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代わり映えしない休日

 土日休みの上、先週は金曜日に有給を取り、三度の三連休とした。休みを増やしたからといって、どこか旅行でも行くわけではなく、普通の休日を過ごす。ただ旧万世橋駅跡を見に行きたかったので、金曜日に出かけてみた。翌日と連休最終日は基本掃除をする。
 リビングのテーブルをフルに使って、こうしてパソコンをやれるのも有り難い。パソコンを置いて、買ってきた本を置いて、デジカメや筆記用具を広げても、十分スペースがある。贅沢なものである。

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 つい最近まで一階に誰も生活していなかった。たとえ毎日換気をしても、やっぱり部屋がかび臭くなるものである。部屋の隅には蜘蛛の巣が小さく張っていたりする。家は人が暮らしていないと、いつの間にかそういうことになる。だから私が下りてきた。
 そして ふと窓を見れば、汚れが気になる。こんな贅沢なスペースを使わさせてもらっているのだから掃除くらいしないと罰が当たる、と思い、窓を拭くぐらいやっても当たり前だ。
 ということで、部屋の掃除、網戸洗い、窓ふきなど頑張ってやってみた。網戸を洗うのと、窓ふきは二階もやった。脚立を立てて、踏ん張りながら窓を拭いていると、踏ん張りが必要で、後で筋肉痛となる。普段使わない腿のあたりが痛い。でもきれいになった窓を見ると、やった甲斐があったな、と思う。現金なもので、気持ちまできれいになった気分がしてしまう。
 これからは一人でいるところぐらい、掃除はやろうと思っている。家のメンテナンスなんて大袈裟なことは出来ないけれど、気にかけるぐらいは、これからは出来るだろうから、それはきちんとやっていこうと思っている。

 髪がだいぶ伸びたので床屋に行く。ここはもう何年も通っているから、椅子に座ればそのまま髪を切ってくれる。年配の夫婦二人でやっている床屋である。
 今日はおやじさんがいない。奥さん一人である。まあ何か用でもあったのだろう、と思っていたら、奥さんから驚きのことを聞かされる。おやじさんが胃がんで、胃の全摘手術を受けて、退院してばかりだという。だからおやじさんは今店に出ていなくて、休んでいるらしい。
 奥さんは「なんでこうなっちゃうんでしょうね」と言う。確かに世の中、予期せぬことばかりで、理不尽なことばかりだ。思いもよらないことが、急に起こる。そんなことばかりのような気がしてならない。そしていつもその対応に苦しめられる。いつも事後承諾ばかりだ。しかも受け入れざるを得ないことばかり。
 奥さんは心なしか疲れているように見受けられた。当然である。髪を切り終わってから、私は奥さんに「無理をなさらないようにして下さい」と言い、「おやじさんにいつでもいいからまた私の髪を切ってくれる日を楽しみにしています」と伝えてくれるよう頼んで、店を出た。

 例によって、休日は買い出しに付き合う。そのついでに100円ショップのSeria(セリア)に寄る。最近この店はリニューアルして、売場が拡張し、明るくきれいになった。
 来年のカレンダーを買うためである。書店ではもう来年のカレンダーや手帳、日記などが売られるようになっているので、ここでも来年のカレンダーが売っているだろう、と思ったのである。
 以前100円ショップで手頃なカレンダーを見つけたのだが、まだ早いと思っているうちにそれはなくなっていた。カレンダーなど季節ものは、売り切っておしまいの商品だから、追加補充などしないのだろう。だからなくならないうちに早めに買うのである。
 カレンダーは記入できる実用的なものを買う。毎年決まっている。今年は私用に一階にかけるカレンダーも買った。それとノートや書類などを立てておける仕切りみたいなボックスを一つ買う。こういう収納用品はここにたくさんある。眺めているだけで楽しい。
 105円という恐ろしいほどの低価格だから、これもいいな、と買ってしまう。しかしこの手の収納用品はすぐゴミとなる。絶対に欲しいといって買うものじゃないからである。気軽な分、ゴミ化するのは早い。それがわかっているから、たとえ105円といっても、必要なものだけにするのが肝心だ。

 買い物から帰ってきて、またパソコンを前にして座る。このブログを有料プランに加入する手続きをする。
 これまである意味お試しとして使ってきた。しかしここが私にとって使い勝手がいいので、このまま使わせてもらうことにしたのだ。
 これで鬱陶しい広告が消える。また写真のアップも簡単にできるようになった。これはうれしい。今日から私のブログが本格スタートだ。いつまで続けることが出来るだろうか。のんびりやっていきたい。ちょうどいい機会だから、デザインも変えてみようかな、とも思っている。
by office_kmoto | 2013-09-30 05:55 | 日々を思う | Comments(0)

万世橋駅

 9月14日にmAAch ecute(マーチエキュート) 神田万世橋が、旧万世橋駅の遺構を使った商業施設がオープンした。この万世橋駅のプラットホームの跡は、中央線から昔から見える。
 ここがオープンすると、旧万世橋駅跡が見ることが出来るというので、行ってみたかった。
 万世橋駅は100年以上の前の建造物である。こんなものがこの変化の激しい秋葉原の一画に一部でもまだ残っていたこと自体すごい。
 これだけ古いものだからか、ここに来ている人たちは心なしか年配者が多いような気がする。私たちのように夫婦二人連れが多かった。
 万世橋駅は1912年(明治45年)4月1日に営業を開始し、中央線の起点の駅として一時はかなり栄えた。駅舎は最近リニューアルされた東京駅の赤レンガ駅舎を設計した辰野金吾の設計による。それだけでも由緒正しい駅跡である。
 当時の万世橋駅の雰囲気を伝える絵はがきが、駅構内であったショップで売っていたので買ってみたのがこれである。

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 万世橋駅は東京市電(路面電車)の乗換ターミナルとして栄え、神田須田町周辺は銀座と並ぶほどの賑わいを見せた。
 しかし中央線が東京駅まで開通し、万世橋駅が起点でなくなったこと。関東大震災で初代駅舎は焼失し、須田町交差点が移転し、駅前通が裏通りなってしまったことなどで、人の流れが変わった。
 昔神保町の歴史を調べていたとき、現在のさくら通りが神保町のメインストリートであったことを知った。それが関東大震災後、復興のため作られた靖国通りに取って代わられた。靖国通りは須田町交差点につながっているから、須田町交差点が移動したのはそのためだろうか?

