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平成28年12月日録(下旬)

12月16日 金曜日

 晴れ。

 図書館に本を返しに行く。

d0331556_2054569.jpg 南木佳士さんの『こぶしの上のダルマ』(文藝春秋2005/04発売)を再び読む。この本は以前図書館で借りて読んだ。そして今度は自分の本として読む。この本は八篇の短篇からなる。
 いずれも南木さんと思われる主人公の母親が自分が三歳の時亡くなり、その後祖母に育ててもらった。その時一緒に暮らしていたおときばあさんがいた。しかしおときばあさんがどこで生まれ、どうして祖母と一緒に暮らしていたのかわからなかった。そのおときばあさんのどういう人だったのか、それぞれの短篇の中で村の人や親戚に尋ねることで八篇の短篇が繋がっている。

 「こぶしの上のダルマ」でワープロが辞書を引かなくても文章が書け、時間が短縮されることに有難味を感じていた。清書の時も重宝していた。そのままフロッピーで編集者に送ることも可能だが、それでも一度プリントアウトして確認してしまう。


 画面とフロッピーだけで清書、校正、郵送は可能だが、そこは紙に書かれたものしか最終的に信頼できぬ世代に属してしまっているゆえ、また、最後のページまでプリントアウトされた原稿を机の上でとんとんときちっとそろえるときの、しょせん虚構書きなのだと自嘲をまじえながらも、確実に手に持ち重りのするものを仕上げる座業を終えたと感じられる、あの至福の時間が味わえなくなるのはたまらない。


 これよくわかる。こうしてつまらぬ文章を書いている自分でも、この主人公と同じように画面に出ている文章だけだとどこか不安がつきまとう。だから一度、紙にプリントアウトする。出来上がったことを紙で確認することで満足出来るタイプである。その上で誤字脱字を確認するのはあくまでも紙の上だ。昔からそうであった。仕事で何かデータ資料を作っても、最終的に紙に打ち出して、確認し、保存する。紙であることが当たり前に世代であった。

 主人公のワープロが壊れ、何とか修理してもらおうと、サービスセンターに電話をする。しかしもうワープロ生産終了となっていて、修理にも結構な金額がかかる。それでもいいのですか、と聞かれる。センターの女性はこんなに金額を掛けるならパソコンにシフトした方がいいと言う。でもこのぐらいの年齢になると、次に新しいものへ挑戦するというのは難しい。だから金額がかかっても修理してもらう方を選ぶ。
 病院でパソコンが導入されて、やっと自分も同じメーカーのパソコンを買う。厄介な世代に生まれ、年齢になると、きっとこうなるだろうな、と思わせる。


 「なんだか、書いているもんはえれえ年寄りくせえが、打ち方を見ていると、まだわけえじゃねえか。けっこう欲が残ってるじゃねえかい」


 からだの調子が良くなって住んでいる地区の広報部長をやるようになり、マレットゴルフ大会に参加出来るようになった。そして実際それをやってみると、勝ってやろうという欲が打ち方に出てしまった。それを百戦錬磨の地区の年寄りに言われたのだ。
 なるほど、元気になれば、こうなっていく、としみじみ感じさせる。生きることは欲の出ることなのかもしれない。


12月17日 土曜日

 晴れ。

 娘と孫が来る。今日は早めのクリスマスプレゼントを孫に渡す。プレゼントはもうAmazonで購入済みで、我が家とひいおじいちゃんと、それに義理の妹からプレゼントをもらい、孫はうれしそうであった。クリスマスになれば、さらにプレゼントがもらえるみたいで、孫はこの時期一番幸せなんだろう。


 12月18日 日曜日

 晴れ。

 夕方孫たちは帰って行く。自分たちの荷物とプレゼントで帰りの荷物は一杯なので、家にあったキャリーカートを貸す。これ勤めていた本屋で本の配達用に使っていたやつ。時刻表など近所の会社に配達するときに使っていた。本屋を廃業して、捨てられるのを持って来た。以前は新聞など資源ゴミを出すときに使っていたが、今は使わなくなっていたので、娘に渡す。


12月19日 月曜日

 晴れ。

 増田みず子さんの『わたしの東京物語』を読み終える。


12月20日 火曜日

 曇り。

 南木佳士さんの『生きのびるからだ』を再読する。


 12月21日 水曜日

 晴れ。

 冬至なのに今日は暖かい。

 今年最後の病院へ行く。いつものと同じ薬をもらってきて、そのままイトーヨーカドへ行く。冬に着る普段着を買う。妻は義母の衣服を買うというので、私はここにある本屋を覗く。年末年始用のテレビガイドを購入。


12月22日 木曜日

 曇り。今日も暖かい。風強し。

 山口瞳さんの『湖沼学入門』を読み終える。


12月23日 金曜日

 曇り。

 昨日の夜は強い風と雨で、庭は隣の雑木林からの落ち葉でいっぱいであった。一気に散った感じで、それを掃除するのに結構な時間がかかる。
 その前に図書館に本を返しに行くのと、予約していた本が4冊と、別に3冊借りてくる。「来月の6日まで」と係の人間に返却日を言われ、そのままトートバッグに本を入れる。肩に掛けると重い。と同時にこれは2週間で読み切れるかな、と少々不安になる。読みたいからついつい借りてしまうが、読むのにフーフー言いながら読むのも問題だ。まぁ、頑張って読もうと思う。

 川本三郎さんの『君のいない食卓』を読み終える。


12月24日 土曜日

 晴れ。

 夫婦二人で、いつも買い物に出かけるスーパーの近くに最近出来たケーキ屋が出来た。そこでクリスマスケーキを買う。妻はショーケースに並べられたケーキをどれにするか悩んでいた。小さくかわいらしく作られたケーキだったが、甘さ控えめで美味しかった。

 年賀状を書いて投函する。


12月26日 月曜日

 曇り。

 d0331556_206467.jpg読みかけの川本三郎さんの『いまむかし東京町歩き』を午前中に読み終える。
 この本は面白くなかった。どうしてかな、と思ったら、ここにある文章には臨場感がない。資料やデータを駆使して書かれただけの文章で、川本さんの存在が希薄だ。だからこれまで感じていた川本さんの、ほのぼのとした“やさしさ”がないのである。あるのは“情報”だけだ。
 この本にあるのは、毎日新聞の掲載されたコラムを集めたものらしく、だからか、と納得する。枚数に制限があり、新聞らしく“情報”のみに終始することになるのだろう。正直なところ、記者じゃないんだから、こんなところで、こんな文章を書いていてはだめだと思ってしまった。少なくとも川本さんの良さを出せる場所ではない。

 そのあと手にした岩阪恵子さんの『台所の詩人たち』は面白く、一気に読み終えてしまった。

 朝日新聞に「お正月こそ新刊本 ゆっくり読める好機、出版界連携170点を発売」とあった。なんでも年末31日にも荷物の配送をするという。これまで書店は年末年始の配送はなかった。そのため12月の後半になると繰り上げて1月の号を早めに発売する。だから書店は12月は忙しい。
 しかし、


 書店からは「この時期ほかのお店では福袋などでお客を呼び込むのに、品ぞろえが変わらないのは書店だけだ」と、本を手に取りやすい正月休みに新刊を求める声が上がっていたという。


