2018年 06月 13日 ( 1 )

長岡 義幸 著 『「本を売る」という仕事―書店を歩く』

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 まずはこの本を読んで驚いたことを書く。

 「いま中学生の娘が小学生だったとき、読書感想文の宿題が出ました。先生は『この本は(新古書店の)ブックオフにありますからね』と、話したというのです。これでは、新刊を扱っている本屋に子どもたちがやってこなくなりますよね」

 再販制の本を探していると書店員に尋ねても「再販?」という反応。本の定価販売制度のことですと説明しても、なぜか通じない。五、六人に聞いたのに、全員が同じ対応だった。
 出版産業の根幹となる制度だと業界が一丸となって再販制度護持を訴えているのに、書店の現場では、そもそも再販制という言葉自体がほとんど知られていなかったのである。
 出版社の認識も大差ない。当時、「法律で定価販売が義務づけられているので、値引き販売はできません」と説明している出版社さえあった。

 これを読んだ時唖然とした。
 今は学校の教師が読書感想文のための本を本屋ではなくブックオフを勧める世の中になっているんだ、と思った。しかも家業が本屋の娘を前にして、堂々と臆面もなく言える無神経さが呆れる。
 再販制の意味を今の若い書店員が知らない、というのも、へぇ~、そうなんだ、と思った。でも今の書店員って、本を知らないバカな店員が多いようだし、知らなくてもネットで検索も簡単にできるから、専門知識も不要なのだろう。まして再販制など普段の業務には関係ないし、きっとマニュアルにも書いていないのだろう。
 さらに驚くのがこの出版社の話。定価販売を法律で義務づけられていると平気で言っちゃうんだ。
 もっとももう本屋をやめて30年以上経って、リタイアした60過ぎの親父が未だに再販制などに出版業界の事情に興味があるのもおかしな話だが……。
 ちなみに本の定価を出版社が決めても独禁法違反にならないのはその適用除外に出版物がなっているだけのことで、法律で決められているわけじゃない。むしろ猶予されているだけのことである。

 さて、この本は街の本屋さんがどんどん消えて行く中頑張っている本屋さんの探訪記である。こうした本はこれまでもいくつも読んできたので、少々食傷気味なのだが、ただこの本はこれまでの本に紹介された本屋さんみたいに、生き残るために特化したり、専門化したりしたお店ではない。あくまでもその地域に根付いた本屋であること。そして出版物をコアとする街のよろず屋さんのようになり、街の本屋さんだからこそ出来る生き残りがあることを教えてくれる。そうした本屋さんは地方の本屋さんにその姿を見ることが出来る。ただ地方だからそうならざる得ないというのではなく、本来街の本屋さんってそれが正しい姿なんじゃないか、と思ったりする。本屋さんはその街のインフラでもあったはずで、それを我々は蔑ろにしてしまったのではないか、と思う。
 特に東京はひどい。この本によると、東京では個人経営の新規書店がこの10年に2軒しかなく、2016年に辻山良雄さんの「本屋Title」を加えて3軒だけという衝撃の事実がある。(著者によるともう1軒あるという)これじゃあ、街が街でなくなるのも当然のような気がする。とにかくちょっとサンダルでも履いて本屋に本を見に行こうと出かけることが出来なくなっている。本屋に行くのに電車を使って行かなければならないなんて、異常だろう。
 本屋さんがなくなっていくデータがここに示されている。それを書き出してみる。(この本では縦書きのため、年、数字が漢数字になって読みにくいので横書きに変えた) 

 書店の全店調査をいている出版社、アルメディアの調査では2017年5月1日現在、全国の書店数は12,526店だった。19990年に22,296店あった書店が17年間で43パーセント以上も減少していた。単純計算で毎年500~600店ずつ書店がなくなっていたことになる。
 2016年も数字を詳しく見ると、よりいっそう厳しさを実感せざるを得ない。支店を含む新規開店が133店、閉店が632だった。新しい店舗が一軒できると、その一方で5軒近く消えているわけだ。アルメディアが統計を発表しはじめた1999年以後に開店し、2017年を待たずに閉店した書店も加えれば、一度でも営業したことのある書店の半数前後しか営業を継続できなかったということでもある。
 もう少しさかのぼると、バブル崩壊直前の1990年代初めには、23、000~24,000店の書店があったとされる。このとき存在していた書店で、いまも同じ場所で営業を続けている書店はおそらく3割前後にしかならないだろう。なくなった書店の過半は、小規模の街の本屋であることは間違いない。
 では、大型書店やチェーン店はどうか。――決して安泰とはいえそうもない。
 97年には、ジュンク堂池袋本店が1,000坪という広大な売場で開店した(2001年2,000坪に増床)。この前後から、ナショナルチェーン書店は、スクラップ・アンド・ビルドを繰り返しつつ、売り場面積の拡大を続けた。近年まで書店数は減っても、新規書店の大型化が進んだことから、すべての書店を合わせた売場面積は増加の一途だったのである。ところが、2013年前後に総売場面積も減少に転じ、2014年には閉店した書店の平均売場面積がはじめて100坪を上回った。規模を追求して売り上げを伸ばそうとしても、現実は厳しかったということだ。