 話はちょっとずれるが、明治通り、昭和通りと「明治」「昭和」という年号の付く大通りがあるのに、なんで「大正」通りというのはないのだろう。実はちゃんとあるのである。靖国通りが大正通りなのである。


 新宿から両国橋までを東西に貫く靖国通りの別名は大正通りといった。

 明治通りは、関東大震災の復興事業として計画、建設された初めての環状道路である。

 同じく昭和通りも、関東大震災の復興事業として計画、建設された道路で、当初は「幹線一号」と呼ばれた。後藤新平が主導した原案では、道幅を一町(六十間、約109メートル。四十間説あり)とするものであったが、常識はずれの道幅だとして、現在の二十四間(約44メートル)道路い縮小して昭和3年(1928)に完成している。「幹線一号」の昭和通りと「幹線二号」の大正通り(靖国通り)は、当時の東京の下町を十字に交差した形になっていた。
 昭和天皇は、昭和通りに象徴される復興計画の縮小をずっと悔やんでいたらしい。震災から六〇年後(昭和五十八年)の記者会見でも、「震災のいろいろな体験はありますが、一言だけいっておきたいことは、復興にあたって後藤新平が非常に膨大な計画を立てたがいろいろの事情でそれが実行されなかったことは非常に残念に思っています。もし、それが実行されていたら、おそらく東京の戦災は非常に軽かったんじゃないかと思って、今さら後藤新平のあの時の計画が実行されなかったことを非常に残念に思います」と述べたほどだった。

 昭和天皇が「非常に」という言葉を四回も繰り返したことに、天皇の後悔の念の深さを感じるのである。

参考図書
竹内 正浩 著 『カラー版 地図と愉しむ東京歴史散歩』 中央公論新社(2011/09発売) 中公新書


さて。

1936年(昭和11年)に鉄道博物館(後の交通博物館)が併設され、駅舎を鉄道博物館に譲り、昭和18年11月1日に駅は休止された。

 万世橋からこのmAAch ecuteを見てみるとこんな感じだ。この風景は昔から見られたが、以前と違うのは神田川沿いにオープンデッキが設けられたことだろうか。

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 中に入ってみると、天井が低い。今はここにデザイナーショップみたいなものがあって、カフェなどおしゃれな飲食店がいくつか入っている。私たちはこういうお店が苦手なので、ただ眺めて通り過ぎる。途中オープンデッキに出られる。オープンデッキから万世橋を見ると、こんな感じである。こっちから万世橋方面を見ることなど今まで出来なかった。

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 また構内に戻って今度は二階へ上がってみる。二階は旧万世橋駅時代のプラットホームを整備し、展望デッキにしているのだ。その二階へ上がる階段である。これが「1912階段」と呼ばれ、旧万世橋駅開業時からあるものをそのまま利用してる。

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 つまり100年前にこの駅を上り下りした人たちと同じ階段を我々も上り下り出来るのである。 そんなことを思いながら階段を一歩一歩上っていく。時の汚れが、階段に染みついていて、100年という歴史を感じさせる。
 二階に上がると両端に中央線がすれすれに通る展望デッキになっている。走ってくる電車をこんなに身近に見られるのである。

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 私は身近にある歴史的建造物が好きで、その由来など訪ねると、わくわくしてしまう。日本は何でも古いものを壊して新しいものをそこに建ててしまうが、こうして昔のものを残しつつ、今風に使い、公開するのは大賛成である。
 後は復活した東京駅を近々見に行ってみようと思っている。
by office_kmoto | 2013-09-29 16:20 | 街を思う | Comments(0)

赤瀬川 原平 著 『新解さんの謎』

 この本は、三省堂の新明解国語辞典の「紙上観察」報告書と、紙がみの動向の観察者として紙について考察した「紙がみの消息」からなっている。
 「紙がみの消息」は前回書いているので、今回は新明解国語辞典のかなり変わった点を書いたところに触れたい。

 とにかく最近は殆ど辞書を引かない。こうしてパソコンで文章を書くようになってから余計である。パソコンで文章を書くから、そこに辞書を充実させておけば良い。
 そもそも辞書を引いても細かい文字が読めない。かといって大きな文字の辞書もあるけれど、それは使いたくない。いくら歳でも、楽々フォンや楽々スマホを持ちたくないのと同じである。
 このようにパソコンに辞書を充実させていれば良いと思っているので、辞書に関心がない。だから新明解国語辞典が変わった辞書であることなど、この本を読むまで全く知らなかった。
 しかし辞書というのは、辞書によって語彙の説明の仕方が違う。特にこの新明解国語辞典が異常なほど変わっていることを、広辞苑や大辞林と比べて見ると余計にはっきりする。ちなみにこの新明解国語辞典の第三版のケースには次のように書いてある。


 言葉の本質に迫った語釈!的確な言葉の使用にすぐに役立つ豊富な用例!数多くの使用例から帰納し、深い内省と鋭い分析を加え、一層磨きがかけられた語釈!