 確かに他の店は正月には福袋でお客を呼び込む。けれど書店は12月の新年号が発売されて、1月になっても品揃えが変わらない。
 正月は休みだし、本でも読もうかという気分になってくれる人もいるだろうから、この時期に新刊があれば売れるじゃん、ということなのだろう。(といっても今度の正月は暦の関係で短いので、そんな余裕があるかどうか疑問だけれど)
 でも12月末まで新刊を発売しようとする背景にあるのは、雑誌の売り上げ低迷にある。今年の雑誌の売り上げは書籍の7300億円を下回り7200億円と推定さるという。雑誌の売り上げが書籍を下回ったのは41年ぶりのことらしい。前年比7.7%の落ち込みという。
 雑誌が売れていないというのはよく聞く。インターネットの普及で雑誌の情報力に魅力がなくなったこと。最近では電子雑誌の読み放題サービスの普及などがあって、ますます雑誌が売れなくなっている。だからここは初の試みとして新年は頑張っちゃおう、ということらしい。
 頑張るのは結構だけれど、これで出版不況が回復するとは思えないけどなあ。新企画は結構だけれど、書店の苛酷な労働環境をさらに増すんじゃないのか、と心配してしまう。


12月28日 水曜日

 晴れ。

 急遽がんセンターに行く。知人がお腹が張って苦しがっていた。がんセンターの主治医に電話すると、すぐ薬を取りに来るようにと言われたのだ。
 丁度今日から大掃除をしていたのだが、取りやめ築地へ向かう。今日は本人がいないので、主治医に知人の状況を聞く。お腹に水が溜まっているいるのだろうとのこと。そして症状はかなり進んでいて、恐らく来年の春頃までだろうと言われた。出された薬はオプト内服薬である。
 これまでMSコンチンが処方されている。これもモルヒネである。素人の私が麻薬名を知っているのは、勤めているときに、麻薬業者として届け出を毎年提出していたからだ。そこに麻薬名と使用量、残量を毎年記入していたので、薬名を覚えていたのだ。まさかこんなこと思い出すとは思わなかった。
 MSコンチンが処方されていると知った時、もうやばいな、と思ったのだ。だから来年の春まで、と聞いたとき、意外ではなかった。
 がんセンターを出て、近くにある日調で薬をもらうのだが、何と2時間近く待たされた。今日は年内最終日ということ。ここはがんセンターの患者が多く来るから、厄介な薬が多いので、調剤も大変なんだろう。いつも1時間以上待たされるのだが、さすがに2時間はまいった。

 薬はどこの薬局でももらえます、と言って処方箋を出してくれても、いつも行っている自宅の近くにある薬局で、がんセンターで出される薬があるとは思えない。そこがたとえ「かかりつけ薬局」だとしても。
 医薬分業というのは、単に病院から一歩外に出たところある薬局で薬をもらうことなのだ。だから資本力のある大手調剤薬局は少しでも病院に近い立地を争って薬局を開設する。立地だけが薬局の存続を左右する。そこに患者が集中するから、2時間も待たされる。
 同じ待たされるなら、病院で待っていた方が楽だ。少なくとも移動しなくていい。どうせ診察を受けるのに何時間も待たされているから、ここでさらに2時間待たされても何とか我慢出来そうだ。
 ところが薬局で薬をもらうとなると、やっと病院の診察が終わった。やれやれという気持ちになって病院を出てしまうから、薬局でまた2時間待ちは精神的にこたえるのである。かといってそのまま帰って、自宅の近くの薬局で薬をもらおうにも薬がない、となれば、選択肢などないのである。

 受付時に待ち時間が1時間半と聞いたので(結局2時間待ちだったが)、昼飯を食べていないので、後で来ますと言えば、事務員は「行ってらっしゃいませ」と、清清しく言ってくれる。少なくとも「まだか?」と怒られないからだろう。外に出てくれた方がありがたいようだ。幸い築地である。食べるところはたくさんあるから、ゆっくり探してみる。
 年末で築地はものすごい人出だ。本当なら今年は豊洲だったのだろうけど、例の騒ぎで今年も例年通りの年末になったようだ。
 食事の後、主治医に緩和ケアの病院の話を早く進めた方がいいと言われていたので、がんセンターの相談室の担当者に電話し、話を聞く。
 時計を見ると予定の1時間半の15分前だったので、薬局へ行く。しかしいつまで経っても自分の番号が表示されない。結局ここで45分待ってやっと薬を手にする。


12月29日 木曜日

 晴れ。

 やばい。昨日半日潰してしまったので、大掃除が31日までギリギリかかりそうだ。
 今日は1階の窓、2階の窓とせっせと拭き掃除をする。今日は正月の買い出しにも出る。さすがに疲れてくる。


12月30日 金曜日

 晴れ。

 続いて2階の出窓の窓拭きをする。その後1階の各部屋、掃除機をかける。仏壇、神棚も拭く。
 予定していた本がまったく読めなくなってしまった。
 

12月31日 土曜日

 晴れ。

 結局大掃除は今日までかかってしまった。

 今年も4時間で終わりだ。ここには書けなかったが、今年ははっきり言っていい年ではなかった。いろんなことが持ち上がり、それにやきもきした1年であった。おそらく来年もそれを引きずることになるだろうな、という予想はつく。
 でも、それもそれで引き受けていかないとならないことだから、なんとかこなしていくことになるのだろう。

 今年1年このブログにお付き合い下さった方々、どうもありがとうございました。来年もこのまま続けようと思っているので、お付き合い願えればうれしいです。
by office_kmoto | 2016-12-31 20:11 | 日々を思う | Comments(0)

村田 沙耶香 著 『コンビニ人間』

d0331556_6193442.jpg 妻の目の治療費が自己負担の限度額を超えたので、区から高額療養費の請求申請書が届いた。それで近くの区の支所に出かけて行って、窓口で申請する。その時隣に坐っていた若い女性の声が聞こえた。何でもバイトなので国民健康保険に加入したいと言っていた。ああ、この子多分この小説の女性と同じなんだな、と思った。

 古倉恵子、36歳。大学卒業後就職もせず、コンビニでバイト歴18年。彼氏なし。おそらく処女。
 子供の頃から変わっていた。死んでいる小鳥を掌に乗せて、焼き鳥にして食べようと言ったり、子供同士の喧嘩の仲裁にスコップを持って喧嘩している男の子の頭を殴ったり、女教師のヒステリーを止めるため、走り寄ってスカートとパンツを勢いよく下ろして黙らせてしまう子供であった。そんな恵子を両親は困惑した。恵子の性格を“病気”として時にはカウンセリングを受けさせられた。
 そのため恵子は必要なこと以外喋らず、自ら進んで行動しないようにすると、とりあえず両親はホッとするのであった。
 大学を卒業後、新規オープンのコンビニでスタッフ募集の広告を見て、そこに勤め始める。家族は最初ほとんど世界と接点のない恵子がコンビニのアルバイトをすることはそれまでと比べれば大きな成長とその時は喜んでいた。しかしそのままコンビニのアルバイトを続ける恵子を不安視していく。


 なぜコンビニエンスストアでないといけないのか、普通の就職先ではだめなのか、私にもわからなかった。ただ、完璧なマニュアルがあって、「店員」になることはできても、マニュアルの外ではどうすれば普通の人間になれるのか、やはりさっぱりわからないままなのだ。


