吉村 昭 著 『旅行鞄のなか』

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 柏原成光さんの『人間 吉村昭』に、吉村さんが4回も芥川賞候補にノミネートされながら、受賞できなかった焦りから、ペンネームで雑誌に投稿したこよが書かれている。それは、

 彼が新しい筆名を使ったのは、『文学者』の同人仲間の一人が、それまで長く使っていた本名を止めて、新しい筆名を使って、いわばまったくの新人を装って応募して、ある雑誌の新人賞を取ったばかりか、芥川賞までとったという例が身近にあったからである。(柏原 成光 著 『人間 吉村昭』 )

 その詳細がこの本にも書かれている。

 さらに、それから三年後、筑摩書房で応募作品として中篇「星への旅」を郵送した。文壇へ登場の望みは薄れて、会社勤めをしていた私は、第一歩からやり直す気持で応募作にペンネームをつけた。戸川雄次郎氏が菊村到というペンネームで文学界新人賞に応募して受賞、その作品が芥川賞をうけたことが念頭にあった。
 「星への旅」が太宰治賞に決定した翌日、筑摩書房に行った私は、臼井先生にお会いした。十一年ぶりに先生の前に立ったのである。
 先生は、現在、どんなものを書いているのか、と言われ、「新潮」に長篇小説「戦艦武蔵」を執筆中で、それは本名で発表されるだろうことを口にすると、ペンネームなどやめて本名にすべきである、と忠告して下さった。(臼井吉見先生)

 吉村さんはペンネームを使ったことを恥じたのであった。

 この本は吉村さんの小説の余話として、取材の裏話が書かれていて興味深かった。もちろんエッセイなので吉村さんの身辺話もある。私は「義妹との旅」が良かった。
 吉村さんの弟さんの死については『冷たい夏、熱い夏』があり、弟さん闘病生活が描かれる。弟さんは亡くなりそのお墓の下見に、義妹と二人で行くことになってしまう。 ここからが面白いのだが、吉村さんはたとえ義妹でも二人だけで好ましくないと考えるのである。まさに吉村さんらしい。それを聞いた吉村さんの妻も「おかしな人ね」と呆れるし、義妹も気にならないと言うが、それでも吉村さんは兄に同行を頼む。
 お墓を下見した帰り、兄と別れ、義妹と二人だけになる。義妹は哀しみに涙をする。それを慰める吉村さん。それは傍から見ると、「ただなる関係」と見てしまうあたりはおかしかった。

 義妹は、静かに鳴きつづけ、東京駅に下車してからもハンカチを使っていた。
 「それじゃ、元気でな」
 私は、京浜線の電車に乗る義妹に声をかけ、歩き出した。彼女が、弟の位牌だけのある家にもどってゆくのかと思うと、胸が痛んだ。
 中央線のホームにあがって、京浜線のホームをみると、ぼんやりとベンチに座っている義妹の姿がみえた。

 身近な人の死の哀しみをホームでの義妹の姿で描くのはさすがだな、と感じた。

吉村 昭 著 『旅行鞄のなか』 毎日新聞出版(1989/06発売)


by office_kmoto | 2018-06-10 16:37 | 本を思う | Comments(0)

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