2018年 08月 10日 ( 1 )

貫井 徳郎 著 『乱反射』

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 この本も以前文庫本で読んだ。読んだ時、これは傑作だと思った。だから単行本が欲しいと思い、古本で手に入れたので再度読んでみた。

 物語は街路樹が倒れて二歳の男のがその下敷きになり亡くなる話で、大きくわけて二部に分かれる。まずなぜ街路樹が倒れ、男の子がその下敷きになり亡くなったのか。その後その原因追及がそのあと続く。だから物語は-(マイナス)44章から始まる。以降どんどんさかのぼっていき、街路樹が倒れる経緯が描かれる。そして〇章で街路樹が倒れる事故が起こり、その原因、関係者の追求の話となるようになっている。

 まずは街路樹が倒れて2歳の息子を失うことになる新聞記者の加山聡の家族が旅行へ行く場面から。
 家を空けて出かけるため、家にあった生ゴミをそのままにして置くわけにもいかず、生ゴミを車に積んで、サービスエリアで捨てた。

 「まあ、一回だけならいいか」

 まずは街路樹が倒れ、その下敷きなって息子を失う加山の小さなルール違反をここで描く。

 田丸ハナは子育ても終わり、これから自分は何をすればいいのか考えあぐんでいる主婦。近所に住む阿部昌子の家の近くに高層マンションが建つ計画が持ち上がりその反対運動に顔を突っこむ。ただし性格柄、けしかけることはしても、自分から率先して行動しようとするタイプではなく、誰かが先に立ってくれるのに追従することを望んでいる。
 阿部昌子の近所にする佐藤和代は、やはりマンション計画に反対しているが、田丸ハナを鼻持ちならない人間と見なし、田丸の言動をむしろ小馬鹿にし、面白がっている。

 三隅幸造はよくいる一昔前の頑固オヤジタイプ。定年退職後することがない。仕事一辺倒だったため、定年後妻にも娘にも相手にされない。むしろ妻が習い事に出かける姿を生き生きと見えてしまう。
 そんな時トイプードルのクマを飼い、溺愛し、自分の淋しさを紛らわす。
 三隅幸造はひどい腰痛持ちだった。だからクマの散歩のとき、屈んでフンの始末が出来ない。そのままフンを街路樹の根元に放置していく。

 「ずいぶんフンが溜まってきたなぁ」
 心の疚しさが、そんな言葉を吐かせた。誰も清掃しない街路樹の根元には、ここ数日分のクマのフンがそのまま堆積している。申し訳ないとは思いつつ、幸造は何もできなかった。ここなら通行人がフンを踏んでしまうこともないだろうと言い訳をして、罪悪感をわずかに軽減させるだけだった。

 内科医の久米川治昭は3つの病院を掛け持ちしているアルバイト医師。最近の医療訴訟にうんざりしているため、自分はそんな重篤な患者を診たくないし、責任も負いたくないので、アルバイト医師に甘んじている。

 安西寛は小さい頃から体が弱く、大学生になってもすぐ風邪をひく。病院に掛かるが、混雑する病院の待合室にいると他の病気がうつってしまうかもしれないと思い、夜間救急を利用する。その病院にはやる気のない久米川が夜間診療を担当していた。

 医者は淡々と診察するだけだったが、カルテを持ってきた小太りの看護師は軽く睨むような目をむけてきた。その程度の症状で救急時間帯に来るなんて、と内心腹を立てているのだろう。寛は気づかない振りをして、医者にだけ礼を言って診察室を出た。待合室ではさほど待たされることになく、会計をしてもらえた。薬局が閉まっているから、会計と同時に薬も出してもらえる。これが日中なら、ここまで済ませるのに三時間はかかっていただろう。やはり診察してもらうなら夜に限ると、寛は改めて強く思った。