 その一方で、2000年はアマゾンが日本に上陸して、急激に規模を拡大し、いまや紀伊國屋書店などを大きく抜き去り、事実上、売上高日本一の書店になっている。“リアル書店”は、ますます居場所を失っているかのようだ。
 書店が苦境に陥っている最大の理由は、出版市場全体の急激な縮小のゆえである。ピーク時1996年、トータルで2兆656億円の推定販売額を誇っていた書籍・雑誌の市場は、2016年には3分の2以下の1兆4,709億円に縮小した(出版科学研究所調べ)。とりわけ雑誌の落ち込みは激しく、1兆5,633億円だったのが2016年に7,339億円になってしまった。半減以下だ。雑誌の販売に頼る小規模の街の本屋にとってはまさに痛打となっている。

 よく出版業界は不況に強い、と言われる。しかし現実はそうでないことをこの本は教えてくれる。バブルが崩壊して、他の業種がおかしくなったのと同じように出版界も景気が悪くなっていたのである。
 ではなぜ出版業界は不況に強いなんて言われたのであろうか?その見せかけの「成長」が続いたカラクリを説明してくれる。

 出版産業の総販売額がピークを迎えたのは1996年のことだ。90年代はじめにバブルが崩壊しても成長が続いていたことから、出版は不況に強いという、もっともらしい言説が流通したものである。だが、“幻想”は打ち砕かれる。その後、ほぼ一貫して右肩下がりを続け、いまや販売額は最盛期の3分の2以下だ。
 ならば、街の本屋の苦境はピークを過ぎた97年以降に深刻化したかと言えば、そうではない。90年代に入ったばかりのころ、新刊書店の全国組織、日本書店商業組合連合会(日書連)は、書店の閉店が年間1,000店に達していると訴えた。その多くが中小零細規模の書店だ。ではなぜ、90年代半ば以降まで出版産業が伸長を続けたのだろうか。
 当時、売場面積1,000坪を超える大型書店の新規開店が徐々に増えはじめた。通例、取次は、新規書店の初期在庫の支払いを数カ月先延ばしする(業界用語では「延べ勘」ないしは「延べ勘定」と呼ぶ)などして、立ち上げを支援する。ところが大型書店の一部では、数年間、初期在庫の支払いを猶予するなどの優遇策が採られていると言われていた。そして数年後、また大型の新規書店が開店する。初期在庫分の精算時期が近づき、その支払いを繰り延べるための「飛ばし」ではないかとまで囁かれた。

 大型店の出店で市中在庫が増え、取次段階で売り上げが立ち、成長が続いていたかのように、私を含め皆が錯誤していたのが、90年代の出版市場だったのだろう。しかし、その“恩恵”を与れなかった街の本屋は、バブル崩壊と軌を一にするように大量閉店・廃業がはじまっていたのが実情であったわけだ。
 日書連加盟店数は1986年の12,953店をピークに30年連続減少し、2017年には3,504店になっていた。日書連傘下の東京都書店商業組合を見ると、1990年に加盟1,400店を超えていたのが336店(2017年4月現在)まで減った。

 出版科学研究所が推計した2016年の出版物販売額はトータルで1兆4,709億円(前年比3.4パーセント減)となり、その内訳は書籍7,370億円(同0.7パーセント減)、雑誌7,339億円(同5.9パーセント減)と41年ぶりに書籍と雑誌の販売額が逆転してしまった。街の本屋が少なくなり雑誌の販売額が減ったのか、雑誌の売れ行きが落ちて街の本屋が成り立たなくなったのか?出版産業にそのダブルパンチが直撃しているのは間違いない。

 いやぁ、これには驚いた。大型書店の出店で仮の売り上げを計上していたとは知らなかった。まず驚いたのが支払い延べ勘定が数年あるとは異常だろう。そして中小書店が閉店に追い込まれる中、大型書店がどんどん出来ていくわけが、前の出店の支払時期が迫るために、また大きな書店を作ることで、とりあえず数字上据え置く為のものだったのだ。
 一方街の本屋さんが廃業に追い込まれる数字がここに如実に表れている。やはり東京がひどいことがよくわかる。
 ではなぜ街の本屋さんが廃業に追い込まれるのか。そこには様々な事情があるのだが、何といっても売り上げの減少だろう。1970年以降、出版業界では書籍より雑誌の販売が上回る「雑高書低」が続いていて、街の本屋は稼ぎ頭と言えば文庫、コミック、雑誌の三つであった。その雑誌(コミックを含む)が売れなくなったことで、中書書店が成り立たなくなってしまったのである。

