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浄化

 昨年の夏頃から、昔読んだ本を読み直すことをやるようになった。単純に懐かしさがそうさせるのと、時間的余裕が出てきたことによる。
 でも読んでいて、やっぱり記憶に残る本はいいものだ。これまで読んできた本のどれだけが私の記憶に残っているのかわからないが、記憶に残っている本は、本の内容もそうだけれど、それ以外になにか別の要素、たとえば、その時自分が置かれていた状況などが合わさって残っているような気がする。
 基本的に読んで面白かったもの、考えさせられたもの、感動したものなど、残してあるのだが、それでももう絶対に読まないだろうと判断して処分した本もある。そしてなぜかそうした本がやたら思い出されるのである。
 あるいはシリーズものの最新刊を読んでいて、また昔の本を読み返してみてもいいかな、と思ったりする。
 いずれにせよ、本をまた読み返すのはいいものだと最近そう思う。

 昨日午後から北風が強く吹いていた。夜も雨戸を閉めていても、風が木々を揺らす音が聞こえる。その時本を読んでいたのだが、なぜかその音に聞き入っていてしまい、本を置いた。その後眠るまで、ずっと風の音を聞いていた。
 雨が降ったときも、雨音が聞こえると、やっていたことをやめて、その雨音を聞き入る。窓を開けて雨が降っているのを確認したくなる。雨が落ちてくるその線をしばらく何も考えずに眺めている。葉が全部落ちた木に、雨粒がついているのを眺めている。その粒の透明さが妙に美しい。そして粒が大きくなると落ちていく様を眺めている。
 昼間も外は寒いのだけれど、陽が窓を通して当たっているのを見て、つい窓を開けて外を眺めてしまう。しばらくすると陽が当たっているところが暖かくなってくるのがわかる。
 庭にある木々は寒々しいが、孫が植えたチューリップの芽が少し出てきていて、それが大きかったり、ちょこんと芽を出していたり、様々だ。でもそれもしばらく眺めている。
 何の変哲もないことばかりなのだが、私をそこに釘付けにする。なぜなんだろう?30年以上も時間に追われ、物事に追われ続けたので、そんな些細なことに気が回らなかったということなのだろう。

 些細なこと?

 そうだろうか?判で押したような生活を長いこと続けていると、感じることを麻痺させてしまったような気がする。つまらん処世術に長けた分、私は嘘をつき、その時必要なことしか目にせず、あとは切り捨ててきた。そうせざるを得なかった。でもその結果何を得たのだ。結局生きていくことが苦しくなっていくばかりだった。気持ちが荒み、感覚が麻痺して、感じることが少なくなっていった。
 今、感じることを楽しいと思う。今私がしていることは暇人がすることだ、と言えば言えるかもしれないが、それでもその瞬間そこに釘付けになり、心が浄化されるような気がするのである。きっと今、本を読んでも、絵を見ても、風景を見ても、音を聞いても、少しずつだが素直に気持ちが反応できるようになってきている気がする。そのことの大切さをしみじみ感じる。それを許される貴重な時間をありがたいと思うのである。

 日課の散歩のコースで、子どものころお祭りで縁日の屋台が出ていた神社を思いだした。毎年夏になると、親に連れられてここの屋台のまわりを歩いた。カーバイトの炎を思い出す。友達とここで会って、親から離れて一緒にかけずり回った。手に小銭を握りしめて。わたあめ、みずあめ、金魚すくい、ふうせん釣りなど。
 今でもここでお祭りの時屋台が出ているのかどうかさえ、私は知らない。もちろん今の時期お祭りなどやっているわけがないので、むしろ“こんなに狭かったかな?”というのが最初の印象だった。子どものころの記憶が大きくなって、敷地まで広がってしまったのだろうか。境内には誰もいない。地面にはほうきで掃いたあとが残っていて、ごみ一つ残っていない。
 お参りをする。別にお願いすることも、感謝することもなかったが、ふと手を合わせたくなった。その瞬間、これが無という境地というのか、とにかく何も考えない時間が一瞬訪れる。

 絵を描いてみたいと思った。もう絵を描くなんて何十年もしていないから、うまく描けるかわからないが、なんとなくそう思い、小さなスケッチブックと濃いめの鉛筆を一本買った。どんな絵が描けるだろうか。

 ハローワークへ失業給付の手続きに行った。必要な書類は事前に準備してあったので、手続きは淡々と進む。最後に求職の手続きをするためのOCRの書類を提出する。そこで担当者は私が書いた次に希望する職種のことに触れる。そこにはこれまで私がしてきた“書店員”、“一般事務”という職種を書いておいたが、どちらも厳しいことを言う。そんなことはわかっている。
 正直なところ次にどんな仕事をしたいか、自分でも思い当たらない。ただ書かなければならなかったから書いたまでだ。
 別に職種にこだわるつもりはない。自分の気持ちと身体と、時間と折り合いがつくものであればそれでいい。給与もそれに伴うものであれば十分だ。
 聞きかじりで雇用保険が定義する失業とは「被保険者が離職し、労働の意思及び能力を有するにもかかわらず、職業に就くことができない状態にあることをいう」と知っている。定義には背くが、しばらくは労働の意志はない。私は自分を浄化する時間が必要だと思っているからだ。
by office_kmoto | 2014-01-28 06:09 | 日々を思う | Comments(0)

多田便利軒(3)

 確かジブリ映画の最新作で、たばこを吸う描写が多いと日本禁煙学会が、文句をつけたというニュースを見たことがある。だったらこの『まほろ駅前狂騒曲』はどうなっちゃうのだろう。とにかく主人公の多田と行天はたばこをよく吸う。だいたいこのシリーズの表紙すべてたばこのイラストが描かれているのだ。
 しかし登場人物たちがたばこを吸うシーンは、これから先何かが起こる前のいち風景を演出する細かいけれど重要な小道具となっている。

d0331556_16572331.jpg 多田便利軒の最新刊『まほろ駅前狂騒曲』を読む前に、同じ三浦しをんさんの『神去なあなあ夜話』を読んだ。これはあまり期待していなかったが、予想通りつまらなかった。前作を読んでいたので、付き合いで読んだみたいなものだった。












d0331556_16581836.jpg しかし『まほろ駅前狂騒曲』は最高に面白い。久々に本を読んで大笑いできた。お節介の多田とちゃらんぽらんの行天のコンビが何とも言えない。それと便利屋のまわりにいるおかしな人間たちの会話が、似合わないまっとうな人間が言うようなことを話すものだから、余計におかしい。まわりの変人率があまりにも高すぎ、割合からいったら少数派の多田のほうが「変人」と認定されそうな環境なのである。

 今回は三つの依頼が交錯する。

 行天と契約結婚した凪子が行天との間に生まれた子ども、はるはを預かってくれという依頼。

 「家庭と健康食品協会」という団体(略してHHFAといっている)が無農薬野として売っている野菜が本当に無農薬なのか監視する依頼。

 多田の顧客である岡老人が路線バスが間引き運転しているから、時刻表通り運転しているかどうかまた監視しろいう依頼。

 
多田便利軒は、老若男女から依頼をなるべく引き受けるのがモットーだ。しかし多田は、行天と約束していた。「小さな子ども絡みは断る。」と、行天のためだけでなく、多田便利軒の評判や、子どもの情操に与える影響のためにも、そのほうがよさそうだと判断していたからだ。


 ただでさえ行天は子どもを見ると絶叫して逃げ出そうとする。子どもとどう接していいかわからないのである。それははるはとの関係がそうしていた。最初、はるはを多田の弟の娘だとごまかしていたが、そんな嘘はいつまでも通じない。はるはは行天の実の子どもなのだから。
 しかし多田はヤクザでも一宿一飯の恩義を感じるのだから、行天にもそれがある、と妙な説得の仕方で、はるは、多田、行天の3人のはちゃめちゃな生活が始まった。
 そこにヤクザの星が多田のところに来て、HHFAが無農薬栽培をうたっているのにもかかわらず、農薬を密かにまいているという疑いがあるから調べろと言うのだ。
 この星が最高に面白い。星のいる事務所の上層部の岡山組がHHFAの野菜を売ると言ってきて、腹を立てているのだ。


