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最近関心したこと

 我が家の隣はうっそうと木が茂っている。その上区の保護樹になっている大きなタブノキがあり、こいつが木陰を作ってくれるものの、落葉や木の実をたくさん落としてくれる。だから玄関先の掃除など週に一回はやらないと、枯れ葉だらけなってしまう。
 しかし今年は暑さが尋常じゃない。ちょっと竹箒で掃いただけで汗だくとなる。昼間などやっていたら、それこそ熱中症になりかねないので、土日の朝一でやる。それでも汗だくである。
 それと一番厄介なのがヤブ蚊である。今年はヤブ蚊が多い。これもこの暑さが関係あるのだろうか?とにかくちょっと出ただけで、手足を刺される。これが痒くて痒くてたまらない。虫除けスプレーなど手足に大量に散布するが、どうも効き目がない。
 そのため掃除が終わると、すぐシャワーを浴び、その後ムヒを手足に塗りたくる。
 何とか蚊に刺されない方法はないかと考えていたが、昔家の周りに塀を作っていたとき職人さんが蚊取り線香を焚いていたのを思い出した。もしかしたらこれ効くんじゃないか、と思い、イオンで買ってきた。
 最初金鳥の蚊取り線香を手に取ったが、これが結構高い。しかも携帯用の蚊取り線香を入れるものを買うと、千円近くなる。
 しかしさすがイオンだ。トップバリューの蚊取り線香が横に置いてあって、これなら安い。迷わずこれを買う。要は効き目の問題だから、蚊取り線香なら同じだろう、と勝手に思ったのだ。
 試しにそれを腰に付けて、玄関先、庭掃除をしてみると、これがよく効く。一つも刺されなかった。ものすごく感動してしまった。やっぱり正統なニッポンの夏はキンチョウだね。(金鳥じゃないけれど)
 ただ問題が一つある。服に匂いが付くのだ。これが何もないところだと結構きつく匂うことだ。しかし蚊に刺されて痒がるよりましだと思うことにしている。


 我が家は二世帯住宅で、私は2階で生活している。ずっとそうだ。最近1階の部屋が空いたので、私がそこで寝起きを始めた。これが結構新鮮で快適なのだ。隣がうっそうと木が茂っているので、1階は2階に比べ涼しい。しかも目線が上から眺めていたのと違い、見あげる感じがものすごく新鮮に感じる。
 雨もいいのだ。地面に近いせいか、雨音が身近に聞こえる。雨に濡れた木々の葉っぱを窓越しから眺めているだけでも気持ちいい。
 これは案外快適かもしれないな、と思っていたら、雨が強くなる。例の集中豪雨だ。雨どいが壊れているので、雨がといから流れ出て、雨戸の戸袋を直撃し、ものすごい音を立てる。これはまずい!
 以前から工務店に修理を依頼していたはずだが、どうなっているんだろう?早くやってもらわないと、夜などうるさくて寝られなくなる。再度修理を依頼しなければ・・・。


 話はちょっと前になるが、うちの会社のお店を撤退し、原状復帰の解体工事を以前から知り合いの工務店に依頼した。また彼と会えるな、とちょっと楽しみであった。
 うちの会社はスクラップアンドビルドの繰り返しで、その度に解体工事を彼のいる工務店にお願いしてきた。
 私が彼に始めてあった時は、まだ見習いで、棟梁に指示を仰ぎながら仕事をしていた。若い分、馬力があるので、解体にはもってこいのタイプで、大工より、バールの似合う、と大笑いしていた。その彼がその工務店の棟梁となっていた。軽い感じは彼のキャラクターなのだが、その仕事ぶりは感心してしまった。棟梁となって、人を使う立場であっても、自ら先頭に立って仕事をしていく。その仕事の仕方がものすごく丁寧であり、きちんとしていた。私はそんな彼に感心していた。
 私は彼と一緒にいる時間がものすごく貴重に思え、彼が棟梁となるまでの間、どれだけ頑張ってきたかを、聞いていた。彼は進んで仕事を覚えてきたし、今もその“最中”なのだと言っていた。実際進んで仕事をしていた。でももう彼は立派な大工に見えた。
 仕事が終わると、解体工事で出た埃で白くなった階段など、きれいに拭き掃除して終える。すべてがきれいにされてその日の仕事が終わったことを知ることができた。
 私は彼と話していて、また彼の仕事ぶりを見ていて、自分がこれまでしてきた仕事って何だった何だろう、と思わざるを得なかった。偉そうに指示ばかりして、自分は自らの身体を動かさないようになっていた。何でも数字で判断し、人との関わりも、損得で考え、騙すまではいかないにせよ、出し抜き、うまくやることが当たり前になってしまった。人から教えを乞うことも、ほとんどしなくなってきた。「謙虚」を装うことで頭を下げるが、それは仕方がないからであった。傲慢になっていた。汗をかかなくなった。そんな今の自分が彼といると恥ずかしくなってしまった。
 彼は仕事が楽しいと言っていたし、事実楽しんでいるのがよくわかる。明るかった。 休憩時間、仲間と地べたに座って、缶コーヒーを飲みながら、通りを通る若い女性を“品定め”している。ちょうど初夏に入った頃だったから、女性の露出も多くなり、男どもの目の保養にはちょうど良い時期だった。私も一緒になってコーヒーを飲み、“品定め”に加わった。こんなの久しぶりだ。
 女性が気がついて、キッとにらみ返されて、ひるみながらも、時間になると「さて、続きをやっちゃおうか」と立ち上がる。みんも彼に連れて立ち上がっていく。私は彼らが仕事を始めると、何もできないので、そのまま事務所に帰った。


