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平成27年12月日録(下旬)

12月17日 木曜日

 くもり。

 年賀状を書く。昨年から近況を書くことにしている。しかし書いているうちに自分の字の下手さに呆れてしまう。この歳になってこんな字しか書けないのは情けない。せめて丁寧に書くことだけは心がけているが、それでもこれだもんなあ・・・・。
 こうして文章を書いていても、下書きは殴り書きだし、あとはパソコンで打ち込んでしまうから、こんな字しか書けなくなってしまったのだ。


12月18日 金曜日

 はれ。

d0331556_10511318.jpg 湯浅浩史さんの『植物でしたしむ、日本の年中行事』(朝日新聞出版 2015/06発売 朝日文庫)を読み終える。
 日本の四季折々にある行事には植物がいろんなところで関わっていることを改めてしるが、如何せん草木を知らなすぎるので、実感がわかない。この2年間ネットや図書館で調べたりして、覚えた草木の名前もあるけれど、ほんの少しだ。
 それを知ってどうなるというものではないだろうけど、知っていればそれを見て、より身近に感じることができることは間違いない。草木を身近に感じることができるというのは案外いいものだと思う。
 それにしてこの本を読んでいると日本の年中行事というのは植物が深く関わっていて、それぞれ意味があることを知る。主に厄除けが多いようだが、書かれていることを読んでいると、その風景を見るし、そこには確かにその植物がある。

 夜8時頃なんか焦げ臭い。暖房を入れているから、外の空気を部屋に取り込んでしまう。火事なんかだとやばいので、慌てて家の周りを調べてみる。何の変化もないが、外は家の周り以外でも焦げ臭い。プラスチックの焼け焦げた臭いがあたりに漂っている。
 それがどこからなのかわからなかった。ところが後で気がついた。千葉の船橋のスクラップ置き場で火災が起こっていて、ものすごい煙を上げているのをニュースで見た。 火事はこの時も鎮火しておらず、その煙がこちらに流れているのかもしれない、と思ったのである。で、ネットで江戸川区のホームページを見てみると、

 12月18日午前4時頃、船橋市潮見町のスクラップ置場で火災が発生し、現在消防隊が消火活動中です。この火災により区内で煙と異臭の影響が出ています。

 やはりそうであった。何でもPM2.5も凄いらしい。今の空調は換気ができないので、それを止め、和室の暖房を入れる。こちらは換気もできるので、こちらに籠もって本を読む。


12月20日 日曜日

 はれ。

 池波正太郎さんの『江戸の味を食べたくなって』を読み終える。


12月21日 月曜日

 くもり。

 体調が良くない。天気予報ではこの冬、例年に比べ暖冬というし、今日も天気は悪いけれど、まだ例年と比べて気温が高いという。けれど何だかぞくぞくする。風邪ひきはじめだろうか?

 木村盛武さんの『慟哭の谷』を読み終える。

 司馬遼太郎さんの「街道をゆく」のDVD11巻を見終える。今回は中国の旅をまとめたやつで、いつもより1時間ほど長く収録されていた。
 ビデオを見ていると、そこで語られる司馬さんの言葉が、なんて奥深く、いいものなんだろう、と思っている。そして原作を読んだ私はそれをまったく覚えていないことに唖然としている。何を読んできたのだろうか?
 あの時確かに全巻読んだ。たまたま朝日百科という1週間に1冊出る分冊百科を参考にしながら読んでいたはずだ。ただ今思えば、そこに書かれている史実、あるいは司馬さんの歴史感などに重点を置きすぎていて、書かれている内容を楽しまなかった。あるいは司馬さんの文章そのものを味わわなかった。そんな気がする。だからこのビデオを見て、こんな味わいのある文章がそこに書かれていたなんて驚いてしまうのである。
 これは是非もう一度読み直す必要があると思っている。
 だいたい本に限らず、私はせかされることが多く、味わうということが出来ないことが多かった気がする。来年は本を味わうことをしてみたい。


12月22日 火曜日

 はれ。

 今日は冬至だ。冬至は日照時間が1年で一番短いが、逆にこれから日が一日一日長くなっていく。これからますます寒くなっていくわけだけど、太陽が成長していくから、新生の日でもある。確か昔の人はポジティブに考えたはずだ。そう考えると、気分的にいいかな、と思わなくもない。
 さて、木村盛武さんの『慟哭の谷』を読んで、大正4年12月9日に起こった三毛別地方の羆襲撃事件に興味を持ってしまい、吉村昭さんの昔読んだ小説を取り出して、また読み始めた。そしてこの事件を扱った戸川幸夫さんの小説もあることを知り、それも読みたくなった。図書館で予約を入れた。


12月24日 木曜日

 はれ。

 クリスマスイブ。久しぶりに金吾堂製菓の黒こしょう煎餅を食べていたら(細かいなあ・・・・)、なんと前歯がまたとれた。歯がとれたときの舌に当たる歯の固い食感が、いやな気分にさせる。ああ、やってしまった。
 どういうわけか、私の歯がおかしくなるのはいつも年末だ。慌てて歯医者に電話をする。夕方、強引に予約を入れてもらう。
 とりあえず仮歯を入れてもらい、このまま年を越すこととなった。何とか見てくれの悪さはカバー出来たが、あくまでも仮歯なので、弱い。すぐとれる可能性が高いから、餅など気をつけるよう言われる。
 やれやれまた歯で苦労することとなった。年明けからまた歯医者通いだ。

 司馬遼太郎さんの「街道をゆく」のDVD12巻を見終える。この巻は新シリーズの最終巻である。司馬さんの絶筆となった「濃尾参州」で終わる。
 本当は新シリーズからではなく、きちんと最初から見たかったのだが、たまたま図書館でこのシリーズのDVDを見つけた時、初めの巻が貸し出し中だったので、新シリーズから見ることになってしまったのだ。次からは最初から見る予定で、明日図書館でこのDVDの返却をして、また借りてくる予定。


12月25日 金曜日

 はれ。

 天気予報では今日から正月まで天気は良さそうなので、年末恒例の窓ふきを始める。正月まであと一週間。28日は昔の同僚に会うため掃除は出来ないが、それ以外は私がやらなければならない大掃除をする予定。

 図書館で『戸川幸夫動物文学全集』を借りてくる。例の三毛別の羆襲撃事件を題材にした「羆風」を読みたかったのだ。
 この全集、私が初めて新橋にある書店でアルバイトしたときに、定期購入している年配の女性のところへ毎月配達していたことがある。だから全集の装幀はよく覚えている。どうしてよく覚えているかというと、この女性、会社のお局様みたいな感じの人だったので、本とその容姿にいつも違和感を感じていたのだ。
 だからときたま古本屋で端本を見つけると懐かしくなり、手に取ったりした。
 図書館で借りたこの本はその古さのため、かなり痛んでいて、セロテープでページを補修したあとがり、染みもある。セロテープは茶色く変色している。通常の図書館の棚には並んでいなく、別の所にある書庫から出されている。
 本を手に取ってみると、日比谷図書館、都立多摩図書館の蔵書印が押されている。どうやらこの本は江戸川区の中央図書館に蔵書されるまであちこち流れてきたようだ。
 「羆風」だけを読みたかったので、本日の掃除が終わった後さっそく読む。いつも本を読みながら食べている煎餅は慎重に噛んで食べる。


12月28日 月曜日

 はれ。

 以前から約束していた昔の会社の同僚とお茶の水で会う。せっかくお茶の水に行くのだから、ちょっと早めに出て、今年最後の古本を探して歩こうと思い立ち、昼を食べてから出かけた。
 地下鉄に乗ってメールを確認したら、約束時間を1時間勘違いしていたことに気づく。まあ早まった訳じゃないから、1時間ぐらい本を見ていたらすぐ経つ。
 例によって地下鉄の先頭車両に乗って、神保町で新宿方面の改札から外にでる。そうすれば専修大学方面からお茶の水へ向かって歩けば、神保町の古本屋をくまなく見ることが出来る。時間はたっぷりあるので、のんびりと歩いて店のワゴンを覗いたり、店内の本を見たりする。
 今日は御用納めだからか、いつもより人は少ない感じがする。なおさら結構なことである。収穫は南木佳士さんの本1冊、佐伯一麦さんの本が2冊、吉村昭さんの本が1冊である。

 駿河台の交差点まで来て、書泉ブックマートがなくなってるのに気づく。ABCマートになっている。遂に書泉も本拠地で閉店にとなったか、と思ってしまう。もっとも書泉が買収されてオタク化へ舵を切った時点で、私はまったく興味がなくなった本屋となったが、それでも全盛期にはここにグランデ、ブックマート、そして秋葉原にブックタワー、そして私の地元でも書泉西葛西、川口にブックドームと5店舗も展開していたのに、時代は変わるもんなのだなあ、しみじみ思ってしまう。
 私がいた本屋は書泉ブックタワーの進出で、太刀打ちできなくなり、秋葉原に2店舗あった店の閉店を余儀なくされ、最終的には本屋業界から撤退することになった。だから私にとって書泉は引導を渡された店なので、その行く先がいつも気になっていた。
 結局書泉はグランデとブックタワーの2店舗になったことになる。