 「いらっしゃいませ!」
 私はさっきと同じトーンで声をはりあげて会釈をし、かごを受け取った。
 そのとき、私は、初めて、世界の部品になることができたのだった。私は、今、自分が生まれたと思った。世界の正常な部品としての私が、この日、確かに誕生したのだった。


 朝になれば、また私は店員になり、世界の歯車になれる。そのことだけが、私を正常な人間にしているのだった。


 朝、こうしてコンビニのパンを食べて、昼ごはんは休憩中にコンビニのおにぎりとファーストフードを食べて、夜も、疲れているときはそのまま店のものを買って帰ることが多い。2リットルのペットボトルの水は、働いている間に半分ほど飲み終え、そのままエコバックに入れて持ち帰り、夜までそれを飲んで過ごす。私の身体の殆どが、このコンビニの食料でできているのだと思うと、自分が、雑貨の棚やコーヒーマシーンと同じ、この店の一部であるかのように感じられる。


 コンビニでは、働くメンバーの一員であることが何よりも大切にされていて、こんなに複雑ではない。性別も年齢も国籍も関係なく、同じ制服を身に付ければ全員が「店員」という均等な存在だ。


 恵子の友人達は結婚し家庭に入り、子供もいる。そんな仲間と集まれば、恵子はまともな就職もせず、コンビニでアルバイトを続けているのを、一種不思議な目で見る。男性と付きあわず、結婚もしない。そんな恵子は自分が何故コンビニで働いているのか、結婚をしないのか、その言い訳を妹が考えてくれた「身体が弱いから」と言い続けていでも、やはり周りは恵子を好奇な目で見る。その上「男を紹介しようか?」といった感じでいじられキャラであった。
 普通、女が38にもなれば家庭に入っているのが当たり前のような目で見られるから、恵子は異物なのだ。


 正常な世界はとても強引だから、異物は静かに削除される。まっとうでない人間は処理されていく。
 そうか、だから治らなくてはならないんだ。治らないと、正常な人達に削除されるんだ。
 家族がどうしてあんなに私を治そうとしてくれているのか、やっとわかったような気がした。


 恵子のコンビニの新人で白羽という自分勝手な男がいた。とにかく自分を棚に上げてコンビニで働く人達を底辺の人間として見下したり、能力もないくせに起業すると言い続け、そのためにいいカモを見つけるため婚活を希望しているといけしゃあしゃあと言う。もともとまともに仕事なんか出来る男じゃないので、すぐコンビニを首になる。
 しかし寝る場所がないくせにストーカーまがいな婚活は続けており、それを見つけた恵子は、だったら書類上自分と結婚しないか、と持ちかける。恵子は男と暮らせば、仲間からとやかく言われないで済むという考えがあった。
 白羽は恵子の部屋に転がりこむ。自分を隠してくれと言って。そのうち自分は働かず、恵子に働かせ、恵子の就職先を探す。恵子は勤めていたコンビニを辞め、会社の面接に出かける。早めに面接を受ける会社に着いてしまったので、近くのコンビニに入る。しかしそこのコンビニは品揃えなどなっていなくて、恵子はあちこち指示を出す。そのうちある自覚をする。


 「私はコンビニ店員なんです。人間の私には、ひょっとしたら白羽さんがいたほうが都合がよくて、家族や友人も安心して、納得するかもしれない。でもコンビニ店員という動物である私にとっては、あなたにはまったく必要ないんです」


 私はここでやっとこの小説に入り込むことが出来たような気がする。それまではマニュアルを信奉する恵子という人間が理解出来なかった。私は昔からマニュアルというのが大嫌いだった。
 私は世間でよく言われるマニュアルの没個性化が嫌なのではない。もちろんそう感じることはあるが、時にそれが必要であることもわかるつもりである。
 しかし私の中で本質的にマニュアルを嫌悪するのはマニュアルの押しつけがましさなのだ。なんでもかんでもマニュアルで縛り付けようとする人がいる。あるいはそれを徹底させる会社がある。その傲慢さが腹ただしかった。こちらが反抗出来ないことをいいことにそれを押しつけているように思えてならなかった。そこから逸脱することを許さない。その息苦しさはマニュアルを押しつけられて来たことがある人間だからよくわかるつもりである。だから私はマニュアルをいつまでも引き合いに出す人間が許せなかった。
 一方でマニュアル化された職場に安住している恵子みたいな人間も理解出来なかった。確かにマニュアルに従っていれば、あるいは世間の常識から逸脱しない生き方であれば、傷つかなくても済む。けれどそれでいいのか、という気持ちがいつもある。マニュアルや世間の常識に何の疑問も感ぜず、住み心地さを感じられる神経がわからなかった。
 その上白羽のような男の存在がどうにも鼻持ちならない。こんな奴が身近にいたら、殴り倒したくなる。だからこの小説がなかなか私の中に入ってこなかった。
 恵子のようにマニュアルがあることで自分の立ち位置を決められる人もいるんだなと思ったのは正直驚きでった。驚きであったが、そういう生き方をする人がいる。それで自分らしさを見出すなら、それはそれでいいのかもしれない。恵子が「コンビニ店員という動物である私」と自分を卑下したような言い方をするが、決してそうでないように思えたのである。ここには世間の常識からかけ離れていても、少なくともこのように恵子が確固とした自分が自立出来る立ち位置を見つけけている。それを感じたとき、この小説を受け入れることが出来たのだ。



村田 沙耶香 著 『コンビニ人間』 文藝春秋(2016/07発売)
by office_kmoto | 2016-12-27 06:21 | 本を思う | Comments(0)

相場 英雄 著 『ガラパゴス』

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 事件が解決して一段落していた、警視庁捜査一課継続捜査担当の田川信一は鑑識課の木幡裕治からノルマが厳しいから助けてくれと、応援を頼まれる。仕方なしに身元不明者リストを見ていて、「903」の遺体写真に疑問を感じる。一酸化炭素中毒で死亡。自殺者であった。
 田川は遺体の顔写真を見て、これは一酸化炭素中毒死ではなく、青酸化合物を盛られて死んだもので、自殺に見せかけた他殺ではないか、と思う。遺体が発見された当時無差別通り魔事件が起こり、捜査関係者が出払っていて、簡単に自殺者として片づけられた事案であった。
 田川と木幡の二人はこの身元不明者が殺された竹の塚の団地へ赴く。そこの風呂場で
浴槽と受け皿のわずかな隙間から『新城 も』『780816』と書かれたメモを発見する。
 いったん商店街に戻った二人は昼食を取るため、沖縄料理店に出ていた看板を目にする。そこには<東京新城会・夏期定例会/一七時より二〇時まで貸し切り営業>とあった。メモにあった『新城 も』であった。さらに店にあった一枚の写真に「903」の男を発見する。「903」は沖縄に関係があった。さっそく宮古島署に問い合わせ、「903」の男は仲野定文、34歳と判明する。
 『新城 も』の『も』は模合のことで、友人やクラスの数人で金を出し合い、資金が必要な人間に貸し出す、沖縄では一般的な頼母子講であることがわかる。仲野はこの模合からお金を借り中学を卒業後北九州の高専進学していた。
 しかし仲野は福岡の高専を優秀な成績で卒業しながら派遣労働者となり、日本中を転々としていた。
 仲野の高専時代の友人が判明し、話を聞いてみると、仲野が派遣労働者となった訳がわかってくる。
 仲野は高専の友人有吉とは、家族ぐるみの付き合いをしていた。就職に当たり、自分と優しく接してくれた有吉やその家族に報いるために、仲野は有吉に就職先を譲る。そのことで激怒した指導教員から嫌われ、派遣労働者として働くしかなくなってしまった。
 以来派遣労働者として日本中を転々としていく。仲野は悲惨な派遣社員であっても仲間を思い、慕われていた。しかし「人の都合で人生を棒に振った」ように生きなければならないことになるのが大半であった。そんな職場環境で「人間は置かれた環境と歳月で激変する」。
 田川捜査をしているうちに、日本における派遣労働者の実体を知るようになる。そこには人間らしさは微塵もなく、人を機械の部品や材料と同じように扱う大企業の実体でしかなかった。派遣や請負会社に支払うコストは「外注加工費」という項目で計上されていた。派遣労働者は人間らしい職場だととうてい思えない職場環境で働かされ、「人件費と売上というコスト管理ばかりに意識が向いた会社、そして便利に慣らされた客との間に挟まれ、働く者のプライドとやる気は置いてきぼりにされていた」。