 大学の友人と会うため、夕方より出かける。待ち合わせ場所はお茶の水である。私はここへ出かける以上、神田の本屋街は外せない。余裕を持って1時間以上前に神保町に着き、本を探すことにした。
 まずは古書センターへ行き、ビルの前に出ているワゴンを物色する。次に小宮山書店が行っているガレージセールのワゴンの本を見る。
 私は今、古本屋の店舗に入って、本を探すことは余りしない。古本をきちんと整理して付加価値をぷんぷんに匂わせて、きちんと並べて売っている店で、本を買いたいと思わないのだ。むしろこうして叩き売っている方が面白い。ワゴンの中に無造作に並べてある本たちを見るのが楽しい。しかも3冊までは500円ときている。この値段だから疲れ切っている本が多い。今は少なくなった箱入り本も結構あるが、潰れていたり、焼けてしまっている。
 でも眺めていると文庫本でしか知らなかった本が、単行本ではこれだったのかと知ることができる。それだけでも面白い。時には文庫本で持っていても、欲しくなったりしてしまう。
 確かに疲れ切った本ばかりであるが、それでもお宝はある。今集めている山口瞳さんの『男性自身シリーズ』の単行本を1冊見つけた。そして興味のある「カルタゴ」の歴史を書いた本を見つけた。しかもわりと美本だ。これで500円は儲けものだ。もう1冊加えても同じ値段だが、なかったのでこれで済ます。
 家に帰って“戦利品”の2冊の本取り出して、しげしげと眺める。カルタゴの歴史本はどういう訳かパラフィンがかかっていて、表紙もきれいだし、帯も着いている。山口瞳さんの本はさすがに帯が着いていなかった。
 まあ当然だわな、と表紙をめくってみると、帯がきちんとたたまれて挟まっていた。それを再び付けてみると、また違った表情を見せる。確かに古本だけれど、帯を着けただけで、ちょっとしまって見えるから不思議だ。
 こういう風に前の持ち主が帯まできちんとして保存してくれると、ただでさえ“見つけもの”として買った本が、さらにいいものを見つけちゃったな、と思わせる。
 実は同じ経験を先日していた。昔の吉村昭さんの小説を買った時、その時は帯が着いていなかった。それで家に帰ってきて、同じように買った本の中味を確かめていたら、帯がたたまれて挟まっていた。これを付けてみると、本がきりっとしまったように感じたので、奇しくも同じ体験をしたわけだ。
 どうして帯を外して、中にたたむのか、わからない。ただもしかしたら前の持ち主は本をそのまま読んでいて、帯がすぐ外れちゃうので、外してたたんで本に挟んでいたのではないか、と考えた。しかしそれだと本のカバーだって邪魔じゃないかと思ったりするし、少なくとも本屋さんのカバーが掛けられていたはずだから、こういう問題は起こらないだろうと思ったりもする。今のところその理由がよくわからない。
 でも帯が本に挟まっていたお陰で、帯が破れずに保存されていたことは間違いない。買った当時のまま残れたのだ。そう考えると何かすごいなと思ってしまうのだ。


 大学の友人たちと別れて、家に着いたのが12時頃だった。家の近くまで来ると、虫が鳴いているのに気がつく。
 あれほど暑かった夏も、そろそろ終わりに近づいているのかな、と思った。
by office_kmoto | 2013-08-27 11:58 | 日々を思う | Comments(0)

オジサンには、人の世は住みにくい?

