2018年 10月 13日 ( 1 )

宮部 みゆき 著 『蒲生邸事件』

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 尾崎孝史は予備校の試験のため父親から勧められた千代田区平河町のホテルに入った。チェックインを済まし、エレベータを待っている時、観葉植物に隠れていた壁に掛かった額縁に入った写真を見つける。

 「陸軍大将 蒲生憲之」

 とある。説明文も付いており、このホテルは蒲生憲之邸の跡地に建っていることを知る。そこには蒲生憲之の人物像についても書かれており、蒲生は昭和11年2月26日の二・二六事件の当日に長い遺書を残して自決したと書かれていた。残された長い遺書は戦前の日本の政府、軍部について詳しい分析をし、その後来る日本の敗北まで予見したもので、その先見の明について歴史家の間で高い評価を受けている、と書かれていた。
 孝史には相客がいた。その中年の男は周りもひどく暗く感じさせた。
 そしてそのホテルが火事になり孝史はその中年男、平田に助けられるのだが、孝史が平田に連れ出された先がなんと昭和11年2月26日の二・二六事件が真っ最中の蒲生憲之邸の小屋であった。
 物語はここから以外な展開を始める。平田という中年男はいったいどんな男なのか。どうして避難先として連れて来られたのが昭和11年2月26日なのか。
 平田は孝史に語る。

 「こうするしかほかに、あの火事のなかから逃げ出す方法がなかったんだ。信じられないのはよくわかるよ。でも、事実なんだ」
 「何が事実だっていうんです」

 「我々はタイムトリップしたんだ」
 タイムトリップしただと?
 言葉もない孝史に向かって、男はわずかに後ろめたそうな顔をしてみせた。
 「私はね、時間旅行者なんだよ」

 「そう……我々は今、昭和十一年二月二十六日未明の東京、永田町にいるんだよ。間もなく――あと三十分もしないうちに、二・二六事件が始まる。この一帯は封鎖され、人の出入りは難しくなる。まして君のような何も知らない人間が歩き回るには危険すぎる四日間が、これから始まるんだ」

 平田は自分のタイムトリップできる能力をどうして持つことになったのかを語り始める。

 「代々母方の一族のなかにひとりだけ、時間軸を自由に移動することができる能力を持った子供が生まれてくるというんだな。その子は例外なく『暗く』、気味悪い雰囲気を持っていて、人から愛されないという宿命も背負っている。しかも早死にだ。だから当然、子孫も残せない。次の世代の時間旅行能力者は、彼もしく彼女はごく普通の兄弟たちの子供たち世代――つまり甥や姪たちのなかから、またひとりだけ生まれてくるんだ」

 孝史は平田の言うことを理解できずにいたが、とにかく現代に帰してくれと頼むがそれが出来ない理由を言う。タイムトリップは著しい体力消耗をするから、すぐタイムトリップすれば死んでしまうと言う。
 結局平田の甥として孝史は昭和11年2月26日の蒲生邸にいることになる。そして物語はタイムトリップした平田と孝史の会話が面白い。

 俺、どうなるのだろう?

 俺は――尾崎孝史は、タイムトリップできるおっさんとなんか知り合わなければ、そしてあそこで彼に助けられなければ、本来、平河町一番のホテルの二階の廊下で焼け死んでいるはずの人間だった。ところが、それがこうして命を拾い、いっとき過去に足を置いて、それから現代に――自分の生きる時代に帰ろうとしている。
 これは正しいことなのか?孝史は、こうして生き延びることによって、歴史の歯車を狂わせてしまうのではないか?

