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常盤 新平 著 『天命を待ちながら』

d0331556_5494689.jpg  常盤新平さんの『天命を待ちながら』を読み終える。例によって気になる言葉を書き出す。


 世の中の移り変わりにますます驚いている。もはやちがう世界に生きているのだという感慨を強くする。そういう世界では出しゃばることなく、世のかたすみで暮らしていきたい。それも、楽しく。


 初秋という言葉は夏の疲れを癒やしてくれる優しさがある。


 悪いこともあれば、よいこともある。生きてゆくというのはそういうことなんだ。それでバランスがとれる。


 賑やかなところにいると、そこに溺れてしまいそうだ。


 外国に行くと、植物の名を知らないのを口惜しく思う。植物のことを知っていたら、旅はもっとゆたかになるにちがいない。セントラル・パークを歩いていても、この木はなに、あの草はなにと知っていたら、どんなに楽しいだろう。
 だが、名前を聞いたり、辞書を引いたりしただけでは、木の名前も花の名前もたちまち忘れてしまう。身につかないのだ。手で触れて、好きにならないとだめだと思う。


 国際化というのが合言葉になって、自分を売りこむ世の中になってしまった。
 国際化というのは国籍不明になることか。


 ところで「仮り末代」という言葉があるらしい。この言葉を使ったのは山口瞳さんである。この本でそれが紹介されていた。「男性自身」にあるという。慌てて重松清編の『山口瞳「男性自身」傑作選 中年篇』(新潮文庫)を取り出して見てみた。
 話は居酒屋に入った山口さんとその居酒屋をやっている夫婦の会話である。夫婦は本当は居酒屋を始めるつもりはなかったという。主人は鉄工所の会社員だった。それが居酒屋を始めて15年も経ってしまい、そこで「仮り末代」と女将さんが言う。


 「仮り末代って言うでしょう」

 「知らない」

 「よく言うじゃないですか。仮に住んだつもりが、そのままになってしまうことをね」


 そこで山口さんは、友人たちの姿を思いだし、それぞれが「仮り末代」であったのではないか、思い至る。そして、


 酔ってくると、私には、すべての人が、世の中全般が、たとえば男女のことにしたって、仮り末代に思われてくるのである。どんなときでも、誰にとっても、こころならずもというのが、実は、本心なのではあるまいか。


 と最後に書いて締めくくっている。
 常盤さんはこの一編が特に好きだと書いている。私も「仮り末代」という言葉の響きもいいし、その意味も、無情さも、そして山口さんの締めくくりの言葉もいいものだと感じた。
 山口さんは自分たちを「仮り末代」の世代であるかもしれない、というが、たぶん今でも世の中の人の大多数が、「仮り末代」ではないか、と思ったりする。意味的にも時代は関係なく、今でも同じではないかと思う。
 仮のつもりが気がつけば今もそのまま。年数だけが経っていたということだ。現実の厳しさをひしひしと感じてしまうのである。

 また一つ、いい言葉を知った。


常盤 新平 著 『天命を待ちながら』 大村書店(1999/09発売)
by office_kmoto | 2014-07-28 05:54 | 本を思う | Comments(0)

川上 弘美 著 『ゆっくりさよならをとなえる』

d0331556_5514515.jpg 「ナポリタンよいずこ」がいい。


 突然スパゲティーナポリタンが食べたくなって、困った。
 オリーブオイルだのゴルゴンゾーラチーズだのポルチーニだのを駆使した本場のイタリア的のものではなく、ハムと缶詰のマッシュルームを油で炒めたところに、ちょと茹ですぎたスパゲティーをほぐしながらいれて、最後にトマトケチャップをちゅーっと絞り出してからめた、あの古式ゆたかなスパゲティーナポリタンが、どうしても食べたくなったのである。
 町じゅうを、スパゲティーナポリタンを探しつつ、歩く。イタリア料理店がある。オープンテラスの喫茶店がある。ビーフシチューが名物の洋食屋がある。しかし、スパゲティーナポリタンがメニューにありそうな喫茶店は一軒もない。
 スパゲティーナポリタンはもともと、トマトソースのスパゲティーを日本風に手軽にアレンジしたものだろう。たとえばカレーうどんのカレーが本来のカレーとは別物であるように、スパゲティーナポリタンも本来のスパゲティーとは別物であるにちがいない。この別物感が、いい。


 昔あったあのナポリタンを食べたいという人は多いのだろう。よく同じ話を聞く。うちの妻も昔食べたあのナポリタンを食べたいとよく口にする。店で「昔ながらナポリタン」とメニューにあるのだが、やはり違うらしい。ケチャップソースオンリーの味ではなく、何か加えているというのだ。今の時代、どうしても何か入れたくなってしまい、それが店独特の味とするのだろうが、そのサムシングが昔ながらの味にならなくしてしまうらしい。
 私は同じスパゲティーを食べるなら、それこそもっと美味しいスパゲティーを食べたい方である。私はナポリタンというと、どうしても給食のとき出たあれを思い出す。私たちが子どもの頃の給食にはあまりいい思い出がないので、それが影響しているのかもしれない。(それでも私たちの給食ではナポリタンはごちそうだったけれど)

 「古本屋街へ」も良かった。


 終点まで私鉄に乗って、それから地下鉄に乗りかえて、古本屋の町へ行った。今日は本を見てまわろう。
 本を「見てまわる」というのは、本を「買う」こととは、ちょっとちがう。本を買うのは、本を読むため。本を見てまわるのは、本の表紙の紙をさわってみたり、題名を眺めてたのしんだり、こんな本があったのかと驚いたり、するため。
 新刊ばかり売っている本屋は、このところの本の刊行数の多さにおしひしがれていて、ともかくも破綻なく本を棚に並べることに心砕くのにせいいっぱいというふうにみえる。棚に並ぶ本は「可もなく不可もなく」という印象になってくる。数の多さはある種の平均化を招くという条理から考えると、しかたのないことなのだろう。だけど、本を「見てまわる」という目的には、新刊本屋はその平均化ゆえに適さなくなってきてしまった。
 だから、古本屋。ずっと前から少し前まで、長い期間の中で出版された本が、平均化されることなく、偶然も必然も混じって、ちりぢりばらばらに置かれている。そのちりぢりばらばらを眺めるために、地下鉄に乗って、でかけていった。


 さすが元理科の先生であった川上さんだと感じさせる文章だけど、でも言っていることはよくわかる。私もこの頃わざわざ神田の古本屋街など出かけるのも同じ理由である。本を見てまわりたいのである。新刊書店に行くと、その量の多さに感じる息苦しさはそこにはない。「わたしこんな本ですけど・・・」といった感じで、ひっそりあるのがいいのだ。
 でも見てまわるだけじゃすまないのだ。


 今日はできるだけ本を買わないこと。そう決心して家を出た。むりだった。財布がさらに軽くなろうと、家にさらに本が溢れかえろうと、そんなことはどうでもよくなってくる。古本屋の、湿ってひんやりした空気の中に立つと、手にとって眺めた本を、いったんは棚に戻しても、けっきょくは買わずにはいられなくなる。
 文庫本に図鑑。小説に評論。背中にしょったリュックサックの中で、紙袋にしまわれて、「ワタシたちを買って下さいましたね」という気分をリュックの生地ごしに放射してくる、古い本たち。
 十何冊の本を背負い、コーヒーも飲まず、いそいで地下鉄に乗って、部屋に帰った。買ってきた本を積みあげ、背表紙をゆっくりと撫でた。疲れた足をもみ、なはうたを歌った。それから、ていねいに、緑茶を淹れた。秋の午後の日ざしが、明るい。


 この文章良くありませんか?情景がストンと心に入ってくるのは、私だけであろうか?買ってきた本を積みあげたり、さわってみたりするときの心和む気持は何とも言えない。それが古本だと、新刊のぴかぴかしたものがない分、そっと表紙を撫でたくなってしまうのも、よくわかる。


川上 弘美 著 『ゆっくりさよならをとなえる』 新潮社(2001/11発売)
by office_kmoto | 2014-07-24 05:55 | 本を思う | Comments(0)

司馬 遼太郎 著 『播磨灘物語』

 司馬遼太郎さんの『播磨灘物語』を読み終える。今NHKの大河ドラマ「軍師官兵衛」を放映しているが、最近これにはまっていて、久々に大河ドラマを毎週見ている。ただ今やっているドラマと史観の違いか、あるいは脚本のためか、雰囲気が違う。まあ基本的な部分は変わらないのだから、それほどこだわる必要はあるまい。ここではあくまでも司馬さんの小説に従って話を進める。
d0331556_533314.jpg 例によって物語の中にその歴史的背景、司馬さんの歴史観がいっぱいのスタイルで話は進む。
 ドラマではもう黒田家が姫路で小寺籐兵衛の家来となっているところから始まっていたが、この本では黒田家はもともとは近江の北の黒田村から出てきて、諸国を転々としている。官兵衛の曾祖父黒田高政が近江から備前福岡に流れ、その後祖父重隆になり播州姫路へ来た。もちろん貧乏であった。ただ黒田家に伝わる目薬が商いとしてあたり、「たちまちいくつかの蔵に金穀を積みあげるほどの身代になった」。その後御着の城主小寺籐兵衛政職に仕えることとなる。
 ドラマでも官兵衛の祖父が目薬を作っている場面があったはずだ。
 ここでは司馬さんによる黒田家の性格がいくつか書かれていて、それが黒田官兵衛という人物のあり方も規定していることが書かれている。また官兵衛の性格も多分うまく言い表しているんじゃないかとも思った。それを書き出してみる。


 黒田氏の歴世の性格に共通したものは、中世的な武家の性格よりも、西欧の近代的な市民的生活を思わせるものがあるということである。人に仕えるよりも自立しようという気構えがつよく、暮らしの面でもとびきり気のきく家政婦のような才覚があり、また江戸期の町人のような用心ぶかさがある。さらには、中世末期の商人のような冒険性に富むという共通性があった。


 官兵衛は、自分自身に対してつめたい男だった。これが官兵衛の生涯にふしぎな魅力をもたせる色調になっているが、ときにかれの欠点にもなった。かれほど自分自身が見えた男はなく、反面、見えるだけに自分の寸法を知ってしまうところがあった。