 とにかく自信があるらしく、その特徴にすべて「!」がついている。ここまで自信過剰になれるのだから、これだけでこの辞書は変わっている。
 ではその説明がどう変わっているのいくつか書き出してみる。ちなみに語彙が下半身中心になっているのは、あくまでもこの本によったからである。決して私の趣味ではない。(嫌いではないが)

 まず「れんあい(恋愛)」である。辞書は普通版を重ねるが、この「れんあい(恋愛)」の項は第一版・二版では次のようになっている。


れんあい【恋愛】-する 一組の男女が相互に相手にひかれ、ほかの異性をさしおいて最高の存在としてとらえ、毎日会わないではいられなくなること。「ー結婚⑤・-関係⑤」
せいこう-【性交】-する 成熟した男女が時を置いて合体する本能的行為。


 それが第三版・四版にあると、過激になる。


れんあい【恋愛】-する 特定の異性に特別の愛情をいだいて、二人だけで一緒にいたい、出来るなら合体したいという気持を持ちながら、それが、常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる・(まれにかなえられて歓喜する)状態。「-結婚⑤・-関係⑤」


いんけい【陰茎】男子の生殖器の一部で、さおのように伸びたりする部分。男根。

ぼっき【勃起】-する 急に力強く起(タ)つこと。[狭義では、合体を思い、陰茎が伸びて堅くなることを指す] 


 これを読んだときは、大笑いしてしまった。では、広辞苑にはどう書いてあるのだろう。まず「れんあい」は、

男女が互いに相手をこいしたうこと。また、その感情。こい。佐藤紅緑、雲のひゞき「淫奔といふ事を―と名を付けたり色々な事がはやり升(ます)な」。「―小説」


「いんけい」は、

男子の外部生殖器。陰茎根・陰茎体・亀頭から成り、表面皮膚で包まれ内部に海綿体をもち尿道がつらぬく。男根。陽物。いんきょう。

 「ぼっき」では、

にわかにむくむくとおこりたつこと。ふるいおこること。


 岩波書店だとこれが限界だろうな、と思う。では新明解国語辞典と同じ出版社である大辞林ではどうだろうか?


れんあい 

男女が恋い慕うこと。また,その感情。ラブ。〔love の訳語として,中国ではロプシャイト「英華字典」(1866~69年)に載る。日本では中村正直訳「西国立志編」(1870~71年)にある〕

[類語]愛、色恋…
→ 恋愛関係
→ 恋愛結婚
→ 恋愛至上主義
→ 恋愛小説



いんけい

体内受精を行う動物の雄の交接器。海綿体からなり,尿・精液の通路である尿道が通じる。男根。陽根。ペニス。


ぼっき

陰茎が海綿体組織の充血によって膨張し硬化すること。
→ 勃起障害



 要するに名のある辞書だと、新明解国語辞典のように深く突っ込んで説明出来ない部分があるのだろう。それ書いちゃったら、プライドが許さないみたいな。新明解国語辞典だからこうした記述が出来たところがあるのかもしれない。
 いずれにしてもその記述はふるっている。れんあいの「出来るなら合体したいという気持を持ちながら」なんて普通辞書に書かないだろうと思う。合体とは、これじゃまるで釣りバカの浜ちゃんである。

 他に笑った項目をあげてみる。


かえん【火炎】「ほのお」の意の漢語的表現。「-放射器⑥・太鼓④」表記「火焔とも書く。【-瓶】ガラス瓶に・ガソリン(石油)を入れ、投げつけると発火するようにしたもの かぞえ方 一本


 普通、火炎瓶の数え方など書かないだろう。この辞書はこういう数に異常に関心があるようで、わざわざ項目の末尾に『かぞえ方』というのがついている。


 とにかく日本語を明解にしようというパワーにあふれている。ふつう辞書というのは説明をムダなく最小限に抑えている。その方がミスも少なく、辞書的な正しさを保守しやすい。ところがこの新明解国語辞典はムダなく最小限なんてケチなことをせす、どんどん説明してくれる。ミスを恐れるなんてビクついたところがあろうことか、いくらでも説明サービスをしてくれるのだ。日本語をわからせようという明解パワーである。


 だから、この辞書のおかしさは、最初いかがわしく感じても、そのうち癖になるようで、この辞書に虜になったS・Mさんは次のように言う。


 「はい。何というか、最初感じるいかがわしさみたいなものが、だんだん味になって離れなくなるというか、そういう新興宗教みたいな力があるんです」


 他におもしろいものをあげてみよう。


ヒステリー③④[ドHysterie]わずかなことでも、すぐ感情を大げさに表わす、精神の・状態(病的症状)欲求不満の女性が多い。ヒス①「-を起こす」


よのなか【世の中】①同時代に属する広域を、複雑な人間模様が織り成すものととらえた語。愛し合う人と憎み合う人、成功者と失意・不遇の人とが構造上同居し、常に矛盾に満ちながら、一方には持ちつ持たれつの関係にある世間。


ばいぶん【売文】(つまらない)小説・評論などを書き、その原稿料・印税によって生活すること。「-の徒」


どくしょ【読書】-する [研究調査のためや興味本位ではなく]教養のために書物を読むこと。[寝ころがって読んだり、雑誌、週刊誌を読むことは、本来の読書には含まれない]


どうぶつ【動物】
【-園④エン】生態を公衆に見せ、かたわら保護を加えるためと称し、捕らえて来た多くの鳥獣。魚虫などに対し、狭い空間での生活を余儀無くし、飼い殺しにする、人間中心の施設。



 確かにこの辞書は変わっている。
by office_kmoto | 2013-09-25 11:44 | 本を思う | Comments(0)

