常盤 新平 著 『そうではあるけれど、上を向いて』

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 私は常盤さんの晩年に書いたものを最初に読んできた。この時期にはもうどっしりとした、ある程度の諦念みたいなものがあって、それが人生の哀愁を感じさせた。私はそれが好きだった。
 しかしこうなるまでには紆余曲折が当然あるわけで、特に作家として独り立ちする時期は、やはり迷いがあったんだ、と感じることができる。

 小説はどうやって書くのか親しい編集者に愚問を発したことがある。ちっともすすまなくワラをもつかみたい心境だったのだ。その編集者は、君が大いに恥をかくのはいいが、他人を傷つけてはいけないと忠告してくれた。(小説を書いた事情)

 編集者にこのように言わせるのは、そこに何かがあったことを窺わせる。それらが常盤さんの精神面でも影を落としているようだ。

 私はもう人を傷つけたくないと思っているのだが、傷つけられた人の呻きがいつも聞こえている。それは鉄橋をわたる電車の轟音も消してくれない。(忍ぶ恋)

 この「人を傷つけたくない」という気持ち実によくわかる。人生一度立ち止まってしまうと、自身のこれまでの人生でいつも誰かを傷つけていたのではないか、そんな気持なることがある。これは結構こたえる。
 自分は人を傷つけていたのではないかと自覚した時のどうしようないやるせなさは、もしかしたら“償い”として受けとめなければならないことかもしれない。

 さて、

 常盤さんはサラリーマン生活をやめ、翻訳業に専念する。さらに作家としてデビューし、直木賞を受賞する。私生活においても離婚をしている。ここにたまに描かれる私生活もどこかギクシャクした感じがある。
 いずれにせよ、生活面、精神面において波風が立っていた時期のようで、それが文章にも表れ、晩年の落ち着いた感じはここでは見出すことが出来ない。言葉も感傷的である。

 会社に勤めて、無事に定年を迎えるということは大変なことである。それもまた大事業だと思ってきた。(忍ぶ恋)

 彼女がどんな顔をしていたか記憶にないが、お金を稼ぐのは大変なことだと思ったのをおぼえている。とくに人に使われて、働いて金を得るのは。(ガマン、ガマン)

 いまは、強引であることが美徳の一つのようになっている。声が大きくて、舌がまわることも尊重される。(ガマン、ガマン)

 人しれない苦労が山ほどあるはずである。(ニューヨーク)

 食あたりみたいに人にあたってしまって、夕方には人と口をきくのが億劫になり、ましぐらいは一人で黙って食べたくなる。(定年している男)

 年齢をとると、何ごとにも深入りするのがためらわれる。ちょっと深入りしすぎたために、失うものがあまりにも大きい。(定年している男

 この洋食屋のおばさんも客もほそぼそと生きている感じがして、そこが気に入ってきたのである。そういうつつましさが好きだった。(行きつけの洋食屋)

 ほかに、やりようがないではないか。こつこつと、ほそぼそと、そして、とぼとぼといまは行くしかないのである。(臍曲がりの十一月)

 みんな、ままならないのだ、あなたも私も。だから、落ちこんだり、急に浮かれたりする。出世や金儲けや成功のための本がいやになるほど出ているけれど、いぜんとしてままならない生活を送っている。だから、そういう本がいっそうよく売れるのかもしれない。(長すぎた助走)

 気をつけなければならないことが、たくさんある。それが年齢とともにふえてくるようだ。(頑張ってください)

 ところでこんな文章あった。

 地下鉄は冷房がないから、すわっているだけでも、頭のうしろあたりから汗が出てくる。(夏の終わりの一夜)

 そう昔は地下鉄には冷房がなかった。高校時代に地下鉄を使って通学することになったが、確かにあの頃は地下鉄は冷房が効いていなかった。窓を開けてあっても、ちっとも涼しくはなかった。ただ駅に入るとそこだけは冷房が効いていて、駅に止まったときだけ窓から涼しい風が入ってきた。

 三十七年といえば、そのあいだに何があってもおかしくない。私の場合でも、じつにいろんなことがあって、その応対にいとまがなかった。彼はその間、私の知るかぎり、ときどき名刺の肩書が変り、住所が変ったにすぎないが、肩書も住所も少しずつのぼっていくという感じだった。おおむね平穏無事だったといっていいだろう。(長すぎた助走)

 かつて持っていた名刺の肩書きはいくつ変わっただろうか、とふと思った。名刺の肩書きや住所が変わることはその人の立場の変遷を語ることになるのだろう。

 なぜイギリスやフランスじゃなく、ロンドンやパリじゃなく、アメリカやニューヨークなの、ときかれたことがある。そういうとき、冗談に答えてみた。会っちゃったんだよ、好きになっちゃったんだよ、しょうがないだろう、と。それが一生を決めちゃったんだよ。
 そのことを文章にしてみたかった。若いころの私とアメリカとの関係を書いてみたかった。ただ、理屈をこねるのはいやだったから、自分の気持をそのまま書こうと思った。それは一個のラヴ・ストーリーになるはずだったが、私自身の恥をさらけだすようで恐ろしくもあった。(昭和ヒトケタのアメリカ)

 これは常盤さんが直木賞受賞作『遠いアメリカ』を書いた理由である。なんか読みたくなった。

常盤 新平 著 『そうではあるけれど、上を向いて』 講談社(1989/02発売)


by office_kmoto | 2018-02-16 06:04 | 本を思う | Comments(0)

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