常盤 新平 著 『冬ごもり―東京平井物語』

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 江戸川区平井を舞台にした連作短篇集である。
 この連作物語は、平井という町に住むお節介で噂好きの人々が応援する若い、あるいは訳ありの男女の物語であり、時に妙にもの悲しい。

 常盤さんは平井が好きで、江戸川区の葛西に住んでいる頃から、この町に通った。この町を愛していたことがこれまで読んだエッセイでよくうかがえた。

 雑然とした町が好きになるとは自分でも思っていなかったのだ。町に惚れるとは思いがけないことだった。(町の仲間)

 平井を江戸川区の地図で確認してみる。確かにここに描かれているように荒川と旧中川に挟まれた地帯だ。川が近い。
 この連作の一つ「町の匂い」が好きだ。川の匂いがこの町の匂いでもあることが描かれている。

 店は突然忙しくなった。五年前のことなど考えていられなかった。

 カウンターにも客がすわるようになった。こういう居酒屋は客がぽつんぽつんと来るところがいいのに、こんなに客が来ては、加代子ひとりではさばききれない。
 だが、加代子は夢中で働いた。汗が落ちているのも忘れた。瀬川は二杯目の焼酎を飲み終えると、勘定を払おうとしたが、加代子は受けとらなかった。
 「このつぎにして、瀬川さん、今夜はてんてこ舞いだから」
 勘定をもらったら、来なくなると心配したわけではない。そのかわり、ガラス戸を開けると、瀬川を送って外に出た。熱気がこもった店のなかとちがって、気持ちがよかった。川から吹いてくる風が火照った頬を撫でた。かすかな匂いもした。
 「川の匂いがするね」
 別れるときに瀬川が言った。それはこの町の匂いでもある。ちょっと生臭く、ちょっと甘い、加代子の好きなグレープフルーツの匂いに似ていた。

 同じ江戸川区に住んでいても平井はほとんど行かないが、それでも昔何度か行ったことがある。今はどうなっているのか。もしかしたら再開発でもされて駅前も昔と変わっているかも知れない。
 昔は駅前も通りも狭いと感じたものだ。

 祐造は銀行の前を過ぎて、駅前通りの狭い歩道を行った。すぐうしろから千津子がついてくる。向こうからも人が来るので、歩道を二人並んでは歩けない。(遠くに富士)

 確かにこんな感じだった。
 この連作のいわば中心となっている喫茶店ワンモアである。ネットで調べてみると今も盛業のようで、銅板で焼いたホットケーキが美味しいらしい。

 「こいつは銅でできているんですよ、杉山さん。これ、ドラ板っていうんです」
 「ドラ板って――」
 「菓子職人が皮を焼くのに使うんです。ドラ焼きの皮をこれで焼くからドラ板。漢字だと金銀銅の銅。鉄板だとね、なかなか熱しない。銅だとすぐ熱くなるし、冷めるのも早い」(毎度どうも)

 常盤新平ファンとしては一度行ってみなければならない。

 大友がまたからかったが、謙二ははあいかわらずにこにこしている。二十三歳だと聞いていたが、童顔なのでもっと稚い感じがする。高校を卒業して浦和の鉄工所に就職したが、高校時代には一之江のハンバーガー・ショップでアルバイトをしていた。
 そのあと、日比谷の店に移ると、卒業したら社員にならないかとすすめられたそうだ。しかし、就職は自分で決めた。ハンバーガーの店はあくまでもアルバイトだったのだ。(ひとり暮らし)

 東京の散歩番組が好きで、いろいろなものを見る。特に好きなのは地元近辺の特集、行ったことがある、あるいは通っていたことがある街の特集はついつい見てしまう。
 昨年、「出没!アド街ック天国」で地元の船堀の特集をやっていた。その前はBSで!『大杉漣の漣ぽっ』で大杉漣さんが一之江を散歩していた。こういう地元の特集をやるとちょっと嬉しくなる。これと同じで、地元のことが本に出て来ると「ん?」と思う。
 常盤さんのこの本にも地元が出てきたので、嬉しくなり、書き出してみた。駅前のハンバーガーショップといえば、マックかモスだが、どっちだろう?
 こんなどうでもいいことでも詮索するのは楽しい。

常盤 新平【著】『冬ごもり―東京平井物語』祥伝社(1996/01発売)


by office_kmoto | 2018-02-14 05:49 | Comments(0)

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