笹本 稜平 著 『春を背負って』

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 たまたまブックオフで棚を眺めていたら、この本が目にとまる。手に取り帯を読んでみると、「疲れた心を慰める感動の山岳小説。奥秩父には人生の避難小屋があるんだ」とある。それに惹かれた。こういうのに弱いのだ。本の表紙のカバーも淡い緑色の山々が描いてあり、これは読んでもいいかな、と思った。
 これまで笹本さんの作品は「越境捜査」シリーズを読んできた。その時笹本さんが山岳小説も書かれることを知った。

 長峰亨は父親がやっていた山小屋を引き継いだ。サラリーマン時代は自己実現を求めて半導体という無機物との格闘にエネルギーを注いだ。気がつけば人生に意味を見失い、「まるで魂が酸欠状態にでも陥ったように、心は痩せ細り、世界は色を失っていた」。山小屋引き継いだ時、本来生きるべき場所と人を優しく包みこむ大自然を感じたのであった。
 そこに父親の大学時代のワンゲル部の後輩である多田吾郎がいた。通称ゴロさん。
 ゴロさんは住宅リフォーム会社を立ち上げ、一時は景気も良かったが、バブル崩壊後丸裸になり、その後亨の父親と出会い、この小屋の手伝いをするようになった。山小屋が開いているときは、父親の山小屋を手伝い、冬場はホームレスをやっている。ホームレスは自分の性にあっている。また生きることがギリギリのホームレス生活は、山での生活に充分耐えうると考えていた。
 そんなゴロさんが口にする言葉がこの作品に味を出す。

 「だけどね。その落とし前を他人につけてもらおうなんて一度も思ったことはない。自分の人生が不幸だとも思わない。雨が降ろうが風が吹こうが、自分にあてがわれた人生を死ぬまで生きてみるしかない。人間なんてしょせんそんなもんだろう」

 「どうせ拾い物の人生だからね。取り繕ったってしようがない。死なない程度に衣食住足りてりゃ、それ以上の金は要らないし、他人から尊敬されたところで腹の足しにもなりゃしない。欲はかかない、頑張らない。それが人生を重荷しないコツかもしれないね」

 「しかし人間ってのはなにが起きるかわからないからね。おれみたいな出がらし人生を送っている者にとっちゃ、いずれこの世におさらばするのは頭のなかに織り込み済みで、違いは早いか遅いかだけだけど、この人がまだ希望や夢がある年頃で死んだとしたら、さぞかし無念だったろうと思うんだよ」

 「それがおれという人間の原点でね。人間だれでも素っ裸で生まれてきて、あの世へだって手ぶらでいくしかない。それが本来自然の姿で、金やら物やら名声やらを溜め込めば、それだけ人生が重荷になっていく」

 「その点じゃ、おれなんか甘い人生を送ってきているよ。自分ひとりの始末さえつきゃそれでいいんだから。しかしね、あの人にすりゃ、奥さんと真奈美さんは損得抜きで背負う価値のある大事な荷物なんだろうね」

 「自分にあてがわれた人生を死ぬまで生きてみるしかない」とか、「他人から尊敬されたところで腹の足しにもなりゃしない。欲はかかない、頑張らない。それが人生を重荷しないコツかもしれないね」とか、「おれみたいな出がらし人生を送っている者にとっちゃ」とか、「金やら物やら名声やらを溜め込めば、それだけ人生が重荷になっていく」とか、「損得抜きで背負う価値のある大事な荷物」とか言う文句はやむにやまれぬ人生の大半を過ごしてきた者の達観と諦観がそこにはあり、心に沁みる。
 本を読んでいてこういう文句に出会えるのはうれしい。なんか今の自分も同じような気持ちになるところがあって、すごく感じ入る。むしろそんなことを言う人物たちを自分は求めている感じだ。自分もそう思っているというのをどこか同調して欲しいから、こんな本を読みたくなるのかもしれない。

笹本 稜平 著 『春を背負って』文藝春秋(2011/05発売)


# by office_kmoto | 2018-10-16 05:47 | 本を思う | Comments(0)

宮部 みゆき 著 『蒲生邸事件』

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 尾崎孝史は予備校の試験のため父親から勧められた千代田区平河町のホテルに入った。チェックインを済まし、エレベータを待っている時、観葉植物に隠れていた壁に掛かった額縁に入った写真を見つける。

 「陸軍大将 蒲生憲之」

 とある。説明文も付いており、このホテルは蒲生憲之邸の跡地に建っていることを知る。そこには蒲生憲之の人物像についても書かれており、蒲生は昭和11年2月26日の二・二六事件の当日に長い遺書を残して自決したと書かれていた。残された長い遺書は戦前の日本の政府、軍部について詳しい分析をし、その後来る日本の敗北まで予見したもので、その先見の明について歴史家の間で高い評価を受けている、と書かれていた。
 孝史には相客がいた。その中年の男は周りもひどく暗く感じさせた。
 そしてそのホテルが火事になり孝史はその中年男、平田に助けられるのだが、孝史が平田に連れ出された先がなんと昭和11年2月26日の二・二六事件が真っ最中の蒲生憲之邸の小屋であった。
 物語はここから以外な展開を始める。平田という中年男はいったいどんな男なのか。どうして避難先として連れて来られたのが昭和11年2月26日なのか。
 平田は孝史に語る。