 先に紹介した伊集院静さんのエッセイの中で、東京駅の公衆電話の風景が書かれていた。


 東京駅の構内でどうしても連絡しなくてはならない用事ができた。その時、ここの電話を使っている人が結構多くて、私は電話機が空くのを待っていた。何となく公衆電話を使っている人たちを眺めた。すると大半の人が相手に謝っていたり、手にしていた手帳を落としたり、汗だくだったりした。
 -もしかして携帯電話を持っていない人って大半が仕事ができなかったり、失敗ばかりしている人たちなのと違うか?
 と妙な疑問が湧いてきた。やがて確信した。
 その話をすでに携帯派の家人に言うと、
 「そうかもしれませんね。時代遅れのね」


 伊集院さんはそれまで携帯電話を持たない主義だったらしいが、この光景を見て携帯電話を持つようになったという。

 別な話。それは吉村昭さんのエッセイに書かれていた。

 吉村さんが奥さんと歩いていたとき、立食いのうどんをよく食べると言ったら、奥さんに「やめてください。そんなこと」言われたそうである。吉村さんは立食いのうどんを食べて何が悪い、と食ってかかったら、次のように言い返されたという。

 「身分のことじゃありません。年齢のことを言っているんです。うどんの立食いをしていると、みじめに見える年齢なんです」

 吉村さんはその後も立食いに入っていたが、ある日同年齢の友人の姿を見かけて、奥さんの言うことを素直に理解したという。


 かれは、路上を歩いてくると、立ちどまって小銭入れから何枚か硬貨を取り出して、立食いそばの店に入って行った。友人の頭髪には白いものがまじり、その上、かなり薄れている。人々の間にはさまってカウンターの前に立つかれの後姿が、ひどくみじめなものに見えた。
 私の後姿も、かれの後姿と同じなのだ、と思うと、気恥しい気がした。


 吉村さんはこの話の結びに「年齢というものは、妙な拘束を強いるものらしい」と書く。たぶんこの通りなのだろう。男は歳をとると、それまでできたことが、体面上できなくなる。逆にそれをすれば単にみじめになるのである。昔のままでいると、仕事ができない男というレッテルを貼られてしまうのである。しかし逆に無理して若ぶってしまうと、滑稽になる。

 たとえばだ、

 年配のオジサンが、かけていためがねを上にちょいと上げてスマホの画面を見ている。おいおいスマホって文字を拡大できるんじゃないの、と思ったりするが、オジサンは目をこらして画面を拙い指先で操作している。

 これだと「無理している」と言われそうである。私もそう思う。
 歳をとればどうしても“みすぼらしく”なっていく。それは仕方がないことなのだが、できればそれは避けたいものだ、という意地もある。だから無理をするのだが、今度はそれが滑稽になってしまう。難しいところだ。
 厄介なのは、年齢のみすぼらしさが時と場所を選ばず、意識しないうちにそれを垣間見せてしまうところである。そしてその瞬間を見られてしまうことである。出来る限り自分をみすぼらしく見せないために、スマートに生きようとすれば、「若ぶって」と言われたりして、どうしようもない。そして期待する結果以上に疲れてしまう。
 逆に開き直ってしまえば今度は「意地っ張り」と言われてしまう。

 先日、

 かみさんにテレビのチャンネルを変えて欲しくて、「6チャンまわして」と言って笑われた。かみさんも私と同年齢だからその意味はわかっているのだが、今はチャンネルは回さない。リモコンのボタンを押すのだと笑って言う。そんなのわかっているが、それを言われると腹が立つ。だから私は意地でもテレビのチャンネルを変えるときは「まわして」と言う。
 Yahoo!知恵袋の質問にテレビのチャンネルを「まわす」という表現をする人がたまにいますが、どういう意味ですか、と質問していたのがあって驚いた。

 くっそー!

 ベストアンサーには

 昭和40年代までのテレビは、回転式チャンネルつまみを回して選局していました。その時代に育った人は今でも「チャンネルを回す」といってしまうでしょう。

 そうだよ。

 年相応というのもある。年齢でもかっこよさがある。でもこれってかなり難しい。自分にも少しはそんなものが身についていないものかと考えてしまう。とにかく立ち食いそば屋はやめたほうがいいかも。結構好きだったんだけどね。漱石も言っているように「意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」のだ。


参考図書:吉村 昭 著 『私の引出し』文藝春秋(1993/03発売)
by office_kmoto | 2013-08-23 16:12 | 人を思う | Comments(0)

