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川上 健一 著 『ビトウィン』

d0331556_06503576.jpg この本のことは以前やっていたブログで書いたことがある。そして私の好きなエッセイの一つで、もう何度も読んでいる。
 まずこの本の装丁が好きだ。カバーが黄緑色一色で、まん中にイワナかなにか川魚を一匹横に描く。シンプルだが目を惹く。だいたいこの本を購入したのは、その装丁に惹かれたからだ。私はこの本を読むまで川上さんの本を読んだことがない。(以後数冊川上さんの小説を読んだが、体質的にあまり受け付けない。この本だけ手元に置いてある)
 本のサイズも手にすっぽり収まり、読んでいても心地よい。装丁者は南伸坊さんだ。
 この本を読むときは大体が気が滅入ったときで、ちょっと元気になりたいな、と思う時読みたくなる。
 この本はからだを壊し、作家としてデビューしたものの、以後まったく書けなくなり、山梨の古民家で家族三人超極貧生活をしている姿を描く。そこは豊かな自然、家族、釣り仲間に囲まれて、笑いの溢れる世界であった。
 慢性的手元不如意だから、自給生活、手作り生活であるが、そこにはいつもユーモアとやさしさにあふれている。
 むしろ読む側がストレスを抱え無理をして生きているものだから、読む度にいつも心が癒やされるのである。
 私が好きなのは、「海へ」と「小さな駅」の2篇だ。いずれも一人娘のヅキちゃんがいじらしい。

 そんなにお金はなくても、自然溢れ、気の合う仲間、理解してくれる家族がいるなか、川上さんは再生していく。小説を書きあげる。奥さんは原稿を見て、一人で涙ぐむ。


川上 健一 著 『ビトウィン』 集英社(2005/03発売)

by office_kmoto | 2017-02-28 06:51 | 本を思う | Comments(0)

開高 健 著 『開高健全集』 〈第12巻〉

d0331556_09235450.jpg 今回の巻は「ずばり東京」がメインで収録され、あとはベトナムに関する小文が数篇載っている。
 私は1964年(昭和39年)に行われた第一回東京オリンピックのちょっと前の混乱ぶりを知りたくてこのルポを読みたくなったのだ。
 というのも先日リオのパラリンピックが終わって、次は2020年の東京となったわけだが、オリンピックまでこれから騒がしくなるだろうという鬱陶しさがあり、恐らく前回のオリンピックだってそうだったに違いないと思ったからだ。その時どうだったのだろう、と知りたくなったのだ。
 「ずばり東京」は副題に「昭和著聞集」とあるが、当時の東京の無茶苦茶ぶり(もちろん今と比べれば可愛いものだが)、まあそのいい加減さ、狂気に近い様相が、茶化されて書かれている。
 この全集には「ずばり東京」が文庫化し、その時書かれたまえがきもあるのだが、そこには次のようにある。


 当時のトーキョウは一時代からつぎの時代への過渡期であったし、好奇心のかたまりであってつねにジッとしていられない日本人の特質が手伝って、あらゆる分野がてんやわんやの狂騒であった。破壊は一種の創造だというバークニンの託宣は芸術家と叛乱家の玉条であるが、トーキョウもまたノミのように跳ねまわったのだった。


 都の狂気じみた衝動でお尻をあぶられているばかりである。


 やっぱりそうだったのか、と思った。呆れるしかない状態。すなわちその時の現状を見聞きして「なにか精のつくものでも食べよう」としかいいようがない呆れた状態が当時もあったのだ。だとすればこれから先2020年までの間の狂騒は当時をはるかに超えるものだろうと思うと、いささかうんざりしてしまう。


 二つほど面白と思ったことを書き出してみる。


 なお、瑞江の都立の火葬場は都の建設局、公園緑地課に属するのだそうである。あたりに町に木立がないので、夏の若い恋人たちはみんな火葬場の木立のベンチにやってくるそうである。そのたくましい超越した感性に私は感心する。
 係の人がいった。
 「スウェーデンの社会福祉は子宮から墓場までといいますけれど、ここはまったくそのとおりです。二つとも一つの場所にあるんですから最短距離ですよ。門をしめるときにときどき声をかけてやりますけど・・・・・・」


 瑞江の火葬場は我が家の近くである。私が最後に行くのもここだろう。
 仕事を辞めて散歩を始めた頃、適当に道なりを歩き、遠くに木が茂る場所が見えると、そこに寄ってみた。そこには公園、神社、あるいは区が保存した歴史的に意味のある場所などあるからだ。長いことここに住んでいて何も知らなかったので、そういうところが面白かった。その時も同じ調子で歩いていたら火葬場に行きついた。確かにここは木々がたくさんある。敷地も広いし、ゆったりしている。だから当時はアベックも入り込んだのかもしれないが、これはちょっと眉唾ものだ。いくらなんでもそれはないだろう。
 もう一つ。
 駿河台下にある古書会館で業者のための古本市があり、そこで古本業者の為の市が開かれる。その時本が座布団の上に放られる。時代を経てくたびれた古本を放るのだから、放るのにもテクニックが要るらしいが、開高さんは自分の本が「いまにとぶんじゃないか」ハラハラしていた、と書く。
 確か出久根達郎さんだったと思うが、当時、市で開高さんの本が競りにかけられるほど有名じゃなかったと書いているのを思いだした。


開高 健 著 『開高健全集』 〈第12巻〉 新潮社(1992/11発売)

by office_kmoto | 2017-02-26 09:25 | 本を思う | Comments(0)

開高 健 著 『開高健全集』 〈第9巻〉

d0331556_06194347.jpg この巻の収録の作品は、「渚にて」、「ロマネ・コンティ一九三五年」、「黄昏の力」、「飽満の種子」、「貝塚をつくる」、「玉、砕ける」、「洗面器の唄」、「怪物と爪楊枝」、「戦場の博物誌」、「赤い夜」、「一日」、「珠玉」、「花終わる闇」である。
 「花終わる闇」は「闇」シリーズの最終になる予定だったが、未完に終わった。それがどんなものだったのかもう一度読みたくなった。
 もともとこれ以外の短篇集のテーマというべきものは、人生において経験し、出会った人々から知ることとなった「枯れる」、「壊れる」、あるいは「崩れる」ことではないかと思う。
 たとえば「渚にて」では“人物”が息子を失い、以前会ったときとガラッと変わってしまった、その変貌ぶりに驚かされる。“人物”は崩れてしまっていた。
 あるいは「珠玉」のなかの<掌のなかの海>の高田先生もそうだ。
 海で息子を失い、その息子がいるであろう海で生きることとし、それまでの人生をすべて投げ打って、精算して、「人として責務をことごとく果たした年齢の人物がヒッピーになった」。そして息子のいる海の上で暮らすため、遠洋漁業の船医となる。
 そんな高田先生はアクアマリンという宝石に魅せられ、寄港地に着くとそれを集め出す。「文房清玩」という言葉を高田先生は使うが、石によって淋しさを紛らわしていた。
 その石を眺めているとき、高田先生は淋しくて崩れる。

 ものが崩れるものとして、「ロマネ・コンティ一九三五年」がある。このワインは貴重酒で、名品中の名品と言われているらしく、それを試飲する。しかし、


 もともと感じやすくて、若いうちに美質を円熟させるように生まれつき、そのように育てられていたこの酒は、フランスの田舎の厚くて、深くて、冷暗な石室のすみでじっとよこたわったきりでいるしかないのに、旅をしすぎたのだ。それが過ちだったのだ。ゆさぶられ、かきたてられ、暑熱で蒸され、積みあげられ、照らされ、さらされ、放置されるうちに早老で衰退してしまったのではあるまいか。ヨーロッパの戦争をアメリカで避けることができたのはよかったけれど、旅がこの酒には暴力だったのではあるまいか。老いて衰退したというより凌辱されて二度と回復できないまま老いてしまったのではあるまいかと、想像される。早熟だけれど肉ゆたかで、謙虚なのに眼のすみにときどきいきいきとした奔放が輝くこともあった、爽快そして生一本だった娘は、旅をさせられるうちにあるとき崩れ、それからは緑いろの闇のなかでひたすら肉を落としつづけ、以後の旅はただゆさぶられるままに体をゆだねてきた。


