羆 その4
2016年 02月 19日
話はほぼ事件の経緯をたどっているが、普通の小説と違うのは、羆を擬人化しているところである。なので私には違和感がつきまとう。
大自然には、大自然だけに通ずる法律がある。その法律にふれさえしなければ、どんな侵略も、どんな殺戮も無罪なのだ。
と思うのは羆であって、すべては羆が“彼”となって、話(事件)が展開される。彼がここでは人間よりも先住者であり、彼が人間を襲うのは、彼にとって人間は自分のテリトリーにある餌であるという大自然のルールで生きているだけなのだ。
彼の場合、その行為は徴発であって略奪ではなかった。自分の領土にある食物はすべて自分の物であった。
しかし彼は本当は人間が怖かった。
袈裟掛けは本当は人間が怖かった。彼の領土内のあらゆる生き物たちは彼を恐れ、彼の怒りに触れないようにびくびくしていたが、人間だけは常に彼の前で胸を張っていた。
しかし餌不足のため飢餓状態で人を襲わなければならなくなった彼は、自分に怯えた人間の姿をここで見てしまった。
人間なんて弱い獲物にすぎない。
こうして彼は人間を襲う。そして人間と対峙する道を選んで死んだ。この物語はそうして終わる。大自然のルールを破ったことで彼は死ぬこととなったのである。
「羆風」(戸川幸夫 著 『戸川幸夫動物文学全集』6巻 講談社(1977/04発売)に収録)