南木 佳士 著 『ダイヤモンドダスト』

d0331556_5491635.jpg この本は、「冬への順応」、「長い影」、「わかさぎを釣る」、そして芥川賞受賞作品の「ダイヤモンドダスト」が収録されている。
 この4つの作品の中で私は、「冬への順応」がよかった。
 タイ・カンボジア国境で3ヶ月の難民医療活動をして帰ってきたぼくは、安川千絵子を知っているかと、研修医から聞かれる。千絵子は肺癌の末期で入院してきたのだ。慌てて千絵子の病室へ行くと、


 千絵子は起き上がろうと、右手でシーツをつかんだ。ぼくは肩を押さえて、右側を下にしたまま体位を保たせた。掌には、細くて脆そうな骨の感触だけがあった。胸水の貯留した患者特有の、患側を下にした体位をとる千絵子のタオル地のパジャマの背に、ぼくはナースセンターで見た胸部X線写真の白い残像を重ねていた。
 「しばらくでした」
 ぼくは肩から手を放した。
 「こんにちは」
 千絵子は右を向いたまま言った。
 ぼくたちはこんなふうに、ほぼ十年ぶりの再会にふさわしい、ぎこちないあいさつをかわした。


 僕は千絵子と村の小学校の同級生であったが、ほとんど口も聞かないまま転校した。そしてぼくが浪人時代、東京での予備校時代、代々木の駅のホームで再会する。
 千絵子はぼくに大学へ行って何をするのかと聞く。僕は医学部へ行って医者になろうと思うことを告げる。

 「お医者さんか。似合うかも知れないわね。歳の割に老けて見えるから。山の中の診療所のお医者さんなんていいわね」
 「あんたは?」
 「まだ決めていないの。でも、田舎のお医者さんの奥さんていうイメージはすてきね。なってみようかな。国文の勉強なんかして、内側のお化粧をしてね」


 僕は千絵子と村にいたときの話をしていた。


 「生きていたわね。おたがい」
 「単純なことだけど、いいことだな」


 翌年の春千絵子は教会のある大学の文学部に合格し、ぼくは、東北の二期校に新設された医学部へ入った。初めは千絵子と離れて手紙のやりとりをした。手紙の最後には毎回異なったデザインの診療所の絵が描かれていた。
 しかし千絵子から手紙を受け取る回数も減り、東京に行くと友達だという男性を千絵子から紹介され、千絵子との仲を終わったことを悟らされる。
 そして僕は難民医療活動をして帰ってきて、村の診療所に派遣されることなり、千絵子と語った村の診療所のお医者さんになった。
 千絵子の母親から千絵子を励ましてやって欲しい、と頼まれ、千絵子の病室へ見舞う。千絵子に難民医療活動の頃の様子を話してやったりした。
 村に雪が降り、ここに来た頃より寒さを感じなくなっていた。看護婦にも薄着でよく平気だねえ、と言われる。でも訪れる冬は千絵子の死の時期でもあった。


 体のように素直に冬になじむのを拒むものが、ぼくの内にあった。あの暑い国の国境地帯で見た光景や、こだわり続けようとするひとつの死を、ありふれた落葉と同じように雪の下に埋めつくそうとする冬に、ぼくはささやかな抵抗を試みていたのだ。


 診療所に来る患者はほとんど老人ばかりで、「生き過ぎてしまった」と言う。病院では「生き足りずに死ぬ者がいて」、診療所では「生き過ぎて死ねない者がいる」。


 日曜日、わかさぎ釣りから帰ってくると病院から電話があり、千絵子が死んだこと知る。


 「わかさぎを釣る」では、難民医療団で一緒に働いた、現地の人間であるミンさんが日本に来て看護学校に入学していた。そのミンさんがカンボジアで話したわかさぎ釣りをしたいと種村に手紙が届く。そのわかさぎ釣りの一光景が描かれる。
 湖に昨日ほかの人が開けた穴に足を取られないように、ポイントへ向かう。種村はこの穴を「後家穴って言うんだよ。他人が開けた穴だからな」と教える。


 「ゴケ?」

 「夫に死なれてしまった女のことだよ」

 「僕の国にはたくさんいるよ。穴だらけだね」


 つまらないジョークがジョークにならない現実に後悔する。


 そういえば自然にある穴をよくこんな風にたとえる話を聞く。開高さんの釣りでも確か北海道の湿原にある底なし沼を同じようにたとえていた話があったはずだ。


南木 佳士 著 『ダイヤモンドダスト』 文藝春秋(1989/02発売)
by office_kmoto | 2015-06-14 05:50 | 本を思う | Comments(0)

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