真山 仁 著 『海は見えるか』

d0331556_7323810.jpg この本は先に読んだ『そして、星の輝く夜がくる』の続編と言うべき本である。1年契約をもう1年延ばして小野寺は新しい6年生の担任をする。やはり震災で子供たちはそれぞれ心の傷を持って、苦しんでいた。

 確か震災直後だったと思うが、子供たちの写真集だったか、文集だったか忘れたが、とにかくそこに掲載された子供たちの笑顔の写真が素晴らしいのを覚えている。あのひどい震災、津波の中で笑っている子どもたちの顔が今でも記憶に残っている。
 でもこの本にしても、先の本にしても、その笑顔の裏には個々に悲しみや苦しみを抱えていただろう、と想像できても、こうまで子供たちは我慢してきたとは思い至らなかった。復興には様々な事情が複雑にからみ合い、子供たちの心にさらに深い傷を残したかもしれない。そしてそれは今も続いているのだろう。


 誰もが普通を取り戻したいと必死にもがいている。だが、復興ところか復旧すらままならない風景を毎日見る生活は、普通とはほど遠い。そのジレンマで、ある人は諦め、ある人は怒り、ある人は苦しみ、ある人は泣く・・・・・・。


 子供たちもそんな大人たちの事情、大人たちが一所懸命生きようとしているのだから、といって我慢している。


 人はなんてこんなに面倒なんやろうか。
 ごちゃごちゃ言わんと気の向くまま生きればええのに。なんやかんやと理屈や事情がしがらみつきまとう。



 まだまだ本当の復興までは道のりは長い。そして思うのだけれど、この時子供たちの負った傷は一生消えまい。子供だけではない東北の人たちが負った傷は、いつでも心に残される。そんな無残なことを思う。
 私はあの時、帰宅難民になりかけた。多くの人と普段絶対に歩かない道路を歩いた。異様な風景の中歩いた。歩いているうちに、地震のすごさ、恐ろしさを実感した。寒さがそれに追い打ちをかけた。
 このことは何度も書いている。でもこの経験を書くことで、私の中であの地震を共有できる。私のしたことなど東北の人たちが受けた被害に較べれば比較にならないものかもしれないが、それでもあの日何時間も歩いて家に帰ったことを思い出すことが、自然に対し人間の無力さを知らしめる。
 でもそうであっても何とかしなければならないと、何とか家に帰りたい、という気持ちがみんなを歩かせた。それは程度は大きく違うかもしれないが、東北の人たちが復興に向けて歩んだ気持ちと同じ質のものだと思っている。


真山 仁 著 『海は見えるか』 幻冬舎(2016/02発売)
by office_kmoto | 2016-05-20 07:33 | 本を思う | Comments(0)

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