 ワインの瓶の中には酒垢がどろどろとなって溜まっていた。


 あるいは「飽満の種子」で阿片がデリーケートで崩れやすいことを書く。阿片は吸うものではなく、食べるものと教えられ、
でも


 食べれば阿片はきっと全容を見せてくれるというものではなかった。この煙りは一杯の強いお茶に出会っても散ってしまうくらい敏感で、それゆえに気まぐれであった。コックが夜の八時にくるとわかっているのについうっかり酒を飲んだり食事をいたりすると、あのあとの阿片はふつうのよりはいくらか深い甘睡を分泌するくらいで終わってしまうのである。


 と書く。さらに枯れるでは、


 父はすでに亡かった。祖父と叔母は疎開し、妹二人はべつべつのところに疎開し、私と母の二人きりだったが、家のなかは老人の口のようにうつろでがらんどうだった。台所、茶の間、廊下、階段、どこもかしこも枯れて、薄く埃りがつもり、どこを見ても影だらけである。その影も深淵を含んだ凄さはなく、とっくに宿主がいなくなっていて、古い腫物のようにかさかさして気力がなかった。水屋の皿や小鉢などは積みかさねられたまま手も触れていないから、これまた冬の木のように枯れている。瀬戸物でも枯れることがある。肉、魚、油、酢、醤油などから彼らも栄養を吸収し、新陳代謝し、汗をかいたり、呼吸したりするのだと感ずる。(戦場の博物誌)


 と書き、とにかく開高健の晩年の作品は、人であれ物であれ、こうした衰えをもの悲しく伝える。
 私はこの「ロマネ・コンティ一九三五年」や「飽満の種子」を含む『ロマネ・コンティ一九三五年-開高健・六つの短篇小説-』といくつかの宝石を“触媒”として物語られる開高健の最後の作品である短篇集『珠玉』が大好きだ。特に『珠玉』の高田先生の話は何度読んでもホロリとしてしまう。
 そんな高田先生を開高健は次のように書く。


 先生とネズミ酒場で会っても、その姿を一瞥すれば何となくほのぼのとなりはしたものの、くどくど人生論や哲学論をかわすわけではないのだから、妙にうれしい、という、それだけのものだった。じつはそれが稀有のことに属する、とわかったのは、十年も、十五年もたってからのことだった。こんな小さなことがそれと等身大で知覚されるのにどうしてこんな長年月がかかるのか。


 開高健は現実の生の生活から逃避したくて、国内、国外と出かけていったが、結局そこに帰るしかない、出口の見えない元の生活に戻っていく、諦めも語る。


 東京に近づけば近づくだけ黴はいよいよくまなく繁殖して、私は憂鬱に犯されままになり、無気力になっていく。長大なジュラルミンの円筒に入れられて綿雲の海を疾走しつつ、数カ月の浮遊をふりかえって、昨日か一昨日かに終わったばかりのことなのに、まるで十年以前のことだったような郷愁をさそわれる。知りすぎて嫌悪しぬいたあげくにとびだしたはずのところへふたたびおめおめと帰っていかなければならない。戦争をしないうちに敗れてしまった軍の敗残兵のようにうなだれてもどっていかなかればならない。(玉、砕ける)


 「花終わる闇」はこれまでとことん疲れ切って、壊れてしまった男の再生物語になるのだろうと思わせるが、完結していない分、それがどういう形で描かれていくのがはっきりしない。未完が惜しまれる。ここでも弓子はユーゴスラヴィアの大理石に魅入られる。


 「女というものは、いつも、たえまなく、少しずつ自分を注ぎこむ何かがいるのよ。子供、夫、漬物、編物、何だっていいの。何かがなけりゃやっていけない。それも体のすぐ近く、手をのばしたらとどくところになければいけないの。それをじかに手に触れて、注ぎこみたいのよ。できたら形が眼にじかに見えてほしいわ。そういう物がないと、無重力状態に陥ちこんじゃう。私の場合はそれがこの石だったの。婆ァさまが一つのお鍋を何十年となくいじっているうちに絶品の歪めかたをするでしょ。あれもその一つよ。そういうぐあいに私はこの石を料理してみようと思ってるんですけどね」


開高 健 著 『開高健全集』 〈第9巻〉 新潮社(1992/08発売)

by office_kmoto | 2017-02-23 06:22 | 本を思う | Comments(0)

佐伯 一麦著 『空にみずうみ』

d0331556_11000607.jpg この本は先に読んだ『還れぬ家』の続編となる。それを読んだものだからまた読みたくなった。
 『還れぬ家』では東日本大震災が起こって、その模様を描いて終わるが、この本は「あの日」から4年経った早瀬光二と柚子のその後が描かれる。
 4年経っても、さりげなく書かれる日常の中でも、あれから4年経ったことが行間から浮かび上がるが、震災はいまだに人々の中に大きな“しこり”としてところどころで描かれる。4年経ってもまだ、という思いがしてくる。それは声を大きく出して訴えるよりも、描かれる早瀬と柚子の日常がさりげないものだけに、読んでいる者にしみじみと考えさせられる。

 ここのところ天気がいいので、仏間の障子を大きく開けて、太陽の光をいっぱい部屋に取り込んで、そこで本を読んでいる。窓からは隣の雑木林が見え、狭い庭も眺められる。早瀬と柚子たちが感じる自分たちの周りにある自然が描かれるとき、自分も本を置いて外を眺めてしまう。なんとなく彼らの草木や動植物を見る目がそんなことをさせる。
 まだ春にはもう少し時間がかかりそうだけれど、それでも確かに春を予感させる気配が雑木林にも庭にも見てとれ、なんかゆったりとした時間を感じながらこの本を読んだ。

 彼らの庭にもクロアゲハが飛んでくるところがある。彼らはそのクロアゲハは亡くなった早瀬の父親のように思える。そんなところを読むと、わが庭にもつつじやさつきが咲く頃、よくクロアゲハが飛んでくる。つつじとさつきは亡くなった義父が残していったものだから、我が家に来るクロアゲハも義父なのかもしれない、と思った。いつもつつじやさつきが咲く頃飛んでくる。
 食べ物の話もよく出てくる。それぞれの食べ物には季節感がある。懐かしい思い出がある。亡くなった人が作ってくれた美味しい食べ物など思い出し、もうあの味は味わえないんだ、と思う早瀬の気持ちが、ふと自分にもそんな食べ物があることを思い出せる。母の作ったものすごく塩辛い塩昆布、甘辛いいなり寿司、残ったご飯を焼きおにぎりしてくれたあの香ばしい醤油の匂いなど、もう一度食べたくても食べられない。

 図書館でこの本を借りた時気づかなかったのだが、この本の表紙のカバーはこの物語に出て来る生き物たちであった。佐伯さんの本の装丁も好きで、何冊か並んだ本棚をいつも眺めてしまう。
 そう言えばここにある蛇の話も面白かった。
 早瀬の庭に蛇が出た。“ニョロQ”と名づけられたが、早瀬は蛇が苦手だ。しかし庭にじっとしている蛇は気になる、という話である。これよくわかる。
 我が家の庭にも年に一回は蛇が出る。隣が雑木林なのでそこから来たものと思われるが、私も苦手なので、早くお帰りになるのを待っている。だから気になって仕方がない。蛇は嫌なのだけれど、どこか人を気にさせるところがある。

