉行 歯医者は生還率が高い(笑)。

 これも大笑いした。確かに歯医者以外「これでおしまい」って言わないようなあ。

吉行 和光に行って、スリッパを買って、届けてもらおうと思ったんだ。熨斗紙ついていてね、上に何か書けって言うんだよ。それで「洪水見舞」と書いたら笑い出しちゃってね、店の女の子が。

山口 雄大ですね。中国の洪水みたいだ(笑)。うちの水害を洪水と言ったのはサントリーの会長の佐治敬三とアニさんの二人だけ。やっぱりスケールが大きい。

 山口さんの自宅が大雨で浸水した後の話だ。「男性自身」にも佐治敬三さんからの見舞も「洪水見舞」と書かれていて、さすがサントリーの佐治さんだとスケールが大きい、と書いていたが、同じことを吉行さんもやっていたんだ、と思って笑ってしまった。

山口 自然に集まるんですよ。出版社に勤めていた頃は、同じ会社に、田舎から出てきて下宿している人がいる。そういう人を招いて、元日にお茶漬けの会をやってたんです。

吉行 それが始まり?

山口 ええ。そのうち、近所の左官とか大工とか、植木屋とか水道屋とかも来るようになりましてね。編集者でも比較的近所に住んでいる人とか、故郷に帰らないという人に、よかったらいらっしゃいと言ってたんです。それがだんだん大きくなってね。仕事を全然していない出版社なのに、ひょいっと見ると、そこに編集者が五人もいたりする(笑)。

 これは毎年山口さんのお宅で多くの人を呼んで新年会が開かれる。年末にはその準備で市場に買い出しに行く。そのことが毎年「男性自身」に書かれている。その新年会の起源が書かれている。

吉行 淳之介/山口 瞳 著 『老イテマスマス耄碌』 新潮社(1993/06発売)

# by office_kmoto | 2017-07-22 05:50 | 本を思う | Trackback | Comments(0)

稲泉 連 著 『「本をつくる」という仕事』

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 著者には東日本大震災で被災した書店の復旧を取材した『復興の書店』という本がある。その本では、被災地の人から地震の翌日から書店の再開を求められ、その声に励まされきた書店員の話や、書店員も被災した読者になんとかして本を手渡そうとする姿が描かれていた。
 そんな光景を見た著者は「『本』というものに対する見方が、自分のなかで確かに変化した」と感じた。そんな多くの人が求める「本」のことをもっと知りたくなる。ものとしての本が作られる間にどれだけの人が関わっているのか知りたくなったという。この本はそうしたものとしての本に関わる職業の人を訪ね、話を聞く。
 話は本の内容とは順番が狂うが、まずは本の土台である紙の話から始める。著者は青森県八戸市にある三菱製紙工場を訪ねる。その巨大な設備を見て、

 それにしてもこうして製紙工場の大きな設備群を一望していると、一冊の本というものが大量生産の重厚長大なシステムのなかから、一滴ずつ搾り出される雫のような、紛れもない工業製品であることを実感する。

 紙は木材チップからつくったパルプを抄き、水分を抜いて繊維を薄い一枚の板に変えた素朴な素材だ。
 だが、ひとたび何かが印刷されると、紙には多様な価値が生み出され、製本されれば一冊の本へと変わる。書くことが本に命を吹き込もうとする行為だとすれば、紙はその命を生むための土台だ。

 そして次に書きたいのは、新潮社で校正・校閲人生を40年勤めてきた人の話である。ちなみに校正と校閲の違いをはじめて知ったのでその違いを記す。

 校正・校閲とは、著者の書いた原稿を印刷された「ゲラ刷り」と読み比べ、誤りを正す作業のことを指す。厳密にはゲラ刷りが原稿通りになっているかをチェックするのが校正、内容の事実確認や正誤を含めて調べ、全体の矛盾などを洗い出すのが校閲、ということになろうか。