 「なんでヤクザが野菜を売るんだ」

 「俺が言っているのは、薬もうまくさばけない弱小ヤクザが、なんで野菜の販売なんかに手を出そうとすんのかってことだ。いまさら健康に目覚めたのか?」


 星はヤクザの沽券に関わる野菜売りをしたくないので、HHFAがうたっている無農薬野菜が実は農薬をまいていたとなれば、そうしなくても済む。それで多田に調べろというのであった。
 多田は星からの依頼は断りたかったが、はるはを預かるにあたり、はるはは自分の弟の娘だと嘘を言って行天を無理矢理納得させていた。星は多田に弟がいないことを知っている。それを脅かしに使って多田に引き受けさせる。
 結局HHFAはうわさ通り農薬を使って野菜を栽培していたことがわかり、星らはそれを世間に広げていく。その言い分もおかしい。


 「多田さんに調べていただいたおかげで、HHFAの野菜の品質を偽装していたことがわかった。それで、岡山組は怒っているんですよ。銃でもヤクでも、偽って粗悪品を商うのは、ヤクザの世界では大きな裏切りですから」


 多田は行天とはるはの関係がこのままでいいとは思っていなかった。過去に何があったにせよはるはは行天の子どもであり、自分は父親であることを感じさせたかった。そこで多田ははるはと行天を残して事務所を出て行く。行く先は柏木亜沙子のところである。多田と亜沙子との関係はこの話ではちょっといい感じなのだが、それでも笑い話にされてしまう。
 多田が帰ってきて見た光景は、行天がなんとはるはと仲良しになっている。やっぱり行天ははるはの父親なのだ。ただそのあと行天が言った言葉で大笑いしてしまった。 


「ひとに子守を任せて、なにを呑気に朝帰り・・・・」

 「あんた、ヤったな」
 なんでわかった。と言いそうになるのをこらえ、多田はなんとか平静をたもった。
 「なんのことだ。下品な言い回しをするな」
 「いやーっ」
 行天はわざとらしく甲高い声を上げ、はるはを見下ろした。「ちょっと奥さん、とんでもないですよこの男」
 なんだその口調。まだ戸口に突っ立ったままの多田は、にわかに頭痛を覚えてこめかみを揉んだ。最前までさわやかさも幸福感も、まさに薄雲のごとく吹き散らされ、気分は早くもだいなしだ。
 奥さんと呼びかけられたはるは、わかっているのかいないのか。
 「なあに?」
 と無邪気に多田と行天を見比べた。
 「一回目のデートで、さっそくヤりやがったんですって。破廉恥ねえ」
 「だからはるちゃんの前で下品な物言いはやめろって」
 本当はデートの約束すらなかったのにやりました、とはまさか言えない。

 「見ちゃいけません。あのおじさん、性器そのものって顔してますからね」
 どんな顔だよと口を挟むのもばからしく、はるが「性器」なんて単語を覚えてしまったら一大事でもあるので、多田は行天を無視してソファに腰を下ろした。


 HHFAは無農薬野菜が無農薬でないことが公になってしまい、かなりのダメージを受けなので、まほろ駅南口ロータリーで大々的な広報活動することがわかった。そこで星はHHFAの邪魔をすることを多田に依頼する。それも個室ビデオの看板持ちに声をかけたから、多田も適当な看板を持って、HHFAに場所を明け渡すなと言うのである。多田は「断る。俺は忙しい」と言うが、星は「便利屋。おまえ最近『キッチンまほろ』の女社長と親しいらしいな」

 多田が南口ロータリーに行くことが決定した瞬間だった。

 HHFAの集会、それを邪魔する星の一味と多田。そこに間引き運転をしたと言い張る岡老人たちが実力行使にでて、バスジャックをし、流れ込む。南口ロータリーは騒然とする。行天はHHFAにはまっている母親から子どもを救い出すために、たまたま来た岡老人たちがジャックしたバスに乗り込んでしまい、行天も南口ロータリーに来ていた。はるはも一緒であった。
 窮地に陥ったHHFAのメンバーの男がはるはに向かって鎌を振り上げた瞬間、行天の小指が再び飛んだ。
 HHFAは昔、行天の母親がはまってしまった「声聞き教」という新興宗教の残党が作った団体であった 。この本では行天の子どものころの暗い過去もここで明かされ、なぜ自分が子ども嫌いなのかもその一端が明かされる。


「多田、いろいろありがとう」
「なんだ。急に」
「あんたの言うとおり、はるを預かってよかったかもしれない」
 行天がはるの名を口にしたことに、多田はいましがたの予感も霧散するほど驚いた。
「こんなことを言うのも変なんだけどさ」
 と行天はつづけた。「いざってときに、はるを痛めつけためじゃなく、守るために体が動いた。それがなんだか俺は・・・・」
 しあわせなんだ。
 とても小さな声だったが、多田の耳には届いた。多田は行天を見た。行天は少し気恥ずかしそうに笑い、窓を閉めた。
 「あたりまえだろう」  


 長くなってしまった。実はこの『まほろ駅前狂騒曲』を読んで『まほろ』シリーズを読み返してみようと思ったのだ。忘れていることもあるし。また大笑いしたいし。
 ということで本棚から既刊本を取り出す。タイトルを「多田便利軒(3)」としたのは、ここにまとめて書いちゃうとさらに長くなってしまうのでそうした。次は「多田便利軒(1)」「多田便利軒(2)」となる予定。あるいはまとめちゃうかもしれない。順番が逆になってしまうが、そういう理由である。とにかく話をまとめるのが下手なので・・・・。


三浦 しをん 著 『神去(かむさり)なあなあ夜話』 徳間書店(2012/11発売)

三浦 しをん 著 『まほろ駅前狂騒曲』 文藝春秋(2013/10発売)
by office_kmoto | 2014-01-26 17:01 | 本を思う | Comments(0)

 昨日離職票が送られてきた。それを呆然と眺めていた。やっぱり私は仕事を失ったんだと改めて思う。離職理由が「事業主の都合」になっている。
 結局これなんだよな、と思う。自分に意志で会社を辞めたなら、自分が決めたことだから受け入れられるだろう。
 確かに在職中はもう無理かもしれないと思ったことは事実だ。これ以上ここにいると精神的にも肉体的にもますますおかしくなると感じていた。けれど一方で、ここにしがみついていれば私は「保障」され、生活も今までのように維持できる。天秤は傾きがあるにせよ、何とか体調を維持できたからまだ下がりきっていなかった。
 時間の問題だったかもしれないが、出来れば自分の意志で会社を辞めたかった。そういう気持ちがあるから、一方的にクビを切られたことに今だに納得出来ないところがある。それが傷として残ってしまっている。
 それは仕方がないこととと思っていたにせよ、それがうまく受け入れれられない。なんとか自分の中で納得させようと苦しんできた。
 そんなところへ離職票が送られてきたことは、「あなたは会社をやめたんですよ」と有無を言わせぬ証拠を突きつけられたも同然だ。呆然となっても当たり前というところだ。

 しばらく何も出来なかった。

 それから昨日はあれこれ考え、疲れてしまったし、不機嫌になった。久しぶりにマイスリーを飲んで布団に入った。

 離職票は予定通り送られて来ただけだ。 落ち込んでいても仕方がない。恨みつらみはたくさんある。怒鳴り声をあげたい気分でもある。けれど、それをしたこところで状況が変わるわけではない。だったら無駄なことはやめるべきだ。ことはなるしかならない。
 無理に前向を向いて進もうとは思わないが、前を向く姿勢だけは維持しよう。出来ればすべてはもう終わったこととして、生きていくようにしたい。毎日毎日を大切に過ごしたい。
 実際そうしようとここ1ヶ月は過ごしてきたじゃないか。

 また、いちから立て直しだ。
by office_kmoto | 2014-01-22 18:04 | 日々を思う | Comments(0)

浅草

 正式に退職して今日で5日経つ。仕事を失うなんて思いもよらなかったので、ここのところの日々の過ごし方は、こんなにのんびりしていいのかな、と思うくらいのんびり過ごしている。昼間から部屋で足を伸ばして、お茶を飲みながら本を読む。その本の会話の心地よさに酔いしれる。周りからあれこれ指図されたり、依頼されたりすることもなく、自分の時間をゆっくりと味わっているという感じだ。
 しばらくはこんな感じで過ごしていこうと思っている。だってこれまで頑張ってきたんだから、そのくらい心の休養があってもいいはずだ。
 15日の朝、携帯にメールが入る。誰かと思えば、在職中にお世話になった税理士さんからだ。その日が私の正式な退職日だと覚えていてくれ、「お疲れ様」という言葉とこれまでお世話になりました、という言葉が書かれていた。
 私の退職日を家族以外覚えてくれているのはこの人しかいない。こういう人を得たことは、それまで自分がしてきたことを全否定された人間としては、ものすごくうれしかったし、有り難く思えた。