 時間はまだあったので、三省堂と東京堂に入ってみた。当たり前のことだが、地元の本屋とは違うなあ、という思いに駆られる。よく読んできた作家さんの新刊が出ている。また気になる本もあった。いったん店を出て、スマホのメモ帖に著者名を打ち込む。(写真を撮るとデジタル万引になるからだ)家に帰ってからネットで書名を調べて、とりあえず図書館で予約を入れておく。最近はよほど好きな作家さんの作品じゃなければ、図書館で借りちゃうことにしている。そうすれば本が増えなくていいし、お金もかからない。幸いそれほど時間がかからず借りられそうなので、とりあえず年明けでも読めそうである。

 元同僚とは1年半以上、会っていなかった。仕事納めで忙しそうで、何だか会うのが申し訳ない気持ちになったが、それでも話がはずみ、お互いの近況など語り合う。相変わらず苦労されているようだけけれど、それでも話を聞いていると、現役はすごいな、と思ってしまう。
 私はお酒がほとんど飲めないし、食も細いので、お酒や料理を楽しめなかったのではないか、といつも心配してしまうし、申し訳ない気分になるのだが、それでもそんな私に付き合ってくれる彼には感謝しているし、有り難いな、と思う。
 また会うことを約束して別れた。

 午前中に養老孟司さんの『手入れという思想』を再読する。今度こそ、この本のことをうまくまとめてみたい、という気持ちで再度トライした。さて、どうしたものか・・・・。
 今パソコンのあるこのテーブルには読んだ本、今日買ってきた本とふた山になっている。


12月29日 火曜日

 はれ。

 大して酒を飲んだわけじゃないのだけれど、昨夜はなかなか寝付けず、いったん3時頃起き出してみたが、やはり疲れているので何もする気が起きない。いつもと違うことをすると、いつもこうなる。
 またベッドに潜り込み、5時半頃おもむろに起き出す。31日は何もしないで、テレビを見るなり、ビデオを見るなり、本を読むなりして過ごしたい、と思っているので、残っている窓ふき、掃除をけだるいからだで無理してはじめる。
始める。
 窓ふきをせっせとやっていると、からだが暖かくなり、けだるい感じも抜けていく。汚れていた窓がピカピカになると、何だかうれしくなってくる。結果が出ているじゃないか、という気分になり、ますます力が入ってくる。
 ということでやはり寝不足の上、疲れもたまっているのを無理したから、腰にくる。夕方風呂に入り、湿布を貼る。
 眠くなるまで昨日買ってきた本でも読もうかな・・・・。


12月31日

 くもり。

 今年もやっと終わる。昨日夜までかかって大掃除を終えたお陰で今日はのんびりと過ごす。いささか掃除に張り切りすぎたため、妙な疲れが残ってしまった感じがする。

 午前中買い出しに出かけのついでに母の墓に行く。墓には花を供えられていた。自分が持って来た花をそこに追加して供えると、線香の香りがする。見てみるとまだ線香が燃えていた。ちょっと前に親父が来たことを知る。
 多くなったせい花のせいで、墓は明るくなった。母はきっと笑っているだろう。

 南木佳士さんの『ダイヤモンドダスト』を今年最後の本として読み終える。今度は自分の本として。
 読み返してみて、この本に収録されている「冬への順応」はいい作品だ、と思った。南木さんの小説で好きな作品だ。
 こうして一度読んだ作品を読み返してみるものも、いいものだ、と思ったのは、今年の収穫であった。好きな作家だから読んでいると安心して読める。そしてこの作家からいろいろなことを教わった。今の自分が置かれている環境が南木さんが思うところの生き方に深く共鳴した。書かれている一文が妙に心に浸みた。


 気がついてみると人生の終わりから考えるようになっていた。(ダイヤモンドダスト)


 まさに私もそうであったから、まさにこの一文にハッとする。
 終わりから数えた方が過ぎ去った年数より間違いなく少ないはずだから、その方が楽な歳なのだ。
 1年が終わりまた1年が始まろうとしている。ますます終わりから自分の人生を考えた方が楽なる。

正月や冥途の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし

 さて、来年はどんな年になるであろうか?私は自分を見失わないように生きたい、と思っている。来年も好きな本を読んで暮らして行ければ、それだけでもありがたい。

 今年1年、このブログにお付き合い頂いた方、ありがとうございました。よいお年をお迎えください。
by office_kmoto | 2015-12-31 17:02 | 日々を思う | Trackback | Comments(0)

佐伯 一麦 著 『空にみずうみ』

d0331556_5311185.jpg 佐伯さんの丘の上にある集合住宅の話が好きだ。
 話はただ主人公(おそらく佐伯さん自身であろう)の日常が淡々とつづられているだけだ。小さな庭にある草木の模様や、そこに来る鳥たちの鳴き声、あるいは虫たちの話である。そこには季節感があらわれ、日々の生活の中で自分たちのことが語られる。仲間や友人たちがあり、土地の食べ物や季節の食べ物がそこに加わる。
 この佐伯さんの身辺雑記のような小説が気に入っている。こうした物語が無性に読みたい気分なのかもしれない。
 それで思ったことなのだが、ここのところ私が読みたいと思う本が変わったことである。たとえば仕事をしていたころに読んでいた本は、それこそ本を読める時間を有効に使わないといけないので、読む本もどこか心の余裕を生むような本は読めなかった気がする。読む本に目的を求めていたような気がする。味わうというよりは、知りたい、何かを得たい、そんな気持ちが強かった。あるいは本を読んでいる瞬間、現実を忘れられるようなエンターテインメント的要素の強い本を読んでいた。とにかく読まなければいけないといった感じの目的意識の強い本読みであった。
 もちろんそれはそれで仕方がなかったことなのだし、そういう本の読み方も否定はしない。
 今は本を味わえるということが出来るようになった。本を読んでいて「いいなあ」「面白いなあ」「なるほどなあ」と素直に感嘆できる本が好みになった。今何か目的意識を持って本を読むというよりは、単にそうした気分を味わいたくて本を読んでいる。特に「いいなあ」という気分にさせてくれる本は読んでいてうれしくなってくる。

 さて、前置きが思ったより長くなってしまった。佐伯さんの本である。佐伯さんの書くものも、今の私の気分に合っている。この本で何が「いいなあ」と思ったかというと、こんな文章に出会ったからである。


 「なあに、大きな迷惑は困るけど、小さな迷惑は仕方がないじゃないか」
 と早瀬は言い、うん、と柚子は頷いた。
 二人は、しばしばそう言い合うことがあった。一緒に生活している以上、お互いの都合で迷惑を掛け合うことは避けられない。それに、五十年近く生きていれば、完全な人などおらず、これまでにも他人にさんざん迷惑をかけてしまったり、かけられることはあった。迷惑をかけたくない、と無理を重ねて重い病気になったり、失踪してしまった人も身近にいた。小さな迷惑をかけることを危惧するあまり、結局大きな迷惑をかけ、取り返しがつかなくなるよりは、何とか協力したり努力しあえる小さな迷惑をかけ合うことを許し合うほうがいい、とつくづく思えるようになった。(親ネム子ネム)


 早瀬は一時期、鬱に苦しめられていた。そのときは、自分の心の中しか、思いも目も耳も向かなかった。その状態から逃れられたときに、周りのけしきに目が向かうようになり、音が聞こえるようになってきた。その順番は逆だったかもしれない。ともかく、こうして自分を取り巻いているものが見え、聞こえているうちは大丈夫だ、と早瀬は思う。(大きなスイカ)


 思わず、「うんそうそう」と言いたくなってしまう。特に「周りのけしきに目が向かうようになり、音が聞こえるようになってきた」という文章は、よくわかる。
 物語は小説家である早瀬が日常を語る中で、この小説を執筆している模様が遅れて記述されるところが面白い。
 懐かしい生活模様があった。正月用の餅をのし餅から切っている風景である。今はサトウの切り餅じゃないけれど、食べやすいサイズに切った餅がスーパーで売っているが、私が子供のころはお米屋さんから搗いたばかりの四角い餅が届く。それを固くならないうちに包丁で切るのである。ついてから少し時間が経っているので、柔らかくなく、かといって固くない。餅を立てて包丁を入れると、すーっと包丁の刃が入っていく頃合いである。ただ包丁がまっすぐ入らず、どうしても曲がってしまった。そして切った餅を木の浅い四角い箱に入れておく。
 正月のお雑煮の入れる餅も、母親から頼まれて、ここから取ってくる。


 のし餅は、冷凍しないとすぐカビが生えたが、それも真空パックや保存剤を使っていない手作りのものらしいし、カビを削り取って焼けば食べられる。冷凍庫がなかった子供の頃、おふくろはカビを取って小さく割ったものを油で揚げて、おやつに食べさせてくれたものだった。(寒仕込み)


 私の家もそうであった。あの揚げたてのお餅に塩をさあっとふって、あつあつを食べるのは何とも言えなかった。
 また固くなった餅を軽くあぶって焦げ目を付けてから、熱湯につけて柔らかくして、きなこを付けて食べたのも思い出す。みんな母親がやっていたことであった。

