ダン・ブラウン 著 『オリジン』

d0331556_05551973.jpg 物語は、ロバート・ラングドンのかつて教え子である天才未来学者エドモンド・カーシュの招きに応じスペインのグッゲンハイム美術館を訪れるところから始まる。
 そこでカーシュはあらゆる宗教の根幹を揺るがすであろう科学上の新発見の発表が行われるのであった。しかしカーシュがその発見の核心に触れようとした時、撃たれてしまう。
 ラングドンとグッゲンハイム美術館の館長でスペイン次期国王で皇太子の婚約者でもあるアンブラ・ビルダとカーシュが発表しようとした新発見を世の中に公開しようと、その発見が何なのか探しに行く。
 例によって同じパターンでラングドンはあらぬ疑いをかけられ、必ずヒロインとなる女性と追跡から逃れつつ、その真相に迫っていく。
 カーシュの新発見は彼の作った大型コンピュータの中にある。しかしその中を覗くには47文字のパスワード必要で、ここもこれまで同様に歴史的事象からそのパスワードを探し求めていく。
 カーシュを殺害したのは誰なのか。そしてそのカーシュの新発見とは何なのか。今回はカーシュが作り出した人工知能ウィンストンの力を借りて探り出していく。
 今回もこれまでと同じパターンで物語は進むのだが、予想以上に面白かったと思う。

 カーシュは以前にラングドンに言っていた。


 「そう!そのふたつの謎は人類の知識の中核にあります。われわれはどこから来たのか。われわれはどこへ行くのか。人類の起源と、人類の運命。それこそが普遍の謎です」


 今回のプレゼンテーションはこれであった。そしてこのカーシュの新発見は世界の宗教を敵に回すことになる可能性があった。何故なら宗教では人類は神が造ったものであり、神の元に行くものとされているからだ。
 まず興味深かったのはカーシュのプレゼンテーションにあるこれまでの神と科学の関係であった。


 「古代の人々は数えきれないほどの神々を生み出し」ラングドンの声は説明した。「地球の謎だけでなく、人体の謎も解明しようとしました」

 「子供ができないのは、女神ヘラに疎まれたから。恋に落ちるのは、エロスの矢にあたったから。疫病がひろまるのは、アポロンが罰をくだしたからとされたのです」

 「わたしの本を読んでくださったかたは、“隙間の神”ということばをご記憶かと思います。これは、古代の人々が世界を理解しようとして及ばなかったとき、神を使ってその隙間を埋めようとしたという意味です」

 「数えきれないほどの神々が、数えきれないほどの隙間を埋めてきました。しかし、それから何世紀も経つと、科学の知識も増しました」

 「われわれの自然界の理解にあった隙間が徐々に消えていくとともに、神々の住む神殿は縮みはじめたのです」

 「たとえば、潮の動きが月の満ち欠けによって起こることがわかると、ポセイドンはもはや必要ではなくなり、無知な時代のばかげた創作として葬り去られました」

 「ご存じとおり、すべての神々が同じ運命をたどりました――人類の進化する知性にとって不要な存在となり、ひとり、またひとりと死んでいったのです」


d0331556_05555663.jpg 要するに人類は自然界でわからないことがあると神を創造し、その神が行ったこととしてその事象を説明してきた。ところが科学が進歩して、自然界の事象が少しずつ解明されると、当然その説明のための神は必要としなくなった。ここにあげたカーシュの話は神と科学の関係を端的に示すものであろう。
 カーシュが問おうとした人類はどこから来て、どこへ向かうのかは、究極の宗教問題である。それを科学が解明したとなれば、宗教の存在価値が問われることになる。当然カーシュの新発見は既存の宗教界にとって脅威となる。そのためにカーシュは殺害されたのではないか、という疑いが出ていた。
 一方ラングドンたちはカーシュが殺害されたことで中断されたプレゼンテーションの続きを見るためにコンピュータにつながっているスマートフォンに、見つけたログインパスワードを入力した。

 そこに現れたカーシュの新発見は、


 生命がおのずから――創造主なしに――存在するという考えだ。


 「ダーウィンは生物が絶えず進化してきたことを立証しましたが、その過程がそもそもどうやってはじまったのかは解明できませんでした。言い換えれば、ダーウィンの説は適者生存を説明していますが、適者出現は説明していないのです」


 まず映像に現れたカーシュはポケットからコルクで栓をしたラベルの貼られた試験管を取り出した。ユーリーとミラーの実験で使われたものであった。ユーリーとミラーの実験と何か?


 化学者のハロルド・ユーリーとスタンリー・ミラーが一九五〇年代に伝説的な科学実験をおこなった。

 原始のスープ。
 ユーリーとミラーは、原始の大洋と大気に存在した化学物質――水、メタン、アンモニア、水素――を複製したのち、それらの混合物を加熱して、たぎり立つ海を再現した。さらに、そこに電気ショックを与えて落雷を模した。そして最後に、地球が大洋が冷えたのと同様に、その混合物を冷えるにまかせた。
 ふたりの目標は、生命の存在しない原始の海からそれを誕生させるという、単純かつ大胆なものだった。科学のみを用いて、“創世”のシミュレーションをしたというわけだ。
 ユーリーとミラーは、化学物質を多く含む混合物で原始的な微生物が生まれること――“自然発生”と呼ばれる、かつて例のない変化――を期待して、その混合物をくわしく調べた。残念ながら、生命のない物質から生命を創り出す試みは成功しなかった。ふたりに残されたのは、生命でなく、いまはカリフォルニア大学サンディエゴ校の暗い戸棚に放置されている。