 「こうするしかほかに、あの火事のなかから逃げ出す方法がなかったんだ。信じられないのはよくわかるよ。でも、事実なんだ」
 「何が事実だっていうんです」

 「我々はタイムトリップしたんだ」
 タイムトリップしただと?
 言葉もない孝史に向かって、男はわずかに後ろめたそうな顔をしてみせた。
 「私はね、時間旅行者なんだよ」

 「そう……我々は今、昭和十一年二月二十六日未明の東京、永田町にいるんだよ。間もなく――あと三十分もしないうちに、二・二六事件が始まる。この一帯は封鎖され、人の出入りは難しくなる。まして君のような何も知らない人間が歩き回るには危険すぎる四日間が、これから始まるんだ」

 平田は自分のタイムトリップできる能力をどうして持つことになったのかを語り始める。

 「代々母方の一族のなかにひとりだけ、時間軸を自由に移動することができる能力を持った子供が生まれてくるというんだな。その子は例外なく『暗く』、気味悪い雰囲気を持っていて、人から愛されないという宿命も背負っている。しかも早死にだ。だから当然、子孫も残せない。次の世代の時間旅行能力者は、彼もしく彼女はごく普通の兄弟たちの子供たち世代――つまり甥や姪たちのなかから、またひとりだけ生まれてくるんだ」

 孝史は平田の言うことを理解できずにいたが、とにかく現代に帰してくれと頼むがそれが出来ない理由を言う。タイムトリップは著しい体力消耗をするから、すぐタイムトリップすれば死んでしまうと言う。
 結局平田の甥として孝史は昭和11年2月26日の蒲生邸にいることになる。そして物語はタイムトリップした平田と孝史の会話が面白い。

 俺、どうなるのだろう?

 俺は――尾崎孝史は、タイムトリップできるおっさんとなんか知り合わなければ、そしてあそこで彼に助けられなければ、本来、平河町一番のホテルの二階の廊下で焼け死んでいるはずの人間だった。ところが、それがこうして命を拾い、いっとき過去に足を置いて、それから現代に――自分の生きる時代に帰ろうとしている。
 これは正しいことなのか?孝史は、こうして生き延びることによって、歴史の歯車を狂わせてしまうのではないか?

 「俺、帰る場所はある?」

 「その心配は無用だ」

 「君の帰るべき場所はちゃんとあるよ」
 「だけど俺、歴史を変えちまったんだよ?」
 平田は首を振る。「関係ないさ。大丈夫だよ」

 「歴史にとって、君はさほど重要な人物じゃないからだ」

 「君の言うとおり、事実は歴史の一部だ。歴史を構成している。天災なんかの自然現象を除けば、事実を起こすのは人間だから、歴史上では事実イコール人間ということになる。人間は歴史の一部だ。だから、取り替えがきく」

 「我々人間は、歴史の流れにとってただの部品だということさ。取り替えか可能なパーツでしかない。パーツ個々の生き死には、歴史にとっては関係ない。個々のパーツがどうなろうと、意味はない。歴史は自分の目指すところに流れる。ただそれだけのことさ」

 「歴史が先か人間が先か。永遠の命題だな。だけど私に言わせれば結論はもう出ているよ。歴史が先さ。歴史は自分の行きたいところを目指す。そしてそのために必要な人間を登場させ、要らなくなった人間を舞台から降ろす。個々の人間や事実を変えてみたところでどうにもならない。歴史はそれを自分で補正して、代役を立てて、小さなぶれや修正などすっぽりと呑み込んでしまうことができる。ずっとそうやって流れてきたんだ」

 「どうしてそんな自信たっぷりに断言できるんだよ」

 「これまで何度もタイムトリップをして、そういう事実を確かめてきたからさ」

 平田はタイムトリップが出来る能力があることを知ったことで、歴史の中にある大きな事故や事件の時にタイムトリップしてそれを事前に食い止めようとした。そうすることで多くの人が犠牲になることを防ごうとした。けれどいったん食い止めたとしても、最終的には何も変わらなかった。歴史的事実を変えても、歴史は代役を立てて同じ事故や事件を起こす。平田はその例として平成元年に起こった日航ジャンボ墜落事件を防ごうとした。平田はそのジャンボ機を飛ばさないように事件爆弾を仕掛けたという脅迫電話を掛け、飛行機を飛ばさなかった。しかし平田がジャンボ機を飛ばさないようにした日時は12日ではなく10日だった。そして12日にジャンボ機は堕ちた。

 「わからないか?私は001便(10日に飛ぶ予定だったジャンボ機のこと)が墜落することは防いだ。でも、その二日後に、別のジャンボ機が堕ちた。私のしたことは、歴史を変えることになんかならなかったわけだ。私はただ、墜落するジャンボを001便から他の飛行機に替えただけだったんだ。八月十日以降も昭和六十年に留まっていた私は、リアルタイムでそれを知らされたよ」

