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安住 孝史 著 『東京 夜の町角』

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 画文集である。
 しかし安住さんの描くこの鉛筆画はすごい。こんなに細かく描くには相当の根気が必要だったんじゃないかと思った。

 僕は、一本の鉛筆にこだわって絵を描き続けて来ている。絵には色彩はほどこさない。黒鉛筆一本やりの細密描写に徹している。絵の値打ちは画材によるものではなく、一枚の画面に対する「おもい」の深さなのだと思っているからだ。何処にでも転がっている、誰もが使ったことのある簡単な材料で、世界一素晴しい絵画が作れたら……と思っている。
 それともう一つのこだわりは、夜景ばかりだということである。たしかに銀座・新宿・六本木の盛場の夜は眩いばかりに明るい。しかし、きらびやかなネオンの影にも、闇は厳然と存在している。そしてその闇は、心の中のおどろおどろした闇へと連なっていく。夜は恐いものなのだ。そして夜道に光る小さな灯りの温かさは、鉛筆の持っている温かな色に似ていると思う。

 著者は絵を描いて生きていくことを決意するが、生活を両立するために様々な仕事に就いてきた。一時は挫折もし、絵筆を取らなかったが、タクシー運転手になって、友人からもう一度絵を描くことを勧められた。

 タクシー運転手をしながら絵を描き始めたが、タクシーの小さな箱の中に人々の営みは、僕に人間に対する“いとおしみ”を深めさせていた。寝静まった街の片すみに車を止めて、人間の生活に“おもい”を寄せる時、どのような画材ででも確固たる絵画が作れるという確信が心の中に広まっていった。

 僕は美しい山や川の景色よりも、何げない日々の中の風景の方が好きだ。人間の営み、人に対するいとおしみが絵を描く出発点だと思っている。道具も特別なものはいらない。一本のエンピツがあれば良い。何処にでも転がっている材料で、何処にでもある、ありふれた風景を描くことが性に合っている。

 著者のあとがきを読んでみると、ここに掲載されている鉛筆画はタクシー運転手時代のもののようで、運転の合間に夜の町を描いたものなのだろう。
 絵は夜の町である。従ってほとんどの絵には人物は描かれていない。描かれていても原宿駅の二人連れだけだったり、夜の巣鴨のうなぎ屋でうなぎを焼き上がるのを待っている客の後ろ姿だったりする。原宿駅の二人連れの絵はいいものだ。後ろ姿しかわからないが、年輩の二人連れにように見える。女性が男の腕を取っている。
 ちょっといい話も書かれている。

 「絵描きさん、電灯を点けてあげましょうか」。床屋さんの家を描いている僕に後ろから声が掛かった。人さまの家の入口の所で絵を描いているのであるが、薄暗がりで絵を描いていたので、家人が気を利かせて声を掛けて下さったのである。
 絵を描いていると思い掛けぬ人の心のやさしさにふれることがある。暑い夏の盛りにがだまってコーラを下さった人もあるし、草臥れたらお座りなさいと椅子を出されたこともある。銀座の路地裏を描いていた時のこと、絵を描き終ったらお茶でも飲みなさいと、お店のおかみさんが紙切れをポケットに入れた。描き終えてポケットを見ると、四ツに折った千円札が入っていた。

 この柳橋でも通るたびに想い出される人がいる。――橋を渡ろうとする際で、仲居さんに、東京駅八重洲口までお客様を頼みますと呼び止められた。駅まで六百円ちょっとの距離だったが、仲居さんは千円札を出し「お釣は結構です」と丁重であった。待つほどに、客が女将に案内されて来た。映画「男はつらいよ」に出演している午前様の笠智衆さんであった。僕は好きな俳優さんだったから、にこにこと運転した。駅について「料金は前に頂戴してあります」と言ってドアを開けた。けれど笠さんは降りて来ない。ドアーを少し開け放して待っていたが、何かごそごそと音がし、振り返ると、小さな小銭入れに指を入れて、探し物しているようであった。何をしているのだろうと訝っている僕に、やがて五拾円玉を一つ差し出し、「おつかれさま」と言った。笠さんの誠実さと温もりの伝わる五拾円玉であった。僕の胸のポケットの免許証にそれを仕舞うと、得意気に夜の町へ車を出発させた。

 笠さんの五拾円玉を渡して「おつかれさま」という言葉掛けもいいが、運転手としての著者の言葉遣いもいいものがある。「料金は前に頂戴してあります」という「頂戴」という言葉は今の人は使わなくなっているのではないか。

安住 孝史 著 『東京 夜の町角』 河出書房新社(2001/10発売) 河出文庫


by office_kmoto | 2017-10-29 06:26 | 本を思う | Comments(0)

川本 三郎 著 『シングル・デイズ』

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 この本は「シングル」という言葉をキーワードにして、「シングル」が今の日本のあちこちにその傾向が見られることを語る。
 ここでいう「シングル」とは、

 この場合のシングルとは、単身者というより「個人」である。価値の中心を国家や社会や家族に置く人間ではなく、自分自身に置く人間のことである。平たくいえば、“自分を大事にする人間”のことである。「自己尊重」といいかえてもいいかもしれない。

 川本さんがこういう発想になったのは、朝日新聞時代に組織の中で苦い経験をして来ているところに由来するのではないか。
 当時取材の中で、様々な人々と会い、時には信じ、時には疑問を感じながら、結局自分がババを引いてしまったところのトラウマみたいなものがあったのではないか。職を辞さなければならなくなったとき、生きていくためにフリー稼業となるが、フリーは組織の中で生きていくのとは違い、自己をしっかりと持っていないとやっていけないだろう。そういう生き方をせざるを得なかった自身の生き方から、このような考えに至ったのではないか。
 いずれにせよ“みんなといっしょ”という発想が嫌いだという。
 そんな中、個人として、自分から進んで一人で生きていくことに積極的に意味を見出す。造語として「個独」と表す。「個独」として生きることは、その人の内面がひとりでいられるだけ充実していることであり、特に創造者にとってはその自閉は歓迎すべきではないか、と考える。
 東京論ブームは、かつての高等遊民、今で言うシングルの増加と見合っている。つまりこうした都市を担っているのが自由な時間をもっと楽しみたいというシングルであり、それに対応して盛り場、娯楽場が生まれる。今のグルメブームにしたって、その文化を支えているのも可処分所得を自由に使えるシングルである。

 「個独」で生きることをラクにしているのは情報社会の進行である。その結果都市の生活形態はどんどんひとりが基本になっている。ベタついた人間臭さを払拭されてきている。そうした情報社会の無機質な生活環境が「個独」な人間を作り出しているとも言える。
 シングルで暮らしやすくなった大きな理由は情報化社会が進んだことなのだが、こうした情報社会の持つ無機質性は、これまでの価値観を変えていくことにもなる。今やこの情報社会が持つ無機質という言葉が、あらゆる面でその性質を見ることが出来る。
 生々しい人間関係が薄れ、代わって情報や風景といった無機質なものが接近してくる。自分の住んでいる町のことを何も知らないのに、アメリカで起こっている事件など詳しく知っている。
 あるいは情報社会の進行で、いい意味でも悪い意味でも人間が肉体性を減少させる。かつて男の価値として認められなかったやさしさ、美しさ、弱さを肯定的に体現するようになった。
 音楽、映画にしても透き通った音や無言の風景が好まれる。透明感のあるものが好まれるようになってきている。都市空間と溶けあった人間を主人公とする村上春樹の小説世界が好まれるようになったのもこのことによる。
 私は社会や組織に蹂躙される個人のあり方は疑問があると思っている。だからシングルとして個人が生き易くなることは大歓迎だ。それに伴いこれまでの価値観の転換が行われるのは当然である。
 ただここで川本さんがシングルを「高等遊民」と同等に見ているところは少し疑問がある。漱石が描く「高等遊民」の主人公はどこか世の中を拗ねたところがある。社会や組織にそして自分にさえ失望感が大きくなり、内にこもる裏返しとも見える。
 そして何よりも個人の生き方が尊重される世界は、それが行きすぎると無関心を蔓延することになる。さらに自己中心的な人間が増え、何もしないくせに文句だけは言う輩が増えてしまう。
 社会との関わりを拒否したり、極力かかわらないシングルは、単に自己中心的な人間であり、たぶんここで川本さんが言おうとしているシングルが持つ意味を違うだろう。川本さんはあくまでも個人の内面の充実といったことを言いたかったはずだ。
 この本はシングルとして個人を中心に置く生き方を推奨しているし、そうなりつつあると書いている訳だが、この本が書かれたのが30年近く前の話である。そして30年経った今、果たしてシングル、シングルといって諸手を挙げて歓迎していいのか。その結果今どうなっているのか。今度はシングルにおける問題点を我々は考えないとならない時期に来ているのかもしれない。

川本 三郎 著 『シングル・デイズ』 リクルート出版(1987/12発売)


by office_kmoto | 2017-10-27 07:25 | 本を思う | Comments(0)