 小林麟太郎は市役所道路管理課職員である。麟太郎は上昇志向が皆無で、競争や争い事大嫌いであった。事なかれ主義を通して役人人生を終えたいと思っていた。そんな麟太郎が道路拡幅に伴う街路樹伐採の事前調査している途中、田丸ハナに声を掛けられる。麟太郎は田丸に道路拡張のため街路樹を伐採する為の調査をしていると言う。それを聞いたハナは道路拡張のために生きている木を伐採されるのを不条理と感じ、反対運動を起こそうとする。この運動を起こすことで娘の佐緒里を見返そうと思ったからだった。
 佐緒里は彼氏に振られ、縁故採用された会社を1年あまりで辞めると言う。それを聞き、口論となり、佐緒里はハナのように夫に尽くすだけの人生は真っ平だとハナの人生を否定した。だからこの反対運動をすることで、自分にも夫や家族以外に積極性があることを佐緒里に見せられると思った。
 麟太郞はハナと話が終わった時、木の根元に大量の犬のフンがあることに気づく。同僚から、このまま放置しておくと苦情が出るから、麟太郞が片づけろと言われ、渋々処理をするが中途半端に終わらせてしまう。
 しかし再度市民からフンの苦情が寄せられ、麟太郞はその処理をすることになったが、その時子供たちに馬鹿にされた。

 聞くに堪えない、心ない言葉の数々だった。いったい誰が好きこのんで、犬のフンをなど片づけると思っている?汚い仕事でも誰かがやらないと大勢の人が困るから、こうしていやいややっているのではないか、何もわからない子供のくせにして、偉そうなことを言うな!
 激情に駆られて、手にしていた箸を地面に叩きつけた。

 根元にはまだフンが残っていたが、知ったことではない。そのままそこを去った。

 「あのう、ちょっとすみません」

 と安西寛はキャンパスで雪代可奈から声を掛けられる。休んだ講義のノートをコピーさせて欲しいと言われ、加奈が可愛いので、寛は二つ返事でノートを貸す。以来二人は同じ授業で隣り合わせに坐ったりする。寛は舞いあがっていた。
 寛は自分が体が弱く、風邪を引きやすい。けれど病院は昼間行くと待たされるし、他の病気を貰いかねない。だから夜間診療をしている病院に行くのだ、とその便利性を得意気に言う。
 そんな可奈から深夜電話があり、風邪を引いたらしく、病院に行きたいが、夜間診療をしている病院を教えて欲しいと言う。寛はいつも行く病院を教えるが、加奈が心配になり、その病院に行く。しかし加奈は寛に対してつれない態度を取った。もともと付き添わなくても一人で病院に行けると行っていたのに、なぜ来るのか。深夜ノーメーク、普段着で来ていたのでそんな自分の姿を他人に見られるのが嫌であった。しかし寛はそんな女心がわからない。こういう自分勝手な男は人の気持ちなどわからず、物事を自分の都合にいいように考える。そんな可奈はだんだん寛から距離を置くようになる。

 寛はまた熱っぽくなり、いつものように夜間診療をやっている病院に行くが、待合室に多くの患者が待っていた。

 「すみません。どれくらい待ってますか」
 疑問を解消するために、一番近くに坐っている人に話しかけてみた。寛とさほど変わらない年齢に見える男は、壁掛け時計に目をやって答える。
 「三十分くらいかな」
 「そんなに。来たときはもう、これくらい人がいたんですか」
 「うん、けっこういたね。夜だと空いているって聞いたから来たのに、思ったほど空いてなかったな」
 「夜なら空いている?そんな評判が立ってるんですか」
 「そうだよ。友達から聞いて、なるほどねと思ったんだけどさ」
 
 榎田克子は運転免許を持っているが、車庫入れが上手くできない。さらに家の車庫が道路に面しているため、車庫入れ時、路上の車を止めて、やっとの思いで車を車庫に入れる始末。
 妹の麗美の彼氏が借りた克子の車の車体を擦ってしまい、麗美のお気に入りの大型のSUV車を買い換えることになった。ところがただでさえ車庫入れがうまく出来ないのに大型のSUV車ではさらに車庫入れが難しくなる。道路で車庫入れを待っている車は渋滞し始め、あちこちでクラクションが鳴り始める。克子はパニックになりついに車を放り出して降りてしまう。

 足達道洋は石橋造園土木に勤務。樹木医の資格も有する。しかし息子の誕生をきっかけに極度の潔癖症になり、息子のおむつ替えは愚か、抱き上げることもできなくなる。夫婦生活も例外ではなく、妻の体を除菌シートで拭いてからという始末。

 街路樹伐採反対運動をやろうと考えたハナは、娘を見返すために始めた英会話教室で知り合った粕谷静江に道路拡張のため街路樹が伐採されることを話す。静江は積極的に街路樹伐採反対運動の中心人物になっていく。ハナは静江が自ら積極的に動いてくれため、自分が先頭に立たなくて済む。そのことを喜んだ。静江の友人の夫で市議会議員のアドバイスを受け、署名運動だけでなく、実力行使も辞さない態度が必要と言われ、伐採の準備に来ていると思ったハナたちは安達たちの調査を邪魔した。

