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なさけない格好から思うこと

 以前起き上がれないほど、ものすごい痛みがあったこともあったが、今回は鈍い痛みが腰にいつまでも残っている。もともと腰痛持ちであるから、仕方がないと思っているが、今回はちょっと長い気がするので、整形外科に行って診てもらった。
 レントゲン写真を見てみると、背骨が右側に歪んでおり、背中の真ん中あたりと、腰のあたりに狭くなっている箇所がある。今回はこのこの腰の狭くなっているところが腰痛の原因でしょう、と言われる。治療するほどではないにせよ、基本的には老化だから治らないと言われる。ただこれ以上背骨が狭くならないようにするために、体操をやった方は良いと言われる。その体操とは「慢性腰痛を軽くする体操」というやつだ。朝晩2回やれ、とそこには書いてあり、さっそくその日の夜からやってみる。そして朝も。
 正直なところこんな体操ぐらいで、つぶれている骨が何とかなるとは思っていなかったが、やってみると背骨が伸びた感じがするのである。そして数回やっているうちに、腰が軽くなっているし、痛みも緩和されているのがわかり、これはあなどれないな、と思い至っている。なにより体操をやった後気持ちがいいのである。
 ということで、私の日常にこの体操を取り入れることにした。ただ、いいおっさんがこの体操をやっている姿は、どうもいただけない。人が見たらなんて言われるのだろうか、と想像してしまうほど、なさけない。そんなことを考えていたら、“エアセックス”というのを思いだしてしまった。
 エアセックスとは、エアギターというやつのセックス版である。要するに“いたす”ときのゼスチャーをひとりでやるやつである。



 d0331556_1352572.jpgこれを見た人が書いたエッセイを読んだのだ。酒井順子さん『ほのエロ記』である。そこにある感想は次のようであった。


 エアセックスとは、オーバーに言うならば「セックスとは何か」ということを考えさせてもくれるものなのでした。舌と指とを蠢かし、腰をへこへこふる人は、アフリカのサバンナで腰をマウントさせる野生動物よりも、よっぽど情けない姿。実際にセックスをしている時、人はまるで自分がこの世の主役であるかのような気持ちになっているものですが、その行為を分解してみればこんなものであり、人間とは実にちっぽけな存在でしかない、ということを私達に知らしめします。こんな行為をしなければ子孫を世に残すことができないのが、人間という生きものなんだなぁとも、思えてくるではありませんか。

 エアセックスは、「とはいえセックスって、しょせん馬鹿馬鹿しいものですよね」ということを、我々にアピールするのでした。


 人間がする行為そのものを分解してみると、たぶん何事においてもなさけない格好になっているものなのかもしれない。
 この本は特に男が持つ“性”に関する行為というか生態というか、そんなものはきっとその程度なんだろうな、と思ってしまうことである。ましてそれを女性の目から見れば、同性ということもあって客観的に見ることができるから、女性をあれこれ妄想する男というは、こんなことで発情しているんですよ、言われているようだった。逆にそれが面白かった。

 ところで、


 つまりエロ心というものにとって、制約とか制限とか障害といったものは、非常に大切な存在なのでした。何かが邪魔しているという状態の時にこそ、エロは最も輝くものであり、・・・・・。

 と著者が笑福亭鶴光の「オールナイトニッポン」や、ビニ本、富島建夫のコバルト文庫、「11PM」や「トゥナイト」などを親に隠れて聞いたり見たり、読んだりした制約があったからこそエロは記憶の中に残っているというのは、よくわかる。


 しかし考えてみると、中学生時代にエロとぎこちなく接触した時にような新鮮な胸の高鳴りは、大人になってから味わうことはできないのです。どれほど大胆な映像を見たとしても、中学時代、エロ本が空き地に落ちているのを発見し、雨に濡れて乾いてページがカピカピになっているのにもかかわらず、木の枝で必死にめくってみた時の興奮よりは、落ちるのだと思う。


 “あなたもそうでしたか”と言いたくなるほど、空き地に落ちていたエロ本を見た時の感動?はやはりあるのだ。それだけわれわれ子どものころには空き地にエロ本がごろごろ落ちていたということなのか。最近はそんなエロ本をみることもない。そもそも空き地がないのだから仕方がないのかもしれない。
 そういえば著者も言っているように、テレビで“おっぱいぽろり”というのもなくなった。ドラマの「時間ですよ」とか芸能人水泳大会などで、そういうシーンが見られたが、今は確かにそういうシーンは見られなくなった。


 日本人が、今でも非常に「ポロリ」が好きであるということは、この芸能人水泳大会とか、様々な番組における入浴シーンと無関係ではないと思います。入浴中や水泳中に、ふとしたハプニングによっておっぱいポロリ、という状況は、たとえそれが演出であるということがわかっていても、最初からオールヌードを見せられるよりもずっと「得した」感がある。道で偶然お金を拾ったような、そんな感覚で見ることができるおっぱいなのです。
 地上波における、おっぱいポロリ。それは、家族で見ることができるギリギリのエロ。ポリシーがあるお父さんが咳払いをしてトイレに立つというあの懐かしい感覚は、今の日本にはありません。
 テレビにおけるおっぱいが映らないのは、教育上は良いことなのかもしれませんが、テレビからおっぱいが消えた代わりに、エロはネットなどの地下世界に潜り、家族がそれぞれ自分だけの世界で、もっとディープなエロを一人っきりで楽しむようになりました。


 この本は「ほのかなエロ、そこはかとないエロ、なつかしいエロ、可愛いエロ・・・・・・といったものを訪ねて様々な場所を巡って」いる本なのだが、このようにおおらかで懐かしいエロ風景は、思い出すと楽しいものだ。昔はそうしたほのかなエロが日常にあった。
 エロもかわいいもので、この本にも書いてあるように漫画で楽しんでいた。たとえばGOROの「ダミーオスカー」とか、週刊プレイボーイの「俺の空」など、結構夢中で読んでいた男どもが多かったに違いない。
 最近男性週刊誌をほとんど見なくなったが、たまに見てみればそのほとんどが口を半開きにした馬鹿面したタレントの水着写真ばかりだ。それも顔の幼さに比べやたらおっぱいだけが大きいタレントばかり。一歩間違えれば、エロがグロになりかねないものばかりだ。この著者がそれらを評して面白いことを書いている。


 日本のグラビアに写る女の子達は皆、「やられちゃう寸前」もしくは「やられちゃった後」みたいな顔をしているのでした。それはあくまで、「やられる」のであって、決して「やる」のではない。
 特徴的なポーズとしては、
 ・唇半開き
 ・意味もなく水に濡れている
 ・意味もなく横たわっている
 ・意味もなく着衣が乱れている
 ・上目遣い
 ・髪が乱れている
 ・うつろな視線
 みたいなもの。すなわち、実際のセックス前後に女子がとりがちなポーズを着衣において再現し、男性達の想像をお手伝いする、というものなのです。


 今や日本の「性産業を支える主な客層というのは、オナニストということになってくるのです」である。
 この本では他にもおもしろ文章があって、笑ってしまった。二つほど書き出して終わりにする。息抜きで読んだ本だったが、面白かった。


 しかし春画の女性達は、あまりその手の表情をしていないのです。下半身はものすごいリアルな描写が為されているのに、顔はあくまでもシンプルな線で涼し気に描かれていたりする。まるで漫画「クッキングパパ」において、料理だけが妙に写実的に描かれているように、性器だけが際立った存在感なのです。


 まず熟女とは何か、ということを考えてみますと、エロ業界における最も基本的な定義は「三十歳以上」ということになろうかと思われます。三十路、四十路と、年齢に「路」がつくようになると、そこはもう熟女の世界。二十代ではまだ路の字をつけるには若すぎるけれど、「路つき」の年代になると、人生の長い道程を歩き続け、酸いも甘いも知り抜いているという語感が生まれるのです。

 そこからは、今時の男性達が持つ「導かれたい欲求」のようなものを、見てとることができるのでした。自分がガッツを持って女性を口説くのではなく、女性から口説かれたり教えられたりして「ヤラれた」という形をとることが、彼等にとってはらくちんなのでしょう。


酒井 順子 著 『ほのエロ記』 角川書店(2008/05発売)
by office_kmoto | 2014-02-27 13:59 | 本を思う | Trackback | Comments(0)

万年筆 その2

吉村昭さんのエッセイに次のようにあった。


 私の幼いころ、大人たちのなかには、万年筆を万年ピツと呼ぶ人が多かった。エンピツと同じように、筆をピツと発音したのだ。
 考えてみると、万年筆という言葉は古めかしい。明治17年にアメリカ人ウォーターマンによって実用化され、同20年日本へ輸入されたという。自動的にインクがでてくるその携帯用ペンを、アメリカ人は泉のごとく湧くペンとしてfountain penという名をつけた。
 日本でもはじめのころ、そのペンを直訳して泉筆と称したが、内田魯庵が、いつまでもインクがでるものという意から万年筆と翻訳し、それが公の名になった。
 万年筆という名は、無謀な用語ばやりの風潮の中生きぬき、現在でもその名は侵害されていない。