 仲野は日本のビックフォーの一角を占めるトクダモーターズが生産しているハイブリッド車にコストを最優先にしたために安全性に問題がある車を販売していることを気がつく。そのことをネットの掲示板に書き込んでいた。田川が見つけたメモに書かれた『780816』という数字は欠陥車の車体番号であった。
 その書き込みを覗き込んでいた男がいた。男は仲野同様パーソネルという人材派遣会社から派遣されていた。
 パーソネルという会社のシステムがこれまた人間性の欠如といったシステムで、派遣労働者の密告システムを構築し、密告したものを正社員として雇用するという“にんじん”をぶら下げて、派遣労働者を監視していた。
 そしてパーソネルはトクダに多数の請負や派遣労働者を独占的に送り込めば、売上増は間違いないと考え、仲野を排除しトクダに貸しを作った。仲野はパーソネルの“にんじん”を食らった派遣労働者に殺された。殺すように仕向けたのはパーソネルという人材派遣会社であった。
 田川の捜査は『震える牛』にあったように、捜査で知り得た情報をどんどん手帳に書き込んでいく。些細なことでも事件に関係あることはそこに書き加えられていく。そしてその手帳の厚みが増したとき、事件が解決していく。
 それにしても人材派遣というシステムがここまでひどいことになっているとは正直驚いてしまう。事件が解決して田川と木幡が言う。


 「しかし、働くってのはそんなに難しいことなのか?」

 「働きたい、単純にそう思うことがこんなに面倒なご時世になっているとは考えもしなかったよ」

 「普通に働き、普通にメシが食えて、普通に家族と過ごす。こんな当たり前ことが難しくなった世の中って、どこか狂っていないか?」


 書名のガラパゴスとは、ウキペディアに次のようにある。


 ガラパゴス化(Galapagosization)とは日本で生まれたビジネス用語のひとつで、孤立した環境(日本市場)で「最適化」が著しく進行すると、エリア外との互換性を失い孤立して取り残されるだけでなく、外部(外国)から適応性(汎用性)と生存能力(低価格)の高い種(製品・技術)が導入されると最終的に淘汰される危険に陥るという、進化論におけるガラパゴス諸島の生態系になぞらえた警句である。ガラパゴス現象(Galápagos Syndrome)とも言う。


 日本で今流行っているハイブリッド車は、この本によると日本だけで流行っているだけで、世界標準からかけ離れているらしい。仲野たちがいた工場ライン、たとえば液晶などもこのガラパゴス化にさらされている。台湾や韓国など低価格製品にやられている。このことはどうやらだいぶ以前にわかっていたらしい。地デジ化に当たりエコポイントが導入されたのも、いずれ海外の低価格製品にやられる国産メーカーを守るためのものであったらしく、エコカー減税も国産車を守るためのカンフル注射だと言っている。ポイントとか減税とか消費者を喜ばせていても、本来の目的は大企業を守るためのものだったということだ。要するに消費者のためではない。そしてそのためガラパゴス化が進み、日本のメーカーは硬直化を益々していっている、という。
 日本という国は働き方も、産業もどこか狂っている。そのことに抜本的な手を打たず、その場限りことしかしない。たぶん今も同じ状況なのだろう。
 オリンピックではしゃぎまくり、次は東京だと、騒ぎ、そのための準備が行われるが、それも外国人観光客頼み。アベノミクスもそうで、外国人投資家頼み。自分たちが変わるべきなのに何もしない。日本は益々ガラパゴス化していく予感をさせる。
 この本はミステリーとしても大変面白かったが、その上日本社会の歪みをあからさまにしている点、読んでいて考えさせられた。この著者ちょっと気になるので、他の作品も読んでみたい。


相場 英雄 著 『ガラパゴス』〈上〉 小学館(2016/01発売)


相場 英雄 著 『ガラパゴス』〈下〉 小学館(2016/01発売)
by office_kmoto | 2016-12-24 06:19 | 本を思う | Comments(0)

山本 周五郎 著 『青べか物語』

d0331556_5535070.jpg 山口瞳さんはこの『青べか物語』を何度も読んだ、と書いていた。「男性自身」はこの山本周五郎さんの『青べか物語』の影響をかなり受けていると、山本さん自身で書いていたか、解説者が書いていたか、とにかく浦粕町という架空の町、そこに住む人々の生活風景などの描き方は、「男性自身」で国立の町を、人々を描くスタイルとして参考になっているかと思われる。実際そんなことを知ったものだから、この本を読んでみたくなった。
 浦粕町とは千葉県浦安をモデルにしている。この本の解説者平野謙さんによると次のようにある。


 山本周五郎の年譜によれば、大正十五年の春、千葉県浦安町へ移る、とある。「ぶらりと浦安へスケッチにでかけ、風景が気に入った」から、そのまま昭和四年の春まで同地にとどまったのである。数え年二十三歳から二十六歳までのことである。


 平野さんは「『青べか物語』は浦安時代の作者の体験に基づいているにちがいない」と書いている。「蒸気河岸の先生」と呼ばれた主人公こそ山本さんであろう。その先生が浦安で“仕入れた”話がここにある。浦粕は海苔の養殖、潮干狩りなど漁業の町であった。そしてそこに住む人々はとにかく開けっぴろげで、うわさ好きである。男と女の話など格好の餌食となる。そんなことがいくつもここに書かれている。


 ここには美しいものはないのだ。逆に、美しい感情がもてあそばれ、汚されるのである。


 青ベかのベかとは、


 べか舟というのは一人乗りの平底舟で、多く貝や海苔採りに使われ、笹の葉のような軽快なかたちをしてい、小さいながら中央に帆桁もあって、小さな三角帆を張ることができた。


 芳爺から買わないかと持ちかけられたべか舟は水から引き上げられて久しく、そのまま伏せてあった。外側が青いペンキで塗ってあり、見るかに鈍重で不格好の舟だった。しかも船底には穴が開いていたし、舳先も折れていた。町の人々から「あのぶっくれ舟」と呼ばれていた。先生はその舟を芳爺から買い取り、修理して使った。魚を釣ったり、
舟を出して、寝転んで本を読んだりした。