 かれはただ自分の中でうずいている才能をなんとかこの世で表現してみたいだけが欲望といえば欲望であり、そのいわば表現欲が、奇妙なことに自己の利を拡大してみようという我欲とは無縁のまま存在しているのである。そういう意味からいえば、かれは一種の奇人であった。


 家老が勝手に膨張する例はいくつもあるが、そのときはかならず主家を凌ぎ、やがて主君を毒殺したり戦場で攻め殺したりして、主家を乗っ取ってしまう。
 黒田家の父子は、このあたり、哀れなほど乱世の風をとらない。官兵衛にせよ、その父にせよ、主人の小寺籐兵衛をはるかに凌ぐ器量をもち、しかも若い当主の官兵衛にいたっては無類の策謀の才を蔵しつつ、そういうことを思惑にも考えたことがないというのは、めずらしい例といっていい。


 上巻は黒田家の出自から始まり、秀吉が毛利攻めのため播磨に来て、官兵衛が自分の城である姫路城を秀吉に与えてしまうところで終わる。

d0331556_5342446.jpg 中巻の主な話は、官兵衛が荒木村重に捕らわれ、牢に閉じ込められてしまうところがメインである。その前にこの巻で司馬さんの信長と秀吉の人間的風景が描かれているので、それを書き出してみる。


 信長は力の信奉者で、あくまでも旧勢力を焼きほろぼすという情熱に駆られており、旧勢力の頭を撫でてこれを慕わせようというような政略的徳化主義というものを毛ほど持ちあわせていない。

 要するに信長には天下を斬り従える才はあっても、天下を保つ徳望がないというところがあるであろう。


 羽柴秀吉は、巨大な感受性のもちぬしであった。譬えれば、よく澄んだ池の面のようなものであるかもしれない。感受性が知能の代用するには、私心の曇があってはならず、つねに高い透明度を保っていなければならない。
 「それではあの男が可哀そうだ」
 と、秀吉はよく言う。その可哀そうだという感情が、その男への配慮になり、人や物を動かして手をつくすようになる。やがてその人物は秀吉の計算の中に入って、かれのためにはたらくようになる。


 さて、信長に取り立てられ、重臣となった荒木村重は信長を裏切った。信長のやり方について行けなくなったところであろう。その結果、御着の城主小寺籐兵衛も織田を裏切った。もともと籐兵衛は優柔不断なところがあり、官兵衛に押し切られた形で織田についたが、地理的条件で毛利の側に付くことがいつまでも頭から離れなかった。そこに村重が織田を裏切ったということで、籐兵衛も寝返ったのである。
 官兵衛の立場がこれで危うくなる。官兵衛は籐兵衛を説得に行くが、村重を説得できたら、また織田に付くと言う。だから村重を説得してこいというのであった。しかし籐兵衛は官兵衛が疎ましくなっている。籐兵衛は荒木村重に「あなたのほうへ官兵衛をやった。有無をいわさず殺してもらいたい」という口上を持った急使を走らせた。


 御着城を出た官兵衛は姫路に寄らず、父の宗円には手紙だけを送り、そのまま摂津の伊丹をめざした。
 -官兵衛を殺してくれ。
 と、主人の藤兵衛が荒木村重へ言い送っているなど、のちに秀吉が天下第一等の智者と半ば嫉妬まじりにいったほどの官兵衛でさえ、思慮のなかにまったく浮かんでいなかった。官兵衛ほどに人間の善悪や心理の機微の洞察に長じた者でさえ、人間というものがそれほどの悪をするものであるとは、思ってもいなかった。
 官兵衛は少年のころから藤兵衛に仕え、骨を砕いて尽くしてきた。日常、主家のために良かれとのみ思い、強引に説いて織田家に属したのも毛利についていれば亡びを待つのみだと思ったからである。人の主たる者が、人間の情としてそういう家来を殺すことがありうるだろうか。官兵衛はふとそういうことを思いつつも、まさかと打ち消した。

 官兵衛はこのあたり、小寺藤兵衛という男を見誤っていたであろう。
 藤兵衛は、本来、聡明な男ではない。しかし若いころは取柄があった。家運の衰弱をふせぐためには士を愛さなければならぬということを、かれなりの努力でそう思い、そのために黒田家を招いたりもした。しかしすでに老い、そういう精神の張りをうしなっている。
 老いるにつれて藤兵衛の中につよくなったのは、自己愛である。いまの藤兵衛の精神像は、もはや一個の自己愛のかたまりであるにすぎない。藤兵衛のすべての思案はその中で湧き、人間が無数の他者との関係で生きている動物であることを忘れてしまっていた。
 -官兵衛を村重に殺させよう。
 とまるで人に草を刈らせるように手軽に思ったのも、そうであった。藤兵衛は播州の名門の家にうまれ、その地位のまま老いた。心もひからび、自分の行為に畏れを持たぬということでえたいの知れぬ人間になっているということを、気づきもしない。
 官兵衛も、藤兵衛がそこまでに化っているとは、気づかなかったのである。


 これを読んだ時、身につまされる思いであった。まったく自分と同じだな、と思ったのである。人は平気で人を裏切られるのである。保身のためだけにそれがいとも簡単にできる。多分歳をとればとるほど、「自己愛」が強くなっていくのだろう。それは仕方がないこととはいえ、そうなった時、晩節を汚す。人生の最終結果をみっともないものにしてしまう。そうならないように、どこまで出来るか、そのことで苦しまされて来たのだから、余計に考えてしまうところである。

 信長は村重を許せなかった。そのため大がかりな村重討伐へ向かう。


 信長が荒木村重を激しく憎んだのは、謀反についてはもとよりのことだが、村重への憎悪を狂おしくしてしまったのは、村重のきたなさであった。村重は一命をたすかりたさに、家来や妻子を置き捨ててしまった。さらに村重だけでなく、村重臣である荒木久左衛門以下も、同様のことをした。
 「前代未聞」
 という言葉が、信長の側近衆のあいだにもささやかれた。
 信長にすれば、この倫理的事態になまぬるく対応しては世の中がどうなるかわからないという支配者らしい感覚も、激しい憎悪とともに当然持ったであろう。かれは村重とその党類のきたなさに対し、類例のない報復手段をもって世間の見せしめしようとした。


 信長は有岡城開城後、荒木村重関係者のことごとく殺してしまう。このとき官兵衛は土牢から約1年ぶりに助け出される。しかし長い牢屋生活で力が弱り、髭は伸び放題、痩せ細り、皮膚病も患い、髪が抜けて禿頭になり、膝の関節が曲がってしまう。これは生涯回復することはなかった。
 村重の有岡城が落ちた後、秀吉は織田に刃向かう別所氏がいる三木城を攻める。普通合戦といえば、敵味方刀や槍、あるいは鉄砲で相手に向かっていくのを想像するが、秀吉の場合、城の周りに大がかりな土木工事をして、敵が城から出てこられなくしてしまう。城に立てこもった敵は、そのうち食料も尽きていく。いわゆる干し殺しである。結局城は落ちる。配下の兵たちを救うことを条件に城主の別所氏らの腹を切らせる。

d0331556_5351327.jpg 下巻は秀吉の毛利責めである。しかし秀吉が毛利責めをしている最中、明智光秀が信長を襲う、本能寺の変が起こり、秀吉は「大返し」して明智討伐に向かう。
 毛利責めは備中高松城がまず手始めである。城主清水宗治である。ここでも秀吉は直接戦いをしない。高松城が川の窪地にあるため、川の流れを変えて、高松城に川の水を流し込み、水責めにするのである。そのため大がかりな土木工事をここでも行う。


 (えらいことをする)
 官兵衛は、蛙ヶ鼻からそれを見つつ、戦争というものを土木か建築のようにおもっている秀吉の感覚に驚歎する思いがした。


 この高松城をめぐっては政治的駆け引きがあり、「政治の凄み」がここで展開される。
 毛利も高松城付近まで来てはいる。しかし秀吉の軍勢の数にはかなわない。そこに武田勝頼を討った信長の軍勢がこちらに向かっている。
 毛利は和睦を打ち出す。それに当たり怪僧安国寺恵瓊が、備中、備後、因幡、伯耆、美作の5カ国を秀吉に差し上げようという。秀吉は官兵衛に相談する。


 「おうけなされませ」


 しかし秀吉にはこれだけ大きな相手と講和を独断でやる権限は、信長から与えられていない。しかも信長は毛利を滅ぼしたいのだ。ただ秀吉は違っていた。


 信長には中世をこわして近世をもたらすという革命的気分が旺溢していたが、秀吉はそれよりも天下統一を拙速であっても仕遂げるということにあった。


 秀吉は信長を説得してみようと考える。ただし、それには、秀吉に立つ瀬を作ってもらわなければならなかった。


 秀吉は、信長に命ぜられて合戦にきた。しかし実際にやったことといえば、高松城のまわりに大堰堤をきずいて七つ川の流れをこれに入れ、湖水を作っただけである。合戦はおろか小部隊の遭遇戦もやっておらず、要するに合戦らしいことは何もしていない。これでは勝ったのか引き分けたのか。すこしもわからず、前線の総司令官である秀吉としては、信長に報告することもできないのである。
 「敵に、負けたというしるしを示さねば、毛利が救えたとしても、わしの立場はあるまい」


 恵瓊は水に浮かぶ高松城へ向かいたいと官兵衛たちに言う。


 「あの城まで、行かせてもらえまいか」
 「ご用は?」
 「お察しあれ」


 恵瓊が播州三木城のように終戦処理をしようとしている。
 恵瓊は毛利側の人間である。その恵瓊が毛利のために戦っている高松城城主清水宗治に切腹をするように言いに行くのである。そうすれば毛利が救われる。これを「政治の凄み」と言わずとして何を言うかである。
 結局秀吉と恵瓊の描くとおりになる。そして毛利と講和しようとする矢先、本能寺の変が起こるのである。
 信長が光秀に殺されたことを聞いた秀吉は慌てて講和を進め、そのまま光秀討伐に向かう。光秀を討った者が次の天下を狙えるため、一刻も早く秀吉は引き返したかったのである。これが「「大返し」である。