男坂

 大きな鳥居から中に進むと、あでやかな山門がある。こんなお盆の時期に、ここへ参る人はさすがに少ないようで、山門から中が見渡せる。
 それでもお参りする人もいて、山門を通る時、みんなが必ず頭を下げていく。またここから出て行く時も立ち止まり、振り向いて頭を下げて帰って行く。
 私はこのとき不思議な感覚にとらわれ、頭を下げることを忘れて、中へ入ってしまった。
 さすがにこの暑いお盆の時期である、参拝する人は少ない。一組の家族が社殿の前で写真を撮っている。お宮参りのようだ。暑いから赤ん坊はかわいそうだ。そう言えば私の孫もこの時期にお宮参りをした。何よりも孫のことばかり気にかかり、自分たちの汗をぬぐうことさえ忘れて、孫のことを気遣った。
 せっかく来たのだから本殿に参っていく。それから境内を歩き、奥に進んでみた。金網越しから、ビルが下に見える。ここは台地の端に建っていることが、はっきり分かる。ビルよりも高い場所に立っているから、心地よい風が通る。私は涼を求めるため、しばらくここに立っていた。

 坂を下りた。まっすぐ一直線に、長い坂だ。「男坂」というらしい。坂を下りて上を見上げると、神社はかなり高い場所にあることが分かる。この坂を下りる人、上る人。この坂はここでは日常のあるべき風景なのだろう。坂を上るときは、これから何かをしに出かけるのだろうか。坂を下りる人は何かが一段落して、帰って行くのだろうか。そんなことをあれこれ思わせる坂である。
 私は江戸川の下町で育ち、現在もここで暮らしている。ここは下手をすれば海より低い場所であり、息を切らせて上り下りする坂など見かけない。だから坂に非常に興味がある。坂のある生活風景にあこがれていたところがある。
 下りた坂を再度上ってみる。結構きつい。一歩一歩足を運び、上を目指す感じだ。
 上り切って境内に戻る。
 お金を入れると、中にいるロボットの獅子舞が取ってくれるおみくじがあったので、やってみる。

 「小吉」だ。

 今の私にぴったりかもしれない。凶じゃないだけありがたい。
 中には邪心を捨てろ、損得で物事を考えるな、と書いてある。思いやりの持つ努力をすれば周りと良い関係が築る、ともある。
 これでも今まで、自らの邪心を完全に捨ててまではいかないかもしれないが、まずは人のことを考え、場合によっては自分を殺してきた。損得で言えば損ばかりしてきた。その結果、疲れてしまい、精神も身体を壊してしまったのに。それでもまだそれを求めるのか、とも思う。

 日差しは相変わらず強いが、境内は静かだ。私はここから去ろうと、足を来た道に向ける。
 山門を出ると、そこから出て行く人は振り返って立ち止まり、一礼して帰って行く。みんがそうしている。なぜだか知らないが私も同じように振り返り、一礼していた。
 先を進んだとき、街中でどこでも見かける若い女性が黒い日傘を差して山門へ向かっていた。彼女は境内に入るのだろうか。そして山門を前にどんな行動を取るのか、知りたくて私は足を止める。私の中では彼女は今風の女性みたいだから、そのまま山門を通り過ぎるのかな、と思っていたのである。
 彼女は山門前で立ち止まり、日傘をたたみ、ごく普通に頭を下げてから、境内に向かった。
 
 一瞬さわやかな風が吹いた感じがした。

 近くにもう一つ「男坂」のある場所を知っているので、そこにも行ってみる。通りの奥に入った道で、道に沿ってすずかけのきが何本も植えられている。坂はその先にある。大学時代この道を何度も通っていたが、ここまで奥には来たことがなかった。道の端に小さな石があり、「男坂」と彫ってある。急な坂だ。ちょうどお昼時で、サラリーマンやOLがこの坂の階段を下りていく。あるいは上ってくる。ここでもこの坂は日常なのだ。
 しかし坂では急がない。ゆっくりと下り、ゆっくりと一段一段上って行く。平坦な道を歩くのとは違い、急げない。急げないこともないが、ただここはあまりにも坂が長いため、そうせざるを得ない。
 坂を人生にたとえることがよくある。わからないわけでもないが、たとえて自分の人生に似ていると、思うことは好きじゃない。そういう教条的な発想が好きじゃない。たとえられて、そうだなと納得してしまうほど、人の人生はパターン化していないだろう、と思うからだ。誰もそんなに簡単にたとえられるほど、ちゃっちい生き方をしているはずがない。
 坂は坂であり、そこに居る人には日常であり、よそ者にとって一つの風景でしかないはずだ。私は風景としてこの坂を見たかった。
 私は坂を下まで下りて、振り返り、長い階段を下から眺めていた。日傘を差している二人の女性の後ろ姿が、てっぺんにあった。それは小さかった。
by office_kmoto | 2013-08-18 06:44 | 街を思う | Comments(0)

ブックカバー

 ちょうど自分がいた本屋が撤退した頃、本屋のカバーを集めた本が出た。



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 この本に自分のところカバーも掲載されたのだが、撤退とこの本の出版が重なってしまったので、購入したものの何か悲しくなり、売り飛ばしてしまおうか、と思ったが、そのまま手元に置いてある。記念として持っていてもいいか、と思い直したからである。
 本棚からこの本を取り出し、寄稿された文章を読みると、奇しくも私も同じように感じたようなことが書かれている。


