古本関係の本2冊

 古本関係の本を2冊読む。一冊はマーク・プライヤー 著 『古書店主』、もう一冊がアリソン・フーヴァー・バートレット 著 『本を愛しすぎた男―本泥棒と古書店探偵と愛書狂』である。
d0331556_1026242.jpg 『古書店主』ははっきり言って面白くなかった。主人公ヒューゴー・マーストンは元FBIのプロファイラーで、現在はパリのアメリカ大使館に勤務し外交保安部長として要人・来賓の警備の指揮を執っている。話はセーヌ左岸の“ブキニスト”と呼ばれる古書露天商が並ぶ場所で、ヒューゴーが友人の老ブキニスト、マックスから古書を二冊買ったあと、マックスが拉致される現場を見てしまったところから始まる。
 ヒューゴーがマックスをいろいろ調べているうちに、彼がナチ・ハンターだったことがわかるが、その後別のブキニストたちも消えていく。話はナチの話から、麻薬の勢力争いと展開していくのだが、結局古本とはそれほど関係なくい物語であった。
 書名の『古書店主』とあるから、古本にまつわるミステリーと期待して読んでいたので、古本ミステリーにある不思議さやおどろおどろしいものが感じられなかった。強いて言えばこれまでの古本ミステリーにない銃撃戦が新しかったかな、と思われるけど、どうもそれは古本ミステリーには似合わないような気がする。

d0331556_1027242.jpg 『本を愛しすぎた男―本泥棒と古書店探偵と愛書狂』の方が興味深く読めた。こちらは副題にある通り、本泥棒と古書店探偵と愛書狂の関係を書いているノンフィクションである。著者が本泥棒とビブリオディック(古書探偵)に興味を持った経緯は次の通りである。ここに登場する本泥棒はジョン・ギルギーで、古書探偵が古書店主ケン・サンダースである。
 2005年、サンフランシスコ在住のライターである著者が、友人からピッグスキン(豚皮)の皮表紙に真ちゅうの留め金がついた五キロ以上もある立派な装丁の本を預かるところから始まる。それは友人の自殺した弟が女友だちからやはり預かっていた本で、「彼女が勤め先の大学の図書館から持ち出したまま返し忘れた本だから、匿名で返却してほしい」というメッセージがついていたそうだ。著者は人脈をフルに使って、その本が1600年代に書かれたドイツ語の『薬草図鑑』であり、三千ドルから五千ドルもする稀覯本であることを突き止めるが、図書館に問い合わせると、司書から「当図書館の蔵書ではございません」という返事が届く。
 納得のいかない著者は『薬草図鑑』を預かったまま、稀覯本をめぐる世界について調べ始める。古書業界の意外なしきたりや「愛書狂(ビブリオマニア)」と呼ばれる一部のコレクターの奇妙な生態など興味が尽きなくなる。その興味をさらに湧かせるのが本泥棒の話であった。
 ではなぜこの図書館は盗まれた(この場合返却し忘れた)本を自分のところの蔵書ではないというのであろうか。


 ケン・サンダースによれば、稀覯本の盗難事件の難しさは、多くの古書店主が被害にあったことを公表したがらない点にあるそうだ。本がいかに巧妙に盗まれたかは関係ない。被害にあった店がじゅうぶんに警戒していなかったのだと、古書業界で、さらに貴重書籍専門の図書館司書のあいだで噂されることが問題なのだ。数百万ドルの取り引きが握手ひとつで行われる古書業界では信用が第一だ。盗難の被害を公表すれば、信用できない店としてブラックリストに載せられることもあるかもしれない。当然、それを危惧する古書店もあるだろう。「盗難にあったという汚点がついてしまったら、一巻の終わりだ」とマッキトリックも言った。確かに古書店はコレクターから売却を依頼されて、高価な愛書を預かることが多い。盗難されやすい店という評判が立てば、商売に直接影響が出る。


 著者はケン・サンダースと話しているうちに、本泥棒のジョン・ギルギーのことを知る。これが面白い。彼がどうやって本を盗んだのか。そしてその動機は何なのか。


 今の私をつき動かしているのは、サンダースの物語とギルギーの物語への興味と、ふたりが正反対の人生をどんなふうに送り、どんなふうに関わり合ったかを突き止めたいという思いだ。そして、ほかにも答えを出そうとしていることがある。なぜギルギーは本に対してあれほど情熱的なのか、なぜ本のために自分の自由さえ危険にさらすのか、そしてなぜサンダースはギルギー逮捕にあれほど躍起になっているのか、店の経営を危うくしてまでなぜそうするのか。私はその答えを導きだすために、ひとりひとりと多くの時間を過ごし、ふたりに共通する領域(本の蒐集)の奥の底まで探検することにした。


 まずはギルギーの本の盗み方である。彼は高級百貨店チェーンのサックス・フィフス・アベニューのクリスマス商戦用店員となる。そこはギルギーにとってほぼ理想的な職場であった。ギルギーが仲間入りしたいと切に願ってきた富裕層の人々(必ずしも学歴や教養があると限らず、大きな書斎があるわけでもないが)とふんだんに話す機会が持てたからである。しかもそこで顧客のカード情報を手に入れることができた。その番号を使って本を盗んでいく。古書店に在庫を電話で問い合わせ、その在庫があると盗んだカード番号を告げていったん電話を切る。そしてそのクレジットカードがカード会社から使用許可が出たことを確認した上で後で取りに伺うと言う。