 この小説はこの先雑になる。この後はほとんど官兵衛の晩年となってしまうのだ。そこが残念であった。後はドラマで話を楽しもうと思う。


司馬 遼太郎著 『播磨灘物語』 〈上〉 講談社(1982/09発売)

司馬 遼太郎著 『播磨灘物語』 〈中〉 講談社(1982/09発売)

司馬 遼太郎著 『播磨灘物語』 〈下〉 講談社(1982/09発売)
by office_kmoto | 2014-07-21 05:37 | 本を思う | Comments(0)

東野 圭吾 著 『虚ろな十字架』

d0331556_592951.jpg 中原と小夜子の子、愛美が殺された。犯人の蛭川は強盗殺人の罪で無期懲役を判決を受け、仮出所中に再び強盗殺人を犯した。中原と小夜子は蛭川に死刑を望み、裁判を戦った。そして死刑を勝ち取った。蛭川は死刑判決後控訴しなかったので、死刑が確定した。しかし犯人が死刑となってもその喪失感は何も変わらず、かえって目的をなくしたため、二人はその後どうしていいのかわからなくなっていった。


 死刑が確定し、裁判が終結すれば、自分たちの気持ちにも何か変化があるのではないかと期待していた。吹っ切るとか、整理がつく、といった言葉で表される変化だ。もっと大げさにいえば、生まれ変われるのではないかと夢想していた。
 しかし実際には、何も変わらなかった。それどころか喪失感が増したように感じられた。死刑判決という目的のためだけに生きてきたが、それを果たした後は、何を見つめればいいのかまるでわからなかった。


 娘を失った中原と小夜子は、やり直すことが出来ず、別れた。二人は別々の人生を歩むことにした。

 その小夜子が殺された。

 中原は再び犯罪被害者家族になるところであったが、それと似た状況ではあった。なぜなら小夜子と別れたのは合意の上のことであり、別にいがみ合って別れたわけではない。なぜ小夜子が殺されなければならなかったのか、そのわけを中原は探り始める。
 小夜子の葬儀にかつての同級生だった雑誌編集者、日山千鶴子が焼香に来て、小夜子が彼女からライターの仕事をもらっていたことを知る。日山には連れがいた。井口という女性であった。
 中原は小夜子がどういう仕事していたのか日山から聞き、小夜子が、最近は万引依存症のことについて調べていることを知った。その記事を読ませてもらい、葬儀に来ていて井口という女性も万引依存症ではないかと察する。
 さらに小夜子には何とか出版したい原稿があり、それを中原は読ませてもらう。原稿のタイトルは『死刑廃止論という名の暴力』というものであった。


 『仮に死刑判決が出たとしても、それは遺族にとって勝ちでも何でもない。何も得ていない。ただ必要な手順、当然手続きが終わったに過ぎない。死刑が執行されても同じことだ。愛する者を奪われた事実は変わらず、心の傷が癒やされることはない。だったら死刑でなくても構わないではないかという人もいるだろうが、それは違う。もし犯人が生きていれば「なぜ生きているのか、生きる権利が与えられているのか」という疑問が、遺族たちの心をさらに蝕むのだ。死刑を廃止にして終身刑を導入せよとの意見もあるが、遺族たちの感情を全く理解していない。終身刑では犯人は生きている。この世界のどこかにいて、毎日御飯を食べ、誰かと話し、もしかしたら趣味の一つぐらい持っているかもしれない。そのように想像することが、遺族にとって死ぬほど苦しいのだ。だがしつこいようだが、死刑判決によって遺族が救いを得られるわけでは決してない。遺族にとって犯人が死ぬのは当たり前のことなのだ。よく、「死んで償う」という言葉が使われるが、遺族にしてみれば犯人の死など「償い」でも何でもない。それは悲しみを乗り越えていくための単なる通過点だ。しかも、そこを通り過ぎたからといって、その先の、道筋が見えてくるわけではない。自分たちが何を乗り越え、どこへ向かえば幸せになれるのか、全くわからないままだ。ところがその数少ない通過点さえ奪われたら、遺族は一体どうすればいいのか。死刑廃止とは、そういうことなのである。』


 『もし最初の事件で蛭川が死刑になっていれば、私たちの娘が殺されることはなかった。娘に手をかけたのは蛭川だが、彼を生かし、再び社会に戻したのは国だ。つまり国によって娘が殺されたという言い方も可能なのである。人を殺した人間は、計画的であろうとなかろうと、衝動的なものだろうが何だろうが、また人を殺すおそれがある。それなのにこの国では、有期刑が下されることも少なくない。一体どこの誰に、「この殺人犯は刑務所に○○年入れておけば真人間になる」などと断言できるだろう。殺人者をそんな虚ろな十字架に縛り付けることに、どんな意味があるというのか。
 懲役の効果が薄いことは再犯率の高さからも明らかだ。更生したかどうかを完璧に判断する方法などないのだから、更生しないことを前提に刑罰を考えるべきだ。』


 『人を殺せば死刑-そのようにさだめる最大のメリットは、その犯人にはもう誰も殺されないということだ。』


 中原は小夜子が死刑があるのがいいのか、悪いのか、「わからない」としながらも、死刑を求めるのは被害者遺族として当然であり、死刑は「通過点」でしかありえない。しかし死刑判決を受けた者には、その刑が最も重い刑であるということさえ無意味にしてしまう。
 それは中原が小夜子も会ったという蛭川の弁護士、平井という人物に会って聞いた話である。
 公判が何度も行われ、法廷内で死刑とか極刑といった言葉が頻繁に飛び交うのを聞いているうちに、蛭川の心の中に諦めの気持が芽生えていった。そして控訴審判決が出る前、蛭川は「先生、死刑も悪くないなって」と言い出したという。
 平井は蛭川にそれはどういう意味かを尋ねるた。自分がしたことは死刑に値すると思うのかと聞けば、「そんなことはわからない。裁判官が勝手に決めればいい。死刑も悪くないと思うのは、どうせ人間はいつか死ぬのだから、その日を誰かが決めてくれるというのなら、それはそれでいいという気になってきた、という意味だ」と答えたという。


 「蛭川は死刑のことを刑罰だと捉えなくなっていたのです。自分に与えられた運命だと思っていたのです。公判を通じて彼が見ていたのは、自分の運命の行方だけでした。だから他人のことはどうでもよかった。彼が上告を取り下げたのは、ようやく運命が決まったのだから、もうやり直しは面倒だということだったのです」

 「そして蛭川も真の意味での反省には、とうとう到達できないままだった。死刑判決は彼を変わらなくさせてしまったんです」

 「死刑は無力です」

 中原は、蛭川が「死刑を刑罰とは捉えず、与えられた運命だと諦め、反省することもなく、遺族への謝罪の意思もなく、ただ執行される日が来るのを待っていた」ことに驚き、虚しく、やるせなかった。おそらく小夜子もそうであったのだろう。
 それでも日本の刑罰が犯罪者を「虚ろな十字架」に縛り付けるものであっても、それだけは背負ってもらわないとならない、というのが小夜子の大前提となった。
 そんな小夜子が万引依存症の女性と深く関わり、彼女たちが昔起こしたことを聞いた。どういう理由であれ、殺人は許してはいけない。小夜子はもう一人相手を追うことになる。そしてそのために殺されてしまう。


東野 圭吾 著 『虚ろな十字架』 光文社(2014/05発売)
by office_kmoto | 2014-07-17 05:15 | 本を思う | Comments(0)

平成26年7月日録(上旬) その2

7月某日 雨


 台風が沖縄から九州に向かって、このままだと日本列島を縦断しそうな感じだ。気分は昨日より良い。
d0331556_5581420.jpg 常盤新平さんの『威張ってはいかんよ』を読み終える。これで常磐三昧はおしまいだ。いささか食傷気味だ。
 この本を読んでいたら、やたら昔のことをあれこれ思いだした。常盤さんが昔のこと、友人ことなど思いだしているのを読んで、自分もいろいろなことを思いだしていた。
 それにしても、歳をとるということがしみじみ書かれていて、何となく「そうかもしれない」と思ってしまう。


 二人とも足がおそくなっている。若い人たちがどんどん追いこしてゆく。この近くの居酒屋あたりで飲んで、これから帰るのだろう。かつては彼や僕が追いこしていったが、いまは反対になってしまった。だが、彼は追いこされたのも気がつかないようで、夜空を見上げて言う。
 「今夜は楽しかったよ。今回は二度も会ったんだからな。蕎麦がうまかった」
 「また会いたいね、二、三年先に」と僕は言ったけれど、会えるという自信はなかった。今夜が最後の別れになるかもしれないが、それもいたしかたない。


 何ごとも諦めなければならない年齢に来てしまった。


 「また来てくれよ。僕も来年は七十だから、日本へ帰るよ。そのときまた会おう」と沖村はワゴン車のなかで言った。ホテルまで送ってもらい、車からおりて私たちは握手した。
 「楽しかったよ」と沖村は笑った。私も笑って、また来るよと言った。妻は涙ぐんでいた。約束しても、その約束を果たせるかどうかわからない年齢まで私たちは来てしまった。


 まだ私は常盤さんまでの年齢に達していないから、ここまで先のことを心配する必要はないのだろうけど、いずれ、あと十年も過ぎれば、似たような状況になる。
 十年そこそこだ。その時どう感じているだろう。常盤さんと同じように先の確約が出来ないことに不安になっているだろうか?ちょっと考えさせられた。だからか、昔のことをいろいろ思いだしたのかもしれない。

 ところでこの本の最後に「忘れがたい人たち」というのがあって、常盤さんにとって3人の忘れがたい人物について書かれている。
 普通こういう場合、恩師や友人を親しみを込めて回想するのものだろうが、1人は違っていた。その人が植草甚一さんである。常盤さんはここで植草甚一さんを批判しているのである。
 植草甚一さんはいろいろなことに興味を持って、趣味人みたいな、そんなところの“教祖”みたいになっている人だが、常盤さんは中身のない薄っぺらな人のようにいうのである。それがちょっと驚いてしまった。
 常盤さんは翻訳者である。常盤さんは作家やその作品に深く踏み込んで行かなければ翻訳などできないと考えている人である。そんな人には、どうしても植草さんのような上っ面だけをさーっと撫でた感じの文章を書く人は認めがたかったんだろうと思う。
 私も植草甚一さんの本は一冊も読んだことがない。読みたいと思わなかった。どこか自分はこんなことを知っていて、それを楽しんでいるよ、という自慢げがぷんぷん感じられて、それが嫌だなと思っていた。もちろん趣味の話なんだから、それで良いという考えもあるかもしれないが、結局それだけのことであろう。たぶん植草さんの本はこれから先も読まないような気がする。


