永江朗著『筑摩書房 それからの四十年』

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 この本の隠れた主人公は「倒産」である。

 と著者は言う。更に次のようにも言う。

 『筑摩書房の三十年』をひもといてみればわかるように、会社の財政はいつも「火の車」で、臼井吉見が知恵を絞って編んだ数々のアンソロジー企画と、「神風」のように訪れる単行本の大ヒットが命をつないできた。

 確かに『筑摩書房の三十年』を読んでみればわかるが、筑摩書房は古田晁でもっていた出版社であった。だから古田の望みであれば、採算度外視で固い本を全集として出してきた。時にはそれが活字に飢えた人々に受け入れられたが、そうそういつまでも続くものではなかった。それでも古田が資産家であったために、経営が厳しくなれば実家の山を売れば資金が確保できたので、かろうじてその経営がなっていた。しかし古田が死ぬと、その後の筑摩書房はさらに経営が厳しくなっていく。筑摩書房にとってドル箱だった文学全集がひととおり市場に行きわたって、売上が厳しくなりつつ時代だった。
 そこで起死回生のため、1960年「世界音楽全集」(全40巻・別巻5)、61年「世界ポピュラー音楽全集」(全15巻)、「現代謡曲全集」(全50巻・別巻20)、62年「ベートーヴェン選集」(全15巻)71年「現代臨床医学大系」(第一期全120巻、ビデオとカード式テキストで解説)とメディア転換をはかったが、多大な先行投資に対して売上はごくわずかだった。
 全集を中心とした企画が予定通り進捗しなくなる。しかしこれは「数年来の惰性の連続からはずれた特殊現象でもなんでもない」。筑摩書房の定期刊行物の遅延問題は「宿痾」であった。編集能力を超えて、重厚長大な全集編集は、いったん問題が生じれば、数カ月、場合によっては数年の遅延を余儀なくされる。
 そして1978(昭和53)年7月12日筑摩書房は会社更生法申請することとなる。
 ところが出版界には不思議な現象が起こる。

 通常、出版社が倒産したり、あるいは倒産しそうだという情報が流れたりすると、書店はその出版社の本を返品しようとする。出版社が破産してしまえば、返品不能となるからだ。だが筑摩書房の場合は、倒産によって返品が増えるどころか逆に減った。倒産前の返品率は50%に達していたのに、倒産後は徐々に減り始めて20%台までなった。

 これは作家などが再建支援を打ち出し、日書連も各書店に「返品を見合わせてほしい」という檄を飛ばし、「筑摩書房の火を絶やすな」という異例の動きが広がったからであった。そこには筑摩書房は良書を出し続けてきたけれど、世の中が低俗な本ばかり求めるようになったために倒産したのだ、筑摩書房は悪くない、世の中が悪いのだ。折しも当時「娯楽志向の“角川商法”」のような、映画やテレビと一緒になった娯楽志向の本が蔓延し始めた頃であったので、そのような意見が筑摩書房を擁護したのであった。
 確かに筑摩書房は良本出版してきた。それを志のある出版といえば言えるのかもしれないが、それが売れなくなったことだけで倒産したというわけでもなかった。筑摩書房内部でも問題があったのだ。
 「筑摩書房は労務倒産」だったという話がある。要するに人件費の高騰がその一因だったというのである。どういうことかといえば、組合が「仕事でこういう問題があるから、改善しろ」とか、「こういう問題を明らかにしろ」と要求すると、会社はそれに対して、逃れたいあまりお金を積んで、交渉を切り抜けてきた。それが人件費の高騰を招いたというのである。実際筑摩書房は家族経営で、経理もどんぶり勘定で、賃金体系なんていうものはなきに等しかったらしい。
 さらに筑摩書房が「倒産」した理由は、安定した収入源となるような企画がなかったことも、そのひとつだった。かつての文学全集や個人全集に代わるものがなかったのだ。広告収入を期待できる雑誌や、漫画雑誌およびそこから発生するコミックス、そして文庫・新書といったものが筑摩書房には欠けていた。
 筑摩書房の物流システムもひどかった。だれも物流システムが出版経営に貢献するなど考えていなかった。管理部門(倉庫部門)に配属された田中達治は「この会社は本当に潰れるかもしれないと思った。200人を超える高給取りを抱え、高級酒を浴びるように飲み、仕事としての物流を賤視し、だれひとりその仕事を買って出ず、唯一金になる木を野晒し同然のまま放置していたのだから」と感じ、田中が入社して2年後筑摩書房は倒産した。

 ということで、筑摩書房は倒産後再生し、現在に至っている。今は中堅出版社として、文庫も新書も、また様々なシリーズを展開し、全集も、この本が売れない時代に、地道に出版している。ただ雑誌だけはどうもうまくいかなかったようだが、それは今となれば良かったんじゃないかとも思う。とにかく今は雑誌が売れない時代で、出版不況の一因となっているからだ。おそらく雑誌は復活しまい、と私は思っている。
 以前に書いたと思うが、私は『ローマ帝国衰亡史』を買い求めていた時に筑摩書房は倒産した。あのとき正直このシリーズは完結しないんだなと思った。まして訳者が次から次へと亡くなって代わっていったから余計である。しかしシリーズは時間がかかったが完結した。それ以来私は筑摩書房のファンとなっている。結構好きな出版社なのである。
 多少時代の風潮に流されるところは、やむを得ないこれど、それでも一つのポリシー(筑摩書房には、惚れたら最後、とことんまでやりぬくという社風がある)を感じさせる出版社だと思っている。むしろ倒産を経験したことによって、そのポリシーをどのように維持していくか、経営と両立させながらやっているように思える。なので今後もこの出版社の出版物から目が離せない。

永江 朗 著 『筑摩書房 それからの四十年―1970-2010』 筑摩書房 (2011/03/15 出版) 筑摩選書


by office_kmoto | 2018-01-20 05:40 | 本を思う | Comments(0)

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