 近年、書店がどんどん消えていくので、油断大敵。また今度、なんて後回しにすると、もう2度と手に入らない「幻の逸品」になりかねない。店が無くなったら、カバーも無くなり、人々の記憶からも消えて、その店があったことの痕跡一切がなくなってしまう。


 それはいつも事務所へ向かう道で見たのだ。事務所の近くで、資源ゴミとして文庫本が数冊くくられて出されていたのである。本が資源ゴミとして出されていることはよく見かけるので、別にそれ自体どうってことない。ただその文庫本にかかっていたカバーが自分のいた本屋のカバーだったので、目が行った。
 私がいた本屋はかなり以前に撤退、廃業していたので、この文庫本はそれ以降そのまま持ち主の本棚にあったものだろう。
 もしこれらの文庫本が本棚でも残っていれば、持ち主がなんかのきっかけでそのカバーを見て、そういえばあそこに本屋があって、そこで買ったものだよな、と思い出すことも出来たかもしれないのに、と自分勝手に思ってしまったのだ。
 しかしこうして資源ゴミと出されてしまえば、もうそういうことを思い出すこともなくなる。
 現実に私のいた本屋はないのだけれど、もし一冊でも店のカバーの付いた本が残っていれば、まだ人の記憶の中に残ることが出来たのに、と思う。これでまた一人、本屋の記憶が完全に消された、そんな気分になったのである。

 ここに掲載されているカバーを眺めていると、いくつか知っているものがあって、あのとき付けてもらったものだと思い出すことが出来る。しかし一方でその店は確かもうそこにはないはずだと、現実に戻ってしまう。あるいは経営者が代わり、カバー自体が変わってしまったものもある。
 最初にこの本を手にした時、ここにカバーを載せているお店はいくつ残るだろうか、と思ったが、今はどれだけ残っているのだろうか、と思ってしまう。

 さて。

 この本のことを書きたいと思ってこの文章を書いた訳じゃない。本屋さんで付けてくれるカバーのことを書きたかった。前回、最近本を読むことで困ることは、文字が小さいということだと書いた。それは加齢によるもので仕方がない。だからKindleがうれしい、と書いた。
 そしてもう一つ困っていることがある。ブックカバーである。自分が本屋で働いていた頃は、お店のカバーを使えばよかったので、カバー自体意識したことはなかった。だから本屋を辞めてからそれに困るとは思いも寄らなかった。
 今は仕方がないので、本を買うときには必ずカバーを付けてもらい、そのカバーを取っておいて、読む本に付け替えるようにしている。それはそれでいいのだけれど、文庫本ばかり買っているものだからそのサイズのカバーばかりたまっていく。単行本のカバーが不足してきているのだ。
 だから単行本に関しては、既成のブックカバーを買って付けていたこともある。無理して革製のものなど買った。皮なら使っているうちに手に馴染むだろうと思ったのである。しかし使っているうちに汚れが目立ってきてしまい、汚い感じが拭えなくなってきてしまった。
 これならまだ昔かみさんが作ってくれたキルティングのカバーの方がまだいいので、それを引っ張り出して使っていたときもあった。ただこれ夏場には向かない。暑苦しいのである。やっぱり本のカバーは紙の方がいい。それも紙質の悪いやつが、手にしっくりくる。
 実を言うと、自分がいた本屋のカバーが嫌いだった。そのセンスのなさと、紙質も原価を抑えるために、質の悪い紙を使っていたからだ。
 しかし今にして思うと、デザインはともかく、この紙質はブックカバーにぴったりだったな、と思う。
 大手書店の厚手のカバーを掛け直してみると、まずきれいにカバーが出来ない。紙の厚さの分、どこかぶよぶよになる。そして何よりもその手触りである。つるつるして手に馴染まないのである。
 特に最近は広告を兼ねたブックカバーを多く見かける。これは最悪である。まずデザインである。広告だから“うるさい”し、時にはこんなカバーなど使えるか、というのをある。実際私はこんなカバーを付けやがって、と本屋に文句を言ったこともある。昨日も自宅の近くにイオンの中にある本屋で文庫本を買ったのだが、カバーをお願いしたら「逆転法廷」のカバーを付けやがった。
 このような広告を兼ねたカバーはたぶん経費がかかっていなから、経営者は当然それを使え、と言うのだろう。ただでさえ本屋は薄利な商売だから余計である。しかしなんでもかんでもそれを付けちゃえ、というのが機械的でいやだ。
 たかがカバーにそんなにムキになるな、といわれるかもしれないが、本が本である所以は、その手触り、存在感であると思っている。だからその本に付けるカバーにもこだわってしまうのだ。