 一昨日は孫たちと恒例の浅草へ初詣に行ってきた。孫と会うと私ははしゃぎすぎて、夜はいつもぐったりしてしまう。この日もそうであった。孫と会っていると、日々の鬱憤が忘れられ、その日を目一杯楽しんでいる。それはそれで私たち夫婦にとって貴重な時間なのだ。孫がいてくれたおかげで、私たちは楽しい日々を過ごさせてもらっている。
 浅草は子供の頃から馴染みのある街である。父親と母親によく連れてきてもらった。花やしきで遊んだ。なぜ浅草なのかと言えば、父親が当時競馬をやっていて、ここに場外馬券売り場があるから、馴染みの街だったのである。その関係で錦糸町もよく連れて行ってもらい、駅ビルにある不二家に連れて行ってもらった。
 私の子供の頃はちょっと路地裏に入ると、どちらもまだ薄汚れた街であった。私が生まれた年は「もはや戦後ではない」と言われた年であったが、それでもどこか戦争の残滓が残っていた。町並みも商店街も、闇市まがいのものがあったし、映画館にはピンク映画の大きな看板がかかり、ストリップ劇場では主演する女優の生々しい写真がかかっていた。夕方近くになればピンサロの前にはあちこちで客引きが立ち、ネオンがギラギラしていた。子供の私にはそれらが大人の世界と写り、その通りの近くを通るだけで怖かった。
 浅草寺の境内には、片足をなくした軍服を着た傷痍軍人が杖をつきながらアコーディオンを弾いて、物乞いをしていた。それも怖くて仕方がなかった。
 どちらの街もそんな猥雑で混沌として、しかも妙なちぐはぐさが記憶に残り、私には忘れがたい街となっている。
 だから浅草というと気になって仕方がない。今でも江戸の雰囲気や下町の風情を残している街だ。そこに子供の頃にすり込まれた記憶が残っているものだから、興味がある。ただ私の興味はあくまでも風情であって、より深い芸能や寺の歴史ではない。


d0331556_124451100.jpg ちょうど半村良さんの『私の浅草案内』を読んでいた。浅草の連作短編集である。装画は酒井不二雄さんのボールペン画である。懐かしい。私は酒井さんの画集を二冊持っているが、不意に思いだして手に取ることがある。酒井さん絵はこの本にはぴったりだ。
 とにかくこの本は、会話が洒脱で、ほのぼのとしてくるし、人生の言い得て妙な言葉や思いが、つい、「うん、そうだよな」と思わせる。久しぶりに読んでいて心地よいと感じた。また知らない言葉使いも出てきて、死語になっている言葉や浅草ならではの古典落語からとった言葉など、察しがつくものもあれば、まったく意味がわからないものもある。それらを後でネットで調べながら、なるほど、と感心したりする。

 まず私が言い得て妙だ、と思った言葉をいくつか書き出してみる。


 でも人生という奴は、どうしてこういつも人の不意をつきやがるのか。油断を見すかして小突かれたような気分だ。(一文の酔)


 好きでないものを大事にしなければならない。大切ではないものに頼らなければいけない。思春期にいた私は、それを不潔だと感じた。(へろへろ)


 「でもよ、わがままって、本音でやったらあんなにきたねえもん、ねえだろう」(祭りのあと)


 人生なんて、行けば行ったで見る景色が違ってくるものなんだろう。(祭りのあと)


 初詣へ行ったとき、仲見世通り歩いたとき感じたことは、とにかくここはゆっくりと歩くところなんだ、ということであった。人の歩き方がゆっくりだ。それはここを歩く人が店を眺めながら、あるいは立ち止まったりするからそうなる。しかしだからといって、それにいらだつことがない。


 いつもふしぎに思うのだが、浅草という土地には今の東京のせかせかした歩きかたがない。みんな普通通りゆっくりした歩きかたをしている。(冗談ぬき)


 だいたい浅草というのは少し歩きにくい町だ。参詣人や観光客が集まってくるのだから、みんな気をゆるめて歩き方も遅くなる。左右に並んだ商店を丹念にのぞき込み、まっすぐ歩かない。
 でも土地の人たちは、そういう人々のおかげで繁昌しているのだという意識をしっかり持っていて、いくら心急いでも決して人の肩に触れるような歩き方はしないのだ。
 ぞろぞろと左右に揺れながら歩く人々の間を柔らかく縫い、それでいて素早く移動して行く。先祖代々人ごみで暮らしている生活技術のひとつだろう。(朝から晩まで)


 そんな浅草の風景を描写している文章で、“いいな”と思ったものを書き出してみる。


 「そうなんだよ、浅草は若え者でも何かてえと昔ばなしになっちまう」(鳩まみれ)


 浅草へ住みついて気がついたのだが、小柄な人が目立つ。
 昔の日本人の寸法がここにかたまって残っているような気がしてならない。ことに中年から先の女性が小柄だ。
 京都でもそんな印象を受けたことがあるが、和風の古い家並みには、キリッとした小柄な女性のほうがいい絵になる。脚が細長くてずんずんらでっかいのは、のっぽのビルを背景にしていないといい絵にならない。それに、あんなにでっかい女性たちが、いっせいにおばあさんになりはじめたらどんな景色になるんだろう。六尺豊かなおばあさんなんて、威勢がよすぎる。(朝から晩まで)


 「観音さまの初詣はこれで五十五年目ですよ」
 「そりゃ大変なもんですね」
 「でもこの歳じゃもう危くてね。だいぶ早いけれどこの時間にきて、除夜の鐘のころは家で留守番ですわ。倅と嫁が孫を連れて夜中に来るんです」
 私はそばを食べおえていた。
 「おしあわせそうで結構ですね」
 「いや、人ごみじゃ足に自信がなくなりましたからね」

 なるほどそう言えば、足弱なお年寄りの姿が多い。いつもなら裏の道を抜けるのに、老紳士の言葉で雷門をくぐり、仲見世の真ん中をゆっくり歩いてみた結果、同じようなひと足早い初詣をしている人がたくさんいるらしいことが判った。(冗談ぬき)


 「やっぱり浅草はいい」

 「どうしていいと思う」

 「風の吹きようがよそより遅いからさ」
 「なるほどね」
 私もそれは共感できるところがあった。ファッションも景気のよしあしも、よそとかわらず敏感にうけとめる町だが、それでいてうけとめたあとの形がしっかりむかしとつながっている。だからどんなに新しいものをうけとめても、激しい形にならない。これが赤坂や六本木あたりだと、新しいだけで昔の色はあとかたも残さない。(寒い仲)


 英ちゃんはシャッターの施錠を確認すると、本堂のほうへ歩き出した。仲見世の人は、店をしめたあと、たいてい観音さまへ夜のご挨拶に行く。(国木屋)


 土地の人たちが祭りに熱中するわけが判ってきたような気がする。祭りの準備やあと始末にこと寄せて、そんな相手と力をあわせながら、昔ながらの関係を保っているのだ。(祭りのあと)

 
 ついでにほかの著者で浅草について語った印象的な文章もあげておく。


 「朝顔市が終れば鬼灯市か・・・・。いいね、花が季節を教えてくれるなんて」

 -本当だわ。この街は花が季節を教えてくれる街よね。(伊集院 静 著 『浅草のおんな』)


 昔浅草という町は、そういうお互いのおせっかいがなければ、うまく暮してゆかれなかったのかも知れない。たいへんなお金持ちも、とびきり強い権力者もいなかったし-つまり、ごくお人好しの弱い庶民が、なんとなく肩を寄せあって住んでいたところだから-どうしても、世話焼きが必要になってくる。(沢村 貞子著『私の浅草』)


 今、時間もあることだし、休日にとらわれず出かけられる。人ごみを気にしなくてもいいので、もう少し暖かくなったら、もう一度浅草界隈に写真でも撮りに出かけようかな、と思っている。ちょうど昨年買ったカメラの使い方を覚えている最中だからいいかもしれない。