 汐が大きく退く満潮の前後には、浦粕の海は磯から遠くまで干潟になる。水のあるところでも、足のくるぶしの上三寸か五寸くらいしかない。


 私が子供頃、よく浦安に潮干狩りに連れていってもらったが、記憶にある光景はまさにこれであった。アサリも採れたし、大きな蛤も採れた。
 先生は急に浦粕町を後にし、町を離れて八年後、三十年後浦粕を訪ね、大きく様変わりしている町を見る。しかし今の浦安の変わり様はそれ以上だろう。遠浅の海はどんどん埋め立てられ、ディズニーランドが出来、多くの人が行き交う。私も子ども頃に行った浦安とはまったく違う町になってしまっている、と思う。
 東日本大震災が起こったとき、ここは液状化現象が起こったが、あの頃の遠浅の海を知っている者としては、そこを埋め立てたのだから、そうなっても不思議じゃない、と思ったものだ。


山本 周五郎 著 『青べか物語』(改版) 新潮社(2002/12発売)新潮文庫
by office_kmoto | 2016-12-20 05:56 | 本を思う | Comments(0)

 出会うのか、それとも探すのか。

 ネットの古本屋さんで本を買って、それが届き、封を切るとき、どんな状態の本が届いたのか、どきどきする。もちろんサイトには本の状態が記載されてはいるが、やはり実物を見てみないと不安な部分がある。同じ本でも状態がよければその分値段が高くなる。そんな本を買えば問題はないのかもしれないが、こちらは出来るだけ安く、しかも本の状態がいいものをと、言わば賭みたいことをしているから、どきどきすることになる。
 今回もAmazonのマーケットプレイスの古本屋から南木佳士さんの古本を2冊買った。包装を解いたとき、驚いた。2冊ともものすごく状態がいい。1冊は帯はなかったけれど、ほぼ新品だ。これで1円。そしてもう1冊は本屋で買ったまま、読まれた形跡もなく、出版社の広告が発売当時のまま挟まっている。新品だ。これが32円。それぞれ送料が257円かかっているが、それでも合計で547円である。マーケットプレイスで出品しているこの古本屋さんからは何度も本を買っている。その都度間違いがない。

 神田の古本屋街は年に何回か行く。今年も数回行っているが、余り収穫がなかった。ブックオフにもよく行くが、ここも最近ダメだ。めぼしい本が見つからない。もちろんいつも欲しいと思う本があるとは限らないぐらいわかっているが、こう何も見つからなくなるとわざわざ出かけて行って本がないのはさすがに徒労感が増す。
 こうなってくるとネットの古本屋さんに目が向く。検索を入れて、見つかれば、本の状態を確認して、ポチッとクリックすればいいだけだ。送料を取られても、神田までの往復の交通費を考えれば安いものである。それに最近本を探すことに疲れてきている。長いこと本を探せないのである。そうなるとネットは居ながらにして、画面上で探せるから楽でもある。
 そういえば朝日新聞の「beリポート」で“個性で競う街の本屋さん”という特集で、「忘れ得ぬ一冊に出会う場」とある。そうか、本は探すものではなく出会うものなのかと思った。いつも本を探すことしか頭にないものだから、“出会う”と言われるとちょっと驚いてしまう。
 この記事は街の本屋さんが生き残りをかけて、独自のセレクトで本棚を作っているとある。まあ差別化ということなのだろう。
 正直なところを言えばこういう本屋さんは苦手である。どこか店主の思い入れが強く出ているような感じがしてしまう。“この本読んでね”ならまだマシだが、“この本を読め”みたいなると、おいおいと言いたくなってくる。こんな店に入ると、ここにある本を読まないとダメだぞ、みたいな、読んでいない自分が馬鹿みたいに思えてしまう。
 だから本は探しやすい方法で並べてある方がいい。店主の思い入れで並べられた棚はその人の主観が煩わしい。それにそういう展示の仕方は、自分の思うところと違うところがあって、思っていたところに本がないことが多い。店には行ってさっと探せるのが自分にとってベストなのだ。
 結局本を探すことに長いこと関わっていられない今の自分がそこにある。根気がなくなっているのは、やはり歳のせいなのだろう。だからネットの古本屋さんが重宝だと思えるのだ。
 それにネットの古本屋さんは神田だけという地域限定ではなく、日本全国の古本屋さんを探せることにもなるから、“探している本”がどこかにあり。実際今回のようにいい本がある。
 通販中毒にならない程度に、今後はもう少しネットの古本屋さんを利用しようかと思っている。年に何度か神田に行くよりは効率が良さそうだ。
by office_kmoto | 2016-12-17 06:03 | 余滴 | Comments(0)

平成28年12月日録(上旬)

12月1日 木曜日

 雨のち晴れ。のち曇り。

 今日の朝日新聞の朝日川柳に、

 「醒めました五輪やめたい人多し」というのがあり、そうだよな、と思う。まったく湯水のように金を使う競技施設の話ばかり。小池知事は「都民ファースト」と言い、「アスリートファースト」と言うが、ファーストが二つはあり得ない。いったいどっちなんだ。
 それぞれの競技団体はアスリートにレガシーとなる競技場で競技をさせたい、と言う。だったらお前らが造れよと言いたくなる。金も払わず夢や希望ばかり言っているだけ。ホンといっそうのこと止めちゃったら、と言いたくなる。

 雨があがって、庭には隣の雑木林から落ち葉が落ちてくる。秋になり冬間近になると、様々な葉っぱが落ちてくる。我が家の千重オオムラサキと百日紅、それに今年植えた梅が落葉している。

 このブログの管理画面がログアウトしたのに、ログアウトされていない。サポートセンターメールして対処方法を教えてもらう。どうやらInternet ExplorerのCookie情報が完全に削除されていない可能性があるらしく、それを削除したら直った。
 Cookieを削除したら、管理画面が旧管理画面に戻る。新管理画面になってからこちらを使うようになったのだが、ちっとも使い勝手がよくなかった。古い方が簡単でわかりやすかったので、これはいいや、ということで旧画面を使うことにする。もともと使い馴れている。新管理画面は機能性を高めたというが便利だと思ったこともなかった。
 旧管理画面はもうサポートが終わっていても、使えるようなのでこれからはこちらを使う。何でも新しいものがいいわけじゃない。
 よくバージョンアップを勧めるけど、機能にそれほど変わりがないことが多い。変にバージョンアップして困った事がよくある。今回も同様だ。

 弟の妻の父親が脳溢血で亡くなった。


12月2日 金曜日

 晴れ。

 東大島図書館に本を返却しに行く。行ったら図書館は休館で慌てる。幸い返却ポストがあったので、そこに入れておく。そのまま自転車で江戸川区の中央図書館へ向かう。いろいろ見てみたい本があったのだ。その中から7冊借りてきた。

 小針美男さんの『東京文学画帖』を読む。


12月3日 土曜日

 晴れ。

 一つの死に方として思う。故人はわがままで、飲まなければならない薬も飲まないし、一方で酒ばかり飲んでいた。脳溢血で倒れても仕方がないと家族も思う。「どうしようもない親父だった」と笑って話せる。
 残された家族に悲しみだけを残していく死に方もあれば、このように悲しいけれど、一方で諦めもついて、笑えて会葬者と話せる死に方もあることを知った。そしてこういう死に方っていいなあと思った。
 もちろん大切な人を失った悲しみはあるだろう。あるいは我々にそれを見せない気丈夫さからそういう態度を取っていたのかも知れない。でも今日の通夜で親族たちが故人のことを話しているのを聞いていると、故人は我々の悲しみを軽減させる生き方をしていたのではないか、と思ったし、それはそれで故人の人徳と言っていいような気がしたのである。
 だから、家族の言うことも聞かない、わがままな生き方で死ねばいいのかもしれない、なんて、思ったりした。
 できれば残された家族の悲しみだけを残して死にたくはない。
 「ま、しょうがないよ」って思ってくれる方が故人としてはうれしかったのではないか、そんなことを感じた通夜であった。