 それと書き忘れたことがある。この小説には「怒り」がほとんどないことである。怒りがないことはそれだけ読んでいる方も、心が穏やかに読めるものなのだ、と知る。
 怒りは時に生きる原動力にもなるだろうが、一方で間違いなく傷を残す。怒りを原動力して生きている物語は今はとても疲れる。そして残った傷を癒やそうとする物語はなんとか受け容れられるが、やはり読んだ後、受容した分、妙な高揚感や「よく頑張った!」感があとでのしかかってくる。それが尾を引き、時に息苦しいことにもなる。だからこれらの負担を感じさせない、さりげない日常描写は素直に同化でき、まるで自分も早瀬や柚子たちのそばで暮らしているような気持ちになれる。


 佐伯 一麦著 『空にみずうみ』(中央公論新社 2015/09発売)

by office_kmoto | 2017-02-20 11:01 | 本を思う | Comments(0)

余韻

 ここのところ図書館で借りてきた本ばかり読んでいたので、本にカバーを掛ける楽しみがなかった。
 私は自分の本を読むときは必ず本にカバーを掛ける人である。それは退職時にもらった皮製のカバーであったり、妻が作ってくれたキルティングのカバーであったり、本屋さんで本を買った時付けてもらったカバーの取り置きだったりする。本を読むという行為はそこから始まるのである。それが楽しみなのである。
 もともと本屋で働いていたので、本にカバーを掛ける作業は苦ではない。むしろ当たり前のところがある。そしてこれから読む本にカバーを掛けるとき、本を手にし、装丁を楽しむ。本に付いていたカバーを外して本そのものを眺め、手触りを確かめる。そういうのが好きなのである。


 朝刊の一番の楽しみは、新刊の案内を見ることである。
 今月の文庫が各社出ている。一番最初に大きめに広告されているのは、当然その月のメインとなる、売れ筋、あるいは話題の本であり、段々書名が小さくなっていく。それは出版社の力の入れ具合と比例するようだ。
 昔10坪ほどの本屋の店長をやっていた頃、新刊の文庫が届くのだが、こうしたちょっとマイナーな文庫は入荷しないときがある。つまり広告の大きさによって刷り部数が違い、広告の小さなものは刷り部数が少ないので、小さな店だと入荷しないことになる。実際近所の本屋で、わりとこの地域では規模は大きいのだが、やはり広告の小さな文庫本は平台に表紙を見せて置かれていない。平台に積みあげるほど冊数がないのである。問屋で配本パターンが決まっていて、刷り部数に応じて入荷部数が決められるからだ。小さな本屋にいたときなど、上下本の上巻より下巻が冊数が少なくて困ったことがある。巻数ものだとまったく入荷しないことさえあった。
 思うのだけれど、目につく広告の文庫は文庫になる前に話題になった本、あるいは人気作家の本の文庫化されたものだから、単行本のとき読むか、あるいはまったく興味がないので無視した本である。読みたければ単行本で買って読んでいる。文庫になるまで待てない。むしろ面白そうだけれど、と思いつつ買わなかった本が文庫化されて、「あっ、文庫になったんだ」と手にすることが多い。そしてそういう本は今月の新刊広告で扱いが小さい。だから必然的にそっちに目が向くのである。
 先月買った新潮文庫2冊は広告の扱いが小さな本である。そしてちょっと面白そうと思いつつ、どのカバーにしようかな、と迷いながら自分でカバーを掛けて読み始める。


 さっきまで読んでいた図書館で借りた本は今月の新刊であった。偶然一番最初に手にすることになって、まるで本屋で買ったきた本を開くようで、どこか申し訳ないところがあった。
 借りた2冊ともそうであった。だから読み終えたので貸出期間がまだかなり日数が残っているが、予約待ちの人がいるようなので、明日でも返そうかと思う。これからこれらの本は何十人、何百人がこの本を手にするのだろう。

 ブックオフオンラインで買った本は思っていた以上に美本で驚いた。というより一回も読まれた形跡がない。つまり前の持ち主はこれらの本を買ったけれど読まなかった。そうしている内にじゃまになったので売りとばした、というところか。今回買った本の内1冊の奥付が1999年となっているから18年間も読まれず本棚か書庫かに置かれたまま私のところ来たことになる。その本を今読んでいるのだが、一方で何十人、何百人もの人が手にする本があると思えば、18年間も一回も読まれない本もある。

 いつから古本を手にするようになったのだろうか。好きな作家の本が品切れや絶版になって新刊書店で手に入らないことを知って、古本で探し始めたのが最初だったはずだ。それが昂じて今や新刊を買うより古本を買う方が多くなった。
 それには新しい作家や話題になっている本に気持ちがいっこうに向かないところもあり、これまで読んできた作家の本の方が落ち着いて読んでいられるからだ。どうも最近の作家が書く小説はケバケバしく感じてしまい、手に取れない。読めばそんなことはないのかもしれないが、どうして尻込みしてしまう。
 古本を読んでいると、いくら18年間誰も読まなかったとはいえ、その本にはどこか18年経っていると感じさせるものがある。たとえばこの本は保存状態が良かったためにページの焼けは見られないが、多少ページが黄色味がかっている。経った年数分わずかであるが劣化している。でもそれがいい。本にも年数分の落ち着きがある。


 昭和四十四年初版の本は紙が濃い茶色に変色しているので強い陽射しの下で読んでもあまり眩しくない。(南木佳士「風鐸」)


 これはまさしくそうで、私みたいに歳をとって視力も衰え、陽射しが眩しく感じることの多くなった目にはありがたい。まさしく古本ならではの効用である。真っ白な紙に書かれた文字を読むのは、結構目が疲れる。


 ここのところ本を“味わう”ことにしている。これまで読んだ本は何がなんでもその本の感想なりを書いてきた。そうすることが読んだ本に対する礼儀みたいに思って来た。だからいつも本を読むときガツガツしていて、何か読みとってやろうという気持ちでいた。もしかしたらここに本のことを書くことを始めてから、そうなったのかもしれない。
 でも最近は一度読んだ本を読み返すことが出来るようになり、今度は話そのものを味わえればいいじゃないかと思えるようになった。単純に「いいなあ」とか「そうだよなあ」と思える読み方もあっていいような気がする。それを無理して言葉に置き換えることをしてきたため、もしかしたら話の本当のところを見逃してしまったかもしれない、と思うようになった。だから無理に読んだ本のことを書かなくてもいいことにした。
 単に余韻を味わうことも「あり」としたのだ。
 結局私は本の「余韻」を愉しむことが一番好きなのである。


by office_kmoto | 2017-02-18 06:54 | 余滴 | Comments(0)

佐伯 一麦 著『還れぬ家』

d0331556_15501909.jpgこれも以前図書館で借りて読んでいる。今度は自分の本で読んでみる。

 光二は10代で家を出て、結婚、離婚とし、そして柚子と再婚する。二人は光二の実家のある宮城県のマンションで暮らし始める。


 私が、少し不便さに目をつぶってでもこの山に住んでいるのは、そうした子供の頃のよい記憶がある土地だということが大きかった、十八歳のときに飛び出した故郷に、やむなく三十を過ぎてから戻ることなり、その風景とはどうにか和解できるようになったが、人との和解はまだ難しい、と私は思っていた。