半村 良 著 『小説 浅草案内』 新潮社(1988/10発売)
伊集院 静 著 『浅草のおんな』文藝春秋(2010/08発売)
沢村 貞子著『私の浅草』 暮しの手帖エッセイライブラリ- 暮しの手帖社(2010/11発売)
by office_kmoto | 2014-01-20 12:46 | 街を思う | Comments(0)

杉村 三郎シリーズ

 宮部みゆきさんの新刊『ペテロの葬列』が出た。読んでみたくなった。この本、『誰か』、『名もなき毒』に続く3作目だそうだ。
 ということはやはり最初からこのシリーズを読んだ方が話の内容がわかるものだろうと思い、一作目から読み始めた。
 まずは杉村三郎のプロフィールから書く。
 杉村三郎の妻菜穂子は、今多コンツェルンという一大グループ企業を率いる今多善親の外腹の子である。今多コンツェルンは菜穂子の兄たちが引き継いでおり、菜穂子は会長の娘という権威はまとっていても、今多グループの経営には関わらせてもらっていない。
 今多善親は杉村と菜穂子と結婚を認める条件として、それまで杉村が勤めていた児童書の出版社辞めて、今多コンツェルンの一員となり、会長直属のグループ広報室で記者兼編集者として働くことを提示し、杉村はその条件を飲んだ。
 今多善親が杉村を菜穂子の夫として認めたのは、杉村が菜穂子を担いで会社の権力闘争に関わる人間でないことによる。それが菜穂子の置かれてきた立場にふさわしいと考えたからだ。




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 『誰か』はその杉村に会長から直々の依頼から始まる。会長の運転手をしてきた梶田信夫が真夏の陽盛りの歩道で、自転車にはねられ死亡した。犯人は見つかっていない。梶田には二人の娘がいて、妹の梨子が父親の伝記を書いて、それを出版したいという相談を会長が受けた。それなら娘婿の杉村が適任というわけで会長から依頼されたのだ。
 父親の伝記を書く動機は、それを出版し、ひき逃げされた父親が自分たちにとってどれだけ大切な人間であったかを世に知らしめし、それでまだ見つからない犯人を見つけることが出来るのではないか、というものであった。
 杉村は梶田姉妹の手助けをすることになるのだが、同時に梶田信夫のこれまでの人生の暗い過去を追うことにもなってしまうし、犯人捜しをすることにもなる。そして父親の伝記を書く姉妹の複雑な関係を知ることにもなる。話はそういう展開で進む。どちらかといえば犯人捜しより、梶田信夫の過去、梶田姉妹の過去とその後の関係に重点が置かれる。




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 続く『名もなき毒』では、杉村が所属する広報室で働くアシスタントの原田いずみの所行に広報室全員が悩まされる。その上彼女の履歴書には前職で編集に関わっていたことが書かれているが、編集の仕事はほとんど出来ない。挙げ句の果て“セクハラだ”“パワハラだ”と叫びまわり、それが会長の今多善親まで話が伝わってしまう。結局原田いずみはクビとなり、トラブルメーカーの担当が杉村となった。
 杉村は原田いずみのことを調べるため、前職の編集部を訪ねると、原田いずみは杉村がいる広報室でとっていた同じ行動をしていたことを知る。さらに彼女のことを調べたいために、ここの社長から探偵の北見一郎を紹介される。
 杉村は北見を訪ねたが、先客がいた。女子高生二人である。彼女らは北見に相談に来ていたが、北見から話を聞くだけでそれ以上関われないことを言われる。
 杉村はその後北見に原田いずみのことを聞き、その帰りに先ほど北見のところにいた女子高生が公園でブランコに座っているのを見かける。声を掛けると、その女子高生は倒れてしまった。
 彼女は連続無差別毒殺事件で祖父を失った。ここから話は展開し始め、杉村は原田いずみの件と、連続無差別毒殺事件に関わっていくことになる。
 原田いずみの嫌がらせは続いていた。彼女はいつも何かに怒っていて、自分をその怒りに追い込んでいくタイプであった。原田いずみの人間性を語っているうちに北見が語る言葉にうなってしまう。


 「じゃ、普通の人間とはどういう人間です?」
 「私やあなたが、普通の人間じゃないですか」
 「違います」
 「じゃ、優秀な人間だとでも?」
 「立派な人間と言いましょうよ」北見氏は疲れた顔で微笑んだ。「こんなにも複雑で面倒な世の中を、他人様に迷惑をかけることもなく、時には人に親切にしたり、一緒に暮らしている人を喜ばせたり、小さくても世の中の役に立つことをしたりして、まっとうに生きているんですからね。立派ですよ。そう思いませんか」
 「私に言わせれば、それこそが“普通”です」
 「今は違うんです。それだけのことができるなら、立派なんですよ。“普通”というのは、今のこの世の中では、“生きにくく、他を生かしにくい”と同義語なんです。“何もない”という意味でもある。つまらなくて退屈で、空虚だということです」
 だから怒るんですよと、呟いた。
「どこかの誰かさんが、“自己実現”なんて厄介な言葉を考え出したばっかりにね」


 一方連続無差別毒殺事件も新しい展開を示し、犯人が捕まるが、捕まった犯人は自分が関わったのは4件のうち最初と3件目だけで、2件目と4件目は知らないと言う。事件は連続無差別ではなかったのである。“模倣犯”がいたかもしれないということになる。そして2件目の事件は事件でなく自殺であったことがわかった。
 結局最後の4件目の事件だけが残っていく。あの女子高生の祖父が殺された事件だ。古屋美智香の祖父は散歩の途中寄ったコンビニで買った紙パックのウーロン茶を飲んで死んだ。コンビニはこの事件後閉店してしまったが、ここへは古屋美智香の母親もよく来ていて店長との仲を疑われていた。
 杉村は閉まった店の前を掃除する青年が気になり始める。
 一方原田いずみの嫌がらせはエスカレートしていき、遂に警察沙汰となる。最後は杉村の新居まで押しかけてきて、一人娘の桃子を人質にとって立てこもる事件を起こしていく。




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 そして三作目の『ペテロの葬列』では杉村が拳銃を持った老人によるバスジャックに遭遇することから始まる。老人は人質解放の条件として3人の人間を探し出し連れて来いと言う。
 ただ事件は警察が突入した直後、老人は自分が持っていた拳銃で自殺してあっけなく終わった。
 まったく「私(杉村)は今多家の厄介者だ。おとなしくしていられることだけが取り柄で婿に取り立ててもらった男なのに、どうしてこう次から次へと事件に巻き込まれるのだろう」
 この老人、奇妙なのであった。人質として捕らわれた杉村たちであったが、老人と話しているうちに老人の話に捕らわれてしまうのである。まるで洗脳されたような感じであった。後に杉村は今多善親にその時のその老人について語る。


 「君の印象はどうだった?」
 「教職に就いていたことがあるのではないかと感じました。交渉人を務めた山藤警部も、同意見でした」

 「おそらく<トレーナー>だったんだろう」

 「1960年代から70年代半ばにかけて、つまり高度成長期だな。企業の新入社員研修や管理職教育に、ひとつのブームがあったんだ。<センシティビティ・トレーニング>というのだがね」
 頭文字をとって<ST>とも呼ぶ。

 「STの教官のことを、トレーナーと呼ぶんだが」

 「トレーナーが司会者になって、参加者個々の自己認識を評価し合うわけだ。その際には率直で忌憚なく、<はっきり言う>ほど評価が高くなる。年齢差や、先輩後輩の関係など無視していい。職場でポジションは一切関係ない。この場では誰もが平等に一個人だ、言いたいことはすべて言っていい、と」

 「しかし危険と隣り合わせでしょう」

 「そういう場では、ちょっとしたきっかけで、誰か一人に批判が集中することがある」

 「言い忘れていたが、STにはたいそうな金がかかるんだ。だからブームのころには、雨後の筍のように主催者が増えた。儲かるからな。それで玉石混交になって、STはますますうさんくさいものに成り下がった」

 「君も言っていたな。暮木老人は君たち人質を、舌先三寸で丸め込んだと」
 「はい、全員がコントロールされていました」
 「おそらく、その道では有能な人物だったんだろう。だから特徴も顕著に表れた。園田が気づいても不思議でない」