 そしてこの校正・校閲は、

 まさしく彼らは一冊の本の価値を支えている陰の立役者であり、普段は読者が意識しない出版文化のインフラのような存在なのだと思う。

 と著者は書く。
 ところでこうした校正・校閲は今は外部に任せるところが多くなっているらしいが、新潮社は自社の出版物全てを新潮社の校閲部がみるという伝統がある。
 それは新潮社の創業者・佐藤義亮が印刷所出身で自ら朱筆をとって校正を長くやってきた人だったので、それが新潮社の伝統となった、という。
 次に本の装幀者の話になるのだが、本の装幀がどんな意味を持つのか。著者は次のように言う。

 ブックデザイナーが装幀した本は、最終的に書店に並べられる。その集合体である平台や棚の風景は、一つの「時代の空気」をつくり出すことになるからだ。

 なるほどそうかもしれない。
 そして次に活字の話を書く。ここでは大日本印刷を訪ねている。大日本印刷には創業以来の「秀英体」という書体がある。この秀英体の話が面白かった。
 1876(明治9)年に創業された大日本印刷は秀英舎という社名だった。「秀英体」はその名の通り「秀英舎の活字」という意味で、明朝、角ゴシック、丸ゴシックなどのラインナップの総称である。これは大日本印刷の原点でありDNAと言っていい。
 当時日本の活字書体には東京築地活版製造所が開発した「築地体」があった。秀英体は「築地体」の流れを汲むいわば直系の書体で、築地体と秀英体は「和文活字の二大潮流」と呼ばれている。
 その活字の書体は職人が一文字ずつ手で彫っていた。彼らは木に彫った字で型をとり、それをもとに固めたものが活字となった。
 明治時代につくられた秀英体は、活字にインクを付けて紙に押し付ける活版印刷が前提になっており、活字に紙を押し付ければ、その圧力の分インクが滲んで文字が太くなる。そのため職人たちはそのことを計算して活字を作っていた。しかし今や印刷はデジタル化されたため、インクの滲みを考慮して職人が作った活字では字は細くなる、中にはかすれてしまうものがある。なので「改刻」という作業が必要となってくる。それは単に職人が作った活字を太くすればいいというものでもない。それだけではバランスが崩れる。そのためこの書体を一字一字取り上げ、修復して生まれ変わらせようと始まったのが「改刻」という作業である。

 ……つねに改刻され、使われ続けることでしか、書体は生きることができない……。

 新しい書体をつくる際の手順は次のようなものだ。
 二万三〇〇〇字に及ぶ文字のなかから、まず全ての基本として試作される漢字がある。それが左記の一二字である。

 国東愛永袋霊酬今力鷹三鬱

 例えば書道の世界に「永字八法」という言葉があるように、「永」の字には点、横画、縦画、ハネ、左払い、右払い……といった漢字の基本パーツが含まれている。他の字も同じように書体を作製する際の基本形となる字だという。

 大日本印刷では秀英体は大日本印刷のDNAであることから、会社をあげてこの作業が行われた。「秀英体開発室」の伊藤正樹さん次のように言う。

 「ニュースを伝えるアナウンサーの声が重要であるように、書体は声なんですね。そこには明るい声もあれば、威厳のある声もある」

 次は印刷であろうか。著者はFUPという名の活版印刷工房を訪ねる。そこでは詩集や歌集などの本、あるいは「端物」と呼ばれる名刺、広告チラシなど求められればあらゆる印刷を活版で請け負っている小さな印刷会社である。
 著者はこの工房で、

 「本づくり」の現場にはいつもこのどこか懐かしいような、インクと機械油の入り混じった手工業の香りが漂っている。

 と書く。これよくわかる。以前書いたと思うけれど私も活版で名刺や挨拶状など印刷している小さな印刷屋さんに出入りしていた。まさしくそこは「インクと機械油の入り混じった手工業の香りが漂っていた」。それは本当に懐かしい。どうしてそう感じるのかな、と思ったらこのFUPという活版印刷工房の店主渓山丈介さんが次のように言うのを読んでなるほど、と合点がいったのである。