 万年筆という名前を付けた人が内田魯庵であったことをこれで知る。わたしは「まんねんひつ」という言葉の響き魅力を感じている。やはり筆記用具でこれ以上のものはないとさえ思っている。昔から万年筆にはあこがれていたし、今もそうである。
 万年筆の魅力って何だろう。以前にも万年筆のことをちょっと書いたがまた書きたい。
 先に読んだ松浦寿輝さんが面白いことを書いていた。


 中学に進学したとき、父の友達だった近所の商店街の文房具の小父さんから、万年筆を二本、お祝いに貰った。

 中学の教室で、その万年筆のキャップを開けてノートをとりはじめた頃の、何となくほこらしい気持ちは今でもよく覚えている。万年筆で書くことの習熟は、わたしにとっていわば大人になるための「通過儀礼」の一つだったような気がしてならない。


 加えて、鉛筆と違って万年筆は消しゴムで消すということができないから、紙面には間違った言葉をくちゃくちゃと抹消した汚い染みが点々と散らばることになる。
 だが、書き損じ、書き直し、書き加えの数々でごちゃごちゃになったインクの染みと、自分はもうただのガキではないというそこはかとない誇らしさが、今、重なり合い溶け合った記憶として思い出されるのも事実だ。ひとたび自分がしてしまったことは、もうなかったふりをするわけにはいかない。それが誤りだったらその上に二本の線を引いて抹消し、脇に訂正の言葉を引き添えるしかない。そんな一種の責任意識の芽生え、鉛筆お万年筆に持ち替えるという体験の中にあったのではないだろうか。


 書き損じや書き直しの跡をいっさいとどめないコンピューター画面上の作文は、万年筆で書くことの「潔さ」のようなものをいっさいまとっていない。ひとたび書いてしまったことの痕跡は、もう取り返しがつかない形でページの上に残りつづけるのだという鮮烈な実感を、人間は成長の過程のどこかしらの時点で体験した方がいいのではないだろうか。


 この人特有のおおげさなものの考え方はあるにせよ、確かに万年筆で書いた文字はいったん書いたら消せない。失敗は許されない。だから万年筆で書く場合、緊張する。でも万年筆で書き終えたその筆跡は、やっぱり風格があると思う。たとえ私みたいに字の下手なものでも、そう思わせてくれる。
 今は書類など複写式になっているものが多く、こういうときは万年筆は不向きで、必然的にボールペンを使うことが多くなってしまっている。わざわざ消えないようにボールペンで書いてくれ、ことわりを入れてあるものもある。基本的にボールペンが主流になってしまっている。だから万年筆を使う機会がほとんどない。私が万年筆を使って公に文字を書くのは、署名するときと、郵便物に宛名を書くときだけだ。あとは主にこうして文章を書く前の、思いついた時に書くときに使っている。この場合、A5の小さめの罫線のない真っ白なルーズリーフに書いている。殴り書きに近いものになってしまっているが、できる限り丁寧に書こうとは思っている。もちろん思うままに書いているものだから、二重線で不要な文章や文字を消してあったり、加えた文章もあり、自分でも後で使う場合判読が難しい場合もある。
 でも思いついたことを書き込むには、なめらかにインクが出てくるものが良く、それがあるからいろいろ思いが浮かんでくる気がする。だからこういうときは万年筆が一番いいのだ。

 私も中学入学の時初めて万年筆を買ってもらった。今思えば学校で万年筆を使うことなどなかったと思うが、あの頃は真新しい学生服の胸のポケットにさすものとして万年筆は必需品であった。それがかっこよく、確かに大人になった気分にさせてくれた。たった一本の筆記用具なのだけれど、それはやはり万年筆でなければならなかった。以来私はそれほど使わなくても、万年筆をいくつか買い換えている。一番使ったのは、まだ結婚する前の妻からもらったモンブランの万年筆だ。大学の卒業論文はそれで書いた。
 その万年筆は長女が子どもの頃にいたずらして、ペン先をつぶしてしまった。修理に出したが、直ってきても使い物にならなくなった。
 モンブランといえば作家が使っている極太の万年筆も持っている。昔からあこがれていたのである。それを持ったことで一時使って書いていたが、インクが出過ぎるので、書いている手がすぐ汚れること、インクをばんばん消費するのでその補充がスポイト式なので面倒なことなどあって(これも手が汚れる)、いつの間にか使わなくなった。
 今はパイロットのカートリッジ式のものを使っている。これは去年買った。わざわざ日本橋の丸善まで行って買いにいった。そのときこれから万年筆を使おうと思っていたし、別にメーカーやブランドにこだわるより、使いやすく書きやすいものを買いたいと思っていた。丸善ならそうしたものが探せるだろうと思ったのだ。
 万年筆売り場は薄暗い照明の売り場で、びしっとスーツを着こなした人が、仰々しくショーケースから万年筆を出しては、インクを補充し、試し書きをさせてくれた。
 いくつか試しているうちに、書き心地が確かに違うことがわかった。そしてペン先が引っかからず書ける今のペンを選んだ。二万円弱したはずだ。その時スペアインクも買っておく。しっかりした「MARUZEN」と入った小さな手提げに入れて渡される。さすが万年筆である。


吉村 昭 著 『人生の観察』 河出書房新社(2014/01発売)収録「泉筆・万年ピツ・万年筆」
by office_kmoto | 2014-02-24 11:28 | ものを思う | Trackback | Comments(0)

雪が降る日の読書(またしても本の愛着ばなし)

d0331556_5334553.jpg 相変わらず雪が降っている。散歩にも出かけられないので、午前中ゆっくりする。午後から借りてきた栃折久美子さんの本を手にして、そのままこたつに入って読む。読んだことがないものだと思っていたが、読んでみると覚えがある。どうやら以前の本の中からいくつか抜き出して、一冊の本にしたもののようだ。「大人の本棚」というシリーズでアンソロジーだった。
 でも久しぶりに読む栃折さんの文章を愉しむ。改めて本の装幀に対する栃折さんの考え方がよくわかった。この人、本当に本が好きなんだな、と感じられ、読んでいてうれしくなってくる。


 棚から本を抜き出しさえすれば実際に目で見ることのできる表紙や箱の表側を思い浮かべるのはいうまでもないが、なかに描かれた物語のこと、その仕事をしたころの自分の生活や心の状態、受けた評価など、一冊一冊の本の背後にはこうした見えないそしてはかることもできない何かがかくされている。目に映っている色の集合はその最も外側の一部にすぎない。(装幀の美)


 これはつまり、装幀とは何かという質問を受けたのと同じことですから、私は一瞬ちょっときっとなって、それは一言で言うのはむずかしいけれども、例えばあなたが本屋さんへ入って、すべての棚に同じデザインの文庫だけ何百何千冊と並んでいたとしたらどうでしょう、困りはしませんか?それから例えば街を行く女がすべて同じ服装をしていたらどうですか、つまらなくはありませんか?


 本というものがつくられる目的の一つは、原稿のまま配るわけにはいかない本の中身を、読者の手に届けるということ。そのために持ち運びに便利で量産可能な、読みそして保存するという実用に適した、お金で買うことができ、それを所有することに満足を感ずる、見て美しい、そういう品物の形に仕立て上げることだと思います。
 ただ、本が他の品物-机やコップとちがうのは、たいていの場合、その中身が買いたかったら、その外観で我慢しなければならないということです。机のように、たくさんある中から気に入った色や形のものを選ぶわけにはいかないということが言えます。この本、どうしても読みたいのだけれど、装幀が気に入らないから買うのをやめる、ということは、おそらくほとんどないのではないでしょうか。中身といっしょに、ほしくもない絵をいっしょに買わされてしまう、といったような本は、私はつくりたくありません。


 確かに本の装幀が気に入らないからその本を買わないということはない。本の中身が読みたいから本を手にする。だけどその本の装幀がすてきだとちょっとうれしくなるし、愛おしくなる。なんか得した気分になれる。
 ときにその装幀が本の内容を教えてしまうものもあるが、基本的に装幀は本の内容を思って作ったものである結果そうなってしまったのだろう。栃折さんが言うように、「中身といっしょに、ほしくもない絵をいっしょに買わされてしまう、といったような本は、私はつくりたくありません」という姿勢で本が作られているのなら、造りや装幀もきちんと観察したい。内容も装幀も一体となった本は大事にしたいと思う。本は私が言うまでもなくすばらしいものだ。