神吉 拓郎 著 『 私生活』

 神吉さんのこの本は以前から読んでみたいと思っていたのだが、この本が単行本で発売されたのが83年というから、もう34年経っていることを知って驚いている。この当時本屋の店員だったから、もちろんこの本のことはよく知っている。直木賞受賞の短篇集である。
 17篇の短篇から成るが、いずれも普通の人の私生活に意外な側面を持ち合わせていることあり、普段とその意外な側面にギャップがあるところに、驚きとして物語が成立している。
 銀行に勤めるご近所さんが酔っぱらい、千鳥足で歩く。客引きの女と卑猥言葉の掛け合いを目撃してしまう時の驚き。あるいは平気で自分の亭主を“たねなし”と公言して止まない妻の異常さ。女が出来たと噂になっている初老の男の女がダッチワイフだったり、まああやしげな私生活が語られる。
 ここまで極端じゃなくても、人の私生活なんて、他人が見れば異様で、不思議に見えるところなど多々あるに違いない。しかも当の本人たちはちっともおかしいと思っていないところが、きっとどこにもある。
 そうした誰でも、どこの家庭でも持っている変わった一面が強調されたのが、この短篇集で、それが面白味と、驚きを生んでいる。

 気になった言葉。


 中根の歳になると、怒れば怒るほど、それが自分に向ってはね返って来て、無数の破片のように自分を傷つける。気が滅入るのは、みすみす怒る愚を犯した自分への失望からなんだろう。(背中)


 これ、よくわかるんだなあ。相手の不義や無能を罵っても、結局そこにいたのは自分であり、それに従ったのも自分なのだから、怒りはブーメランのように戻ってきて自分を傷つける。そうした怒りから来るダメージというのは、歳をとればとるほど、回復が鈍くなるものだから、いくつものガラスの破片が刺さったような痛みを長いこと受けることとなる。若い頃ならそう長引かず、受け流すことも出来たものが、歳をとった頃のダメージはいつまでも尾を引いた。その怒りは、自分がいた年月に比例して増幅し、その年月がダメージの回復を促す体力を奪ったことでも長引いた。
 怒りは、自分の人生の時間を無駄に使ってしまったという失望であるが、だからといって怒り続けることで、次のステップへの飛躍に繋がるほど、もう若くない。だったら怒り続けることに、何の意味があるのか。
 失ったものを取り戻す、という苦労はもうできないし、時間的余裕もない。だったら次にどうすればいいか、必然的に答えが出て来る。最近はやっとそう考えることが出来るようになった自分がある。この言葉はわかるけど、でもそれだけじゃだめだろうな、と思うのである。

神吉拓郎さんの『 私生活』 (文藝春秋1986/12発売) 文春文庫


by office_kmoto | 2017-10-24 06:23 | 本を思う | Comments(0)

川本 三郎 著 『花の水やり』

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 私が川本さんのエッセイが好きなのは、嗜好は案外自分に似ているんじゃないか、と思うところにある。だから言っていることがよくわかり、「そうなんだよなあ」と思うことが多い。好みが似ているというのは親近感が持てる。
 たとえば、

 週に一、二度、銀座に出て、映画の試写を見る。試写はたいてい一時に始まる。そこで映画が始まる前に、銀座で軽く昼食をとることになる。
 銀座で昼食、といっておべつにご大層なところに行くわけではない。もっともよく利用するのが、立食いそばの“小諸そば”。
 立食いそばだからといってあなどってはいけない。ここのそばは、立食いそばとは思えないほどおいしい。本格的なそば屋と比較しても決して遜色がない。
 普通、立食いそばは、早い、安い、そしてまずい。はじめから味には期待していないからまずくても文句はいわない。立食いそばの味がよくないと怒るのはほとんど野暮である。
 ところが“小諸そば”は、立食いそばの通念を破っている。早い、安い、そしてうまい。店の雰囲気も明るく、清潔。従業員も生き生きとしている。若い女性店員が多いのも立食いそばとして珍しい。(あなどれない立食いそば)

 私も小諸そばは大好きである。立ち食いそばのお店は駅前に数多くあり、何度も利用してきた。特にサラリーマン時代など、時間がないときなど、サッと食べ、次の仕事に向かうなどしてきた。これまで数多く立ち食いそばのお店で食べてきたが、やはり小諸そばが一番美味しいと思う。私はかき揚げそばをいつも食べる。
 神田の古本屋へ行く時は、必ずここでそばを食べてから古本探しに出かける。これが定番となっている。
 その古本に関する川本さんの意見。

 新刊の本屋では本は本というより「情報」である。新しい情報は知っておくのにこしたことはないが、「はやりものはすれもの」というようにすたれるのが早い。古本屋の本(いわゆる古書)は「情報」というより「古道具」「骨董」である。長い時間のなかを生きてきた落着いたよさがある。(古本屋)

 同感。

 東京・大阪をはじめ日本の都市は朝が弱い。二十四時間都市といわれているが実際は夜型都市で商店が開くのも、十時、十一時。朝早く起きる人間には不自由なことが多い。(早寝早起き)

 以前私が勤めていた本屋は、朝8時半から開店していた。通勤途中のサラリーマンが店に寄って週刊誌や雑誌を買って職場に行く。中には本や文庫本も朝から買っていくすばらしい人もいた。その代わり、夜は7時で閉店した。しかし競合店の出店など売上低迷し、営業時間の変更、特に夜の営業時間の延長を考えるようになった。時代は確かに夜型にシフトしていった頃である。午後8時、9時、そして10時まで営業することになると、朝の開店時間はどんどん遅くなっていった。
 今は大書店でも普通の街中の本屋でも大体10時から11時頃開店というのが多いのではなかろうか。
 昔ちょっと出かける前に欲しい新刊を本屋で買って、電車の中で読もうと思ったことがある。しかし朝早くから本屋は開いていない。早いと言っても9時頃である。どこか朝から開いているお店はないか、思ったけど、見当たらない。結局新刊は帰りに買ったことを思い出した。
 ライフスタイルは人それぞれだが、川本さんも私も同様な朝型人間なのでスタートが早い。こういう人は夜型都市に問題が生じることも案外多いのである。

 人間は複雑な心持った生き物である。生きるためには明るさと同時に暗さも必要なのである。都市なかにいかがわしい悪場所が自然発生的に出来てくるのもそのためだと思う。人間も都市も暗さがあってはじめてバランスがとれてくる。((「秘密」のすすめ)

 夜に元気になる理由もこんなところにもあるかもしれない。

 サギソウの話があった。

 去年の五月、浅草の植木市でサギソウの鉢を手に入れた。二十センチくらいの雑草のような草が植わっている。それがサギソウだという。朝夕水をやって大事にしていたら白い花が咲いた。名前のとおり、鷺が飛んでいる姿そっくりの花でその形の面白さに感心してしまった。
 しかし、秋になって花も草も枯れた。これは一年草の花で一回きりかと思ってあきらめていたら、四月になって芽が出始めた。まだ二、三センチなので断定できないが、たぶんサギソウだと思う。これが私にとって今年いちばんの「山笑う」になった。(鉢植えの草花)

 去年、お隣さんからサギソウの鉢をもらった。夏に白い可憐な花を咲かせ、本当に鷺みたいで、気に入ってしまった。
 秋になり枯れて、そのまま冬を越し、春になったら植え替えをする、と教えられたが、なかなか新芽が出てこない。これは冬を越すのを失敗したかな、と思っていたら、いつの間にか新芽が出てきた。お隣さんに新芽が出てきました、と報告したら、これじゃ花は咲かないわね、と言われる。植え替えをしなかったのがまずかったらしい。
 で、また新しい鉢をもらったので、今度こそうまく育てようと思っている。まずは花を咲かせることを目標とする。
 その緑の話。川本さんは東京には以外に緑があると言う。町歩きをしていると、家の前、玄関先、道に面して鉢植えを並べている。それを見て次のよう言う。

 江戸時代から古い町である(人形町)の人たちが育てていたであろう緑と同じものをいまでも大事に育てている。伝統とか文化とはこういう小さなことをさすのではないか。(町のなかの緑)

 伝統とか文化などと言うとなにか大がかりなことになる。でもそれは育んできたとかいう構えたものでもなく、たぶん普段の生活の中でいつものようにしている、このように小さなことなんだろう、と思う。それを毎日毎日繰りかえしてきただけのことなんじゃないか。我々は伝統、文化という言葉をあまりにも大上段に、そして偉そうに使いすぎる。

川本 三郎 著 『花の水やり』 JDC(1993/10発売)


by office_kmoto | 2017-10-21 06:30 | 本を思う | Comments(0)

平成29年10月日録(上旬)