 「がっくりしたよ。がっくりなんてもんじゃない。あれで自分に見切りがついたんだから。やっぱり駄目だ、歴史を変えることなんかできない、とね。それまで以前にも、私は何度も似たようなことを繰り返してきていた。ひとつの過去の惨事を防ぐ。そうすると、まるで私の努力を嘲笑うみたいに、必ず似たような事件が起こるんだ。むろん、係わる人びとも違う。でも事件の性質はそっくり同じだ。起こる事件そのものを絶対的に防ぐことなんて、できやしないんだよ」

 平田はこうして事件や事故に巻き込まれる人びとを他の誰かに置き換えることが出来た。誰にでも置き換えることが出来るということは、そこに自分の気に入らない人物をそこに置き換えることが出来るし、最初から気に入らなければそのまま知らん顔をして見殺しにすることも出来る。だから平田は自分自身を“まがいものの神”と言う。

 「そうさ。歴史が頓着しない個々の小さなパズルの断片、役者の位置を変えたり、彼らの運命を左右したりすることはできる。私の好みで。私の自己満足のために」

 「私は死ぬ運命にある人を助けることができる。その人間が気にくわなければ見殺しにすることもできる。あるいは、大きな事故が起こるとわかっている場所に、自分の嫌いな人間をわざわざ行かせて、殺したり傷つけたりすることもできる。そうして何の罪にも問われず、誰にも気づかれず、恨まれることもない。ああ、気持ちがいいさ。爽快だよ」

 「でも、まがいものはしょせんまがいものだ」

 こうした自分の好悪や趣味で置き換えをすれば、そのツケは自分にはね返ってくる。本物の神なら罪悪感も使命感もないだろうが、まがいものの神である自分は、したことによって生じた結果をまともに向き会わなければならなくなる。

 「あの事件(宮崎勤事件のこと)起こったころ、私はもう、今話したような結論に達していた。たとえば私が過去にトリップして、生まれたばかりのあの容疑者の青年を殺してしまうとする。そうすれば、彼はあんな連続誘拐殺人事件を起こすことはできなくなるだろう。被害者四人の女の子たちは助かるだろう。だが、それでどうなるかと言ったら、なんのことはない、彼じゃない別のAかBだかの心を病んだ青年が現れて、あの四人の女の子じゃない別の女の子たちをさらって殺す――そういう事件が結局は発生するんだ。歴史が、あの時点で、ああいうタイプの犯罪がこの国の社会に登場するという方向に流れてゆく以上、それはどうしたってそうなるんだ。つまり私は、容疑者と被害者を別の人間に置き換えただけということになる」

 「私が大車輪で過去に戻り、歴史的事実に修正を加えようと行動を起こすとしよう。それでも、大東亜戦争は起こるだろう。原爆も落ちるだろう。高度成長も起こるだろうし、ぜんそくや有機水銀中毒症のような公害病も出てくるだろう。それは広島じゃないかもしれない。水俣じゃないかもしれない。でも、どこかで起こる。誰かが巻き込まれる」

 平田はなんとかして孝史を連れて現代に戻ろうとしたが、行きついた先は昭和20年5月25日の東京の空襲であった。そしてそこで目撃したのは、二・二六事件当時蒲生邸にタイムトリップしたときに孝史たちにやさしくしてくれた女中のふきの焼き爛れた死体だった。
 慌ててそこから脱出して戻ろうとしたが、結局また蒲生邸に戻ってきてしまった。しかも一日に三度タイムトリップしたものだから、平田は倒れてしまう。結局孝史は平田が回復するまでに、この時代に残ることとなってしまう。そして事件は起こる。
 平河町のホテルにあった蒲生憲之の説明通り、二・二六事件勃発当日に銃で自決した。蒲生憲之の死の真相はなんだったのか。孝史はそれを探っていく。
 そもそも軍人である蒲生憲之は退役後“転向”して、その遺書に自ら所属していた軍の批判を書き、その後の日本の行く末を予見できたのだろう。ここに黒井という一人の女中が関係してくる。黒井は平井の叔母であった。そして平田同様タイムトリップ能力を有していた。黒井は自らの能力を使って蒲生憲之に日本の未来を見せていたのであった。だから平河町のホテルで蒲生憲之の幽霊が出るというのは、現代にタイムトリップした蒲生憲之であったのだ。
 そして蒲生憲之は日本の未来を見てしまったことで“転向”したのであった。その“転向”は憲之の息子の貴之が言う通りであった。

 「父は未来を見たんだ。結果を知っていたんだ。何も知らず生きた人たちが、これから成すことを批判したんだ。父ひとりだけが、言い訳を用意したんだ。抜け駆け以外の何物でもないじゃないか」

 その未来は、

 「――その時代(戦後)には、陛下も現人神の座を降り、より国民に近い場所に居られ、統帥権の独立を以てする軍人の天下は遠く去り、本当の意味で万民が平等が実現されるだろう」

 と知る。
 しかしこの時代こんな思想を持つこと自体許されない。まして天皇については“不敬罪”に当たってしまう。
 そんな憲之がこんな思想を持っていることを知った叔父の嘉隆は憲之を脅した。憲之の財産を強請った。ただ憲之と嘉隆の不仲は有名だったので、憲之の死後財産を嘉隆に残したら不信に思われるから、毬恵を愛妾として送り込み、毬恵を通して憲之の財産をものにしようしたのであった。
 黒井はまた現れて、そんな毬恵と嘉隆を違う時代に連れ去った。