 ところでこの本に収められている物語のところどころに東日本大震災の影がある。佐伯さんは仙台に住まれているから、当然仲間に震災の被害にあった人がいるし、町の景色にもいまだその爪痕が残っているのだろう。
 東北は地震、津波、原発事故と何重にも被害が重なってしまったから、四年経っても消えない記憶だろう、と思う。
 こうして四年たってもその記憶が日常のあちこちで顔を出すのも、そこで暮らしているんだな、と感じさせる。


 こんな気の置けない話は楽しい、と早瀬は感じた。そうして、前に会った三年前の夏はこうはいかなかった、と振り返った。
 あのとき大沢は、口数も少なく神妙にしていた。まだ、我が身に起こったことの整理が付かないようでもあった。あの頃は、誰と会ってもそうだった。表面からは窺い知れない屈託を、それぞれが抱えているように見え、誰に対しても気安く言葉をかけることは出来なかった。(暑気払い)


 ブレーカーを元に戻そうとして、せっかくの静かさを失うことに、早瀬は少し躊躇いを覚えた。家中の全ての電気機器が停まったことによる静寂は、どこか懐かしみも帯びていた。三年前の春には、この静まりの中で五日間を過ごしたことが、近しく思い出された。(気になる音)


 河野先生は、まだ小さな女の子が一人いるので(その翌々年に双子が生まれた)、家での食べ物にはずいぶんと気を遣っているらしいことが窺われた。心配したカナダの友人からは、カナダへ戻って来ることを強く勧められてもいるようだった。(寒仕込み)


 四年前の春までは、冬でも常緑樹の松の防潮林が海岸に沿って繁っていたが、いまは色をうしなった土地が見えているばかりだった。それでも四年積み重なった歳月を、早瀬はみつめていた。(四年ののち)


 最後にそうなんだ、と知ったことを書く。


 墓地に多く見られるのは、彼岸花の鱗茎には毒があるので、昔は土葬だった遺体が動物などに荒らされないようにと人間が植えたからだと、山麓の町に住んでいたときに、地元の人に聞いたことがあった。(無花果)


 昔樋口清之さんの『逆・日本史』という本がベストセラーになって、私もシリーズを読んだが、そこに彼岸花の球根には毒があるけれど、飢饉の時、農民はその球根の毒を取り除いて食べ、飢えをしのいだと書かれていたはずだ。
 だから彼岸花には毒があることは知っていた。彼岸花がお墓の周りにあるのはその毒が遺体を守るから多く植えられてきて、それが今に伝わっているのか、と妙に納得してしまった。


佐伯 一麦 著 『空にみずうみ』 中央公論新社(2015/09発売)
by office_kmoto | 2015-12-26 05:32 | 本を思う | Trackback | Comments(0)

南木 佳士 著 『薬石としての本たち』

d0331556_50573.jpg 南木さんの新刊を初めて買った。
 この本は南木さんのエッセイだが、南木さんのこれまでの人生を8冊の本を通して振り返る。
 この本は南木さんが学会の講演の案を考えているときに、


 ならば、心身を病みやすい質の「わたし」がそのときどきで薬石のように頼ってきた本たちをスライドで提示しながら、それに重ねて、小さな説を紡ぎつつ医業をおこなってきた「わたし」を紹介するのはどうだろう。


 そしてその案がこの本となったようである。
 8冊の本がここでは紹介されているが、いくつかはこれまでのエッセイで書かれている。
 「薬石として本」というのはいい。ふと自分も「薬石として本」があるはずだ、と思い浮かべるが、あえてそれが薬石となった本だろうか、と思うものばかりであった。数多く読んできたけれど、心にどれだけ残ったか、それを思うと薄ら寒くなってくる。もともとじっくり本を読むという余裕がこれまでなかったからそういうことになってしまった。最近は読み返すということもしているので、これから何かが生まれてくるかもしれないと、密かに期待している。

 さて、例によって気になった文章を引っ張り出す。読んでいて確かにそうだよなあ、と思うものだ。


 記憶もそうで、語り、書くたびに、原初はすこぶるグロテスクであったはずのものが次第に軽妙かつ洒脱を意図するようになり、じぶんに都合よく、あるいは他者の涙を誘いやすく上書きされてゆく。(医者の背骨を作った教科書)


 私はそうそう自分の記憶を他者に語ることはないので、意図して作り変えることはないけれど、いつの間にか記憶が変わってしまっている、あるいはその記憶に対する思いが変化していることに気づく。特にこうして六十を目の前にしてみると、思い出すたび違っていなかったか?と考えることがある。
 似たような文章だが、次のもある。


 彼女のようにたまらなく懐かしくなる、寄り添ってなつきたくなる光景がこの身に保存されていない。あったかもしれないけれど、忘れたか、それとも、他者の同情を買うために重ね塗りをくり返すうち、もともと暖色だった絵柄が次第に寒色を帯びていったのか。(医者の背骨を作った教科書)


 精神を病むということは、からだの生存に必要なエネルギーの保存のみが可能で、他者に向けて面相を整える余力がなくなってしまう事態なのかもしれない。あるいは、精神を病むことでしか生存できない状態にからだが陥ってしまうのか。(曇天の霹靂)


 南木さんがマンモグラフィの読影認定医の資格を取ろうとして、講習会に出席したとこの話がある。南木さんは勉強のため、X線写真だけでなく、実際受診者の撮影現場も見学してきた。
 講習会で、「みなさんのなかで、実際にマンモグラフィの撮影現場を見たことがあるかたは」と講師の問いかけに手を上げたのは南木さん一人だった。


 読影の勉強を始める前に、まず写真が撮られている現場を見てみようと思うのは、患者さんに対する医師としての最低限の礼儀ではないか、と正論を反芻しつつも、すでにそういう思考の癖そのものが古びてきているのではないか、という疑念が湧く。目の前のX線写真をきちんと読んで乳がんの有無を的確に判定する。課せられているのはそのことだけと割り切ったほうがむしろ患者さんのためになるのではないか。
 つくづく、医師とは悪党に向く仕事であり、中途半端な善人の就くべき職業ではないと思い知る。(乳房を読む)


 たぶん南木さんのこういうアプローチの仕方というのは、一昔前のやり方だと思ったりする。結果を果たせればその過程など、どうでもよく、目的のために最短距離で進む。今の人は目的意識だけははっきりしているから、なぜ?どうして?、なんていうことは余計なことになるのかもしれない。
 この場合、人の気持ちとか感情とかを斟酌していては、正しい判断が出来なくなることだってあるわけだから、余計なものはそこに入れない、というやり方に徹しているのだろう。

 開高健さんのことを書いた文章がここにもあった。以前も似たような南木さんの思いに同感したことを書いたような気がするが、(最近物忘れが激しくて覚えていられない)やはり同じだという気持ちが強いので書きだしてみる。


 開高健の新作は、豊富な語彙を駆使した描写が新鮮で、プロの作家とはこういうものを書くべきであり、身辺雑記のような私小説しか書けない作家は早く消え去ったほうがよいと決めつけていた。
 後年、年齢を重ねるにつれて、読み返してみるとこの豊富な語彙がほんとうに作家の身に付いたものなのか判然とせず、書物から得ただけの知識を見せびらかされているようでなんとなくわずらわしくなってきて開高健の作品からは遠ざかり、生活するおのれのからだを通過できたことばだけを選んだ、あのころは身辺雑記としか思えなかった私小説とおなじ類のものを男も書くことになってしまうのだが・・・・。(これもなにかの縁)


 私も開高さんの本は読めないことはないけれど、昔のような驚きも、新鮮さも、だんだん感じられなくなってしまっている。あの表現方法は斬新であるだけに、若い時にはその分見栄えがいい。けれど読む側が歳をとってくると、くどさが気になり、もっとシンプルに言えないのだろうか、と思う。あの表現方法で、ものごとの奥底を覗くほど、もう体力も気力もないだけに、最近は「もういいや」と思うことがある。
 ところでこの本で面白味を出している近所の農家のおっさんがいる。


 「最近はえれえ帰りが遅いじゃねいか。人間ドックの責任者を押しつけられたからか。ざまあみろ。これまで楽してきた罰があたっただよお」


 「あのなあ、おまえも芥川賞作家で医者っていう賞味期限はもう切れかけてるんだからさあ、声のかかるうちが華なんだぞ。そういうこと、わかってんのか」


 薬石として紹介されている『脳を鍛えるには運動しかない!』という本に感化され、今まで自転車通勤をしていた南木さんが歩いて勤務先の病院へ通勤することにした。そのうち長いコンクリのあぜ道を歩きたくなり、田んぼの所有者に許可を得ようとしたら、その所有者がこの口に悪い農家のおっさんであった。


