川本 三郎 著 『花の水やり』

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 私が川本さんのエッセイが好きなのは、嗜好は案外自分に似ているんじゃないか、と思うところにある。だから言っていることがよくわかり、「そうなんだよなあ」と思うことが多い。好みが似ているというのは親近感が持てる。
 たとえば、

 週に一、二度、銀座に出て、映画の試写を見る。試写はたいてい一時に始まる。そこで映画が始まる前に、銀座で軽く昼食をとることになる。
 銀座で昼食、といっておべつにご大層なところに行くわけではない。もっともよく利用するのが、立食いそばの“小諸そば”。
 立食いそばだからといってあなどってはいけない。ここのそばは、立食いそばとは思えないほどおいしい。本格的なそば屋と比較しても決して遜色がない。
 普通、立食いそばは、早い、安い、そしてまずい。はじめから味には期待していないからまずくても文句はいわない。立食いそばの味がよくないと怒るのはほとんど野暮である。
 ところが“小諸そば”は、立食いそばの通年を破っている。早い、安い、そしてうまい。店の雰囲気も明るく、清潔。従業員も生き生きとしている。若い女性店員が多いのも立食いそばとして珍しい。(あなどれない立食いそば)

 私も小諸そばは大好きである。立ち食いそばのお店は駅前に数多くあり、何度も利用してきた。特にサラリーマン時代など、時間がないときなど、サッと食べ、次の仕事に向かうなどしてきた。これまで数多く立ち食いそばのお店で食べてきたが、やはり小諸そばが一番美味しいと思う。私はここのかき揚げそばをいつも食べる。
 神田の古本屋へ行く時は、必ずここでそばを食べてから古本探しに出かける。これが定番となっている。
 その古本に関する川本さんの意見。

 新刊の本屋では本は本というより「情報」である。新しい情報は知っておくのにこしたことはないが、「はやりものはすれもの」というようにすたれるのが早い。古本屋の本(いわゆる古書)は「情報」というより「古道具」「骨董」である。長い時間のなかを生きてきた落着いたよさがある。(古本屋)

 同感。

 東京・大阪をはじめ日本の都市は朝が弱い。二十四時間都市といわれているが実際は夜型都市で商店が開くのも、十時、十一時。朝早く起きる人間には不自由なことが多い。(早寝早起き)

 以前私が勤めていた本屋は、朝8時半から開店していた。通勤途中のサラリーマンが店に寄って週刊誌や雑誌を買って職場に行く。中には本や文庫本も朝から買っていくすばらしい人もいた。その代わり、夜は7時で閉店した。しかし競合店の出店など売上低迷で営業時間の変更、特に夜の営業時間の延長を考えるようになった。時代は確かに夜型にシフトしていった頃である。午後8時、9時、そして10時まで営業することになると、朝の開店時間はどんどん遅くなっていった。
 今は大書店でも普通の街中の本屋でも大体10時から11時頃開店というのが多いのではなかろうか。
 昔ちょっと出かける前に欲しい新刊を本屋で買って、電車の中で読もうと思ったことがある。しかし朝早くから本屋は開いていない。早いと言っても9時頃である。どこか朝から開いているお店はないか、思ったけど、見当たらない。結局新刊は帰りに買ったことを思い出した。
 ライフスタイルは人それぞれだが、川本さんも私も同様な朝型人間なのでスタートが早い。こういう人は夜型都市に問題が生じることも案外多いのである。

 人間は複雑な心持った生き物である。生きるためには明るさと同時に暗さも必要なのである。都市なかにいかがわしい悪場所が自然発生的に出来てくるのもそのためだと思う。人間も都市も暗さがあってはじめてバランスがとれてくる。((「秘密」のすすめ)

 夜に元気になる理由もこんなところにもあるかもしれない。

 サギソウの話があった。

 去年の五月、浅草の植木市でサギソウの鉢を手に入れた。二十センチくらいの雑草のような草が植わっている。それがサギソウだという。朝夕水をやって大事にしていたら白い花が咲いた。名前のとおり、鷺が飛んでいる姿そっくりの花でその形の面白さに感心してしまった。
 しかし、秋になって花も草も枯れた。これは一年草の花で一回きりかと思ってあきらめていたら、四月になって芽が出始めた。まだ二、三センチなので断定できないが、たぶんサギソウだと思う。これが私にとって今年いちばんの「山笑う」になった。(鉢植えの草花)

 去年、お隣さんからサギソウの鉢をもらった。夏に白い可憐な花を咲かせ、本当に鷺みたいで、気に入ってしまった。
 秋になり枯れて、そのまま冬を越し、春になったら植え替えをする、と教えられたが、なかなか新芽が出てこない。これは冬を越すのを失敗したかな、と思っていたら、いつの間にか新芽が出てきた。お隣さんに新芽が出てきました、と報告したら、これじゃ花は咲かないわね、と言われる。植え替えをしなかったのがまずかったらしい。
 で、また新しい鉢をもらったので、今度こそうまく育てようと思っている。まずは花を咲かせることを目標とする。
 その緑の話。川本さんは東京には以外に緑があると言う。町歩きをしていると、家の前、玄関先、道に面して鉢植えを並べている。それを見て次のよう言う。

 江戸時代から古い町である(人形町)の人たちが育てていたであろう緑と同じものをいまでも大事に育てている。伝統とか文化とはこういう小さなことをさすのではないか。(町のなかの緑)

 伝統とか文化などと言うとなにか大がかりなことになる。でもそれは育んできたとかいう構えたものでもなく、たぶん普段の生活の中でいつものようにしている、このように小さなことなんだろう、と思う。それを毎日毎日繰りかえしてきただけのことなんじゃないか。我々は伝統、文化という言葉をあまりにも大上段に、そして偉そうに使いすぎる。

川本 三郎 著 『花の水やり』 JDC(1993/10発売)


by office_kmoto | 2017-06-08 05:43 | 本を思う | Comments(0)

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