7月某日 台風のため大荒れの天気

 私は昔から“ついでに”ということをよくする。例えば一つの用事があって、出かけることがあれば、ちょうど出かけたのだから、まったく別の用件でも、ついでにこれも片付けちゃおう、と考えてしまうのだ。つまりいくつかの予定を詰め込んでしまう。一つの用件だけでその日を終わらせることが少ない。効率的といえば効率的と言えようが、単に貧乏性なのである。
 今日もそうであった。まず昔の同僚とお茶の水で飲む約束をしていた。飲むという以上夕方からである。それまで時間がある。そこでハローワークの就活セミナーに出席することにする。場所は飯田橋の東京しごとセンターである。そこで話を1時間ほど聞いてから、遅めの昼食を近くにある喫茶店で食べる。のんびりと食事をしながら本を読んで、4時頃お茶の水に着く。お茶の水といえば「本」である。欲しい本がいくつかあるので、それを買いに出る。
 三省堂のポイントがたまっていた。これを使いたかった。もう昔みたいに三省堂に頻繁に来ることもないだろうし、そうこうしているうちにポイントの期限が過ぎてしまい消滅してしまう。ちょうど欲しい本があるので、それで使い切っちゃおうと考えたのだ。そうすれば本を少し安く買える。その前に三和図書に半年ぶりにも寄ってみた。
 さらに古本を探しに、天気の悪い中歩き回る。結局今日は本を9冊購入した。ちょっと大人買いをしてしまった。
 そうこうしているうちに昔の同僚からメールが届く。ちょっと早く会えるという。慌てて古本屋街からお茶の水駅前へ戻る。
 10時過ぎまで飲んで話した。彼も思い入れが深かった分、なくなってしまったお店のこと、会社を辞めさせられたことをずっと引きずっていたという。だから私と会うと昔のことを思いだしてしまうので、なかなか連絡が取れなかったという。最近になってやっと気持ちの整理がついたので、連絡したという。
 そうじゃないかと思っていた。だから私は自分から連絡を取らなかった。待つことにしたのである。そしてこうしてまた会えるようになったことを、二人で喜んだ。また会えることを楽しみしていると最後に言ってくれ、今度は私から連絡しますと言って別れた。
 そうそう、彼に渡そうと思っていて忘れていたアンカーボルトの破片を彼に渡した。今さら迷惑かな、とは思ったのだが、それならそれで捨ててくれればいいと思って、彼に手渡す。
 彼はあの店は今の自分の原点だったから、このアンカーボルトを宝にしたい、と別れた後届いたメールに書いてあった。

 山口正介さんの『正太郎の粋 瞳の洒脱』を読み始める。


7月某日 台風一過

 久しぶりに長いことを話したことと、お酒も久しぶりだったので、少々お疲れ気味。台風が過ぎ去ったあと、日がかーっと照ってもいるので、今日も散歩は取りやめる。これで3日散歩には出ていないが、昨日出かけているので、良しとする。
 昨日買ってきた本をあれこれ眺める。ちょっと買いすぎたかな、という気もしないではないが、まあ、たまにだから良しとする。

 昨日三和図書を訪ねたとき、昔本屋で働いていたころの同僚が遊び来ていたらしく、私と連絡を取りたいと言っていたと聞いた。それで携帯の番号を聞いたのでかけてみる。
 本当に久しぶりだと何を話していいのかわからないのだけれど、とりあえず近況を聞いたり、話したりする。彼にもいろいろなことがあったようだ。だから下手なことも言えずに終わってしまう。近いうちに会いましょう、と言ってくれたので、私も「是非」と答える。
 会社が左前にならなければ、昨日会った同僚も、今日電話した同僚も、そして私も同じ会社の仲間でいられたのに、と思ってしまう。そしてそうであったら、昨日の彼にも深い傷を残さなかっただろうし、今日の彼もその後波瀾万丈(勝手に私が思っていることではあるが)な人生を過ごさなくて済んだかもしれない。私だって同じだ。そして自分たちだけでなくその家族も苦しまなくて済んだはずだ。
 また経営能力のない経営者のことを罵っても仕方がないのだが、あの人間は会社で働いていた人間だけでなく、その家族のことも責任を持つのだ、という自覚がなかった。経営者は今日の彼の仲人だった。

 気がつくと百日紅の花が咲いている。


7月某日 はれ

 携帯がやかましくなった。緊急地震速報であった。それで起こされる。こうして注意を呼びかけてくれるのは有り難いが、朝早くだと、やれやれと、何ごともなかったので思ってしまう。昔働いていた頃の同僚が、やはり朝早く緊急地震速報がなって起こされたことを「やってくれた!」なんて、ぼやいていたが、今日も同じように思っているだろうか?
 緊急地震速報といえば、朝の通勤の電車の中でなったことがある。乗っている乗客の携帯が一斉になったのである。車内はざわめき、電車が確認のため止まった。あれは異常な光景だったなあ。しかし満員電車の中で緊急地震速報がなっても、どうしようもない。

 ベネッセの顧客情報が流出し、その顧客名簿をジャストシステムが買って、ジャストシステムがやっているスマイルゼミのダイレクトメールに使ったという。
 ジャストシステムが小学生や中学生のための通信教育講座をやっていることは知っていたが、長いこと一太郎ユーザーをやっている者としては、あまりいい気持ちがしない。直接ソフトとは関係ないにしても、出所のわからない情報を使って商売をしている会社のワープロソフトを使っていると思うとあんまりいい感じはしない。「やめてほしいなあ」という感じだ。

 山口正介さんの『正太郎の粋 瞳の洒脱』を読み終える。続いて川上弘美さんの『あるようなないような』を読み始める。


7月某日 くもり

 朝顔が花をつけない。やたら葉っぱばかり大きくなっている。おかしいなと思い、図書館で例の『大人が楽しむアサガオBook』を見てみる。そうすると、肥料のやり過ぎと書いてある。

 ん?!

 肥料をやれば、元気になるだろうと思って、調子づいてがんがんあげていた。確かに葉っぱは元気になったのだが、肝心の花が咲かないことになってしまった。要するに食い過ぎて、お腹がいっぱいになっちゃって、朝顔としては花どころじゃない、ということになっているわけだ。
 本ではしばらく様子をみなさい、と書いてあったので、そうすることにする。たかが朝顔でてんてこ舞いするのもおかしいが、花を育てるというのは難しい。結局何も知らない素人がやっているからこういうことになる。
 せっかくここまで育てたのに一つも花が咲かない可能性もあるかも。こんだけ元気な葉っぱに育ってさぞかし大きな花を咲かせるだろうと期待していたのに、まさか葉っぱだらけの朝顔を育てることになるとは。それもご丁寧に6鉢もだ。とほほ・・・・。


7月某日 はれ

 ワールドカップ決勝戦、ドイツ対アルゼンチンは1-0でドイツの優勝となった。

d0331556_5562777.jpg 川上弘美さんの『あるようなないような』を読み終える。
 この本は今までの川上さんのエッセイとはちょっと違う感じであった。書かれた文章はちょうど川上さんが芥川賞を受賞した頃のもののようで、後の川上さんのエッセイにあるような、やわらかく、のほほんと出来る文章にはなっていない。どちらかと言えば“観念的”な文章で、いささか“硬い”。
 芥川賞を受賞して、今までと違う生活を強いられた頃の文章に次のようにある。


 常と違う生活をしていた期間には、多くの人に会った。おおかたの時間はぼんやりしていて、ときどき人に会うことは、今までもやってきた。そうやって人に会うと、たまのことで、たいそううれしくありがたい心もちになる。相手の言葉が砂地にしみ込むようにからだにしみ込んでくる。ところが今年は一時に多くの人に会ったので、しみ込む感じがなくなってしまったいっぺんに多くしみ込んでくるので、すぐ飽和してぼたぼた流れていってしまう。容量が少ないようなのだ。そうなると、からだがやたらぼんやりを求めることになる。頭や気持ちは人に会うことをよろこびおもしろく思っているのに、からだは眠りに入ろうとするような感じになる。脆弱なつくりのからだである。情けない。
 ただ、そのように眠ろう眠ろうとしているようなときでも、ときどきその眠りを起こしてくれるような人もいて、どんなに過飽和になっているときでも、その人の言葉やしぐさはどんどんしみ込んでくる。初対面でありことさら特徴のある言葉しぐさをするように思えないのに、素早くしみ込む。それは私との相性なのか、それともその人の才能なのか、才能、対人関係というものに関する才能、とにかくそのように「しみ込みやすい」人がこの世の中に僅かではあるが存在するという不思議な感じのことを知ったのが、たぶん今年の大きな収穫だったろう。


 と最近の川上さんのエッセイと比べてみても、観念的で硬い。ここにある「ぼんやり」することで、川上さんらしくなっていると思われるが、それを許さない時だったのだろう。
 でも人によってその人の言葉やしぐさが「しみ込みやすい」というのは確かにある。特に今までと違う日常を送っていると、それが非日常であるだけ、ものすごく自分の心にしみ込んでくると、ハッとすることがある。私はそれを先週感じたものだった。

 続いて佐々涼子さんの『紙つなげ!彼らが本の紙を造っている』を読み始める。


7月某日 はれ

 とにかくここのところ蒸し暑くてかなわない。蒸し暑くなければ、結構耐えられるのだが、身体にまとわりつくべとべと感が嫌だ。
 今日は胃カメラの予約に行く。先日の区民検診で引っかかってしまたので、詳しく検査することにしたのだ。検診で撮った胃のレントゲン写真を見せてもらうと、丸いものがある。ポリープだという。
 今まで通っていた病院には行かなくなってしまったので、そこで検査してもらうことも出来なくなってしまった。なので近所で楽に胃カメラが飲める病院に行った。予約待ちで2カ月後の9月となる。