 「大規模なオフセットの設備を以前に見ていた僕は、一方でこうも感じたんですよ。本というものはこんなハンコや木(インテルには木製と金属のものがある)を組み合わせて、ペタッと押すだけで出来ちゃうものであるんだ、って。それは誰にでもわかる単純な仕組みなんですから」

 出入りしていた印刷屋は私に印刷の原点というものを直に見させてくれる場所だった。印刷の基本をここで見ることが出来ると思っていた。
 今は効率的にしかも大量生産するから大がかりになっているだけのことで、印刷の仕組みは当時のあの印刷屋にあると思えたのである。だからいつまでも印刷機の動く模様を見ていた。
 ちなみにインテルとは組版の行間に詰めるものことらしい。

 「要するに、とにかく物質的な「手ごたえ」のあった世界だと僕は思うんです。印刷業ではその「手ごたえ」が効率化によって邪魔なものだったので、どうにかしてなくそうとして努力を重ねてきた。いま、いよいよその世界が消えようとしてみれば今度は寂しいという話になって、活版で印刷物を刷りたいという人が現れ始めるのですから、世の中は変なものですよね」

 原点というのは忘れがたいものだ。そしてそれが手作業の趣があるから余計だ。「味」というのだろうか活版印刷にはそれがある。
 そして最後に製本所のことを書く。著者はかれこれ100年近い歴史を持つ老舗の製本所である松岳社(青木製本所)を訪ねる。四代目の社長は昔の製本職人について次のように言う。

 「要するに製本の技術というのは、そういう仕事だったということです。職人が腕一本であちこちの工場を渡り歩いて、一日に何千部できるといった技能が評価された。そのなかで会社を立ち上げる人もいた」

 同社の戦争にまつわる逸話が面白い。
 青木兄弟製本所の製本技術が高く評価され、昭和天皇の研究論文を製本した。戦争中、多くの工場では機材を軍へ提供することを求められ、砲弾か何かにされてしまった。でも一度でも天皇陛下の出版物を製本し、宮内庁御用達の看板が与えられた会社の機材を砲弾にするわけにはいかない。
 宮内庁御用達の看板がないため戦争中大きな印刷所では危機にさらされたこともあり、中には看板を持っている会社と合併して、機械の提供を免れたという話もあるという。
 同社は飯田橋に工場を移し、最初に請け負った仕事が『岩波理化学辞典』でそれが後に『広辞苑』の製本受注に結びついたという。
 社長の言葉は、本というものがどういうものか知ることが出来る。


 「少部数でも誰かにとって特別な一冊、その人にとって他に代えがたい一冊をつくろうとしたとき、製本の技術が失われてしまっていたら、本をめぐる大切な世界がなくなってしまう。そこにはまだまだ奥が深くて、人の心に訴えかける何かがあると僕は信じたいんです」

 これから電子書籍の普及はますます広がっていくだろうと思われるけど、本は決してなくならないし、本という媒体が大切にされる理由もここにあるように思われた。

稲泉 連 著 『「本をつくる」という仕事』 筑摩書房(2017/01発売)


# by office_kmoto | 2017-07-19 06:01 | 本を思う | Trackback | Comments(0)

平成29年7月日録(上旬)

7月1日 土曜日

 雨のち曇り。

 清水義範さんの『夫婦で行く意外とおいしいイギリス』を読む。


7月2日 日曜日

 曇り時々晴。


 久々に雨が上がった。なので出来なかったさつきの消毒をする。玄関先、庭の掃除をする。
 図書館でマイケル・サンデルのハーバード公開講義のDVD借りて、見ていた。明日からしばらく中央図書館が休館になるので、あわててその2巻目以降を借りてくる。