10月1日 日曜日

 晴のち曇り。

 岡崎武志さんの『蔵書の苦しみ』を読む。


10月2日 月曜日

 曇り。

 辻山良雄さんの『本屋、はじめました―新刊書店Title開業の記録』を読む。


10月3日 火曜日

 曇り。

 父親が明日手術のため、今日から入院する。そのために付き添う。

 午後3時過ぎ、置いてきているお犬様(トイプードル)の散歩のため、自転車で実家に行く。
 帰りに図書館により、予約していた本を借りてくる。


10月4日 水曜日

 曇り。

 手術無事終わる。
 ストレッチャーに横になって手術室から病室に帰ってきた父親を見て、こいつ、今まで私の母親と継母をこうして見てきたんだなあ、と思う。そして今回私は父親の同じ姿を見たことになる。大した手術じゃなかったが、酸素マスクを付けた父親を見て、こいつが死んだら私や弟は両方の親を失うことになるとふと思った。
 遅かれ早かれいずれそうなる。


10月5日 木曜日

 曇り時々晴れ。

 今朝病院に行くと、父は予定通り点滴を引きながら歩いていた。昼から食事も出るという。痛みも昨日と比べればだいぶ楽になってきているという。

 弟から死んだ母の若い頃の写真がメールに添付され送られてくる。写真は元々はモノクロの写真であった。それをカラーにしたやつを送ってきた。弟は写植をやっているので、モノクロ写真をカラーにすることが出来る。
 写真は私たちが小学生の頃、熱海のホテルに行った時撮ったものだ。30半ばの頃だろう。若い。そして笑っている。あの人、恥ずかしがり屋だったから、カメラを向けられるとすぐ逃げ出す人だった。だからこうしてカメラに向かって笑っている写真は珍しい。弟も気に入っている写真だとメールに書いてあった。確かにいい写真だ。生きていてくれたらな、と改めて思う。

 家に母の写真がないので、写真立てを買ってきて、飾って置くつもり。


10月7日 土曜日

 朝方雨、午後より晴れる。

d0331556_20071377.jpg アーナルデュル・インドリダソン 著 /柳沢 由実子 訳の『湖の男』(東京創元社2017/09発売)を読む。
 この本は、アイスランドの首都レイキャヴィクの警察官エーレンデュルを主人公とするシーリーズ四作目である。
 物語はレイキャヴィクの近郊の湖が地震の影響で干しあがり、底から白骨化した遺体が見つかった。頭蓋骨には強く殴られて空いたと思われる大きな穴が開いていた。しかも重い箱にくくりつけられ沈められたようであった。その箱にはロシア語のキリル文字が微かに見てとれた。これは隠蔽された殺人であったろう。たまたま湖の水が干しあがったために発覚したことになる。
 検視の結果、遺体の死亡時期は1970年以降の男性のものとわかった。そして箱もロシア製の通信機とわかってきた。エーレンデュルたちの捜査は、まずは失踪事件から行方のわからなくなった者たちから探った。
 エーレンデュルは30年前の一人の農業機械のセールスマン失踪事件が気のかかる。男はが、婚約者を残し消息を絶っていたのだ。男は偽名を使っており、アイスランドに彼の記録は一切なかった。その女は今もその男を待っていた。

 一方物語は旧東ドイツに留学した男のモノローグが挟まれる。東ドイツの国費でライプツィヒで勉強していた学生時代、当初は共産主義に共感し、アイスランドに社会主義国家の実現を夢みたが、東ドイツの生活が監視され、密告の世界であることがわかってくる。
 男はライプツィヒでハンガリーの女性と知り合ったが、当局に逮捕され、行方がわからなくなってしまった。彼女は妊娠していた。男は彼女がハンガリーの解放運動にかかわっていることを、同じアイスランドの留学生に話してしまい、彼らを監視している男にそれが伝わったのであった。男は同じ留学生として彼を信用していて、友人と思っていたのだ。
 東ドイツからアイスランドに戻った男は、失望の生活をしていた。長いこと経ったて、男は東ドイツで監視をしていた男を見かける。そしてあの友人も。そして彼女が連れ去れた経緯を彼らから聞き、事件は起こった。すべて男のモノローグから真相がわかってくる。エーレンデュルもその真相に男に迫っていく。
 白骨化した男の正体、事件の真相が解明されたとき、湖の水の減少が止まって、蘇ってきていた。

 いつの間にかこのシリーズに付きあうことになってしまったが、翻訳はまだ4作しか出版されていないが、何でも本国ではこのシリーズはもう15作も発表されているらしい。付き合いは長くなりそうだ。
 ところでこの翻訳者はマルティンベックシリーズの新訳をしている。新しい新訳は出ていないが、どうなっているんだろう?


10月9日 月曜日

 晴れ。

 体育の日。

d0331556_20083975.jpg 笹本稜平さんの『逆流―越境捜査』(双葉社2014/03発売)を読む。
 実はちょっと前にBSで再放送されたこのシリーズのドラマ化されたものを見た。三作続けて見て、四作目がこの本である。たぶんこれはまだドラマ化されていないはずだ。
 ドラマでは鷺沼役の柴田恭兵さんと宮野役の寺島進さんで、なかなか面白かった。それでこのシリーズの四作目が出ていると知って、読んでみた。
 本でも鷺沼は柴田恭兵さん、宮野の寺島進さんを頭に浮かび、まるでドラマを見ている感じであった。それだけこの二人ははまり役であった。
 事件はいつものように宮野が持ってくる。そして鷺沼は暴漢に腹を刺される。自宅療養の傍ら、宮野と事件の真相に迫っていく。
 しかし今回は追っているというより、先へ先へと追い越されていくのを感じていく。


 「しかし今回のヤマだけど、いつもと感じが違うと思わない?」
 「どう違う?」
 「普通は悪いやつが逃げておれたちが追いかけるわけじゃない。しかし今回は初っ端から向こうが仕掛けてきた。次から次に先手を打たれて、辛うじて攻めに出られたのはきのうの福富の一芝居くらいだよ。容疑者側からここまで圧力をかけられたのっておれは初めてだよ」
 「まるで下水道から汚水が逆流してくるような感じだな。おれもだんだん気味悪くなってきた」


 ドラマでは鷺沼は奥さんを亡くしたことになっていたが、本では離婚したことになっていた。
 鷺沼と宮野の掛け合い漫才みたいな会話のやりとりが面白い。


10月11日 水曜日

 曇り。

 父親退院する。

司馬遼太郎さんの『司馬遼太郎が考えたこと』〈4〉を読む。


10月13日 金曜日

 雨。

 衆議院の解散選挙の中間予想がテレビで放映されていた。自民党が圧勝の勢いだ。対抗勢力として生まれたばかり希望の党は苦戦しているという。だろうな。もう小池東京都知事の勢いは薄れ、どちらかと言えば化けの皮が剥がれて来たという感じだ。あの人は都知事より国会議員でありたかった人であり、都知事選挙後支持を受けたものだから、改革という名の元に好き勝手なことを言って、かき回し、結果今のところ何もしていない。そこへ彼女を担ぐ国会議員がいて、民進党から離党してきた「路チュー」して自分だけ生き残った議員がそれにくっついた。
 そこに指導力のまったくない民進党の新党首が、党内をまとめることができず、どんどん所属議員が離党していって、希望の党に合流する。民進党では選挙に勝てないからだ。希望は国民の希望ではなく、国会議員の選挙に勝つための希望であった。「路チュー」議員は最初に民進党を離党したというだけで偉そうなことを言い、民進党の全員を受け入れることはないと言う。小池さんも同様に「排除」すると言ってしまった。この時点でこの党は勝ち目がないとわかってくる。
 日本人のメンタリティーとして、この「排除」という言葉はいい感じに受け取られない。またかつて「路チュー」で批判を浴びた議員が幹部に収まって、偉そうなことを言っているのを見ても、不快を感じている。さらにセレクトされた旧民進党の議員を何とか集めて、過半数を擁立したけれど、結局希望の党は名を変えた民進党でしかない。その民進党は政権を取った時、失望しか残さなかったから、国民はもうこの党に政権を任せられないと思っている。
 そもそもこの選挙を何でするのかよくわからないところに、希望の党が浮動票頼み希党であり、その希望の党が中間時点で「正体見たり枯れ尾花」だから、投票率はきっとぐんと下がることが予想される。そうなると組織票を持っている自公が強いに決まっている。
 たまたま読んでいた司馬遼太郎さんの本に次のようにあった。


 体制に自己改革をせまる、というスローガンも結構ですが、古来一つの権力なり体制なりが自己改革したという例は一つもない。いくら名医だって自分の外科手術ができないのと同じです。


 現代日本でも、選挙法をあらため、悪い選挙案とくされ縁を断って自民党が利権政治を一掃するより、生きのびる道はないんでしょうけれども、そんな自己改革はとてもできないでしょう。結局権力というものは外部からの力で倒されるより仕方がないものです。(「日本史から見た国家」『司馬遼太郎が考えたこと』〈4〉に収録)


