木皿 泉 著 『昨夜のカレー、明日のパン』

d0331556_6155079.jpg 自分を歪ませることが生きることだ、と色川武大さんは言っていたが、ある程度歳をとってしまうと、歪んでしまった自分のことをあれこれ考えてしまう。妙に後悔してしまったりする。
 “変わらざるを得なかった”ことを悔やんだり悲しんだりするのは、やはり歳をとった証拠なんだろう。だから逆に“変わらないもの”へのあこがれが生まれる。
 そんなことをこの本を読んで思った。テツコの義父であるギフが言う言葉が身にしみる。


 「人は変わってゆくんだよ。それは、とても過酷なことだと思う。でもね、でも同時に、そのことだけが人を救ってくれるのよ」


 テツコの夫、一樹が亡くなったのは七年前で、その後も、ギフとテツコは同じ屋根の下で、働いては食べ、食べては眠ってと、ただただ日々を送ってきた。最初に割り振りされたはずの立場は、今やすっかり忘れ去られている。なぜ一緒にここにいるのかという理由も、暮らしているうちに曖昧になりつつあった。義父は、いつの間にか<ギフ>となってしまったのに、七年前に死んだ夫は、ずっと夫のままだった。


 人間関係というのは、方程式のように、どんな数字を代入しても成り立つ、というようなものではない。この家の三角形の一辺が突然消滅してしまった。なくなったのに、まだそこにあることにして、何とか保ってきた三角形なのだろう。


 とテツコの同僚の岩井は思った。岩井はテツコと結婚を望んでいた。何度かテツコに結婚しようと言うがテツコはなかなかそういう気持ちになれなかった。


「そろそろ、結婚しようか」と言われても、今のテツコには、さほどありがたい言葉ではなかった。岩井さんが嫌いだとかそういう話ではない。他人と暮らしてゆくということがどういうことか、九年もギフと暮らしてきたテツコにはよく見えるのだ。今さら誰かと暮らしても、何かが変わるということは、おそらくないだろう。むしろ引き受けるべき雑多なことが増えるだけである。
 「めんどくさい」


 テツコが岩井との結婚を考えてしまうのは、ギフと暮らすこの家での生活が心地よいからである。そう、ギフの家は世の中ものすごいスピードで変わっていく中、昔のまま変わらない生活がここに残っていたからである。
 人間、便利さだけで身の回りのことをどんどん変えていくが、それについて行くことに追いまくられ、疲れ、疑問を感じていく。昔あった生活のどこが悪いのかよくわからないままに。
 むしろ昔あった生活の方が時間がゆったりと流れ、季節が感じ、自分がここで生きているという実感を感じられる。そんなものがまだギフの家にはあった。
 亡くなったギフの妻であった夕子がこの家に嫁いでくる前に、ギフの家を訪ねる場面がある。


 寺山連太郎の家は、二階建てや三階建ての新しい家が並ぶ中、そこだけ平屋の古い建物だった。母親は七十坪と言っていたが、その半分ほどが庭で、銀杏の木が植わっている。


 自分がこの家を守ってゆくのに、と思った。ここでなら、自分は生きてゆけそうな気がする。


 ふいに銀杏の実をひとつひとつ拾い集めて、それを洗っている自分の姿が見えた。鼻をすすり、悪臭を我慢しながら、冷たい水で銀杏を洗っている自分は、とても幸せそうであった。


 古い家なのに長年手入れされてきたらしく、まだまだこの先も十分使えそうであった。


 一人息子の一樹が生まれ、一樹との季節の中で過ごす姿が懐かしい。それを読んでいると、ささやかだけど、幸せを感じることができる。


 それでも、夕子は家の用事をするだけで十分に幸せだった。七草を刻んだ粥を食べ、豆をまき、次の朝、その豆を鳥が食べに来ているのを見つけ、春を感じ、桜を見て、苺ジャムをつくる。新緑の匂いに気づき、梅干しを縁側に出しては干し、干してはしまいを繰り返す。折り紙で天の川をつくって見せて一樹を驚かせ、花火をして、スイカを食べて、桃をむいた。小豆を煮て月見だんごをつくり、栗を渋皮のまま煮て瓶詰にし、銀杏を拾って洗い、割って煎って、みんなで食べた。庭を金色に染めた落ち葉を掃いて、白菜を干して樽に漬けた。縁側で冷たい空気を胸一杯に吸うと、気持ちがしゃんとなった。障子を貼り替える時は、一樹と盛大に古い障子を破った。縁側に干した布団はふわふわだった。薄く積もった雪でつくったうさぎの目はナンテンの実で、それを一樹が小さな指で小さな夢中になってつつく。そんなことだけで、夕子は十分だった。


 夕子の会社の先輩、加藤さんが辞めるとき、夕子に言った言葉、「世の中、あなたが思っているほど怖くないよ。大丈夫」というのが、確かにここでの生活が物語っていた。
 その生活がテツコにも引き継がれ、一樹が亡くなっても続いていた。そのことを岩井はギフとテツコのありふれた日常を見て感じたのである。


 草を引いているギフの横で、いつの間にか庭に下りたテツコが、パンパンとシャツをたたきながら物干し竿に干している。暗い部屋から見ると、家の中のものは逆光で全てが暗い影となっているのに、表だけは強烈に明るかった。岩井は台拭き用の布巾を握ったまま、明るい庭で二人が動いているのを、映画みたいだと思った。そして、ギフがあんなに頭を抱えて困っているのは、この生活を失いたくないからなんだ、ということもわかった。自分がテツコに結婚しようと一方的に言い続けてきたことは、無神経なことだったかもしれない。この生活に自分の入り込む隙など、どこにもないのではないか、と岩井は思った。


 ギフの家には暮らしがあった。それはおそらく、そこに住んできた人たちが何年もかけてつくり続けてきたものなのだろう。


 妻を失った夫、ギフ、夫を亡くした妻、テツコが、それでだからこそ、この家での昔のままの生活にこだわる姿は、どこかもの悲しい。確かに岩井がこの家に入り込むのは大変だ。しかし二人とも“めんどくさい”人間だけれど、なんとかこの家は岩井を受け入れようと感じられる。
 この家は時代に流されない分、大きな包容力を持っており、今ここで暮らしているギフとテツコ、そして亡くなった夕子や一樹、さらに岩井まで包んでくれている。
 変わることをベストとしている世の中で、人はどこか変わらないまま残しておきたいものがあって、それに少しずつ変化を加えながらも、根本は変えないところを守っている姿がうらやましかった。


木皿 泉 著 『昨夜のカレー、明日のパン』 河出書房新社(2013/04発売)
by office_kmoto | 2014-03-29 06:19 | 本を思う | Comments(0)

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