 東京都議会議員選挙がある。午後八時になると選挙結果が発表になる。どうやら自民党が歴史的敗北になりそうだ。ここのところ自民党が国政で好き勝手なことをやってきたので、少しお灸を据えるほうがいい。
 あまり政治的なことは書きたくなのだが、安倍首相、政治家以前にちょっとこの人、人間的におかしい、と思えるところがある。
 私は自分の立場で後ろ指を指されそうなことがある場合、意識してそれを避ける。たとえば自分の立場でどうにでもなることがあって、それを関係者や友人にやってもらい、彼らの利益になると思われそうになることは避ける。立場を利用した、と後ろ指を指されないようにするためだ。たとえ、その利益を受ける人が素晴らしい人であっても、自分の関係者、友人だったら、横にどいてもらう。普通そうじゃないだろうか。公平性を担保するためには。それにつまらぬ疑いをもたれることはしてはならない。
 ところがこの人は違っている。友人に学校認可をしている。偶然かもしれないが、そこは立場をわきまえないとならなかったんじゃないか、と思っている。
 夫人にしてもそうである。名誉なんとかになるというのも、本来ならシビアにならないといけない。必ず誰かが地位のある人を利用しようとするからだ。そのあたりがこの二人には脇が甘い気がしてならない。


7月4日 火曜日

 曇り。夜より台風が来る。

 今日夜から台風が台風が来るというので、庭と玄関先の掃除をした。ここのところ暑くなってきたので、シクラメンを北側の涼しい場所に移し、空いた場所に他のプランターを移したら、なんと片手ぐらいの大きさのガマガエルがからだを地面に埋めているのを見つける。目だけが動く。「えっ、なんだこれ?」と少々後ずさりする。ガマガエルとわかると、まいったなあ、なんでこんなところにいるんだ、と思う。時期的にどう考えても冬眠から起きてきたというやつではない。そうならかなりの寝坊助だ。それに地面は先日、土を新たに盛ったところで、その時はなにもなかった。地面が柔らかいところだったからそこにもぐり込んだのだろうが、それにしてもこんなところに隠れているのがわからなかった。いったいどこから来たんだろう。来るとすれば隣の雑木林から来たのだろうが、それにしてもそこに水などない。あるのは二百メートルぐらいいったところに親水公園があるが、そこからだろう。そうだとすればかなりの遠出だ。のしのしと歩いてきたのだろうか。ちょっと散歩してみようという距離じゃないと思うけど。
 以前ヘビがいたことがあったが、ヘビやカエルは苦手である。申し訳ないが、ガマさまには、隣の雑木林にお引き取り願った。後から親水公園に戻してやるのがよかったかなあ、と思ったが、さすがそこまで親切にはなれなかった。

 夕方から首の牽引へ行く。ついでに入らなくなった文庫10冊ほどと、つまらなかった単行本をブックオフに売る。いずれも古い本なので、お金にはならないだろうと思っていたら170円だった。まあブックオフなら妥当な値付けだろう。もともと処分のつもりだったから、それでよい。
 家に帰って自分の本棚を眺めながら、ここにある本のほとんどはブックオフでは価値のない古本だなあ、と思う。古すぎて需要がない本ばかりが棚に並んでいる。

 川上未映子/村上 春樹さんの『みみずくは黄昏に飛びたつ―川上未映子訊く/村上春樹語る』を読む。いろいろな意味でこの本は愉快であった。


7月5日 水曜日

 曇り。

 司馬遼太郎さんの『花神』〈1〉を読む。司馬さんの長編を読むのは久しぶりだ。
 以前からこの本は読みたいと思っていた。たまたま神田の古本屋で4冊ひとくくりで400円で売っていたのを買った。買って来て驚いたのだが、紐でくくられていたけれども、1冊、1冊はとてもきれいだ。しかもいずれも一度も読まれた形跡がない。
 その本が読まれたか読まれていないかはすぐわかる。まず本の地に読まれたものであれば、必ずスピンの跡が黒く残る。それにそのスピンの状態、挟まれている位置でも読まれた本かどうかわかる。まあ古本だから前の持主がその本を読んでいるのは当然で、それを気にするつもりはない。けれどその持主が一度も読まずに本を手放すこともままある。買った本を必ず読めるとは限らない。
 今回のこの本はスピンの跡もないし、スピン自体発売された当時のままその位置に挟まっていた。しかも発売されて45年間も同じ位置に挟まっていたから、くっきりとその跡がページに残っていた。その上売上スリップ、それと新潮社の新刊案内まで挟まっていた。
 こうなるとあれこれ推察したくなる。この本の前の持主はどんな人だったのだろうと。古本に関してこういう推察が好きである。特に今回スリップが入っていることだ。今だったら、アマゾンなどで本を買えば、スリップが付いたまま送られてくるけれど、45年前にはまだネットで本を買うということはなかっただろうから、通常本屋で買ったものであろう。となれば本屋ではその本が買われた時、必ずスリップを抜くはずだ。当時はスリップの扱いはそういうものであった。報償券にもなったし、注文書にもなる。売り上げ管理にも必要であった。
 それがそのまま挟まれたままになっている。ということはこの本は“書タレ”になって長いことどこかの本屋で棚にあったものかもしれない。あるいは4冊ごそっと万引きされたものかもしれない。
 古本は読む前からこういう楽しみを私に与えてくれる。いずれにせよ、45年前に発売されて、今やっとこの本は読まれるということになる。スピンを最初のページに挟み直すとき、その年数に厳粛な気持ちになってしまった。
 