 川西政明さんの『吉村昭』を読み始める。吉村昭さんの評伝だ。

 今回日録が2回に分かれてしまった。まとめてアップしたら“文字が多すぎます”と出てくる。最初は仕方なしに削っていたが、せっかく書いていたものを削るのもばかばかしいので、2回に分けた。
by office_kmoto | 2014-07-16 06:31 | 日々を思う | Comments(0)

平成26年7月日録(上旬) その1

7月某日 くもり時々はれ

 歯医者に行ってきた。とりあえず今日でおしまいだ。お世話になったこの歯医者さんから離れるのは不安であるが、かかりつけにするには余りにも遠すぎる。今後地元の歯医者さんを探すことにする。

 Honya Clubからお詫びのメールが届く。私が注文した本は「品切れ」のため手配できなかったのではなく、版元には在庫があるそうだ。ただHonya Clubが決めた調達期間を過ぎたので、「品切れ」にしたということがわかった。
 この場合「品切れ」とは言わないだろう。調達期間が過ぎたことでそれをひっくるめて「品切れ」としてしまうのはおかしいではないか。
 細かいことだけど、本当に品切れで在庫がないとなれば、次の重版がかかるまでは手に入らないことを意味する。(あるいは返品待ちまで)つまり入手することが難しいことになるのである。普通こうなると入手を諦めることになるだろう。ここが問題なのだ。 ここはきちんと区分けしないといけないのではないか、と書き加えて、在庫があることがわかったので再注文をお願いした。きっとうるさい客だ、と思われただろう。でも何でもかんでも「品切れ」とするのは、本が欲しくて注文した者としては認めがたかったのである。

d0331556_5443491.jpg 川上弘美さんの『なんとなくな日々』を読み終える。今の私にとって川上さんと常盤新平さんのエッセイは、一服の清涼剤みたいなものになっている。
 川上さんはものを言わないモノたちを擬人化して、それらと女性らしい会話する。それを読んで笑ったり、呆れたりするが、それ以上にやさしい気分にさせてくれる。ほんわかしてくる。生活って小難しいものではなく、あるがままにそこにあるものなのだ、と教えてくれる。

  「まざる」ことばかりがいいこととは思わないが、世の中うまくまざっているようで、案外まざっていないのだな、という言葉はいい。


 情報というものは言葉と一緒で、使う本人のやり方次第で役に立ち毒にもなるのだろうから、どんな情報だって、それが特定の個人をはなはだしく傷つける場合以外は、どんどん流れるべきものには違いない。ただし、この情報過多の時代にどうにも息苦しさを感じてしまうのも、事実なのだ。


 確かにそうだ。一つの事実に対してその解釈が百家争鳴で、何を信じればいいのかわからない時代になっている。そのため言い争いが絶えなくなっている。そんな中一番大声を出した者が勝ちみたいな馬鹿なことになっているから、息苦しく感じられるのではないか、と思う。
 次も川上さんのエッセイ、『ゆっくりさようならをとなえる』を読む始める。

 仕事をしていたとき一緒に苦労した同僚から半年ぶりにメールがある。飲みに行きませんかというお誘いである。私も彼のことは気になっていたので、是非是非会いたいです、と返事を出す。会うのは1年ぶりだ。久しぶりに彼の顔を見られると思うと、今から楽しみだ。

 今日はなんか疲れた。本も読む気も、テレビを見る気にもなれず、そのままベットに横になる。


7月某日 はれ

 梅雨の晴れ間といった感じで、今日は一日いい天気のであった。これは布団を干さなければ、と散歩に抱ける前に外へ干す。日が長いので夕方5時頃まで干しておいた。

 川上さんのエッセイにあった、世の中うまくまざっているようで、案外まざっていない、という言葉が昨日の私にぴったりだったことを書き忘れた。
 歯医者が終わって、神保町へ出た。ちょうど昼時と重なってしまい、通りには学生と会社員が一斉に歩き出した感じがして、めまいがしそうであった。どこの店も外で人が並んでいる。あるいはつるんで歩いてくる。そんな塊がやたら目に入り、ちょっとこの中にはいられないな、と思い始める。どうもこの人ごみのなかにまざれない、と感じてしまった。本当は古本屋街を歩くつもりでいたのだが、本を探す気力が失せてしまった。

 今日はダメだな。

 と思って、早々に家に帰ったのである。
 川上弘美さんの『ゆっくりさようならをとなえる』を読み終える。

 常盤新平さんの『天命を待ちながら』を読み始める。


7月某日 くもり

 中央図書館へてくてくと歩いて行く。川上弘美さんと常盤新平さんのまだ読んでいないエッセイを探して借りてくる。
 散歩から帰ってきたら、BookGoods.jpから本のカバーが届いている。今回購入したのは本屋さんで使っている、単行本用の紙のカバーだ。届いたものを開封してみて、紙質を確かめ、

「そうそうこれこれ。これが欲しかったんだよ!」

 と思わずニンマリする。
 文庫本は専用カバーをいくつも持っている。しかも素晴らしいものも頂いている。だけど単行本のカバーは、書店で付けてもらったカバーを代用して使ってきた。そのカバーの手持ちが心許なくなってきたのである。それで本屋さんで使っている紙のカバーをどうしたら手に入れられるかネットで調べていたら、BookGoods.jpというサイトで紙のカバーを売っていることを知ったのである。50枚セットで717円なのだが送料が756円、振込手数料が540円と手間賃の方が圧倒的に高くなってしまって、訳のわからない状態になってしまった。

 まぁ、仕方がないか・・・・?

 私は本はカバーをかけて読みたいのである。出来れば紙のカバーが望ましい。私の頭の中には、本に書店のカバーはついているのが当たり前なのだ。(有隣堂のようにカバーにカバーをかけるというのとは違う。これ未だに意味がわからない)なぜそうなのかよくわからないけれど、あえて言えば、本屋で働いていたからかもしれない。でもそれも確かな理由にはならない。結局気分の問題であろう。
 でもいい。これで読む本に思う存分カバーをかけて本を読むことが出来るので、うれしい。


7月某日 雨のちくもり

 昨日図書館で『大人が楽しむアサガオBook』という本が面陳で置かれていた。わざわざ“大人”とこだわるのは、あさがお自体、子どもが育てるものだからだろうか?よく小学校の校庭に生徒たちが植えたあさがおが並んでいるのを見かける。
 でも朝顔市というのを各地で行われている。私はそのことさえ知らなかった。朝顔市といえば、入谷だけだと思って、昨年真夏の日ざしが照りつける午後に入谷に行った。そんな時間に朝顔を見ても、朝顔は暑さでぐったりなっているだけだったが、それでも二鉢買った。一つは家用、もう一つは孫のために買った。確か一鉢2,000円だったと思う。
 わが地元で、朝顔市が行われていて、今週も行われるみたいだ。“今週も”という以上、他にも行われていたことを知っている。昨日のテレビの天気予報で、巣鴨でも行われているといっていたから、きっといろいろなところで、夏の風物詩として、朝顔市は行われているのだろう。
 今我が家では入谷二世の朝顔が元気に育っている。鉢が六つになってしまったが、芽が出たときはあんなにひ弱だったものが、結構大きな葉を茂らせ、根元も太くなっている。ネットにある育て方を参考にしているのだが、さすが入谷のDNAを引き継いでいるだけに、きちんと育てれば、それらしくなってくる。まだ花は咲いていないが、蕾らしき小さなものがあるのが見て取れる。値段すれば一鉢1,200円くらいかな?
 でもこれからが楽しみだ。


常盤新平さんの『天命を待ちながら』を読み終える。続いて同じ常盤さんの『夕空晴れて』を続けて読みはじめる。しばらく常盤新平三昧だ。


7月某日 くもり時々雨


 都議会でセクハラヤジを飛ばした議員、兵庫の県議のわけのわからない号泣会見。議員の資質を疑う話である。テレビでは町の人はどう思うかと街頭インタビューが行われて、「あんな議員に投票したことが恥ずかしい」というのがあった。
 ヤジを飛ばした議員は謝れば済むみたいだが、そんな議員に投票してしまった有権者のやり場のない気持は「ごめんなさい」で済む問題じゃない。彼らを非難したくても、その議員を選んだのは自分たち有権者であるという事実が、我々に重くのしかかってくる。
 選挙のときに、それら議員のいい加減さがわかれば、投票などしないだろうけど、このときばかりは議員たちは猫を被って、自分が掲げる政策をもっともらしく訴えるだかで、その本質はわからないから仕方がない。次はないことにするしかない。

 みんな苦々しい気持でいるんだろうな。

 と人ごとみたいに思っていたら、我が地元選出の大西英男も国会でセクハラヤジを飛ばしてくれた。やれやれ、悠長に「仕方がない」なんて言えなくなってしまったのである。まったくこの野郎!と、怒りがふつふつ湧いてくる。
 地方議員、あるいは地方議員出身は品のないやつが多い。

 ひとつ気になることがある。セクハラヤジを飛ばしたのは自分だ、と名乗り出て謝罪すれば、潔いという風潮になっていないか?
 なぜならまだ名乗り出ていないやつがいるから、名乗り出たやつだけが、潔いみたいな話になってしまっている感じがする。そういう雰囲気が本人はもちろん、世論も持ってしまったら、問題の本質を取り違えてしまうと危惧してしまう。


7月某日 はれ


d0331556_5483525.jpg 常盤新平さんの『夕空晴れて』を読み終える。
 以前読んだ常盤さんのエッセイの中で「何か屈託があったのだろう。屈託というのはいくら年をとっても、つぎつぎと生まれてくるようだ 」というのを書き出した。この本は常盤さんの「屈託」が日々綴られている。妻との関係、娘との関係、外での人との関係において、屈託の日々なのである。まあ、だれでも気にかかることがあって、そのことで気持が晴れず、疲れてしまうことは、みんな同じなんだなあ、と思ってしまう。むしろそんな中で生きているんだな、と感じさせる。特に歳をとると余計に屈託の日々が増えて行くような気がする。それまで生きてきた分、蓄積しているものが多いのだ。
 結局諦めるしかないのだろう。だから「忘れることができるから、臆面もなく生きてゆけるのだ」とか「生きていて元気でであれば年齢をとり老人になるというこの平凡な事実にようやく馴染めるようになる」のである。

