百田 尚樹 著 『海賊とよばれた男』

d0331556_613403.jpg この本は出光興産の創業者出光佐三をモデルにした小説である。2013年本屋大賞第一位を取っている。
 読んでいて、本屋の店員が好きそうな物語だと思った。
 主人公は田岡鐵造という。戦後、戦中に作った海外の営業所を失った。会社の存続が危うい。そこで人員整理が提案される。


 「この際、思いきった人員整理をすべきです」

 「店主、思いきって、店員を切りましょう」

 「ならん」と鐵造は言った。「ひとりの馘首もならん」

 「馘首がないのは、他の会社にはない国岡商店のいちばんの美徳ではあります。しかし、今回は事情がまったく違います」

 「わが社の事業はすべて失われており、社員たちの仕事はありません」
 「だから何だ」

 「たしかに国岡商店の事業はすべてなくなった。残っているのは借金ばかりだ。しかしわが社には、何よりもすばらしい財産が残っている。一千名にものぼる店員たちだ。彼らこそ、国岡商店の最高の資材であり財産である。国岡商店の社是である『人間尊重』の精神が今こそ発揮されるときではないか」

 「それでは」と森藤が言った。「社歴が浅くて、すぐに兵隊に取られた若い者だけでも、辞めてもらうというのはどうでしょう」

 「馬鹿者!」

 「店員は家族と同然である。社歴の浅い深いは関係ない。君たちは家が苦しくなったら、幼い家族を切り捨てるのか」

 「君たちは、店員たちを海外に送り出したときのことを忘れたのか。彼らは国岡商店が骨を拾ってくれると思えばこそ、笑って旅立ってくれたのではないか。そんな店員たちを、店が危ないからと切り捨てるなどということは、ぼくにはできん」

 「もし国岡商店がつぶれるようなことがあれば-」
  鐵造は言った。
 「ぼくは店員たちとともに乞食をする」


 きっとこの最初の部分で書店員はぐっときちゃったんだろうと推察する。さらに国岡商店には創業以来ある五つの社是がさらに書店員の気持を引き付けたものと思われる。
 これまでの本屋大賞の受賞作を読んでいると、書店員はこういうヒューマニズム溢れる、人にやさしい物語が大好きのように思えてならない。

 「社員は家族」「非上場」「出勤簿は不要」「定年制度な不要」、それに「労働組合は不要」というものだった。これらの制度は、多くの他の経営者たちから「非常識」と嗤われてきたものであったが、鐵造は「家族の中に規則があるほうがおかしい」と言って、信念を貫きとおした。出勤簿のごときは、経営者が社員を信用していないものとして、蛇蝎のごとく嫌っていた。


 「この非常時においては、仕事を選んではならない。全店員、やれることはなんでもやろう」

 「もはや石油にはこだわらない。なんでもやると言ったのは、文字どおりなんでもやるということだ」

 「それでは百姓も入りますか」

 「百姓-いいじゃないか。さっそく、その方面での仕事を探せ。柏井、君がやれ」

 「百姓だけじゃない、漁師だってやる。なんだってやるんだ。君たちに命じる。ありとあらゆる仕事を探せ。選り好みするな。すべての仕事が国岡商店の建設になり、日本のためになると心得よ」


 それでも、

 終戦後二年間はまさしく塗炭の苦しみだった。店員たちを食べさせるために、荒れ地の開墾、底引き網漁、印刷業、それに慣れないラジオ修理の業務と、さまざまな事業に乗り出したが、そのほとんどが失敗に終わった。社運を懸けたタンク底の業務を浚う仕事でも、巨額の赤字を出してしまった。


d0331556_6143034.jpg 物語はそれなり面白かった。
 今も昔も石油を扱うのは大変のだな、と思う。その利権を握れるかどうかで、会社だけでなく国まで、それに目に色を変えてしまう。

 私は国岡鐵造よりも鐵造が独立するとき、資金提供をした日田重太郎という淡路の資産家の人物に魅力を感じている。


 「国岡はん、あんた、独立したいんやろう」

 「まあ、いつか独立したいと思っていますが、それはもうずっと先にのことです。中年になったら店をもちます」

 「嘘言うても、あかん」

 「でも無理な話です」

 「金の問題か。それとも他に何かあるのか」

 「お金です」

 「今、ぼくは神戸の家のほかに京都に別宅がある。それを売れば八千円ほどの金になる。そのうち六千円を国岡はんにあげる」

 「待ってください。あげると言われても受け取れませんよ」

 「六千円あれば独立できるやろう。その金で頑張ってみいんか」

 一週間後、鐵造は悩んだ末に、

 「それでは、日田さんのご厚意甘えます」

 「返済の件なのですが-」

 「返済って何のことや。ぼくは国岡はんにお金を貸すとは言うてへんで。あげると言ったや」

 「六千円もの大金をいただくわけにはいきません。これは融資として考えています」

 「国岡はん、六千円は君の志にあげるんや。そやから返す必要はない。当然、利子なども無用。事業報告なんかも無用」

 「ただし、条件が三つある」

 「家族で仲良く暮らすこと。そして自分の初志を貫くこと」

 「ほんで、このことは誰にも言わんこと」


 鐵造は日田からもらった六千円で明治44年(1911)6月20日、九州の門司で国岡商店を旗揚げした。しかし独立して4年目の春、日田からもらった資金が底をついてしまった。


 「日田さん-」

 「国岡商店は廃業します」

 「三年間、必死でやってきましたが、とうとう資金が底をついてしまいました。せっかく日田さんからいただいたお金を増やすことができませんでした。お返しすることは叶わなくなりました」

 「あと、なんぼあったらええや」

 「三年であかんかったら五年やってみいや。五年であかんかったら十年やってみいや。わしはまだ神戸に家がある。あれを売ったら七千円くらいの金はできる」

 「なあ、とことんやってみようや。わしも精一杯応援する。それでも、どうしてもあかなんだら-」

 「一緒に乞食をやろうや」


 国岡鐵造がいくら人物であっても、それを物心共々支えた日田みたいな人物がいなければ、国岡商店も、鐵造が掲げる社是もあり得なかった。
 鐵造が世界の様々な利権と戦えたのも、日田のような人物の影響と思えてならない。日田の気持に応えるために鐵造は邁進したのではないか、と思えた。
 今は金儲けのために投資することが当たり前の世の中になってしまっているが、人物に惹かれて、自分の財産のすべてを投資ではなく、あげてしまうことが出来る人間が昔はいたのである。
 ちなみにこの本の書名である「海賊」とは、鐵造が門司の対岸下関で、ポンポン船に軽油を売ったことから始まる。国岡商店は軽油の卸元の特約で門司の支店は下関で販売してはならないことになっていたので、軽油を海の上で売ることにしたのである。


 国岡商店はどんどん販路を広げ、ついに門司、下関の漁船と運搬船の七割近くの船の燃料を賄うまでになった。門司と下関の石油特約店たちは、関門海峡を暴れまわる伝馬船を「海賊」と呼んで怖れた。


百田 尚樹 著 『海賊とよばれた男』 〈上〉 講談社(2012/07発売)

百田 尚樹 著 『海賊とよばれた男』 〈下〉 講談社(2012/07発売)
by office_kmoto | 2014-09-22 06:15 | 本を思う | Comments(0)

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