7月7日 金曜日

 晴れ。

 司馬遼太郎さんの『花神』〈2〉を読む。やっぱり司馬さんの小説は面白い。ついつい夢中になる。本当はガンガン先に読み進めたいのだが、長時間本を読んでいると首が痛くなってくる。結局首の痛みで中断することことになってしまった。また明日である。

 昨日気がついたのだが、百日紅の花が咲いていた。我が家の庭で夏に唯一咲くのがこれだ。
 実家から養生のために持って来ているシャコバサボテンが元気よく新しい葉を出してきている。そろそろ実家に返してもいいかもしれない。


7月9日 日曜日

 晴れ。

 司馬遼太郎さんの『花神』〈3〉を読む。


7月10日 月曜日

 晴れ。

 司馬遼太郎さんの『花神』〈4〉を読む。


7月11日 火曜日

 晴れ。

 ここのところ暑い日が続く。今年初めてセミの鳴き声を聞く。まだおぼつかない感じで鳴いていて、そしてすぐ鳴き止む。
 そう言えば今年はよくとんぼを見かける。庭のさつきにクロアゲハととんぼが飛び回っている。


7月13日 木曜日

 晴れ。

 お盆なので、実家に行く。シャコバサボテンも返した。
 母の仏壇に花を供え、線香をあげる。それと今年亡くなった継母にも花を供える。彼女は仏壇はない。ただ居間のテーブルに写真とプリザーブドフラワーがいつもある。父は毎朝コーヒーとパンを供え、一緒に朝食を取っている。母の写真も一緒に置いてあった。


7月14日 金曜日

 晴れ。

 整形へ首の牽引へ行く。今は一週間に一回、牽引に行くことにしている。痛み止めもなくなってきたので、処方箋も出してもらう。

 吉村昭さんの『ふぉん・しいほるとの娘』〈上〉を読む。

 2016年3月「100de名著」で司馬遼太郎スペシャルをやった。この時取り上げられた司馬さんの本は『国盗り物語』、『花神』『「明治」という国家』、『この国のかたち』の4冊であった。そのうち『花神』と『この国のかたち』はまだ読んでいなかった。それで『この国のかたち』を読んだのは去年。そこからこの「100de名著」を使って読後の感想を書きたいと思っていたが、なかなかまとめることが出来ずに、今回『花神』を読み終えたので、きちんとまとめてみようと思っている。しかしこれが結構面倒なのである。
 実を言うと本を読んでその感想なり、考えたことなどまとめることが出来ずにそのままになっているものが数点ある。これらもいずれきちんとまとめて書きたいとは思っているのだが、それを考えるだけで面倒になり、しかも他の本を読む方に気持ちがいってしまっているので、なかなか先に進まないでいる。とにかく書くことは手間が掛かり、それを考えながら書くだけで一日が終わってしまう。結構労力がいる。