 平田は何故この時代に何度もタイムトリップしてきたのか。それは叔母の黒井と自分は違いを自覚したからだ。

 「叔母は自分の能力に誇りを持っていた。それを自分の気に入った人、好きな人、大切に思う人、同情を感じた人たちのためだけに使うことについて、いささかなの疑問も抱いてはいなかった。時間旅行の能力を、素晴らしいものと思っていた。人に避けられやすいこの暗いオーラは辛い枷だけれど、それを補って余りあるものを、自分は持っていると信じていたんだ」

 平田は叔母が自分の能力を喜んでいたし、その能力を使うことを許していたが、自分は違う。平田は失われるであろう命をタイムトリップして防いでも、違うところで似たような事故や事件が起こる。その繰り返しで疲れ果ててしまった。自分の行為は単に歴史の修正にしか過ぎないことを自覚してしまった。だから平田はこの時代に根を下ろしこの時代に生きる人間として闇雲に生き抜くことで、同時代の人びとがどう生き、どう考えるかを知りたい。また自分がこれまでしてきた高見の立場で時代を見ていたら、彼らはどんな気分になるだろうか、知りたい。そうすることで怒られるかもしれない。それは人間として怒りからだ。だからこの時代に生きた人びとがせずにおられなかったことを、同時代の人間として許せるかもしれない。そのときは自分も許され、当たり前の人間になれるかもしれない。

 私と、時間旅行者の私がしてきたことのすべてが許されるかもしれない。すべての悪あがき、すべての間違いが許されるかもしれない。そして私は人間になれる。まがい物の神ではなく、ごく当たり前の人間に。歴史の意図も知らず、流れのなかで、先も見えないまたただ懸命に生きる人間に。明日消えるかもしれない自分の命を愛せる人間に。明日会えなくなるかもしれない隣人と肩をたたいて笑い合う人間に。それがどんなに尊いことであるか知りもしないまま、普通の勇気を持って歴史のなかを泳いでいく人間に。
 どこにでもいる、当たり前の人間に。
 「そのために、この時代に来たんだよ」

 平田は体力も回復し、孝史を現代に帰す。そのとき孝史は好意をもったふきを連れて行こうとするがふきは断った。孝史はふきと平成4年4月20日に浅草の雷門で会おうと約束する。その日はふきの誕生日であった。孝史は昭和20年の東京空襲でふきが死なないように手はずをしておき、注意もしておいた。
 そしてその日ふきは来なかった。来たのはふきの孫娘であった。ふきからの手紙を預かっており、それを孝史に渡した。手紙はあの日以後の蒲生邸の人びとの消息を綴っていた。
 ふきは4年前に胃がんで亡くなっていたのだった。

 タイムトリップ出来る能力有する平田が過去の不幸な出来事、悲惨な事故や事件を回避するために、その時代に行ってそれを事前に防ごうとしても、歴史は場所や時間や事故に遭う人びと変えて、似たような事件、事故が起こさせる、という発想は面白かった。平田が防ごうとしたした行為は、単なる歴史上の修正にしかならなかった。
 ただ平田のタイムトリップ能力の説明を聞いている内に、私は歴史には「本来あるべき姿に戻ろうとする」ところがあるのではないかと感じることがある。
 人間が驕ってやりたい放題やると、そのツケが必ず起こる。それは自然災害であったり、病気の蔓延だったり、あるいは戦争や事故だったりする。まるで時計の振りのように振れ、その揺り返しが必ずある。大きく振れれば、大きく揺り戻し、その揺れがだんだん小さくなり、そして落ちつく。一種の自浄作用が働くのではないかと思えることがある。だから平田がタイムトリップして事件や事故などを防ごうととしても、起こるべくして起こったものだから、それは防ぎようがないのだ、と思った。
 
 宮部 みゆき 著 『蒲生邸事件』 毎日新聞出版(1996/10発売)


# by office_kmoto | 2018-10-13 06:45 | 本を思う | Comments(0)

永井 荷風 著 『日和下駄―一名東京散策記』

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 この本は一度読んでみたいと思っていた本であった。これは荷風がこれまでに散策してきた東京の各地を項目を設けて思い当たる場所をまとめて書いてある。私は荷風が散策した場所ごと(特に下町など)にその風景や特徴を書いたものを期待していたので、これは以外であったし、出来れば一つのところを深く掘り下げてあるのを読みたかった。

 この本の解説をしている川本三郎さんはこの本がいつ書かれ、荷風が何故これを書くに至ったかが書いてある。

 「日和下駄」が書かれたのは、荷風がアメリカ、フランスでの遊学から帰国したあと、大正のはじめである。そこには明らかに、ひとつのモチーフがある。「失われた東京」への想いである。
 明治維新以後、急激な近代化の道を歩まなければならなかった日本は、次々に古いものを壊わし、新しいものを作っていかなければならなかった。とりわけ首都の東京ではその変化が激しかった。
 