 実家は姉も兄も家を出ており、それ以後兄弟たちは実家にはあまり寄りつかなかった。


 ともかく、あの家には、子供たちは誰も還ろうとしない。


 そんな光二と柚子が実家の近くで暮らしている時、光二の父親が認知症と診断された。光二たちは嫌が上でも父親と父親を介護する母親と関わらなければならなくなっていく。その介護の日常がこと細かに描かれると同時に、寄りつかなかった実家に上がることで、子供頃のことをいろいろ思い出す。それもこの物語にこと細かに書かれていく。
 父親の記憶がなくなっていく一方、心配で実家に帰る光二は逆に子供の頃を思い出す奇妙な逆転現象がここに描かれるのである。
 とにかく介護の模様は事細かい。父親が飲む薬の名前など正確に書くことで、その逃げようのない現実をさらにリアルに描く。たぶん佐伯さんの父親のことを書いているのだろうが、私小説はここまで書かないとならないのか、とさえ思ってしまう。
 面白いのは佐伯さんの分身である作家である光二が物語の中で、父の認知症そして介護のことを書こうとなっていることである。
 そんな父親の介護に明け暮れる家族の日常を描く中で、父親の病状の記述が追いつく前に、東日本大震災が起こる。ここで時間のズレが生じる。どうしても震災のことを書きたいために、時間のズレを調整する必要が出てきて、震災が起こったとき父親はもう死んでいることになってしまうのである。
 結局光二たちが還れなかった家は、父親も還れなかった。
 物語は「早瀬光二の手記」で終わるのだが、そこに次のようなことが書かれる。


 家に還れない個人的な思いをずっと綴ってきた私にとって、外からの力(震災のこと)によって家へ戻ることが有無を言わさず不可能になった者たちの姿を前にすると、我が身のことだけにかまけてきたように自省させられるものがありました。


 佐伯さんはどうしても震災の模様も描かなければならない、として時間の調整をした。そのことは“諸刃の剣”であったのではないか、と思われる。
 つまりこれまでこと微細に自分が実家に帰れない心情を、そして家の事情を綴ってきた。それこそ全ページのほとんど使って。しかし東日本大震災のことをここに描いてしまうと、被害にあって家に還れない人たちをどうしても描かなければならない。そのことは必然的にこの物語のバランスを崩してしまう。重さが違い過ぎる。だから「早瀬光二の手記」でこのように書くことで辛うじて持ちこたえることが出来たような気がする。それでなんとか物語を破綻させずに済んだ。そう思えてならない。


 佐伯 一麦 著『還れぬ家』(新潮社 2015/11発売) 新潮文庫


by office_kmoto | 2017-02-17 15:52 | 本を思う | Comments(0)

平成29年2月日録(上旬)

2月1日 水曜日

 晴れ。

 夫婦二人で浅草寺へ初詣に出掛けた。2月になったのでいくらか人出が少なくなっているかと思いきや、かなりの人出であった。
 歩いている人たちの話し声が聞こえてくる。どうやら中国人らしい。それもかなりの人数に思える。中国では春節で大型連休に入っていて、日本に多くの人が来ているのを思い出す。たぶんここにいる人もその流れなんだろう、と察する。
 今や彼らの動向も気にしないと、ゆっくり参拝出来ないようになっているようだ。


2月2日 木曜日

 晴れ。北風が強い一日。

 この「一太郎の2012」で書くのは多分これが最後となると思う。
 5年ぶりにバージョンアップをする予定なのだ。
 パソコンのソフトで一番使うのがこのワープロソフトなのだが、どうもこのバージョンは頭が悪くなってきているようで、妙な変換をすることが多くなった。それにストレスを感じるようになったので、ここは最新のワープロソフトに入れ替える時期かなと思ったのだ。それが明日発売になる。
 昔はパソコンソフトのバージョンアップにはよくつきあって、新しいバージョンが発売になると、お店に買いに行ったものである。会社が秋葉原にあったお陰でパソコン店が近くにあり、その点楽ではあった。
 でも今はネットで予約すれば、発売日に家に届くらしい。一太郎のユーザーだから、最新バージョンがユーザー価格で手に入る上に、何だか知らないけれど、クーポンなるものも発行してくれさらに25%引きというので、これは買い換えるには丁度いいや、と思ったのである。
 面倒臭い機能は不要だが、せめて日本語変換はストレスなくできればと思っているのだが。

 先月図書館で借りて、なんだかんだと忙しくなり貸出期限内で読み切れなかった幸田文さんのエッセイを再延長した。けれど一度“物言い”がついたものは、ペースも完全に乱れてしまったものだから、なかなか読み切れない。それでも意地でも読んでやろう、と思ったが、ダメだ。読むのを諦めることにする。
 図書館で年間どれだけ本を借りてくるかわからないが、このように数冊読めない本が出て来る。

 幸田さんの本を諦めたので本棚から違う本を取り出す。
手にして読み始めると、なんだか落ち着く。本棚にある本は自分の気に入っている作家の本や読んで残しておきたい本である。一方図書館で借りてくる本はこれまで読んでこなかった傾向の本を借りてきている。もともと図書館通いをしたのは、読む本の幅を広げる意味もあって、これまで読んでこなかった作家の本を読んでみようと思ったのである。それは時に自分にとって新しい作家の発見にもなったが、読んでみて「これは違うな」という感じの本も多数ある。それはそれでできるだけ読もうと思い読んできた。でも時に「これは無理」と投げだしてしまう本も出て来てしまう。
 そういうことだから、やはり自分の本棚にある本を手にすると安心する。そう言えば今年になってから、自分の本棚にある本をほとんど読んでいないな、と気づく。
 ちょっとこれからは本棚にある本を読もうと思う。


2月3日 金曜日

 晴れ。

 昨日より風は弱まったが、まだ北風が吹いた。今日は節分なので、昼にスーパーで恵方巻きを買ってくる。1本では大きいのでハーフというやつにする。
 ところが我々夫婦は恵方巻きというのをすっかり忘れてしまい、昼食に太巻きを買ってきたみたいに「北北西」に向かわず、もくもくと食べてしまった。
 後で二人してそのことに気づき、お互い呆れる始末。

 “知人”の遺骨を国に届けるために、持ち運びのバッグを探していた。遺骨を入れるためのバッグというのは適当なものがない。まあ考えてみればそんな需要があるもんじゃないだろうから仕方がない。
 で、ふとネットで調べてみようと思い、検索すると、遺骨の持ち運び用の専用バッグというのがあるのだ。これはちょっと驚いた。しかもAmazonで売っている。父にそのバッグの写真を見せ、これはいいということになったので、すぐAmazonに注文する。

 本当は今日、一太郎のバージョンアップをしようと思ったのだが、ソフトが宅配便で届いたのが午後の3時頃だったので、バージョンアップは明日にした。それで明日のために一緒に注文したマニュアルを読み、セットアップに必要な最低限のことを頭に入れる。
 昔はそんなに慎重にはならなかったものだ。好きなものだから、ソフトを買ってきたら、すぐセットアップした。だいたいセットアップに難しいところはないから、画面の指示通り行えばうまくいく。けれどここのところソフトのインストールやバージョンアップをやっていないので、少々不安になった。

 明日はこれをやり、庭の掃除もやり、支払いにコンビニに行き、本屋で本も買いたいのだ。ちょっと忙しくなりそうだ。

 佐伯一麦さんの『ピロティ』を読む。


2月4日 土曜日

 晴れ。

 一太郎をバージョンアップしてみた。
 これで読んだ本の文章を打ち込んでみたが、なかなかいいようだ。これをうまく使いこなせるように早くなりたいものである。

 駅近くの本屋へ文庫本を三冊購入。Honya Clubのカードを出すと、この店では今月末で使えなくなるという。閉店するらしい。後はリブロが引き継ぐと言う。なんだかよくわからないので貯まっているポイント使う。
 だいたいここはよくテナントが変わる。地下鉄の駅前広場の角にあるのだが、最初は本屋で、次がドラッグストアになり、その次は子供連れの母親たちが入れるファミレスになり、そして今の本屋になった。たぶんここの地代はかなり高いのだろうと察する。それでいてここに人が集まるかと言えばそれほどでもないみたいだから、よほど売上ないとやっていけない感じだ。テナントが何度も変わるのもこの辺の事情だろう。まあ、ここに本屋があればいいので、それはそれで一安心というところか。とにかく我が家の近所にはしっかりした本屋がないので、頑張ってほしいところである。