 私はお金で買える品物の中で、本というのは最もすばらしいものだと思っていますが、それは何故かと言うと、著者が何年あるいは何十年かかって考えたことを、その何分の一かの短い時間のうちに、読む者に体験させてくれるものだからで、本のおかげで私たちは、いく通りもの人生を味わうことができます。(本と意匠)


 ところで今回読んだ栃折さんのこの本は栃折さんは装幀に関わっていないようだ。もともとシリーズものだから、最初からスタイルが決まっていたのだろう。でもこの本の表紙の色合いは好きだ。もともとみすず書房の本は白が基調で、シンプルなものが多いが、感じとして私は好きである。難点はみすず書房の本は値段が高いということだけだ。


栃折 久美子 著 『美しい書物』 大人の本棚 みすず書房(2011/12発売)
by office_kmoto | 2014-02-20 05:40 | 本を思う | Trackback | Comments(0)

2月日録(上旬)

2月某日 晴れ

 このブログの名前は「私の引き出し」である。私の引き出しは整理されないままである。引き出しは一応閉まっている。つまり入りきらないほどではないということである。
その引き出しがいっぱいになり、閉まらなくなる前に、整理したい、というのがこのブログはを始めた理由である。それは私の残夢整理でもある。それを読んできた本などを使ってやっている。大げさに言えばそういうことである。
 ただ日々の移ろいもある。それをどうするか考えた末、こうして日録にするのもありかな、と思って始めてみた。思うまま、感じるまま書きつづったものだから、これから先どうなるかわからない。ただこうして書いていると、これは独立してきちんと別に書いた方がいいと思われることもあり、案外いいかもしれない、と思った。


2月某日 晴れ

 まだ少し寒いが、今日は今までより暖かい感じがする。
 シルキーカーテンを思い切り上げる。窓から陽の光が部屋全体をに降り注ぐ。外にある木の葉が風で揺れているのが見える。その窓辺で本を読んでいると陽が当たり、風で揺れている葉の陰がページで揺れる。
 今は暖房を入れずに、こたつに足を入れて、椅子に座っている。何故か気持ちが落ち着く。
 読んでいた本が読み終えた。手許にある次の本を手に取る。


2月某日 晴れ めちゃめちゃ寒い

 仕事で総務・人事もやってきた。だから従業員が退職したときの社会保険の手続きや、その後、たとえば失業給付をどうもらえばいいのか、退職後の健康保険や年金の手続きの仕方など、大まかなことを教えてきた。立場上、そういうアフターケアも必要だと思うからだ。
 ただ当の本人は同じ会社にずっと勤めてきたから会社以外での手続きなどこれまでやったことがない。経験もないのに、他人にこうすればいい。ああすればいいなどとレクチャーできるのは、多少そういう関係のことも覚えてきたから、その範囲内で言えることを言ったまでのことである。別に偉そうに知ったかぶりしていたわけでもない。

 ということで今回生まれて初めて、個人で失業給付を受けるためにハローワーク通いを始めた。たぶんハローワークなど通い始めると、暗い気持ちになるんじゃないかと思うけれど、私の場合、自分が勉強してきたことが、あるいは人に言ってきたことが間違っていなかったかどうか確かめられるので、ちょっと楽しみであった。
 確かに手続上は間違ってはいない。でも受付の職員の細かい指示をうざったいとは思わなかった。それはたまたま私が知っていることなのであって、初めて失業給付を受ける人にとっては、そうした細かい指示は不安を和らげるものだろう、と思えるからだ。
 離職票を受け取って、求職の申込みをして、1週間ちょっとで、雇用保険説明会に来いという。その説明会に行ってきた。もらった手引きには時間厳守、途中退席は受講していないものとみなすと、脅かし文句が書かれている。それでいてハローワークは皆様が仕事に就けるお手伝いをしますと言って、そのフォローの仕方ぶりを説明し、失業給付を受ける流れをDVDビデオで見せてくれた。
 そのあとまた説明があり、できるだけ早く仕事に就いた方が生活の安定が補償されます。会社の人事担当者のアンケートによると、失業して3ヶ月以上経っている人だといろいろ不安が残るという答えが出ているから、なおさら早く仕事に就いた方がいいと言ってくれる。その上“お祝い金”も雇用保険から出ますから、と宣ってくれる。その額の計算式を見てみると、実際受けられた失業給付の半分近くになってしまうのである。
 要するに金がかかるから早く仕事をせえ、ということらしい。そして失業給付受給中にたとえアルバイトでも仕事をした場合、ちゃんと申告してくださいね。そうでないと不正受給として、資格を停止しますし、それまで払った失業給付も取り上げますし、支給した失業給付の2倍の納付命令金が請求されますと、ビデオでも担当者の説明でも繰り返していた。担当者は「倍返しどころか3倍返しになります」とつまらぬことを言っていた。ハローワークは提出された書類をそのまま信じておりますので、偽りはダメだというのだ。要するにそういう不正受給者が結構いるということのようで、結局信じていないのである。ビデオでは雇用保険は皆さまが収めた保険料と税金でまかなわれています、と締めくくっていた。
 木っ端役人が何を偉そうに言うのか。保険料だって税金だって我々は収めてきた。保険というのはこういうときに使われるものだろう。仕事を早く見つけろとか、うるさい。あんたらの給料だって我々の税金で支払われているのだから、そこまで偉そうに言われる筋合いはない。収めるものを収めた者として、そこまで卑屈にならなければならない理由はない。当然の権利を履行しているだけである。不正受給などするつもりはないし、申告は正確にするつもりだから、卑屈にもならないし、落ち込みもしない。
 予想はしていたが、仕事を失った者の気持ちなど一切考えていない説明会であった。

 時間があるのでハローワークを出て、界隈を歩いてみた。今まで来たこともないところをぶらぶらすのは面白いものだ。
 大きな通りに出た。駅の方へ戻ろうと思い、歩いているとブックオフを見つける。閉店セールと書いてある。

 ここもやめちゃうんだ。

 全商品30%引きとある。これは入らねばならないと思い、入ってみる。欲しい本はいくつかある。もしここになるなら買ってもいい、と思った。
 何でもそうだけれど、時間があるというのはいいものだ。店内をじっくり見て歩ける。欲しい本が数冊見つかる。欲しい本があっただけでもうれしいのに、しかも30%引きだ。余計にうれしかった。2月まで閉店セールをやっているというから、今月はもう一度ハローワークに来るので、また帰りに寄ってみよう、と思う。


2月某日 曇り

 国民健康保険の加入手続きに行く。ついでに国民年金への変更、加入も行う。年金はあと3年払い続けなければいけない。年金保険料の支払いが面倒なので、一括引き落としの手続きをしようと思い、用紙をもらう。そうすれば割引もあるからだ。それにしても国民健康保険料ってどうしてこんなに高いんだろう。会社都合の退職だと減免措置があるのでそれの申請をしなければ、負担が大変だ。
 ピンクのぺらぺらの保険証を手にする。考えてみたら私はずっと社保できた。社保の家族、本人といった感じで。なぜか保険証を手にして新鮮な感じがするし、これで安心だという気になる。
 これで退職後の手続きはすべて終わった。あと残っているのは確定申告だけだ。


2月某日 曇りときどき晴れ

 昼間のテレビ番組は再放送のドラマをやってくれている。もともとテレビにはそれほど関心なかったが、今ちょうど「名もなき毒」の再放送やっているので、それを録画している。本を読んだばかりなので見てみようと思ったのだ。録画だと好きな時間に見れて、しかもコマーシャルを飛ばせるのでい
い。今日も予約しようとと思って新聞のテレビ欄を見ていると、「Dr.コトー」の再放送も始まったじゃないか。これ好きなんだ。俗っぽいと言われようが、ついつい見入ってしまうのだ。裏録で予約する。


2月某日 大雪

 外は雪が降り続いている。このまま今日一日降り続くというから、かなり積もるんじゃないか。障子をあけて、布団に潜り込みながら、しばらく外を眺める。今までここからいくつか季節の風景を感じてきた。雪は今日初めてである。雪は雨と違い、音が聞こえてこない。雪がしんしん降るというのを聞くが、そういう音がするわけではない。あえて言えば、そういう感じだということなのだ、ということなのだろう。
 今日は外に出ることもできないから、昨日借りてきた本を読み始める。今日一日あれば、ゆっくりとこの本を読み終えることができるだろう。たぶん今日は何度も障子を開けて外を見てしまうだろう。