 私は今、理由は書かないが、とにかく長年いたこの会社を近いうちに辞めることになるだろう、と思っている。だから事務所の整理をボツボツ始めている。
 整理をしていて、昔いた本屋のカバーがあることに気がつく。それは本屋を撤退するときに、残った文庫本のカバーの束だ。捨ててしまうのは惜しかったので、そのまま事務所に残してあったのだ。
 私は自分の会社を去らざるを得ないけれど、なくなった本屋には愛惜が強く残っている。廃業はやむを得なかったとしても、心情的にはそれを認めたくない部分が強く残っている。そして昔はともかく、今はこのカバーは決して悪くない、と思っているから、これから先、このカバーを使い続けていこうと思った。これだけあれば多分死ぬまで使い切れないないだろう。
 「幻の逸品」を使っているなんて、ちょっとしゃれているじゃないか。


参考図書
出版ニュース社編『カバー、おかけしますか? - 本屋さんのブックカバー集』 出版ニュース社(2004/12発売)
by office_kmoto | 2013-08-12 11:30 | ものを思う | Comments(0)

伊集院 静著 『大人の流儀』  『続・大人の流儀』  『別れる力』

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 サントリーが成人の日に出している広告がある。それは新たに成人となった人たちに贈る言葉である。 今までサントリー出身の開高健さん山口瞳さんが書いていた。このお二人が亡くなれてその後を継いで伊集院さんが書かれている。
 もちろんお酒の会社が出している広告だから、最後は「乾杯!」となるのだが、ここに寄せられている伊集院さんの言葉は、大人の心得みたいな、“辛口”のコメントが、「そうだぞ」と思わせてくれるので、それだけでこの人なかなか言うじゃないかと思っていた。つまり気になっていたのである。
 私は伊集院静という作家は確か夏目雅子さんの旦那だったよな、という程度しかしらなかった。
 それでこの三冊を読んでみて、一気にファンとなってしまった。その媚びない姿勢が読んでいて心地よい。言っていることは当たり前と言えば当たり前なのだが、今の世の中それを簡単に言えないところがあって、伊集院さんが代わって言ってくれてるからだと思う。

 今の世の中は“言った者勝ち”というところがある。自己主張も結構だけれど、責任も負わないでやたら自己主張をする輩が多すぎる。それを「弱者」として馬鹿なマスコミもその意見を大々的に取り上げるものだから、いつの間にか「弱者」は「強者」となる。
 世の中自分の好き勝手ばかり言っていたら、まとまる訳がない。社会というのは個人の権利を一部削って、あるいは譲歩して、我慢することで成り立っている。そしてそれだけじゃ多分足らない。もっと多くの自己犠牲をして、人に尽くす人がいるから、かろうじて世の中が動いているものと思うのだ。そういう人がいてくれるから、お前たちは言いたいことを言えるのだ、ということがわかっていない。えせ「弱者」の意見が多くなり、それが大勢となってしまうことがおかしいと思わないのだ。社会を支えている影に見えない、あるいは表に出ないでいる人は、文句を言いたくても言わない。私はそういう人たちを「大人」と呼ぶべき人たちだろう、と思っている。
 歯を食いしばって、額に汗して働く人のみが、真の価値、意義を言える。後でこの人のエッセイなり、小説などを読んでみて、著者は若い頃、酒、女、博奕に溺れ、それこそ破滅的な人生を送っていた人のようだ。そうしたむちゃくちゃな生活をしている内に、そこからもがき苦しみ、人に助けられながら生きてきて、その中であるべき真の“大人”を見出したのだろう。その人が書いた“大人”が言う言葉はこういうものだ、というのがこの本である。


 私は、人が社会を知る、学ぶ上でのいくつかの条件のひとつは、
 “理不尽がまかりとおるのが世の中だ”
 ということを早いうちに身体に叩き込むことだと思っている。(大人の流儀)


 自分のことを棚に上げて、正義を振りかざす輩を嘘つきと呼ぶ。(大人の流儀)


 割に合わないって?人生というのは総じて割に合わないものだ。そういうことを平然と受け入れて生きるのが大人の男というものだ。(大人の流儀)


 世のお父さんの飲むビールまで節約じゃおかしい。大人の男が仕事の後にやる一杯をケチってはダメだ。それに何でも安いのがいいという発想も愚かだ。物には適正な値段、つまり価値がある。安いものは結果として物の価値をこわすことなる。(大人の流儀)


 “安物買いの銭失い”という言葉は私は正しいと思っている。
 物の価格というものは長い時間かけて定まったものである。そしてその値段を私たちが納得して買うのもやはり長い時間がかかっている。大人になって初めて物の値段は理解できる。(大人の流儀)