 荷風自身も次のように書く。

 今日東京市中の散歩は私の身に取っては生れてから今日に至る過去、生涯に対する追憶の道を辿るに外ならない。之に加うるに日々昔ながらの名所古蹟を破却して行く時勢の変遷は市中の散歩無情悲哀の寂しい詩趣を帯びさせる。およそ近世の文学に現れた荒廃の詩情味わおうとしたら埃及伊太利に赴かずとも現在の東京を歩むほど無残にも傷ましい思をさせる処はあるまい。今日看て過ぎた寺の門、昨日休んだ路傍の大樹も此次再び来る時には必ず貸家が製造場になって居るに違いないと思えば、それほど由緒のない建築も又はそれほど年経ぬ樹木とても何とはなく奥床しく又悲しく打仰がれるのである。(第一 日和下駄)

 然るに私は別に此と云ってなすべき義務も責任も何もない云わば隠居同様の身の上である。その日その日を送るに成りたけ世間へ顔を出さず金を使わず相手を要せず自分一人で勝手に呑気にくらす方法をと色々考案した結果の一ツが市中のぶらぶら歩きとなったのである。(第一 日和下駄)

 元来が此の如く目的のない私の散歩に若し幾分でも目的らしい事があるとすれば、それは何という事なく蝙蝠傘に日和下駄を曳摺って行く中、電通通の裏手なぞにたまたま残っている市区改正以前の旧道に出たり、或は寺の多い山の手の横町の木立を仰ぎ、溝や堀割の上にかけてある名も知れぬ小橋を見る時なぞ、何となく其のさびれ果てた周囲の光景が私の感情に調和して少時我にもあらず立去りがたいような心持をさせる。そういう無用な感情に打たれるのが何より嬉しいからである。(第一 日和下駄)

 というわけで、下駄と蝙蝠傘を持って散歩に出かける。さらに江戸を偲ぶため、江戸絵図と小林清親の絵を持つ。小林清親の絵図はここに幾度となく出てくる。江戸散策には清親の絵図は必需品だったのだろう。絵図に関しては面白いことを書いている。

 凡そ東京の地図にして精密正確なる陸地測量部の地図に優るものはなかろう。然し是を眺めても何等の興味も起らず、風景の如何をも更に想像する事が出来ない。土地の高低を示す蚰蜒の足のような符号と、何万分の一とか何とか云う尺度一点張りの正確と精密とは却って当意即妙の自由を失い見る人をして唯煩雑の思をなさしめるばかりである。見よ不正確なる江戸図絵は上野の桜咲く処には自由に桜の花を描き柳原の如く柳のある処には柳の糸を添え得るのみならず、又飛鳥山より遠く日光筑波の山々を見ることを得れば直にこれを雲の彼方に描示すが如く、臨機応変に全く相反せる製図の方式態度を併用して興味津々よく平易にその要領を会得せしめている。この点よりして不正確な江戸絵図は正確なる東京の新地図よりも遥に直感的または印象的の方法に出でたものと見ねばならぬ。(第四 地図)

 測量図は実用的に使うものである。絵図はそうではない。むしろ観光案内に近い。だから正確さより、だからそこにある見どころを強調する。またそれが面白い。
 さて、荷風は東京の良さを感じるには、水と森、そして路地と閑地であることを言う。

 もし今日の東京に果して都会美なるものが有り得るとすれば、私は其の第一の要素をば樹木と水流に俟つものと断言する。山の手を蔽う老樹と、下町を流れる河とは東京市の有する最も尊い宝である。巴里の巴里たる体裁は寺院宮殿劇場等の建築があれば縦え樹と水なくても足りるであろう。然るにわが東京に於いてはもし鬱然たる樹木なくんばかの壮麗な芝山内の霊廟とても完全に其の美と其の威儀とを保つ事は出来まい。(第三 水)

 路地には往々江戸時代から伝承し来った古い名称がある。即ち中橋の狩野新道と云うが如き歴史的由緒あるものも尠くない。然しそれとても其の土地に住古したものの間にのみ通用されべき名前であって、東京市の市政が認め以て公の町名となしたものは恐らく一つもあるまい。路地は即ち飽くまで平民の間にのみ存在して了解されているのである。犬や猫が垣の破れや塀の隙間を見出して自然と其の種属ばかりに限られた通路を作ると同じように、表通りに門戸を張ることの出来ぬ平民は大道と大道との間に自ら彼等の棲息に適当した路地を作ったのだ。路地は公然市政によって経営されたものではない。都市の面目体裁品格とは全然関係なき別天地である。されば貴人の馬車富豪の自動車の地響に午睡の夢を驚かされる恐れなく、夏の夕は格子戸の外に裸体で涼む自由があり、冬の夜は置炬燵に隣家の三味線を聞く面白さがある。新聞買わずとも世間の噂は金引棒の女房によって仔細に伝えられ、喘息持の隠居の咳嗽は頼まざるに夜通し泥棒の用心となる。かくの如く路地は一種云いがたき生活の悲哀の中に自から又深刻なる滑稽の情趣を伴わせた小説的世界である。而して凡て此の世界の飽くまで下世話なる感情と生活とは又この世界を構成する格子戸、溝板、物干台、木戸口、忍返なぞ云う道具と一致している。この点よりして路地は又渾然たる芸術的調和の世界と云わねばならぬ。(第七 路地)