2月某日 晴れ

 昨日の雪は東京で45年ぶりの大雪となったそうだ。積雪は27センチだという。おそらくこちらではもっと積もっていたように思う。朝から雪かきを始めた。雪の量の多さに雪かきも重労働となり、腕や腰が痛い。何とか車を出せるようにする。
 午後から都知事選に行く。雪がまだ残る道を、足下もおぼつかない感じで選挙会場である小学校へ向かった。校門の前には選挙管理委員の関係者だろうか、ボーッと立っている。ただ立っているだけなら、校門の前の道の雪かきでもして、みんなが歩きやすくするとか、考えることができないのだろうか。何様だと思っているのだろう?
 今朝雪かきをしていた時、いつもバイクで新聞を配っている若者が歩いて新聞を配っているのに出くわした。彼は「遅くなってすみません」と一言詫びていたが、こんな時新聞が遅れたことに文句を言うわけもない。こちらも「大変ですね。お疲れ様です」と労う。
 昨日も雪が降り積もる中、バイクが使えないから、歩いて新聞を配達してくれたことを知っている。いつ来たのかわからなかったが、気がつけば郵便受けに夕刊が入っていたのだ。外には雪の中、彼の足跡が残っていた。その足跡も雪が消し去ろうとしていた。仕事とはいえ、頭が下がる。私は窓から彼のつけたその足跡をしばらく見ていた。



2月某日 晴れ

 4月から始まる手帳を買った。今回は昨年度みたいなスケジュール帳ではなく普通の手帳を買った。もう昨年度みたいな仕事に振り回される予定などないだろう、と思ったからこれで十分である。4月から使うようになっているが、実際は3月から使えるみたいなので、来月から使おうと思う。
 今回は手帳なのでいつも持ち歩ける。ここに欲しい本や、読みたい本など書くのもいいかもしれない。今回はあくまでも個人目的のものにしたいものだ。
 ところでこの手帳にはボールペンを付けられるようになっているのだが、そこに入れるボールペンがちょうどいいのがないのである。出来れば二色あればいいのだが、家にあるのは薬の名前の入ったごっついもの(要するに製薬会社からのもらい物)ばかりで、ホルダーに入らないのだ。ボールペンはあちこちにあるので家中探してみたが、みんなごっついのばかりであった。仕方がないので一本スリム型の三色ボールペンを購入。ボールペンを買うのは本当に久しぶりだ。



2月某日 くもり 寒い

 この文章は一太郎で書いている。通常これで書いて、ブログにアップすると、改行がおかしくなるのが気になっていた。ちょうど画面いっぱいで文章が終わると、区点がそこに収まるようになっている。そこで改行しているのだが、ブログに貼り付けるとそのまま文章が続いてしまうのだ。これが何とかならないかと思っていたら、マニュアルを見るとエディターフェーズにすると解決しそうである。さっさくやってみると、まさしく今まで使っていた秀丸のようなエディターである。これはいい。ここは下書きである。見栄えとかそんなものは必要ない。さくさくと書ければいいのである。これからはこれでやっていこうと思う。やっぱり何でもマニュアルはある程度きちんと読んで、上手に使いこなすことは必要だと実感する。



2月某日 同じくくもり やはり寒い

 これから読む文庫本に書店でもらっているカバーを掛ける。文庫本を結構買っていたので、文庫のカバーがやたらにある。本当は専用のブックカバーを持っているので、それを使わなくてもかまわないのだが、もったいないので使っている。
 私がそれらのカバーを掛ける時は、昔取った杵柄じゃないが、カバーを本の天と地にきちんと合わせてはさみを入れ、折り込んでセロテープで外れないようにする。これが昔はきれいに出来たのだが、仕事で毎日本にカバーを掛けていた頃とは違い、今はそれが出来ないことが多い。それに歳を取ったせいで、指先の動きが鈍くなっているのか、カバーが大きかったり、小さかったりしてしまうし、折り込みも本にぴったり合っていないため、だぶついたりしてしまう。もちろん時間もかかるようになった。
 でもそのカバー掛けがうまくいき、本にぴったり合うとうつくしいし、妙な満足感もあって、これから読む本を何度も手にしてしまう。まだ読んでもいないのに、その本が面白いのじゃないかと思ったりする。
 まあどうでもいいことなのだが、このようにカバーを再利用している、ということである。書店でもらった文庫本のカバーがなくなったら、頂いているかっこいい専用カバーを使おうと思っているので、さっさと使い切りたいところなのである。
 しおりは、昔から集めていた書泉でもらったしおり(書泉の経営者が代わって、今くれるしおりはちゃっちくなったてしまったのは残念なのだが)か友人から以前もらったものを使っている。
 それと最近書店でもらったものとして再利用しているのが、ビニールの袋である。これもいくつか取ってあって(貧乏性なのだ)、それを図書館の本を借りるとき、返却する時に使うようになった。二、三冊入れるのにちょうどいいことを発見したのである。



2月某日 またしても雪


 またも雪。確定申告書を作成する。まったく歳をとると、病院にかかることが多くなって、領収書を分けたり、計算が面倒だった。


2月某日 雨のち晴れ 風強し

 今週も大雪。今日も雪かき。雪の上に雨が降ったおかげで、雪が重いこと重いこと。腰にくる。こんな日に大学時代の友人と新年会。正直なところ神楽坂まで出かける気にならなかったが、とにかくやるから来いというので、渋々出かける。夜、電車に乗るのはほぼ2ヶ月ぶりか。
 友人と会えば、結構話し込んでしまう。たぶん今日のメンバーで劇的に変化があったのが私だから、いつの間にか自分の境遇をみんなに話している。ふと、その話しぶりがこの日来なかった友人の話し方に似ているように感じた。あいつも話し出すと、一生懸命自分のことを話していた。それが良いのか悪いのかわからなかったが、今日ぐらい許してもらおう。
 久々のお酒で酔った。12時前に帰宅。寝る前に腰に湿布を貼る。モーラステープにするかモーラスハップにするか迷うが、何となくハップにする。そういえばむかし薬剤師にモーラステープとハップをどちらを使えば良いのか聞いたことがある。答えは「気分でしょ」と言われた。だったら今日はハップの方が効きそうに思えた。
by office_kmoto | 2014-02-17 06:36 | 日々を思う | Trackback | Comments(0)

ある寒い日の読書

d0331556_4401937.jpg 外はめちゃくちゃ寒いので、外に出る気になれず。お茶とKitkatとせんべいをもって、こたつに入って本を読むことに専念する。読みかけのいとうせいこうさんの『想像ラジオ』を読み終える。
 なんだか読点がやたら多くて、長い文章がだらだら続く。そのうち何を言っているのかわからなくなる。どうしてこの小説がいいというのが理解でき
ない。帯に書いてあるコメントを読んでみると、「ポスト3.11の文学に、ようやく出会えた。これが文学の力だ。間違いなく傑作だ」とある。他にも涙が止まらなかったとか、賞賛の声が多数書かれている。
 私はこの本の良さがわからなかったが、いいと思う人もたくさんいるのだから、自分に感性がないのかもしれない。それにしても人の感じ方はそれぞれだ。ただこの本が「ポスト3.11の文学」というものだとしたら、“これが?”というところが私にはあった。


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 気分を変えるために川上弘美さんのエッセイ『東京日記』1、2、3巻を読む。こっちに方が面白い。読んでいてほのぼのとしてくる。こういうちょっとかわった日常風景の方が面白い。それにしてもこの人どうしてこんなにパンツにこだわるんだろう。


 よそゆきのズボンとよそゆきのシャツとよそゆきの上着をつける。外階段をおりてゆき、道へ踏み出したとたんに、突然雨が降ってくる。
 三秒ほど雨の中で突っ立つ。見る間にびしょぬれになる。とぼとぼと部屋に帰り、よそゆきのズボンと上着を脱ぎ、よそゆくでないいつもの下着を脱ぎ、タオルで体を拭く。だんだん腹がたってきて、毒づく。


 六年ぶりぐらいに、お医者さんに行く。
 はりきって、よそゆきのブラジャーをしていく。迷ったすえ、パンツもよそゆきにする。
 お医者さんが聴診器を持ったので、さっさとトレーナーとその下のTシャツをもとめてまくり、みずからおなかを出す。
 けれどお医者さんは聴診器を当てない。

 看護婦さんが静かに私のTシャツを下げて、おなかも背中も、隠してしまった。
 お医者さんは、Tシャツの上から聴診器を使い、ぽんぽんと叩いてみ、はい、おしまいです、としめくくった。
 釈然としないまま、診察室を出る。


 まだ風邪がなおらない。
 薬がなくなったので、またお医者さんに行く。こんどはふだんのブラジャーのままである。
 診察室に入って、ただぶらんと両手を下げ、椅子に座ってぼんやりしていたら、看護婦さんが「服をめくってください」と言う。

