南木 佳士 著 『山中静夫氏の尊厳死』

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 南木佳士さんの作品に魅せられて、自分の本棚に南木さんの本を置きたくなりせっせと集めている。今回その集めた本を再度読み直したものであった。
 いつものように言葉を拾って、その言葉をもって自身の昔を思い出し、考えている。

 嘘を支え続けるには体力も努力もいる。真実を支点にした人間関係ならば、その支点をはさんで両者が揺れ合えばいいのだが、嘘はついた方にその責任のすべてがかかってくる。

 往路から復路に入り始めた自分の人生に想いをめぐらす。ゴールとしての死が、おぼろげながら視野の先に入ってきたのを感じる。

 「辞めそこなったのかなあ」

 「一日の内で使えるやさしさっていうか、他人に対する気遣いのようなものには限度があって、おれはそれを病院で使い果たして家に帰ってくるんだ。だから、あまりしゃべりたくないんだ」

 「分かりました。明日から気をつけます。それと、部屋のことですけど、できれば個室をお願いします。これまで精一杯他人に気を遣って生きてきましたんで、死ぬときぐらいはゆっくりしたいもんですから」

 死という不条理な出来事はふところを大きく開いてすっぽり受け止めるしかなく、理屈で遠ざけようとするほど背後に大きな影となって忍び寄るものなのだ。これは十七年間、死者を看取り続けたきた今井の得た一つの結論であった。

 小説家に限らず、仕事などというものは結局のところ、なるものではなく、なってしまうものなのかも知れない。結果の前では意志の力なんてたかが知れている。死はそのいい例である。誰も死にたくて死ぬのではない。結果として死ぬのだ。

 「死者を診すぎたんですよ。人生の負の場面だけを見すぎたんですよ。死者を診る数にもその人なりの限度があるんでしょうね。とにかく休みましょうよ」

 「辞めそこなったかなあ」という思いは、会社の経営が悪化して、仲間や同僚がひとりひとり辞めさせられ、最後に自分一人しかいなくなったときなど、何度も思った。彼らのことを思い出すとき、己が一人残った罪悪感みたいなものがいつもつきまとった。
 ちょうど読み直していた南木さんの『薬石としての本たち』の中に次のような文章があった。

 日々、末期がん患者を看取りつつ小説を書く。そんな無謀な生活をみずから破たんさせ、負うていた重荷をそっくりそのまま他の医師たちに背負わせ、彼らの死を糧に生きのびた。善良で、脆弱な心身の持ち主としての医師の役を務め、ひとの生と死を凝視する小説家を演じてきた男は、じつはとてつもない悪党だったのではないか。(曇天の霹靂)

 彼らを切り捨てることで会社が何とか生きのびてきたと同じように、自分も生きのびてきた。それでも会社がその後順調であれば、彼らを犠牲にしてきた意味もあっただろうが、相変わらずその場限りの経営を続けていっただけで、いつも苦しい状態が続き、最後は身売りとなった。
 悪党なら悪党らしく振る舞えればいいと南木さんは書いているが、そうはなれず、そのことに苦しむこととなるが、自分にしてもとことん悪党になれきれなかった。まして彼らの犠牲で今の自分があるのだと思い出してしまうから、最悪であった。そんなときいつも「辞めそこなった」と口に出してしまう。
 確かに仕事はなるものではなく、なってしまうものかもしれない。もともとこの会社に勤めたのも、アルバイトから社員に引き上げられて、そのまま居着いてしまっただけで、それが「仮末代」となってしまっただけだったのに、こんな苦い思いを抱えながら生きることを迫られるとは思ってもいなかった。だから「なんでなんだよう」といつも叫びたくなった。

南木 佳士 著 『山中静夫氏の尊厳死』 文藝春秋(1993/11発売)


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by office_kmoto | 2018-06-17 18:12 | 本を思う | Trackback | Comments(0)

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