久坂部 羊 著 『虚栄』

d0331556_5521812.jpg ここのところ久坂部さんの『無痛』、『破裂』がテレビ化され、放映されている。『無痛』は第一回目を見忘れてしまったが、2回目は録画してある。『破裂』は見た。なかなか面白い。
 今回久坂部さんのこの新刊を読んでみた。これも面白かった。
 話はメディアで有名な人ががんで次々と死ぬ。それも普段健康に気を使っている人ばかりで、ある日がんが見つかって、急激に広がり、あっという間に死んでいった。がんの凶悪化しているのではないか、という心配が広がる。
 国はそんながんの凶悪化に対して首相が音頭をとって凶悪化したがんに対処すべく「プロジェクト4」を立ち上げる。このプロジェクトには日本のがんに対する外科グループ、内科グループ、放射線科グループ、そして免疫療法科グループのそれぞれ一流の医者が参加した。彼らの連携でがんの凶悪化に対処しようというわけである。そのために莫大な国家予算がつぎ込まれることとなった。今やがんは二人に一人がかかり、三人に一人はがんで死ぬ時代だから、国民のこのプロジェクト関心は強かった。
 ところがプロジェクト4はがん治療の四グループの覇権争いであり、お互いの足の引っ張り合いと予算の取り合いであった。どこのグループががん治療に対して効果があるのかアピールしつつ、自分たちの存在価値が一番であるということを示すものであった。そのためにはプロジェクト4につぎ込まれる予算をぶんどって、さらに自分たちの地位をさらに確かなものにするために陰謀がくり返される。他のグループに疑惑を向けさせたり、問題があるような情報を流したりする。
 さこにそれぞれのグループ内の権力闘争もそこに加わり、医師の地位保全のためのどろどろの争いが描かれる。
 抗ガン剤が一番がん治療に適しているとする内科グループの親分が大腸がんになり、自分たちが一番と主張している抗ガン剤を使わず、国外で外科手術を受けたり、外科グループでは、ロボット手術で医療ミスを起し、リークされたり、放射線科グループの拠点となる地方の反対運動を画策したり、免疫療法科グループではいかがわしい治療を行っている病院とのスキャンダルを報道されたり、まあひどいもんである。
 そん中、がんは治療しないでもいいがんものもあるという「真がん・偽がん説」を唱える医者である岸上が絡んでくる。がんには手術しても治らないがんもあれば、がんだけど転移もしないで、そのまま留まっているものあり、だったら手術や治療をしない方がいいことになる。手術や治療をしたことで、失わなくてもいい臓器を失ったり、機能が低下したり、抗ガン剤の副作用、放射線の被曝など、からだにストレスを与えるだけだというものである。だから何もしないほうがいいということである。ただこの説の弱点はがんが真がんか偽がんかの見分けが付かないこと。あくまでも“説”であることだ。
 そしてこの説を提唱した医師も肺がんになってしまう。がんが見つかった時は初期のがんであったため、手術すれば治った可能性があったが、自分の説にこだわって、何も治療せず、死んでいく。彼のがんは彼の説によれば真がんであった。
 こうした自分たちの治療が一番であるという覇権争いの中で、唯一がん治療に真摯に対応してきた外科グループの雪野は、結局がんについて何もわかってはいない現実を直視する。あるのはデータばかりで、それをどう扱うか、すべて統計のマジック次第でがんに効くという判断がされる。すべて「虚栄」である。そしてメディアは医学界の虚栄の片棒を担いでいるのだ。雪野はそれを思い、言う。


 医療はがんを克服しつつあるなどとアピールするような論文は、恥ずべき虚栄だ。


 「結局は。岸上先生の言う通り、時代の限界なんですよ。今は医学が進んでいるから、何でもわかるはずだと考えている人が多いようですが、決してそんなことはない。実際はわからないことだらけです。何でもわかるように見せかけているのは、医学の虚栄ですよ」


 だから雪野は今わかることだけを言う。


 「当てにならない希望と、つらいけれどほんとうのことと、どちらがいいですか。私は医者として、患者さんに誠実でありたいと思っています。聞こえのいい話でごまかすより、いやがられても、ほんとうのことを話すほうが誠意があるでしょう」


 ここで「真がん・偽がん説」を唱える岸上が、がんが人に与えるものは何かを言うのが興味深い。


 「がん細胞は、もともとは自分の細胞です。それが自分を殺すような変異を起こすのは、一見、不合理のようでいて、実は合理的なのではないかと思うのです」

 「日本の超高齢化社会のひずみと、進みすぎた医療の矛盾。寝たきり老人、施設での老人の飼い殺し、チューブと器機に生かされる尊厳のない命、そんな“悲惨な長生き”を避けるため、無意識の恐怖が圧力を強めて、がんを凶悪化させたとは考えられませんか。がんは私たちの一部なのですから」

 「がんは、人間に備わった緊急脱出装置のようなものだということですね」

 「苦痛や悲惨さを避けて、“平安”に逃げ込むためのね」


 こう言われると、もしかしたらがんは人間の尊厳を残すためのものかもしれない。
 結局プロジェクト4は各グループの泥沼の覇権争いから、どこの治療が一番ベストかわからなくなり、最後は旗揚げした総理の死去で中止となった。そしてこのプロジェクトが提起された本当の理由は、旗揚げした総理の家系ががん家系だったからだった。


久坂部 羊 著 『虚栄』 KADOKAWA(2015/09発売)
by office_kmoto | 2015-11-04 05:53 | 本を思う | Comments(0)

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