 今日は妻が出かけている。図書館に本を返しに行くついでに、「ひまわり」のサンドイッチを買って帰る。ここのサンドイッチはパンが柔らかくて美味しい。メンチとフルーツサンドを買う。

 午後から常盤さんの『ちょっと町へ』を読み始める。しばらく常盤さんのエッセイ三昧だ。


7月某日 雨


 失業認定日のため、午前中ハローワークへ行ってくる。

d0331556_5523123.jpg 常盤新平さんの『ちょっと町へ』を読み終える。常盤さんが街について書く場所は、東京の東側がメインになる。すなわち私が住んでいるところの近くである。だからバスからの風景がよくわかる。
 また私も好きでよく行く神保町などの記述は読んでいて楽しい。日本橋もなども常盤さん同様、丸善がなければ全く用のない街である。


 こうしてみると、日本橋といっても、私にとっては丸善なのである。丸善がなければ、たぶん日本橋で地下鉄をおりて歩くこともなかったろう。


 錦糸町の記述もある。


 電車の窓から錦糸町の町並みを見て、ずいぶん猥雑な土地だなあと思っていた。


 そう錦糸町は今は北口がきれいになって、どちらかと言えばこちらが駅の顔みたいになっているが、昭和40年頃は何もなかった。そして南口はいかがわしく、ざわざわしたところであった。
 ちょっと前にハローワーク墨田に講習会に出かけたのだが、ハローワークへ行く道は昔のピンサロなどがひしめくていたのである。その通りは歩くのが怖いくらいのところだったが、今はその面影がほとんどない。だから歩いていてびっくりしたくらいだ。
 渋谷はほとんど行かない。行きたいと思わないのだが、常盤さん言い分がよくわかる。


 それこそどこのウマのホネかわからぬ若者どものあいだを通り抜けていくのが業腹である。
 ジャンク・フードの店の前をとおらねばならないのも、いやなことだ。こういうところを歩くのだったら、下町や場末をぶらぶらしてみたい。Bukamuraというローマ字にもなじめない。よくも恥ずかしくないものだと思う。三、四度コンサートを聴きに行ってみたが、建物も雰囲気も好きになれなかった。


 私も一度、絵を見にBukamuraに行ったことがあるが、Bukamuraまで行く道玄坂だったっけ?あの道を人とぶつからないように歩くのも大変だった。その周りにある店も、私には一切関係のない店だったから、絵を見に行くという目的がなければ、絶対にこんなところには来ないだろう、思ったものだった。


 ところで“町”と“街”の使い分けって考えたことがありますか?私は雰囲気としてお店(商店ではない)が多くあるところを街として考えて使っていた。どうやらそれはあながち間違いではなかったようで、常盤さんのこの本で、武部良明という人の『漢字の用法』という辞書にその違いが明快に出ているので、それを紹介している。


「[街] 店などが道に沿って並んでいるところ。ストリート。│ 例│ 学生街 人通り
の多い街 街を歩く 街を吹く風 街の明かり 街の噂 街角 街の女 色街
[町] 人の住む家が集まっているところ。タウン。│ 例│ 町と村 織物の町 町の中 
町ぐるみ 町役場 下町 港町 屋敷町 町並み 町外れ」


 これよくわかる。今後気をつけて使いたい。
 常盤さんはよく地下鉄東西線を使われている。私も昔はよく東西線を使っていた。ふと東西線沿線の駅にまつわる思い出というのを書いたら面白そうだな、と思った。いろいろ書けそうだし、思い出すだけでも楽しそうだ。いつかやってみよう。

 続いて常盤さんの『威張ってはいかんよ』を読み始める。これで常盤さんのエッセイはいったん打ち切りだ。今夜は「ペテロの葬列」をテレビで見るつもり。
by office_kmoto | 2014-07-16 06:28 | 日々を思う | Comments(0)

いわさ ゆうこ 著 『どんぐり見聞録』

d0331556_4351732.jpg いわさゆうこさんの『どんぐり見聞録』を読み終える。この本を読んだ理由は孫がどんぐりが好きなことによる。昨年の秋、近所にある親水公園にどんぐりを拾いに行った。私はこの親水公園に何本もどんぐりの木が植わっていることを知っており、孫は落ちたどんぐりを楽しそうに拾っていた。昨年は2度ほどどんぐりを拾いに行ったと思う。


 ころっとしたどんぐりを大地から拾って手に握ると、木質の手ざわりに安心する。角らしい角もなく、小さな子どもの手のなかにすっぽりと収まる。放ればころがって、膠着の心持ちすらゆるむ。この一見愛らしいものが、生命の扉となって巨木にさえなるマジック。どんぐりひとつに、人はなにを見るのだろう。


 ところで私はどんぐりにたくさんの種類があることを知らなかった。どんぐりの木って一種類だとずっと思っていた。この本の巻末付録に著者によるどんぐりのイラストがあるのだが、これがすてきなので、参考のため使わせてもらった。このようにどんぐりには多くの種類があることを教えてくれる。そしてちょっと驚いた。


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 広辞苑で「どんぐり」を引くと、「カシやクヌギ・ナラなどの果実の俗称」とある。「カシやクヌギ・ナラというのは、いずれもブナ科の樹木。つまり、どんぐりはブナ科の木の実の総称ということになる。


 どんぐりの名前の由来を二つほど紹介してくれる。


 どんぐりは、漢字で「団栗」と表記される。「団」とは、まるいこと。「花より団子」の「団」である。まるくて栗のようだから、団栗というわけだ。私個人の気分では、どんぐりとは、感覚的にとがりすぎず、カクカクした稜をもたないもの、まるっこいものをいうので、団栗と書かれると「まるいクリね」と少し納得できる。


 あるいは、


 クリは甘くておいしいのに、どんぐりは渋を抜かないと食べられないので、どん(鈍)なクリで、どんぐり。「どん」は漢字渡来以前から「ダメな」という意味があるというから、役に立たないクリという不名誉な呼称になる。


 この本は日本全国のどんぐりのなる木を探しに行く。どんぐりだけでなく、森や林の観察もして、そこから落ちた実、葉っぱなども観察していて、読んでいて楽しい。


 常緑樹や巨木は古代から人間の願いや祈りの対象だった。おろかな人間の虫のいい長いにあきれながらも耳を傾け、慟哭のような祈りさえ吸い取ってくれた。雑木林を背景にした里山の文化が、自然と共生した日本列島の人々の心のふるさとなら、人の手でつくられた森の樹木だって、きっと神々の依代ろなり、私たちともに歩んでくれるにちがいない。


 以前宮部みゆきさんの『平成お徒歩日記』で、神戸連続児童殺傷事件などの凄惨な事件は新興住宅地や再開発地域で多く起こっていることを書いた。そこは便利で機能的で、美しくはあるけれど、遊びの部分がない。そこに鎮守の森や山の神を祀る神社でもあったら、そういう「魔」を解放して、吸収し、土地の歴史や土地の記憶が闇の部分を中和してくれ、感受性の高い子供たちは救われるのではないか、と宮部さんは書いていた。そこに拙い私の意見も加えたのだが、どうもうまく言えなかった。それをこの著者はうまく言い表してくれていて、これが私の言いたかったことなんだ、と思って書き加えた。

 どんぐりが木から落ちる時の音っていいだろうなと思う。森や雑木林などではほとんど音は聞こえないかもしれない。それとも落葉の上に落ちれば“カサカサ”とするかもしれない。街路樹代わりに植えられたどんぐりのなる木でもいい。


 秋口の舗道に、カーン、私を飛び越えるようにどんぐりが落ちた。クルクルクルクル、コマのようにスピード回転、おおっと見とれる間もなくピタッと止まった。見事な技を路上で披露するストリートダンサー。マテバシイは、排気ガスにめげず、都会暮らしを楽しんでいるようだ。


 この本ではどんぐりを食用として、クッキーや団子、あるいは煎ってコーヒーにして、その味を確かめる。どんぐりは縄文時代、あるいは飢饉のときの非常食として食べられていた。味はまあ予想できるし、どうもそのようであった。
 ヨーロッパ中世の時代、豚を森に放ち、どんぐりを食べさせていたという記述は懐かしい。確か木村尚三郎さんが書いた中世史の概説本だと思うが、木々が落とす実を豚に食べさせたり、薪などを提供してくれるので、中世の森は農民たちにとって重要なものだと書いてあったのを思いだした。
 今朝散歩に出かけて、どんぐりのなるアカガシの木を見てみたら、どんぐりの赤ちゃんがついていた。今年の秋も孫とどんぐりを拾いに行けそうである。



いわさ ゆうこ 著 『どんぐり見聞録』 山と渓谷社(2006/10発売)
by office_kmoto | 2014-07-12 04:46 | 本を思う | Comments(0)

本川 達雄 著 『「長生き」が地球を滅ぼす―現代人の時間とエネルギー』

d0331556_5201429.jpg この本は今まで読んできた本川さん本の内容とほぼ重複する。けれどそこから導き出される結果から、本川さんは自然社会と人間社会のギャップを比較対照し、その特殊性を強く訴えている。もちろん今まで読んできた本にも同様の文明論的発想はあったのだが、今回の本の方が強くでいるようだ。
 本川さんは「はじめに」において、「その基礎となっているのが生物の時間。これをもとに老いの時間や現代社会の時間を論じた、今までにない斬新な時間論である」と書いている。その際に本川さんは「スケーリング」という手法を使って、それによりヒトという動物が自然の中での位置と、現代人という特殊な生きものの位置とが、どう違っているのか、何が特殊なのかを指摘する。ちなみに「スケーリング」とは、動物のサイズが変わると何がどう変わるのかを調べる学問である。そこから導き出される主な計算式は以下の通り。

1.いろいろなサイズの哺乳類を使って生息密度(人口密度)と体重の関係を調べると、生息密度はほぼ体重に反比例して減る。

 これからヒトサイズの動物の生息密度を求めてみると、1.44/k㎡となるが、東京の人口密度は5500/k㎡となり平均値の四千倍の密度となる。逆を計算すれば、東京ほどの高密度で住んでいる哺乳類は、計算すると体重が6グラム、哺乳類として一番小さいトガリネズミのサイズとなる。