 「この田んぼ全体で収穫はいくらぐらいになるんですか。金額で」
 「なにい、金額だとお。てめえが二、三日で書いちまう紙っきれとおなじぐれえだよお」
 「原稿料はそんなに高くないですよ」
 「これでなあ、六反あるだ。一反で十二俵、一俵一万で勘定してみろ」
 「そうかあ。たしかに、あれだけの労働のわりには安すぎますね」
 「てめえ、こんなこと聞いて、またおれのことを書く気だだな。取材料よこせ」
 「そんなこと言うなら、このまえ健康診断の結果、病院で破り棄てていったけど、また印刷してお宅の郵便受けに入れときますよ」
 「てめえ、おれを脅迫する気だな。そんなことしてみろ、夜来て、チェーンソーでおめえの庭の木を全部伐ってやるからな」


 というやりとりの中で、このおっさんの田んぼにあるあぜ道を歩くことの許可をもらった。


 「そんなことしてなにがおもしれえだ。楽できなくなって、また気がおかしくなっちまっただか」


 「なにしてるだ。字ばっかり書いていて、いよいよ頭がおかしくなったか」


 「ここ、歩いてもいいですか」
 「相変わらずわけのわかんねえこと言ってるだな。まあ、いいけど、落ちるなよ」


 面白いものでこのおっさんの言っていることが極めてまともに聞こえるのはどうしてなのだろうか。
 最後に全体的に感じたことを書く。この本は読んでいて今までとはちょっと違うな、という感じがした。どこか“やけになっている”、そんな感じがつきまとう。もともと人生に対して後ろ向きな人なので、その傾向はあった。ただ今回はそのやけ気味と開き直りが強く出ている。
 確かに精神を病んで、生き方を変えざるを得なかった人だから、生きるために開き直りをするしかなかった。それでもこの人なりに一所懸命生きようとする姿勢は感じていた。また病気を発症しないために控えめに生きることを選択した。自身の“下りの人生”を思い、自然に山に寄り添う。だからその文章にはやさしさがあった。
 しかし今回はそんな自分の人生を振り返る手法は今までと同じであっても、やけ気味と開き直りが、妙なつっぱり感を生んで、「あれ、どこか力んでいない?」と感じさせた。


南木 佳士 著 『薬石としての本たち』文藝春秋(2015/09発売)
by office_kmoto | 2015-12-22 05:02 | 本を思う | Trackback | Comments(0)

佐伯 一麦 著 『日和山―佐伯一麦自選短篇集』

d0331556_5454468.jpg この文庫の短篇集は、「朝の一日」「栗の木」「凍土」「川火」「なめし」「青葉木菟」「誰かがそれを」「俺」「日和山」の9篇からなる。いくつかは他の本で読んでいる。
 「朝の一日」は佐伯さんの処女作らしい。新聞配達の少年の模様を描いている。佐伯さんの昔の姿だ。


 闇に中に様々なかたちで棲息している家々に、彼は、装いのない生臭さ、といった体のものを嗅ぎつけてた。


 早朝、まだ寝静まっている家々が見せる姿というのは、こんなものかもしれない。昼の喧騒の中に隠れている家の事情が、早朝、家の前に生臭さとして、本来の姿を感じさせる一文だ。
 「川火」に茂崎が医者に勧められて散歩をすることになる場面。最初は朝食前の早朝に散歩をしていた。


 自分にも同じ魂胆がひそんでいるのに違いないが、それにしてもああも剥き出しの健康志向には、少々の気恥ずかしさが伴う。茂崎は、人目に合わない頃合いを見計らって散歩をするようにした。その時刻はちょうど、夜明け前からはじめて半日分の仕事をこなした区切りの息抜きにもあたった。


 これ、よくわかる。確かに朝早く散歩をすると、年配者がトレーニングウエアーで一所懸命手を振って歩いている。時に夫婦揃って歩いている姿もよく見かける。その姿はいかにも健康のため、病気をしないため、長生きのための体力作りがからだ全体からにじみ出ている。
 自分は仕事を辞めてから単に運動不足になるから歩き始めている。それは健康志向かもしれないけれど、むしろ気分転換の方が強い。だから彼らのように健康で生きたいというようなオーラを感じるとタジタジになってしまう。
 本来ならそんな人たちを見ても気恥ずかしさなんか感じる必要性はないはずなのだが、同じように散歩していると彼らと同じ仲間に自分も含まれてしまう感じがして、いつの間にか気恥ずかしくなってしまう。だから早朝の散歩は止めた。今は9時から10時頃の間に始めると、彼らに会わずに済むから、そこから1時間ほど歩くことを日課としている。
 「日和山」は今回のための書き下ろしとなっているが、どこかで読んで気もする。まあそれはいい。この短篇は東日本大震災の時のことが描かれている。


 津波って、人の上から覆い被さってくるってイメージがあるでしょ、と訊かれて、私は頷いた。何とはなしに、以前サーフィン映画で見た、鮫が歯を剥き出しにしたような波頭が、人を呑み込む光景を想像した。
 「それが、ちがうんです。逃げている人の後ろから舐めるように迫ってきて、まず足下を払うんです。それでバランスを崩して、後ろのめりに倒れたところを次の波が襲いかかってくる」


 別所は津波から逃れ、避難所となっている体育館でそう語った。
 この文章は驚きであった。これは体験者じゃなければ語れない言葉だろう。私も津波というのは上から襲いかかってくるものと思っていた。これも怖いけれど、後ろから舐めるように迫ってきて、足下を払って倒して上で次の波がおそってくるというのも恐ろしい。
 そしてあの日の夜のことが描かれる。


 夜中になってこの子が、お父さん、見て、星がきれいだって教えてくれて。こんなときに、星がどうしたって思いながら、顔を上げると、満天の星空が広がっていました。周りが真っ暗だから、その光しか見えなくて。地上は地獄みたいにすっかり変わってしまったのに、星だけは変わらないのかって・・・・・。

 「ほんとうにそうだったよなあ」
 私も妻も頷いた。
 あの震災の夜、街中が全停電した中で星空の美しさは忘れることが出来ない。七夜の上弦の月も出ていた。


 東北のあの日の夜、星かきれいだった。月が寒々と輝いていたことを確か伊集院静さんも書いていた。
 東京では停電になっていなかったし、もともと星など見える数がすくないから、夜空もいつもと同じだったろう。それより電車が止まり、歩いて帰るしかない中、人並みの中で先に進むことしか考えていなかったから、空を見あげる余裕などなかった。ただ寒さだけがいまだに記憶に残っている。

 最後にこの本の解説者阿部公彦という人が書いている一文が気にかかった。


 私小説色の強いその作品世界は彼の人生とつねに併走しており、・・・・。


 そう佐伯さんの小説の世界は全部ではないけれど、その時の自らの一部と併走している。私はそうした今ある佐伯さんの生活感のある文章が好きだ。淡々と日々の暮らし、人々との会話、それだけで心が和む。文章に飾りがなく、あるがままを描き出す文章は、何ら違和感なく、私の中に入ってくる。


佐伯 一麦 著 『日和山―佐伯一麦自選短篇集』 講談社(2014/06発売) 講談社文芸文庫
by office_kmoto | 2015-12-17 05:46 | 本を思う | Trackback | Comments(0)

平成27年12月日録(上旬)

12月5日 土曜日

 はれ。

 孫たちが来る。今年もよく来てくれたと思う。例によって孫は元気にはしゃぎまわっている。外では自分が植えたチューリップが小さな芽を出しているのを目ざとく見つけ、私たちに教えてくれた。見てみると確かに小さな芽が二つ出ていた。
 家の中では二階のロフトに上がって、“秘密基地”と称して遊んでいる。このロフト、我が家では収納場所が少ないので、長い間物置化していた。だから子供たちはここでそれほど遊んでいない。
 しかしこの家で暮らす人間が少なくなり、必要ないものと化したものを処分すると、意外に広いスペースが出来た。そこに孫が目をつけ、遊び場所としたのである。
 子供はこういうのが好きなのはよくわかるが、さすが2時間近くそこで遊んでいるのに付き合うのは疲れる。


12月7日 月曜日

 はれ。

 髙村薫さんの『太陽を曳く馬』の下巻をやっと読み終える。この本本当に読むのに疲れた。
 ところでこの本のことを書くにはどうから、どのように書いたらいいのか、頭を痛める。テーブルには上下巻積み上がったままである。


12月8日 火曜日

 くもり。

 先月の中旬に風邪を引いて、それが長引き、完全に今までのペースが乱れてしまった。そこに大阪に行きで、その準備やら、その後の整理など、時間を取られることが多かったので、先月からぐしゃぐしゃである。
 本も思うように読めないし、こうして文章を書くのも億劫になっている。書くだけではない。ブログにアップする原稿(そんな大それたものじゃないのだけれど、そういうしかないから)は溜まっているから何とか使えるのだが、それだってアップするに当たり、多少の修正もする。しかしそれさえも思うように出来ない状態である。文章を直しているうちにだんだんおかしくなっていくのがわかるのである。
 いくら好きでやっていることとはいえ、ある程度体調も良くないといけないし、時間的な余裕もないとできるものじゃないと思い知る。なんだかこのまま調子が今ひとつのまま終わってしまいそうな感じがしてしまう。