 その対抗勢力がこうもていたらくじゃどうしようもない。

 紀田順一郎さんの『蔵書一代―なぜ蔵書は増え、そして散逸するのか』を読む。


10月14日 土曜日

 雨。寒い。

 雨が続く。そして来週も同じように雨模様の日が続くという。いささか気分が滅入ってくる。基本的に雨の日は外に出ない人なので、気分が鬱屈してしまう。
 そんな気分で以前書いた文章を見直していると、だんだん気に入らなくなってくる。最初は細かい修正で済んだものが、全体がおかしい、と思い始める。
 書いたときは、読んだ本の余韻や興奮が多少なりとも残っているから、それをもとに何も考えず、思うまま書いている。書き上がればそれでおしまい、としている。けれど、こうしてここにアップするにあたり、多少なりとも推敲する。それがここのところうまくいかないのだ。やたら時間がかかる。そのうち読んでいて何を言っているのかわからないところや、辻褄が合わないところが出てきて、イライラしてくる。
 読んだ本は図書館で借りた本だった。それが気に入って、自分の本棚に置いておきたいと思い、古本で探し、見つけて置いてある。この本に関してはもう一度手に入れた本を読み直してみることにして、他の文章を引っ張り出し、直してみる。


10月15日 日曜日

 雨。

 甥が12月に結婚するので、嫁さん(もう籍は入れてあるという)。を連れて実家に来ることになり、紹介される。結婚式の招待状をもらう。その後みんなで食事。

by office_kmoto | 2017-10-17 20:11 | 日々を思う | Comments(0)

南木 佳士 著 『エチオピアからの手紙』

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 南木さんのファンになってから、一度読んでもまた読み返したくなり、今度はこの本のを手にした。奥付の発行年月日を見ると1986年となっており、南木さんが芥川賞を受賞したのが1989年だから、その前の作品ということになる。
 「破水」「重い陽光」「活火山」「木の家」「エチオピアからの手紙」の5篇からなる短編集だ。
 相変わらず人の「死」と向き合う医師がそこに描かれ、考えさせられる。

 死んだ患者の枕もとで頭を下げたあと、勇はいつも言い知れぬ不安にとらわれる。一人の人間の死を、その一生のたかだか数ヶ月だけかかわった自分がもっともらしく宣言していいのか。呼吸と心臓の停止に加えて脳波の消失を確認したところで、そんなことで多くの想い出をかかえ込んだ人間の死を決めつけてしまえるのか。(活火山)

 一から一を引けばゼロになることを、苦しみもがいている患者を前に確認するのは、何度くり返しても嫌な仕事だった。(エチオピアからの手紙)

 「ワラにもすがる、と言いますけど、ワラはどこまでいってもやっぱりワラなんですよ」(エチオピアからの手紙)

 こうして人の死にかかわり、その直前の死の有り様、その死を迎えた患者の人生の最後にかかわってしまったことの重みを積み重ねていく。しかし日々毎日患者の死にかかわることで、その個人の死は単に昔話になっていく。もちろん重みは増していくのだろうが……。

 「あなたなら絶対捨てたわね。重いものね。一人だけ逃げのびて、あとでうんと後悔して、そのうちにありきたりの想い出に変えてったりするのよね」(活火山)

 「昔話にいいも悪いもねえよ、ただ、そういうことがあった、それだけだ」(エチオピアからの手紙)

 この人は本当は医者に向かない人だったのではないかと思う。その文学的気質が、他者の死を真っ正面から受けとめてしまう。そういうところが強すぎるから、他者の死と自分の心のバランスが取りづらい。医者としてプロであり続けようとすればするほど、他者の死を客観的に受けとめられなくなっていく気質がある。
 そう考えると医者というのはすごいな、と思う。普通死を簡単には受けとめることはできないだろう。数多くの死を見てきたことで、感覚が麻痺してしまうというものではないだろう。プロであろうとする姿勢を維持するためには、そうするしかないものとして鍛錬していくのだから。だからといって南木さんがそうした努力をしていなかったと言うのではない。単にその人の気質を言っている。
 一方で数多くの他者の死を見てきたことで、死に対する厳かな気持ちは我々以上にしっかりもたれているだろうし、逆に生きることの意味や価値をしっかりと持っていると思いたい。だから我々は自らの「生」に置き換えて医者の意見をしっかりと聞く。

南木 佳士 著 『エチオピアからの手紙』 文藝春秋(1986/05発売)


by office_kmoto | 2017-10-15 06:29 | 本を思う | Comments(0)

川上 弘美 著 /門馬 則雄 絵 『赤いゾンビ、青いゾンビ。』 東京日記〈5〉

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 久しぶりに川上さんの東京日記を読んだ。以前読んだのはいつだったろう。だいぶ時間が経っているように思える。
 さて、今回も相変わらずシュールな日常を過ごしている川上さんがある。

 思いついて、昨年末に人からいただいたシクラメンの鉢植えを、いつものうすぐらい場所ではなく、一日じゅう日の当たる場所に移してやる。
 (これでますます花をつけることだろうて)
 と思いつつ、二時間後に見ると、まっすぐ立ってたわわに花を咲かせていた茎が、すべてぐんにゃりと倒れている。


 ひっ、と叫んで、その場で小さくくるくる回る。もちろん、回ってもシクラメンは回復せず。ガーデニングに詳しい知人に電話して聞くと、シクラメンは暑さに弱いとのこと、すぐさま寒いお風呂場の床に移す。
 翌朝見ると、茎は元に戻っている。ほっと胸をなでおろす。

 そうなんだよね。うちのシクラメンもずんずんと成長して来ているのだが、この夏どうやって越させようか、思案したものだ。暑さ対策は人間だけではないのだ。
 それにしても川上さんはぐんにゃりと倒れているシクラメンをもう一度見たくて、この後また日の当たる場所に出している。どういう神経をしているんだ、この人?

 吉祥寺から電車に乗る。
 ものすごく大股びらきして坐っている。会社に入ったばかりらしき娘さん(就業規則をじっと読んでいる)を見る。
 もちろんパンツは、まるだしである。

 吉祥寺を散歩。
 腰までの短いシャツに、レギンスだけをはいて堂々と歩いている、ぽっちゃりめの娘さんを見る。
 何度見ても、お尻が、まるだしである。

 吉祥寺のジムで、運動体験をしてみる。
 女子更衣室でこそこそ着がえていたら、バスタオルまきつけた六十代くらいの女性がのしのし歩きまわっている。
 ふつう、バスタオルをまきつける時は、胸が隠れるくらいの場所にタオルをぎゅっとまきつけるものだと思うのだけれど、女性はおへその上の位置にタオルをまきつけている。
 いきおい、両方のたれたおっぱいが、まるだしである。

 吉祥寺周辺での娘さん及びおばさまがたの間で、もしかして「まるだし」が流行っているのかだろうか、と考える。どういうところなんだ、吉祥寺というところは……

 忘年会。
 だいぶ酔っぱらってきた頃、なんとなくパンツとブラジャーの話になる。
 つねづね、
 「勝負下着とか、世の女は頑張るけれど、結局男なんて下着はさほど見ていないはず」
 とたかをくくっていたわたしなのであるが、その自説を開陳するための前ふりとして、
 「ねえねえ、ブラジャーとパンツがそろっていないって、どう?」
 と男性陣に質問したところ、囂々たる非難の嵐が。
 「ブラジャーとパンツがばらばらな女なんて、許せない」
 「セットじゃなくても、せめて色は統一してほしい」
 「できれば薄紅色で」
 「いや、金属みたいに光っているのベスト」

 ちなみにメタリックブラジャーは西友で売っているらしい?

 取材を受ける。
 のっけから、
 「カワカミさんは、セックスの時脱いだパンツの定位置が、枕の下なんですか」
 と、真面目にきかれる。
 以前書いた長編『これでよろしくて?』の主人公が、そのような性癖をもっているから、作者もそうであるかもしれないと推測しての質問らしい。
 全世界のみなさん。小説の主人公の人生が、作者の人生と重なっているという確率は、ごくごく低いです。

 小説の主人公のパンツの定位置が、その作者もそうなのかと聞くのもどうなんだろう?この後川上さんは酔っぱらって、仲間のパンツの位置を聞き出したそうだ。

 友人たちと会食のために、久しぶりに胸元のあいたセーターを着る。
 せっかくあいているので、こちらもめったにつけないタイプの、胸が寄せられてあがるブラジャーをつけてみる。
 胸の谷間が、できる。
 ほくほくして、会食のお店へ。
 家に帰り、着がえをすると、寄せられた胸元の谷間から、白いものがぽろぽろと落ちる。
 焼き魚の大きなかけらであった。
 歯に青海苔がつくように、髪に落ちてきた鳥のふんがつくように、胸の谷間にずっと焼き魚の大きなかけらがくっついていたことを、どうして同席の人たちは誰も指摘してくれなかったのか!?
 うらみます。

 大笑い。

 二年ぶりに、スターバックスに入る。
 取材のためである。
 というか、時々世の膾炙したこういうお店に入らないと、小説の中で妙な描写をしてしまうおそれがあるからである。
 なんとかフラペチーノや、なんとかラテについて、わたしようにちんぷんかんぷんな年のいった女が主人公ならばいいけれど、若い女の子が主人公で、
 「あれまあ、ここではカップの種類も選べるんですかい、すごいことですのう」
 などというせりふを言わせてしまっては、不自然でいけない。