12月4日 日曜日

 晴れ。

 告別式へ出席する。


12月5日 月曜日

 晴れ。

 がんセンターへ行く。

 小針美男さんの『東京つれづれ画帖』を読む。


12月6日 火曜日

 晴れ。

 庭に落ちている落葉を掃く。

 三日続けて出かけているので今日は一日休養する。

 いせひでこさんの『ルリユールおじさん』を読む。児童書を手にするのは本当に久しぶりだ。美しい絵本だ。


12月7日 水曜日

 晴れ。

 F大使館、F航空へ相談に行く。麻布十番、赤坂見附と慣れないところを行くと、どこをどう行っていいのか、道に迷う。しかしスマホは便利で、目的地を指定して、画面の地図で現在地が示され、どこを歩いているかわかるから安心だ。気がつけば目的地の前にいた。
 用を済ませ、乗換地の青山一丁目で、久しぶりに直久のラーメンを食べる。昔から色の濃いスープが好きなのだ。
 ところで店に入ったのがお昼頃だったので、店内は満席であった。幸い私は二人掛けのテーブルが空いたのでそこに坐ることができたが、外では席が空くのを待っている人が並んでいた。そして一人店から出れば一人呼ばれ、相席となる。そんな中、何人もの女性が一人で店に入ってくる。昼の食事をラーメン屋で一人女性が相席の席に座るのを何人も見た。
 別にラーメン屋に女性一人で入っちゃいけない、ということはないが、どこか寂しい感じがしてしまう。それも結構次から次へと一人のOLが席に着くので、ちょっと驚いてしまった。


12月8日 木曜日

 晴れ。

 ここのところ出かけてばかりいるので、ゆっくり休む。久しぶりに役所に提出する書類をパソコンで作成する。
 今日も庭の落葉を掃く。

 桜木紫乃さんの『ホテルローヤル』を読み終える。

 実家にある藤の葉がだいぶ落ちて、種であるさやが出来ている。ふとこれを採って植えれば藤が芽を出すかもしれない、と思った。
 この藤は母が植木市で買ってきたものが大きくなったものである。出来ればこれを我が家の庭にも欲しい、とかねがね思っていた。
 ところが種を植えて花が咲くのに20年かかるとネットに書いてある。これがダメだ。20年も生きていられない。


12月9日 金曜日

 晴れ。

 川本三郎さんの『東京つれづれ草』を読み終える。


 12月10日 土曜日

 昨日、今日と風が強く、庭中隣の雑木林から落ち葉が散っている。今日も風が強いので、風がおさまってから庭を掃いた方が効率的なのだろうが、どうもだめで、気になって仕方がない。それで朝から庭掃除をする。
 百日紅は完全に葉を落とした。百日紅は葉を出すのは遅いし、葉が散るのは早い。なんかマイペースを守っている感じがしてしまう。梅もほとんど葉を落としていた。

 庭掃除をしていて気づいたのだが、この春、拾ってきた(捨てられていた)水仙が芽を出していた。去年買って花が終わった後植え替えた水仙の方はまだ芽が出ていない。ちゃんと出るだろうか?
 今年はこの他にユリと彼岸花の球根を庭の片隅に植えているが、ユリはだいぶ芽が大きくなってきているし、彼岸花は葉をすくっと伸ばしている。
 シンビジュームの花芽はだいぶ大きくなってきているし、シャコバサボテンの花芽も成長していた。

 部屋に掃除機をかける。
 その後また川本さんのエッセイを読み始めた。
 4時過ぎに風呂に入る。今日は土曜日。夕方からテレビを見るのが続くので、風呂上がりからテレビ三昧の予定。毎週土曜日はこうなる。
 

12月11日 日曜日

 晴れ。

 川本三さんの『東京おもひで草』を読み終える。
 
 今年ほど有名人、芸能人の不倫で騒いだ年はなかったのではないか。流行語大賞の候補に“ゲス不倫”なんている言葉がノミネートされる。まああの男ほど「名は体を著す」を地でいった男かもしれない。
 今日も我々夫婦が毎朝見ているモーニングショーの新人アナウンサーが、妻のいる同僚アナウンサーと不倫して、謹慎していると話題になっていると妻が騒いでいた。妻はこの新人女性アナウンサーが初々しく、頑張っているのを好感を持っていた。
 妻はこの話題でさんざん騒いだ揚げ句、「人って、わからないものね」とひとこと言って、この話題を切り上げていく。
 いずれにしても誰だって一つや二つスネに傷を持っているものと思っているが、まあ他人のスネの傷は楽しいらしい。


12月12日 月曜日

 晴れ。

 築地のがんセンターで診察を受けるため、午前中が潰れる。もちろん付き添いで行った。それと主治医に相談することもあったので、付きあうことになった。 
 その後赤坂見附のF航空へ行き、航空券を予約し、青山一丁目の地下鉄に繋がる地下街で食事をする。
 その後新宿に出て、九段下まで戻る。九段下の関東信越厚生局の麻薬取締部へ許可申請を出した。さすが麻薬取締というだけあって、簡単に受付に入れない。インターフォンを通して、ここへ来た理由を言ってから、ドアを開けてもらい、指定された部屋に入る。
 そこから後神保町まで歩いた。先日もここに来ている。欲しい本があるとは思えなかったが、ここまで来れば神保町へ行かないわけにはいかない。でもやっぱり欲しい本はなかった。

 とにかく疲れた。こうあっちこっち行ったり来たり、地下鉄をいくつも乗換え、やっと家に帰ったらヘトヘトであった。やっぱり歳だな、と思う。それと普段出かけないのも大きいかもしれない。


12月13日 火曜日

 曇り。

 岩阪恵子さんの『掘るひと』を読み終える。


 12月14日 水曜日

 雨のち曇り。

 ここのところ出かける用が多くて、気がつけば図書館で借りてきた本の返却日が迫っていた。まさかこんなに立て続けに用事が入るとは、普段の生活から考えてもいなかった。しかもよりによって多くの本を借りてしまっていた。それに慣れない用事と出かけることでの疲れがさらに本を読むことを出来なくさせる。
 考えてみたら年末掃除を何もしていない。とりあえず伸びた髪を切りに床屋に行く。

 残っていた川本三郎さんの『東京抒情』を読み終える。


12月15日

 曇りのち晴。

 明日図書館へ本を返却する。だから読み終えた本のことをせっせとパソコンに一日中打ち込む。何とか間に合った。
by office_kmoto | 2016-12-16 05:49 | 日々を思う | Comments(0)

半村 良 著 『小説 浅草案内』

d0331556_1731679.jpg 一度読んだ本でもまた読みたくなる本が増えてきた。この本もその一冊で、また読みたくなり手にする。たぶんこれから書こうとすることは以前書いたことと重複するだろうな、と思いつつ、それでもいいかと、思う。なぜなら同じ文章に引っかかるのは、それが気に入っている証拠だから。
 
