アーナルデュル・インドリダソン著 『声』

d0331556_6255038.jpg クリスマスシーズンで賑わうホテルの地下室で男が殺された。
 男は長年ホテルのドアマンとして働きながら、ホテルの好意で倉庫まがいの薄暗い地下室で、人目を避けるように暮らしていた。
 男はドアマンだけでなくホテルの何でも屋でもあり、この時期サンタクロースの格好をして客をもてなす役もこなしていた。部屋ではそのサンタクロースの格好をしていたが男が下半身を避妊用具を付けたまま剥き出しにしたまま殺されていた。

 この本は警察犯罪捜査官エーレンデュルのシリーズ三作目となる。エーレンデュルは捜査を進めるうちに、驚くべき男の過去を知ることになる。なんと男は子供の頃有名なスターであり、すばらしいボーイズソプラノの歌手であった。レコードも2枚出していた。ところがある発表会のその時、声変わりをしてしまい、そこから男の転落人生が始まった。
 ボーイズソプラノの歌手として脚光を浴びた子供、その父親、姉の人生は、子供が声変わりをしたことで人生が狂ってしまったのである。
 もともと男の子供の頃は父親によって有名な歌手になるという型をはめられた人生であったが、それがなくなればその後は悲惨であった。男だけでない、子供の頃の男を特別な人間として育ててきた父親、姉も同じように転落していった。そして厄介なことに男はこの頃から性的倒錯者となっていった。それを目撃してしまった父親と口論になり、父親は二階から落ち下半身不随となり、姉はその父親の面倒を見ることになってしまったのである。男は実家を離れる。そしてそのまま月日は経っていった。そんな人生を過ごさざるを得なかった姉の言葉が重い。


 「でも、人は一つの立場をとると、それを変える努力はしないもの。そうしたくないから、でしょうね。そして時間が経ち、年月が経って、ことが始まったときの気持ちとか状況なんて忘れてしまう。また、人は意識的に、また無意識のうちにも、正しくとらえることができる機会をやり過ごしてしまう。そして気がつくと、もう取り返しがつかないところまで来てしまっていることに気がつくんです。何十年も時が経って・・・・・」


 「父は半身不随になった。そしてわたしは父の世話をした。そういう暮らし。わたしは一度も自分のことを顧みたことがなかった。ただの一度もわたしがどう生きたいのかなんて、考えてもみなかった。一度こう決めた人生の外に一歩も足を踏み出さずに年月が過ぎるってこと、実際にあるのよ。何年も、何年も、何年も」


 男が子供の頃出したレコードはその歌声の素晴らしさ、数の少なさからレアアイテムとなっていた。コレクターからすれば垂涎の的となっていた。殺された男はそんなコレクターに自らのレコードを売って、大金を得ていた。しかし男が殺されたときそのお金は男の部屋にはなかった。

 ところで私はアーナルデュル・インドリダソンのこのシリーズを全部読んでいる。第一作目と三作目は本で、二作目だけがKindleで読んだ。ところが一作目は話の内容を覚えているのにKindleで読んだ二作目がまったく記憶に残っていない。二作目もいくつか賞を取っている作品なのだが、どうしてなんだろう?
 そこでふと思ったのだが、Kindleで読んだ作品ってあまり記憶に残らないのではないか。擬似的にページをめくることはしても、ただ指で送るだけの作業。本としての実感のなさなど、あまりも手軽に読めてしまうことによって、記憶に留めるきっかけがないのかもしれない。もちろんこれは私だけのことなのだろうが、どうも私にはKindleで本を読むことは、パソコンでネットの内容を読んでいるのと似ていて、その場限りのもになってしまうようだ。だからじゃないが、最近はKindleで作品を読まなくなった。Kindleは充電切れのままである。


アーナルデュル・インドリダソン著/柳沢 由実子 訳 『声』 東京創元社(2015/07発売)
by office_kmoto | 2016-02-03 06:27 | 本を思う | Comments(0)

言葉拾い、残夢整理、あれこれ


by office_kmoto
プロフィールを見る
画像一覧