万年筆

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 なんでも9月23日は「万年筆の日」だそうだ。なんでも1809年、イギリスのフレデリック・バーソロミュー・フォルシュが金属製の軸内にインクを貯蔵できる筆記具を考案し、特許をとったらしい。
 2日ほど前の夕刊に、その日を記念して、見開きで万年筆の広告が出ていた。
 ところで先日読んだ赤瀬川 原平さんの『新解さんの謎』という本を読んだ。この本は二部構成なっており、第一部が新明解国語辞典の変わっているところをおもしろおかしく取り上げている。これはこれで後日取り上げるつもりでいるが、第二部には「紙がみの消息」として紙にまつわる話が書いてある。
 紙といえば筆記用具と切っても切れない仲にある。本の中では現在万年筆の位置はどの辺にあるのか考察していた。


 この中で三割打者はボールペンとか鉛筆で、ホームランバッターは万年筆だ。
 それはしかし考え方によっていろいろで、万年筆は指名打者だよ、という人もいるだろう。


 まあ、万年筆は指名打者みたいなところがあるというのは賛成である。しかし肝心なときに、万年筆は「インクが出ない、ということがよくあるのだ」というのは、よくわかる。


 温存している間に万年筆のインクが乾いてしまって、せっかくのチャンスにキャッチャーフライ、ということがよくある。


 要するにいつも使わないからそういうことになる。そもそも他の筆記用具でさえ、昔ほど使わなくなっている。パソコン、スマホが活躍してくれるからだ。特に万年筆は使わない。今の時代持ち歩いている人はほとんどいないのではないかと思われる。しかし昔は違った。中学生になったとき、高校生になるときなど、万年筆をプレゼントされ、胸のポケットにさして歩いていた。もっとも万年筆を使って文字を書くことなどあまりなかったような気がするが。しかし万年筆は、一時、確かにもてはやされた時もあったのだ。


 指名打者というのはやはり特殊な位置にあるのだ。しかしもとは万年筆だってトップバッターで、全試合出場の三割、という時代もあった。


 しかしシャープペンや安いボールペンが出回り、特にボールペンはどこにでも置いてある。私の事務所には使いもしないのに、薬の問屋からもらったボールペンがごろごろしている。ちょっとでも新機能で(新機能といっても、所詮ボールペンである。大した機能などあるわけがないのだが)、デザインなど斬新なものだと、すぐそれを引っ張り出し、ちょこちょこと試し書きなどして、まあこんなものかと、ペンスタンド差しているうちに、増えてしまった。まして自腹を切っていないから、ぞんざいに扱ってしまう。
 とにかくどこにでもボールペンがある。何かを書かなければならないときは、ちょっと見渡せば、必ずどこかにある。だからわざわざ万年筆を持ち歩く必要性がない。それの最近のボールペンは結構書きやすい。
 ちょっと前に、ゼロックスの営業のねえちゃんに、受け取りのサインを求められた。たまたまボールペンがなくて、万年筆を持っていたので、それでサインをしたら、「まあ、万年筆でサインしてもらってすみません」と言われたことがある。そう万年筆でサインをすると、仰々しく思われる。もともと万年筆はどこか仰々しいところが備わっている。値段もそれなりにするから、余計である。


 万年筆はもっと日常でないときに、凄く重い義理百パーセントの手紙を書くとき、あるいは本などに署名するときとか、そういう千載一遇みたいなとき専用に温存する。
 よくいってそういうことで、しかしじっさいには窓際というか、閑職とか名誉職みたいなところに追い上げられたのだ。もともと万年筆にはそうなりがちな性格がある。


 でも私は万年筆が大好きである。たとえ偉そうに見えても、その書き心地の良さは捨てがたい。
 万年筆は最初、紙に引っかかるのが気にかかるが、使い込んでいるうちに、だんだん手になじんできて、違和感なくなっていくのもいいし、それが自然に感じるのはやっぱり万年筆である。これはボールペンのように誰でも使っていいよ、というものでなく、その人だけが使える筆記用具だからである。そこに万年筆の価値がある、と思う。
 今、このパソコン横にノートともに万年筆がいつもある。


 今回はこれで終わりだが、この「紙がみの消息」は“紙がみの動向の観察者”として
いろいろ書かかれている。あくまでも万年筆の話はその一部である。紙について、こう世の中がデジタル化しているのに、その数が減らない。それについて書いてある一文があって、それが紙の減らないどころか、増える理由だとうまく書いてったので、書き出してみる。


 ワープロとかファックスが普及して紙の使用量が減るはずなのに、逆にいまは増えているからだ。理屈では紙はいらなくなるはずだけど、人間は理屈では片付かない生理をもっている。用件として紙なしでもすむんだけれど、見ただけでは完全に納得しきれないし、安心できない、というのがあって、念のためプリントアウトしてしまう。


 そうこの「念のため」で紙は増えてしまったのだ。ましてパソコンで簡単に文章やプレゼンができてしまうから、その回数が増える一方である。そしてその分「念のため」にプリントアウトする回数が増えるたわけだ。
 ここのところ毎日シュレッダーがけをしていて、いつまでもその量が減らない。本当に紙が多いことに唖然としてしまうのである。その理由がこれだと改めて思ったのである。

赤瀬川 原平 著 『新解さんの謎』 文藝春秋(1999/04発売) 文春文庫
by office_kmoto | 2013-09-23 04:59 | ものを思う | Comments(0)

義父

 連休でいろいろ試している。Wi-Fiである。先日無線LANの環境を構築をしたことを書いた。Wi-Fiの環境が整ったので、まずKindleをWi-Fi接続にしてみた。この方が3Gより早いとマニュアルに書いてあったからだ。
 やってみると確かに早い。ぱっとKindleストアに接続できる。これはいい。
 回線がないところでパソコンを使いたいために、無線LANの環境を構築したのだが、こういうメリットがあるとは思わなかった。
 ちなみにプリンターのテストもしてみた。もともとプリンターはネットワークプリンターにしてあったので、できないことはないとは思っていたが、まさか簡単にそれができちゃっているのは正直驚きである。一階でパソコンを操作し、二階でプリンターが動いている。パソコンとプリンターは直接つながっていないのに、プリント出来るのである。頭では無線でつながっているとはわかっていても、目に見える部分ではつながっていない訳だから、アナログ人間である私には、実感として伴わないのである。不思議だよな、というのが、理屈抜きで思うのである。
 ということはスキャナーもネットワークにつなげてあるので、同じように操作できるはずだ。これも後でテストしてみるつもりである。
 とにかくこれでLAN回線をつなげるという鬱陶しい気分から解放されるなど、いいことばかりである。これならもっと早くやっておけば良かったな、と思う。