2.行動圏の広さは体重にほぼ比例する。

 これを計算するとヒトサイズの哺乳類の行動圏の広さは、12平方キロメートルとなる。ところがわれわれの行動圏(通勤など)はゾウ並の体重の生物と同じくらいの行動範囲を持つ。

3.動物の時間は体重の1/4乗に比例する。

 従ってゾウはネズミよりも時間が18倍ゆっくり流れていることになる。

4.体重あたりのエネルギー消費量(比代謝率、標準代謝率、基礎代謝率とも呼ぶ)は体重の1/4乗に反比例する。

 これから導き出される結果は、ゾウはネズミの5.6%しかエネルギーを使わないことになる。(その理由は先の本で説明している)

5.時間の進む速さは比代謝率に比例する。


 以上の計算式から導き出された結果をもとに、時間とエネルギーについて論じ、ヒトの長生きが何故問題なのかを説明する。まずは本川さんはエネルギーと時間の関係を次のように説明する。


 生物においてはエネルギーを使えば時間が進むのだが、これは、生物がエネルギーを使って時間をつくり出しているのだと私は解釈している。エネルギーとは働くこと。つまり働いて仕事をすると時間が生みだされてくるのが生物の時間なのである。


 これがエネルギーと時間の関係である。われわれヒトが属する恒温動物は変温動物より、桁違いに多くのエネルギーを使っている。それは恒温動物は何もしていないときにも、かなりのエネルギーを使い続けているからで、それに対して変温動物は、安静時にはエネルギーを使わない。それは恒温動物はいつでもキビキビ動けるようにするためで、そのようにエネルギーを使って体温を高く保っているには、代謝速度を速めることによって、時間を速くしていると見ることができる。
 ここで現代日本人のエネルギー消費量を計算してみると、食物摂取量でから算すると、121ワット消費しており、そこにヒトは石油や石炭から得たエネルギーを大量に使っているので、この分が5450ワットになっている。合計で5571ワットが現代日本人のエネルギー消費量となる。
 標準代謝率は2786ワットとなり、これはヒトとしての標準代謝率(73.3ワット)の38倍となる。現代日本人は体の使う分のなんと約40倍のエネルギーを使っていることになる、という。ちなみにこれだけエネルギーを消費する動物は何かというとゾウなみの体重のサイズの動物となるそうだ。
 これはものすごい数字である。変温動物から恒温動物に進化したとき、体内の環境を一定にすることで、恒常性を維持したのだが、このとき30倍もエネルギー消費量が増加した。そして人類が40倍のエネルギー消費量の増加をもたらしたのは、「恒環境動物」になったことと言える。これにより安定性と高速性をもつ環境を築き上げているが、これを手放しで喜べない。莫大なエネルギー消費量は地球環境の恒常性を犠牲にしているからである。すなわち、地球温暖化、環境汚染、エネルギー資源の枯渇など放置できない問題を生みだしている。
 ヒトがヒトとしての標準代謝率(73.3ワット)で過ごしていた時代は縄文時代かもしれない。そこから考えれば、社会生活の時間はエネルギー消費量に比例して速くなるのだから、現代は縄文時代より40倍速いということになる。
 このように昔と比べて現代社会の時間は桁違いに速くなっているのだが、体の時間は今も昔も変わっていない。体のリズムは昔と変わっていない。このようにエネルギーを使えば使うほど、社会の時間と体の時間のギャップが大きくなり、これが現代人のストレスとなっているのではないかという。
 エネルギーを使った別のタイプの時間を生みだし方もある。寿命である。エネルギーを使って安定した食糧供給、安全で清潔な都市作り、高度医療を駆使し、長生きできるようになった。その結果、戦前の寿命は50歳だったのが、今や80歳となり、30歳も寿命が延びた。ここから著者は次のように言う。


 時間を速めるせよ寿命を長くするにせよ、どちらもエネルギーを使って自由な時間を生みだしているのですが、エネルギーはお金を出して買うわけですから、「現代人はエネルギーを使って時間を買いとっている」と言えるのではないでしょう。金でエネルギーを買い、そのエネルギーで時間を買いとっているのです。


 戦前の人間の寿命が50歳と聞いて、織田信長を思い出す。本能寺で織田信長は「敦盛」の一節を舞った。「人間五十年、下天のうちをくらぶれば夢まぼろしの如くなり。ひとたび生を享け滅せぬ者のあるべきか」このとき信長27歳。この「敦盛」の“人間五十年”は妥当な寿命見積だったことになる。しかし戦後たった60年間で寿命が1.6倍にもなった。
 人間同様同様の現象は動物にも見られる。動物園の動物が長生きなのもこれと同じ。さらにその家畜を長生きさせる方法があるという。それは去勢することだという。子供をつくるということは、身をすり減らす大仕事なので、寿命が縮むのも当然で、子供を作らなければその分長生きできるからだ。
 現代日本は少子化が叫ばれて、問題となっているが、これも日本が長寿国になっているのに関係しているかもしれない、と著者は言う。子供を産まなければ、身をすり減らすことも、寿命を縮めることもないからだ。
 そもそも寿命はどうしてあるのか?単純に考えて、物というのは使っていればガタがくる。これは生物とて同じ。少々のガタなら直して使うことも可能だけれど、ひどい状態なら直すより、新品に取り替えた方が経済的である。そこで生物はガタの来た個体を捨てる。これが個体の死であり、捨てるときが寿命となる。
 ではどの辺で古い個体に見切りをつければいいのか。生物の目的は、自分と同じものをたくさん作って残すことであるなら、生殖活動前に死んでしまうわけにはいかない。生殖活動を続けていれば、次世代の生産に直接関わっているわけだから、生きる目的がしっかりある。ということは生殖活動が終わったら、それが寿命ということになる。ではヒトのように生殖活動が終わった生物でも生き残っていていいのか。ここが問題となる。
 生殖活動が終わったものが生きつづけることは、親と子が餌の奪い合いをすることとなる。さらに住む場所も限られているいる以上、そこに親が居座っていれば、子の居場所がなくなってしまう。未来につながらない年寄りが資源を横取りすると、横取りした本人の子孫が少なくなり、自己の遺伝子を残せなくなる。このことから生物学的に年寄りが長生きする積極的な意味は見いだせない。
 子供を作る作業は生物が行っているもっとも難しい作業であり、だからこそ、間違いのない立派なものを作れるだけの体力を得るためにそれなりの時間を要する。大人になるまでに時間がかかるのはそのためである。また体がすり減って来てからはいいものは作れない。子の出来が悪ければその子は生き残れないわけだから、そんな出来の悪い子を作るより、作るのをやめた方がいい。資源的にもである。だから体がある程度すり減って来たら、生殖活動を中止し、生殖活動が終わったら寿命も終えることになるのである。
 普通野生の状態で年老いた動物を見かけることはほとんどない。野生で長生きすることはほとんどない。野生とは厳しいもので、食う食われるのぎりぎりの力関係で成立している。ちょっとでも脚力が衰えれば食われてしまうし、獲物を捕らえられなければ飢えて死ぬ。このことから厳しい自然の中で生きるとは、厳しい自然選択を受けているということである。老いの期間は自然には見られないものである。だからこの期間は自然選択を受けていない。この間に起こることは、自然によって厳しく鍛え抜かれた出来上がったものではない。老いから死へのタイムスケジュールは、いい加減であって、まったく問題にならないものなのである。
 戦後たった60年間で寿命が1.6倍にもなった。延びた部分は自然状態では見られないものであり、生物学的には積極的な意味を持たない期間である。いわば「おまけの人生」である。次世代の生産に当たらない年寄りが長生きすれば、結果として自分自身の子孫の数を減らすことになる。「おまけの人生」は「うしろめたい人生」でもある。だからこそ、このうしろめたさを補って余りあるだけの、次世代に対して意味のある人生を送るべきである。
 この本で、時間は物理学的には一種類しかないけれど、生物学的には生物によっても、また子供と成人の時間が違うことを知った。また時間はエネルギー消費量によってもその進み方が違うことを学んだ。つまり時間はデザインできるのである。そうなれば時間の質も違ってきていい。「おまけの人生」を自分でデザインしていけばいい。
 だから老人になっても働くべきである。老後はそれまで苦労して働いてきたのだから、ご褒美であるなんて、馬鹿な考えはやめるべき。もちろん敬老精神に甘えていられる立場じゃない。若いもののエネルギーを横取りして生きているのだから、ご褒美に値しない。だったら、それなりに働き、存在を認められるだけの価値を作り出す必要がある。たとえ「おまけの人生」の期間が自然にはあり得ない期間であっても、次の世代に何らかの形で寄与する生き方をすれば、自然的摂理に叶うことになるというのである。この本はここが言いたくて書かれた本ではないか、と思った。

 以上がこの本読んで知ったことであるが、この他に“なるほど”と思ったことがあるのでそれを書いて終えることにする。まずは年をとって成人病などに苦しむのは当然だという話。

 クールに考えれば、ガンや生活習慣病になること自体正常なことである。年をとってピンピンしている方が異常である。私たちは病気を異常なことととらえるが、老いてガタが来るのは自然なことであって、成人病とはガタ以外の何ものでもないのだから、成人病にかかるのはいたって自然なことと言える。生活習慣を改めて、気を使えばガタの来るのはゆっくりかもしれないが、来るものは来るのである。

 長生きの弊害が精神的に及ぼす話では、

 昔の人は老いる前に死んでいった。ところが今は50で死ぬなんてとんでもない。まわりに自分より長生きしている人間が多くいるものだから、「もっと生きられたはずなのに・・・」と思ってしまうのだ。だから現代では自分は早死にして損したという恨みながら死んでいく事態になってしまった。著者は「老後の人生とは、ガタがきた体を抱えながら死の影におびえ続ける長い不安な旅なのです」という。そうなってしまったのである。