 飲んでいる薬がなくなるので、病院へ行く。これが今年最後になる。その後ヨーカドーへ行き、そこのレストラン街で元気が出るようにと、ひれかつ定食を食べてみた。
 孫のクリスマスプレゼントを買うために寄ったのだが、希望していたものがなかった。
 結局家に帰ってからAmazonで注文する。今回はAmazonでのラッピングは頼まないことにして、こちらでラッピングをすることにした。Amazonのラッピングは大したものじゃないくせに、それなりの金額を取るので、馬鹿らしいと思っていたのだ。


12月9日 水曜日

 はれ。

 今朝は寒かった。今年は暖冬だと言うが、やはり12月である。初冬の寒さを感じる。
 
 村上春樹さんの『ラオスにいったい何があるというんですか?』を読み終える。

 先日読んだ養老孟司さんの『手入れという思想』を購入。この本、なかなか示唆に富んだ本で、もう1冊の本と一緒にまとめて感想を書こうと思っていたのだが、うまくまとまらず、とりあえずこの文庫本をもう一度読んでから書いてみようと思ったのだ。
 今年は図書館で借りて読んだ本が、手元に置いておきたいというもに変わったものが多かった。

 昨日Amazonに注文した孫のプレゼントが届く。早い。


12月11日 金曜日

 雨のちはれ。

 朝方かなり強い雨が降ったのだが、その後南風が強く吹き始め、日が照り出すとなんと12月だというのに最高気温が24.1度になったという。
 夜は今度は北風に変わり、そのまま強く吹いている。
 とにかく強い風のお陰で、落ち葉が庭一面に広がってしまっている。風がいつまでもおさまらないので、庭掃除は明日にすることにする。明日は大変だ。
 風が強かったせいか、急に鼻水が出始める。花粉症みたいになってしまった。

 今日の新聞広告に『没後20年 司馬遼太郎の言葉』というムックが発売されたことを知る。さっそく行きつけの本屋さんで購入する。
 しかし司馬さんが亡くなられてもう20年になるのか。司馬さんは「21世紀に生きる君たちへ」で「私の人生は、すでに持ち時間が少ない。例えば、二十一世紀というものを見ることができないにちがいない」と書いていたのを思い出す。

 このムックのページををめくってみると、司馬さんの本棚が巻頭ページにカラー写真である。たぶんここにある本はほんの一部なんだろうな、と思うけれど、それでもすごい量の本だ。確か大阪にある司馬遼太郎記念館には司馬さんが抱えていた本がズラリと並んでいたはずだ。それを写真で見たことがある。
 実は先日大阪に行ったとき、この司馬遼太郎記念館に寄りたかった。
 さらにこのムックの最後には司馬さんの本の初版本一覧がカラー写真で載っている。これもじっと見入ってしまった。こうして好きな作家の本の展示は見ていて楽しい。
 ちょっと前に台東区立中央図書館内にある池波正太郎記念文庫に行った時も、そこに展示されていたも池波さんの著作もじっと見入っていたものだ。こういうのは大好きだ。
 来年は吉村昭さんの著作が展示されている日暮里の図書館に行ってみようと思っている。

 吉村昭さんの『わたしの普段着』を読む。


12月13日 日曜日

 雨。

 インターネットエクスプローラに「お気に入り」というのがある。要するに自分がよく行くサイトをここに登録しておけば簡単に行けるというやつだ。ただこの場合「お気に入り」だけでなく、必要に迫られて使わなければならないサイトも登録される。だからそれが不要になれば、整理することになる。
 そんなことをしていたら、あるサイトがそこにあった。私がいた会社を買収した親会社のサイトである。もちろんもうこれは必要ないので、削除しようと思ったのだが、削除する前にもう一度見てみた。
 会社案内に本社の所在地が記載されている。住所、電話はかつて私が使っていたものとまったく同じだ。そういうことか。この会社の本社が移動してかつての私がいた事務所に移ったのだ。そして電話番号、ファックス番号はそのまま使っちゃっているわけだ。電話をかければ、その会社の名前が言われるだけなのだ。こういうのって変えないものなんだ。自分が長いこと使ってきた電話番号がそのまま存在し、その番号を他の人間が使っているというのは不思議なものだ。私にとっては、なんだよなあ、こんな中途半端な形で残すなあ、という気分であった。つまらぬものを見てしまった。


12月15日 火曜日

 くもり。

 2017年の4月から消費税が10%になるに当たり、軽減税率を導入することになっている。その線引きを生鮮食料品までとするか、それとも加工品まで加えるか、そして外食も加えてしまえ、なんてすったもんだした結果、8%据え置きは加工品までと決まったようだ。
 で、ニュースでは加工品まで軽減税率とすると、1兆円予算が足らなくなり、その財源をどうするか、なんて話になっている。
 でちょっと不思議なんだけど、その税金が8%であれ、10%であれ、これから徴集されるわけで、取ってもいないのに財源が足りないって、どういうことんだろう。つまり使う方は税金徴収前にあれこれ決めてしまっているから、そんな予定じゃなかったということなのだろうか?
 でも変な話ではないか。お金を使う場合、入ってくる予定でも、もしかしたら入ってこないことだってあるわけだし、だいたいが手元にあるお金でやりくりするのが普通じゃないか。要するにこれは入ってくる金額を見込んで、先に使っちゃっているということ?だから税収不足で予算が足りないということになるのだろう。
 もちろん何でも予定を立てなければならないことはわかる。中長期的ビジョンとやらも必要でしょう。でも予定は未定であって確定ではないのだから、変更や修正は伴うものだろう。財源が足りないと言うのは、それが出来ないということなのか?

 アーナルデュル・インドリダソンの『声』を読む。なかなか面白かった。

 年賀状の印刷をする。
by office_kmoto | 2015-12-16 06:36 | 日々を思う | Trackback | Comments(0)

南木 佳士 著 『ふつうの医者たち』

d0331556_5283894.jpg この本は南木さんがパニック障害になってから回復傾向にある頃、人と話したい、という気持ちになってきたこと。またいつもは患者の話ばかり聞いてきたので、南木さんのまわりいる、マスコミに名の売れた特別な技術をもった医者ではなく、「生きた人間相手であるがゆえにさまざまな矛盾に満ちた医学、医療の分野で奇をてらわす、独善に陥らず、誠実に自分の仕事を為している医師」と話してみたい。そうすれば自分が病んで落ちこぼれの医者になって失ったこともたくさんあるが、逆にそうなったことで何かを得た気もするから、それを対話することで知りたい、とその動機を書いている。
 ここにあるのは医師として仕事をする上で、死というものが見えないものではなく、現実として各々に降りかかるものだ、という認識である。


 医者なんてそこいらの医者もの小説に出てくるみたいにかっこいいもんじゃないんだぜ。美人看護婦もいなけりゃあ、なんもねえ。あるのは死だけだ。世間のみんながあたかもないもののように毛嫌いしている死だけがゴロゴロころがっている。これが医者の世界の現実なんだ。
 私が小説を書き始めたのはこの事実を誰かに分かってもらいたかったからだった。
 人っていつか死ぬもんだぜ。
 この実感を、あたかもおれだけは死なないんだとでも言いたげに肩で風を切って生活している人たちにそっと伝えたかったのである。


 どうしても親父の後ろででんと控えている死を見てしまうんです。家の中に死を予感させる人がいるというのは、とても重苦しいんですね。介護者の大変さというのは、実際にやっていることの大変さもあるけれども、もう一つ、家の中に、ふだんは目を背けていた死が入り込んでしまうことにもあるような気がするんです。(在宅医療の理想)


 南木 ねえ、こんなに死を見る仕事だとは・・・・・。
 皆川 死を見る仕事だっていう予想はしていましたけれど、助ける仕事じゃないんだなっていう実感は、医者になって初めて持ちました。
 南木 うん、もっと助ける仕事だと思いましたよね。助けるところに関わることがいっぱいあるもんだと思っていたのに、実はほとんどないんですね。(文学か医学か)


 ただ、いずれにせよそこでめげてしまうと、次の患者さんを診にくくなるよね。だから、タフでないと医療は続けられない。死を他者のものとして乗り越えていけるような医者じゃないと医療は長く続けていけない。そういう逆説的なところが実際の医療現場にはありますね。(文学か医学か)


 芸能人がガンの手術をした。あるいはガンで死んだ、というニュースがここのところ頻繁に流れているけど、別に今回が特別なわけでもない。日々多くの人が死んでいるのである。
 またガンにかからないためにはなんていう番組も頻繁にやっているけれど、さすがにこの歳になってガンでは死にたくないなんて思わない。なっちゃったらしかたがない。ガンにかぎらず他の病気や事故で死んでも、それなりの年数を生きてきたのだから、それはそれで仕方がないな、と思う歳になっている。それを寿命と諦められる歳になってきた。だからありのままの死を、その生死感を聞いてみたいと思う。