 お医者さんは肌に直接聴診器をあて、ぽんぽんと叩いてみ、おしまいです、としめくくった。
 釈然としないまま、診察室を出る。


 ちかごろ、パンツの色が気になっている。
 「年をとってきたらね、赤いパンツをはくものなのよ。赤いパンツは何しろ気力がみなぎりますからね」と、親類のおばさんに言われて以来である。
 赤いパンツは、持っていない。
 それで、駅前のお店に買いにゆく。
 二枚買う。洗濯してふにゃふにゃにさせてからはいたら、なるほど、気力が少しだけ湧いてきたような感じ。みなぎる、までは行かないのだけれど。


 買ってきた赤いパンツの、もう片方を、はく。
 気力はやっぱり「みなぎる」ほどではない。しょぼしょぼと仕事をする。ときどき気になって、スカートをめくってみる。パンツは赤い。とてもとても、赤い。赤くて赤くて、なにしろ、赤い。
 だんだん、どぎまぎしてくる。


 今日も赤いパンツをはこうとするのだけれど、どうにも赤い色になじまない自分を、もてあます。
 くよくよ迷ったすえ、思いきって黒いパンツをはく。

 一日黒いパンツをはいて、たくさん、仕事をする。


 黒いパンツをはいたらたくさん仕事ができたので、紫のパンツも用意しておこうと、いさんで買いにゆく。
 黒いのを新たに二枚、紫のも二枚買って、満足する。紫のうち、一枚は、おへそあたりまでくるおばさん型、もう一枚はほとんど面積というものをもたない、エッチ型。
 どちらをはいた時に仕事がはかどるか、しばらく統計をとってみるつもり。


 パンツの統計を、取りつづける。
 おばさん型八、エッチ型二の割合で、どうやらおばさん型着用時の仕事はかどり率の方が、かなり高い。
 ただ、エッチ型のときに一回だけ、「今日の仕事はこの一年の中でも、もしかすると一番の出来かも」という日があった。
 ふだんはおばさん型、ここ一発の勝負どきにはエッチ型。
 という結論を、忘れないように、手帳に書き込む。


 暑い日には、実はいくつかの種類がある。
 「ひょいひょい暑い日」
 「むらむら暑い日」
 「せつに暑い日」
 「かえる蒸しの日」

 「かえる」の日には、油断していると、すぐにパンツを脱いでしまいそうになる。なにしろかえるなのである。パンツなどというものを身につける習慣が、もともとないのだ。

 夕方かえるは去ってゆき、よくある「むらむら暑い日」に戻る。
 夜お風呂に入る時に、パンツが裏返しになっていることに気がつく。知らないうちに、やはり一回パンツを脱いでしまったらしい。


 著者のあとがきに「パンツに対する自分のなみなみならぬ熱意に、あらためて驚きました。更年期と、何らかの関係あるのやもしれません」と書いてある。確かに熱意はかなりある。


いとう せいこう著『想像ラジオ』河出書房新社(2013/03発売)

川上 弘美 著 / 門馬 則雄 絵 『東京日記 卵一個ぶんのお祝い。』 平凡社(2005/09発売)

川上 弘美 著 / 門馬 則雄 絵 『東京日記〈2〉ほかに踊りを知らない。』 平凡社(2007/11発売)

川上 弘美 著 / 門馬 則雄 絵 『東京日記〈3〉ナマズの幸運。』 平凡社(2011/01発売)
by office_kmoto | 2014-02-13 04:42 | 本を思う | Trackback | Comments(0)

携帯電話

 昨日妻が携帯の電話帳を整理したと言う。彼女は個人的な付き合いのほかに、生活上連絡を取らなければならないものもそこにはあるのだろう。ただそれらがいつまでも必要なものでもなさそうで、そこに鬱陶しさや苦い思い出もあるものだから、消去したということのようだ。
 で自分の携帯はどうかといえば、そういえば辞めた会社の関係があったな、と思う。もう会社を辞めてから1ヶ月近く経つわけで、もうかける必要もないし、かかってきても鬱陶しいし、必要ないと思い、会社関係のデータを消去した。

 これですっきりしたかも。

 携帯が鳴らなくなった。あれほどうるさくなっていたものが静かである。それが一抹の寂しさもあるけれど、普通、人はそんなに頻繁に連絡をとることなどないはずだ、と思ったりする。
 そういえば私には厄介な習慣がまだ残っている。パソコンを立ち上げたとき、まずメールをチェックする習慣である。今まで会社関係のメールと個人的なものと一緒に見られるようにしてあった。会社を辞めて、会社関係のメールアカウントは削除したので、もう個人的に来るメールだけになった。そうなると当然そうそうメールが来るものではない。だからパソコンを立ち上げる度にメールのチェックなど必要ないのだが、ついつい習慣でまずメーラーを立ち上げてしまう。これもやめよう。

 松浦寿輝さんのエッセイの中で、携帯電話について小うるさく言っているのを読んだ。別にそれをどうこう言うつもりはなく、確かにそうだ、と思うものと、なるほどそこまで考えるかと、感心してしまったのである。
 松浦さんがコーヒーチェーン店での見た情景で、若者たちが友人と話しながらその合間に携帯電話を取り出して、メールのチェックなんかをやっているのを見かけ、思う。


 あんなふうに絶えず他人と繋がっていたいと思いつづけて疲れないのかなあと訝ったりしているだけだ。(喫茶店、また)


 とにかく携帯やスマホを手放さない。メールをやっているのか、LINEをやっているのか、あるいはオンラインゲームをやっているのか、とにかく画面に釘付けだ。携帯だから手放さないのは意味的にあっているけれど、メールにせよ、LINEにせよ、オンラインゲームにせよ、どこかの誰かと繋がっている。繋がっていることが当たり前の世界だから疲れることもないのだろう。いつから一人でいることができなくなってしまったんだろう。


 携帯電話が普及しつつある。人が使っているのを見ているかぎりではあまり愉快なものとは言いがたい。実際、電話の呼び出し音というものは苛立たしい。間近なところから聞こえると、自分には関係ないとわかっていても一瞬はっとするうえに、鳴りやむまでは落ち着かない。(携帯電話と「閾値」の問題)


 他人の携帯の呼び出し音が気になるのはよくわかる。自分の携帯ではないこと思っていても、もしかして、と思い自分の携帯を取り出してしまう。ましてその呼び出し音が長く鳴っていればいるほど、「あれやっぱり自分のかな?」と思ってしまい、携帯を取り出すこともしばしばある。


 人前で、しかもその自分の回りの人々を傲然と無視しつつ、遠方の相手に向かって大声で話しかけているとき、たぶんあれら「携帯電話の人々」は、自分の「社会的な重要性」をひけからしているのではあるまいか。それが意識的か無意識的かはともかくとして、あれは、必要に駆られているというより、半ば以上は演劇的パフォーマンスなのではないかとわたしは疑っている。きっと彼らは、恥ずかしいというよりはむしろ晴れがましいと思っているのだろう。わたしたちは、彼らが「社会的に重要」であるさまを、不本意ながらも否応なしに見物することを強いられる、不運な観客なのである。携帯電話の何がうるさいかと言って、呼び出し音より何よりも、あの晴れがましさの表情とその背後に潜む自己顕示欲がうるさいのだ。(携帯電話と「閾値」の問題)


 私も基本的に携帯は嫌いである。自分の携帯が鳴るのもそうだし、他人が携帯で話しているのを見るのも、聞くのも嫌いである。車内であれほど通話するなと言っているにもかかわらず、それでも手を口のところへ持っていて小声で話すやつ。特に携帯電話が頻繁に鳴る人や、やたら大声で指示らしきものを出している人を見るとうんざりしてしまう。
 時に持っている携帯ががんがんなることを自慢げそうに、「ちょと失礼」なんて言うやつがいるが、そういう人を見ると、ほんと“うるさい”と感じてしまう。声がうるさいのではない。そういう人の存在が“うるさい”のである。そんな人間に限って、さも自分がいないと困る人間が多くいるみたいな、顔をする。

 「頼られてんのよ、オレ」っていうところなのだろう。

 でもそういう人の携帯って、厄介事抱えていて不安で仕方がない人ではないか。だから携帯が鳴ると飛びついて出るのだ。呼び出しなら頼みごとでしょ。言ってみれば使いっ走りと同じだ。いずれにせよ「社会的な重要性」とはほど遠い。

 ところでこのエッセイの題名に「閾値」という言葉が使われている。「いきち」とは一般に反応その他の現象を起こさせるために加えなければならない最小のエネルギーの値をいう。松浦さんは携帯電話が「コミュニケーションをより『手軽』に、より『安易』にすること、つまり、コミュニケーションの欲望とその充足との間の時間を極小に」していることを問題にしている。ここからは携帯電話でそこまで考えるのかという話になる。
 つまり携帯電話の「手軽さ」をもって欲望の「閾値」を低くしているというのである。


 わたしたちは徐々に、どんな些細な欲望に対しても、その充足が延期されることに我慢できなくなってきており、そして、それを実際にテクノロジーがただちに充足してくれるという事態を当然として受け止めつつある。