2月5日 日曜日

 曇りのち雨。

d0331556_05440803.jpg 佐伯一麦さんの『遠き山に日は落ちて』(集英社 2004/10発売 集英社文庫)を読み終える。ここのところ腰を据えてじっくり本を読むことがなかったので、なんとなく気分がいい。
 この本は以前読んでいるのだが、佐伯さんの何気ない日常を描く小説が好きで、古本で見つけると買ってくる。その1冊を読んだ。
 小説家の斎木と草木染作家の奈穂が蔵王の山麓の古い民家を借りて、そこで民家を修繕しながら、ひと冬過ごす生活ぶりが描かれる。そこには事件が起きるわけではないが、二人の当たり前の日常が淡々と描かれる。二人の当たり前の日常風景が、いつの間にか読んでいる自分も共有しているような感じになり、一緒に流れている感じがしてくるいい小説である。こういうのは好きである。いやむしろこういうのが今の自分にピッタリあっていて、読んでいて心地よい。
 面白いもので以前読んだときと同じ文章に惹かれる。


 彼等の家には、まだ食器戸棚も茶箪笥もない。斎木が拾ってきて修理して使っているテレビは椅子を台にして置いてある。けれど茶を飲む度に茶筒を眺めていると、ぜいたくな生活をしている気分になった。生活のぬくみのようなものが生まれた。
 「来年は、茶筒をしまっておく茶箪笥が買えるといいな」
 と風邪声で斎木が言った。
 「うん、そうだね」
 と奈穂が大きく頷きながら答えた。



 茶筒は親しくしている職人さんから工芸品といえるものであった。彼らの生活は質素であるから、茶筒一つでぜいたくな気分になれるし、それを置ける茶箪笥を来年こそ買えればという、ささやかな希望が微笑ましい。思わず「そうなるといいなあ」と思ってしまう。


 奈穂が草木染をするようになってから、随分と植物の名前を覚えた。

 (略)

 もし、名前を知らなかったら、それはたんなる草花であり、木であり、においであり、鳥であるだけで風景の中に埋もれてしまっていることだろう。目の前にあったとしても、特別気に留めないでいることが多いだろう。だが、一度注意して名前を覚え知った、そういうものは決して忘れることなく、風景から浮かび上がって、こちらに飛び込んでくる。

 (略)

 斎木は、名前を知らないために見過ごしてしまったものが、自分の身の回りだけでもまだまだたくさんあることを想像してみた。


 これは本当にそう思う。草木に興味を持つようになるのは、50代、60代を過ぎてからだ、と何かの本に書いてあったけれど、そうかもしれないと思う一方で、若い時はそれだけ余裕がないという証拠だし、そうしなければ生きていけなかった、ということもあろう。だから草木の名前、鳥の名前を覚え、あるいは身近にある自然に心を寄せることができる余裕ができる年齢はそうなるのかもしれない。でも名前一つ覚えるだけでいつもの風景が違った風景になることは間違いない。


2月7日 火曜日

 晴れ。北風が強い一日。散歩で新中川に架かる橋を渡っていると、風でからだが何度ももっていかれる。

 佐伯一麦さんの『還れぬ家』を読む。


2月9日 木曜日

 雨時々みぞれ。雪もちらつく。

 星野源さんの『そして生活はつづく』を読む。


2月10日 金曜日

 晴れのち曇り。午後三時頃雪もちらつく。

 上原善広さんの『発掘狂騒史―「岩宿」から「神の手」まで』を読む。


2月11日 土曜日

 曇り。

 散歩の途中にあるブックオフが閉店した。散歩をするとき、たまにそこによることが楽しみでもあったので、残念である。
 ブックオフの閉店を目の当たりしたのはこれで2軒目である。一軒目はハローワークに通っていた頃で、失業しているという暗い気持ちを引きずるところがあって、その憂さ晴らしにハローワークの近くにあったブックオフで古本を眺めることで気を紛らわしていた。その店が、ちょうど認定が終わる頃閉店した。閉店前、店の在庫を処分するため、値引きセールをやっていて、何冊かそこで本を買った。
 そして今度は近所の店の閉店である。ここでは結構本を買ったし、本を処分するのにこの店を使った。
 出版不況は鬼子であるブックオフにも影響を与えているのだろう。新刊に売れるものがなければ、それが古本になっても売れるわけがなく、つまらない本ばかり店に並ぶことになる。ブックオフ家電や衣服などにシフトしているのもそんなところがあるんじゃないか、と以前書いた気がする。

 佐伯一麦さんの本をここのところ続けて読んだ。そしてその続編をまた読みたくなった。一度は図書館で借りて読んでいるが、その時はわかったような気がしていたけれど、何もわかっていなかったと思うようになった。だから読みたかった。
 佐伯さんの本も古本で見かければ買い求めてきたが、今回も古本で探してみようとネットで検索する。そうしたらブックオフオンラインというのがあってそこに在庫があることがわかる。1,500円以上買うと送料無料とあるので、1,500円にするために他の本を求めることにした。どうせ買うならと思い、南木佳士さんの古い単行本を検索するといくつかある。それを加えて合計4冊購入することにした。もちろんブックオフオンラインは初めて利用する。
 それが今日届く。届いた本をみてビックリする。どれも新品同様で美本なのだ。いや読まれた形跡がない。それはある程度期待していたところはあった。というのもブックオフは汚い本は売らないからだ。だから買った古本も状態は悪くないはずだと期待していたのである。そして予想通りだった。
 近所の店もなくなったことだし、これからはちょっと利用したくなった。

 この日録を書く前に星野源さんの読んだ本のことなど書いているのだが、ここまで書いて「リフレッシュナビ」なるものが画面に現れる。「入力時間が長くなっております。10分ほど休息をおすすめします」とある。新しく入れた一太郎だろう。余計なお世話と思いつつ、やっぱり休憩することにする。セブンイレブンで買ってきた豆大福でも食べることにするか。


2月12日 日曜日

 晴れ。

 昨日今日と月が明るく見える。ここのところ強い風が吹いていることと、空気が乾燥しているため、このように見えるのだろうか?


2月13日 月曜日

 晴れ。

 佐伯一麦さんの『空にみずうみ』を読む。


2月14日 火曜日

 晴れ。

d0331556_05453248.jpg 久坂部羊さんの『テロリストの処方』(集英社2017/02発売)を読む。この本、新聞の広告を見て図書館で予約して借りた。発売されてすぐネットで予約したからか、何と私が初めてこの本を手にすることになったようである。まるで本屋で買ってきて本を開くようで、どこか申し訳ない気持ちがしてくる。

 話は現代の医療問題を使ったサスペンスだ。高い治療費を払って医療を受ける人と、医療費が払えないで病院に行けない人の格差。それと同時に高額な医療で収入を得る医者とそうでない医者の格差が問題となっている。そこに勝ち組医師を狙ったテロが連続して発生する。現場には「豚ニ死ヲ」の言葉が残されていた。
 一方そんな医療の問題を一気に解決しようと全日本医師機構の総裁となった狩野がかなり独裁的な手法で問題となる医師たちを断罪していく。しかし狩野にも脅迫状が届く。狩野の仲間である医事評論家の浜川は、狩野に依頼され、テロへの関与が疑われる狩野や浜川の医大時代の同僚である医師塙の行方を探すことになる。
 
ところで読んでいてテロの首謀者は狩野の腰巾着である安達だろうな、とすぐわかった。

 久坂さんの本は問題のある日本の医療改革のしようとする集団を「ネオ○○○」と称するのは毎度のパターン。政治を扱うのも同じ。少々食傷気味で、またか、と思って読んでいた。
 初期の久坂さんのミステリーには怖さがあったが、最近はそれも少なくなっているような気がする。

