呆れる

 今年も一太郎のバージョンアップの案内が届く。まあ毎年懲りずにバージョンアップするもんだと、呆れてしまう。
 案内の中身を見て、どこが変わったのだろう、と眺めてみるが、よくわからない。これといって変わったと実感できるものが感じられない。
 もちろん時代の変化に合わせて、対応していることぐらいはわかるが、だからといってそれがどうしたの?という感じである。年度更新みたいにそれに付き合う必要性を感じない。
 それでもある程度バージョンアップに付き合っていたときもある。新しいバージョンアップが発売されれば、パソコンショップで買い求めた。
 昔パソコン全盛期の頃、秋葉原にラオックスコンピューター館やT-ZONEがあった頃だが、その店で一太郎のバージョンアップ版を買いに出かけた。店内では私と同じようにバージョンアップ版を買い求めている人がいたが、年配者だったことを覚えている。 思うのだけれど、一太郎のユーザーって、融通の利かない年配者が多いのではないか。それこそMS-DOSの時代から付き合っているから、愛着があるというのかも知れないし、使い勝手がいいとか言うのだろうが、しかし私同様、なかなかWordに切り替えられない人たちだ。こうなってくるとただの頑固者である。
 しかしいくら頑固者でも、こう毎年バージョンアップには付き合えない。必要性を感じない。私の一太郎は2012版である。これで十分である。でも一太郎はいいソフトだとは思っているので、つまらぬバージョンアップで名前を汚さないでほしいものだ。
 まあ今時いつまでもバージョンアップにこだわっているジャストシステムも偏屈なら、そのユーザーもいつまでも一太郎を使い続けるのだから、こちらも偏屈だということか。(2016年1月14日)
by office_kmoto | 2016-02-05 14:09 | 余滴 | Comments(0)

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