 閑地は元より其の時と場所とを限らず偶然出来るもの故吾々は市内の如何なる処に如何なる閑地があるか地面師ならぬ限り予め之を知る事が出来ない。唯その場に通りかかって始めて之を見るのみである。然し閑地は強いて捜し歩かずとも市中到るところに在る。今まで久しく草の生えていた閑地が地ならしされて軈て普請が始まるかと思えば、いつの間にかその隣の家が取払われて、或場合には火事で焼けたりして爰に別の閑地ができる。そして一雨降ればすぐ雑草が芽を吹き軈て花を咲かせ、忽ちにして蝶々蜻蛉やきりぎりすの飛んだり躍ねたりする野原になってしまうと、外囲はあっても無いと同然、通り抜ける人達の下駄の歯に小径は縦横に踏開かれ、昼は子供の遊場、夜は男女が密会の場所となる。夏の夜に処の若い者が素人相撲を催すのも閑地がある為めである。(第八 閑地)

 昔はあちこちに空地があった。確かにある日隣の家が壊され、更地になる。そこに雑草が生え、昆虫が棲む。雑草をかき分ければ、バッタが飛び跳ね、カマキリが鎌を上げる。トンボが飛び、夕方になればコウモリが飛び回る。そんな空地があちこちあった。
 そのうち資材置き場になったり、ゴミが捨てられたりする。中にはエロ雑誌なんか捨てられていて、それを見つけてカラーページを広げてドキドキした。

永井 荷風 著 『日和下駄―一名東京散策記』 講談社(1999/10発売)講談社文芸文庫


# by office_kmoto | 2018-10-10 07:46 | 本を思う | Comments(0)

本多 孝好【著】『dele 2 』

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 自分の死後、自らのデジタルデータの消去を誰にも知られずにしてくれる「dele.LIFE」と契約した者の物語である。

 『dele.LIFE』と契約すると、依頼人はまず、該当するデジタルデバイスに、圭司が作ったアプリをインストールする。アプリは『dele.LIFE』のサーバーと定期的に交信する。依頼人が設定した時間以上、そのデイバイスが操作されなかったとき、サーバーが反応し、モグラが目を覚ます。それを受けて、祐太郎は依頼人が本当に死んでいるのかを確認する。死亡確認が取れたら、モグラを通じて、圭司が依頼人のデジタルデバイスから指定されたデータを削除する。

 圭司がモグラと呼ぶそのパソコンだけが、依頼人に託されたデータとつながっている。
 しばらくタッチパッド上を動いた圭司の指先が振り上げられたとき、祐太郎は小さく咽の奥を鳴らした。無意識の反応だった。圭司の指先が振り下ろされるとき、依頼人とこの世界との縁が一つ切れる

 依頼人の名前と連絡先は登録されているが、その依頼人がどういう人物だったかはわからない。ビジネスとして考えればその必要はなかった。依頼されたことを淡々とすればいいだけのことである。圭司は最初はそうしていたが、祐太郎とコンビを組むようになって、ドライにビジネスライクになれなくなっていた。だから物語が成り立つ。

 平凡なようでも、人が死ぬと、ミステリーが残るもんですね。

 第一話の「アンチェイド・メロディ」は依頼人が人気バンド『コリジョン』のボーカルの兄であったことがわかる。彼が消して欲しいと依頼したデータは音楽データで、『コリジョン』のメロディーであった。兄は弟のゴーストライターかと疑われたが、実際は違っていた。依頼人の本心がやはりビジネスライクではわからないところにあったのだ。

 兄貴にはそれしかないから。弟は自分の本来の才能を封印してまで、ただ売れそうなだけの兄貴の曲を歌った。

 しかし、

 「自分が弟の才能を縛りつけていることは、依頼人もわかっていたんだろう。けれどそれをやめることができなかった。その歌だけが自分のすべてだから。やめなきゃいかない。ずっとそう思っていた。薬物も。弟に嘘をつかせることも。けれど、やめられないこともわかっていた。弱い男だった。だから、せめてもの思いで死に急いだ」

 「自分が死んだら、自分の音楽もすべてあの世に持っていく。そうすれば弟は解放される。お前には何の曲も残さない。これからは自分の音楽をやってくれ。そういうメッセージだ。そのメッセージが宗介に届いた」

 圭司たちによってデータを消去された兄のパソコンを開いたとき、そこに何もないことで弟に兄の思いを伝えたかったのだ。

 第二話の「ファントム・ガール」では消去してもらうことで、残ったデータが依頼人の意志を示す物語である。しかもそれはあまりにも現実が厳しかった故に、仮想の世界のみに自分だけを残して欲しかったという結末である。

 「そもそもどうしてって言うなら、そうですね、確かにあの会社の面接に落ちたのがきっかけだったかもしれません。面接後に、面接した人から、あたかも受かったかのような言葉をかけられたらしくて。いえ、愛莉の思い込みかもしれないけれど、とにかく愛莉はやっと普通の会社勤めができるって、喜んでいました。でも、やっぱり不採用で、すごく落ち込んでて。自分にくるメールは、出勤しろっていう風俗店からの催促と、ご縁がありませんでしたっていう企業からの不採用通知だけだって。前から不安定だったけれど、そのころは、本当に危なっかしくなっていました。リストカットも何度かして、愛莉自身が、もう自分を信じられないって、泣いていました」