 不自然すぎる女の子の言葉だ。しかし私もスターバックスのメニュー、注文の仕方は私もよくわからないでいる。だからあまり入りたくない。

 と大笑いしたところを書き出したが、これ以外に「へぇ~、そうなんだ」と教えてくれるものもある。

 「オスプレイって、ミサゴって意味なんですよ。あの、鳥の。ミサゴは、ホバリングができるんです」

 奈良の鹿はすべて野生(奈良市が飼っているのではない)。
 奈良の鹿の死因の第一位は、轢き逃げ。

 「ピーポくんの名前の由来は、ピープル&ポリスであって、パトカーのピーポー音由来ではない」

 川上さんもこれらを知って驚いて、多分手帖に書き込んでいるのではないか。
 そうそう川上さんは『なんとなく、クリスタル』と同時代の女子大生だったと書かれていて、そうか、と妙に納得する。

川上 弘美 著 /門馬 則雄 絵 『赤いゾンビ、青いゾンビ。』 東京日記〈5〉 平凡社(2017/04発売)


by office_kmoto | 2017-10-11 05:46 | 本を思う | Comments(0)

ビート たけし 著 『アナログ』

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 水島悟は大手ゼネコンが筆頭株主の設計会社の一部門のデザイン研究所に勤務する。喫茶店の内装、ホテルのフロア、ショッピングモールのデザインを手がけている。
 悟の悪友である高木と山下からいつものように飲みに行こうとお誘いがかかる。待ち合わせの時間より早めになってしまったので、悟はピアノという喫茶店に入り時間をつぶすことにした。
 所在なげに辺りを見渡すと、テーブル水の入ったグラスとインテリア雑誌が置いてある。人はいない。悟は雑誌を手にした。雑誌には悟たちがデザインした店が載っていた。

 「すみません」
 「その雑誌、私のものなんです……」
 「すいません。店に置いてあるものだと思ったので……」

 これがみゆきとの出会いであった。悟はその雑誌にある写真の店のデザインを手がけたこと。その内輪話をみゆきにする。
 悟はみゆきに一目惚れをしてしまった。
 悟は今度会った時も声を掛けていいかと聞く。本当はみゆきの連絡先を知りたかったが、それを聞いてしまうと二度と会えなくなりそうだったのでやめた。みゆきは毎週木曜日が休みなので、夕方ここに来ている、と答える。

 「今ちょっと気がついたんですけど、僕たちお互いの携帯番号やメールアドレスって知らないですよね?」
 いささか強引に話題を変えた。もしここで連絡先を交換できれば、彼女との距離はぎゅっと縮まるかもしれない。
 しかしみゆきは、「そうですね」としか言わなかった。そんなみゆきの態度を見て、悟は、
 「ふと思ったんですけど、お互い名前だけ分かっていれば、携帯とメールなんて知らない方が、余計なことで連絡を取ったり、用もないのにメールしなきゃと思うより、いいんじゃないですか?何か秘密がありそうで、すべてを知った気になるより……」
 と、苦し紛れに言った。なによりみゆきに、図々しい軽い男と思われたくなかった。
 「そういうのステキですよね。あまり意味のないメールのやりとりや電話をするより、次はいつ会えるかなって楽しみにするほうが」
 「来週もピアノに来ますか?」
 「何もなければ行くと思います」
 さりげなくみゆきが答えた。
 「でも……もし来週どちらかが、用事ができて来られなかったら、連絡することもできないし、ちょっと寂しいですね」
 やはり連絡先を交換できれば、という期待を込めて悟が言う。
 「私は行っていると思いますが、悟さんが来ない時は都合が悪いと思うし、二回三回とつづけて来なければ、よその土地に移って行ったと思うようにします。だから来たくても来られないんだって。お互い会いたいと思う気持ちがあれば、絶対に会えますよ。だって、ピアノに来ればいいんですもの」
 「そうですよね。お互いそう思って、毎週会っていたら面白いですね」

 悟はこのように不器用な男であった。本当はしっかりとみゆきの連先を聞きたいのが本音であったが、それとは違う振る舞いをしてしまう。しかしここでみゆきの連絡先を聞かなかったことが、あとあと不自由な行動を取らざるを得なくなってしまう。まあ、そうガツガツするのもみっともないところは確かにある。
 仕事でもデザインと言えば今やコンピュータを駆使してデザインを作製する時代なのに、悟はボール紙などで模型を作ってデザインする。自分でもデザイナーのわりには時代遅れの男、と思う。
 悟の悪友、山下はアナログゲーム機を製造している。高木は不動産会社経営者の息子であったが、会社は弟が継ぎ、自身は仲介手数料などが頼りの不動産屋であった。
 悟は昔からよく言われた鍵っ子で、母は父の死後一人息子を育てるために、近所のスーパーで働いたり小さな会社の経理を手伝ったりして一日中働きづめだった。
 その母も今や年老い、施設に入所している。からだもかなり弱り、医者から手術を勧められても、母親は自分の死期が近いことを自覚していて、やんわりと拒否する。だから悟はそれ以上勧めることが出来なかった。

 悟は木曜日が来ることが待ち遠しいかった。みゆきと会える木曜日を楽しみにしていたが、仕事の関係で大坂へ出張しなければならず、会えない日もあった。
 その大坂出張中、悟の母が亡くなる。
 悟は母の生前も苦労を掛けてきたこと。自分の食事を息子のために与え、栄養失調になり、骨粗鬆症で苦しむことになった姿を見て泣いていた。そんな悟や悟の母の苦労を知っている高木や山下も号泣した。だから彼らは悟の母の葬儀を取り仕切ってくれた。
 最初この高木と山下の二人の会話はたけし流の下ネタやギャクだな、と呆れ気味に読んでいた。けれど彼らの情の厚さを感じてくると、それはそうでもなくなってくる。高木が言う。

 「みんな大変なんだな、気楽そうな見えてもそれぞれ問題を抱えているんだ」

 悟にしても高木、山下にしても生きるのがただただ下手なのだ。でもバカを言いつつ、お互いの気づいかいぶりは、このデジタル時代には時代遅れの遅れかもしれない。けれどその分やさしさを感じることが出来た。まさしくアナログ時代の暖かみといってもいいかもしれない。そんな三人の関係がうらやましくもなってくる。

 母親の葬儀が一段落し、久しぶりにみゆき会えた。悟はみゆきを海へ誘った。

 みゆきは母の死を知っている。高木がピアノに行って俺が行けない事情を伝えたのだろう。
 痩せ細った母の姿、泣きはらした高木と山下の顔、介護士の木村さん、仏壇の父の遺影、いろいろな人達への思いが浮かんでは消え、悟は声を出して泣いてしまった。
 海を見ていたみゆきがそっと、涙に濡れた悟の目元を指先で拭った。悟は夢中でみゆきを抱きしめ、みゆきの胸に顔を埋めいつまでも泣いた。今みゆきは、母であり菩薩であり天使だった。

 悟に大坂へ出向の話が持ち上がる。大坂出向となればみゆきに会えなくなる。高木たちは悟にみゆきと結婚を勧め、強引に婚約指輪を買わせに行く。悟は覚悟を決め、みゆきにプロポーズしようとするが、木曜日にみゆきは来なかった。

 来週は会えなくなって3回目の木曜日になる。もし彼女が来なかったらあきらめよう、出会った頃そんな話をしたっけ。二、三回来なかったよその土地に移っていったと思えばいいって……。

 3回目の木曜日にもみゆきは来なかった。

 大坂での一年はあっという間に過ぎた。悟はみゆきのことを諦めようとする。指輪のケースはささくれ剥げていた。捨てようと思った。
 仕事を終え、何となくCD、DVDを扱う店に入った。悟はクラシックコーナーの棚の上に置かれたチラシを手にする。
 「ナオミ・チューリング よみがえる幻の名演」と大文字で書いてあり、若い娘がドレス姿でヴァイオリンを弾く写真が添えてある。その写真を見た悟はその娘が若い頃のみゆきであることに驚く。
 CDの解説によると、ナオミ・チューリング(旧姓古田奈緒美)は18歳でチャイコフスキー国際コンクールを始め数々の国際コンクールで入賞を果たし、国内外で天才ヴァイオリニストとして人気を博した。
 オーストリア在学中、ピアニストのミハエル・チューリングと結婚。ヨーロッパを中心に演奏活動をしていたが、夫のミハエル氏の急死により活動を中止。帰国後音楽業界から引退していた。
 悟は高木にナオミ・チューリングのこと、どこに住んでいるいるのか調べて欲しいと頼む。
 わかったことはナオミ・チューリングがみゆきであること。そして悟がみゆきに結婚を申し込もうとした日に、交通事故に遭って、頭と下半身に障害負ってしまったことを知る。
 急遽悟は東京に戻り、みゆきの姉を通して、みゆきのいる病院に行く。