 南木さんの既存の著作はこれで全部読んでしまったことになる。あと最新刊が出たのでそれも手に読んでみるつもりだ。
 そしてこれから先、この寡作な作家が自分がたどってきた道ばかり追い続ける作風に徹するのか、それとも南木さんの人生とともに進行していく形で、歳相応、日々の変化を綴っていくのか、さらに新しい試みをするのか、それを楽しみしている。


 南木 佳士 著 『ふつうの医者たち』 文藝春秋(2003/02発売)文春文庫
by office_kmoto | 2015-12-14 05:31 | 本を思う | Trackback | Comments(0)

村上 春樹 著 『ラオスにいったい何があるというんですか?―紀行文集』

d0331556_10335116.jpg この本を読んで、村上さんによる紀行文は結構あったよなあ、と思い出していたら、あとがきにちゃんと書いてあった。村上さんに言わせると「紀行文的な、あるいは海外滞在記的な本」として、『遠い太鼓』『雨天炎天』『辺境・近境』『やがて哀しき外国語』『うずまき猫のみつけかた』『シドニー!』をあげている。
 もともと村上さんは日本の騒がしさに嫌気をさして、海外に出ることが多いようなので、必然的にこうした本が増えるのだろう。
 今回はボストン、アイスランド、オレゴン州ポートランド、メイン州ポートランド、ミコノス島、スペッツェス島、ニューヨーク、フィンランド、ラオス、トスカナ、熊本県の話である。
 今回の旅の話は、いわゆる旅として訪ねて行った場所と、以前一時的に暮らしていた場所の再訪の二パターン分かれる。そして私はどちらかと言えば、再訪の話が面白かった。


 かつて住民の一人として日々の生活を送った場所を、しばしの歳月を経たあとに旅行者として訪れるのは、なかなか悪くないものだ。そこにあなたの何年かぶんの人生が、切り取られて保存されている。潮の引いた砂浜についたひとつながりの足跡のように、くっきりと。(野球と鯨とドーナッツ)


 かつて暮らしていた場所に行ってみるとその変化に驚くとともに、変わってしまった中にもかつての風景や人が残っていることを懐かしむ。
 この紀行文を読んでいて思うことは、よくある紀行文と違い、「何でも見てやろう」的な見たこと、体験したことを、ガツガツ記述していないところがいい。どちらかと言えば村上さんの素のままに旅を楽しんでいるのが感じられる。場所場所で感じたことを、“独り言”みたいに書いているところが面白いし、村上さんらしい。たとえばスペッツェス島では次のように思う。


 スペッツェスはペロポネソス半島にほとんどくっつくようにしてある小さな島だ。本土までは、がんばれば泳いで渡れるくらいの距離しかない。小さな水上タクシーで簡単に対岸と行き来することができる。日本人ならひとつ橋を架けちゃおうということになりそうだが、ギリシャ人はそんなことはまず考えない。島はいつまでも島のままにしておく。便利か便利でないかはさておき、それがたぶん自然なことなのだ。(懐かしいふたつの島で)



 フィンランドの湖畔にあるお城が一時刑務所として使われ、また修復されお城として復活したことが書かれている場面がある。


 今ではお城の中はきれいに修復され、自由に見学できるようになっている。かつて刑務所だったという雰囲気はまったく残っていない。もし望めば広間を借りて、そこで結婚式を開くこともできる(まあこれも考えてみれば一種、刑務所に入るのと同じようなものではあるんだけど)。(シベリウスとカウリスマキを訪ねて)


 といった感じだ。ぼそっと言っちゃっているところが好きである。まだある。熊本のくまモンの経済効果の話に反応している。


 その経済効果というのは具体的に言って、いったい誰が得をしているということなのだろう(そしてもし日銀にそれほど正確な試算能力があるなら、どうして日本はこんなに借金漬けの国家になってしまったのだろう?)・・・・・と尋ねようかと思ったが、思い直してやめた。(漱石からくまモンまで)


 要するにカッコ内にある村上さんの言うことは確かにその通りだし、また不思議なところなのだが、それを思いとして書かれているところが笑えるのである。
 それにしても村上さんの旅のスタイルはいつまでも若いなあ、と思ってしまう。


 当時の僕は『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』という小説を書き上げ、次の作品『ノルウェーの森』の執筆に取りかかることを考えている三十代半ばの作家だった。「若手作家」という部類にいちおう属していた。実を言えば、自分では今でもまだ「若手作家」みたいな気がしているんだけど、もちろんそんなことはない。時間は経過し、当然のことながら僕はそのぶん年齢をかさねた。なんといっても避けがたい経過だ。でも灯台の草の上に座って、まわりの世界の音に耳を澄ませていると、その当時から僕自身の気持ちはそれほど変化していないみたいにも感じられる。あるいはうまく成長できなかった、というだけのことなのかもしれないけど。(懐かしいふたつの島で)


 こう書かれていても、むしろそうした気持ちを持てる村上さんをうらやましく思える。
 最後にアイルランドいる鳥、パフィンのこと書く。


 北極近辺で活動する鳥のくせにくちばしがまるで南国の花みたいにやたらカラフルで、足がオレンジ色で、ぜんぜん北方ぽくない。目つきはどことなく阪神(→楽天)の星野監督に似ている。


 これは笑った。開高健さんの「オーパ」シリーズにパフィンの写真があり、それを覚えていた。確かに北方ぽくない鳥である。この鳥、葛西臨海公園の水族館にいるそうだ。近くで見られるなら、村上さんじゃないけれども見に行きたいものだ。


村上 春樹 著 『ラオスにいったい何があるというんですか?―紀行文集』 文藝春秋(2015/11発売)
by office_kmoto | 2015-12-11 10:36 | 本を思う | Trackback | Comments(0)

髙村 薫著 『レディ・ジョーカー』〈上〉〈中〉〈下〉

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 この本も昔読んでいる。ただ読み返してみてこんなに複雑な話だったかな、と驚いている。
 事件は競馬場で知り合った5人が1兆円企業である大手ビール会社日之出ビールの社長の誘拐を企てるところからはじまる。彼らはいずれも自分たちが住んでいる社会や生活に得体の知れない不満を抱えていた。
 話はとにかく複雑化しており、どこから書き始めたらいいのか難しい。ただ下地として、日之出ビールは過去に同和問題を抱えており、それを公にした手紙の存在があり、その手紙を書いた主が今回誘拐の首謀者薬局店主物井清三の兄であった。
 そして物井清三の孫の孝之が日の出ビールの採用試験を受けたが、この同和問題によって不当な差別を受け、不採用となっていた。
 さらに孝之には付き合っている女性がいたが、その女性の母親は日之出ビールの社長の妹であった。
 孝之はその後交通事故で亡くなる。
 息子の不採用に疑問を持った父親が息子の不採用の理由を会社に問いただすが、そこに例の手紙が父親の前に現れ、今度は疑問を問いただすだけで済まなくなっていく。
 結局この父親も自殺してしまうのだが、これらのことが物井の中に眠っていた悪鬼を呼び覚ましてしまった。

 物井をはじめ警視庁刑事、トラック運転手、旋盤工、在日朝鮮人の信用金庫職員は、日之出ビールの社長城山を誘拐した。それぞれの特技を生かして計画された誘拐劇であった。
 社長の誘拐が判明して警察は動くが、犯人達からの要求は何もなく、城山は56時間後解放されてしまった。警察は犯人達の動機がわからなかったが、城山は自社のビールを人質に犯人たちから20億円の身代金を要求されていた。ただ警察には6億円の身代金が要求されたという嘘を伝えることを言いくるめられていた。
 その後日之出ビールに異物が混入さたビールが見つかり、6億円の身代金の受け渡しが始まる。しかし3回の受け渡しは嘘であった。犯人たちは社長の城山と特別なコンタクトを持っていて、20億円の受け渡しが影で始まっていたのである。
 合田雄一郎は日之出ビールの社長城山の警備と動向を探るように警察幹部から指示される。
 合田は社長誘拐がこうもうまくいったのは、犯人たちに警察関係者がいるのではないか、思っていたが、結局20億円は犯人の手に渡った。
 しかしこの事件はこれだけで済まなくなり、形を変えて社会の裏側に波及していく。日之出ビールの過去にあった同和問題。そして企業テロ。総会屋への利益供与の問題。日之出ビールの株の下落から仕手筋の株屋による株価操作に及んでいく。
 さらにそれそれの組織に関わる人物たちに複雑な人間模様を呈していく。20億を手にした犯人たち。日之出ビールの幹部たちの対応とやりとり。犯人を追う合田たち警察と、加納がいる検察。さらに事件を追う新聞・マスコミなど、そこで繰り返される誘拐や恐喝、強請、詐欺、殺人、失踪、自殺が話を複雑化する。そうして社会の闇を浮き彫りにしていく。


 一兆円企業の社長を逮捕監禁し、数億の現金を要求し、三回にわたる現金受渡未遂を繰り返した上に、商品へ異物を混入して世間をパニックに陥れ凶悪犯レディ・ジョーカーが、こうしていま、もっとも大きな構造的な不正をめぐる動きに呑み込まれてゆこうとしているのだった。