 「そういうスキルに習熟した人間は、(廃れても)それを活かす場所を探そうとする」

 杉村は暮木老人のことを調べているうちに、日商フロンティア協会という詐欺集団のことに行き当たる。暮木老人はその詐欺集団のコンサルタントの一人であった。
 ただ暮木はそれに関わったことを後悔した。「ああいう詐欺組織がどのように機能し、会員同士のあいだでどのように悪を伝播させていくか熟知していた暮木老人は、やがて司法の場に引き出される幹部たちだけが悪いわけではないと知っていた。会員たちも静かな、かつ積極的な共犯者だった」だから暮木は人質と交換に積極的に関わった3人の名前を挙げ、晒した。名前を晒された人間は逃亡するか自殺していく。

 この本の書名であるペテロは役人たちと群衆に捕らえられたイエスのもとに、一人最後まで留まったペテロも夜通しの厳しい追及にとうとう負けて、自分はイエスの弟子ではないと誓った。そして 自らの嘘と、そんな心の有り様をイエスに見抜かれたことを激しく恥じ、後悔したペテロは真実を述べ、逆十字架にかけられて殉教する。その由来から来ている。そして他者の命を奪った者は、自らもその命を以て償うべきだ、と悔い改めた暮木老人は、率先して死を選んだ。その後多くの者の続いた。暮木は、その葬列の先頭を歩んだのだ。

 この杉村三郎シリーズが『誰か』は、事件の底に流れるものがはっきりしないが、『名もなき毒』と『ペテロの葬列』ははっきりしている。
 『名もなき毒』では原田いずみの件にしろ、古屋美智香の祖父の毒殺事件にしろ、人間だけが持っている(名もなき)毒が起こした事件である。その毒は最初は目に見えない。具体的な愁訴になって初めて顕れるが、本体は隠れたままだが、それが爆発して事件となった。
 『ペテロの葬列』では誰も持ち得る“毒”が、“悪”へと生まれ変わり、その悪が伝染していくことを詐欺組織を通して表し、事件とした。

 『ペテロの葬列』の最後は大きく話が展開する。杉村と菜穂子は離婚するのである。杉村は菜穂子と結婚したいために、それまで勤めていた出版社を辞め、菜穂子の父親の今多善親の条件まで飲み、自分の親や家族にも呆れられでも菜穂子と結婚した。
 それでも菜穂子との生活は窮屈ではあったが幸せであった。一人娘の桃子も溺愛した。けれど菜穂子との生活、今多家との関わりは、やはり杉村にとってどこか無理があった。杉村はいつのまにか「逃げ出したい」と思うようになり、菜穂子も杉村の気持ちを感じ始めた。2人の間に溝が生まれ、杉村が事件に夢中になればなるほど、その溝は大きくなっていったのである。
 そして2人は離婚する。物語はここで終わる。だから読む側はこのあと杉村はどうなっていくんだろうと次を期待させる。なかなか“うまい”ものだ。これじゃ次作も読みたくなる。(たぶん次もあるものと思っているのだ)


宮部 みゆき 著 『誰か―Somebody』 実業之日本社(2003/11発売)
宮部 みゆき 著 『名もなき毒』 幻冬舎(2006/08発売)
宮部 みゆき 著 『ペテロの葬列』 集英社 (2013/12発売)
by office_kmoto | 2014-01-18 06:52 | 本を思う | Comments(0)

秋葉原からお茶の水、そして大手町

 一冊の本を読み終えると用意してある次の本をすぐ手に取る。そしてその後読みたい本を棚から物色する。なので本を一冊読み終えると、その読み終えた本、その後読む本、さらにその後読む本と三冊手元にあることになる。
 本を読み終えたので続いて新しい本を読み始める。いつもその出だしが問題となる。ここで“面白そうだ”という予感を感じさせてくれると、うれしいし、楽しく読めるような気がする。どうやら今回の本は面白そうである。
 今はとにかく小説が読みたい。だから続けてこの本を手にした。この本は以前から読みたいと思っていた本である。ただちょっと古い本で、書店では手に入らない本であった。
 たまたま昨年の暮れ、最後の外回りの帰りに神田の古本屋街を歩いていたとき、店の前にある均一本の棚でこの本を見つけ、手に入れた。
 そういえばここの古本屋さんのこの棚で以前にも探していた本を見つけた。ここは私にとってお宝がある古本屋さんなのである。今日帰りにここに寄ってみようと思った。

 今日は半月ぶりに秋葉原に行く。今日社保の資格喪失したので健康保険証を返えさなければいけないのだ。郵送で返却してもかまわないのだが、久しぶりに外に出たいという気持ちもあったし、会社でなく事務組合に頼むのだから、直接お願いに行った方がいいと考えたのだ。
 資格喪失など退職の手続きは本来なら会社でやってもらうのが筋だろうが、会社の母体が変わりごたごたしているはずなので在職中に自分の退職関係の書類を作っておき、手続きを依頼しておいたのである。
 自分の退職関係の書類を自分で作らなければならないのも変な話だが、経営母体が変わらなければ、自分がいた会社が会社の体を成さないし、変われば変わったでごたごたしているのだから仕方がない。
 秋葉原に来て、今まで通っていた書泉とブックオフをのぞいてみた。書泉は目新しく感じなかった。ブックオフでは伊集院静さんのサイン本を見つける。105円也。
 その後とぼとぼとお茶の水方面へ歩いて行く。今日は昨日までと違っていい天気で多少暖かい。人は急ぎ足で歩いているように感じるほど、私はゆっくりと歩く。急ぐ必要がないからだ。そう言えば、最近時計を気にしなくなった。時間の感覚がなくなった訳ではなく、それはそれでちゃんと自覚しているつもりだが、時計を気にしないのは細かい時間に左右されない生活を送っているからだろう。だから人々の歩き方を見ていると“大変だな”と思ってしまう。
 お茶の水は調剤薬局激戦区で悪戦苦闘してきたのはホンのつい最近のことなのだが、それさえも嘘みたいだ。かつて会社がやっていた調剤薬局は楽器店に変わり、“夢の後”さえ残っていない。
 自分たちがやって来たことが形として何も残っていないというのは、かつてここで頑張ってきたあかしが何もないことである。思い出として思い出すにしても、今ここにある建物などからすぐさかのぼれない寂しさがある。
 まあ、こんなものなのだろう。所詮足下がしっかりしていたところで頑張ってきたわけじゃない。何かあればすぐ倒れてしまうほど危ういところでやってきたのだから、こうなって当たり前というところか。
 
 人が形として残せるものっていったい何があるんだろう、とふと思う。

 そのまま坂を下りて、本屋街に出る。時間は十分あるからゆっくり歩いて、本を見て回る。やっぱり大きな本屋さんは見て歩くだけでも楽しい。結構長い時間ここにいた。吉村昭さんのコラムが集まった新書版の本を一冊買う。あと古本屋さんでこれも探していた吉村昭さんの文庫を見つけ購入。期待していた古本屋さんの均一本の棚には今回欲しい本がなかった。その後近くにある神田税務署まで行き、確定申告の用紙を取ってくる。
 ここまで来るともう大手町に近い。私はここで6年間本屋の店長をしていたので、土地勘がある。ちょっと歩き疲れたので、お茶でも飲もうと地下に潜るが、やっぱりというか当然というか、昔あったお店はない。あるのは一杯飲み屋ばかり。ここはサラリーマンや公務員が多くいる場所であるから、夜になると騒がしいのだろうと想像する。この時間、夜に向けて準備中の店が多い。諦めてそのまま地下鉄に乗り家に帰る。途中またブックオフにより、森まゆみさんの本を一冊買う。
by office_kmoto | 2014-01-16 20:07 | 街を思う | Comments(0)

この頃思うこと

 いつもの朝と同じように雨戸をあける。
 世間では6日は仕事始めだった。私は今年、その世間から切り離されて、その風景をテレビで見ている。少なくとも今の私には関係のないことである。