 高木と山下は悲しそうに彼女を見ている。悟はどうしていいのか分からず、しばらくじっと彼女の後ろ姿を見ていたが、思い切ったように歩を進め、みゆきの正面に回った。そして顔を近づけ「ここ、いいですか?」と、ピアノでのデートの時のように声をかけた。
 窓外を見ていたみゆきが、目をゆっくり悟の方に移す。悟の顔をしばらくじっと見ているようだったが、その目には何の感情も浮かんでいなかった。
 悟はみゆきの顔を見つめる。みゆきに向けた頬笑みはとうに消え、涙が溢れ出した。我慢しようにも声が出てしまう。しばらくの間、悟は美幸の前で声を出して泣いた。
 立ちつくす高木、山下、香津実も泣いているようだった。
 どのくらいたっただろう。急に悟の顔にみゆきが手を伸ばした。涙を拭おうとするかのようだった。
 まるで湘南の海でそうされたように、いま彼女は涙を拭こうとしている。
 悟の涙は、止まらなくなっていた。

 悟はみゆきと結婚し、みゆきの面倒を自分が見ることを決意する。
 再会して二か月後みゆきとの暮らしが始まった。その準備に高木や山下が力を貸してくれた。仕事も在宅で始めた。仕事は在宅でするようにした。

 心から安心して彼女の隣で仕事をしている自分、あれだけ現代的な電子器機を使って仕事をするのを嫌がっていた自分が、今それらのおかげで愛する人と生活できるようになったのは皮肉な話だった。

 まったくベタな恋愛小説で、友情関係も描いているが、これはこれで良かった。決して嫌いじゃない。それに恋愛小説を読みながら、たけし流のギャクも読めて二度おいしかった。
ビート たけし 著 『アナログ』 新潮社(2017/09発売)


by office_kmoto | 2017-10-08 06:58 | 本を思う | Comments(0)

芝木 好子著 『芝木好子作品集』第一巻

 芝木さん本を読みたいと思ったのは川本三郎の影響である。川本さんはよく芝木さんの作品を取り上げる。好きな作家とも言っていた。
 川本さんの本の場合、芝木さんの作品の話より、そこに描かれるかつてあった下町の風景描写に重点が置かれるが、その風景がどう話と関連してくるのか知りたくなり、読んでみたくなった。
 それで結構夢中になって読んでしまった。
 この第一巻は、女三代記の「湯葉」「隅田川」「丸の内八号館」「今生」と洲崎もの、そして芥川賞受賞作品である「青果の市」が収録されている。
 私は「洲崎パラダイス」を読みたかったので、まずこちらから読み始める。
 この作品集英社文庫にかつてあったのだが、もちろん今は手に入らない。古本でも結構な値がついている。区の図書館で検索しても蔵書していなかった。ただこの作品集にこれが収録されているのを知った。
 今回は戦後の特殊飲食店街の洲崎がどういう風景だったのかを知りたかったので、それに重点を置いて読んでみた。

 「洲崎パラダイス」は娼婦あがりの女と、金を使い込んで会社を首になった男が、世帯を持つことに失敗して、この特飲街の飲み屋にほぼ無一文でたどり着くところから始まる。飲み屋の女将はこうした女を幾人も見てきたし、同情し、一時的に雇ったりしたが、長続きしなかった。それでもまたこの男と女に同情し、女はここで働かせ、男は蕎麦屋の出前持ちに働き先を見つけてやる。
 これがこの洲崎ものの始まりで、この飲み屋は流れて来た女たちにとって一種の“堤防”であった。ここまで堕ちてきて、ここで踏みとどまれるかどうかで、人生の終いを決めてしまうところであった。


 「言っておくけど、あんた間違っても廓へ入ろうと思いなさんな。入ったらお終い、それこそ容易なことでは足が抜けないのだから。前借をしなければ自由なように思うかもしれないけれど、この世界から抜けられないのは身体ばかりじゃなく、心がなんだから。一度足を入れると、どうしてだか二度とまっとうに働けなくなるのさ。人間がだらしなくなって、ずるずると駄目にされちまう。終りは今みたようなひとになるんだし……」


 それでも特飲街と隣り合わせとなったこの地で飲み屋の商売をやっていると、ときにここと向こうにどれだけの違いがあるのか、曖昧になってくる。ただ向こうへ行ったらお終いだというところで、ここに留まっているだけである。


 彼女はふっと特飲街へ自分がふらふら歩いてゆく幻影をみる。酒の店で客の相手をしている自分と、橋の向こうで客の袖を引いている女たちと、どれだけの違いがあるのかわからない。
 「橋を渡ったら、お終いよ。あそこは女の人生の一番おしまいなんだから」


 「だから、パンパなんぞ、その場だけのもんですよ。色町の女はそのように出来てるんです。人としていい子でも、二度とまともになれない毒気に冒されるんです」


 橋の向こうに渡った女の言う言葉がもの悲しい。


 「時々堤防の下の水をみて、袂へ石を入れたくなるんですよ。水って、川って誘惑的ですねえ」


 ここ洲崎の風景がいくつか描かれる。


 特飲街の入口の橋に、遊郭時代の大門の代りのアーチがあって、「洲崎パラダイス」と横に書いたネオンが灯をつけた。アーチから真直ぐに伸びた大通りは突当りが堤防で、右は弁天町一丁目、左は二丁目、ぐるりが水に囲まれた別世界になっている。左手は横町横町が軒を並べた特飲街で、七、八十軒もの店があったが、右手は打って変った貧弱な住宅地である。


 戦争中には遊郭の女も軍の慰安婦になって、楼主と一緒に基地へ移っていったものも多いという。戦争が熾烈になってくると、月島界隈の軍需工場の工員は空爆に阻まれて通勤が円滑にゆかない。そこで造船所が疎開した遊郭の建物を買取って、そのまま寮にして工員を住まわせることにした。昭和二十年三月の空襲で深川一帯は壊滅してしまったが、焼跡が整理されるとどこからか生き残った人間たちが戻ってきて、今では右半分が住宅地となり、左半分が特飲街にまとめられたのだった。だから今では「洲崎パラダイス」のアーチを潜っても遊客とは限らない。一日の勤めを終えた月給取りや、労働者が遊郭の門を潜って自分の家やアパートへ帰ってゆく。


 この界隈は風の加減で潮の香がした。細い運河に囲まれた一握りの土地で、うしろは海に繋がっているが、東京湾へ出るまでには夢の島と呼ぶ埋立地を回らなければならない。一時競輪場にするつもりで東京都が埋立はじめ、土地の者も一攫千金を夢みたり、反対に危惧したりしているうちに立消えになって、今では草蓬々となったままの干潟である。


 それにしても、このぎりぎりのところまで、流れくるまで堕ちてきても、


 死ぬときも死場所を探さなければならない人間は、なんと厄介なのだろうと思う。


 彼女はまだ二十五歳にしかならない頑強な男が、陰気になっているのをみると、やりきれない。死ぬ死ぬと言ってみても、死ぬ日までは生きていなければならないのだ、といった気持で、蔦枝は滅入ってゆくのは厭だった。


 職を離れた人間が例外なしに陥る陰鬱な翳を、彼もおびているのだった。


 であっても、女は、このどうしようもない男を捨てられない。諦められない。だらしのない男にやつ当たっても、今度はそれを後悔する。


 蔦枝はへんにしょんぼりとしてしまって、自分で自分がどうにもならない滅入りようだった。自分のしたことが義治に背いたとも、悪かったとも思わないのに、彼があっけなく離れていってしまうと、急に自分というものがあさましく、ああ私はやっぱり駄目な女なのかしらと思う。


 身体で相手を捉えるしか出来ない自分たちが、それだけで相手を信じきれないときの不安や焦燥は、やり場のないものである。女はその焦りであがいているようにみえた。


 男も男で、こうもだらしなく、不甲斐ない自分であっても、どこかその境遇を簡単に受け入れる。この辺りはよくわからない。まさしく「男女が愛し合うと、必ず妙なことが生じるのだ」。


 彼は自分ですら、ここまでゆくとは考えていなかった。これまでも女を囲ったことはなかったし、囲うつもりもなかったが、このゆきずり女には、遊郭の際で誘われたおもしろさがたまらなく心をそそった。一歩過まれば女は私娼窟へ堕ちるだろう、堕ちた女には興味を失うにきまっている。そんな瀬戸際の危うさが落合の感じる魅力なのだ。彼は崩れかけて、ようやく支えているような蔦枝のふらふらした危うさに気を惹かれた自分を、半ばおもしろがっていた。


 女三代の話にも触れておこう。
 銀座から日本橋を経て、神田須田町のめがね橋(万世橋)を渡って御成街道を上野、さらに浅草へゆく道筋は、明治年間から大正へかけて東京の主要な繁華街をぬう幹線道路であった。その表通りを一つそれた横通りに湯葉を商う美濃屋はあった。その美濃屋へ養女として入った蕗は、店の長男亮一と結婚するが、その亮一は湯葉が嫌いで、商売に熱心ではなかった。そのため蕗が店を切り盛りする。
 蕗には息子と娘がいたが、息子は店を継ぐことを嫌い、主人の吉衛、亮一が倒れ、美濃屋は店をたたんだ。「湯葉」はそんな話である。
 そして「隅田川」は蕗の娘秋津が主人公となる。秋津は染色染めの高菱の菊良に嫁ぐが、菊良も脳溢血で倒れ、商売がままならなくなっていく。二代続けて後家となった。
 そして今度は秋津の娘恭子が勤めに出たときの話として「丸の内八号館」となる。「今生」は蕗の孫であり、秋津の娘恭子が結婚するが、夫に召集令状来て、北海道で別れる話である。
 
