小野 一光 著 『震災風俗嬢』

小野 一光 著 『震災風俗嬢』_d0331556_06504886.jpg 私はそれまで二十年以上にわたり、夕刊紙やスポーツ紙の連載で毎週平均一人の割合で風俗嬢のインタビュー取材を続けてきた。


 と著者自身のことを書く。2011年3月11日、東日本大震災が起こり、未曾有の被害をもたらした直後、著者は被災地に入り、風俗店の状況をレポートする。しかしこんな時にこんなことをしてていいのかという疑問にさいなまれる。


 やはりこの時期に被災した風俗嬢を探すという作業は、触れられたくない傷をえぐる行為なのだろうか。


 自分がやろうとしていることは、被災した人々の心を逆撫でするようなことなのかもしれない・・・・・。


 ドン、ドン、と車が跳ねる。東日本大震災によって生じた路面の“たわみ”がいまだに残ったままの道だが、これもやがて修復工事によって元通りになることだろう。そして人々の記憶から消えていく。
 そうした“たわみ”がなくなり、忘れられる前に記録しておくことは、取材者としてあんがい大切なことかもしれない。未曾有の災害直後における、風俗嬢と客との関わりついても、いましかない“たわみ”があるわけで、それに目を向け記録しておくことは、決して意味のない行為ではないはずだ。


 確かにこの本を読んでいると、風俗嬢のインタビューから見える被災地の人々の姿が
決して興味本位ではなく、垣間見ることが出来る。彼女らも人々の再生に深く関わっていることがわかってくる。
 デルヘリの店主のインタビューから引こう。


 「震災の二週間から再開したということですけど、そんな時期でもお客さんは来ましたか?」
 「いや、それが忙しかったのよ。ぶっちゃけ、震災の影響で会社に行けなかったりするじゃない。だから時間があるみたいで、普段よりはるかに忙しかった」

 「どれくらいの期間、忙しい日々は続いたんですか?」
 「うーん、半年くらいかな。聞くとやっぱり被災した人たちが多かった。北上でもそうだし、前沢も一関もそう。結局、沿岸から避難してきてた人たちだから、義援金だとか保険金だとかガバガバもらって、それでいて時間があったのよ。キャバクラとかもけっこう忙しいかったみたいよ」


 「ちなみに三月十一日の午後二時四十六分に地震が起きたとき、接客中の女の子というのはいたんですか?」
 「ああ、いだいだ。いだよぅ。三人が接客中だったのよ。そのうち一人はすぐに逃げるべってお客さんが車で送ってくれたのね。で、もう一人のお客さんは一緒に逃げようとしたら、ホテルの車庫のシャッターが壊れて開かなかったのよ。だから店のドライバーさんとお客さん、女の子の三人で力を合わせて、シャッターをこじ開けて、なんとか逃げたの。最後の一人はお客さんが『まだイッてねえ』ってごねたらしいのね。だからおカネを返して、その子はやっと逃げることができたんだって」


 女の子の言っていることを引いてみる。


 「家を流されたり、仕事を失ったり、そこでこれから関東に行くという人もいました。あと、家族を亡くしたという人もいましたね」


 「震災後のほうがお客さんが優しくなりましたね。前はガツガツしている感じの人が多かったんですけど、いまは元気がないというか、みんなふんわりしているんです。あと、つらい状況のなかで、私たちを呼ぶ間だけは楽しみたいという人が多いと思います」


 「避難所でお風呂に入れない人ががやがややってきて、ホテルの空き待ちで車の列ができてるんです。それくらい混んでいました。それでお風呂に入りに来たついでに遊びたいというお客さんが多かった。だからお店もすごく忙しくて、一日五本とか六本とかついたりしてました」


 「最近はお客さんの傾向は変わった?」
 「そうですね。震災前は六十分とか七十分くらいの短いコースの人が多かったんですけど、いまはみんな百分とか、それ以上のロングのコースに変わりました」
 「それはどういう理由で?」
 「関係あるかどうかわからないんですけど、最近は仮設住宅に住んでいるお客さんが多いんですね。そこで聞いたのは、仮設って物音がすごく響くらしいんです。それで子供とかが隣の部屋にいるから奥さんとエッチができなくて、セックスレスになっちゃう人が多いみたいなんですよ。だから欲求不満なんで、やって来たという話をけっこう聞きました」


 「震災前に働いていた5カ月間についてくれたリピーターさんたちが、みんな心配してくれたんです。なかには店に直接電話をかけて、『ユキコは生きてんのか?』と問い合わせまでしてくださった人とかもいて、ありがたかったですね。復帰当時に、みんな来てくれました」


 「奥様や子供を亡くされた方に多いんですが、『自分だけ職場が遠くて助かった』という話をよく聞きます。で、いろいろ切り換えなくちゃって仕事に復帰して、元の生活リズムに戻ったけども、やっぱりこう、いわゆる奥様の肌の温もりって、もう家にはないわけですよね。で、まあ、こういうところに来るのは死んだ女房にはほんとに申し訳ないんだけども、やっぱりこういうところに頼らざるを得ないって・・・・・。つらい思いを、一時間でも二時間でも忘れたいと思って来た、と」


 女の子達も被災している。だから生きることの希望を求めるし、不安や悩みも抱える。


 「こっちは大丈夫だから、いつでも来れるようになったら連絡してといった内容でした。そのときはまだ車が使えなくて店に出ることはできなかったんですけど、まわりに仕事がないというときに、私は通えるようになりさえすれば仕事があるということを実感したんです。それが一縷の希望になりました」


 「やっぱりそれまでは店も混んでいたし、私自身も気が張っていたというのはあったと思うんですよね。だけど徐々にゆるんできたというにはあるんじゃないかな。あと・・・・・・」
 「あと?」
 「つらくなってきちゃったですよ。毎日毎日、やって来るお客さんがの被災した話を耳にするでしょ。それが、すごく重く感じるようになっちゃって・・・・・」

 「重く感じるようになって?」
 「うーん、正直に言うと面倒になってるんですよね。自分の心の負担というか・・・・・。耳にする話がみんな重いんです。あんまりそれを背負いたくないっていうか、聞いている自分もガクンときちゃうんです」


 ところで避難所にいると、太るという。


 「そういえば、ユキコさんはお店への復帰を考えた1カ月くらい前から、ダイエットをして体形を整えたと話していましたよね」
 「そうですね。完全に“震災太り”だったんですよ。あまり手のかからないカップラーメンとか、カロリーの高いものばかり食べていたから、皮下脂肪がついて、このまま店に復帰するわけにはいかないと思って、三週間くらいウオーキングとかの運動を続けて、体形を元に戻したんです」


 “震災太り”という言葉があるとは知らなかった。


小野 一光 著 『震災風俗嬢』 太田出版(2016/03発売)


by office_kmoto | 2016-10-29 06:56 | Comments(0)

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