 一家の食卓で、いくら子供が食べ盛りでも、家長と子供が同等ではおかしいではないか。家庭の中で妙な平等を教えるから、世の中に出た時、社会まで平等と誤解してしまう。
 懸命に働いて帰ってきた家長の晩酌のビールがいつも発泡酒ではおかしいのではないか。きちんとしたビールを出せ。ウィスキーを出せ。
 子供の記憶にきちんと植えつけるのだ。
「オヤジ(パパでもいいが)いい酒を美味そうに飲んでいるな」
-当たり前だ。ワシは働いとるんだ。
 つまり物の値段とは正当な労働と同じ価値のものなのだ。(大人の流儀)


 ともかく冠婚葬祭に必要以上の金を出すのはみっともない。成金サマ御一名御成~、とどこかで甲高い声がして太鼓の音まで聞こえそうだ。(大人の流儀)


 私は若い時、何を思ったのか、当代一の打ち手を目指して、その当時、一、二と呼ばれた車券師とともに過ごした。数ヶ月くっついた挙句言われた。
 「何も得もありませんぜ。一から百まで博奕打ちは手前が勝てば、それでいいんです。日本一のギャンブラーってのは日本で三流、五流の一番の馬鹿ってことです。考えてみて下さい。八百屋だって豆腐屋だって懸命にいいものを仕入れたり、こしらえれば喜ぶ人がいるでしょう。あんたのところの白菜、豆腐は美味かった。お陰でいい夜でした。ギャンブラーはいっさい他人の為に生きません。初めっから死ぬまで自分さえよければいいんですよ。どう考えても最低でしょう。無駄です」(大人の流儀)


 急激な円高。また投機買いだろう。世界経済で何が許せないかというと、ゲームのように為替、株の投機に走る連中だ。かつてファンド会社を起業した若い男が、金を儲けて何が悪いんですか、と嘯いた。吹聴が悪いんだよ。黙ってやれ。それが大人だ。それに物を生産せずして、金を得ることは賤しいことだ。(続・大人の流儀)


 人は大小さまざまな別れによって力を備え、平気な顔で、明日もここに来るから、と笑って生きるものでもある。人間の真の姿はそういう時にあらわれる。(別れる力)


 価格競争は企業を、商品を偏向させる。
 物の正当な値段は、私たちの労働価値と対等にあるものだ。
 価格破壊は起業本体を破壊しかねない。
 “安物買いの銭失い”という言葉があるが、あれは本当だと私は思っている。
 もうひとつ安過ぎることの弊害は、物を大切に扱わなくなってしまうことがある。
 これが社会に蔓延すると、その国の柱がおかしくなる。
 “食べ放題”というのも好きじゃない。
 おかしいじゃないか。いくら食べても同じ値段なんて。身体をこわすに決っている。
「大人になったら人前でがつがつ食べるもんじゃない」
 私はそう教えられた。第一、毎回腹が一杯になるまで食べていたら、仕事をする時間が、遊ぶ時間がなくなると思うのだが。(別れる力)


 ひとかどのことを成して、長くきちんと生きてきて、初めて座ることができる場所が世の中にはあるのだ。
 だから私は成金が嫌いなのである。(別れる力)


 橋下大阪市長が原発問題で妥協したような報道をするが、彼でなくともそうしなくてはならなかったのではないか。まだリベラルな、柔軟な面があったことを誉める記事があってもいいのではないか。新しい人でしか今の日本は変えられないのだから、その芽をつぶすようなつまらぬ大人にならぬことだ。私は支持しているわけではないが、若い人に何かをまかせられない大人はつまらぬ大人だと思う。(別れる力)


 「お袋がさ、あんたの色紙を欲しいんだと」
 「それりゃダメだ。俺は色紙は書けない」
 「その話は聞いているが、お袋の頼みだ。今まで五十年、そんなことは口にしていないんだ。頼まれてくれないか」
 「・・・・・」
 数日考えて、私でよければと返答した。
 「“腹”という字を横に書いてくれますか」
 私はこういう事が一番苦手だった。例えば“気”という字を長く書いて、“気は長く”とかいうのは見るだけで、“人間だもの”などと書いている書と同じで嫌悪していた。(別れる力)


 伊集院さんは仙台に住んでおられる。当然2011年の東日本大震災の凄まじさを身を以て経験されている。だから『続・大人の流儀』ではこの震災で思われたことが多く書かれている。伊集院さんは自ら被災者とは言えないと言っているが、被災地で思ったことだからこそ、その言い分が重く感じられる