 この作品集には洲崎の風景、雰囲気を感じ取れたが、同じように作品で蕗の時代の須田町の風景、雰囲気も読みとることが出来る。そして娘の秋津の浅草は次のように描かれる。


 ただ震災を境にして浅草の伝統が失われはじめたのは、古いのれんの店が趣を変え、盛り場が安手に、物欲しげに、風格を失いはじめたことでも知れた。浅草にデパートができるという噂も、無性格に変わりはじめた浅草の一つの現象であった。


 昔、浅草川とも大川ともよばれた隅田川は浅草のながい側面にひたりと添って流れている。雷門からみる吾妻橋は完成したばかりの鉄橋だが、隅田川にかかる橋のなかでは不粋である。かつて川魚が棲んだこの川も、両岸の工場から汚水がでるようになって濁った。


 Mデパートは浅草進出のためにいま着工中の問題のデパートであった。浅草の商人がそのことに無関心であるはずはなかった。不景気が深まるにつれて、浅草の購買力は落ちてくる。商家は大衆相手の商品を安く、たくさん捌くことにむけられていた。デパートはそこへ喰いこんできた強力な商売敵であった。菊良はこれまで特殊な高級品しか扱っていない。最もよく洗練されたものを着こなして飽きずに味わうのが、彼の着物における主義であった。世のなかが変ろうと、安価なぺらぱらした物は人にすすめない。だが大資本のデパートはやはり立塞がる壁を思わせた。


 関東大震災で壊滅的なダメージを受けた浅草が大きく変わろうとしている雰囲気がわかる。それまでの老舗のイメージから、大衆に迎合した安価なものを売る店が増えていくことが読み取れる。松屋デパートが進出してくるのも、その時代の変化の一端なのだろう。
 最後に男と女の機微でぞくっとした、いい文章を書き出して終わりにする。


 客は蹲踞にかがんで手を浄めた。(略)恭子はさきに柄杓の水で指を濡して立った。そのあとに菊良がいた。恭子はさきにゆきかけた。少し後ろに立っていた目許の涼しい女客がなにげなく自分のハンカチを菊良に手渡し、菊良がそれを黙ってうけとって拭くのを恭子はみた。恭子はそのまま茶室のにじりへ寄っていった。見てはならない気がしたのだ。耳だけが後ろの気配へ鋭く惹かれた。菊良と女客とは無言の触れあいをした。どのようにして二人が眼交し、指先を触れあい、瞬時に思いを交わしたか、それを見ることはできなかった。けれど後ろからは濃い情緒が流れ、なまめいて揺曳するのを恭子は感じた。


芝木 好子著 『芝木好子作品集』第一巻 読売新聞社(1975/10発売)


by office_kmoto | 2017-10-05 08:27 | 本を思う | Comments(0)

平成29年9月日録(下旬)

9月16日 土曜日

 曇りのち雨。

 結局昨日は疲れてしまい、ドラマは見なかった。録画しておき、今朝見た。ドラマ自体は陳腐で、おしまいは切れが悪い。まあこの手のドラマはこんなもんだろうと思う。
 ただ定年を四日後に控えた刑事が私物をダンボールに詰めながら、残りの四日を自由に過ごしていいと上司に言われても、することがない、という辺りは身に覚えがあった。
 私も退職日が決まってから身のまわりのものを片づけていき、自分がここにいた証をきれいにして一切残さないようにした。私物も不要なものは処分し、必要なものはダンボールに詰め自宅に送った。いつの間にか私物が増えていたことに驚いたものだ。
 すべてをきれいにし終えたのは退職日の1ヶ月前だったか。確かにその後することがなく、仕方なしに残っていた有給休暇を使ったりしたけれど、結局使い切れなかった。


9月17日 日曜日

 雨。

d0331556_07563236.jpg 東野圭吾さんの『マスカレード・ナイト』 (集英社2017/09発売)を読む。
 匿名通報ダイヤルに、練馬区にあるマンションの『ネオルーム練馬』604号室を調べて欲しい。そこに女性の死体があるかもしれないから、というものがあった。そこには確かに女性の遺体があり、感電死させられていた。
 そして警視庁に密告状が届く。


 警視庁の皆様
 情報提供させていただきます。
 ネオルーム練馬で起きた殺人事件の犯人が、以下の日時に、以下の場所に現れます。逮捕して下さい。
 12月31日 午後11時
 ホテル・コルテシア東京 カウントダウン・パーティ会場



 ということで、刑事の新田浩介とコルテシア東京の山岸尚美のコンビが復活する。
 カウントダウン・パーティの正式名称は「ホテル・コルテシア東京年越しカウントダウン・マスカレード・パーティ・ナイト」、通称「マスカレード・ナイト」という。正式名称でそのすべてがわかるように、年越し仮装パーティである。これはコルテシア東京の名物となっていた。昨年の参加者は四百名の盛大な催しものであった。そのパーティに練馬のマンションで殺された女性の犯人が現れるというのである。
 そこで警察は潜入捜査を始める。当然新田は前回の経験があるのでホテルマンとしてフロントに入るが、今回は山岸は新田を受け持たない。彼女はホテルのコンシェルジュになっていた。新田は刑事の潜入を喜ばしいとは思わない氏家の下でフロントに立つことになった。
 年末・年始をホテルで過ごす客、カウントダウン・パーティに出席する客、とホテルはごった返す。
 ロイヤル・スイートを予約し、レストランを貸し切って、プロポーズをしたいというアメリカ在住の日本人男性。その男性の申出を断りたい女性。
 夫は後から来ると、一人でチェックインした、宿泊票とクレジットカードの名前が違う女性。
 関西弁の夫婦。
 スタンダード・ツインで二泊し、カウントダウン・パーティには申し込んでいない、ネームプレートの付いていないキャディバッグを持った男性。
 家族三人で宿泊を申し込んでいる男とその妻と子供。男は以前デイユースで女と一緒にこのホテル利用しているのに、初めての利用と言う。そしてその不倫相手の女。
 と大晦日からカウントダウン・パーティに参加する客たちでホテルは混雑を極める。その中から犯人を捜そうにも、仮装パーティなので、顔が確認出来ず、犯人捜しは難航する。
 山岸は前回同様事件に巻き込まれるのだが、新田にぎりぎりで助けられる。
 犯人は複雑な関係の中にいるのだが、多少無理があるのかな、とも思うが、まあまあ面白かった。
 この本はシリーズ三巻目なのだが、本棚にそれまでのシリーズが見当たらないと思ったら、前作二冊とも文庫オリジナルだったので、他の文庫に紛れ込んでいた。今回シリーズ初めての単行本だった。


9月19日 火曜日

 曇り時々晴れ。


d0331556_08112077.jpg 『遠いアメリカ』の重吉が訳してみたいというアーウィン・ショーの本を読んでみた。重吉は常盤さん自身だから、そのエッセイでショーの作品を訳したかった何度も書いていた。
 そのアーウィン・ショー著/常盤新平訳『夏服を着た女たち』(講談社1979/05発売)であるが、どういうわけか本棚に残っていた。読みたいとは思っていたのだが、ずっと読まずにいた。なぜかアメリカ文学は苦手なのである。 
 とにかくこれまで常盤さんの本の本を読んできた以上、この本は読まねばならぬ。
 この短篇集はその洒落た雰囲気、会話が都会小説として人気らしい。けれど読んでいて、どうってことないな、というのが正直な感想である。
 確かにここに登場する男と女の会話が主体に話が進むので、その会話が重要な要素になっていることぐらいはわかる。その会話がユーモア、ウエットに富んでいるといえば、そうなのかもしれないが、基本的にここに登場する男たちはしゃべりすぎだ。それもなんとか女の気を惹こうとするあざとさが感じられる。女たちの心を引き留めようとするがための話しぶりなのだろうが、それがうざったく感じてしまうのである。そこまで言わなくてもいいじゃないか、と思ってしまったのである。アメリカ人は普段本当にこんな会話をしているのな、と思ったくらいだ。
 確かにその会話の中には、おや?と思わせるものもあったけど……。
 これが都会小説の魅力なら、私は田舎者なのかもしれない。だって恥ずかしくてこんなことは言えないもの。

 私は博文館の5年連用日記に読んだ本、買った本を書き込んでいる。今年それが終わるので、新しいものを買わないといけないと思っていた。たまたま整形の帰りに本屋に寄ってみたら、来年からの博文館のこの日記がもう並んでいた。
 来年のカレンダーはSeriaで買ってあるが、もう来年の準備か、と月日の流れの速さにちょっと驚く。


