佐伯 一麦 著 『無事の日』  再読

d0331556_21280285.jpg 一つの情景が描かれている。作家である茂崎が、作家代表団として中国に行ったとき、ホテルで蚊の羽音のような振動音が聞こえてくる。茂崎は部屋にある配電盤を開けて、その振動音を止めた。茂崎は作家になる前には電気工をやっていたのだ。その時思うのである。


 俺は中国に来てまでも電気工をやってやがる。


 この心境よくわかる。

 今もよく本屋に行く。あるいは図書館に行く。その時棚の本が明らかに違う場所に入っているとき、その配列を直してしまう。ときには棚がきつきつで本が取り出せない時などあると、本をずらして取りやすいようにすることもある。
 すべて本屋をやって来た習性である。何も人の本屋でそんなことをすることもあるまい、と思うのだが、ついついやってしまうことがある。その時、まさに茂崎と同じことを思う。


 この小説は普段の日常が、これまであった厄災や、そしてこれから襲いかかってくるかもしれない厄災に不安になりつつも、その日が何となく「無事」に終わってくれる有様を描く。
 人は生きているだけで様々な厄介事、災難、病気、事故、事件に見舞われる。それらが降りかかって来た場合もあるだろうが、自分で招いてしまったものある。


 それまで、自分は好機ばかり掴もうと前へ前へと進んできたけれど、それで災厄を招いてしまうこともあると思い知った。


 確かに来し方を思うと、その繰り返しだ。つつましい生活もそれによって変わらざる得ないところがある。「立場の違いなど、容易に入れ替わってしまうものだ」と思う。
 でも基本、大きく変えることなどそうそう出来るものではなく、何となくそれをうっちゃって生きていくしかない。意識しようがしまいと関係なく、落としどころを見つけて、日々を過ごしていく。


 さっぱりと取り壊し建て直せばよいものを、最小限の補修を加えては、必要に応じて建て増しを繰り返していくのが自分たちの暮らしだった。その都度、繋ぎ目繋ぎ目に、時間を滑らせたまま。


 まさに私も似たような生き方をしてきた。この通りである。


佐伯 一麦 著 『無事の日』 集英社(2001/07発売)

by office_kmoto | 2016-09-12 21:33 | 本を思う | Comments(0)

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