 その年の春、ギルギーは月に一冊か二冊くらいのペースで本を盗んだ。彼は盗むのもうまかったが、それを正当化するのもうまかった。彼は私にこんなふうに説明した。高級古書店の棚に並んだ高価な本を眺めていると、店主の個人コレクションのように見えてくる(実際は違う)大した金持ちだ!こんなにたくさん持っているなんて!自分は一冊の本を買うのに、大金を払わないといけなない。なんて不公平なんだ。一万ドルや四万ドルや五十万ドルの値がついた本は、彼には手が届かない。彼は「正当な義憤」を感じる。どうやって手に入れようかと考える。そして、自分こそ持つにふさわしいと思った本は、自分のものにする。

 だから、自分の貴重書籍のコレクションが別のコレクターや古書店主よりも劣っていると思ったら、世界は「不公平」だと考えてしまう。そして彼流の「仕返し」をする。


 ABAA(アメリカ古書籍商組合)のホームページの記事で本泥棒を五つのタイプに分類しているという。まず、盗まずにいられない「窃盗狂」の泥棒。金欲しさに盗む泥棒。怒りにまかせて盗む泥棒。出来心で盗んでしまう泥棒。自分のために盗む泥棒、というわけだ。ギルギーは最後の「自分のために盗む泥棒」といっていいだろう。
 そこで著者は「ギルギーが抱いている自分の稀覯本コレクションを人から賞賛されたいという強い欲求は-かなりいき過ぎてはいるが-異常とは言えない。多くの点で、ギルギーはほかのコレクターとそれほど違わないように見える」と言う。


 コレクターは蔵書が増えれば増えるほどもっと欲しくなるものだが、この点でも彼はほかのコレクターと同じだった。コレクターの口癖の通り、本を蒐集していると飢餓状態にいるようなもので、一冊手に入れたからといってもうそれで満足ということにはならないそうだ。


 しかし彼らは、本を自分のものにせずにいられない。走り出したら止まらないのだ。


 ギルギーが稀覯本コレクターと大きく違う点は、本を盗む犯罪を繰り返すという点だ。しかし「多くのコレクターは蒐集という行為を通して自分のイメージを構築するが、ほとんどの人は一線を超えたりしない。どんなに欲しくても盗んだりしない」コレクターが泥棒へ変貌するには、道徳的にも倫理的にもかなりの飛躍が必要である。しかしギルギーはその一線を超えた。それは本をただで手に入れることが、彼流に言えば-本の魅力がさらに増すことにもなるからだ。それがギルギーが本を次から次へと盗む理由であった。


 彼を一言で表せと言われれば、次の三つを信じている男と答えるだろう。(1)稀覯本のコレクションを所有することが自分のアイデンティティの究極の表現であると信じる男。(2)そのコレクションを手に入れるためならどんな手段も公平かつ正しいと信じる男。(3)そのコレクションを一目でも見れば、人はそれを蒐集した男、つまり彼を賞賛するだろうと信じる男・・・・・。


 たぶんギルギーは自分の本のコレクションを人に見せびらかしたいはずだ。そして自分はこの本を所有する資格のある人間だと思っているはずだ。ただ自分のコレクションが絶賛されることを夢みているギルギーは、それを見せびらかしたくてもそれが出来ないジレンマに苦しんでいた。本が盗品であるからである。そんなことをすれば捕まってしまうし、コレクション失ってしまう。だから自分のコレクションに加える本はどれも他人が目にすることはできない。しかしギルギーが本を盗みながら自分のコレクションを充実させてきた。それが彼の野心であり目標であったはずだ。著者はギルギーが「そこそこの成功をおさめた幸せな人間に思えてきた」と妙な感慨に陥っている。
 一方サンダースはもう蒐集していないと言ったが、本の仕入れとは蒐集の代行行為であり、店に並んだ本は蔵書の一部に過ぎないと彼も認めている。彼は毎日本を売っているが、それ以上買っている。
 要するにコレクターもギルギーのような泥棒も愛書狂であることは変わりがない。本に対する偏執狂的なこだわりは同じである。要はその本を手に入れる手段の違いだけになってしまう。だから著者がギルギーを「そこそこの成功をおさめた幸せな人間に思えてきた」と感じてしまうのもわからないわけではない。
 また本泥棒を捕まえるサンダースにしたって、同じ愛書狂であることがわかる。本泥棒も古書店主もどちらも同じ愛書狂でその差は紙一重であるということである、ということがわかってくる。
 コレクターというのはどこかコレクションに異常性を持っていて、それはときに興味のない人にはわからない世界である。


マーク・プライヤー 著 /澁谷 正子 訳 『古書店主』 早川書房(2013/12発売) ハヤカワ文庫

アリソン・フーヴァー・バートレット 著 /築地 誠子 訳 『本を愛しすぎた男―本泥棒と古書店探偵と愛書狂』 原書房(2013/11発売)
by office_kmoto | 2014-03-05 10:34 | 本を思う | Comments(0)

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