 全日本医師機構の改革が失敗し、また元の木阿弥となった日本医療界を批評する医事評論家の浜川はもてはやされる。彼は“勝ち組の医師”となっていった。


 大窓の外を、ゴンドラが移動するのが見えた。妻が言っていた窓の清掃だろう。

 書斎の扉を開けると、机の向こうの窓が目に入った。清掃はすんだのか。途中なのか。窓には洗浄フォームが残っている。何か妙だ。
 ふと目を凝らし、私は全身の血が逆流するのを感じた。
 拭き取られずに窓ガラスに垂れた洗浄フォームは、裏返しの文字でこう読めた。
――豚ニ死ヲ……


 最後のここだけがちょっとゾクッとした。


 鶴橋風月のお好み焼きを食べた。昔はこんなの一枚ペロッと食べたのだが、今は一枚食べるのがやっととなってしまった。妻も同様で、最後の一口を溜め息を付きながら食べた。

2月15日 水曜日

 晴れ。

 ここのところ午前中は散歩に出て、午後から仏間の障子を開けて、窓のそばで本を読むのを日課としている。今日も同じようにして伊集院静さんの新刊を読み始める。天気がいいので気持ちよい。横にはお茶と、昨日妻からもらったチョコレートを一つ置いておく。

 ブックオフオンラインでいい本を手にしたので、また欲しい古本を買いたくなった。もう本は買わないと言いつつ、これである。でも今は読みたい本が手元にたくさんあるので、とりあえずピックアップするだけにする。そう言えばブックオフオンラインからメールが届いて、 200円OFFのお買い物クーポンプレゼントされていた。ありがたい。次回使おうと思う。

by office_kmoto | 2017-02-16 05:48 | 日々を思う | Comments(0)

谷沢 永一 著 『回想 開高健』

d0331556_06391919.jpg この本も北康利さんの本を読んで読みたくなった。本棚からこの本を取り出して驚いた。何とこの本は一度も読んでいなかった。ではなんでこの回想のことを知っているのか、と思い出してみると、この回想が雑誌「新潮」に最初に掲載されたのを読んでいたのである。事実本棚にはその「新潮」がある。

 さて。

 開高健を畏友としてその死まで親交の深かった谷沢は開高の死後、わりと早めにこの回想が書かれたと記憶している。そのためかなり感情に走ったところが随所に見られ、北康利さんが言うように「筆が走ってしまっている」観は拭えない。
 先に読んだ開高の全集に8つの短篇があり、そのほとんどが終戦直後の混乱、貧困の姿を描いていると書いた。それでもその時代谷沢は次のように書く。


 ただ、あの戦後という無我夢中の時代には、時間のながれ、前後からきりはなされていた観がある。誰もが、さきのことを考えなかった。その余裕がなく、閑がなかった。それほどふかくは気にしなかった。ひそかな楽観に生きる人はあっても、悲観をふりまわす傷心は見られなかった。世をあげて、ひたすら、その日その日を生きていた。だから、乏しいのに、明るかった。さきざきのことをおしはかって、くよくよしている人を見かけたおぼえがない。誰もたすけてくれなかったけれど、人のじゃまをする者もいなかった。苦しいけれど辛くはない時代であった。


 いずれにしても開高は父を失い、終戦後は一家の大黒柱として家計を生計を維持するためどんな仕事でも働かなければならなかった。海外のスターと手紙をやりとりするファンが書く手紙の英訳仕事や、漢方薬を作るために一日中訳のわからない球根や草木を刻んでいたり、ろくに英語が出来る訳でもないのに英会話教室の講師を務めたりする。そのうち牧羊子に子供が生まれれば、独立して自分の家族を養わないとならなくなる。
 そんなにお金が必要な生活に追われていても、路地の奥にある掘っ立て小屋で夫婦で行う、やる気のない“シロクロショー”を見たりする。その夫婦もお金のために自分たちの行為を見せるのであった。そんな時代のことを谷沢は言っている。

 それでも谷沢は同人誌時代から開高との親交が長かっただけに、開高のことをよく知っている。


 しかし、彼がになよりも嫌ったのは、湿気をおびた浮世のシガラミであった。体をふるわせるようにして斥けた。よほど好みにあう人の場合でも、その言及は断片的であり淡泊だった。


 開高には、その、可愛気、があった。若さと才気がほとばしりでて、そうとう憎体ではあったが、その甘皮のすぐしたには、間口いっぱい、奥行いっぱい、可愛気がつまっているものだから、辟易はされても忌避されなかった。
 その正体は、なんであったか。対人関係の、不作為、無作為、非作為、であったと思う。彼はこれぞとおもう人にたより、その人に控えめながら何かを期待し、ときに忖度されることをねがっていたけれども、それは、すべて、待ち、の姿勢であった。期待、ではあったが、要求、ではなかった。彼の、どこにも、あつかましさ、が感じとれなかったのである。彼の身がまえには、憚り、の下地がつよく認められた。
 開高は、じつに、能動的、ではなかった。人にたいして、手をだし、足をだし、進みでて、擦りよる、という積極性に欠けている。それゆえ、彼には、人を利用する、という思案がなかった。人を動かす、という所懐がなかった。そんな発想のかけらもうかがえない。いわんや、人を、人びとを、操作する、という企画など、とうてい思いもよらないのである。
 対人関係に、操作、という念慮がはいれば、そこに政治性、政治意識、が生じるであろう。開高には、政治性が、すっぽり欠けていた。政治意識は、まったく生長していない。そこに彼の美質が見られた。したがって、彼は、他人の政治性を嫌った。生理的に、反撥していた。


 彼は、最後まで、身のおちつきどころをえなかった。


 ところでこの本を改めて読んだのは、開高と牧羊子の関係を親友ならよく知っていると思ったからである。北康利さんの本には開高の鬱の原因が悪妻の牧の言動にあったことが書かれているが、谷沢も牧に関して良い印象を持っていないことがわかる。いくら畏友の死に呆然としていた時期とはいえ、書き方がかなり辛辣である。
 牧も谷沢が主催する同人誌『えんぴつ』の仲間であったが、この時から牧は、

 すでに牧は『えんぴつ』の、愛嬌ある道化となっていた。


 そして開高と牧の関係を憂うのであるが、これがものすごい。


 つまりは、開高が、さきに引きよせたのだった、と私はとつおいつ回想した。それに牧が応じたのであろう。彼は、それほど積極的ではないから、以後は牧の主導であったか。欲しくなって、手にいれたくなったかも知れぬ。そうこうするうちに、『えんぴつ』は解散ときまった。機会が失われるおそれが生じた。そこで、牧は、コトをいそいだのであろう。開高は、私の見るところ、やはり無防備であった。すくなくとも、自衛力だけは足りなかった。たったひとつの弱点に、奇襲をかけられたかのごとくである。将来の予測はできないが、これが開高にとっての遮蔽物にならぬよう、ひそかに祈るほかなかった。


 のちになって私は、開高をつきうごかしていた鬱屈の、その原因におもいあたる。これほど明白な実状に、あの時どうして考えいたらなかったのか、私は恥じてうなだれた。牧と男女の仲ができたとき、いっときはあれほど燥いだ彼が、見る見る不機嫌になってゆくのを、私はずっと見ていたではないか。(略)七つとしうえの女につかまり、しだいに事態の意味するところに気づき、相手を観察し成りゆきを案じ、思念を反芻している青年の、その憂悶に気づかなかったのは、弁解の余地なき愚昧である。


 彼は即座にすべてを見とおした。掴まった、と思った。この女に、魅入られた、と理解した。この女に、呪いをかけられた、と自覚した。逃れる道はない、と悟った。これが自分の業である、と観念した。


 彼女は、賭けに、勝ったのである。七つ年したの、十九歳の青年にガンをつけ、思いきって先物買いをして、それが大あたりに当たったのである。これは祝福すべきであろう。


 谷沢にここまで牧のことをボロクソに書かせるのだから、谷沢の牧に対する恨みはものすごい。開高をあのようにした諸悪の根源みたいに思っているようだ。
 いくら最初に手を出したのが開高であっても、これは悪い女に捕まったとしか言いようがない。牧のことを知ると、開高健に同情してしまう。