 「俺、帰る場所はある?」

 「その心配は無用だ」

 「君の帰るべき場所はちゃんとあるよ」
 「だけど俺、歴史を変えちまったんだよ?」
 平田は首を振る。「関係ないさ。大丈夫だよ」

 「歴史にとって、君はさほど重要な人物じゃないからだ」

 「君の言うとおり、事実は歴史の一部だ。歴史を構成している。天災なんかの自然現象を除けば、事実を起こすのは人間だから、歴史上では事実イコール人間ということになる。人間は歴史の一部だ。だから、取り替えがきく」

 「我々人間は、歴史の流れにとってただの部品だということさ。取り替えか可能なパーツでしかない。パーツ個々の生き死には、歴史にとっては関係ない。個々のパーツがどうなろうと、意味はない。歴史は自分の目指すところに流れる。ただそれだけのことさ」

 「歴史が先か人間が先か。永遠の命題だな。だけど私に言わせれば結論はもう出ているよ。歴史が先さ。歴史は自分の行きたいところを目指す。そしてそのために必要な人間を登場させ、要らなくなった人間を舞台から降ろす。個々の人間や事実を変えてみたところでどうにもならない。歴史はそれを自分で補正して、代役を立てて、小さなぶれや修正などすっぽりと呑み込んでしまうことができる。ずっとそうやって流れてきたんだ」

 「どうしてそんな自信たっぷりに断言できるんだよ」

 「これまで何度もタイムトリップをして、そういう事実を確かめてきたからさ」

 平田はタイムトリップが出来る能力があることを知ったことで、歴史の中にある大きな事故や事件の時にタイムトリップしてそれを事前に食い止めようとした。そうすることで多くの人が犠牲になることを防ごうとした。けれどいったん食い止めたとしても、最終的には何も変わらなかった。歴史的事実を変えても、歴史は代役を立てて同じ事故や事件を起こす。平田はその例として平成元年に起こった日航ジャンボ墜落事件を防ごうとした。平田はそのジャンボ機を飛ばさないように事件爆弾を仕掛けたという脅迫電話を掛け、飛行機を飛ばさなかった。しかし平田がジャンボ機を飛ばさないようにした日時は12日ではなく10日だった。そして12日にジャンボ機は堕ちた。

 「わからないか?私は001便(10日に飛ぶ予定だったジャンボ機のこと)が墜落することは防いだ。でも、その二日後に、別のジャンボ機が堕ちた。私のしたことは、歴史を変えることになんかならなかったわけだ。私はただ、墜落するジャンボを001便から他の飛行機に替えただけだったんだ。八月十日以降も昭和六十年に留まっていた私は、リアルタイムでそれを知らされたよ」

 「がっくりしたよ。がっくりなんてもんじゃない。あれで自分に見切りがついたんだから。やっぱり駄目だ、歴史を変えることなんかできない、とね。それまで以前にも、私は何度も似たようなことを繰り返してきていた。ひとつの過去の惨事を防ぐ。そうすると、まるで私の努力を嘲笑うみたいに、必ず似たような事件が起こるんだ。むろん、係わる人びとも違う。でも事件の性質はそっくり同じだ。起こる事件そのものを絶対的に防ぐことなんて、できやしないんだよ」

 平田はこうして事件や事故に巻き込まれる人びとを他の誰かに置き換えることが出来た。誰にでも置き換えることが出来るということは、そこに自分の気に入らない人物をそこに置き換えることが出来るし、最初から気に入らなければそのまま知らん顔をして見殺しにすることも出来る。だから平田は自分自身を“まがいものの神”と言う。

 「そうさ。歴史が頓着しない個々の小さなパズルの断片、役者の位置を変えたり、彼らの運命を左右したりすることはできる。私の好みで。私の自己満足のために」

 「私は死ぬ運命にある人を助けることができる。その人間が気にくわなければ見殺しにすることもできる。あるいは、大きな事故が起こるとわかっている場所に、自分の嫌いな人間をわざわざ行かせて、殺したり傷つけたりすることもできる。そうして何の罪にも問われず、誰にも気づかれず、恨まれることもない。ああ、気持ちがいいさ。爽快だよ」

