山口 瞳 著 『江分利満氏の優雅なサヨナラ―男性自身シリーズ最終巻』

d0331556_05191205.jpg 遂に「男性自身」の27巻全巻読み終えた。そしてこの巻のほとんどで山口さんの体調不調が訴えられる。
 以前朝起きたらからだの自由が利かない。てっきり脳梗塞だと思ったが、調べてもらうと頸椎症だと言われ、脳梗塞でなかったことを自ら喜んでいた。しかしその後手足のしびれが続いたようで、幾度もそのしびれがあることが書かれていた。
 肥満、糖尿病も抱えている。そして夜頻繁にトイレに行くことも書かれている。前立腺肥大の手術を受けた後微熱が続く日々が書かれている。そして毎年家族で行っている人間ドックで、肺に小さな癌が見つかり、それが縦隔内のリンパ腺に転移し悪性の腫瘍となったという。
 癌という死病を抱えたためか、今回のシリーズはこれまでの巻とはちょっと違う感じがする。どこか観念的であり、感傷的であった。だからか、日々の生活の中でいい気分でいられる瞬間があること、それこそが「この日の在る」ことの意味だと教えてくれる。
 そうなのだ。生きることの意味を大袈裟に考えるのではなく、ただ「この日の在る」ことを喜べる瞬間があればいい、とこのシリーズは教えてくれた。
 この「男性自身」シリーズは、ちょうど山口さんの老後を考えるときから始まる。現役から退き、その後どうやって生きてきたか、日々のことが綴られてきた。仕事という忙しさから解放されたからか、日々の些細な出来事が本当に一日の中で大切なものであることを、さりげなく伝えてくれる。そして何事も本当に楽しんで、いかにいい気分でいられるか、そのことが大切なんだ、と教えてくれた。


 そのあと庭の陶器の椅子に腰をおろし、いい気分だなあと思う。そのいい気分というのはほんの短い間だけだ。須臾(しゅゆ)の間と言い、玉響(たまゆら)なんていう言い方もある。ほんの短い短い間で、瞬間的だと言っていいかもしれない。どうも須臾や玉響の積み重ねが私の人生だという気がする。そんな心持で鉢植えの朝顔の花を眺めている。(庭の眺め)


 先に読んだ内館牧子さんの『終わった人』の主人公田代壮介は定年後も自分の人生に折り合いがつけられなかった。終わること望まなかった。社会が、会社がそういう年齢に達したので、“強制終了”させた、と思った。それは自ら望んだわけじゃない。だから受け入れられない、と苦悶し、現役を望んだ。
 しかし、と私は思う。こういう生き方は辛いだろうなあ。いつまでも挑戦していなければならないのだから。もちろんそれはその人の考え方だし、生き様だから、どうこう言うつもりもない。むしろあの本のように「終わった人」が余計なことをすれば痛い目に遭いますよみたいな話は如何なものかとさえ思っている。
 私は私で自分の生き方を残りの人生ですればいいだけだ。そしてこのシリーズで山口さんが過ごしてきた生き方に共感を持って読ませてもらったので、今の自分の生き方はこれでいいのだと思っている。少なくとも田代より幸せだと思っている。

 最後にこの巻で笑ったところを書いておく。


 名前のことでは苦労させられた。いや、今でも苦労している。私は挨拶で自分の名を告げるとき、電話口で名告るときに、どうしても躊躇する。ひっかかる。正直に言って恥ずかしい。だから、パーティー会場などでは隅のほうで人目を避けるようにしている。(死亡記事その他)


 瞳というのはどうしても女性の名前だと思うのが普通だろう。さらに山口さんの名前の文字について書く。


 山口瞳という文字には斜めの線がない。柳原良平とは大いに違う。縦と横だけだから自由に変化がつけられて便利だ。私は鞄でも傘でも何でも白のペイントマーカーで名前を書く癖がある。山口というのは小さく書けるし一種の模様のように見えるから具合がいい。これが綱淵謙錠さんだったら大変だったろうと思う。総じて私の名前は書き易い。私が署名をあまり苦にしないのは、そのせいであると思っている。(死亡記事その他)


山口 瞳 著 『江分利満氏の優雅なサヨナラ―男性自身シリーズ最終巻』 新潮社(1995/09発売)


Commented by 滝田誠一郎 at 2016-10-17 10:35 x
今年11月から小学館が「山口瞳電子全集」の配信をはじめます。全26巻、丸2年におよぶ大仕事です。私はその「付録」を担当しており、この数ヶ月「男性自身」をひたすら読む生活をしていました。「いま日本で一番山口瞳を読んでいるのは自分だ」と思っていましたが、ブログを拝読して必ずしもそうではなかったかもしれないと少しがっかりしています(笑)。「付録」の仕事を通して山口瞳に迫り、山口瞳に関する本を出版したいと思っています。かつて「釣り」や「名言」をテーマに開高健に関する本を書いたように、山口瞳についても何か書ければと思っています。出版された折にはブログでご紹介いただければ幸いです。
by office_kmoto | 2016-10-17 05:21 | 本を思う | Comments(1)

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