 お彼岸である。墓参りへ行った。義父がいるお墓と、私の母がいるお墓に参る。寺では彼岸花があちこちに咲いていた。
 私がこうしてパソコンをやるようにやるようになったのは、義父のアドバイスから始まる。義父は税理士であったが、私が本屋から会社の経理をやるようになったとき、絶対にパソコンを使えるようになった方がいいと言ってくれた。当時まだパソコンは高い時代で、個人で持つのは結構負担であったが、私のために資金援助もしてくれた。もちろん私もまったくパソコンは使えなかった。しかし自宅でパソコンが使えるようにしてくれたおかげで、仕事場でも、自宅でもパソコンが使え、早く覚えることができた。パソコンが出来るようになるにはそうそう時間はかからなかったのである。
 以来私にとってパソコンは公私共々なくてはならないものとなった。仕事もパソコンがあったおかげで、私は経理の仕事を20年近く続けられた。だから義父のアドバイス、援助がなければ、今の私はなかったと言っていい。
 義父が生きていた頃、つまり私がパソコンを始めた頃から比べれば、その進歩はものすごく、義父が生きていたら、踊って喜んだに違いない。
 また生きてくれていれば、私も嬉々として、義父にパソコンを教えていただろうし、回線のないこの部屋でも、思うようにインターネットにつなげ、様々なことが出来ることを、知らせかった。仏間にある義父の遺影を眺める度に、それが出来なかったことを残念に思ってしまう。
 義父のおかげで20年近く続けられた仕事も、終焉に向かっている。会社を放り出されて途方に暮れる前に、一つでも自分のしたいことを出来るように、パソコンを使える環境を整える度に、義父のことがたびたび頭に浮かんでくるのである。感謝と残念さが交互してしまうのである。
by office_kmoto | 2013-09-22 11:09 | 人を思う | Comments(0)

無線LAN

 私は今自宅の一階で一人寝起きしていることは書いた。これが案外居心地が良く、自由気ままに過ごしている。考えてみると、私は長いこと一階で生活したことないことに気がつく。これほど地面に近い場所で、狭いながら庭を眺めたり、風を感じたり、風で揺れる木々の音を感じたり、雨を感じたりすることが心地よいとは思わなかった。
 もともと一階は義理の父や母が暮らしていた。だから造りは和風である。窓を開けるにはまず障子を開け、朝になれば雨戸の開け、夕方にはそれを閉める。こういう生活も本当に長いことしてこなかった。だから手間とかいうより、そういう所作がものすごく新鮮に感じられる。
 これから先、私は家にいる時間を多く持つことになるはずだ。また自分も出来れば一日のうちそのほとんどを仕事に費やされる日々を、そろそろ終わりにしたい、と考えている。
 本を読んだり、こうして文章を書いたり、あるいは外を眺めたり、時にはテレビを見たり、そうした時間を長く持ちたいと思う。それは無為に過ごしているわけではない。私の身体が、気持ちがそれをすごく求めている。だからこれを大切にする生き方を模索したい、と考えている。もうガツガツと仕事はしたくない。競い合うことも、だましあうことも、抜け駆け、先駆けなど考えたくもない。私は長いことこうしたことをしてきたおかげで、間違いなく精神をおかしくしてしまっている。体調を崩している。

 ということで、一階はデジタルには、無縁な部屋である。いくらここでの生活が心地よいとは言っても、やはりパソコンは今の私には必需品だ。パソコンを使うには、インターネット環境をどう構築するかが問題となる。ルーターなどはすべて二階にある。LAN回線を上から引っ張ってくるかと、考えたが、回線を上から下へ這わせると、見てくれが悪い。ここはどうしても無線LANを考えないといけない。
 実は私には無線LANアレルギーみたいなものがある。無線LANは不安定だという認識である。
 昔それを考えたとき、ヨドバシの店員に、有線LANと比べたら、仕方ないことで、できるなら有線LANを構築した方がいいと言われたのだ。言っていることは間違いないのだろうけど、以来私の中で、無線LANはダメだとう意識が生まれてしまったのである。しかも今度は一階である。電波が届くか?
 だから出来る限り無線LANルータを一階の近いところに置く。そのためにはルーターまでの配線が多少一階から二階へと這いずり回っても仕方がないと思っていた。しかしルーター電源が確保できないことを知らされる。LAN回線のことばかり気がいってしまい、電源のことをすっかり抜けてしまったのである。
 それで仕方がないので、二階の玄関や階段が見下ろせるところがあるので、そこに無線LANルータを置くことにする。(ここなら回線、電源が確保できる)
 多分大丈夫だろうという、アドバイスももらっていたし、実際義母がまだ下の部屋にいた頃、非常時の呼び出しボタンをベッドの枕元に置いてあって、受信機を二階のそこに置いてあった。これを使うことはなかったが、実験したとき、きちんと作動した。そういう実績があるから、私も大丈夫だろうと思い、ルータをヨドバシで買ってくる。
 買ってきたのはこれである。

