〇永井 永光/水野 恵美子/坂本 真典 著 『永井荷風 ひとり暮らしの贅沢』
2022年 10月 06日
その前にこの本には荷風の養子である永井永光さんが管理している荷風の遺品を写真で紹介している。
荷風がよく持っていた買物籠の写真もある。荷風は戦後市川で居候していた頃や晩年自宅の和室で火鉢で煮炊きをしていた。その焚き付けに散策中に拾った松ぼっくりをこの籠に入れていたという話は面白かった。
その荷風の遺品であるがこの管理が大変なようだ。永光さんは荷風が亡くなった家に家族で住むために、増築し、その際畳2.5枚分の耐火金庫を作った。そこに荷風が遺していったものを入れ、保管しているそうだ。そこには『断腸亭日乗』も保管されている。(川本さんの本によると、現在『断腸亭日乗』は市川市が湾岸にある倉庫に大事に保管されているらしい)
その中に『ぬれずろ草子』もあった。春本のため、荷風の全集にも収録すれば刊行停止になりかねないので収録されていない。
ところで『四畳半襖の下張』の話をしたい。だいたいこうした本は公になるものではないが、それが荷風の知らないところで一時ではあるが発行されてしまったのである。その経緯がここに書かれる。
彼がかつて書いた作品が、被災する前に筆写され、それが人から人へと渡ったあげくに荷風が知らない古本業者と出版社によって、印刷発行されたのである。
荷風は警察から事情聴取を受けるが、知らないと言い張った。
ということで一部の好き者によって残されたこの『四畳半襖の下張』は今でもネットで読むことが出来る。私もそれを読んでみて、この『ぬれずろ草子』の一部と比べてみた。
この『ぬれずろ草子』は戦争未亡人の絹子が男を求め、占領軍のアメリカ兵に求める話であるが、私には『四畳半襖の下張』と比べ、単に“エロ小説”しか思えなかった。『四畳半襖の下張』の方が娼婦と男の駆け引きが心理作戦のように書かれている。しかし『ぬれずろ草子』にはそれがなく、ひたすら男を求める絹子の姿があるだけのようだ。
まあ、春本の読み比べなどしたことがなかったので、これはこれで面白かった。
ちなみにこの『四畳半襖の下張』が昔あった月刊誌『面白半分』に当時編集長をしていた野坂昭如が掲載した。それがわいせつ文書販売の罪に当たるとされ、起訴され裁判となった。被告側は丸谷才一を特別弁護人とし、証人として著名作家を申請した。その中に開高健さんもいて、この作品がわいせつなら自分の名前も開いて高くて健やかと堂々と名乗っているのはわいせつじゃないのか、と反論しているのを読んだことがある。ちょっとした言いがかりにも聞こえるが、確かに『四畳半襖の下張』の本文には
「開中また潤ひ来りて、鼻息もすこしづゝ荒くなるにぞ、」
「開中また潤ひ来りて、鼻息もすこしづゝ荒くなるにぞ、始めは四度目五度目位、後には二度目三度目位にぐツと深く突入れ、次第々々抜さしを激しくすれば、女はもうぢきお役がすむものと早合点して、此の機はづさず、一息に埒をつけてしまはうといふ心なるべし」
とあるから、「開」を取り上げれば、そう言えなくもない。
永井 永光/水野 恵美子/坂本 真典 著 『永井荷風 ひとり暮らしの贅沢』新潮社(2006/05発売)とんぼの本