9月20日 水曜日

 曇り。

 彼岸の入り。 

 義父の墓参り。


9月21日 木曜日

 晴れ。

 秋らしい天気だ。
 朝顔にぷっくりした種が出来てきている。今年の夏は天気が悪かったので、せっかく花が咲いても、雨で濡れてしまい、きれいに咲けるものが少なかったのが残念だ。この種を取って、また来年に期待する。
 シクラメンは5鉢ほど夏を何とか越せた。残ったのが5鉢というところである。3年前に種を植えて、その時は小さな芽が出て、数多くあったのだが、やはり夏を越すのが難しく、これだけになってしまった。もっともある程度予想はしていたが。それでも残った鉢は葉が大きく育っている。今年こそ花を咲かせないかなあ、と期待している。
 昨年植えた彼岸花は今年は芽さえ出ない。球根が腐っちゃったのかもしれない。

 先日父親と京王百貨店へ行った時、今度手術するといきなり言いだした。何の手術か聞いても、腸が下がっていて、それを直す手術だと言うだけで、要領が得ない。なので今日その手術の説明を一緒に担当医に聞くことにした。弟も仕事場から駆けつける。
 聞いて脱腸とわかり、大した手術じゃないことにホッとする。何でも歳を取ると脱腸になることが多いらしい。このまま放っておくと、ひどいことなるので、今のうち手術をしておくことになった。


9月22日 金曜日

 曇りのち雨。

 実家の母の仏壇に花を手向けに行く。
 花は母と1月に亡くなった彼女の分を持っていった。
 仏壇には母の写真と一緒に彼女の写真が置かれていて、それを見た途端、素直に手を合わせられなくなる。なんでここに置くかな、と思った。
 父としてはここに置きたい気持はわからないわけではないが、正直な私の気持ちとして、ここに彼女の写真は置いて欲しくなかった。我々はそうはいかないところがある。


9月23日 土曜日

 曇り。

 司馬遼太郎さんの『司馬遼太郎が考えたこと』3巻と稲垣えみ子さんの『寂しい生活』を読み終える。


9月24日 日曜日

 晴れ。

 父親から、娘(つまり私の異母妹にあたる)の大学で就活ガイダンスがあるので、自信がないから一緒に行ってくれないか、と頼まれ、大学のある仙川へ行く。
 まったく大学生になってまだ親がかかわるのか。何を甘えているんだ、と思わなくもないが、頼まれた以上仕方がないので付きあう。
 2時間のガイダンスの内、1時間は就職課から大学での傾向の説明。後半が今年内定をもらっている学生のパネルディスカッション。まあ彼女らの成功談を聞くだけ。
 話を聞いていると、よく就職課に通い、相談にのってもらった。内定をもらったのは就職課のおかげという“ヨイショ”話と、両親との関係が良好な家庭環境であることをみんな話す。なるほどこういう優等生が大手一流企業の内定をもらうんだなといった感じを与える女の子たちであった。
 こういうのは苦手である。話を聞いている内に背中が痒くなる感じがしてくる。早く終わらないかな、と思い、時計ばかり見てしまう。(自分一人なら必ず抜けだしていた)
 しかしガイダンスが終わり駅に向かう時、偶然見てしまったのである。舞台に上っていた女の子の一人が髪をかき上げ、スマホで話ながら闊歩する姿を……。
 舞台の上では、髪を一つにまとめ、殊勝な態度を取って、就職課の職員の質問をまるで面接を受けているみたいに答えていたが、この時はまるっきり別人であった。いかにもブイブイ言わせている感じであった。なんだかんだ言って、実態はこんなもんなのだろうな、と思いつつ、可笑しくなった。

 帰りは神保町で父親と別れ、古本屋、三省堂、東京堂をのぞく。三省堂、東京堂は新刊を見るためである。それと5年連用日記の来年版を探した。
 地元の本屋はどうも新刊が寂しい。知らない内に読みたい新刊が出ていることがある。今日もそうだった。色川武大さんの未完エッセイ集とアーナルデュル・インドリダソンの新刊が出ていることを知る。
 5年連用日記の来年版は三省堂では品切れだった。東京堂では見当たらなかった。それに棚を眺めているうちに、首がひどく痛み出し、本を探すのがきつくなる。このまま首の痛みを抱えていると、本屋で本が探せなくなってしまうかもしれない、と不安になる。本屋に限らず古本屋でも棚を長時間眺めることが出来なくなると、本はネットで注文するしかなくなるかもしれない。まいったな。


9月25日 月曜日

 晴れ。

 今日は妻の履く靴を京王百貨店に見に行く。先日このデパートに来た時、結構靴の種類が多いことを知った。
 妻の足は小さく、しかもかなりの外反母趾なので、いつも靴を選ぶのに苦労している。このデパートには、年配者やこうした足に悩みのある人の履く靴が多くあった。
 その前に伊勢丹に行ってみた。ここにもサイズの小さな靴があるとネットで調べて知っていた。けれどここはやはりヤング対象で、おばさんが履く靴はなかった。
 インフォメーションの女性は一所懸命、妻が履ける靴がありそうな店を探してくれたが、実際その店に案内され行ってみると、店員が商品を抱えながら我々に対応する。商品を置かずに、片手でそれらしい靴を取り出す始末であった。それはまるであんたらはここに来るところじゃないみたいな態度であった。確かにそうなのかもしれないが、あまりにも失礼な奴であった。腹がたったので、すぐさまここを出た。
 そのまま新宿駅まで歩き、途中紀伊國屋へ寄って、探している日記を探したが、ここにもなかった。店員に聞くとまだ入荷していないという。もう発売されているのになあ。何でもフェアーを予定しているらしく、それに併せて入荷させるようだ。なんか変な話だ。
 東口から西口に行く。昔若い頃使ったことがある、例の地下道がまだ生きていた。町中がどんどん変わって行くのに、ここは今も変わらないんだ。確か新しい通路が出来るとは聞いていたが……。
 京王百貨店のレストラン街で食事をする。今日は中華にしたが、かなり美味しかった。
 靴は伊勢丹とは違い店員が親切に対応してくれたようだ。我々の中では京王百貨店のポイントが高くなった。ばあさんが多かったけれど……。
 ずいぶん歩き回ったので、甘いソフトクリームが食べたいと妻が言うので、スマホで検索すると小田急百貨店の地下街に美味しいソフトクリーム屋があると書いてあるので行ってみる。いわゆるイートインタイプの店なのだが、私は巨峰とのミックスソフトを食べる。これもそれほど甘くなく、いけた。ここでひと息ついてそのまま帰った。

 そうそう、京王百貨店に入っている丸善でビートたけしさんの新刊を買った。NHKの桑子さんがたけしさんにインタビューしているのを見て、何となく読みたくなった。こういう話は一昔前の人間として興味がある。さっそく読もうと思う。

 日記はHonya Clubに問い合わせたら、在庫があるというメールが届く。それでさっそく注文した。これで安心だ。


9月26日 火曜日

 曇り時々晴れ。

 来月4日に父親が手術をするので、手術承諾書など書類を記入してくる。

 その帰りに図書館に行く。一昨日神保町を歩き、気になった本を図書館のサイトで検索し、蔵書を確認して、予約を入れた本が届いているとメールをもらったからである。 既刊本1冊、新刊1冊である。新刊は先月発売のものだが、すぐ借りることが出来た。そしてまだ発売されて間もない本が2冊あるのだが、いずれリストアップされるだろうから、アップされたら予約しようと思っている。急いで読みたいという本ではないし、読みたい本がまたベッドの横に山積みとなってきているので、それを読んでいるうちに順番が来ればいい、と思っている。

 ビートたけしさんの『アナログ』を読み終える。


9月27日 水曜日

 曇り。

 阿佐田哲也さんの『三博四食五眠』を読み終える。

 Honya Clubで注文した博文館の5年連用日記が届く。2018年から2022年まで使うことになる。
 5年連用日記を使うようになったのは2013年からである。買ったのは2013年が始まる前の5年前だ。5年経っても同じものを発売しているのってすごい。いやそれ以上前から同じ装丁で作り続けているはずだ。こういうのって一度作ったら、愛用者がいるかぎりずっと作り続けなければならないから、大変だろうな。
 2022年までまだ生きているだろうとは思うがそれでもこの時は66歳になっている。きっとさらにからだのあちこちがおかしくなり、ヨレヨレになっているかもしれない。


9月28日 木曜日

 雨。

 父親と一緒に昼食をする。

 部屋の掃除をしたあと、読んだ本のことをここに書いて一日が終える


9月30日 土曜日

 晴れ。

 孫の保育園の運動会を見に行く。去年同様廃校の体育館を借りて行われた。

 運動会は昼前に終わり、娘たちと一緒に食事をして別れる。
 帰ってから、今日撮った写真をパソコンに取り込んで見てみる。連射機能をフルに使っているものだから、枚数がやたら多い。不要な写真を削除し、整理する。
 孫は去年に比べ足が速くなった。

by office_kmoto | 2017-10-02 08:00 | 日々を思う | Comments(0)

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