 そしてもう一つ。その「閾値」の低下は「巨大で強烈な欲望の負のエネルギーに衝き動かされていた時代から、微小で希薄な欲望が泡立っては消えてゆく時代へ」変わっていっているのではないか。そしてそのことは「低い『閾値』で生起する自分自身の弱い欲望に、たえず過敏に反応しつづける繊細な感性のありようが際立って見えてくる。決して過激な暴力性に至ることなく、弱い発生と消滅を繰り返す繊細な欲望の戯れと、そうした戯れの積分的な総体の中で微妙なバランスを保ちつつ、ゆるやかに変容してゆく主体が浮かび上がってくる」と言う。だから松浦さんが教えている学生たちを見ると、その優しさが際立ち、「激しい気持ち」も「悲痛な美しさ」も求めていないように見えると言う。
 だろうな、と思う。欲望がどんどんテクノロジーで満たされていく時代だから、その欲望がどんどん小さくなって行くのは当たり前だ。
 一方で過激な暴力性を帯びてしまうところも、最近目立つ。これも説明できそうである。テクノロジーが欲望が充足していれば問題ないが、ことは手軽に、安易に、手に入れられると勘違いしてしまっているので、それが延期されたとき我慢できなくなってしまっている。その時暴力性が生まれる。
by office_kmoto | 2014-02-10 06:22 | ものを思う | Trackback | Comments(0)

こだわり

 多分なんでもそうだろうけれど、人がものに肩入れしてしまうのは、たとえば趣味で集めているものだったり、お気に入りと称して集めているものであったりするものではないだろうか。そのものを手にして話し出すと、話が止まらず、傍から見ると「ちょっとおかしいんじゃないの??」と疑問符がいくつも付いてしまうもののような気がする。 ものはものでしかないのだけれど、当の本人にとってはそれ以上のものになってしまっているのである。下手をすればその人の人生そのものになってしまっているものである。だからそれを聞いたり見たりしたとき、引いてしまったりする。結局そのものに関心がなければ、あるいはその事情が知らなければ、「わからない」としか言いようがないものだ。
 私が妙に本にこだわるのも、それと同じなんだろうと思う。いくら「違うんだよ」と言ったって、「そんなにこだわらなくてもいいじゃん」と言われるものかもしれない。それを承知の上で、勝手に本は本以上であるんだ、と言うことを前回書きたかった。ただその愛着をうまく言い表せないので、たまたま読んだ本から、「そうそう、これなんだよ」と思ったのでそれを書きたい。


d0331556_2014279.jpg 手にした本は松浦 寿輝さんの『散歩のあいまにこんなことを考えていた』 というエッセイである。


 もっとも、わたし自身が本当に愛している文章はやはり、ディスプレイ上の点滅ではなく、美しい装丁された書物のページの上に印刷された活字を辿りながら読みたい。それは「愛情」ではなく「体験」でなければならないからである。(「全集」の愉しみ)


 一冊の本が自分にとって貴重なものとなるかどうかは、結局、そこに充填された時間の多寡と質にかかわってくる。わたしの人生の時間の一部がそこに「染み込んで」しまった本なら感謝の思いとともにいつまでも書棚の隅に残しておきたいし、そうしておいてやる「義理」もあると思う。(因果な商売)


 むろん本を読むのは好きである。好きだからこの渡世を選んだのだが、しかし何が愉しいと言って、読むことよりもはるかに愉しいのは読み返すことではないか。新しい知己とめぐり会うのも嬉しいけれど、人生の快楽とは何にもまして懐かしい古い友と再会することではないか。(読み返すこと)


 私はこの人について詳しいことは知らないが、どうやら詩人、小説家、フランス文学者で、大学の先生らしい。詩やフランス文学の専門的な話はよくわからなかったが、本に限らず、「こんな小さなものがいとおしい」という話は面白かった。そしてその気持ちよくわかるのである。
 たとえば本のしおり代わりのひもである「スピン」の話など、感覚的にその情景がよくわかる。いま文庫にスピンが付いているのは新潮文庫だけで、だから著者が新潮文庫を声援しているのを読むといたく同意してしまう。読みたい本がたまたま新潮文庫だっりすると、私はそれだけで嬉しくなってしまうのである。


 どのページまで読んだかを示す目印としてページの間にぱらりと挟んでおく紐、あれは出版用語ではスピンと言うのだそうだ。実用性の問題もあるけれど、それよりむしろ、スピンの付いた本にはそこはかとなく贅沢な手造り感が漂っていて、手にしてページをめくっていても充実感がある。買ったばかりの新しい本を開くと、真ん中あたりにあの紐がくるりと丸まっていて、かすかに窪んだその紐のかたちの跡がページの紙の上に残っていたりするが、あれもなかなかいいものだ。その紐を伸ばしてページの外に出してから、さてとひと息ついておもむろに読みにかかる。あの呼吸が好きである。
 実際、スピンを付けると原価が五十円か百円か跳ね上がるそうで、どんどん読み捨てられてゆく消費財のような本には、わざわざスピンなどという不急不要の贅沢を施してやるには及ぶまい。他方、ゆったりした造りでスピンもある本の場合、この先何年もずっと所有しつづけて、ときどき本棚から取り出して読み直すといった付き合いかたをしてみてもいいかなという気分になる。単なる思い入れかもしれないけれど、本を造った人の心映えというか、職人魂のようなものが伝わってくる。そんな気がするのである。


 文庫本にしても、今はずいぶん沢山の出版社が出しているけれど、未だにスピンがついているのはたぶん新潮文庫だけだろう。話題性と派手な宣伝だけで売ろうとする安っぽい本ばかり氾濫しているこのご時世に、ささやかだが貴重な、ある「志」の表現だと思う。べつに新潮社からお金を貰っているわけではないけれど、つい肩入れして、新潮文庫がんばれと声援を送りたくなる。(スピン)


 とにかくこの人のもののこだわり、感覚が本だけでなくほかのことでも気に入ってしまったところがある。私も結構こだわる方なので、そんなものを書くとき、また松浦さんのこの本を使わせてもらおうと思っている。


松浦 寿輝 著 『散歩のあいまにこんなことを考えていた』 文藝春秋(2006/04発売)
by office_kmoto | 2014-02-07 20:17 | 本を思う | Trackback | Comments(0)

蔵書が消える?

 1月30日の朝日新聞の朝刊に「電子書籍、消える蔵書 企業撤退で読めなくなる例も データ、所有権なし」という記事があった。記事は「せっかく買い集めた蔵書が消える-電子書籍の世界で、上の本ではありえない事態が起こり始めた」というところから始まる。
 事の発端はローソンが電子書籍事業から撤退することから始まった。そのサービスが終了するとサーバーに置かれた購入した本が消えてしまうというのだ。
 これまでも何度か電子書籍が話題になって、いくつかのコンテンツが出たが、すべてサービスは終了してしまい、蔵書が蔵書でなくなってしまったことがあるらしい。端末にデーターが残っていれば、何とか本を持つことは出来るらしいが、端末が壊れたらおしまいだ。もちろん新しい本の追加もない。
 記事を読んでいて知ったのだが、「電子書籍は購入しても『自分の物』ではない」ということだ。要するにデータ所有権は購入者になく、「条件付きレンタル」のようなものだという。実際Amazonの規約には「お客様にライセンスが提供されるものであり、販売されるものではありません」と明記してあるという。おそらく長ったらしい規約に書かれているのだろうが、普通そんなの隅から隅まで読むわけがない。私もKindleを使っているのだが、扱いはそういうことらしい。
 本は読むだけで終わるのではなく、読んだ後も思い出として残るものがある。電子書籍でも蔵書として考えたいところはあると思う。その読んだ本に思い入れがあれば余計であろう。しかし企業の都合で簡単に消えてしまうのであれば、場合によって考えないといけない。
 主婦連合会の事務局次長が言っている。


 電子書籍を買ったら自分の物になる、と思うのが普通の感覚だ。レンタルに近いなら、企業は消費者が買う前にわかりやすく伝えるべきだ。


 おそらく電子書籍業界も淘汰が遅かれ早かれ始まるだろう。あちこちで独自の方法で電子書籍を販売しているが、提供している企業の経営状況で買った蔵書が消えてしまう可能性は今後十分あり得そうだ。
 ローソンは購入額相当分をポイントで還元するといっているが、それはローソンだから出来ることであって、場合によっては補償してくれないところもこれから出てくるかもしれないと記事は危惧している。
 でもなくなった本をポイントに還元してくれればそれでいいというものではない。


