思い出す

 大臣が受け取った封筒をそのまま内ポケットに入れたかどうか、問題になっていた。渡した相手は大臣がポケットに入れたのを確かに見たという。一方大臣はそんなことをすれば大臣以前より人間の品格を疑われることだからするわけがないという。この場合、渡した相手の言っていることがたぶん正しいだろうと思われるが、私もこのように現金の入った封筒を渡されそうになったことがある。
 本屋時代一緒に働いていた男が、レジの金をくすねていたことが発覚した。男は母親に連れられて謝罪に来た。その時経営者は他に用があったので、私が対応した。
 母親は出来に悪い息子のことを何度も詫び、最後に「これで」と言って白い封筒をテーブルの上に置き、私の方に向けた。
 私はこれが何を意味するのかわからなかった。封筒を開けてみると現金十万円が入っていた。これで意味することを理解した。これで許してくれということである。この場合警察沙汰にすることも出来る訳だが、これで内々に処理してくれということであった。
 私は封筒を押し返し、「これは受け取れない」と母親に断った。
 この後経営者にこのことを報告したが、その時思わぬことを耳にした。「なんで受け取らなかったのだ」と言うのである。
 私もこれを受け取ったらあなたの品格が疑われる。受け取るものじゃない、と言ったはずである。男の処分は最初から警察沙汰にするつもりはなかった。弁済もすませていたので、懲戒解雇の終わらせると決まっていた。だから現金を受け取る理由がないのである。
 今でも思うのだが、この経営者はもしあの場にいたら、きっとこの封筒を受け取っていたのだろう。それこそ迷惑料として受け取るつもりでいたのだ。
 あの時これを受け取れる神経が私にはわからなかったが、今にして思えば、この経営者はそれを受け取れる人格の持ち主だったのだ。成り上がりや、親の威光を借りて経営者や政治家になる人物とは、こういうことが平気で出来る人物なのであろう。
 考えてみると、私とこの経営者との溝はここから始まったのかもしれない、と思うことがある。この後30年近くこの人のそばにいたが、重大な場面で、普通出来ないことを平気でしたり、言ったりする場面に何度も遭遇することになる。その度に「それはおかしい」と文句を言ったが、経営者とすれば鬱陶しかっただろうな、と思う。(2016年2月6日)
by office_kmoto | 2016-02-26 05:29 | 余滴 | Comments(0)

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