清泉 亮 著 『吉原まんだら―色街の女帝が駆け抜けた戦後』

d0331556_537377.jpg まだ全巻読み終えていないのだが、矢田挿雲の『江戸から東京へ』を読んで、吉原の歴史に興味を持ったことは以前書いた。その延長で福田利子さんの『吉原はこんな所でございました―廓の女たちの昭和史』を読んで、この本のことをブログに載せている。それいつを載せたか忘れたが、だいぶ前のことだ。でも今でも私のブログアクセスランキングでいつも上位にこの本がきているようだ。
 この福田さんの本は自ら生きた昭和の吉原のことを歴史的に語っていた。それに較べてこの本は同じ昭和の吉原でもその裏事情を詳しく追っている。しかも吉原で女帝と呼ばれた高麗きちと帝王と呼ばれた鈴木正雄から話を聞いて、さらに著者がフーテンと称して(きちにそう呼ばれ、そのまま称している)自らが調べ上げた吉原の歴史や裏事情をこの二人に話し、さらに内容を濃くしている。

 まず高麗きちからである。


 そんなおきちのことを、現代遊郭ともいえる吉原の名物経営者として知らぬ者はない。卒寿を超えた今でも、ボケの片鱗さえ見せることなく、辺り一帯を睥睨するがごとく、時に車のなかからねめつけて往来する様に、町内の古い家は恭しく笑顔を向ける。ソープランドの呼び込みの黒服らも、路上におきちの姿を認めるや、走り寄って来て、車の乗り降りから荷物運びまでとことん気を遣って見せるのだ。
 おきちにはおよそ、介護ヘルパーのデイサービスだのは無用だった。力仕事らしきものが必要となれば、路上で呼び込みに立つ黒服らが率先しておきちの手まねきに応じて走り寄るのだ。


 おきちは昭和26年12月26日に吉原にやって来た。

 
 深川で夫の吉郎が営む金物屋を手伝っていたおきちは、吉郎から突然、こう告げられた。
 「おいっ、吉原買ったぞ。吉原に行くぞ」
 きょとんとするおきちをよそに、吉郎はさっさと支度しろと促す。


 吉郎は、博奕の形にその家をもらったのである。以来おきちは、当時でいうトルコ風呂からキャバレーまで、ありとあらゆる、それこそ水商売と呼ばれるすべてをこの吉原で手がけてきた。
 一方鈴木正雄である。東京大空襲で焼け出され、上野駅地下を浮浪児さながらに彷徨った末に輪タク屋を始め「輪タク屋のマー坊」から叩き上げ、女郎屋「あけぼの二号店」を開く。のち、輪タク屋時代から出入りしていた老舗遊郭「角海老」を買い取る。Wikipedia
よれば、ソープランド32軒や宝石店やボクシングジム、不動産会社、バスタオル洗濯会社などを擁し、「ソープの帝王」と呼ばれている。

 「女郎屋のオヤジ」と「便所掃除のおっさん」と言って憚らない鈴木だが、鈴木は旧首相官邸に出入りし官房長官より外国からの賓客をもてなすための依頼を受けていたこともある。
 海外では、日本の「ゲイシャ」遊びは江戸時代以来伝統として知られている。日本を訪れる海外政府の大臣や外交団はやはり「ゲイシャ」遊びを欲する。夜の遊びとなれば、最後は男女同衾の宴が求められる。そこで鈴木は自身が経営する店、あるいは女性を手配した。それを鈴木は「夜の外交」と呼ぶ。
 そんな二人から聞く話である。吉原で繰り広げられる男と女の話は面白くないわけがない。ただ私はそれよりも戦後吉原の地で起こった変化が興味深かった。
 フーテンが吉原界隈の土地台帳を見てみると、面白ことが浮かび上がってくる。


 終戦直後には、大蔵省への物納による収用の流れができる。同時に、相続もある。おそらく、終戦によって先の見えないなかで、手放す流れが一度できたのだろう。
 また、相続人で多いのは、浅草界隈よりも、神奈川県の鎌倉や文京区西方を含め、吉原外の人間だ。いわゆる屋敷町などの古い場所に所有者がいるのだ。
 これは、吉原で名を成した者たちが、外に家を構えていたということだけでなく、吉原という土地が、戦前から資産運用の対象になっていたという想像にも結び付く。遊郭跡の土地は、賃貸の地代も悪くないだろう。
 割高な地代を払ってでも、吉原で営業したい者はいるのだ。
 吉原の土地は決して、地場の者の所有ではなかったのである。彼らが戦後、相続し、そして、手放す時期がくる。
 昭和30年前後の売春防止法施行がいよいよ迫ってきた時期から、33年についに法律が成立して吉原の灯が消えたと言われた、34、35年にかけて、土地の売買が盛んになる。
 戦前、投資の一環で親が持っていた土地を相続した、屋敷町の投資家2世たちが、いよいよ土地を手放し始めたのだ。なかには建物を所有しているものもいたので、正確には、土地、建物が一斉に売りに出始めた、ともいえよう。
 おきちがこの町にやって来て、初めての店となる「太夫」を始めたのも、売春防止法が取り沙汰されている最中の昭和26年のことであり、輪タク屋のマー坊が角海老を買ったのも昭和35年のこと。
 戦前の投資家から相続した2代目たちが、赤線の灯が消えるとともに一斉に手放し、そこで戦前から続く、吉原における土地の所有の流れは一度断絶したことになる。
 その後、赤線廃止を乗り越え、再び、トルコ風呂という流れができたとき、銀行や信金など市中の金融機関の後ろ盾を持った「通り向こうから靴屋だ下足屋だが流れ込んできた」(ひさご通りの古老の弁)のだ。