 小説家である私は下町に戻ってきて、浅草の町を下駄を履いて歩き回る。自分にはやはり下町の雰囲気が合っていることを感じる。


 だいたい浅草というのは少し歩きにくい町だ。参詣人や観光客が集まってくるのだから、みんな気をゆるめて歩き方も遅くなる。左右に並んだ商店を丹念にのぞき込み、まっすぐ歩かない。
 でも土地の人たちは、そういう人々のおかげで繁昌しているのだという意識をしっかり持っていて、いくら心急いでも決して人の肩に触れるような歩き方はしないのだ。
 ぞろぞろと左右に揺れながら歩く人々の間を柔らかく縫い、それでいて素早く移動して行く。先祖代々人ごみで暮らしている生活技術のひとつだろう。
 私は他との衝突を未然に回避するセンスを、「粋」と呼ぶのだと思っている。だから「粋」は人ごみから生じたもので、あまり目立つのは「粋」なことではなかろうか。(朝から晩まで)


 確かに浅草の仲見世を歩いている人の歩みは遅い。人が多いというのも確かにある。でも、浅草を下駄で歩けるのはいいなあ、と思う。
 しかし本当に下駄を履いて歩いている人を見かけなくなった。以前にも書いたけど、大学時代下駄を履いて通っていた。構内をカランコロンと音を立てながら歩いた。夏など素足で下駄を履いて歩くのは最高に足が気持ちいいんだけどなあ。こんな本を読んでいるとますます下駄を履きたいな、と思う。


 浅草に移住してから、歩き回るうちに少しずつ飲み仲間も出来てくる。誘ったり誘われたり、仲間との会話を楽しみ、冗談を言い合う。そんな中浅草ならではの「気遣い」も感じる。それを心地よく感じる。また浅草の人には浅草ならではの「芯」があることも感じる。それを思うと、いくら浅草で仲間と一緒に飲み、話しても、自分にはそういった「芯」みたいなものがないように思われ、一抹の淋しさを感じていく。疎外感といったものだろうか。


 英ちゃんはシャッターの施錠を確認すると、本堂のほうへ歩き出した。仲見世の人は、店をしめたあと、たいてい観音さまへ夜のご挨拶に行く。

(略)

 合掌、瞑目。
 英ちゃんのとなりで、私も同じことをしていた。一年三百六十五日、英ちゃんは店をしめてから必ずそれを繰り返しいるのだ。
 観音さまあればこそ仲見世の店主だから、当然と言えば当然だろうが、毎日の生活にそういう芯を持っているということは、大きく踏み外すことがなくてすむということであろう。
 信心とはこういうことかもしれない。朝晩観音さまに手を合わせ、浅草寺の伽藍や境内のたたずまいそのものを、自分のものとして愛している。
 それは農夫が自分の住む村や田畑、とりわけ四方の山河ことごとく愛することと同じだ。
 そして両者とも、自分の愛するものによって生活が成り立っている。
 みごとな調和だ。そして私の生活にはその調和がない。
 十代のおわりから東京を流れ歩き、しまいには芦ノ湖のホテル暮らしから、気まぐれのように北海道へまで移り住んでしまっている。
 さっき<石松>でふと感じた淋しさはそれだったのか、と思った。(国木屋)


 「私」は浅草に住むようになって一年、どうしようもない淋しさを感じていた。
 「私」が広告代理店いたころ、一緒のチームにいて、今、浅草で習字教室を開いている結城を訪ねる。淋しそうな顔をしているのを見抜かれ、自分と同じだと言う。
 結城は浅草に特別な思いを抱いて、ここで暮らし始めた当初、浅草を自分の体内に取り込み、同化することに快感があったが、一年目頃に「私」と同じよう淋しくなった。
 でもよく考えてみれば、浅草には決まった型はない。東京のこの場所に庶民の煮詰まった形が残っているだけだで特別な場所じゃない。それに同化する必要性などまったくなく、生地のままでいれば浅草の人間なのだ、と言う。


 「でも浅草っ子だって、めいめい自分なりに生きている。俺が一年目に淋しくなったのは、それが判ってきたからだったんだ。浅草に特別なところは何もなくて、自分も少しも変われない。当たり前のことなんだが、思い入れが強すぎたから、ここも自分のいるべき場所じゃないような気がしはじめたのさ。それまでの一年間、浅草だ、浅草だって、少しはしゃぎすぎたからね」


 そう結城から話されてみて、生のままの自分は下町気質を持っている。それだけで、ここで暮らせる、と思うのであった。

 ここのところ永井龍男さんの『石版東京圖繪』や池波正太郎さんの『原っぱ』にしても、人の生き様というのか、有り様が、気になってしょうがない。特に歳を重ねた男どもの姿を見ると、そこにある、これまでの苦労を適度にはぐらかし、時に自分のことなのに他人ごとのように突き放して語れる態度に、ついつい涙腺が弛みそうになる。
 それは一種の悟りや諦めかもしれないが、一方これまでの人生の辛くて重いものからしか生まれ得ないもののように思えてならない。そういう年老いた男は節度や辛抱も身についている。つまらぬ悪あがきはしない。自分のいるべき所在をしっかり見すえている。したたかに生きることもありかもしれないが、私はそういう男ども愛してやまないし、自分もそうありたいと思い続けている。


 わがままって、本気でやったらあんなきったねえもん、ねえだろ。


 である。


半村 良 著 『小説 浅草案内』 新潮社(1988/10発売)
by office_kmoto | 2016-12-14 17:03 | 本を思う | Comments(0)

色川 武大 著 『いずれ我が身も』

d0331556_14205962.jpg 何か読んだことがあるなあと思ったら、この本はアンソロジーである。先に読んだ『ばれてもともと』にあるものと全集からのを集めたと最後に書いてある。
 私は人の生き方というか、自分の生き方のスタイルをきちんと持っている人の話が好きである。そこには多少頑固なところがあり、結局これまで生きてみて“こうとしか生きようがない”という悟りに近いものに感心してしまうのだ。


 私自身の生き方に関しては、人生如何に生きるべきか、というよりも、自分はこう生きるより仕方がない、これ以外には生きようがない、というみきわめがつく生き方をしよう、そういうふうに思っていて、それは決意のようなものになっている。(血の貯金、運の貯金)


 結局60年近く生きてみて、確かなものを手に入れられなかった自分としては、それも自分の人生だし、それを肯定するしかないのかもしれない、と思うからだ。そして残りの少ない人生を静かに、しかも自分なりに贅沢に生きることが出来ればいい、と思っている。贅沢といっても金銭的なことではなく、狭い世界の充足感とでもいうものを持ちたいと思っている。


 時間というものは、あたふたとさえしなければ、まことに贅沢に使えるものだ。(やや暗のナイター競馬)


 つまらぬ噂、世間で騒いでいることに、そこまで付きあうこともあるまいと思うところがある。とにかく人の脚を引っぱることばかり長けて、何とか生き残ろうとする所から、退いているので、あんたら大丈夫?と言いたくなってしまう。
 脚を引っぱる人もスネに何らかの傷を持っているはずだから、そういつまでも人の脚を引っぱっていると今度は自分が足元をすくわれますよ、と思ってしまう。お互いさまじゃないのと言いたくなる。