 「だから、私勧めたんです。その会社に勤めている、もう一人の波多野愛莉を作ってみたらって。私がやっているみたいに」

 こうしてSNS上での架空の愛莉が生まれたのだった。そして愛莉の死後データ消去を依頼されたのは愛莉のスマホのデータのみであった。

 「依頼人の波多野愛莉はこのスマホにあるすべてのデータを削除するよう設定している」
 「すべてのデータって」
 「文字通り、すべてだよ。メールも、文書ファイルも、音楽ファイルも、画像ファイルも、すべてだ。スマホは買ったときと同じ初期状態になる」
 「それって……」
 「ただし、SNS上のデータは含まれない」
 「え?」
 「波多野愛莉はSNSに上げているデータまで削除するようには設定していない」
 波多野愛莉のデータは消える。面接に落ちたことを伝える数々のメール。風俗店から送られてきた出勤を促すメールも。ひょっとしたらあったかもしれない日々の愚痴をつづったメモも。たまには聴いていたであろうお気に入りの音楽も。きっと何枚かあったはずの本当の生活にあった風景写真も。そして残るのは……。
 「つまり、残るのは、もう一人、偽者の波多野愛莉のデータだけってこと?」
 「ああ、そうなるな」
 デジタル世界にしか存在しない、明るく前向きな、光の中の幻影。

 どうしてなんだろうと思う。人は死ぬと悲しい物語しか残さないのか?

 最後の「チェイシング・シャドウズ」では祐太郎の妹の死が圭司と関わっている話である。
 依頼人は祐太郎の妹が通っていた元大学教授であった。祐太郎の妹は新薬の治験中に死んだ。祐太郎の親は大学病院に妹の死の原因を追及していく中、担当医が妹の死に不審な点があると告げられた。妹は新薬の副作用で死んだことがわかってくるが、それをもみ消した者が存在し、その存在の嫌がらせで、訴えも取り下げざるをえなくなり、家族の離散を招いた。
 祐太郎は元大学教授の死から妹の死の真相を探っていく内に、圭司の父親が関わっていることがわかってくる。父親は圭司のからだの治療に新薬の開発が必要と思って手を汚した。祐太郎に真相がわかったとき、圭司は告白する。

 「父親がやったことは、父の死後、パソコンを整理したとき知った。もともと企業法務に携わっていた父は企業からのトラブル処理の依頼も請け負っていた。クレーマーのような株主に対応するために、面倒な仕事を処理する人間も使っていた。父はその男に、真柴家(祐太郎の家)の訴訟潰しを命じた。父が何を命じ、命じられた男が何をしたのか。その詳細を父の死後、俺はパソコンの中で見つけた。愕然としたよ。いつも冷静で、賢く、穏やかで、正しいことを選択する。俺にとって父は、大人の理想像だった。その父がこんな汚いことをしていたのかと、驚愕した」

 「父が死んで、データ見て、俺は咄嗟にそのデータをパソコンから削除した。父が使っていたあらゆるデジタル端末をチェックして、舞や母親に見せたくないデータを片っ端から整理した。グレーなことはいろいろあったが、やっぱり一番ひどいと思ったのは、訴訟準備をしていた患者遺族に対する仕打ちだ。俺のため。俺に役立つかどうかわかりもしない新薬開発のため。そう思うと、墓から骨壺を取り出して、蹴飛ばしてやりたくなったくらいだったよ」

 祐太郎の両親に訴訟を起こされれば、息子の圭司に効くかもしれない新薬開発が遅れる。それを父親は避けたかったのだ。そして会社「dele.LIFE」は、その父親が犯した罪を消し去る目的で作られた会社であった。

本多 孝好【著】『dele 2 』 KADOKAWA(2018/06発売)角川文庫


# by office_kmoto | 2018-10-08 06:21 | 本を思う | Comments(0)

川本 三郎 著 『東京残影』

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 中学生のある日、学校から家まで都電を使って帰れることに気がづいた。

(略)

 これを発見したときはうれしかった。ただ時間が国電を利用した場合の倍はかかるのでふだんの通学に使えない。“都電大冒険旅行”を敢行するのは土曜日だった。土曜日なら授業が午前中で終りだからたっぷり都電で遊べる。(都電が走っていた頃)

 この文章は、私が都バスで経験している。会社勤めをしている時は悠長に都バスなど乗っていられなかったが、勤めを辞めてからは都バスに乗って目的地に行けるなら行きたいと思っている。昼間のんびりバスに乗って、知らない道を走っているとワクワクする。子供が窓に向かって坐って外を眺めて、楽しんでいるように外を眺めている。窓から外を眺めていると、ああ、この道を通るんだとか、この道はここに通じているんだ、と何か新しい発見をしたみたいで、得した気分になる。

 都電は、大学生の頃にはひとつひとつ東京の町から消えていった。いまとなってみんな都電を懐かしがる実際はあの頃は多くの人が「これで交通渋滞がなくなっていい」「新しい時代が来た」と都電の撤廃を喜んだのである。都電に申訳ないことをした、といまになって思う。(都電が走っていた頃)