 初期の頃は、赤線廃止となって、経営陣の代謝が行われるのに乗じて、地元の信金をはじめ、銀行が積極的に斡旋していた。
 「くいっ、くいっは、手形など信用商売ではなく、どこまでも現金商売です。ツケがきかないことは、取りっぱぐれがないことを意味しますから。当時、預金獲得が銀行にとって至上命令となっていた預金至上主義の時代だったので、彼らは、赤線が廃止になって吉原のなかの土地に商機が訪れたのに目をつけたんでしょうね。いろんなところの業者が、トルコ風呂に乗り出してきたんですよ。銀行をバックにつけてね」
 戦前からそこで育った化粧品屋さんの片桐さんは、背景を解説してみせた。
 「遊郭経営は、明治大正の頃と違うとはいえ、やっぱり多少は高嶺の花だったんですよ。だから、赤線がダメになって店が売りに出たというところに、新たな活路が開けたから、買い時とばかりに銀行が融資して流れこんで来たんですよ」
 今でこそ、水商売、自営業に対して銀行の融資は厳しいが、当時、預金を現金をと、本店から号令一下、支店長の厳命に押されて預金獲得に飛び出していた元気のいい銀行マンたちにとって、現金が枯渇することのないトルコ風呂は、決して見逃すことのできない商売だった。


 そこに、「風呂」という発想を見せたのが、東京温泉であったのだろう。
 だが、特殊飲食店業から個室付浴場業へののれんを替えるには、決定的に設備が異なった。 飲食店は、あくまでも女性と部屋があれば済んだのだが、浴場業では風呂を用意しなくてはいけない。さらに、スチームバスが必要になる。建物の設備に大きく手を加えなければならなかった。
 むしろ、売春防止法の施行によって違法になること以上に、転業するための莫大な経済的負担に、経営者らは頭を悩ますことになる。
 「ボイラー設備だけで、当時で500万はかかったんだよ」
 そう言っておきちは掌を広げた。
 昭和30年代はじめの500万円である。
 このとき、2つの流れが生まれた。
 担保を持つ経営者と持たない経営者である。
 おきちをはじめ、赤線廃業をまたぎ、トルコ風呂経営者に向かえた者は、風呂への設備投資が可能な者であった。
 それだけ現金を抱えている者はまだよかったが、それにしても、ビルそのものを建て直さなければ済まないほどの改築の費用は莫大である。
 手元の現金だけではもたない。そのとき、土地を担保に銀行が入ってくるのだ。土地を所有していなかった経営者らはこのとき、苦しくなり、カフェーを手放すおとになる。
 その繁栄は、前述のとおり、積極的な銀行融資に支えられていたのだ。


 ちなみに特殊飲食店とは、昭和21年(1946)に公娼(こうしょう)制度が廃止されてから同32年に売春防止法が施行されるまで、売春婦を置いていた飲食店、特飲店のことをいう。
 さらにトルコ風呂なる名称を日本に初めてもたらしたとされる東京温泉とは、銀座に昭和26年(1951)4月に登場したサウナにダンスホール、キャバレーなど擁した4階建ての一大歓楽ビルのことである。


 このように売春防止法によって「吉原の灯が消えた」とまで言われた場所に、個室浴場という設備投資資金を流し込んだのが、市中の金融機関だった。


 これは、裏を返せば、それだけ、元が取れる「うまみのあるビジネス」であることを、利潤計算のプロ中のプロである銀行が、しっかりとお墨付きを与えたことを意味してもいた。


 ということは、


 銀行によって保証された高い収益力に目をつけた暴力団が、最低限の競争規模を取り戻したこの業種に、経営の手を伸ばさないはずはなかった。


 こうしてみると、当時は銀行が吉原を変えたことがよくわかる。今は道義的にこうした業種に銀行が融資するわけにはいかなっているだろうが、似たようなことをは今も行われているのだろう。そこに儲けがあるとわかれば、ハイエナのように群がってくる輩が出てきて、街を変えてしまう。吉原という剥き出しの欲望があからさまに現れる街だから、そこに群がる人々も露骨である。
 いずれにせよ、吉原の変遷に銀行が大きく絡んでいることは面白かった。


清泉 亮 著 『吉原まんだら―色街の女帝が駆け抜けた戦後』 徳間書店(2015/03発売)
by office_kmoto | 2016-06-24 05:42 | 本を思う | Comments(0)

言葉拾い、残夢整理、あれこれ


by office_kmoto
プロフィールを見る
画像一覧