 朝、天気のいい日は散歩に小一時間ほど出かける。一駅先の本屋に行ってみたり、近所の(といっても結構距離がある)図書館に行ってみたりする。
 で、そこの棚にある本を眺めている。本屋にしても、図書館にしても、本のある棚は魅力的だ。
 本屋の場合、新聞広告で気になった本を探し回って、手に取ってみるし、図書館の場合、ここにはどんな本が置いてあるんだろうとか、思わずじっくり眺めてしまい、時間が経つのを忘れる。
 図書館ではいくつか読みたいなという本があったが、今は自分の本で読む本がいっぱいあるので、いずれ、ということにする。
 結局手ぶらで帰って来るのだが、家に帰ってきて自分の本棚を眺めてみると、“やっぱり自分の本棚が一番魅力的だな”と思う。

 当たり前である。

 だってこの本棚を作るのにもう40年近くかかっているのだから。古い本は私が高校時代に買った本もある。ここにある本は数え切れないほどの本屋で、古本屋で買ってきた本である。そしてここには私が読みたいと思って買ってきた本が並んでいるのである。 だから馬鹿みたいだがうっとりしてしまうのだが、ここは私にとって最大の癒やしの場所なのである。

 そこから本を取り出し、午後の時間を過ごす。1日のうちで続いて長い時間本を読むなんて、ここ数年してこなかった。いつも空いてる時間、例えば通勤時間、昼の休憩時間、寝る前のわずかな時間を探して本を読んできた。
 休みになれば長時間本が読めるはずであったが、細かい時間を集めて本を読んできたものだから、かえって時間があると、本が読めなかった。それに仕事の疲れもあったものだから、本を読むどころではなかった。
 昼から夕方にかけて本を読むことにしているのだが、こんな時間が持てることに幸せを感じている。長い時間本を読んでいると、本ってこうしてゆっくりと読むものかもしれないな、と思ったりする。もちろんそれが許される“贅沢な時間”を持っているからできることなのだが。
 でも数ヶ月前に比べて、自分が穏やかな日々を過ごしていることは間違いない。だから体調もいいし、夜もよく眠れる。
 あれほど薬を飲んでもいっこうに調子が良くならなかったのが嘘みたいだ。私は壊れかけていたのかもしれない。


 「なんといったって仕事さ。身体にわるいのは。人間は仕事さえやらなきゃ死なないと思うね。俺たちがいくら不摂生したって、猛烈に働いている人にくらべれば、はるかに心身をいじめていないよ」


 と色川武大さんの本の中にあった一節だが、まさしくその通りかもしれないと思ったりする。
 生きていくためには仕事をしなければいけないことぐらいわかっているが、そのために犠牲にしているのは時間だけでなく、身体の調子も狂わせていくことなんだと思い知る。開高健さんは次のような言葉を書く。


 生まれるのは、偶然
 生きるのは、苦痛
 死ぬのは、厄介

 そういうことだ。


色川 武大 著 『引越貧乏』 新潮社(1992/07発売) 新潮文庫収録「心臓破り」

開高 健 著 『耳の物語』 イースト・プレス(2010/06発売) 文庫ぎんが堂
by office_kmoto | 2014-01-10 18:31 | 日々を思う | Comments(0)

木村 俊介 著 『善き書店員』

d0331556_1730444.jpg おかしな本である。まず本の表紙には絵柄がなく、この本のコンセプトが書かれている。
 この著者の職業が“インタビュアー”とある。人に「話を聞く」人なのである。ただ今までのような「集団の取材機関によるある種の同時代史の記録があえて目指そう」とするインタビュアーの仕方に不満や疑問を持っていたようだ。
 今までのような人に話を聞くことは、質問のしかたからはじまってデータを取ってきた人やそれをまとめた人の偏見が入ってしまうし、そもそも最初から結論みたいなものを描いて質問しているものだから、ある意味「予定調和」や「型通りの取材構成」となってしまっている。だからに挑戦してみたくなったと、著者は言う。


 それから人の話を聞くということでいえば、その声をもとにした取材の結論よりも、聞いた声そのもののほうがずっといいというのはかなり強く実感していることである。


 それでインタビューをするうちに「話題に対しての結論」よりもどんどん「目の前にいるその人の経てきた過去」を重視するようにもなっていったのである。それはインタビュアーとは「過去収集家」のようなものだと自分の仕事を捉えるようにもなった。


 その「過去が集まれば、時代になり、時代が集まれば歴史になる」のである。だから取材対象が、この「普通の人」であればいいことになる。
 では書店員に話を聞くことで、「善く」働くことの何かをどうして捉えられるのだろうか。そもそもなぜ書店員であったのだろうか?


 それからやっぱり日本の書店は独特なのだけれどその独特さが十年後もあるかといったらわからないみたいな心配もあり、取材対象者を「書店員」のかたがたにさせていただいたわけである。


 書店業界全体に通じる話でもない。ネタとして洗練された笑い話があるわけでもない。ただ、自分を等身大以上に見せようとせず、こうとしか生きてこられなかった一回限りの道についてうかがっている時間は心が落ち着いたし、深いところで「書店員」という生き方がなんたるかに触れられたような気がする。


 書店員のかたがたは(書店があぶないという数字上のデータから)「かわいそうな人」として語られるべきでも、英雄視されるべき対象でもなく、そうしたデフォルメを省いて「まるごと」たいへんだったけどこうして歩んできたんだと丁寧に話している生きた人たちなのである。悩みも深いから、その合間の笑顔が余計にまぶしく思える。そのまるごとの話の細やかさこそが、立場がちがってもいかにも時代を共有しているな、とほんとうに人に会ったなという気にさせてくれた要素だったように思う。


 5人の書店員にとにかく自分の仕事、その姿勢を語れるだけ語ってもらうことで得たことは、本屋という商売などもうけのいい商売ではないし、給料や地位などにも納得いかない仕事である。仕事自体も「たいがい、店の裏で『よっこいしょお!』ってやってる」。


 書店員仲間で体を壊す人の割合は、まぁそれなりにの数にはのぼるだろうとは思います。体力が要る仕事でありますからね。重い荷物を持ちあげることが多いためか、腰を悪くする人はけっこういます。ヘルニアだとか、腰痛持ちだとか、あの店のあの人はぎっくり腰になって救急車で運ばれたというのはよく聞きます。それから、ずっと立ち仕事でもありますね。


 あとは体を動かすことが多いせいか、女性は赤ちゃんができたあとに続けにくいことはあるようです。体に負荷をかけるから妊娠中に続けるのは心配というのもありますから、座り仕事のかたより出産による離職は多いんじゃないのかな。


 私も書店員時代腰を痛めて、現在まで引きずっている一人である。給料もいつまでも低いままであったし、地位も形ばかりの店長や副店長などやって来たが、やっていることはほかのスタッフと同じ仕事量であったし、なまじ肩書きなど着いてしまうと責任以上の仕事の量が増えていた。
 でも本が好きだったから、それを続けることができた。それは仕事でほかに何か良さを見つけることができたからだった。本を手渡すことに意味を見出していたからだった。そのことで喜んでもらえる、と感じていたからだった。それはこの本のインタビューに応じている書店員と同じである。
 ただこの本を読んでいて嫌だな、と思ったことは自分を含めて、それがみんな判で押したように同じであることであった。逆を言えば、そこに仕事の価値を見出さないと、本屋という仕事はやっていけない商売なのではないか、と思えることだった。そして人間的に書店人というステレオタイプの人間しか作らないということである。型破りの書店人ってなかなか見いだせない。
 それが「善く」働いた結果のなのかわからない。それでも著者はそれでも次のように言う。


 本書は、シリアスな状況やまじめな迷いや悩みについてある職業人たちの現実を報告するものであるけれど、長く話をうかがう中ではそれこそその人が仕事の「善さ」や「楽しい、おもしろいと思っているところ」についての話で思わずにこっとこぼれる笑顔にも多く出会った。


 それならそれで良い。

 もう一つこの本を読んでいて思ったことがある。自分が書店人を経験したことで、その後の仕事の仕方を決めてしまったのではないかということである。
 こんな私でも本をお客に手渡す。お客に喜んでもらう。それを中心において仕事をしてきた。それが私の仕事の仕方として定着してしまい、本屋を離れても同じ仕事の仕方をしていたのではないか、と思ったのである。
 本来ならもっともっとアクティブに仕事ができたのに、自分が現場を離れたことによって、生産性のない仕事に就いたこと意識過ぎ、自分の仕事を同僚が仕事をしやすい、仕事に専念してもらえる環境を作ることであると規定してしまった。おそらくそれはお客に喜んでもらうというのと同延長上にある考え方であった。
 その結果私は“黒子”として仕事をしていくしかなく、最終的にそれがあだとなって自分に跳ね返って来たような気がするのである。時にそれは一種の自己犠牲を伴い、無理やストレスを生んでいく。それを何とか理由付けするために、無理に納得させ、自己満足の世界に自分を追い込むしかなくなっていく。