 あの夜、仰ぎ見た星のあざやかさは何だったのか。
 まだ何千人という人が濁流の中で命をつなげる術を求めて依るべき流木や足先の着く場所を求めてもがいていた夜。あの夜の、異様に近い星々のあざやかさに、これまで何度も耳にした、惨状の現場で見た自然の異様な美しさが事実であり、大いなる力は平然と虫けらのごとく人間を眺めているのだと実感した。(続・大人の流儀)


 被災地の惨状がひどい分、それに反して自然の残酷までの美しさを感じたのだろう。きっとこれは素直な感想だったに違いない。自然があまりにも美しすぎると、その分惨状が余計に辛く思わせる。(続・大人の流儀)


 この人、こういうことが自然とできるからエライもんだ。私などは善行に慣れていないので、胸の隅で偽善をやっているんじゃないのかという気持が残る。しかし偽善であっても、できる救いをかたちにしていると、偽善はいつの間にか失せて、懸命に行動している自分があるのだろう。(続・大人の流儀)


 原子力発電を認めたのは、私たち日本人一人一人の総意である。
 皆が認めて原発は国のエネルギーの三割近くを担ってきた。その恩恵に与った私たち日本人である。それをまるで勝手にお上がやったように言うのは間違いである。(続・大人の流儀)


 寄附をした人と、その金額をマスコミが公表する。
 たいした金額を寄附する人がいる。よくやっているとは思うが、それでその人がエライわけではない。金に余裕があるから出しているだけのことだ。そこを人は見誤る。
 たとえば被災報道を見知って、或る母娘が欲しかったものを少し我慢して、五千円の金を被災の募金に持って行ったとする。その母娘に五千円と金のある者が出した数億円は同価値であり、もしかして母娘の金の方が、私にはたしかな救援金に思える。その上寄附は世間が知るところではない。ところが金のタカが多いとマスコミは、人と金額を公表する。私にはそれが卑しく思える。
 黙ってやれ。(続・大人の流儀)


 大人になって恥かしいことのひとつに迂闊な行動をすることが挙げられる。
 相手が哀しみの淵に、喪に服しているのにも気付かず、礼を外す態度を取ることが人間にはある。
 世の中というものは不幸の底にある者と幸福の絶頂にある者が隣り合わせて路上に立つことが日常起こるものだ。
 だから大人はハシャグナというのだ。(続・大人の流儀)

 幸せのかたちは共通点が多いが、哀しみのかたち、表情はひとつひとつ皆違っているし、他人には計れないということを承知しておくことだ。それがたしなみである。(続・大人の流儀)


 原発事故は福島の子供たちの甲状腺の放射能の被曝に関して、この数値なら大丈夫だ、と平然と言った者たちを、きちんと訴えて、司法に委ねて監獄に入れる。(続・大人の流儀)


 被災地の様子を見に出かけては、復興の厳しさを想った。
 何人もの海を見つめる人の姿を見た。まだ四千人近い行方不明者がいた。

 まだ何人もの人が、毎日、海のそばを歩いている。(続・大人の流儀)


 ラジオで蓮舫が節電啓発担当、辻元清美が災害ボランティア担当と発表。そんなもの任命してどうするんだ。女なら炊き出しにこさせろ。
 私はテレビのバラエティ番組に出ていた連中が政治に介入することを認めない。政治家になった途端、何をわかったようなことを言いやがる、と思う。
 計画停電の協力を管が発表。こっちはとっくに停電しているんだ。停電で死ぬわけじゃあるまいし。(続・大人の流儀)


 唯一被爆体験を持つ国の一企業が、その怠慢で事故の報告を曖昧にし、原発のことを何ひとつ勉強していない政治家が右往左往している現状。「計画停電」の報道の無神経さは何だ?
 被災地は夜に光りさえない。少しは我慢できないのか。株を投げ売りし、コンビニに買い出しに殺到し、ガソリンも入れるだけ入れておこうとする日本人、いったいいつからこんな国民になりさがったのだ。(続・大人の流儀)


 自然災害というどうしようもない現状。絶望的な状況を目にする中で、歪んだ日本人の実情をあからさまに見るはめになり、初めて日本が日本人がひどい状態になっていることを思い知る。何を最優先にやらなければならないのか、それさえわからなくなってしまっている。大人の流儀にあるべき姿がここにはない。だから著者が物を言いたくなるのもわからなくはない。もし今よりも少しでも大人の人間が多ければ、右往左往する日本人を叱りつける姿が見られたかもしれない。そんなことを思ったりする。


『大人の流儀』 講談社 (2011/03/18 出版)
『続・大人の流儀』 講談社 (2011/12/12 出版)
『別れる力』―大人の流儀〈3〉講談社 (2012/12/10 出版)
by office_kmoto | 2013-08-01 09:32 | 本を思う | Comments(0)

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