 「メートル法の功罪」と題して面白いと思ったことは、

 長さを測る時、昔は自分の身体を物差しにしていた。指を広げて尺、両手を広げて尋、一歩の歩幅がフット、腕の長さがキュピト、といった感じで。これなら物差しが自分の体だから実感できる。
 ところがフランスの合理主義の時代になり、地球の子午線の長さの4000万分の1を1メートルとするメートル法が作られ、普遍的な単位を作り上げた。時間も同様である。時間は一直線に流れていくものとして考えるようになった。われわれが時間というと「絶対に変わらない等速の時間が私たちの体の外に厳然と存在しているのだ」という見方をするのは、こういう見方は恒温動物という自分の体のデザインから生じているものと思われる、と著者は言う。しかし生物にはそうした時計で計る時間を「物理的時間」の他に、「生物に関わる時間を、生物の体の中で繰り返し起こる現象の周期を単位として計ったもの」、すなわち「生物時間」がある、と言っている。

 科学が未来の問題を解決してくれるという妄想の話では、

 私たちが将来のエネルギー問題をあまり真剣に、そして深刻に考えようとしないのは、いずれ科学が問題を解決してくれるだろうと、安心しているからでしょう。だからこそ、このようなバチ当たりな生活を平気で続けていられるのです。「科学に投資しておけば、いずれは新技術を開発してエネルギー問題も環境問題も解決できる」と科学は言い続け、人々を信じさせてきました。つまり科学を信じて少々お布施を出しておけば、ぜいたくな借金生活を正当化でき、罪を感じることはないと科学は言うのです。
 現代日本人は、みな科学を信じていると私は思っています。こぞって科学教徒になっているのですね。科学は、現在のこの物質的な繁栄をもたらしてくれました。さらに罪の意識まで取り去ってくれるのです。絶大な御利益があるんですね。これなら一億総科学教徒になるのももっともなことだと思います。


 これは原発の問題にもつながるのではないか。


本川 達雄 著 『「長生き」が地球を滅ぼす―現代人の時間とエネルギー』 阪急コミュニケーションズ (2006/01/23 出版)
by office_kmoto | 2014-07-09 05:22 | 本を思う | Comments(0)

山田 健 著 『東京・自然農園物語』

d0331556_5331475.jpg 話はバブルの頃だと思う。都心の安アパートに住む四人の住人に、そのアパート大家である老人から4000坪の農地の相続人になったと弁護士から伝えられた。ただしその四人が土地を相続するに当たり条件がついていた。


 「最低五年間、無農薬?無化学肥料で営農を続けること。うち最初の二年間は土肥老人がやっていたとおりの方法を継承することです。くだいて言えば、このアパートに住み続けて、トイレの下肥で畑をやれということですね」

 「この相続は、お四方すべてが、さきほどの条件を受け入れた時にのみ有効になります。もしおひとりでも抜けられる場合には、いっさい御破算になるということです」


 四人とは、ヤクザ、ホステス、大学生、しがないコピーライターである。もちろん農業に関してはみんなずぶの素人である。しかし都会の一等地の4000坪という土地に四等分しても一人1000坪の土地が五年後には自分のものになるという欲に目がくらみ、農業の経験もないのに、この土地で無農薬?無化学肥料で農業を始める。ただし四人にはそれぞれ本業があるので、できる限り手抜きが出来る方法を模索する。参考になる本を探し出し、できる限り自然に任せる農法という、いかにも胡散臭い農業を始める。
 しかしそんな甘っちょろい農業などうまく行くわけもない。種を蒔いた野菜は虫に食われボロボロになる。四人には農業をするための経費、固定資産税は自分持ちという条件も加わっているので、何とか日銭を稼がないといけない。
 この土地には畑の他に雑木林、果樹園、沼もあり、畑がダメでもそこから自然の恵みが得られる土地でもあった。そこで収穫した果物や実、山菜、筍など無人販売所を作って売っていく。最初はお金も払わず持って行ってしまう者もいたが、無農薬という安心な食材に地元の主婦たちの関心を呼び、近くの小学生も巻きこんで、課外授業と称して子供たちに農作業をやらせてしまう、悪知恵もうまく使い、ここはちょっとした都会のオアシスみたいになっていく。
 そのうち四人の相続人もだんだん農業が面白くなっていく。自然に目を向け、何とか土地を維持していると、亡くなった老人の遺書から“ご褒美”として、さらに自然の恵みをもらえる。老人は彼らにいくつもの“ご褒美”を残していたのであった。ただそれは毎日、土や作物、木々に目を向けていないとわからないものであった。彼らはそれを一つ一つ見つけていくことで、老人のすごさ、自然の豊かさを感じていく。


 「目」っていうものは、何かのキッカケで、そこに注意がいくまでは、本当に、見ているようでなにも見ていないものだなァ、と改めて驚いた。


 確かにそうだ。他にも「確かにそうだ」と思うことも書かれていた。


 しかし、その日は、直也君が買ってきた図鑑は、使い物にならなかった。
 写真満載の、すごく充実した図鑑なのだ。
 ところが、ぼくらには、どう引いていいのか分からなかったのである。
 木の全体像も、幹の肌の感じも、葉っぱの様子も、花や実の写真も出ているのだけれど、その情報と、目の前の一本の木をどう一致させればいいのか、分からないのだ。目次を見ると、ブナ科とかクスノキ科とか整然と分類されているのだけれど、目の前の木が何科なのか分からないぼくらには、なんの役にも立たなかった。
 巻末の索引も同様で、どんなにたくさんの木の名前が出ていても、どうにもならない。そもそもぼくらには、その名前を知らないから図鑑を引いているのだ。
 仕方がないので、木肌がつるりとした大きな木を一本決めて、そいつの正体が分かるまで、1000ページ近い図鑑を最初からめくっていったのだけれど、たぶん、途中で見落としたのだろう。巻末にたどりついても、ついに見つからなかった。


 そうなのである。我が家の庭にも一本名前の分からない木があるのだが、これがなんの木なのか気になっている。それで図書館で図鑑を何冊も引いたのだが、同じことをやって、巻末まで行っても見つからなかった。図鑑って結構不親切なのだ。結局片っ端からページをめくり該当の木を見つけるしかないのである。
 図書館で調べていたときは時間がなかったので、途中で諦めたが、近いうちにその正体を暴いてやろう、とは思っている。

 この本は題材も面白いし、登場人物たちもキャラクター的にはこういうタイプの人間たちを配置すれば面白くなるだろうと、ベタなところも感じなくもないが、でも成功していると思う。ただ残念なところは、話を急ぎすぎていて、もうちょっとくどく話を追ってもよかったんじゃないのかと思った。特に畑との格闘なんかももう少しあっても良かったと思うし、自然の厳しさ、豊かさをもっと追えば、結構いけたのではないか、と思う。それが残念であった。


山田 健 著 『東京・自然農園物語』 草思社(2007/03発売)
by office_kmoto | 2014-07-05 05:39 | 本を思う | Comments(0)

フレデリック・フォーサイス 著 『キル・リスト』

d0331556_5214944.jpg ホワイトハウスの暗い秘密の内懐に、短い極秘リストが存在する。そこに載っているのは、アメリカ合衆国およびその市民と国益にとってきわめて危険とみなされているため、逮捕や起訴など法にもとづく適正手続きを経ることなく処刑されるテロリストたちである。それは<暗殺(キル)リスト>と呼ばれる。
 毎週火曜日の朝、大統領執務室で、<キル・リスト>に新たな標的をつけ加えるべきかどうかが検討される。検討するのは大統領のほか、六人の人間である。その中にCIA長官などと並んで、世界で最も大規模で最も危険な秘密軍事組織を率いる軍長官がいる。その組織はJ-SOCといって、公式には存在しないことになっている。


 J-SOCは新たな人物がリストに加わったことを、下位組織のTOSAに伝えた。そのリストに載ったのは、狂信的イスラム主義者<説教師(プリーチャー)>と呼ばれ、ネット上で弁舌をふるい、狂信的イスラム主義のテロリストを扇動し、テロを起こす。アメリカイギリスで起こったテロリストのパソコンにはその<説教師>の動画が残されていた。ただし<説教師>の身元はネット上でしか現れないので、身元が一切わからない。
 <説教師>を殺すべく大統領指令が下り、TOSAの主任テロリストハンター<追跡者(トラッカー)>が<説教師>の身元を暴き、探しだし暗殺する作戦が動き出す。
 <追跡者>はアメリカ市民としてまた海兵隊員としてアメリカ合衆国大統領に忠誠を尽くし、<説教師>を探し始めるが、状況が変わってしまった。<追跡者>の父親が<説教師>に洗脳されたテロリストの犠牲になってしまったのである。


 自分は仕事を与えられたが、それは終わっていない。任務を課されたが、まだ完遂していない。それに追跡はすでに性質を変えている。これは個人的な報復だ。ヴァージニアビーチの集中治療室で亡くなった愛する父親の敵をとるのだ。


 「おまえはこの戦いを個人的なものにしてしまったんだ、<説教師>」


 目的の人物を探し、暗殺するという命令が、個人的報復に変わるとその憎悪は倍増する。これは『オデッサ・ファイル』と同じ手法だ。マンハントがさらに執拗になっていく。
 それにしてもそのマンハントに使われる機器や武器などは、フォーサイスが『ジャッカルの日』でデビューした頃から比べ、ものすごくハイテクになっている。またテロリストもネットを駆使し、普通のイスラム教徒を狂信的イスラム主義者に遠くから扇動できてしまう。
 <追跡者>もアメリカやイギリスにいて、ソマリアの漁村を無人偵察機のおかげでピンポイントで把握出来るのだ。<説教師>がどこに隠れているか、推察出来てしまう。 <追跡者>が<説教師>を追いつめる作戦は緻密で、かつ大胆だ。驚きと緊迫感で一気に読み終えてしまった。

 角川書店のドル箱海外ミステリーは多分ダン・ブラウンとフォーサイスなんじゃないかと思っているが、そろそろフォーサイスは下火になっているかもしれない。けれど私はダン・ブラウンよりフォーサイスの作品の方が堪能できる。ダン・ブラウンは最近面白くなくなった。


フレデリック・フォーサイス 著 /黒原 敏行 訳 『キル・リスト』 KADOKAWA(2014/05発売)
by office_kmoto | 2014-07-02 05:23 | 本を思う | Comments(0)

言葉拾い、残夢整理、あれこれ


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