 「でも、まがいものはしょせんまがいものだ」

 こうした自分の好悪や趣味で置き換えをすれば、そのツケは自分にはね返ってくる。本物の神なら罪悪感も使命感もないだろうが、まがいものの神である自分は、したことによって生じた結果をまともに向き会わなければならなくなる。

 「あの事件(宮崎勤事件のこと)起こったころ、私はもう、今話したような結論に達していた。たとえば私が過去にトリップして、生まれたばかりのあの容疑者の青年を殺してしまうとする。そうすれば、彼はあんな連続誘拐殺人事件を起こすことはできなくなるだろう。被害者四人の女の子たちは助かるだろう。だが、それでどうなるかと言ったら、なんのことはない、彼じゃない別のAかBだかの心を病んだ青年が現れて、あの四人の女の子じゃない別の女の子たちをさらって殺す――そういう事件が結局は発生するんだ。歴史が、あの時点で、ああいうタイプの犯罪がこの国の社会に登場するという方向に流れてゆく以上、それはどうしたってそうなるんだ。つまり私は、容疑者と被害者を別の人間に置き換えただけということになる」

 「私が大車輪で過去に戻り、歴史的事実に修正を加えようと行動を起こすとしよう。それでも、大東亜戦争は起こるだろう。原爆も落ちるだろう。高度成長も起こるだろうし、ぜんそくや有機水銀中毒症のような公害病も出てくるだろう。それは広島じゃないかもしれない。水俣じゃないかもしれない。でも、どこかで起こる。誰かが巻き込まれる」

 平田はなんとかして孝史を連れて現代に戻ろうとしたが、行きついた先は昭和20年5月25日の東京の空襲であった。そしてそこで目撃したのは、二・二六事件当時蒲生邸にタイムトリップしたときに孝史たちにやさしくしてくれた女中のふきの焼き爛れた死体だった。
 慌ててそこから脱出して戻ろうとしたが、結局また蒲生邸に戻ってきてしまった。しかも一日に三度タイムトリップしたものだから、平田は倒れてしまう。結局孝史は平田が回復するまでに、この時代に残ることとなってしまう。そして事件は起こる。
 平河町のホテルにあった蒲生憲之の説明通り、二・二六事件勃発当日に銃で自決した。蒲生憲之の死の真相はなんだったのか。孝史はそれを探っていく。
 そもそも軍人である蒲生憲之は退役後“転向”して、その遺書に自ら所属していた軍の批判を書き、その後の日本の行く末を予見できたのだろう。ここに黒井という一人の女中が関係してくる。黒井は平井の叔母であった。そして平田同様タイムトリップ能力を有していた。黒井は自らの能力を使って蒲生憲之に日本の未来を見せていたのであった。だから平河町のホテルで蒲生憲之の幽霊が出るというのは、現代にタイムトリップした蒲生憲之であったのだ。
 そして蒲生憲之は日本の未来を見てしまったことで“転向”したのであった。その“転向”は憲之の息子の貴之が言う通りであった。

 「父は未来を見たんだ。結果を知っていたんだ。何も知らず生きた人たちが、これから成すことを批判したんだ。父ひとりだけが、言い訳を用意したんだ。抜け駆け以外の何物でもないじゃないか」

 その未来は、

 「――その時代(戦後)には、陛下も現人神の座を降り、より国民に近い場所に居られ、統帥権の独立を以てする軍人の天下は遠く去り、本当の意味で万民が平等が実現されるだろう」

 と知る。
 しかしこの時代こんな思想を持つこと自体許されない。まして天皇については“不敬罪”に当たってしまう。
 そんな憲之がこんな思想を持っていることを知った叔父の嘉隆は憲之を脅した。憲之の財産を強請った。ただ憲之と嘉隆の不仲は有名だったので、憲之の死後財産を嘉隆に残したら不信に思われるから、毬恵を愛妾として送り込み、毬恵を通して憲之の財産をものにしようしたのであった。
 黒井はまた現れて、そんな毬恵と嘉隆を違う時代に連れ去った。