7月15日 土曜日

 晴れ。

 さつきの消毒をする。


# by office_kmoto | 2017-07-16 06:40 | 日々を思う | Trackback | Comments(0)

佐伯 一麦 著『マイシーズンズ』

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 草木染の染色家である早紀は次に作りたい作品を、川の中の小石や葉っぱを染めで表現し、その水の流れを透き通って見える感じにしたい、と友人夫婦である陶芸家に話す。それを聞いた友人夫婦はそんな似たようなイメージを美術館の展覧会見たことがあると言う。さっそく早紀はその展覧会で展示された作品のことを調べ、ノルウェーのテキスタイルデザイナーであるビヨルグ・アブラハムセンと知る。
 早紀はビヨルグ・アブラハムセンに作品の情報を知りたいと手紙を書く。しかしその手紙は夫のヘルゲの手紙と一緒に戻ってきた。手紙にはビヨルグが1992年2月に亡くなったことが書かれていた。ただ手紙には、

 私は改めて、もう一度、あなたの用件を聞きたいと思う。そして、もし彼女の専門的な仕事について知りたいことがあるなら、私に手伝えることがあれば幸いである。

 と書かれていた。
 <僕>と早紀はノルウェーに向かい、ビヨルグの夫であるヘルゲと会う。そしてビヨルグの作品の「サマー・ウィンド」を見る。
 ところでテキスタイルデザイナーとは、服飾またはインテリア(乗物の内装を含む)用途のテキスタイル=ファブリック(布地・織物)をデザインするデザイナーのこと。 染織全般においての専門家とされ、染織家とも呼ばれる。 糸選び、配色、図柄、加工方法、質感等、加工前の素材布において「織り」と「染め」の幅広い範囲に及ぶ意匠を行う。 (ウィキペディア)
 テキスタイル(textile)とは織物、布地のことである。
 そしてビヨルグ・アブラハムセンの作風は次のように文中で説明される。

 あなたが世界で初めて創始したトランスペアレント・エンブロイダリーという技法は、寒冷紗という。日本では造花や人形衣装などに用いられる素材をベースに、綿の代わりに絹を使用した、より光沢のあるシルクオーガンジーなどの薄手の透けて見える布をアプリケして刺繍するものですね。そうして、窓の前に掛けたり、透過する壁として空間の中に仕切りとして使い鑑賞する、まさに「布のステンドグラス」というにふさわしい作品です。

 男である私にはこの手の作品は想像しにくいところがある。本文の途中にビヨルグ・アブラハムセンの作品の写真があるのだが、色具合はわかるものの、イメージがしにくい。まあ、この説明のようなものだということだ。つまり薄い布から自然光を採り入れて、作品のイメージがそれによって様々な様相を呈するらしい。だから<僕>は季節で変わるだろう「サマー・ウィンド」を見てみたい、と思うようになる。そしてそのことをビヨルグ宛ての手紙の形で書こうとする。

 費用をどうやって調達するのか目算も立たず、無謀なことは承知の上で、なんとしてでも、最低、春、夏、秋、そして冬、の四回はノルウェーを訪れて、あなたの作品と、それに色濃い影響を与えているらしい自然に触れてみよう、と決心しました。そしてその末に、単なる旅行に終わらせずに、折々の経験を心に留めるために、
 「そうだ、そのことを、あなた宛てて手紙を書こう。そしていつか、それを自分の仕事として物語にまとめよう」
 と思い付きました。
 もう死んでしまっているあなたに手紙を書くなんて、馬鹿げているだろうか?

 佐伯さんが書く、小説家である夫と草木染作家の妻の話は、その主人公たちの名前を変えるが、ひとつながりである。おそらく彼らは佐伯さん夫婦のことなのだろう。そして妻の草木染作家がノルウェーに留学し、夫がそれに付き添う。
 今回はビヨルグ・アブラハムセンの作品つながりで、ノルウェーのテキスタイルを教えている人と出会うことで物語が続く。
 ところでこの「サマー・ウィンド」の鮮やかな色はムンクの叫びにある背景の色とよく似ていると思った。実際にノルウェーの空はあんな色をするときがあるらしい。

佐伯 一麦 著『マイシーズンズ』 幻冬舎(2001/04発売)