 最後に取次の太洋社の倒産の話を書く。昔神田村で仕入をしていた頃、太洋社にもお世話になったことがあり、特に小学館や集英社の本や雑誌、コミックなどここで仕入をしていた。そのこともあって、太洋社の倒産の事情が気にかかった。そして太洋社が中小書店を支えていたので、その倒産が取引のあった書店に悪影響を及ぼし、閉店に追い込まれた事情を知って、これまた驚いた次第である。

 2015年6月には、当時取次四位の栗田出版販売が東京地裁に民事再生法の適用を申請。翌年4月、取次三位の大坂屋と統合し、大坂屋栗田(OaK出版流通)として再出発した。同年2月5日には、この時点で取次七位だった太洋社が経営悪化を理由に自主廃業を取引先に通知した。しかし、有力な取引先であった中堅書店の芳林堂書店が2月26日、自己破産を申請したことによって債権回収が困難となり、3月15日、太洋社も東京地裁に破産を申し立て、即日破産手続きの開始となった。國弘晴陸社長の「ご報告とお詫び」という文書には「もはや万策が尽きた」と綴られていた。
 栗田出版販売は大坂屋との統合で存続を果たし、書店はいままでの取引関係を維持できた。書店が連鎖倒産したという話は聞かない。
 一方、太洋社倒産の影響は甚大なものとなった。自主廃業を通知した時点で約300法人800店舗の書店と取引していたと伝えられ、太洋社は取引書店に新たな取次を紹介するとしたものの、信用調査会社の発表や新聞報道では、倒産・廃業したと名前の挙がった書店は20店舗以上に達した。太洋社の事情に明るい出版業界関係者によると、一店舗で複数の取引口座を持っている書店もあったので、実際の取引書店は実店舗数で500前後だったらしい。このうち100店に近い廃業店が出ているのではないかとのことだった。太洋社との取引で辛うじて存続していた街の本屋が次々と姿を消す事態となってしまったのである。

 さらに他の事情もある。
 普通本屋を開業するにあたり、取次に担保を差し出す。これは本屋の支払いが滞ったときに穴埋めするためのもので、これを取引信認金(保証金)という。通例、信認金は月商の2カ月分か3カ月分となる。
 太洋社が潰れれば他の取次と取引せざるを得ないわけで、新たに用立てなければならなくなる。(栗田出版販売が書店から預かっていた信認金は、そのまま新会社に引き継がれたそうだ)
 しかも倒産である。太洋社の信認金は宙に浮いたまま、まるまる戻って来ないで、たぶん焦げ付いてしまったのが多かったのではないか。
 ではなぜ太洋社は自己破産したのか。

 「業界全体が落ち込み、その波を受けたのは確か。それ以上に、大手取次の攻勢による帳合変更合戦に巻き込まれ、取引書店が減ってしまったことが大きかった」

 太洋社は、大手取次の草刈り場となり、規模の大きい有力書店が次々と別の取次に移っていた。

 書店の取引状況を調査しているアルメディアのまとめでは、2005年に579店、2010年に521店あった太洋社の取引書店が1015年は382店に減少。売上高は2005五年に過去最高の486億円に達したものの、2010年の400億円を経て、2015年には171億円に激減していた。

 著者は面白試算をしている。すなわち取次の一書店あたりの取引額はいくらあるのだろうかと算出しているのである。方法は以下の通り。
 取次各社の2015の決算/取引書店数=一店舗あたりの売上高

 日本出版販売:6,610億円/4,315店=1億5,319万円
 トーハン  :4,951億円/4,845店=1億219万円
 大坂屋   :681億円/698店=9,756万円
 栗田出版販売:329億円/638店=5,157万円
 中央社   :235億円/405店=5,802万円
 太洋社   :171億円/382店=4,476万円

 太洋社の年商4,476万円、月商にすると370万円ほど。この月商を書店にそのまま置き換えると、マージンが20%で粗利益は70万円強。このうち人件費に割けるのがこの半分とすると、平均的なサラリーマン一人の収入にも満たないことになる。

 太洋社取引店の平均月商が300万円半ばだったとすれば、300万円以下の書店はかなりの割合だっただろう。破産した太洋社を筆頭に大坂屋に事実上吸収された栗田出版販売も含めて、大手取次が相手にしない、あるいはしたくない、小商いの書店を下位取次が“守ってきた”とも言えるわけだ。

 とにかく中小書店における環境は厳しいことは事実である。著者は次のように言う。

 書店業への愛着を持ちつつ、それぞれの事情を抱え、やむなく店を閉じ、また、かろうじて存続させているのが、いまの街の書店なのである。

 まさにこの通りなのだろう。

長岡 義幸 著 『「本を売る」という仕事―書店を歩く』 潮出版社(2018/01発売)


by office_kmoto | 2018-06-13 08:43 | 本を思う | Trackback | Comments(1)

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