 自分の仕事の仕方は「自己満足」でしかなかったかもしれない。

 何が言いたいかと言えば、書店員が棚作りや接客などあれこれ考えるのもお客に喜んでもらうためであるが、下手をすると自己満足で終わってしまう可能性が十分ある。
 私は書店人と言われる人々をステレオタイプの人間ばかりだ、と批判めいたことを言っているが、もしかしたら私は彼らよりたちの悪い自己満足型の書店人であったかもしれないし、その後の仕事の仕方もやはり自己満足の世界で仕事をしていたような気がしてならなかった。
 「善く」働くことは人のために働くことだけではなく、自分にも何らかのものをもたらしてくれるものでないといけない。果たして私がしてきた仕事はそうであったのか、今疑問に感じているところである。


木村 俊介 著 『善き書店員』 ミシマ社(2013/11発売)
by office_kmoto | 2014-01-06 17:31 | 本を思う | Comments(0)

北尾 トロ著 『キミはヒマラヤ下着の凄すぎる実力を知っているか』

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 この本は『キミは他人(ひと)に鼻毛が出てますよと言えるか』という本の第二段といっていい本である。要するに普通、人がしないことで、気になって仕方がないことをやってしまおう、という体験記である。そんなものだから、やることは大したことじゃない。が、だからこそ笑えるのだ。
 たとえば書名になっているヒマラヤ下着なるものがあって、これを着ているとエベレストで下着一枚になっても寒くないという代物を実体験してみる。もちろんエベレストなど行けないので、信州駒ヶ岳の千畳敷で人が一杯いるところで下着姿になって、その下着が本物かどうか試してみるのだ。
 結局ヒマラヤ下着の実力は本物であることがわかるのだが、話を面白くしているのは、その下着を着けて、人前で下着姿になることに躊躇しているところだ。

 小遣い4万5千円で1カ月を乗り切ることが出来るかどうかを試してみる。この4万5千円とうのは2009年のサラリーマンの一カ月の小遣いである。この時は何とかクリア出来たのだが、2011年のサラリーマンの一カ月平均小遣いは3万6500円まで落ちたので、これではどうかと再度挑戦する。結局トロさんにはこれでは難しいかった。その時のトロさんの苦労を次のように書く。


 おにぎりが用意できない日は昼飯抜きの日々が始まる。新刊書すら買えず、古書店の均一台でしのぐ。本が売れないと言われるが買いたくても買えないのが現実なのだ。最後の数日間は、家と仕事場を往復する判で押したような生活を余儀なくされた。入るべきかガマンすべきか、スタバの前でこれほど真剣に悩んだのは初めてだ。しかし結局、入るのを断念。もったいない精神、きちんと育っています。


 まぁ有名人であるトロさんの仕事や人つきあいではこれではちょっと厳しいだろう。しかし現実はかようの如くで、実際にサラリーマンたちは、その金額でやりくりしている。
 小遣いはその人の収入とのバランスで決まる。収入の多い人は、それなりの出費も多いはずで、そんな人が出費だけをサラリーマンの平均小遣いでやりくりしようとするところにこの話は無理がある。ときにサラリーマンの小遣いがあまりにも少なすぎるということなってしまい、惨めさだけを強調してしまう。だからこの企画はおかしいところが出てきてしまう。

 「いつかオムツをつける日に」という企画は面白かった。この企画は次のように始まった。


 しかし、高齢化社会におけるオムツは寝たきりになった人にとっても必需品である。薬局に行くと、介護用パンツとしてたくさん売られている。いつかは親がオムツを必要とするようになるかもしれない。それは仕方がないことだから、嫌がらずオムツ交換などもせねばなるまい。哀れんだりせず、やってあげなければな。
 待てよ、オムツ問題は親だけのことだろうか。自分がオムツを装着する日はそんなに遠い話だろうか。ぼくはいま53歳。人生の折り返し点はとっくに過ぎているのだ。くる。その日はやがてやってくる。少なくとも可能性はあると覚悟したほうがいい。
 まいったな。ツマに下の世話をしてもらうのは申し訳ない・・・・、ツマ?どうしてツマだと言い切れる?ぼくのオムツを交換するのは娘かもしれないではないか。娘の前で無抵抗に下半身をさらし、赤子同然の扱いを受ける。下の世話を受けるだけでも相当なのにオムツまではかされて。ああ、想像しただけで身をよじる恥ずかしさ。
 恥ずかしく感じるのはオムツ=赤ちゃんのものというイメージがあるからだろう。介護用オムツの実際について、自分は何も知らないに等しい。知らないのに恥ずかしがっているのは不毛である。
 なぜ知らないか。体験者の声を聞いたことがないからだ。寝たきりになった伴侶を持つ人の立場で語られることはあっても、世話を受ける側の声は取り上げられにくい。つまり我々は、やがて介護を受けるかもしれないのに、オムツの機能性はもちろん、世話を受ける立場の気持ちを知らないまま、その日を迎える可能性が高いのだ。


 それでいいのか?

 ということでオムツを装着してみる。


 うーむ、悪くないではないか。未使用状態でのマイナス点は見当たらないね。使い捨ての気軽さもあるし、家用下着としてちょくちょく利用する手もあるかも・・・・、赤ちゃんプレイかよ!
 が、まんざらでもなかった気分は鏡の前に立った途端、粉々になった。そこにあるのは、尿漏れを防ぐという使命を果たすためだけに開発された紙製パンツ。オムツをつけた自分は、下半身を過剰防衛された弱々しい人間しか見えない。どんな威厳ある発言も、この格好の前では台無しだ。それでも似合う言葉を探すとしたら「すまないねぇ」くらいしか思い浮かばない。


 オムツを装着しただけではダメだ。放尿しなければ実際はわからない。しかしそれができなかった。


 無理だった。どうしても抵抗感が消えないことに加え、本当に身体が衰弱してオムツデビューする日のことを思い描いてしまうのだ。いま、隣で寝息を立てている6歳の娘が大人になり、ぼくにこう言う。

 「お父さん、今日からオムツをつけようね」

 身体は弱っても意識がハッキリしているぼくは、涙目になって言いそうだ。

 「それだけは・・・・もう少し先に延ばせないか」

 「気持はわかるけど、介護する身にもなってちょうだい」

 そのときのつらさ、仮にオムツ男になっていまは、なんとなく想像できる。オムツデビューを果たすには、何かを捨てなきゃならないのだ。言ってみれば、それはプライドみたいなことだろう。生命力にありふれていた若かりし日、体力面では徐々に衰えつつも経験を重ねて物事に対処できていた日々、父として一家を支えてきたという自負・・・・。
 いっさいがっさいのアクティブな思い出に別れを告げて、そこへ戻ることを半ばあきらめる心境が整って、初めて受け入れることのできる境地。それこそが、オムツをつけて介護を受けることではないだろうか。


 まぁあれこれ“その時”のことをオムツを着けて想像してしまうことは、笑えるにしても、ただ笑い事では済まないかもしれない。ボケも嫌だし、オムツをつけることも願い下げしたい。そうまで生きたいとは思わない。出来ればピンコロでありたいものだ。
 放尿して、軽かったオムツが重くなり、その不快感が下半身に広まるにつれ、更に精神的苦痛を感じる中、「あきらめるというのはそれほどヤワなことじゃなく、カンタンに口にしていいことでもないと、オムツはぼくに教えてくれた」という言葉は、笑えるけれど、別にオムツをつけてまでも感じることではない。
 この人はいつも人生の厳しい現実を笑い事の中でさらりと言ってしまうところがある。たぶん意識してそうしているのだろう。

