2018年 10月 16日 ( 1 )

笹本 稜平 著 『春を背負って』

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 たまたまブックオフで棚を眺めていたら、この本が目にとまる。手に取り帯を読んでみると、「疲れた心を慰める感動の山岳小説。奥秩父には人生の避難小屋があるんだ」とある。それに惹かれた。こういうのに弱いのだ。本の表紙のカバーも淡い緑色の山々が描いてあり、これは読んでもいいかな、と思った。
 これまで笹本さんの作品は「越境捜査」シリーズを読んできた。その時笹本さんが山岳小説も書かれることを知った。

 長峰亨は父親がやっていた山小屋を引き継いだ。サラリーマン時代は自己実現を求めて半導体という無機物との格闘にエネルギーを注いだ。気がつけば人生に意味を見失い、「まるで魂が酸欠状態にでも陥ったように、心は痩せ細り、世界は色を失っていた」。山小屋引き継いだ時、本来生きるべき場所と人を優しく包みこむ大自然を感じたのであった。
 そこに父親の大学時代のワンゲル部の後輩である多田吾郎がいた。通称ゴロさん。
 ゴロさんは住宅リフォーム会社を立ち上げ、一時は景気も良かったが、バブル崩壊後丸裸になり、その後亨の父親と出会い、この小屋の手伝いをするようになった。山小屋が開いているときは、父親の山小屋を手伝い、冬場はホームレスをやっている。ホームレスは自分の性にあっている。また生きることがギリギリのホームレス生活は、山での生活に充分耐えうると考えていた。
 そんなゴロさんが口にする言葉がこの作品に味を出す。

 「だけどね。その落とし前を他人につけてもらおうなんて一度も思ったことはない。自分の人生が不幸だとも思わない。雨が降ろうが風が吹こうが、自分にあてがわれた人生を死ぬまで生きてみるしかない。人間なんてしょせんそんなもんだろう」

 「どうせ拾い物の人生だからね。取り繕ったってしようがない。死なない程度に衣食住足りてりゃ、それ以上の金は要らないし、他人から尊敬されたところで腹の足しにもなりゃしない。欲はかかない、頑張らない。それが人生を重荷しないコツかもしれないね」

 「しかし人間ってのはなにが起きるかわからないからね。おれみたいな出がらし人生を送っている者にとっちゃ、いずれこの世におさらばするのは頭のなかに織り込み済みで、違いは早いか遅いかだけだけど、この人がまだ希望や夢がある年頃で死んだとしたら、さぞかし無念だったろうと思うんだよ」

 「それがおれという人間の原点でね。人間だれでも素っ裸で生まれてきて、あの世へだって手ぶらでいくしかない。それが本来自然の姿で、金やら物やら名声やらを溜め込めば、それだけ人生が重荷になっていく」

 「その点じゃ、おれなんか甘い人生を送ってきているよ。自分ひとりの始末さえつきゃそれでいいんだから。しかしね、あの人にすりゃ、奥さんと真奈美さんは損得抜きで背負う価値のある大事な荷物なんだろうね」

 「自分にあてがわれた人生を死ぬまで生きてみるしかない」とか、「他人から尊敬されたところで腹の足しにもなりゃしない。欲はかかない、頑張らない。それが人生を重荷しないコツかもしれないね」とか、「おれみたいな出がらし人生を送っている者にとっちゃ」とか、「金やら物やら名声やらを溜め込めば、それだけ人生が重荷になっていく」とか、「損得抜きで背負う価値のある大事な荷物」とか言う文句はやむにやまれぬ人生の大半を過ごしてきた者の達観と諦観がそこにはあり、心に沁みる。
 本を読んでいてこういう文句に出会えるのはうれしい。なんか今の自分も同じような気持ちになるところがあって、すごく感じ入る。むしろそんなことを言う人物たちを自分は求めている感じだ。自分もそう思っているというのをどこか同調して欲しいから、こんな本を読みたくなるのかもしれない。

笹本 稜平 著 『春を背負って』文藝春秋(2011/05発売)


by office_kmoto | 2018-10-16 05:47 | 本を思う | Comments(0)

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