 ミラーたちが作り出したのは地球創世期の状態であった。そこから生命が生まれるものなのかの実験であった。
 結局この実験は失敗したのだが、カーシュが取り出したのはその失敗した実験の残骸である試験管であった。
 以後この実験は忘れ去られていたが、ミラーの死後その試験管を詳しく最新の技術で調べてみると、ミラーが実験した当時より多くのアミノ酸や錯化化合物、重要な核酸塩基さえ含まれていた。これはリボ核酸、デオキシリボ核酸の構成成分となり得るものであった。
 ということは時間が経てば経つほど、生物の起源となる物質が出来、さらに単細胞生物になり得る可能性を示す。ならばそれをコンピュータでシミュレーションをすればさらに何かが見えてくるはずであった。
 カーシュは自ら作り上げた巨大コンピュータ、「E-WAVE」でプログラムを走らせると「完全な無」が現れるた説明する。これで創造主なしに生命が発生すると言う説明が出来なくなった。
 カーシュは違う方向から生命の起源を説明し始めた。

 エントロピー


 「エントロピーとは、物はばらばらになるということのしゃれた言い方にすぎません。科学用語では、“秩序あるシステムはかならず崩壊する”と言います」


 そして、


 「エネルギーをよりよく分散させるために、物質がみずから秩序を作り出すわけです」

 「自然は――無秩序を促すために――秩序の小さなポケットを作ります。そうしたポケットはシステムの混沌を具え、それによってエントロピーを増大させるのです」

 「生物はエネルギー散逸のきわめて有効な手段なのです」


 そしてカーシュは「われわれはどこから来たのか」結論を言う。


 「真相はこうです――どこから来たのでもなく……あらゆるところから来た。宇宙全体に生命を作り出すのと同じ物理法則から、われわれは生じました。われわれは特別ではありません。神がいようといまいと存在しています。われわれはエントロピーの必然的な産物です。生命は世界の核心ではありません。生命は単に、世界がエネルギー散逸のために作り出して繁殖させたものなのです」


 神は不要。ラングドンはカーシュが言ったことを反芻した。生命は物理の法則に従って自然に発生したという。


 では、われわれはどこへ向かうのかという問いにカーシュはどう答えたのだろうか?
 カーシュは「E-WAVE」で生物の進化をシミュレートしてみた。画面にはその時繁栄していた生物が大きくマッピングされ、それがだんだん小さくなり絶滅していく一方、その中には次の世代に繁栄するであろう生物が小さく現れ、やがて画面一杯にマッピングされる。
 今は人類がその画面に大きくマッピングされているが、その中に細かい点が現れ、それがものすごい勢いで拡大していき、人類をしのぐ大きさに成長し呑み込んでいった。


 カーシュのシミュレーションによると、今後数十年のうちに人類は新たな種に吞みこまれることになる。さらに恐ろしいことに、この新たな種はすでに地球上に生息し、ひそかに成長している。


 カーシュの表情はいまや歓喜に近く、情熱と興奮で輝いていた。
 「人類は別のものへ進化しつつあります」カーシュは宣言した。「われわれは混合種になろうとしている――バイオテクノロジーとテクノロジーの融合です。いま体外にあるツール――スマートフォン、補聴器、読書用眼鏡、たいがいの医薬品――と同じ物がものが、五十年後には体内に組みこまれ、われわれはもはやホモ・サピエンスとは呼べない存在になっているでしょう」



 人類(生物)は物理の法則(エントロピー)で自然発生し、違う種になるというのがカーシュの新発見であった。
 しかしよくよく考えてみると、その物理法則を創造したのは誰なのか、という問いがそこには存在する。


 物理の法則だけで生命を創造できる。カーシュのその発見は魅力的で、たしかに刺激的だが、ラングドンが思うに、重大な問いを投げかけていて、だれもがその問いを口にしないのが意外だった。物理法則に生命を創造するほどの力があるのなら……その法則を創造したのはだれなのか。


 このカーシュの新発見は世界各国にネットで配信された。そしてカーシュの死、カーシュを殺害した犯人もネット上で話題になり、ある特定の情報提供者により、より詳しくなっていく。その情報提供者はだれなのか?
 さらにスペイン海軍退役提督のルイス・アビラを使ってカーシュの殺害指示を出した「宰輔」とは誰なのか?
 すべて人工知能ウィンストンであったことが最後に判明する。それはカーシュの同意の下にカーシュの新発見をより劇的するためのものであった。カーシュは末期の膵臓癌に冒されていたので、それに同意したのであった。


ダン・ブラウン 著 /越前 敏弥 訳 『オリジン』 〈上〉 KADOKAWA(2018/02発売)


ダン・ブラウン 著 /越前 敏弥 訳 『オリジン』 〈下〉 KADOKAWA(2018/02発売)

by office_kmoto | 2018-03-10 06:01 | 本を思う | Comments(0)

言葉拾い、残夢整理、あれこれ


by office_kmoto
プロフィールを見る
画像一覧
通知を受け取る