 その他の“挑戦”は「居酒屋で説教オヤジに意見する」も酒が入ってご機嫌な上司が部下に向かって説教めいたことを言っている場面で、その上司が言っている内容が支離滅裂だったり、どう考えてもおかしい。あるいは間違っているのを聞いて、一言言いたくて仕方がないトロさんが思い切って言ってしまおうという企画である。
 しかしこの居酒屋の光景はトロさんの古いイメージで、今や上司と部下が差しで飲む姿の方が珍しいのではないか。そのためターゲットが見つからず、不発に終わり、方向転換となる。だろうと思う。
 後は金づちトロさんが足の立たない沖のブイまでまで泳ぐという企画がある。例によって、スタートが長い。ためらい、不安がそうする。その言い訳が面白いのだが。


 ともかく最善を尽くすのみだ。準備体操からスタート。もっとも怖いのは足がツルことだから、時間をかけて下半身をほぐす。あまりしつこい体操に隣のビキニがけげんそうな顔をしているが、かまうものか。こっちは命がけの試練に挑もうとしているのだ。おまえなど眼中にない。その証拠にチンチンだってピクリとも反応しない。


 最後に人生相談の相談役をやりたいということで、「解決トロ」なるものをやる。しかしトロさんに持ち込まれる相談ごとは、やはりまともじゃない。行動派人生相談ということで相談相手と接触を試みるけれど、これは人生相談の域を超えちゃっている。結局相談相手が手を引くことになる。そこでトロさんが悟ったことは、


 自分もそろそろ人の役に立ちたい。そんな下心で始めた人生相談でわかったのは、人が人にできることなどないということだ。たまたま言ったりやったりしたことが、相手にとって偶然助けになることはあっても。


 その通りだろう。


北尾 トロ著 『キミはヒマラヤ下着の凄すぎる実力を知っているか』 朝日新聞出版 (2013/02/28 出版)朝日文庫
by office_kmoto | 2014-01-05 06:26 | 本を思う | Comments(0)

マルティン・ベック

 このシリーズは大好きで、もう何度も読んできた。私はこの本をこの新訳を含め3冊持っている。持っていた本はこれである。
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 これは1987年(昭和62年)の28版である。初版は1972年(昭和47年)の7月20日となっている。実は私はこの時より少し後でこの本を買っていて読んでいる。ただ処分してしまった。
 この28版の本を持っているのは、もう一度このシリーズを読みたくなって買い集めたのである。















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 次に古本屋で見つけた再版本がこれである。いかにも表紙のデザインが古めかしい。
 この本は再版日が1972年(昭和47年)8月30日となっている。初版日がやはり1972年(昭和47年)の7月20日となっているので、この古本は初版が出てそれほど時間が経っていないものであるようだ。
 ただ私が書誌のために利用している紀伊國屋書店ウエイブストアのデータでは初版が1985年(昭和60年)11月が発売となっている。これはどうしてなんだろうか。改訳でも出た時を使っているのだろうか?いずれにしてもこの本の初版は1972年(昭和47年)の7月である。
 ということは、この古本は今から41年前のものである。まだ角川文庫にスピンのひもがついている。ページはほぼ全ページ赤焼けている。あとがきを読むとこのシリーズがまだ完結していないことがわかる。このシリーズは全10巻あり、シリーズの6巻まであることを紹介している。まだ夫のペール・ヴァールーが亡くなっていない。





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 今回まず新訳を読んでみた。
新訳が出たのは2012年にスエーデンでこのマルティンベックシリーズが新しい装いで再発行されたのを期に、日本でも同様に再発行されることとなったらしい。日本では北欧ミステリーが人気があるらしく、私も嫌いではない。アーナルデュル・インドリダソンやヘニング・マンケルなどの警察小説を読んできた。
 アーナルデュル・インドリダソンは影響を受けた作家として「マルティン・ベック・シリーズのマイ・シューヴァルとペール・ヴァールーに影響を受けていると思う」と言っている。
 日本では今まで高見浩さんの訳であったがこの訳に当たって使った本が英訳本を使ったとあとがきに書いてある。今回の新訳本は柳沢由実子さんの訳で、スエーデン語の本から直訳したという。
 で、読んでみて“何かちょっと今までのマルティンベックと違うんだよなあ”と感じた。旧訳のようにスエーデン語から英語、そして日本語となるとワンクッション置いてしまうから、スエーデン語から日本語に直訳をするとこれが正しいのかもしれない。でもそれだけじゃないないような気がしている。やっぱり訳者が女性と男性の違いも大きいような気がしてしまう。
 警察を描く場合、やっぱり男社会である。当然そこには荒っぽさがある。新訳はそこを描ききっていない。いや描けなかったというべきではないか、と思う。それは改めて高見浩さんの訳を読み返してみて再確認したことだった。とくにこの小説の荒っぽさの代表格であるグンヴァルド・ラーソンの話し方だ。比較してみよう。


新訳:
「言い換えれば、あんたはユーランソンに、殺されに来る手順を教えたわけだ」グンヴァルド・ラーソンが言った。
「ほかに選択の余地がなかったということがわからんのかね?ついでに言わせてもらうが、私はそれをできるだけ人道的にやった。ニッセはなにもわからなかっただろうし、、まったく気がつかなかったはずだ」
「人道的にだと?人を殺すのに、どうやって人道的にできるというんだ?」

旧訳:
「つまり彼は、おまえに殺されるための指示を、わざわざおまえから受けとったというわけだ」
「わたしにはそうするしか手がなかったって言っただろう?少なくともわたしは、人道的に始末をつけたつもりだ。彼は何も知らぬ間に死んだのだから」
「人道的だ?そりゃまたどんな辞書を引きゃ出てくる解釈だ ?」


新訳:
「これからさきおれが言うことは、ほかのだれにも言ったことがない」グンヴァルド・ラーソンは言った。「おれは仕事上会うやつらはほとんどぜんぶを気の毒だと思っている。連中は本当にどうしようもない与太者で、生まれなければよかったようなやつらばかりだ。だが、自分がなにをやっているのかわからない。なにをやってもうまくいかないのは彼らのせいじゃないんだ。いまの男みたいなやつがいるから、チンピラどもはみじめな生活に墜ちるんだ。自己中心のブタ野郎めが。自分の家と自分の家族と自分の社会的地位しか考えないやつらだ。自分が優位にいるからと言って、ほかの人間に命令することができると思っていやがる。そんな連中がうんざりするほどいる。だが、そのほとんどはばかじゃない。じゃまだからといってポルトガルの娼婦を殺したりはしない。だからおれたちはめったにやつらと面と向かって会うことはない。今回は例外なんだ」

旧訳:
「こんなことは、誰にも話したことはないんだが、おれは今度の捜査で洗いだした連中には、しんそこ同情を感じているんだ。どいつもこいつも、てめえで生まれてこなけりゃよかったと後悔しているようなクズばかりだが、といって連中の人生の賽の目が、ままならぬ方向にころんだからって、そいつは連中の責任じゃない。許せないのは、そういう連中を虫けらのようにひねりつぶす、フォルスベリみたいな手合いだ。あの豚野郎ときたら、考えることはてめえの金、てめえの家庭、てめえの会社ばかりだ。たまたま他人よりちっと裕福だというだけで、好きなように他人をあやつれると思っていやがる。ああいう手合いはフォルスベリだけじゃない。実は何千っているんだが、そいつらはポルトガル人の娼婦をしめ殺すようなヘマはやらないだけの話だ。だからそうおいそれとおれたちの網にもかからない。出てくるのはそいつらの犠牲者だけという寸法さ。フォルスベリの野郎は例外なんだ」


 やはりグンヴァルド・ラーソンはこれくらい荒っぽさがないとだめだ。それに旧訳の方が荒っぽさの中にも丁寧な言い回しがある。
 まあすべて好みの問題であるから、あくまでも個人的な意見だ。
 新訳はこのシリーズ全10巻これから出版されていくそうだ。私はマルティンベックシリーズの持っているイメージを大切にしたいので、もう新訳は読まないつもりだ。個人的に高見浩さん訳の方が好きだからである。


マイ・シューヴァル/ペール・ヴァールー 著/柳沢 由実子 訳 『笑う警官―刑事マルティン・ベック』 角川書店(2013/09発売) 角川文庫

マイ・シューヴァル/ペール・ヴァールー 著/高見 浩 訳 『笑う警官』 角川書店(19720/7発売) 角川文庫
by office_kmoto | 2014-01-01 14:28 | 本を思う | Comments(0)

言葉拾い、残夢整理、あれこれ


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