 安達は単に市に依頼され街路樹の診断をしようとしていたのであった。それは5年に一度行われるもので、伐採とは関係ないものだった。結局その時はハナたちの反対があって街路樹の診断が出来なかった。そのためハナたちが反対運動をしない早朝に再度街路樹の診断を始めたとき、安達は木の根元にフンがあることに気づく。病的な潔癖症の安達は、

 しかし道洋の視線は、まるで磁力で弾かれるようにどうしてもフンには向かなかった。足は竦み、背中を悪寒が走り、意識が不意に遠くなりそうな心許なさを覚えた。

 (略)

 駄目だ、この木には近寄れない。道洋は白旗を揚げざる得なかった。足元に犬のフンがいくつもあるような、そんな恐ろしい状態で仕事ができるわけもない。無理に強行すれば、道洋はパニックを起こして我も忘れてしまうだろう。叫び出して逃走するか、あるいはその場で失神するか。いずれにしろ、能力の限界を超えた作業であるのは間違いなかった。

 (略)

 そのときふと、ある重要な情報を思い出した。ここの木は近いうちに、道路拡張のために伐採されるのだ。道洋たちは依頼されたことをそのまま忠実に遂行するしかないが、無駄な作業なのは確かだ。ならば、一本くらい診断しなくてもいいのではないか。先輩に押しつけ、気まずい思いをしてまでやらなければならない仕事ではない。この場をなんとか逃れたい気持ちが、道洋に言い訳を許した。

 こうして倒木寸前の病気の街路樹はそのままにされた。そして強風が吹いた日に、その木は倒れた。そして加山聡の一人息子健太がその下敷きになる。救急車が呼ばれ、近所の病院に問い合わせをしたが、治療を断られる。内科医の久米川治昭いる病院であった。しかも車を放りだして逃げ出した女性がいたため、救急車は渋滞のため先に進めなかった。そして健太は死亡した。
 悲しみに暮れる加山に上司はこれは人災だ。このまま泣いているだけでいいのか。原因を追及しろと言われる。
 そしてこれまで記したこの街路樹が倒れる原因になった関係者に会っていく。しかし誰も自分の非を認めない。単に≪石橋造園土木≫の安達道洋を業務上過失致死罪で逮捕されただけだった。しかも彼は病気であった。事故は複合的な原因で起こっただけに加山は安達道洋だけの責任として認められなかった。加山は街路樹倒木に関係ある人物たちに会っていくと、

 「みんな、そうなんですよ。私が訪ねていくと、みんな怒るんです。自分は悪くないと、開き直って怒るんです。どうして怒れるんでしょうね。やっぱり私の方が間違ってるんですか。私は言いがかりをつけているだけなんですか。誰のせいで健太が死んだのか、知りたいと思っちゃいけないでしょうかね」

 「誰も謝ってくれない。誰も自分の罪を認めてくれない。誰かひとりでも謝ってくれれば、ここまでの絶望感は味わずに済んだかもしれない。こんなにも人間を憎まずにいられたかもしれない。でも、誰も謝ってくれない。健太が死んだのに、おれの健太が死んでしまったのに、誰も責任を取ろうとしないんだ……」

 加山は咽が渇いたのでコンビニ足を向ける。小腹も空いたのでおにぎりとウーロン茶を買った。食べ終わったあと、ゴミをゴミ箱を入れようとした瞬間、あの時のことを思い出した。健太が生きていたとき、家族旅行を行った。そのとき家に溜まったゴミをそのままにしておくことが出来なかったのでサービスエリアに捨てたことだ。

 「ああああああああああ」

 「……おれだったのか。おれが健太を殺したのか」

 加山は自分は死んだ子供の父親だから関係者を責める権利があると思っていた。しかしあの時のことを思い出したとき、自分には他人を糾弾する権利がない。彼らがした行為と加山の行為に差異はない。彼らが責められるべきしたことならば、自分も同じように罪を背負った人間だった。加山は力尽きるまで絶叫し続けたのであった。

貫井 徳郎 著 『乱反射』 朝日新聞出版(2009/02発売)


by office_kmoto | 2018-08-10 04:28 | 本を思う | Trackback | Comments(0)

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