須田 桃子 著 『捏造の科学者―STAP細胞事件』

d0331556_1959342.jpg 理研から幹細胞研究の基礎分野から大きな進展があったとして、案内があった。どんな内容の発表なのか、この時点で何もわからなかったので、著者は故笹井芳樹・CDB副センター長にメールを送り、その返事が以下の通りである。


 記者発表については、完全に箝口令になっています。
 しかし、一つ言えることは、須田さんの場合は「絶対」に来るべきだと思います。


 記者発表は小保方晴子・研究ユニットリーダーによるSTAP細胞の記者会見である。そしてこのSTAP細胞がその後事件として、捏造であったことが判明していく。この本はその事件の過程を取材した記録である。
 私はこうしたことに不勉強なので、詳しいことは理解できない部分があるが、読んで知ったことをまず書いてみる。
 まずSTAP細胞という名称は論文が2013年3月10日にネイチャーに投稿したときに初めて使われたという。詳しくはSTAP細胞(Stimulus-Triggered Aquisition of Pluripotency=刺激惹起性多能性獲得細胞)ということだ。
 この論文は、マウスの細胞に弱酸性溶液にさらすなどのストレスを与えるだけで、何も手を加えなくても細胞が受精卵に近い状態に初期化(リプログラミング)され、ES細胞やiPS細胞(人工多能性細胞)のように、体のあらゆる細胞に分化する能力を持つ万能細胞に変化したとの内容だ。
 それで細胞の初期化とは何かというと、


 ヒトを含む動物の体は、血液や筋肉、神経など、さまざまな種類の細胞で構成されている。少し発生が進んだ受精卵(受精胚)の中の細胞は、体をつくるすべての種類の細胞に分化する、多能性(万能性)という能力を持っている。しかし、生まれた後の動物の体細胞は、すでに血液や神経、筋肉など、一定の役割を持った細胞に分化していて、全く異なる種類の細胞に勝手に変化することはない。体細胞の時計の針を巻き戻し、受精卵に近い状態に逆戻りさせることを「初期化」と言う。


 初期化によって万能性を持った細胞として、ES細胞やiPS細胞がよく知られている。STAP細胞とこれらの細胞との違いは、STAP細胞には万能性はあるが、ES細胞やiPS細胞のようにほぼ無限に増える自己増殖能がない。そしてSTAP細胞がES細胞やiPS細胞との大きな違いは、STAP細胞には胎盤に分化する能力があるというのが理研のプレリリースや記者会見で強調された。
 しかしこうした衝撃的な発表からそれほど時間が経たないうちに、データの切り貼り、写真の使い回し、違うデータ写真を使うなど、論文に様々な疑義が次々と出てくる。
 理研は華々しい発表から一転してこれに対応しなければならなくなった。調査委員会など設置され、論文に関わる疑義を調べはじめる。そして論文にいくつかの捏造があったことを認定していく。論文の上にあるデータ改ざんはSTAP細胞の存在の有無にかかわっていく。そして小保方さんの「STAP細胞はあります」という会見になる。
 しかしこの本を読んでいると、どんどんSTAP細胞の存在が怪しくなっていくのがわかる。STAP細胞の存在が危うくなっていく中、彼女としてはそう言うしかなかったのだろうな、と思えるが、もともとSTAP細胞の論文が発表された当時から、科学者からいろいろな疑問がついていたらしい。実際STAP細胞の論文は科学史に残るスキャンダルになっていく。
 しかし理研は論文の疑義を調査するよりも、STAP細胞の存在確認を重点的に進めていく。


 論文によれば、STAP現象とは、分化した体の細胞が刺激を与えることによって初期化し、万能性を獲得する現象だ。STAP細胞を発生が少し進んだマウスの受精卵(胚盤胞)に注入すると、元の受精卵由来の細胞とSTAP細胞由来の細胞が全身に混じったキメラマウスが生まれる。その際、胎児だけでなく胎盤にもなるのがSTAP細胞の特徴だ。
 STAP細胞から、万能性と自己複製能を併せ持ち、ES細胞に似た「STAP幹細胞」ができる。STAP細胞からSTAP幹細胞が得られることも初期化が確認できれば、STAP現象の証明を完了したと言える。
 キメラマウスの作製は、細胞の万能性を評価する最も厳密な方法だ。テラトーマができるとか、培養皿の中でさまざまな細胞に分化することは、傍証と位置付けられる。キメラマウスさえできれば、それをもって完全な万能性が獲得できたと判断できる。


 ただ、


 弱酸性溶液で刺激を与えた細胞で万能細胞に特有の遺伝子(Oct4)が働き、緑色に光るところまでを理研が再現できているものの、万能性の証明となるテラトーマ実験とキメラマウス実験の再現報告はなく、存在の証明はできていない。


 結局理研はSTAP細胞を再現できなかった。


 「STAP細胞」はES細胞か、培養されたそれに近い細胞だった可能性が高いという結論が自然だ。


 小保方さんに、「ES細胞と非常によく似ているけど、ちょっと違うものを作る」という明確な意図が感じられると、その悪質さを語る人も出てくる。
 この本を読んでいると、著者は理研とスタンスが違うのを感じる。理研はSTAP細胞存在のあるなしをはっきりさせることで、論文の疑義を一気にはっきりさせようとした。 一方著者はSTAP細胞にある疑義を追求していくけれど、どちらかというと小保方晴子という人の資質、さらにこんな彼女を理研が研究ユニットリーダーとして雇用した理研の体質を追求していく。
 読んでいると、小保方という女性はどうやら適当に誤魔化し続けた人生を送ってきたように思えるし、自らの上司としての先生たちをいいように利用し、渡り歩いてきた感じがしてしまう。
 理研も理研自体政治的な駆け引きが前面にあり、一発逆転を狙っていたところがあり、それがSTAP細胞であったようだ。そのためSTAP研究は特別待遇で、内部で十分な検討の機会がされない状態であったようだ。
 そして著者は何よりも論文の捏造に重点を置いているように思えた。でも次の文章を読んでいると、なるほどと思った。 


 科学は長年、論文という形式で成果を発表し合い、検証し合うことで発展してきた。本来、STAP論文こそ、STAP細胞の唯一の存在根拠なのである。研究機関自らが、社会の関心のみに配慮して論文自体の不正の調査を軽視し、先送りしたことは、科学の営みのあり方を否定する行為ともいえよう。理研の対応は科学者コミュニティを心底失望させ、結果的に問題の長期化も招いた。何より理研は、「信頼」という研究機関にとって最も大切なものを、失ったのだ。


須田 桃子 著 『捏造の科学者―STAP細胞事件』 文藝春秋(2014/12発売)
by office_kmoto | 2016-04-13 20:03 | 本を思う | Comments(0)

言葉拾い、残夢整理、あれこれ


by office_kmoto
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る