 こういう記事を読んでしまうと、やっぱり紙の本だな、と思ってしまう。また本であるから“所有権”を実感できる。そして本でなければこの物語は成立しない。


d0331556_17182327.jpg ビブリア古書堂ももう5巻まで来た。この本の帯には4巻までの累計が550万部というから大したものだ。
 今までの古本ミステリーは大体が“黒っぽい本”が主流で、それにまつわるマニアックな人間が起こす事件がメインである。本そのものが特殊な本で、それが稀覯本となり、コレクターがそこに群がり事件を起こす話がほとんどだ。
 もちろんこの本もそうした主流を踏んでいるが、一方で主人公である古本屋を営む篠川栞子が若い女性であること。そこにバイトとして来た五浦大輔がだんだん栞子のミステリアスな部分に惹かれていく。そんな恋愛小説の要素もあるので、このシリーズが今に受ける理由なんだろうと思われる。そこががちがちの古本の専門知識ばかりがちりばめられた今までの古本ミステリーとは違うところなんだろう。
 私は古本ミステリーが大好きだ。ビブリオマニアと称される、本に異常的関心を示す人間が起こす事件は、おどろおどろしいけれど、ついついのめり込んでしまう方なのだ。きっとそれは、私もどこかにそんな本に関して異常な部分を持ち合わせているからかもしれない、と思ったりする。というか、本好きが高じると、どうしてそうなってしまうところがあるのではないか。大なり小なりコレクター的要素が生まれ、こだわりというものが出てくるものだ。異常性に驚きながら、一方で“なんとなくわかる”のである。


 でも、本というのは持ち主の頭の延長みたいなものだ。他人の頭の中身を知りすぎると、そのうちおかしくなっていく気がする。


 特に古本には必ず前の持ち主がいて、その本には有形無形に限らず何らかの痕跡が残っているものだ。それが物語になり、ミステリーとなる。本とはそういうものだ。所有するだけではないのだ。本棚にずらっと並んだ本を眺めてうっとりするのも、Kindleに多くの本が入っているので、大切にするのも同じではないか。そこに読んだ行為が伴い、本は物だけでないものに変わっている。思い入れというものがある。だからそれを企業の都合で簡単に捨てられることは絶対に許されない。こんな無責任なことをやる企業が電子書籍界に参入しているとなると、これから広がろうとしている電子書籍の信頼を損ねることにつながる。
 まあAmazonはKindleの存在意味が大きいので、ローソンのようなことはあり得ないと思う。ただこんな話を聞いてしまうと、やっぱり紙の本の方をウエイトを置いてしまうし、実際私はそうなので、これでよかったなと思っている。それにこの本の話のように、紙の本であれば、本自体で物語が出来るのだから。

 ローソンの社長新浪剛史という人は日本経済再生本部の産業競争力会議のメンバーの一人で、よくテレビのインタビューに答えている。日本経済が再生するには産業力の強化、そのための規制緩和などあれこれ提言しているけれど、その裏でやっていることは採算が合わなければそれを簡単に切り捨てるということある。会社が伸びれば、日本経済も活性化するということなのだろうが、本ひとつ持つことも出来なくしてしまう会社が、いくら伸びようとも、日本は良くなりはしないのではないか、と思う。話を大きくするつもりはないが、そんなことを感じた。


三上 延著 『ビブリア古書堂の事件手帖〈5〉栞子さんと繋がりの時』 KADOKAWA(2014/01発売) メディアワークス文庫
by office_kmoto | 2014-02-05 17:20 | 本を思う | Trackback | Comments(0)

多田便利軒(2)

d0331556_6214824.jpg 『まほろ駅前番外地』を読み終えた。これで「まほろ」シリーズを全部読み終えたことになる。今回は『番外地』とあるようにこれまでの脇役たちが描かれる。例えばあの星のちょっと変わった日常やバスの間引き運転を監視する岡老人の妻が岡と多田や行天を観察する物語。
『まほろ駅前狂騒曲』で多田といい仲になる柏木亜沙子も登場する。そしてHHFAもここに登場し、後に大展開ととなるわけだ。

 「岡夫人は観察する」では岡夫人には三つの不安のうち、岡老人がどうしてバスの間引き運転に固執するのか老化だけで説明できないことに困っている。


 内心で、「どうしてこのひと、横中バスにこんなに執心するのかしら」と首をかしげる。まさに、「執心」としか言いようがない。横浜中央交通にほとんど恋しているのではあるまいかと思われるほど、夫はバスの運行状況に目を光らせる日々だ。


 でもそれだけではない。岡老人が多田たちを呼びたいために横中バスの監視に来させていることもわかっている。


 「ねえ。あなた案外、多田便利軒の二人を気に入っているでしょう」

 「そうじゃなきゃ、大事な証拠集めの仕事は頼まねえよ」
 間引き運転の証拠は、たぶん見つからないままだろう。見つからないかぎり、夫は多田便利軒に仕事を依頼しつづける。顔を合わせては、夫が嫌みを言ったり、助手が怒ったり、多田が仲裁したりの日常は繰り返される。
 子どもっぽいんだから。岡夫人は体勢を仰向けに戻した。会いにきてほしいなら、おかしな理由などつけず、ただ電話すればいい。


 岡夫人は多田が便利屋を始めたころから知っている。はじめの頃は多田は暗かった。それが行天が来てから変わったことを喜んでいる。


 助手をつれてくるようになってから、多田は本当に変わった。以前はこんなふうに、たくさんしゃべったり慌てたり不機嫌になったりすることはなかった。
 寡黙でどこかさびしげなかつての多田も、岡夫人はけっこう好きだった。でも、いまのほうがずっといい。居間から作業を覗き見していても、閉めだされるような感じがない。


 行天も子どものころから知っていた。あの少年のころより「ずっと幸せそうに見える」ことを喜んでいた。何か二人の母親みたいで、ほのぼのとしてくる。

 「逃げる男」では柏木亜沙子が登場する。多田が亜沙子に恋心を抱くその瞬間が描かれる。
 亜沙子は夫の誠一郎の遺品を全部整理してくれと多田に依頼した。夫の誠一郎は亜沙子と二年前一人で暮らしたいと家を出て行った。そして一人暮らしのアパートで死んだ。


 「敏腕女社長か。危ないね」

 「なにがだ」
 「あんた、そういうひと好きでしょ。ばりばり働いて、強くて、でもちょっとさびしい部分もある女。たとえば夫に先立たれたり」
 「馬鹿言うな」
 またも図星を指された多田は、強引に話題を変えることにした。


 「シャチョーはたぶん、家事も完璧にやってるね」
 「なぜわかる」
 「髪も肌も手入れされてるのに、爪だけ短くてマニキュアも塗っていない。ちゃんと料理をしているんじゃない?さっきも門を開けるついでに植木鉢の並びを整えてたし」
 バックミラーでチェックしていたらしい。おまえは姑か、と多田は思った。
 「仕事でも頼りになって、家のことまでこなしてくれる、夢みたいな奥さん」
 行天は歌うように言った。「息が詰まりそう」


 遺品を整理していたら、行天が一枚の写真を見つける。亜沙子の酔っぱらってバカな宴会芸をしている写真であった。こんなひどい写真を一枚だけを後生大事持っていた夫の誠一郎を亜沙子は理解できなかった。亜沙子は頑張ってきた。夫の誠一郎のために。


 あなたと一緒に、一生懸命働いた。家事も手を抜かなかった。いつだって笑顔で、きれいでいた。全部全部あなたのために。あなたが好きだから。


 でもその完璧さが誠一郎を息苦しくした。行天の言うとおりであった。亜沙子は夫の誠一郎が家を出て行った理由、こんな写真を残していった理由をわかり始めるが、それはこれまで夫に尽くしてきたことの否定でもあった。亜沙子は泣いた。その姿を見たとき、多田は亜沙子に気持ちが揺れ動く。


 なぜ置いていくのか。なぜ黙って去ってしまったのか。信頼を裏切られ、愛を断ち切られて一人たたずむ人間の、心の震えが部屋の空気を揺らす。
 多田はもう何も言えず、亜沙子の泣き声を聞き亜沙子の泣き顔を見ていた。
 暗い穴に吸いこまれるような浮遊感。ひさかたぶりに体感する、恋に落ちる瞬間だった。


 多田と亜沙子の出逢いがこんなことだったことをすっかり忘れていた。
 この本の最後にある「なごりの月」では「家庭と健康食品協会」(HHFA)が出てきて、それが最新刊で大きく話が展開することになるのであった。
 この団体登場から、無農薬を宣伝していた。それを聞いた行天の言葉がまったくその通りだと思うし、行天が無農薬についてぼやくのを多田が聞いて思うこともふるっている。

 「ムノーヤク、ムノーヤクって、有害物質をまったく取りこまないまま死ぬやつなんていないよ」
 行天は煙草の煙を吐いた。行天が言うと「無能役」に聞こえる。


 最後にこのシリーズのイラストがいい。下村富美という人が描いているそうだ。何がいいかと言えば、多田と行天があまりにもかっこよく描かれてすぎていて、そのギャップがおかしいのだ。