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 アンテナが三つもあって、なんか頼もしそうだ。ガンガン電波を飛ばしてくれそうだ。ちょうど20日まで値引きセールをやっていて千円ほど安く買える。
 ルータを設置し、ノートパソコンに認識させる。ここまでは順調だ。問題は一階でもネットにつながるかである。ノートパソコンを一階に持って行き、インターネットに接続してみると、つながった。多少遅いかなという気もしないでもないが、ブラウザーを起動する最初だけだ。これなら全然問題ない。これで家のどこでもパソコンが使える。有難い。ますます私のパソコンライフは広がったような気がした。
by office_kmoto | 2013-09-20 10:17 | ものを思う | Comments(0)

シュレッダーかけ

 昔から事務所の不要なものを整理しようと思っていたのだが、ついつい忙しくて出来ずにいた。とにかく私の仕事は「情報」だらけである。会社のももあれば個人の情報もある。今はそういうのが簡単に捨てられないから、シュレッダーにかけるしかない。
 それを今やっている。とにかく自分の身の周りをきれいにしておきたいのである。「こんなもの残して!」なんて言われたくないのである。少なくとも私がいなくなって、あれこれ言われるのを少しでも避けたい。私の記憶をきれいになくしておきたい。そんなことをよく考える。
 それは彼がそうだったからだ。彼は彼なりに少ない時間でものごとをきれいにかたづけていった。よくあれだけの限られた時間であそこまでやったな、と思えるくらいである。時間がなかったのは彼のせいではなかったのだが、やはり時間がなかった分、どうしても残ってしまうものがあった。
 それが彼の評価を一気に悪くしてしまった。正直気の毒だと思っている。そして彼自身、そう思われていることを自覚していたし、そう思われることを受け入れていた。仕方がない、と思っていたふしがあったので、本当にかわいそうであった。
 そんな彼を見ているので、出来る限りきれいにしておきたい。もともと自分の痕跡を少しでも残したくないという考えではあった。後で自分のいないところで、文句など言われたのではかなわないからだ。もっとも多少は細々言われるのは避けられないだろう。でも極力それは少なくしたい、と思っている。だから、時間を取ってもらい、身の周りの整理を始めている。とにかく捨てること。残すべきものは、最小限にしておくこと。これにつきる。
 シュレッダーが大活躍である。このシュレッダー、彼がいた店から持ってきたものである。馬力があるので、仕事がはかどる。
 それでも抱えている資料やデータなど、かなりの量である。それをファイルから取り外し、シュレッダーにかけていく。データはほとんどエクセルで作ったものだ。うちの会社は中小なので、既成の販売管理などのソフトを使っていない。すべてエクセルでひな型を作り、それに数字を入れていった。
 昔はLotus1-2-3から始めた。さすがにその頃の資料は残っていないが、Lotusからエクセルに移行した当時の資料が出てくると、いかにもコンバートした感じが残っていて、紙の色褪せ方ともに古めかしさがにじみ出ている。

 こうして少しずつ、自分の痕跡を消し去っている。

 定年後の生き方を考える時に、まず大切なことは、過去との決別ではないか、という気がします。

 最近読んだ本にそう書いてあったが、私は今、このシュレッダーかけは、「過去との決別」なのかもしれない。
by office_kmoto | 2013-09-19 09:33 | 日々を思う | Comments(0)

東野圭吾著 『祈りの幕が下りる時』

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 連休前にいつものように帰りに書泉へ寄った。ここのところ毎日寄っている。もっとも今の書泉は昔から比べればまったく魅力はないのだが、それでも多少は新刊の情報は得られるので寄っている。まぁ駅へ向かう道だし、寄り道というほどでもないので、一階の新刊コーナーを見て、何もなければそのまま店を出る。
 しかしこの日は、東野圭吾さんの新刊を見つけてしまった。しかも加賀恭一郎シリーズ新刊だ。これは買わなければとすぐ手に取る。
 私はいくつか楽しみにしているシリーズがあるが、この加賀恭一郎シリーズもその一つだ。『新参者』以来ファンになり、それまで出ていたこのシリーズをまとめて読んだものだ。
 もっとも昔の本はそれほど面白いとは思わなかったが、『新参者』『麒麟の翼』は確かに“面白い”と思ったものだ。そのシリーズの新刊である。

 これは連休が楽しみだ。

 ただ連休は孫が遊びに来るので、本を読んでいる暇はないと思われるので、連休最終日に堪能しようと思っていた。幸か不幸か、大型の台風も来ているので、出かける必要もないわけだから、じっくり読める、と算段する。
 しかし連休中日に孫が帰ってから、待てずに読み始めた。やっぱり面白い。一気にページが進む。
 途中台風の進路も気になるので、テレビをつけたりする。臨場感を出すためか、わざわざ風雨の強い外に出て、レポーターが実況中継をしているが、ご苦労なことだと思いつつ、画面を眺めていた。
 昼前、一番台風が関東に近づいた時にちょうど読み終えた。

 ここでは話の内容には触れないが、ただ捜査中に加賀恭一郎の例の言葉が出てくる。


「俺たちは大事なものを見落としていたのかもしれない」


 この言葉が出てくると事件の真相が思わぬ展開に進んでいく。そして悲しい事件の真相が明らかになっていく。やっぱり面白かった。
 ところで物語とは関係ないが、原発の作業員をやっていた犯人の父親の同僚が語る言葉が印象的だった。


 「原発はねえ、燃料だけで動くんじゃないんだ。あいつは、ウランと人間を食って動くんだ。人身御供が必要なんだよ。わたしたち作業員は命を搾り取られてる。わたしの身体を見りゃあわかるだろう。これは命の搾り滓だよ」


 我々は東日本大震災の津波による原発事故を経験しなければ、科学の万能を信じ続けていたし、その維持に命をかけている人たちのことなど、関心も寄せなかったに違いない。たぶんこの言葉もスルーしていたかもしれないな、と思ったのであえて書き出してみた。





東野圭吾著 『祈りの幕が下りる時』 講談社(2013/09発売)
by office_kmoto | 2013-09-17 05:47 | 本を思う | Comments(1)