 私は20億円をせしめても犯人の物井が感じるむなしさが、犯罪を成功させても喜びに変わらないことに考えさせられる。


 年を取るというのは、何かしらぞっとするようなことだ。一つ一ついろいろなものを失っていくのは仕方がないにしても、失ったあとを埋め合わせるものがないのが老いだ。


 さらに誘拐犯人に加わった現職の刑事半田とそれを追う合田が、警察組織に心を壊していく。誘拐犯と刑事の差があっても、その差を生んだ過程は変わらない。どこで留まるかだけである。


 上から黒だと言われたら、下は「はい」と言い、白だと言われても「はい」と言うのが警察だ、と半田は腹のなかで考えた。そうして、かたちばかりの「はい」を一つ吐くたびに、自分の尊厳が破壊される。


 駅まで歩く間、背中に張りついているもう一人の自分が<そのうち辞めてやる>と去勢を張っていた。半田は鼻白みながら、<そう言い続けて何年だ>と思った。己の尊厳や自信はせいぜい夢想の中で挽回して、明日も明後日もとにかく働くしかないのが現実だった。


 さあ、半田という獲物が視野に入ったぞ、追え、追え、という声は聞こえるが、頭も身体も鈍く、重く、何を考え込むわけでもないのに、自分はこうして立ち止まっているのだった。毎日毎日<仕事に打ち込めば忘れる>と自分に言い聞かせてきたが、このまま、自分はほんとうに刑事を続けられるのか、と合田はいまもまた自問した。


 人は組織に属することで生き延びられるが、一方で心はこうして組織に自己を壊される。だから自分の夢が本当の夢でなくなり、夢を見ることが、現在の自己を回復する手段になってしまい、それで何とか自分を持ちこたえていく。やりきれない。
 話は飛んでしまうが、テレビの「下町ロケット」を見させるものは、こうして自己崩壊してしまいかねない人々が、ドラマの中で見せる一発逆転がスカッとさせるからだろうと思う。それくらい組織や社会が人の心を蝕む。
 とにかく上中下と1500ページ以上の大作に完全に呑み込まれてしまった。出だしこそ長い前置きにうんざりしていたが、読む進めるうちに、事件の思わぬ展開と、これでもかというくらい社会の闇、人の心の闇が描かれ、圧倒されてしまった。


髙村 薫【著】『レディ・ジョーカー』〈上〉新潮社(2010/04発売)新潮文庫

髙村 薫【著】『レディ・ジョーカー』〈中〉新潮社(2010/04発売)新潮文庫

髙村 薫【著】『レディ・ジョーカー』〈下〉新潮社(2010/04発売)新潮文庫
by office_kmoto | 2015-12-08 18:11 | 本を思う | Trackback | Comments(0)

菊地 信義 著 『装幀思案』

d0331556_6161596.jpg 南木佳士さんの本の装幀はほとんど菊地さんがやっている。私は菊地さんのシンプルなこの装幀が好きである。
 南木佳士という作家を知って、図書館で借りられるだけ借りて、読んできたが、手元にも南木さんの本を置きたくなった。ただ南木さんのこれらの単行本は、ほとんどが品切れ、あるいは絶版になっているようで、書店で手に入れることが難しい。だから古本屋を歩き回るとき、南木さんの本が目についたら買ってきた。
 今では数冊南木さんの本が本棚に並んでいるが、それらの背表紙を見ていると白い色で統一されていい感じである。
 白といっても、目に突き刺さる白ではなく、淡い黄色味を帯びたやさしい白である。それを眺めているだけで、気分が和らぐ。
 本の装幀は本という媒体を考えたとき、その内容だけでなく、本の外側、あるいは形など、大切な要素だと認識している。だから私は単行本にこだわるのである。文庫とか全集とか統一された装幀だとつまらない。
 菊地さんが装幀した南木さんの本では、白を基調とした装幀がこんなに美しいものとは思わなかった。それは図書館で借りたときには感じられなかったものであった。
 図書館の本は読まれることが大前提であるから、まず本に付いている帯や箱は取られる。その上で透明なシートが本全体に掛けられるから、その手触り感など一切伝わらない。色の味わいもシートを通して見るものだから、てかてか光った感じが拭えない。もちろんそれは仕方のないことだが、手元に置いておきたい本の装幀が美しいもので、その手触り感もなんと言えぬものだと、ちょっとうれしくなってくる。
 ところで図書館で本を借りてくるときいつも思うのだけれど、この透明なシートを掛けるのは大変だろうな、ということである。本のサイズや厚みなど様々だから、機械で出来るのだろうか?そんなことが気になってネットで調べてみると、やはり手作業であるようだ。
 「学校図書館司書の日々」というサイトに本にシートを掛ける手順が写真入りで解説されている。(http://ameblo.jp/gakkotosho/entry-10920478948.html)このシートをこの業界では“ブッカー”と呼ぶらしい。1冊の本にブッカーを掛けるのに要する時間は5分が平均と書かれている。これ結構大変な作業だろう。書店でちゃちゃっとカバーを掛けるのとは訳が違うことわかる。
 ところで本に付いていた帯や箱などはどうしているんだろう?やはり捨てちゃうのかな?
 とにかく南木さんの本の装幀をしてきた菊地さんがどんな人で、どんな装幀をしてきてたのか知りたかったので、菊地さんが書いている本を図書館で借りて読んでみた。
 この本もシックな装幀で、色合いもいい。ブッカーがなければ手触りも良いのだろうと推測される。

 その菊地さんの本である。


 書店の平台で、あ! いい本だと目にとまる本がある。造本や装幀が奇を衒っているわけでもない。題名から内容は漠然としかわからない、著者の名も知らぬ。なのに、だからというか、未知の美しいオブジェのように見惚れてしまう本がある。広告や人に見聞きした本は、書名や著者名が目に飛びこんで、物としての本との出会いを逸している。(めっけもん)


 この本を読んでいると、菊地さんが書店で本を買うのは、我々とちょっと違う感じがする。たとえば私たちは好きな作家の本を手にする。あるいはもう目的の本を事前に見つけて置いてそれを手にする。はたまた何か面白い本はないか、と探して手にした一冊がこの本、という感じで、どちらかといえば本の内容、著者が本を求める大きな理由だろう。ここには本の装幀の良さは二の次のところがある。
 ところが菊地さんはそれに本の外装、すなわち装幀に目が行き、本が一つの美術作品のように思える本を手にする。むしろそうした装幀の良さが本の内容にも波及している感じで本を求めている。もちろん装幀という仕事をなされているわけだから当然であろう。その菊地さんが白い装幀の本が好きだと書いている。


 白い本が好きだ。書店で白っぽい本はいくらも目に入るが、あらかた白をまとっているだけだ。色の白に興味はない。白い紙で装幀された本が好きなのだ。
 色彩としての白は清潔や誠意をはじめ、おびただしいイメージがまとわりつき、観念的だ。装幀表現に白は敵ですらある。紙にかぎらず、その支持体から離れて語られる色彩は危険な匂いがする。(包む)


 さらに「白い紙ほどその物性を想起させるものはない」、「白い紙で装幀された本は、どの色よりも本の物性をあらわにする」とも書く。菊地さんが白い色にこだわる気持ちがここにある。
 菊地さんが本の装幀の意味、その存在価値を随所で書いている。


 人が本という物へ心引かれる感覚に対する謙虚さ、それが装幀に力をさずけたのだ。本は人の心を作る道具。本に盛られた作品は読者を得、読む人の心に意味や印象を結ぶ。読んだ人の心の数だけ作品が生まれる。文芸であろうと実用の書であろうと、文を綴る言葉の真の役割(読むという行為を得て意味や印象を生む)に誠実であれば、本を作る側(著者・編集者・装幀者・・・・・・)は本のあと半分の作り手である読者に己を提示するに謙虚でなくてはならない。(装幀の慎み)


 良い装幀には、一瞬そのすべてを忘れて、見つめさせる力がある。(取り寄せ)


 人を読者へと誘うことが装幀の目的だ。(火種)


 本と読者を橋渡しするのが装幀。(小村雪岱『日本橋』)


 本の装幀では函やカバー、表紙に見返し、扉から本文の組み方までデザインする。(竹下夢二『露地のほそみち』)

 本は人が手に取って表紙を開き、ページをめくり見る。函やカバーをはじめ、素材の感触は装幀表現の大事な要素だ。(粟津潔『シュールレアリスム宣言』)


 装幀は人の目を引き、読みたいという思いを誘い、手に取られることをめざす。(加納光於『螺旋都市』)


 色は装幀に不可欠な要素だ。たとえ白い紙に表題を記しただけの本も、白という色をもつ。(清原悦志『吸血妖魅考』)


 装幀という仕事は、本のすべてをデザインする。何も表紙だけじゃないのだ。しかも読む人のことを十分考えて、奇を衒った装幀を嫌う。


 ところで、菊地さんが読者が読むことを考えて本の装幀を考えている一文がある。


 版面(一行の字数と一頁の行数)の天地・左右のあきは、一行の字数や判型にかかわりなく、天を地より多くした方が、上から下、下から上へ字を追う目線が版からこぼれない。天のあきが少ないと、下から折り返し、上がってきた目が次の行の行頭にわたれず外へ出てしまう。
 版面の綴じられる側がノド、逆が小口。ページ数や綴じ方にかかわらず、ノド側は丸みをおびるので小口のあきよりひろくする。小口のあきは、読者の指先が行に乗らぬ、十五ミリほどはほしい。(チリ)