三浦 しをん著 『まほろ駅前番外地』 文藝春秋(2009/10発売)
by office_kmoto | 2014-02-03 06:23 | 本を思う | Trackback | Comments(0)

多田便利軒(1)

d0331556_5265014.jpg 前回言ったように、『まほろ』シリーズを読み直した。まず直木賞受賞作『まほろ駅前多田便利軒』からだ。
 いろいろあるのだが、やっぱり会話の面白さだろう。


 「まあ鬱々と悩めよ」
 多田は車の窓を開け、ラッキーストライクを吸った。雨が音もなく降りはじめていた。いつのまにか本格的に梅雨に入ったのだ。
 「悩みになれておけば、大人になってもつらくないかもしれないしな」
 「子どものまえで煙草をやめようとか、そういう気づかいはないわけ」
 と由良は言った。
 「ないね」
 多田は一応、開いた窓に向けて息を吐いた。「美しい肺を煙で汚したまえ、少年よ。それが生きるということだ」
 「ばっかみたい」


 「だれだ」
 「糖尿病になっちゃったもんですけど、クスリのことでちょっとご相談が」

 「ふざけるのはよせ」

 「おまえ、あのガキにくっついている便利屋だな」
 「お世話になっています。うちの軽トラのフロントガラスを、氷砂糖みたいにしてくださっちゃって」
 「おまえの骨をザラメみたいにしてやろうか?」

 「ねえ、星さん。取引しませんか」

 「お互い客商売じゃないですか。信用第一。そうでしょ?」
 「俺がガキの身元を知っていることを忘れるな」

 「もちろんです。俺は顧客を失いたくない。あなたは砂糖を取り返したい。利害は一致している」
 「条件は」
 「あの子からは、手を引いてほしいんです。そう約束してくれたら、残りの砂糖はきちんとお返ししますから」
 「いやだと言ったら?」
 「シンちゃんに、バスに乗ったら必ず座席の下をたしかめろと言います。『横中バスは糖尿病の温床だ』と、警察に告げ口しちゃってもいいかなあ」


 先の『まほろ駅前狂騒曲』で行天が星のことを「砂糖売り」と言っていたのを、私はこの一件を忘れていて、単にクスリが砂糖に似ているからそれを売っている星を「砂糖売り」と言っているのだろう、と思った。
 しかし星が塾通いの小学生由良を使って、バスの後部座席にクスリが入ったシュガーステックを貼り付けるバイトさせていた。多田たちは便利屋の仕事として、由良を塾帰りに自宅まで送っていく仕事請け負っていた。
 その由良がクスリの運びやまがいのことを知って助けたやったのだ。シンチャンとはハイシーにつきまとっていたクスリの売人であったが、星の出現で商売が下火になっていた。
 その星がらみの話が面白いのでもう一つ。


 「星くんが、便利屋さんは困ったひとを助けてくれる便利屋さんだって言っていたよ」
 事務所内をめずらしいそうに見わたしながら、清海は言った。「その便利屋さんが困ってるなんて、困ったね」

 「事情はわかったが、どうして俺が巻きこまれるのかわからない」
 多田はため息をついた。「星と知りあいなんだろ?あいつのところにいればいいじゃないか」
 「星くんは、『俺はカタギじゃないから、清海に迷惑がかかる』って」
 「カタギじゃないやつと女子高生が、なんで知りあいなんだ」


 この本では行天や多田が背負っている過去の経緯が語られている。
 行天と三峯凪子とそして二人の子どもであるはるはの関係。行天は製薬会社の血液を集める仕事をしていて、医者である凪子と知り合った。その後行天は営業成績が悪く、公的な研究所へ出向となり、そこで凪子と再会し結婚した。


 「本当は、春ちゃんと会おうとするのは契約違反ですから」
 「契約?」

 「私は子どもが欲しかった。年齢的にも、仕事の忙しさからいっても、研究所に通っているあいだが、最後のチャンスでした」

 「多田さん、はるはは人工授精でできた子です」

 「私には、ずっと一緒に暮らしているパートナーがいます。現在の日本では、婚姻関係にある男女しか、不妊治療を受けられません。養子をもらって育てることもできない。私とパートナーは、とても悩みました。どちらかが適当な男性とセックスすることも考えた。でも、やってできないことはないかもしれませんが、したくはありませんでした。春ちゃんは、私たちの事情を全部知ったうえで、協力すると言ってくれました。・・・・意味わかります?」

 「研究所のだれも、春ちゃんと私が結婚していたことは知りません。最初からの契約どおり、産休を取っているあいだに、春ちゃんとは離婚した。はるを生んで、私は病院に戻ったので、それ以来一度も春ちゃんには会っていません。でも毎月、お金だけは送られてくる。私もパートナーも、金銭的にはまったく不自由していないんです。二人ともバリバリ働いていますからね。そんなことはしてくれなくていい、と何度も電話で言ったのに、春ちゃんは『うん』って笑うだけです。それが春ちゃんなりの気持ちなんだろうと、私とパートナーは、春ちゃんからのお金を、はるのために貯蓄しています」


 一方多田の背負っている過去は、離婚した妻と亡くしてしまった子どものことだった。
 多田は別れた妻と大学時代知りあい、卒業後すぐ結婚した。彼女は在学中から司法試験の合格を目指して勉強していて、多田はそれを応援していた。そして卒業から二年後彼女は司法試験に合格し、弁護士となった。
 あるとき大学の同級生から「多田くん、あなた浮気されてるわ」と言われ、妻にカマをかけて聞いてみると、あっさりと認めた。多田は妻の浮気に腹を立てたことは事実であったが、それ以上に妻が浮気をあっさり認めたことに腹を立てた。嘘でもいいから否定してくれれば、それを多田は信じたかったのだ。
 その直後に妻の妊娠がわかった。彼女は「あなたの子どもだ信じてほしい」と言ったので多田はそのまま信じた。多田は子どもが生まれるのを楽しみに待った。子どもが生まれたとき、ボーッとして現実だとは思えなかったくらいだった。その時妻はDNA鑑定をしようと提案する。


 裏切られたと、そのときはじめて多田は思ったのだ。真実を明らかにして、多田の疑念を完全に取り除きたいゆえの提案だったのだろうが、多田にとってそれは、妻に対する自分の愛と信頼を、すべて踏みにじられたに等しい言葉だった。
 「必要ない、俺の子だときみがいったんじゃないかと俺は言った。彼女にいくら懇願されても、DNA鑑定には同意しなかった。子どものことを心から愛しいと思えたから、鑑定の必要なんて感じなかったというのもある。だが本当のことをあえてはっきりさせずに、彼女を苦しめたいという意地の悪い気持ちが、まったくなかったわけじゃない」
 自覚していなかったが、それが多田の裏切りに対する復讐の形だった。


 終わりはすぐ来た。生後一ヶ月で子どもは突然死んだ。熱の妻に代わって多田が子守を引き受けたが、いつの間にか寝てしまい、気づいたときは息子は冷たくなっていた。
 それから半年は何とか頑張ってみたが、彼女は、あの子が苦しんでいるのを黙って見ていたでしょう。あれほどあなたの子だ言ったのに、どうして信じてくれなかったのかと半狂乱になって多田をなじった。そしてその後落ち着くとひどいこと言ってごめんなさいと泣いて謝った。それの繰り返しだった。彼女は自分でもわかっていたが、それを止められなかった。そして彼女から離婚してくれと言われとき、引き留めようもなく、むしろやっと逃げられてほっとする思いもでもあった。

 行天は多田の背負っているものを聞いたとき、やがて言った。

 「これまで何回も、いろんなひとから言われたと思うけれど、俺も言うよ。あんたはべつに悪くない」
 「悪意がなかったからといって、罪ではないということにはならない」


 多田と行天は、似たような空虚を抱えていた。「それはいつも胸のうちにあって、二度と取り返しのつかないこと、得られなかったこと、失ったことをよみがえらせては、暴力の牙を剥こうと狙っている」ものだった。多田は行天の背負っているものは、重いけれど、確実に凪子やはるはやパートナーを幸せにしたと思っていた。ただ自分はそれがまったくないと思えた。忘れて楽になりたくても、忘れられない。それを聞いて行天はどうして楽になっちゃいけないんだと、多田を言い寄るのである。
 二人のはちゃめちゃな会話があって、たくさんの変人たちが登場しているこの物語だが、その分二人が背負ってしまったものが重たく感じられるのであった。


三浦 しをん著 『まほろ駅前多田便利軒』 文藝春秋(2006/03発売)
by office_kmoto | 2014-02-01 05:28 | 本を思う | Trackback | Comments(0)

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