伊達 雅彦 著『傷だらけの店長―街の本屋24時』

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 閉店後二日間で、すべての商品を返品し、備品の整理とごみの処分をした。使い慣れた、しかしすでに切れにくくなって他店に回すこともできないハサミを、どうしても捨てることができず、こっそり家に持ち帰った。

 実は私の事務所にあるハサミのうち、一つがかつてお店で使われていたハサミである。
 私も撤退にあたり備品など処分しているときにどうしても捨てられず、そのまま持ってきた。かなり使い込んでいて、かつて店にいたスタッフがこれを使ってきたものだと思うと、どうしても捨てられなかった。
 この文章を読んで、自分と同じだと思った時、久しぶりのこのハサミを手にとってみた。紙を切ってみると、切れ味が鈍い。持ってきた当初は結構切れたという記憶があるので、そのまま使わずに置いたため、切れなくなったものと思われる。本屋にとってハサミは必需品であるし、その店に絶対になければならないものだ。このハサミはずっとそうあり続けたもので、店そのもののように思えたから、私は手元に持ってきたかもしれない。

 新潮文庫の今月の新刊でこの本を見つけた。副題に「街の本屋24時」とあるのが目にとまった。文庫の裏にはこの本の内容が簡潔に書かれているが、それを読んで「自分と同じ」状況下に置かれた人の話だと思った。
 だからというわけではないが、話の展開は見えていて、いいことなどまず書いていないだろうとはわかっていたが、でも読んでみたくなった。
 著者は街の本屋の店長であった。しかしその本屋は店長が経営しているのではなく、中小チェーン店の一店舗と思われる。当然売上の動向に応じて“本部”から細かく、鬱陶しい指示が出てくる。ノルマを課せられ、売上が低迷売れば、人件費を大幅に削られ、慢性的人手不足の中で、サービス残業を強いられる。給与も低く、友人からその年収のあまりの低さに唖然とされ、休日もまともに取れない。
 そこに近所に大型競合店が出店してきて、店は赤字に転落していく。その先はもう見えている。
 その競合店が進出してくるという話が具体的になると、当然自分の店もその対策を考えるが、すべて“本部”から拒否される。

 勝てまい。すべてにおいて、相手は圧倒的なパワーを持っている。
 何度考えても、その事実の再確認をするだけに終わってしまう。

 「でも、あがくだけあがくしかない」

 しかし結果は予想通り。会社の幹部から「きみの店の閉店が決まったから」と、宣言され、著者も「そうですか。そうですよね」と言うしかない。
 ここまでは私が経験したことまったく同じであった。悲しいぐらい同じであった。
 閉店が決まれば、在庫の返品作業が始まり、補充も止められる。これもまったく同じであった。そして不思議なことなだが、売上の数字はそれほど変わらない。自分たちが苦労して作り上げてきた棚など何の意味もなかったように。


 閉店の日が近づくつれ、店頭の在庫量もどんどん減っていく。

 「なんか滅んでゆくって感じだな」
 「そうだよ」
 「滅ぶんだよ」

 閉店後、ひとり薄暗い店内を見て回る。
 「クソだな」
 心の中でつぶやく。
 「本屋の体をなしていない。こんなの俺の店じゃない」
 そして過去のデータを参照しながら、ここ数日間の売上動向を眺める。
 揃えておきたい本を次々と返し、補充したい本を補充せず、私から見れば、現在は大事なものがあれもこれも欠本しているはずなのに、なぜか売上は、店にぎっしり本が詰まっていた頃と大して変わっていない。
 「結局、俺の自己満足だった、ということなのだろうか?」
 私はひとり、事務所の机にうつ伏せる。

 そして閉店の時間。


 やがて、「蛍の光」が店内に流れ始める。
 私は入口に立ち、名残惜しそうに店を出てゆく客たちを、一人ひとり、最敬礼で見送る。
 明日もまた、10時なれば店を開く。あり得ないのだけれど、そんな錯覚を起こしそうなほど、普段通りの「閉店」だった。


 私もお店の最後の日、閉店時間の10分前に流れる「蛍の光」を聞き、お客がお店から出て行くのを見とどけて、シャッターが閉まるのをずっと見ていた。確かに普段通りの「閉店」だった。ただこのシャッターは明日からお客を向けるために開けられることは絶対にないことを、一方で思っていた。

 著者は、


 自分の店をスーパーやコンビニのようにしたくない。データが揃えてくれた「ランキング上位」の本を、ひたすら棚にぶちこんでいくような書店員にはなりたくないのだ。


 と思いつづけ、自分の店の棚を作り上げてきた。書店員はその棚に自分の思いをつぎ込む。しかしそれがすぐ売上に結びつくことはない。むしろ余計な在庫を抱える結果にもなる。


 もしかしたら永遠に客の手に取られることはなく、私の自己満足だけのために棚に並び続けることになるかもしれない、様々な本。


 著者はわかっていた。それだけでお店が成り立たないことを。逆に売れ行きランキング上位の本を置いた方が売上に間違いなく結びつくこと。だからベストセラーをいつも追いかければならなくなることも。


 よく「面白い書店が減った」「個性的な書店が消えていく」という声を聞くが、それは面白さや個性では書店の経営が成り立たないからである。それらを評価し、お金を落としてくれる客はほんの一握りであって、その少数派だけでは「面白く」「個性的な」書店は続けられない。書店は公営図書館ではない。利益を上げて、初めて生き残れるのである。当たり前だ。


 以前『だれが「本」を殺すのか』という佐野眞一の本を読んだ。それ以来、私は「誰が」あるいは「何が」、本を、そして書店を殺すのだろう、とずっと考え続けた。
 もしいまの「書店」の進む方向が正しいものならば、それこそ「本を殺す」のは、私のような考え方の人間なのかもしれない。私のように、非現実的で、理想ばかり述べ、挙げ句の果ては利益の上がらない店を作り上げるような者が、本を殺し、書店を殺す。