谷沢 永一 著 『回想 開高健』 新潮社(1992/02発売)

by office_kmoto | 2017-02-13 06:42 | 本を思う | Comments(0)

開高 健 著 『開高健全集』〈第7巻〉

d0331556_19444411.jpg 開高健の『夏の闇』をまた読み直してみたくなり、今回は全集を取りだした。
 今回はというのには訳がある。形が違う『夏の闇』を5冊持っている。単行本として発売されたもの。そしてそれの特装本。それと『開高健全全作品』の小説9に収録されているもの。直筆原稿版『夏の闇』(原寸大・函入・部数限定)。そしてこの全集である。実は私は一時開高健の本のコレクターであった。

 今回『夏の闇』をまた読みたくなったのは、北康利の『佐治敬三と開高健 最強のふたり』を読んだからである。そこには開高健の妻、牧羊子がこの小説が発売されて嫉妬のあまり半狂乱になったと書いてあった。それを確認したかったのだ。

 この全集に収録されているのは、「エスキモー」、「太った」、「笑われた」、「見た」、「揺れた」、「出会った」、「生者が去るとき」、「五千人の失踪者」の8篇の短篇、そして「夏の闇」が収録されている。
 まずはこれら短篇について。私はこれら8篇の短篇にある言葉そのものの希薄性に悩まされる。


 たとえば、いちばん手ごたえのありそうな『木』とか、『山』とか、『風』とか、『船』とかいったようなものでも、ためしにそれを口のなかで十回ぐらいくりかえしくりかえしつぶやいてみると、たちまち正体がさらけだされる。なにもかも砕けて、散って、ぼやけてしまうようなのだ。キ、キ、キ、キ、キ、キ。ヤマ、ヤマ、ヤマ、ヤマ、ヤマ。カゼ、カゼ、カゼ、カゼ、カゼ。なぜ木が『キ』なのか、なぜ山が『ヤマ』なのか、また、なぜのどがつまってつめたい汗のでることを『クウフク』と呼ぶのか。どうにもわからなくなってくるのである。一分とたちどまっていられないではないか。一分たちどまって十回つぶやいただけでくずれてしまうではないか。そんなもろい破片をかき集めてひとつながりの鎖にしたものを文章と呼んでいる。(笑われた)


 言葉の音がどうして現実のそれを意味するのか。その関係があやふやになり、そして音と言葉が持っていただろう意味が剥離してしまう。どうしてそれなのかわからなくなっていく。さらにそれを突きつめると自身も崩壊しかねなくなる。
 開高健は言葉がその意味であることのあやふやさ、不確かさをずっと持ち続けた人であったと思うが、特にこの自伝的要素が強い、動詞が表題の小説たちは自身の若い頃を描いただけに、言葉のあやふやさ、不確かさに苛まれた頃のことをあえて書くことで、終戦直後の貧窮時代を強く表すこととなる。そしてそうした言語表現にこだわった為に文章は硬質化する。
 一方「夏の闇」はどうかというと、相変わらず文章表現は硬いのだが、女の存在は確かにそこにあると感じさせるものであった。
 谷沢永一は『回想 開高健』で、


 作品については、『夏の闇』が、その頂点に立つ、と私は考えている。


 と書いている。確かに先の短篇からすると、言葉の持ちあやふやさから一応逃れ、確かにそこに存在すると感じさせる。これを言いたかったから短篇の話をしたのだ。その重苦しいまでの描写力、言葉の力がここにはある。


 女は寝台車でくるのだが、よく眠れただろうか・・・・。
 十年になる。
 これこれ、十年になる。朦朧としている。とらえようがない。


 十年前別れた女と再会した。十年前女と別れたとき、


 手のなかにあるうちは玩具なのに失われたとわかるとにわかにそれを宝石と感じて心身を焦がす。


 男は女と再会し、惰眠とセックスをむさぼる生活を始める。もともと男は脱出本能を持っており、二人で“ままごと”のように非現実的な生活を始める。女も再会直後は男の意見通りそうした生活をしていくが、女の中でそれが変質していく。それは男が逃れてきたことでもあったが、女の中でそれがままごとで済まなくなっていったのである。
 それは女の性だけではなく、女が生きてきた人生がそうさせた。女は自らを中国語で“孤哀子(クーアイツ)”と称した。


 「さすが文字の民だと思ったわね。孤児とか親なし子というよりよっぽど感じがでているじゃない。感心しちゃった。ほんとは喪中に死亡通知の肩書に使う言葉で、ま、“喪服の孤児”ってところらしいけど、私はクーアイツなのよ。お父さんもいない。お母さんもいない。親類縁者はこちらから捨ててやったし。お兄さん一人だけいるんだけれど、故あって名前が変わっちゃったしね。私、お兄さんが好きだけれど、こう離れてしまちゃね。それに二度と日本へ帰ってなんかやるものかと思ってる。だから私、クーアイツなの。自然のいたずらなの」



 男は思うのであった。

 女が外国へ去ってずっとたってから私は二人のことをつぶさに回想し、点検していくうちに、悲惨はあの不幸よりもさきに、女の背骨のなかにあったのではないかと思うようになった。あれは背骨から分泌され、過去から分泌されてたのではないかと思うようになった。“孤哀子”であることはよく聞かされた。母、父、兄、幼年時代、少女時代のことはよく聞かされた。けれど、女の口から洩れる自伝と挿話をたどっていくと、少女期のある時期から以後かなり長い時期がまったく空白となる。完全に欠落している。その時期、孤哀子がひとりで、どこで、何をして、どのように食べていたのか、まったくわからないのである。おそらく悲惨はそこから持ちこされてきたものである。体臭のようにしみついてしまって、どうにもおさえても分泌されてしまう性質のものなのである。私も少年時代の悲惨さ汚辱にいまだにひたっていてその大きな手の影からぬけることができないでいるけれど、あの時期の日本に、私とあまり年齢のちがわないらしい娘が、孤哀子としてアスファルト・ジャングルをさまようしかなかったとしたら、何をしないですまされたか、何をするしかなかったのか、はっきりと私はいえそうである。どこか一点をつけば全体が瓦解してしまいそうな、そういうものを女はくぐってくるよりほかになかったのではあるまいか。日本を去らずにいられなかった衝動のうしろに学閥への憎悪や私と結婚できないことの絶望さることながら、その口にだしようのない経験のたてる瘴気がおぼろながらしぶとくからについていたのではあるまいか。


 さらに女が日本を去ってからのことも思う。


 この十年近くの歳月を女が何すがって生きてきたかが、ようやく察しられるようであった。日本で“孤哀子”として生きるしかなく、しかし屈服するにはあまりにも自尊心が強すぎて流亡するしかなかった女は、おそらくここでも孤児として生きるしかなかったはずだが、ただひたすら日本と日本人を憎むことにすがって生きてきたのではないかと思われた。胸苦しい早朝にも、恐ろしい親密な夜ふけにも、女は貝が石灰質を分泌するようにひたすら憎悪だけを分泌することにふけって毎日をしのいできたにちがいない。観光団の通訳や、レストランの皿洗いや、キャバレーのタバコ売りや、日本商社のタイピストなどして女はかつがつしのいできたはずだが、だとすれば、いま全開して息つくひまもなしにたたきつけてくる憎悪は、洗剤でとけそうになった手や、くちびるのこわばりそうな紋切型解説や、のどのひきつりそうなタバコの濃霧や、荒寥とした便所の粗壁などの分泌物である。タバコの吸殻などが刺さったりしてい脂っぽい肉や魚の冷めた残飯からたちのぼってくるものであるはずだ。闇のなかのぬらぬら笑う濡れた眼や、財布をとりだす白い巨大なウジ虫のような指や、唾で光った厚いくちびるや、シンバルのうつろな激情にみちた叫喚などで、あやうく足を折られそうになりながらどうにかこうにかしぶとく耐えぬいて培養してきた、屋根裏部屋の呪いであるはずだ。


