南木 佳士 著『八十八歳秋若月俊一の語る老いと青春』

d0331556_6402892.jpg 若月俊一という人は農村医療に貢献し、南木さんが勤める佐久病院を大きくした院長でもあった人だ。その業績はWikipediaに詳しくある。この本はその若月俊一のインタビューを南木さんがしたものである。南木さんは以前にも若月俊一のことを書いている。そこに次のように書いたという。


 私が佐久病院に来たのは若月俊一という人物に興味を持ったからだった。


 ここでは若月の業績を語らせるのではなく、あくまでも若月の人間性を語らせている。 若月は江戸っ子なんだそうだが、読んでいて、そのとぼけた話しぶりは面白かった。思わずいい意味で“このクソオヤジ”と思ってしまった。
 もう一つ面白いのは、南木さんが太宰治を引っ張り出してきて、若月とその生き方を比較することで、若月の生き様を上手く引き出していることだ。
 太宰治は明治42年生まれ。若月俊一は明治43年生まれ。同じ世代だ。共産党に資金カンパした太宰と共産運動をしようとしていた若月は同じ東大にいたことも不思議な縁として、太宰と若月のどこに違いがあったのか。一方は女性と心中し、一方は大病をしても生き延び、確たる業績を残したその違いはどこにあったのかを、若月が生き残ったことでその違いを上手く言い当てている。


 若月 うん。それで、やっぱり女性が死のうよといったら反対はしないけど、「まあ、もう少し様子を見ようよ。もうちょっと待とうよ」と、僕のことだからきっと言ったね。そして、現実と闘いながらいろいろな悲しみや苦しみを乗り越えていく。死んじゃえばそれっきりだもん。


 これは太宰の心中に関して、若月だったらどうするかを答えた部分だ。ここに若月の生き様のすべてがある。若月はどんなに納得のいかない現実であっても、折り合いが付けられた。そして人間として人を惹きつける魅力を持った人でもあった。したたかさも持っていた。太宰は上手く現実と折り合いが付けられなかっただけのことなのだ。
 この本で南木さんのあとがきがあるが、そこで次のように書いている。


 理想を手ぬぐいで頭に巻き止めながら現実の泥海を犬かきで必死に泳ぎ抜いてきた彼の一見みっともない生きざまこそが、生きる、ということの基本を教えてくれているように思えるのだ。


 たぶんこれが南木さんを惹きつけた若月俊一という人間なのだろう。現実には青い鳥なんていないのだ。でも南木さんは言う。


 理想への欲望は常に失望をもってしかかなえられないのだから。


 南木さんはそれを若月俊一という一人の医者に見出している。
 若月俊一は理想と現実の折り合いを付けて生きてきた。それもとことん迷いながら。今となってはそれは間違いだった、と思える行動もしてきた。(実際このインタビューの中で「間違いだった」とよく言っている)私は若月俊一という人を知らなかったが、一人の人間の軌跡の一端が垣間見える本であった、と思う。


 南木 佳士 著『八十八歳秋若月俊一の語る老いと青春』岩波書店 (1999/03発売)
by office_kmoto | 2015-10-18 06:41 | 本を思う | Comments(0)

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