 資本力があるのには絶対にかなわない。それは私は身を以て感じたことだ。その規模、在庫数において、お客のニーズを満たすのは、やはり数であり、目的の本や雑誌があることである。選択肢が多いのはいいに決まっている。
 中小書店は、店の規模や資本力から、少ない在庫と新刊入荷の数が少ないことで、既刊本を使い棚を構成していく。そうせざるを得ないからだ。棚構成をその書店員が考えることになる。棚構成を任されれば、当然書店員のやる気を引き出す。だから棚への思い入れは並大抵でなくなっていく。
 それをその店の「個性」と言えば言えるのだろうけど、その棚に共感してくれるというのは、稀である。むしろ鬱陶しささえ感じてしまうこともある。基本的に欲しい本がないのだから、お客は離れていく。それとは別に「新しい発見」などそうそうあるもんじゃない。仮にあっても、それを欲しい本と別に買うという余裕など、いまの時代そうそうない。あるなら出版業界は前年割れがこんなに長く続くわけがない。
 だから著者の言う通り、それは「非現実的で、理想ばかり述べ、挙げ句の果ては利益の上がらない店を作り上げるような者が、本を殺し、書店を殺す」と言えなくない。数として一店舗がなくなっていくのである。

 ここではお店が閉店し、“業界人”でなくなった著者の寂しさが書かれている。


 新たに発売された見知らぬ商品を見ると、悲しかった。自分の内に蓄積された商品知識が、こうしてどんどん薄れていく。いますぐ復帰すれば軽々と取り戻せるだろうけれど、このまま時を過ごせば、やがて致命的な知識不足に陥ることは容易に想像できた。
 そのことに、最初は恐怖を覚え、次にそれは寂しさに変わり、やがてあきらめへと変化してゆく。

 これは私も同じことを感じたことがあった。それまでプロまでは行かないにしろ、ある程度自分のもっている知識や情報に自信があればあるほど、それの寂しさは尋常じゃない。だんだん自分が役に立たなくなっていくことが実感できるのである。まるで先ほど手に取ったハサミのように。


 しかし私は、書店に入った頃よりも、さらに何倍も「本」が好きになっている自分を、いまはっきりと感じることができる。また、その楽しさをひとりでも多くの人に伝えたいという気持ちも、いささかも衰えていない。これからも毎日、書店へゆくだろうし、本を買い、読み、その面白さを人に伝えてゆくだろう。


 私も本屋には今まで以上に行くようになった、と思う。店頭でいろいろな本を目にすると、間違いなく、本が今まで以上に好きになり、愛おしく思えるようになった。
 
 著者の言うように「本をたくさん読んだ。気持ちを何らかから逸らすには、やはり、読書がもっとも優れてる」ことは間違いない。


伊達 雅彦 著『傷だらけの店長―街の本屋24時』 新潮社(2013/09発売) 新潮文庫
by office_kmoto | 2013-09-13 15:05 | 本を思う | Comments(0)

Yonda? CLUB終了

 新潮社からメールがあり、Yonda? CLUBが今期で終了し、今期の分は来年の1月24日の締切となるそうである。以後受け付けないし、次の更新もないとのこと。
 サイトに行ってみると、Yonda? CLUBは1998年から始まったらしく、もう15年なるそうだ。私も何度か景品をもらったことがある。
 私の家には書店用ディスプレイの“Yondaくん”がある。たぶんYonda? CLUBが始まった頃のものだと思う。
 だいたい私は抽選でものなど当たったことがないので、応募シールを必要枚数貼り付ければ、必ずもらえるというのがうれしかった。
 ただ今期はブックカバー以外これといって欲しい景品がない。しかもブックカバーももうもらちゃっていて、次回にと思っていたので、このお知らせはショックであった。今でも40枚ぐらい応募シールを持っている。
 なんでやめちゃうのかな、と思っているが、ふと秋田書店の景品水増し問題に関係ないだろうか、と勘ぐってしまう。景品など厄介なことをやっていると、後で問題が起こったら面倒だから、もうやめちゃおう、と考えたのではないか。
 まあそんなことはないだろうと思うが、たかが景品といえども、新潮文庫のことである。結構応募が多くて、経費がかさんでいたんだろう。とにかくもれなくだから、その手間も大変だ。だからやめちゃったのだと思う。
 しかし今持っている応募しシールは何かに交換しないともったいない。気に入った景品はないから、またブックカバーでももらいますか。40枚だと二つもらえる。けれど一つはもらちゃっていて、後は色違いを一つもらい、もう一つは今持っている黒のカバーをもらうことにした。

 抽選でものが当たったことがないと書いたが、昔一度だけ当たったことがある。小学生の頃だった。マーブルチョコレートに鉄腕アトムのシールが一枚入っていたが、何かを(何だか覚えていない)集めて送ると、今度はシールのシートが抽選でもらえたのである。それが当たったのである。うれしかったことはよく覚えている。
 しかしそれ以来運を使い切ってしまったようで、抽選というのに当たったことがない。もちろん宝くじも当たったことがない。だから抽選というのは、基本あきらめていて、応募などしようという気も起こらない。
 よく景品を応募して、お宝と称して自慢している人がいるが、その景品の数が半端ないのを思うと、この人どうしてこんなに当たるんだろう、と思ってしまう。きっと運をたくさん持った人なのだろう。こんな人がいるのだから、私などかなうわけがない。世の中不公平にできているのだ。(たかが景品ぐらいで大袈裟かな)
by office_kmoto | 2013-09-03 14:40 | ものを思う | Comments(0)

言葉拾い、残夢整理、あれこれ


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