 平田は何故この時代に何度もタイムトリップしてきたのか。それは叔母の黒井と自分は違いを自覚したからだ。

 「叔母は自分の能力に誇りを持っていた。それを自分の気に入った人、好きな人、大切に思う人、同情を感じた人たちのためだけに使うことについて、いささかなの疑問も抱いてはいなかった。時間旅行の能力を、素晴らしいものと思っていた。人に避けられやすいこの暗いオーラは辛い枷だけれど、それを補って余りあるものを、自分は持っていると信じていたんだ」

 平田は叔母が自分の能力を喜んでいたし、その能力を使うことを許していたが、自分は違う。平田は失われるであろう命をタイムトリップして防いでも、違うところで似たような事故や事件が起こる。その繰り返しで疲れ果ててしまった。自分の行為は単に歴史の修正にしか過ぎないことを自覚してしまった。だから平田はこの時代に根を下ろしこの時代に生きる人間として闇雲に生き抜くことで、同時代の人びとがどう生き、どう考えるかを知りたい。また自分がこれまでしてきた高見の立場で時代を見ていたら、彼らはどんな気分になるだろうか、知りたい。そうすることで怒られるかもしれない。それは人間として怒りからだ。だからこの時代に生きた人びとがせずにおられなかったことを、同時代の人間として許せるかもしれない。そのときは自分も許され、当たり前の人間になれるかもしれない。

 私と、時間旅行者の私がしてきたことのすべてが許されるかもしれない。すべての悪あがき、すべての間違いが許されるかもしれない。そして私は人間になれる。まがい物の神ではなく、ごく当たり前の人間に。歴史の意図も知らず、流れのなかで、先も見えないまたただ懸命に生きる人間に。明日消えるかもしれない自分の命を愛せる人間に。明日会えなくなるかもしれない隣人と肩をたたいて笑い合う人間に。それがどんなに尊いことであるか知りもしないまま、普通の勇気を持って歴史のなかを泳いでいく人間に。
 どこにでもいる、当たり前の人間に。
 「そのために、この時代に来たんだよ」

 平田は体力も回復し、孝史を現代に帰す。そのとき孝史は好意をもったふきを連れて行こうとするがふきは断った。孝史はふきと平成4年4月20日に浅草の雷門で会おうと約束する。その日はふきの誕生日であった。孝史は昭和20年の東京空襲でふきが死なないように手はずをしておき、注意もしておいた。
 そしてその日ふきは来なかった。来たのはふきの孫娘であった。ふきからの手紙を預かっており、それを孝史に渡した。手紙はあの日以後の蒲生邸の人びとの消息を綴っていた。
 ふきは4年前に胃がんで亡くなっていたのだった。

 タイムトリップ出来る能力有する平田が過去の不幸な出来事、悲惨な事故や事件を回避するために、その時代に行ってそれを事前に防ごうとしても、歴史は場所や時間や事故に遭う人びと変えて、似たような事件、事故が起こさせる、という発想は面白かった。平田が防ごうとしたした行為は、単なる歴史上の修正にしかならなかった。
 ただ平田のタイムトリップ能力の説明を聞いている内に、私は歴史には「本来あるべき姿に戻ろうとする」ところがあるのではないかと感じることがある。
 人間が驕ってやりたい放題やると、そのツケが必ず起こる。それは自然災害であったり、病気の蔓延だったり、あるいは戦争や事故だったりする。まるで時計の振りのように振れ、その揺り返しが必ずある。大きく振れれば、大きく揺り戻し、その揺れがだんだん小さくなり、そして落ちつく。一種の自浄作用が働くのではないかと思えることがある。だから平田がタイムトリップして事件や事故などを防ごうととしても、起こるべくして起こったものだから、それは防ぎようがないのだ、と思った。
 
 宮部 みゆき 著 『蒲生邸事件』 毎日新聞出版(1996/10発売)


by office_kmoto | 2018-10-13 06:45 | 本を思う | Comments(0)

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