本多 孝好 著 『魔術師の視線』

d0331556_1062498.jpg 本多 孝好さんの『魔術師の視線』を読み終える。久々に本多さん本を読んだことになる。もともとこの人寡作な作家なので、仕方がない。

 話はフリーのビデオジャーナリストの楠瀬薫のところに諏訪礼が訪れる。かつて礼は〝超能力少女〞として世間を騒がせた。しかし薫はその超能力の嘘を暴いた。礼はそのため世間からバッシングを受け、葬り去られた。
 その諏訪礼が薫のもとを訪ねてきたのである。ストーカーに追われているという。薫は礼をどう扱っていいか戸惑うが、礼の家庭はその超能力が嘘であることがばれて、メデイアから葬り去られて以来、崩壊していた。
 薫は礼をこのようにしてしまった責任の一端は自分の取材にあると一種の罪悪感から、礼を守ることになる。
 ただ薫は礼の言うストーカーが自作自演の嘘ではないのか、と疑いを持つ。しかし薫は自分たちをつけている男を目にした。
 薫は雑誌の編集者だった頃の上司の編集長で、今は探偵をやっている佐藤友紀に相談する。薫は彼女に礼の父親と礼の超能力をトリックで演出した元超能力のパフォーマーの宮城大悟を探してくれるよう依頼していた。
 友紀の話だと、その男は友紀と同業者ではないか、という。つまり薫たちを見張っているのではないか。当然薫たちを見張らせる依頼者がいる。
 礼が持ち前の指先の器用さを使って男のスマホを盗み出し、最後の通話履歴の番号に自分のスマホから電話をかけてみたがつながらなかった。
 そして佐藤友紀が死んだ。心不全であった。そのうち薫のスマホに電話が入る。聞き覚えのある女の声が聞こえてくる。八木葉子だった。八木は今回の組閣で大臣となった寺内隆宏の不倫相手として薫が暴露した女であった。
 たまたま薫が属するフリージャーナリストたちが集まる会社の仲間が今回大臣となった寺内を取材していた。薫が寺内の不倫記事を書いたことがあったので、薫から寺内に関してレクチャーを受けていた。
 その仲間から八木葉子がレズであり、相手が佐藤友紀だったと知らされる。もともと寺内を調べろと言ったのは、編集長の友紀であった。薫は混乱する。
 さらに仲間が寺内のことを調べていると、二人の人間の不審死が浮かび上がってくる。薫たちは寺内に話を聞きに行く。そして一人の男が浮かび上がる。宮城大悟である。
 薫は宮城大悟に会い、寺内の回りにいた二人の人間の死、そして佐藤友紀の死の真相らしきことを聞き出す。そこで分かったことは諏訪礼は本者の超能力者であったということである。


 この作品の中心に置かれるのは「視線」である。楠瀬薫の視線の動かし方。その見るものは、編集者時代上司の佐藤友紀が欲しいと言っていた人の見方であった。
 薫が子供の頃両親が離婚し、薫の扱いに困った両親の言葉を聞いたとき、薫は言葉をなくした。


 「だから、人の顔色をやたらとうかがっていた。この人は今、何を考えているのか。機嫌はいいのか、悪いのか。自分に対してどんな感情を持っているのか。何に対して関心を向けているのか。そういうことをね、じっとひたすら観察していた。ずいぶん長く感じたけど、実際にはそんな時期は三、四ヶ月くらいだったと思う。親へのショックと、環境が変わったのとで、頭がパニックになっていたんだろうね」


 薫が持つ視線のあり方はそのとき生まれた。それを宮城大悟に見抜かれる。


 「さっきからあなたは僕の目を見ていない。視線の動く方向、瞳孔の収縮、瞬きの回数。それらを観察しているだけだ。僕の顔も見ていない。唇の動き、頬の歪み、表情の作り方。それらを観察している。手の組み方、足の組み方、コーヒーを飲むタイミング、マグカップを戻す場所。可愛そうになるくらい必死に目を配っている。わかりますよ。よくわかる。僕も勉強しました。そうすれば人というものがわかると思って、人の付き合い方がわかると思って、勉強した。あなたもそうなんでしょう。そうしなければ、他人と交われなかったんでしょう?それで人をわかった気になって、これまで生きてきたんでしょう?」


 だから薫は自分たちをつけていた男の視線のありかたに敏感に反応し、その男が自分たちを見張っているとわかったのだ。


 見えるということは、どういうことでしょう?

 見えないものを知ること。


 諏訪礼が偽物の超能力者であったと、バッシングを受け、その後の世間の目も描かれる。


 薫はさっきの視線を思いだした。悪意のない好奇。圧倒的な優越。決して自分が傷つくことのない場所から振るわれる暴力のような視線に、礼はこれまで何度となくさらされてきたのだろう。


 そこから感じるのだった。


 人はその本質において野次馬だ。


 彼らを動かしているのは、市民としての義務感でも、人としての正義感でもない。


 振りかざされている無意味な正論だった。それは正論であるがゆえに反論のしようがなく、無意味であるがゆえに対応する気が起きなかった。


 そして諏訪礼。


 魔術師が見つめる先を見てはいけない。釣られてそこを見てしまえば、目くるめく嘘の世界に連れ込まれるだけだ。そう思って薫は、魔術師の視線の先を見ようとはしなかった。もっと素直にそこを見ればよかった。今となれば、薫はそう思う。答えは最初からその視線の先にあった。ある意味で礼は、自分にだけは嘘をついていなかった。そう考えて薫は、一人笑みを浮かべた。


 薫は一緒に暮らしはじめた礼を見て、「何か不可知な力が礼から自分へ向けられているかもしれない」と感じる。礼のフォーカスが自分に向けられたとき、自分は急性心不全で死ぬかもしれないと思うのである。


本多 孝好 著 『魔術師の視線』 新潮社(2014/09発売)
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Tracked from 笑う社会人の生活 at 2016-01-07 21:18
タイトル : それぞれの過去が、現在へと
小説「魔術師の視線」を読みました。 著者は 本多 孝好 好きな作家さん本多作品です 今作はビデオジャーナリスト楠瀬の前に現れたかつて?超能力少女〞として世間を騒がせた礼  過去を贖うため礼を匿った薫を襲う不審な追跡者、協力する知人、大物政治家の影。本...... more
by office_kmoto | 2014-10-06 10:09 | 本を思う | Trackback(1) | Comments(0)

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