阿佐田 哲也 著 『三博四食五眠』

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 この本は幻戯書房という出版社から出ている。私はこの出版社から出ている本がわりと気に入っている。面白い企画の本が多い。ただ惜しむらくは、この出版社の本は定価がやたら高いのである。だから自分の本棚にも数冊があるが、そのほとんどを図書館で借りて読んできた。

 さて、この本のことである。著者が阿佐田哲也となっているが、こういう食の本が阿佐田哲也が書くのかというところがあった。巻末の初出一覧を見ると、この本に掲載されているエッセイはそのほとんどがやはり色川武大に名で書かれていた。やはりそうだろう。
 この本の食の話は、いわゆる色川さんが博打三昧の時、全国各地でゲテモノから食通が通う店の話と、自宅で(色川さんは「巣」という)に留まる晩年の、自転車で近所の店で新鮮で、手の抜いていない食材の話の二通りに別れる。
 個人的には名店の話より、普段の食生活の話の方が面白い。
 「やきとり二十年」では色川さんがふりかけ大好き。これさえあれば他に何もいらない。御飯が何杯も食べられるという。しかし色川さんは食事制限がかかっているので、ふりかけは“禁断もの”で、家では置かれないそうだ。

 しかし、つくづくと思うが、ふりかけと御飯があれば何もいらないという男が、堂々たる顔をして、まがりなりにも喰べ物をテーマにした文章を毎月書くのだから、そら恐ろしい。

 で、巣に居さえすれば、毎夜、ふりかけ御飯である。腹の中がふりかけで詰まっているような感じで、試しにヴェランダへ出て縄跳びをすると、尻の穴から、ぱっぱっぱとふりかけが散り落ちるかもしれない。(やきとり二十年)

 さらに色川さんの好きな食べ物が書かれる。

 私は豆だの芋だの南瓜だのあまり粋でない喰べ物が好きで、こういうものは他になにか中心の喰べ物があって、脇役をつとめることが多いようだが、私は三度三度主食にしてもよろしい。(豆入り泰平記)

 フライの衣の話は子供の頃の私と同じであった。

 私は中の肉よりも衣のほうが好きだ。

 中味などなくても衣さえあればよろしい。

 これ、実は私もそうなのだ。子供頃、カツ煮が出ると、汁と卵のからんだ衣ばかりを食べていた。カツから衣だけを剥ぎ取って食べ、親に怒られたことが度々あった。だから色川さん言うことがよく分かるのである。
 それでも苦手なものもあるらしい。

 何の因果か、なんでも好き嫌いのない私が、牛乳だけはただの一滴も呑めない。(なつかしいバイ菌たち)

 笑えたこと、懐かしいことを書いて終える。

 半死半生だと思っていた患者が(事実そういう面もあったが)私の顔を見たら、看護婦の眼を盗んで一緒に街中へついてきてしまった。私は、病人に脱走の気持ちにおこさせることについて天才的で、昔、何度もそのために友人の寿命を縮めている。(やきとり二十年)

 当時は実によく路上にいろいろなものを売りにきた。玄米パン、かるめら焼き、電気飴、紙芝居の水飴……。
 車はめったに通らなかったけれど、夕暮れ近くなるとなんとなく路上があわただしく、豆腐屋のラッパ、魚屋やソバ屋の自転車のベル、それから大型のトンボがわんわんとくる通りがあり、蝙蝠が街灯のまわりでバタバタやっている。地べたにひっつくようにして遊んでいた……。(なつかしいバイ菌たち)

 懐かしいな。確かに昔路上にいろんなものが売りに来ていた。

阿佐田 哲也 著 『三博四食五眠』 幻戯書房(2017/08発売)


by office_kmoto | 2018-03-12 06:10 | Comments(0)

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