 この文章を読んでいると、確かに本を読んでいて次の行に移ろうとするとき、次の行がわからなくなることがある。思わず行を探したりする。ページを押さえる指が本文にかかってしまうことも経験したことがある。でも読者は我慢して読んでいる。きっとこんな本は菊地さんからすればいい装幀の本じゃないんだろうなあ。
 でもこうして読む側のことを考えて作られた本は、読みやすいだけに、装幀者の気配りを感じることがないかもしれない。これからはこのようなさりげない気配りが装幀にあることを少しでも感じたいところである。
 それにしてもこの本値段を見てびっくりしてしまった。本体価格3,000円となっていた。この値段だったら、紹介している本がカラーであってほしかった。カラー写真だともっとわかりやすかったと思う。


菊地 信義 著 『装幀思案』 角川学芸出版(2009/03発売)
by office_kmoto | 2015-12-03 06:17 | 本を思う | Trackback | Comments(0)

平成27年11月日録(下旬)

11月16日 月曜日

 はれ。
d0331556_2016578.jpg 髙村薫さんの『照柿』の下巻(新潮社 2011/09発売 新潮文庫)を続けて読む。

 やっとシクラメンの種が発芽した。発芽までに4週間かかったことになる。発芽するまでの結構時間がかかったので、これはダメかな、と思ったが、何とか芽を出てくれた。ただ発芽したのはいいが、この後どうすればいいのか、またネットで調べて対処するしかない。果たしてうまく行くかどうか・・・・。
 シャコバサボテンは花芽が大きく育ってきている。今年はかなり過保護に育ててきたので、その成果が出たみたいだ。
 いつもは外に放りだしたままにしてあって、雨が続くと葉っぱが腐って落ちてしまっていた。今年はそうした雨にも気を使って、水のやり過ぎに注意してみた。
 一方シンビジュームは今年も花芽を付けない。何が悪いのだろうか?今花芽が出ないと今年もダメだと思う。花が咲くのに咲かないというのは、ちょっと悔しい。何が問題なのか、素人園芸家はあれこれ悩むのである。
 植物を育てるのは簡単そうに見えて難しい。放って置いても育つものもあれば、徹底的に管理してやらないとダメなものもある。まあ育てるというのだから、ある程度手を掛けてやらなければいけない。ただ手を掛けて花を咲かせれば、やった甲斐がある。







11月18日 水曜日

 くもり。

 続いて髙村薫さんの『レディ・ジョーカー』上巻を読む。


11月20日 金曜日

 くもり。

 村上春樹さんの予約した新刊が入荷したメールがあり、近所の本屋さんに取りに行く。ついでに伊集院静さんの新刊エッセイも購入する。
 帰りにすぐ近くにあるブックオフに寄る。棚に吉村昭さんの『わたしの普段着』の単行本を見つける。360円とある。このエッセイは文庫本で読んでいるが、吉村さんの本はできれば単行本で欲しい人なので、購入する。
 結局今日は3冊本を買ったことになるのだが、楽しみにしていた村上さんのエッセイよりも、吉村さんのエッセイが偶然にも手に入ったことの方がうれしくなってくる。私にとっては探している本が見つかる方がうれしい。


11月21日 土曜日

 はれ。

 髙村薫さんの『レディ・ジョーカー』中巻を読み終える。


11月22日 日曜日

 くもり。

 髙村薫さんの『レディ・ジョーカー』下巻を読み終える。完全にここ2~3日はこの本にはまってしまった。


11月23日 月曜日

 くもり。

 やっと気持ちも元に戻りつつあるので、今日は一気に書きたいことを下書きに書き込んでいく。
 髙村さんの本に夢中になったり、たまっている録画を間で見たりしていて、借りていた返却日が25日に迫っている司馬さんの「街道をゆく」のビデオを慌てて見始める。9巻目を見終え、10巻目に突入。何とか見終える。このビデオ少し休むことにする。
 髙村さんの合田雄一郎シリーズがもう一作あるのも読みたいので、昨日録画した「下町ロケット」は明日以降にする。これでも何かと忙しいのだ。


11月25日 水曜日

 くもり。

 続いて髙村薫さんの『太陽を曳く馬』の上巻を読み終える。


11月27日 金曜日

 はれ。

 のぞみに乗って妻と二人で大阪に行く。甥っ子の結婚式に出席するためだ。昼過ぎに新大阪の着き、義理の妹夫婦に迎えに来てもらう。


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 この後義理の妹夫婦がセッティングしてくれたなんばグランド花月に行く。吉本興業の漫才と吉本新喜劇を見る。生で見ていると、漫才師が唾を飛ばして漫才をしているのがわかる。漫才は新人とベテラン差が明らかで、面白味が全然違う。
 今日は妹夫婦の家に泊まる。


11月28日 土曜日

 はれ。(大阪)

 甥の結婚式。住吉大社で挙式。まだ七五三の時期であるようで、多くの親子連れを見かける。一眼を持って境内を歩いているからか、シャッターを押してくれとお父さんから頼まれる。


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 式は伝統的な神前で行われ、本殿まで行列を組んで歩いて行く。天気にも恵まれ、カメラのファインダー越しに眺める二人は華やかだった。ただ本殿は吹きさらしなので、式の間座っていると、寒くなる。
 披露宴は住吉大社内にある会場で執り行われた。気配りが行き届いた良い披露宴であった。
 式が終わった後、すぐ着換えて、新大阪に直行。6時過ぎの新幹線に飛び乗った。家に着いたのは10時半過ぎであった。さすがに疲れた。


11月29日 日曜日

はれ。

 さすがに昨日の疲れが残っている。
 午後から昨日撮った式の写真をパソコンに取り込んだり、Photo DVDを作成したりする。可愛い甥っ子のためである。きちんと写真を整理して渡してやろうと思っている。

d0331556_20303294.jpg 大阪に行く時から読み始めた伊集院静さんの『追いかけるな』(講談社 2015/11発売)を読み終える。この本は大人の流儀の5巻目に当たるが、さすがに鼻についてきた感じだ。
 ただ次の文章は私と同じだ、と思った。


 NHKの「ニュースウォッチ9」の大越健介氏が番組を終えた。私は彼の贔屓であった。大学野球の後輩ということもあるが、それ以上に、今のテレビのキャスターには珍しく、語り口に情緒、信念が感じられた。ニュースの真実を探ろうと、井上あさひさん、廣瀬智美さんと信頼できる時間を作っていた。それが聞けないのはまことに残念だ。(春は別れだけの季節ではない)


 私も大越キャスターのファンであった。問題もあったようだけれど、私は大越さんが井上さんや廣瀬さんに語りかける雰囲気が好きだった。確かにニュース番組にしては情緒があった。この後あるニュース番組の偉そうで、まるで自分が国民の意見の代弁者みたいな大きな顔をして話すキャスターと全然違う。(私はこの人が大嫌いである)
 大越キャスターが辞めた後、私は「ニュースウォッチ9」を見なくなった。大越さんの後のキャスターが何だか顔がない。味が感じられない。隣にいる女性アナウンサーも力んでいる感じがいつまでもあり、見ていると疲れてくる。この人ニュース番組に向いていない気がしてならない。
 今は夕方TBSの「Nスタ」をつけて適当に見ている。全国のニュースより、関東、首都圏のニュースが好きだ。特に「首都圏ニュース845」は平日ほぼ見ている。結局無味乾燥のニュースより、身近に感じさせてくれるニュースが見たいのだ。今は全国ニュースにそう感じさせるものがないような気がする。

11月30日 月曜日

くもり。

 甥の結婚式の写真をプリントアウトし、記念写真として台紙に貼ったり、アルバムに貼ったりして1日が終わる。そのため写真の台紙やアルバムを秋葉原のヨドバシにも行って買い求めてきた。
 写真は私が選んでプリントしたので、もしかしたら他の写真や焼き増しを求められても面倒なので、写真のデータファイルをUSBメモリーにコピーしておき、DVDやアルバムとと一緒にして大阪に送れるようにしておく。

 今月はいつもと違う月末を過ごしたので、私個人がいつもする“月次処理”が出来なかった。また今月は風邪を引いて、それが長引いたために、本も思うように読めなかったし、リズムも狂ってしまった。私は一度リズムが狂うと元に戻すの時間がかかる人なので、これが困る。

 外に出してあったシャコバサボテンが花が開きそうになったので、家の出窓に置く。今年はたくさんの大きな花が付いているので、咲けば豪華になりそうだ。

 夜、カレンダーを変えるとき、もう1枚しかないことを知る。明日から12月だ。気忙しい月が始まる。体調を崩さぬようにしないといけない。
by office_kmoto | 2015-12-01 20:33 | 日々を思う | Trackback | Comments(0)

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