 そうでなくたって、写真週刊誌の影響か、近頃は、うの目たかの目で、他人のエラーを見張っている奴が多いのだ。そうしてすぐ密告する。いやな世の中になったねぇ。
 エラーをした者が、恐れいって建前を尊重し、謹慎してしまうのは、俺はエラーをしていないぞ、という顔をしている奴が居るからだ。テレビにも、新聞にも、人の眼に立つところで、そういう奴が多すぎる。一度、うわっと皆の身体をひっぺがして、裸にしてみたら、なんだ、お互いさまじゃないか、ということになって、皆の気持がすがすがしくなるのではなかろうか。(高校生の喫煙)


 色川さんは終戦直後のことを思い出して次のように言う。


 あの頃はよかったな。誰も彼もが、スネに傷もつ身であることをちゃんと意識し、また、スネに傷をつくらなければ満足に生きていけないということも、知っていた。だから、簡単に他人を笑ったり見下したりしない。(高校生の喫煙)


 スネに傷を作らないで生きることなど出来るわけがない、と思っているので、自分の事を棚に上げて、人のことをとやかく言うのは出来ないはずだ。そういう考えの生き方をしたいものだ、と思っている。
 人の脚を引っぱるのも、他人を押しのけるのも、色川さんが言うように“共通分母のないものを、簡単に比較する癖”があるからつまらぬ見栄やエゴあるいはひがみが生まれる。
 劣等感を努力の力に変えて頑張るのも結構だが、無理が生じれば、そこにあるのは嫉みしか残らない。限界があるがはずだ。
 幸いこれからも頑張ろうという年齢でないことを幸せに思うのである。


色川 武大 著 『いずれ我が身も』 中央公論新社(2004/03発売) 中公文庫
by office_kmoto | 2016-12-11 14:23 | 本を思う | Comments(0)

池波 正太郎 著 『原っぱ』

d0331556_1551376.jpg 劇作家牧野は俳優の市川扇十郎から牧野の旧作を再演したいという申し出があった。牧野はもう60過ぎで、変貌してしまった今の演劇界には出る幕がないし、自分の芝居など上演してももう成果はあがらない、と諦めていた。
 しかし扇十郎は牧野の旧作に思い入れがあり是非上演したいと言う。しかも相手役に牧野の妹杉代を起用したいという。牧野は驚いた。前回の芝居は女優の荻野千恵子がいたから好評を得た。その役を杉代では無理だと考えていた。牧野は扇十郎にそのことを伝えるが、扇十郎は自分が演出するから通しきった。芝居は牧野の予想に反して好評だった。
 一方女優の荻野千恵子は引退公演として自主公演をするから、牧野に台本を書いてくれと依頼する。牧野はその依頼を受ける。


 この小説は池波さんには珍しい現代小説である。
 牧野は池波さんの分身だ。池波さんは新国劇の劇作家であった。そしてここには昔ながらの律儀な人間たちがいて、その姿を描いている。それが自分の生きるための流儀であり、美学であることが、話の展開の中で感じることができる。そしてその流儀は池波正太郎という人間の美学でもある。
 この本の解説を書いている川本三郎さんが的確に池波さんの美学を書いている。長くなるが、これが池波さんの本質であると思うので書き出してみる。


 ここには確かに池波正太郎のこだわりや美学がある。何かをすることではなく何かをしないと心に決めることである。自分に禁止事項を作ることである。大声で喋ることをしない。トレンドを追いかけるようなことはしない。近頃の若者はと居丈高に叱るようなこともしない。そういう禁止事項をいくつも自分に課していく。そこから自ずと自分の世界が出来てくる。美学とはストイシズムである。池波正太郎の作品がいつも居ずまいがよく、きりっとしているのはそのストイシズムのためである。池波正太郎は、食べることが好きだが、決して贅沢な美食家ではないし、飽食家でもない。そのへんにあるものをおいしく食べる。普通のものをご馳走に見立ててしまう。食い散らかしたり、残したりもしない。そしてまたその美学やストイシズムをことごとしくいいたてたりすることもない。あくまでも自然体である。その点で池波正太郎の文学は大人の文学である。大仰な内面告白、心情吐露とはいっさい無縁である。喜怒哀楽のめりはりははっきりしているが、あくまでもあっさりしている。自分だけが世の苦悩を背負っているような深刻さはない。といって、時代の表層と戯れる軽薄さとも無縁である。他人の痛みをきちんとわきまえている。


 池波さんの本質であるこれらのことが、牧野にしても扇十郎にしても、千恵子にも見ることが出来る。律儀で、自分の立場をきちんとわきまえている。出しゃばることもしない。引くところはきちんと引く。それでいて自分の生き様、スタイルはきちんと持っている。それは時代がどのように変わろうとも、風景が変わろうとも、変わらない。
 面白いものでこうして自分たちの生き方が決まっている人を見ると、今の時代の流れ、変化、そのスピードが妙に軽薄に感じられる。


池波 正太郎 著 『原っぱ』 新潮社(1992/02発売) 新潮文庫
by office_kmoto | 2016-12-08 15:52 | 本を思う | Comments(0)

いせ ひでこ 作 『ルリユールおじさん』

d0331556_1742583.jpgパリの街に朝がきた。
その朝はとくべつな一日のはじまりだった。


ソフィーの木の図鑑のページがバラバラになってしまった。


あ、わたしの図鑑が・・・・・・


本やさんにはあたらしい植物図鑑がいっぱいあった。
 でもこの本をなおしたいの。


「そんなにだいじな本なら、ルリユールのところに行ってごらん」

ルリユールって、
 本のおいしゃさんみたいな
 人のこと?

こんなになるまで、よく読んだねえ。
ようし、なんとかしてあげよう。


では、まず一度本をばらばらにしよう、とじなおすために。
「ルリユール」ということばは
「もう一度つなげる」という意味もあるんだよ。

この表紙はじゅうぶんはたらいたね、
あたらしくつくろう。


 おじさんは本の修理し始める。ただアカシアの絵のページだけ綴じなかった。

きみの名前、まだきいてなかったね。
ソフィーよ、おじさんは?
ルリユールおじさんでいい。

 ソフィーが植えたアカシアが新しい芽が出す。ソフィー直った本を取りに走る。おじさんの店の店頭にはアカシアの絵が表紙になった本が飾られていた。


「ARBRES de SOPHIE」-ソフィーの木たち。本の題があたらしくなっている!
アカシアの絵は生まれかわり、金の文字でわたしの名前がきざまれていた。

裏表紙は森の色の紙だった。

なんでもおしえてくれる
私の本。

この芽、やっぱりアカシアのなかまだ・・・・・

わたしだけの本。

おじさんのつくってくれた本は、二度とこわれることはなかった。

そして私は、植物学の研究者になった。


 ソフィーは新しく芽が出たアカシアの鉢をおじさんに渡すが、寝てしまった。疲れちゃったのかもしれない。
 水彩画で描かれる紫の色がものすごく素敵だ。
 この絵本はルリユールの仕方も絵で解説してくれる。本を大事にする人の気持ちが伝わる絵本である。それが子供たちに伝わればいいなと思わせる絵本でった。
 手元に置いておきたい絵本だ。


いせ ひでこ 作 『ルリユールおじさん』 講談社(2011/04発売)講談社の創作絵本
by office_kmoto | 2016-12-06 17:09 | 本を思う | Comments(0)

言葉拾い、残夢整理、あれこれ


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