 地元で都電が走っていた前に走っていた電車のことについて調べて書いたが、子供の頃に都電に何回か乗っていたし、高校時代クラブ活動で写真部に入っていた時は、近くの車庫から都電が出て来るところを写真に撮ったこともあった。
 その都電に乗りたくてわざわざ荒川線に乗りに行ったこともある。今の都電は着飾った感じで昔の都電の面影はないが、それでも乗ってみると懐かしかった。その時車窓から昔の都電が見えた。調べてみると荒川車庫前にある都電おもいで広場にかつて走っていた都電を見ることが出来るらしい。もう一度荒川線に乗ってみたくなった。

 日本の社会は明治以降、すさまじい速度で変化している。西欧社会が百年かかってやったようなことを、十年や二十年でやろうとしてきた。だからつい昨日まであったものが今日からはもう古くなる。私たちは、「進歩」「便利」「合理性」という言葉に弱いので、ついつい申訳ないと思いつつ、これまで役に立っていたものを捨ててしまう。リヤカー、ミシン、都電、蚊帳、あるいは焚火、薪で焚く風呂……ほんとうに捨ててしまったものが多い。申訳ないことだが、仕方がない。せめてものお詫びは、針供養ではないが、そうした失われたものを、小説のなかから拾い集めて、小さな活字の博物館を作ることくらいしかない。(失われたモノの活字博物館)

 この「失われたモノの活字博物館」ってなんだろうと思って読んでみると、川本さんがエッセイや紀行記などで書いている、今はないがかつてあったモノたちのことを言っているんだな、とわかる。川本さんはそれらを書くことで、本の上で博物館を開いている。上手いことを言うものだ。そしてそれが川本さんの本を読む楽しみでもある。
 ところでこのエッセイ集には書評もあって、その中で海野弘さんのことを書いてある文章がある。私は海野さんの書かれた文章は読んだことがないが、川本さんは海野さんの都市論は都市を器にして文学作品を語る手法に影響を受けたと書いている。

 しかも「外側」といっても政治論や経済論といった大きな枠組みではなく、より凝縮された都市論といった枠組みを使った。たとえば政治論では風俗といった日常のディテールが抜け落ちてしまう。経済論では文化が抜け落ちる。しかし「都市」という新しい枠組みをつくることでそこに衣食住から犯罪や売春まであらゆることが入り込んでくる。より多角的に文学作品を見ることが出来る。

 海野弘にとってもともと「都市」は主題のひとつであったが、その「都市」は考えてみれば他の主題――たとえば映画、演劇、建築、ファッション……のすべてを包括するより大きな、レベルがひとつ上の主題だった。

 つまり「都市」を枠組みにすれば、文学のみならず、歴史、日常の生活などすべてを語ることができる、ということだ。そしてこれまで書かれてきた川本さんの作品はこの手法をとっている。なるほどここにその手法のお手本があったんだな、と知ったわけだ。
 特に東京はこの手法が際立つ。

 東京の町の変化があまりに激しいために、昔話が誰にでも出来てしまうのである。東京が次々に変化してくれるおかげで誰でも古老になれるのである。東京の面白さである。(あとがき)

 最後に芝木好子さんについて書かれた文章がなるほどと感心したので書き出しておく。

 芝木さんの、美しい人形にていねいに服を着せてやるように、彼女たちを和服で飾る。和服が似合う芝木さんらしく、彼女たちも和服が似合う。

 芝木さんは、好んで彼女たちに和服を着せる。和服を着た女性たちは、あくまでもつつましく、控え目である。内にどんな激情を秘めようと、和服という様式が、その内にある火照った心を冷却する。和服が激情を抑制し、それに大人の形を与える。和服がなかったら、そのへんにいるただのはしたない女になっていたかもしれない。和服という様式が、それがかろうじて抑制する。(芝木好子『落葉の季節』)

 和服を着た女は、実は内に、おそらく自分自身でも抑えきれないような激情を隠し持っている。もしかしたらその激情は、現代的で活発な女よりもはるかに強い。だからこそ彼女たちは、それを抑制しようとからだを帯できつく締め上げていく。このとき、一見、つつましい女が、実は、誰よりもパッショネートで官能的であるという逆説が生まれる。着物の女は、実は、誰よりも危険な女なのである。(芝木好子『落葉の季節』)

 芝木さんの描く女たちは、実は、弱いようで強い。受け身のようでいて、実は、男を行動に駆り立てる。自分のほうから男を捨てることもある。男を拒むこともある。夫を知らない秘密を作ることもある。
 彼女たちはまた、たいていは仕事を持つ女である。その仕事が、美術雑誌の編集とか、臈纈染めとか、美に関わる仕事であることがいかにも芝木さんらしいが、彼女たちは、仕事を持つことで、社会に対しても、男に対しても自立している。だから強い。
 そして、何よりも、彼女たちが強いのは、男以上に、恋愛に生命がけだからである。男たちは、彼女たちの強さ、積極さ、切実さの前に、しばしば、たじたじとなる。(芝木好子『落葉の季節』)

 私は川本さんのエッセイを読んで、芝木好子さんを知った。そして数冊芝木さんの本を読んできた。その程度の読者であるが、ここに挙げた文章はまさに芝木さんが描く主人公の女性の姿であった。『隅田川暮色』の冴子はまさにこの通りの女性だ。

川本 三郎 著 『東京残影』 河出書房新社(2001/08発売)河出文庫


# by office_kmoto | 2018-10-05 06:01 | 本を思う | Comments(0)

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