 この女の少女時代のある時期から、そして日本を去ってこの地で生きてきた現在までのそのすさまじい生き様がこれでもかと描写される。それは男の推察であるが、ほぼ間違いのない生き様だった。
 そして男のこの推察がこれでもか、というくらい読む側を打ちのめす。
 男が持っている刃が自分を切ってしまうのと同時に女も切りつけてしまった。男は女を愛することができないのだ。
 その女が崩れた。昔愛した男と“ままごと”生活しているうちに、これまでの人生で耐えてきたものが一気に崩れた。

 「子供がほしいわ、いまほしいわ」


 女が崩壊してくることは男はじわじわと感じてはいた。しかし男自身そうした生活から逃げてきたのである。男は生活にくたびれていたのかもしれない。いずれにせよ男の持っている脱出本能で旅に出ていた。だから男は泣き崩れる女をぼんやりと見ているしかなかった。
 そんな時ベトナムで戦闘が始まるというニュースを新聞で知る。昔特派員としてベトナムの最前線で取材していた。女はまた男が去っていくことを認めるしかなかった。

 やっぱりこの小説は傑作である。そして前作とこの作品を含めて、もう1冊「闇シリーズ」を執筆していたが、三部作目はなかなか書けずに、未完になった。(「花終わる闇」として出版はされた)エッセイなどでなかなか書けないと書いていたが、今この「夏の闇」を読んでみると、ここまでのものを書いてしまうと、これじゃ書けないだろうな、と思ってしまう。
 そしてここまで女の人生に踏み込んで描写できるということは、いくら再会したとはいえ、濃密な関係が開高とあったことをうかがわせる。妻の牧羊子が半狂乱になるのもうなずける。それでも女との関係をそうまでして書かなければならなかった、と思うと作家というのは因果な商売である。
 開高が妻から逃げる訳は、谷沢永一が書いている。それは次に書く。


開高 健 著 『開高健全集』〈第7巻〉 新潮社(1992/06発売)

by office_kmoto | 2017-02-09 19:47 | 本を思う | Comments(0)

幸田 文 著 『雀の手帖』

d0331556_18345761.jpg 幸田さんは自ら書くこのエッセイを「作文」と書く。この「作文」というのがいいなあ、と思った。肩肘張らない書き方をそのまま表している。
 幸田さんが使う言葉はたぶん昔使っていたであろう東京の方言で書く。それはちょっと何のことを言っているのかわからないこともあったし、今とはちょっと違うな、という違和感はあったけれど、それでも思うままここに書かれている。主婦の目線というののか、女性のため、主婦のためにちょっと書いたよ、といった感じである。


 人に訊く、書物、辞書に読む、足で歩いて手に取って、それからそれへとたずね、そして考えを纏めるのはつねに誰でもがする方法である。ただ主婦はこんなことをしないようだ。主婦の多くはこの方法を欠いていて、そのゆえに当然知っていてもいいはずの身近なことを、何も知らない一種の貧困状態で過してしまう。豆腐や豆のことをほんの上皮一ト通り知ったとて、それはどうと言うほどのことではないけれど、知るというのは楽しいし、明るさのますことである。しかも連鎖して、それからそれへと手繰れるおもしろさがある。大きなお金をつかったり、面倒な伝手を辿って人騒がせをするなら、それは愚かしいことだが、買物ついで、顔なじみの立ち話からでも、その気になればものを知る絆は摑める。主婦のしごとは目前のことに追われやすく、だんだん「知る」ことから遠のく。これが主婦の弱さなのである。それで私は私の経験をお目にかけて、もしなにかの役にもと思ったのである。(おしゃべり)


 まるで鬼の手だが、手が鬼だったおかげで、亭主や子供には力のかぎり尽せて、気持はわれながらすっきりしている、とも言う。大きく頑固でほんとうに男みたいな手が、おはぎなどを、見ている前で綺麗につくる。ほろりとするのである。女の手は美しいに越したことはないが、すっきりしていれば鬼の手は上々だ。(手)


 女が女のよさを最高度に発揮しているとき、その前にいる男は、自分がいかに男であるかと気付くのではないか、と思う。(象)


 「そこにある」というのは有難いことだとおもう。特別な勉学の下地がなくても、じっと見ていれば、きっと何かを教えてもらえる。(そこにある)


 偶然は人物の目方を量る秤である。(まぜずし)


 季節を感じる文章もいい。


 一ト月ふりかえって何の目ぼしいことはなくても、桜草一ト鉢、毎日気をつけて眺めたなあと思うとき、ちょっぴり一カ月の丁寧さが楽しめる。(節分)


 私の庭はけさは霜柱はなかったが、霜に荒れた土がいかにも見苦しい。我慢がならないので少し手入れをしてみた。まだ土をいじる時期ではなく、べとつくくせに脂気がない。まだ何度か霜が訪れなくては、土に色はささない。暦の上だけではない春が早く来ればいいと思うし、霜の勢いの殺げるのも名残惜しいのである。(立春)


 これよくわかる。ちょっと前の寒い日が続いたとき、我が家の庭も霜柱が立った。去年赤土を入れたためか、今年はよく霜柱が見られた。確かに霜柱の立った土は見苦しい。脂気がない。でもこうして霜柱が立つことによって土が落ち着く感じが確かにする。赤土がこの庭の土になっていく感じがする。


 春はその年を失えば、来年まで待たなくてはならないのである。それで、そのように失ってしまってから思えば、三月の迅さというものがよくわかった。むごいほど春は足早で、待っていないのである。(三月)


 別に春だけでなく、夏でも秋でも冬でも、それを逃せば来年まで待たなければならない。けれど春はそういう気持ちを強く持たせる気がする。寒い日が続けば、春が待ち遠しい。春になれば芽吹くし、花も咲き始めるものが多い。冬枯れの庭にも春の華やかさがあるから待ち遠しい。そういう気分だからこそ、「春を失えば・・・・」という気持ちにさせるのではないだろうか。
 立春を過ぎても寒い日が続くが、それでも日差しは少し温もりを感じることがある。散歩などしていても、寒いのだが、日差しがあるところ歩いていると、そう感じるようになった。
 我が家の庭にも、昨年植えた梅には小さな蕾をいっぱいつけているし、水仙、チューリップはちょこんと芽を出していて、もっと暖かくなるのを待っているように思え、その小さな芽を見ていると、少しうれしくなってくる。


 そんな話を聴いていて、ふと気づくとその先生は「むかしは」とか「もとは」とかいうことをしきりにいう。それほどお医者様のしごと、昔にくらべてぐっと進歩したわけである。でもその先生のお顔を見れば、額や目尻はいうまでもなく、小鬢から頸にかけて皮膚は筋になって畳まっている。進歩とは皺の上を踏んでゆくものという気がした。進歩とはつらいことだと、つい私のようなぐうたらべえは、感激しつつもへんなことを考えた。(かぜひき)


 これは町の歳をとったお医者さんの話なのだが、いつも進歩に気を使わなければならない職業は大変である。すぐ時代遅れになって、使い物にならなくなってしまう。自分はそうした進歩に寄り添うことをやめているので、開き直って、「まあいいさ」と言えるありがたさを思う。


 どんな小さな行為でも、行為に疲労はつきものだが、はじめに一歩を踏みだした人は、もっと大きい疲労を仕払う。そしてかすかな足跡がのこる。まず行って、そのあとが道になるのだから、道は大勢の行った人の疲労をもって贖われたものと言っていいかもしれぬ。(みち)


 これも言い文章だ。


幸田 文 著 『雀の手帖』 新潮社(1997/11発売) 新潮文庫

by office_kmoto | 2017-02-07 18:38 | 本を思う | Comments(0)

言葉拾い、残夢整理、あれこれ


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