# by office_kmoto | 2017-07-15 06:00 | 本を思う | Trackback | Comments(0)

佐伯 一麦著 『空にみずうみ』

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 この本は先に読んだ『還れぬ家』の続編となる。それを読んだものだからまた読みたくなった。
 『還れぬ家』では東日本大震災が起こって、その模様を描いて終わるが、この本は「あの日」から4年経った早瀬光二と柚子のその後が描かれる。
 4年経っても、さりげなく描かれる日常の中でも、あれから4年経ったことが行間から浮かび上がるが、それはいまだに人々の中に大きな“しこり”としてある。4年経ってもまだ、という思いがしてくる。それは声を大きく出して訴えるよりも、描かれる早瀬と柚子の日常がさりげないものだけに、読んでいる者にしみじみと考えさせられる。

 ここのところ(今年の2月のこと)天気がいいので、仏間の障子を大きく開けて、太陽の光をいっぱい部屋に取り込んで、そこで本を読んでいる。窓からは隣の雑木林が見え、狭い庭も眺められる。
 早瀬と柚子たちが感じる自分たちの周りにある自然が描かれるとき、自分も本を置いて外を眺めてしまう。なんとなく彼らの草木や動植物を見る目がそんなことをさせる。
 まだ春にはもう少し時間がかかりそうだけれど、それでも確かに春を予感させる気配が雑木林にも庭にも見てとれ、なんかゆったりとした時間を感じながらこの本を読んだ。

 彼らの庭にもクロアゲハが飛んでくるところがある。彼らはそのクロアゲハは亡くなった早瀬の父親のように思える。そんなところを読むと、わが庭にもつつじやさつきが咲く頃、よくクロアゲハが飛んでくる。つつじとさつきは亡くなった義父が残していったものだから、我が家に来るクロアゲハも義父なのかもしれない、と思った。いつもつつじやさつきが咲く頃飛んでくる。
 食べ物の話もよく出てくる。それぞれの食べ物には季節感がある。懐かしい思い出がある。亡くなった人が作ってくれた美味しい食べ物など思い出し、もうあの味は味わえないんだ、と思う早瀬の気持ちが、ふと自分にもそんな食べ物があることを思い出せる。母の作ったものすごく塩辛い塩昆布、甘辛いいなり寿司、残ったご飯を焼きおにぎりしてくれたあの香ばしい醤油の匂いなど、もう一度食べたくても食べられない。

 図書館でこの本を借りた時気づかなかったのだが、この本の表紙のカバーはこの物語に出て来る生き物たちであった。佐伯さんの本の装丁も好きで、何冊か並んだ本棚をいつも眺めてしまう。
 そう言えばここにある蛇の話も面白かった。
 早瀬の庭に蛇が出た。“ニョロQ”と名づけられたが、早瀬は蛇が苦手だ。しかし庭にじっとしている蛇は気になる、という話である。これよくわかる。
 我が家の庭にも1年に一回は蛇が出る。隣が雑木林なのでそこから来たものと思われるが、私も苦手なので、早くお帰りになるのを待っている。でも気になって仕方がなく、ヘビの行き先を眺めていた。蛇はどこか人を気にさせるところがある。

 それと書き忘れたことがある。この小説には「怒り」がほとんどないことである。怒りがないことはそれだけ読んでいる方も、心穏やかに読めるものなのだ、と知る。
 怒りは時に生きる原動力にもなるだろうが、一方で間違いなく傷を残す。怒りを原動力して生きている物語は今はとても疲れる。そして残った傷を癒やそうとする物語はなんとか受け容れられるが、やはり読んだ後、受容した分、妙な高揚感や「よく頑張った」感があとでのしかかってくる。それが尾を引き、時に息苦しいことにもなる。だからこれらの負担を感じさせない、さりげない日常描写は素直に同化でき、まるで自分も早瀬や柚子たちのそばで暮らしているような気持ちになれる。

 佐伯 一麦著 『空にみずうみ』中央公論新社 (2015/09発売)


# by office_kmoto | 2017-07-12 05:41 | 本を思う | Trackback | Comments(0)