佐伯 一麦 著 『雛の棲家』

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 この本は、「雛の棲家」「朝の一日」「木を接ぐ」「虫が嗤う」「転居記」の五編の初期連作短編集である。
 先に読んだ『ア・ルース・ボーイ』はたぶん「雛の棲家」「朝の一日」の書き直しなんではないかと思われる。
 ここには今の佐伯作品にある落ち着き感はない。ここにあるのは若い頃にある焦燥感であり、焦りや不安が満ちている。私は佐伯さんのファンであるが、私が佐伯さんの作品に触れたのは、最近の作品からで、もしこの頃の佐伯さんの作品から読むようなことがあれば、きっとこれ以上読まなかったと思ったりする。それくらいここにある作品は、暗い。
 佐伯さんが故郷の仙台に帰ってきて、老いた両親のことを書いているが、ときたま昔の母親の言動を書いた場面がある。それは何かある、と思わせたが、佐伯さん自身昔と違い受け流すことが出来たみたいで、詳しくは描かない。昔はああだったけれど、今は歳老いた姿を見るにつけ、いたわりがあるものだから、その何かがよくわからずにいた。
 しかしこの連作短編を読んでいると、佐伯さんの子供の時母親が言った言葉がトラウマみたいになっていたんだ、とわかる。

 ……五歳の夏だった。その頃からすでに彼は、幼稚園をズル休みして、孤独に憑かれたように白昼の道をさまよい歩く性癖があった。
 その日、彼は、「いいもの見せてあげる。一緒においで」と声をかけてきたちょうど今の彼と同じ頃の少年の後を蹝いて行った。東北本線の鉄道踏切にさしかかったとき、「さあ、もうすぐだよ」と少年は微笑みながらいった。
 踏切を渡るとすぐ、大きな榎の老木とその下に小さな祠があった。その祠の裏手に彼を誘い込むと、少年は「騒いだら殺すぞ」といきなりナイフで脅した。彼は、半ズボンとパンツを切り裂かれ、小さな芽のような性器を弄ばれた。少年は赤黒いペニスを彼にくわえさせた。幼いながらも、彼は、自分が巨きな恥辱をうけていることをはっきりと認識していた。

 母親が行く美容院のおかみさんに付き添われて家に帰ると、

 「何て恥さらしなことを!」
 と(母親は)怒り叫んで、彼の髪をひっつかんでしぼりあげた。「みっともないたらありゃしない」その母の激昂ぶりは、おかみさんが慌てて間に入って宥めるほどの剣幕だった。ただ、母の柔らかな胸に抱かれて思い切り声をあげて泣きたかった彼は、思いもよらない母の拒否が理解できず、殴打されるままになっていた。(雛の棲家)

 「お前は本当は生まれてくる筈じゃなかったのよ!」とヒステリックに叫ぶ若い母の声だった。幼い頃、私は幾度となくそう言い聞かされて育った。母は、私と三歳ちがいの兄の出産の際、逆子で難産だったため産後の肥立ちが悪く、持病の心臓病を悪化させてしまっていた。「もう出産はこりごり。子供なんかいらない」と思っていたところに出来てしまったのが私というわけだった。「私は本当は堕ろしたかったんだ。だけどお父さんがどうしても産めというものだから……」叱られるときの最後に、上目遣いに私を見ながら母はいつもそんなことをブツブツ呟いた。(木を接ぐ)

 幼稚園に入ったばかりの頃、四十度を超す熱を出し、一人残され、恐怖で怯えて、寝床から出て外で母親を待っていると、

 「何て子なの。あんたって子は」
 母は私を見留めると、そう叫び、髪をひっつかみ、引き摺るようにして家まで連れ帰った。そうして私は、思いっ切り蒲団の上に叩き伏せられた。
 「おとなしく寝てなきゃ駄目だとあれほど言っておいたのに。なんでいうことがきけないんだろう、この子は。もう死んだって構いやしない。まったくこんな子、産むんじゃなかった」(木を接ぐ)

 母親からこんな酷い言葉を投げつけられた子供は、

 幼時の一時期、私は、自分なんていっそのこと産まれてこなければよかったのに、と寝床の中で首を絞めたり、舌を嚙み切ろうとしたり、睾丸を握り潰そうとしたりといった自己抹殺の衝動に苦しめられたものだった。その暗い淵から這い上がることができたのは、そうした暗い一夜偶然に自瀆を知ったからだ。それからは、「お前は本当は産まれてくる筈じゃなかったのよ!私は堕ろしたかったんだ」という母の叫びを、(僕はこの女から自由なんだ)と奇妙な喜びめいた感情で聞くことができるようになった。どうせ望まれない生存なら、自分だけの手でどこまで生きられるか試してやれ、と開き直りにも似た渇望が生まれた。私は手はじめに、新聞配達をはじめた。小学三年生のときのことだ。親に何物も求めないこと、自分の手で得られないものは初めから索めようとしないこと、が当時の私の戒律だった。怪獣もプラモデルも、私には無縁だった。変速機の付いたスポーツタイプの自転車を得意気に乗り回す友だちの中で、私は新聞集積所から譲り受けた堅牢な塊のような実用車に平然と乗っていたものだ。
 高校に入ってからは、授業料さえ新聞配達の給料で払った。義務教育を終えた以上、親の施しを受けるように教育を受けるのは真っ平だった。例の戒律に従って、大学も俺には無縁だ、と蹴った。(虫が嗤う)

 最近の佐伯さんの作品には、佐伯さんと思われる主人公が故郷の仙台に帰ってきて、実家の近くに住む。そんな生活風景がいくつもあるが、歳老いた母親も産まなければよかったと言う主人公を頼るようになっている。
 子供の頃受けた母親の暴言はトラウマとなり、生き方さえ変えたけれど、故郷に帰ってきた主人公は歳老いた両親を心配しながら暮らすようになっていた。それだけ年月が経ったということなのだろうが、痴呆症の父、その父の介護に苦労している母を間近に見ると、昔のことで母を許すとか許さないとか言っていられない現実がそこにはあると言っていいのかもしれない。

佐伯 一麦 著 『雛の棲家』 ベネッセコーポレーション(1987/10発売)


by office_kmoto | 2018-07-04 05:08 | 本を思う | Comments(0)

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